即席セイザー小説。かなり短い読みきり文書。 戻る

◎番外 東亜大学内 堀口研究所 ソファーのひじ掛

 

 いつもの午後のように入ってきた未加は珍しい人を見た。
「どうしたの仁。一人で」
 スケッチブッグ片手に相変わらずソファーのひじ掛部分に腰掛け、ブレスレットを鳴らしながら手を振った。
「留守番んー」
 博士は「ちょっと出てくる」ってったよと、つなぐ。
「で、アンタはなにしてるの」
「締め切りに追われてます」
「事務所でしなさいよ、そういうことは」
「だって、せっつかれているみたいで、嫌じゃない」
「ここを避難所みたいにいわないでよ」
「心のオアシスさぁ、ここは。コーヒーただで飲み放題だし、天馬さえいなきゃ静かだし」
「コーヒー飲みたいんだったら、ファミレス行けばいいじゃない飲み放題よ」
「主婦の会合でうるさいし、店員うざくないぃ?」
「んなの知らないわよ」
 仁の仕事はアバウトだ。まるっきし暇もあれば25時間営業な日もある。ある意味、年がら年中、盆と正月な生活スケジュールだったりする。セイザー稼業の合間、日帰り海外旅行とかも平気でこなし時折、
「疲れたよー、しんどいよー。涼子さぁーん」
 と涼子がいないところで、研究所内で寝言なんだか、単なる欲望の呟きなのか分からない言葉を奇声として発していたりする。生活態度、性格態度ともに「一昔前の携帯の電波の通り具合」級に波がある。何かが思いつくたび手当たり次第に、その辺の紙にスケッチしたりしているので、少し未加と堀口博士からは、嫌われている。
「相変わらずアナログね」
「そーだね」
 あっさり認めた。仁自身はパソコンだの機械だのには普通にトリセツに書かれていれば理解できるレベルだ。最近のデザイナーのようにパソコンの画面上に直接描くことはない。
「手でさぁ、書かないと。わすれっちゃうし」
「漢字の練習じゃないんだから」
「どっちかっていうと、習字の練習に近いかなぁ、お手本を真似して、どんどん自分の世界に入っていくあたり」
「ふーん」
 なんだかよく分からないけど、仁は手書派らしい。
 そのくせ、ネットやら携帯のメールは大好きである。とくに写真メールは‥‥たちが悪い。中身は「どこいぞのブランドが立ち上がった」とか「ここの店がセールだよ」みたいな話。2、3度メールサーバーがダウンしたことがある。最近は仲間内のみに公開しているホームページに写真やらなんやらを出していたりする。内容は仁のメモ書き置き場。骨格は剣の手製したホームページ。さすがに面倒だったらしく、剣に「なんらかの賄賂」を渡して作らせた‥‥らしい。近日中にどちらかを絞って吐かせる予定。たぶん年上順に。
「あー、また裏紙もっていくー、そういうセコイことしないでよ。一応『機密書類』なんだから」
「だったらシュレッダーにかけてよ。いいじゃん、紙は大切にリサイクル、リサイクル」 金を持っているのは確実なのに、妙にセコイ。手ぶらでも仁がポケットに入れて持ち歩いているペンは輪ゴムでとめているし、映画を見るときにはきっちり金券屋で購入。饅頭の類の美味しさの基準は「具の量」とこたえる。行動全てが微妙な男である。少なくても未加たちが知っている秤谷仁の生態には、世界の五大コレクションに出展している「デザイナー・オーラ」は漂っていない。
 そもそも落書きしているのか、仕事しているのかその辺の線も雨の日の翌日に校庭にある石灰のラインなみにあやふやだ。
 せっせとスケッチブックと、堀口研究所の裏紙をつかって何かを書いている。
「未加、スキャナーないのココ。前あったじゃん」
「あれは、お隣の研究室から借りてきたものよって‥‥ここで仕事しないでよっ」
「だって、うちのスタッフ怖いもん」
「自分で雇った人間を怖がってどうするの、アンタ」
「そうだけどさぁ、分かってよ未加ぁ」
「知らないわよ、そんなこと」
「つめたいなぁ、おねぇちゃん」
「ったく、なんで年上のアンタに『お姉ちゃん』呼ばわりされなきゃいけないのよっ」
「だって、剣いうじゃん。おねーちゃん、おねーちゃんって」
「アンタねぇっ」
「ただいま〜」
 大荷物抱えて、剣が帰ってきた。仁のとぼけている二枚目半の視線に、我が姉は喧嘩熱視線を食らわしていた。
「‥‥なにしてんの」
「剣、あんたこそ、ただいまーってのと、その荷物なによっ」
 へ? という顔で姉を見た。
「仁さんから聞いていないの?」
 でっかい買い物なのに、と剣。
「はぁ?」
 姉は鳴いた。
 仁は「わりぃなぁ、買ってきてもらって、お釣りと領収書は?」とか普通に喋っている。
「剣。どういうこと。これは」
「ん? 仁さんがね、ここにねスキャナーを寄付したいって」
「仁、一体剣になにやったのよ」
「パソコン屋のポイント。ちなみに今日は二倍デー」
「ポイントカードぉ」
「現金で買収するなんて、子供にはしないよぉ」
「ふーん20歳以上にはするって、解釈でいいのかな、仁さん」
 そりゃ、いいこと聞いたぞと剣は口だけで笑った。
「どーでもいいけど。ここで仕事もしたいってことなのっ?」
「なっなんでそういうこというかな、未加ちゃぁんは」
「スキャナーの箱の隣のノートパソコンはなによっ、それにハブっ、LANケーブル」
「げー見つかったぁっ」
「あんた、ココで仕事する気まんまんでしょ」
「ば、ばれた?」
「帰れーっ」
 怒号とともに、未加必殺の蹴りがクリーンヒットで決まった。




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