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番外 人の噂は現在進行形
魚住愛は、またですかと、松坂直人に向かって「だめですよー」と小さく注意した。
直人は、四秒後に「違う」とだけ答える。
ここは、病院。つい二年前まで、松坂直人(職業/格闘家、兼、道場主)は、公私(私事の理由が二つもある人は珍しいのだが。修行と宇宙戦争だもの……ねぇ。伝通院先生じゃなきゃ、怪我の跡見ただけで大騒ぎになる可能性が大だし)
「俺じゃない」
「?」
むすっとしているいつもの直人の表情が、行動が明らかにおかしい。
なんとなく、挙動不審で愛の目を見ることもなく、ずっと廊下の端についている非常灯をみている。
「……涼子」
「怪我されたんですか?」
「……」
「病気ですか??」
「……それ以上なにも言うな、いってくれるな」
まるで熱湯風呂コントか、はたまた温度を間違えて入った露天風呂から飛び出て2秒後みたいな体色。しまいには、俯いてしまった。
廊下の角から、機嫌よさげに鼻歌歌いながら雨宮……いや松坂涼子が歩いてきた。
「ハイ、久しぶり。頑張ってる?」
「あのー。涼子さん……どこか具合が悪いんですか?」
心配そうに、手に持っていたファイルを胸に抱く愛の行動がよほど奇妙に見えて、3メートル先で俯く挙動不審者丸出しの夫を眺め、ははーん、という顔をして。
「うん、ベイビーできるのよ」
と、爆弾発言をいきなり投下した。
ガツンと重たい音がしたと思ったら、直人は病院の壁にアタマをぶつけている。
「なんなんですか、直人さん???」
「気にしないで、照れているだけだから。……直人、ここ病院よ、じっとしていなさい。だって、まだ皆にいっていないし。愛が第一号だもの」
「はぁ……」
結婚もしたし、一緒に毎日生活しているし(いかんせ相手があの放浪癖ある格闘家……)フツーのご家庭であれば『おめでとう』とか『いつ生まれるの?』とか言葉がポンポンでるのだが、いかんせ相手があの涼子だ。あの天馬から「天然」といわしめた愛ですら、この爆弾発言は、ホラー話にしか聞こえない。
「子供が生まれてくるだけなのに、直人凄い興奮して三日寝られなくて、部屋の隅で壁にむかって正座していたのには、まいったわねぇ」
「……はぁ」
「あと、よっぽど嬉しかったんだろうけど、叫びながらランニングして……本当に、見てて飽きない生き物よ直人は」
「涼子!!」
「あら、怒ったの、聞いてたの」
完全にからかっている。
腹の奥がそこはかとなく黒い色をしていそうな獅堂剣が不謹慎にも「離婚予定日トトカルチョ」とか結婚式、披露宴の四次会に言い出して、過半数の人間が泥酔で、どーでもよくなっている無責任に神経むき出しな状態なときに『半年、もって二年』とかいい加減極まりない発言していたのを思い出した。(秤谷仁は黙秘権発動。真意は不明)
案外、このとんでも夫婦は長続きしそうだと愛は確信した。
「あー、伝通院先生にとりあげてもらうんですか?」
ガツン。壁に鈍い音が響いた。
「愛。ナイス、ジョーク」
松坂婦人はブリザード吹き荒れる笑みを浮かべてこっちを見ていた。
噂が大好きな看護士の世界でもまれている愛が感化されないはずもなく、瞬く間にこの噂は一斉送信された。
「涼子に子供、うそぉーん」
未加の第一声はそれでしばらくの間かたまり、ケタケタと笑い始めた。
「直人がパパに……もうだめ、笑い死ぬ。ベビーカー転がしている直人とか、ミルクの温度気にする直人とか、背中たたいてゲップさせてる直人、想像できない……」
「おねぇちゃん、笑いすぎ。気持ちは分かるけど」
そういう弟の顔も笑いすぎていた。
「そうか、そういうことか。名付け親に指名されるかもしれんから、名前の候補考えとかんとな」
確かこの辺りにそういう本があったはずと、堀口博士は研究所内の一角をあさり始めた。
「博士、絶対ないと思いますよ」
いっているそばから、書類と書籍は雪崩している。
「涼子と直人の子供ねぇ……どっちに似ても強くなりそよねぇ」
「顔もいいしね、二人とも」
「アタマは……気をつけないと、直人がアレだしね」
「直人さん単純だから」
「剣〜」
「はい」
「服は一生こまらなそうだし」
「男の子だったらちょっと微妙だよね」
「七五三の写真は絶対、誠が撮ることになりそう」
「家族の行楽は毎度決まってシーパラダイスでイルカさんと遊ぶんだね」
「病気や怪我になったら、洸のところに運ばれて」
「お遊戯は、蘭ちゃんに習ったら無敵だね」
「なにか困ったら豪に相談すればいいし」
「勉強は、ボク達が教えればいいしね」
「いいねー、凄いわね。涼子の子供」
「周りの大人たちが、凄すぎるだけだよ……あ、お姉ちゃん」
「なに」
「天馬さんは、何してくれるの?」
「……バイクに乗せてあげる……」
弓道天馬、生活上必殺技、いまだ未開発。
道端で、怪しい生き物と遭遇した。……向こうから声をかけてくれなければ、絶対ムシをした……以前に絶対目を合わせたくない。
どえらく容姿が変貌した神谷豪(こう見えても警官。最近刑事に昇格)
話題は、先日愛から飛んできた例のメールのことである。
「人間、やることやってれば自然に出来るもんなんだ」
なんでもないといわんばかりに、誠がいう。
「ワーワーワーっっ」
いつの間にかに『どこの星の人』かと問い合わせしたくなるような風貌に変身している豪が大騒ぎしている。一体どうしたのか、と聞いたら。「潜入操作」だと答えが返ってきた。交番勤務からいきなり潜入である。色々大丈夫なのだろうかと全員が心配した。服装やら髪は警察側からの指示とのこと。どういうセンスなのかは分からないが、そういう場所にもぐりこむのには具合がいい外見だという。スレに擦れまくった外見をしているのに、相変わらずなかに入っている具材はオカタイものだ。
「直人と涼子の子供だ、だぞ。どどど。じ、自分はどうすればいいんだ」
「放置」
「誠、あのなぁ」
「これは、涼子と直人との間のことだ。他人がとやかくいうことではないだろう」
「直人は、仲間なんだ……」
「で」
「生まれたら生まれたで、自分も抱っこしたり、おんぶしたりしたいんだ。赤ちゃんはいいぞ。プニプニでいい匂いがして、食べちゃいたいぐらいだ。見ているだけで幸せになるぞ、いいなー赤ちゃんは」
「で」
「なんなんだ、その反抗的態度は」
「子供に会うんだったら、その風体どうにかしろ、確実に泣くぞ」
酔ってもいないのに神谷豪は号泣した。なにか心にさわることを言ってしまったようだ。
「あのさぁ〜洸。その格好。ど〜にかならない?」
「なんのことだ」
「なんなんだよ、その髪にサンダル、水玉模様のネクタイ!!!」
「まぁ気にするな」
「誰が見たって気になんだよっ、アホかお前」
「そうか?」
秤谷仁は脱力している。ちょっと時間と距離を空いている隙にこの医者はとんでもない風体に変貌を遂げていた。
髪の毛は伸び放題。スーツも着ているのか怪しいぐらいのセンスのないネクタイ。そもそも外出するには絶対に向かないサンダル(これで半径500メートルは動きたくないレベルの履物。可愛いとかファッションとかをまるで考えていない。オッサンが、庭先で植木に水をやったり、縁側で足の爪を切るときには最適なあのサンダルである)
知性と才能と高学歴がうなる、将来有望の独身天才外科医でその名を轟かす伝通院洸が……。なにをどう間違えて、なのだろうか。
きっと周りスタッフも……対処しきれてはいないだろう。
「救急に移った」
「あれ、救急でなかったっけ」
「私は、基本的には外来だ」
「そーだったの」
「忙しくてな、髪はきりにいけない……かといって自分では散髪できない、靴はよりにもよって手術の着替えの時に間違って捨ててしまって、病院の備品。ネクタイは謝ってヨード液に落としてしまって、今は病院での落し物を締めている」
やる気マンマンの天才外科医に全部仕事を押し付けてしまい、結果この医者は半分病院に住み込みとなってしまった。ものぐさとうっかりが度重なり、本人も周囲もどうでもよくなっているのかもしれない。年中人前にでなくてはいけない外来ならいざ知らず、救急救命なら、正直あまり人の目にシミジミ触れることもないだろう。……わからんが。
「涼子に子供が出来た」
「しってるよ」
「……」
「なにその顔」
「いや……」
「『この話題を振って、しまった!!』はナシだよ」
「涼子が……いや直人がいっていた『涼子が死ぬようなことが起きない限り、お前には絶対診せん!!』と」
「わー。過保護なやつ。こりゃ、服の採寸のときにもギャーギャーいいそうだなぁ。いじゃないメジャーのひとつ、聴診器の一つやふたつ」
やれやれ。と二人はため息ついた。
「あ、そうそう。オレ新しいブランド立ち上げるんだ。子供服」
鈍感な伝通院洸でも、タイミングが良すぎるのではと眉間と額に疑問のシワを寄せた。「なに、その顔。知らないの? 子供服って当たるとものすごーくでかいんだよ」
「そうなのか」
「涼子さんに出来た女の子に着せるんだぁ」
「……性別は楽しみにするといっていたが」
「ムスメ、絶対女の子に決まっている、そうでなければ納得しないっっ」
どういうことで、納得がいくのかが伝通院洸には全く分からなかった。
周囲がどうこういっている間に、松坂家には新しい家族が増えていた。
女の子だったとのこと。
秤谷仁が大喜びしていたのは、とりあえず見ないことにしておこう。
ひと騒動のあと、未加へ『ごめんなさい』電話が辰平からかかってきた。
「ていうか、アレっすよね。涼子さんの娘さんは心配でっス。ぐれたりしないかって」
「ぐれる要因ねぇ……ないと思うけど」
「そうすかね」
「だって天馬いってたもん『俺たち仲間だろ』って」
「そんなんで、解決すんすか?」
「するんじゃないの、だって大人たちがそうだったんだから」
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