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番外 ××に注意しろ!
気配の大きさと気迫の勝負だ。
もう一度いおう。
「これは、勝負だ」
じりじりとそいつににじり寄っていると、ポケットから気の抜ける電子音が流れた。
「あぁ?」
『あ』に、濁点。眉間にシワがより、コメカミの皮膚が突っ張る。
着音と声で、狙っていた獲物‥‥たまに見かける真っ白の体毛に青い目猫。音もなく視線から消えた。
「おれおれ」
「で」
「いや、なにも」
「切るぞ」
「まてまて」
「偉そうに。で用件はなんだ」
「冷てぇなぁ、おい。仕事頼もうかと思って」
しばしの沈黙。
「どういうことだ」
電話口から、受話器にくっつけてひげ面の顔面をボリボリやっている音が聞こえる。
「いやね誠。職場の先輩がだな、写真を撮って欲しいんだと。でその写真で実家の店の来年用のカレンダーを作りたいといってるんだけどさぁ、ダメか?」
しばしの沈黙。
「おい、辰平。おれを『カメラ好き素人』と勘違いしてないか?」
「いんや、べつに。写真うまいじゃん誠は」
怒りのあまり携帯電話をこの場で真っ二つにしてしまいたい衝動にかられたが、自分が困るだけなので、一口深呼吸してこらえた。
「店って、なに屋なんだちなみに」
「え、カレー屋」
携帯の上蓋外して遠く離れた通話相手めがけて槍かなんかでど突きたくなった。
「で、店の名前は」
「おっラッキー、仕事うけてくれるんだ。先輩に電話しよー」
「まて、店の名前聞きたいだけだ」
「カレー屋『すーだら』」
聞き覚えがありすぎる店の名前だった。
その娘はじつによく出来ていた。襟巻きみたいな首元があったかそうで、撫でられても愛想良く返事を返す。気迫と情熱だけしかないような電気屋の客引きよりも上等な接客術をもつ「かわいい娘」だ。
名前は、お嬢。元・捨て猫。現在の職業、生招き猫。職場店の外の路上看板の上の座布団。気立てのいい看板娘に、近所では評判の洋食系カレー屋。グルメ雑誌やペット雑誌、テレビに1〜2年に一回の確立で登場する人気店。ついでに言うと値段も手ごろで量も残さないで食べられる適度な大盛り加減。昼のランチは戦場だが、夜は皆でにこやかに食べられる、そんな店だ。
「なんだ、知ってたんだ意外」
ガチャガチャと機材を持って二人は歩いていた。店の駐車場は店舗から少し離れた場所にある。少し重たいが仕方がない。
「ここのカレーは、うまい」
「あそこって、甘系の洋食カレーだけっど。誠、甘いカレー嫌いじゃんか」
「デミグラス系の甘味は好きだ」
「‥‥ややっこしいなぁ、おい」
「夜の部の『ほうれん草と三種チーズのオムカレー』が好きだ一日限定10食限り」
「んか、よくしってんなぁ」
「戦場から帰って二日後にシミジミ食べる料理の定番だ」
「はーん」
こりゃ、ノリノリじゃないか。誠。先輩も喜ぶなと辰平は鼻の穴を膨らませた。
メール用の着音が鳴り、誠は携帯のふたを開けた。一瞬だけ見えたが、見覚えのある看板の上にちょこんと座るキジ猫が待ち受け画面になっていた。相変わらず、
「猫まっしぐら」
な彼の趣味。どうやら一日十食限定料理だけが目的ではないらしい。
本来なら、今日は定休日なんだが、店長の話によれば「私用のための貸切」らしい。客もいないから、撮影にも都合がいいだろうと、時間を提供してくれた。
夕暮れ近くのドアには「本日定休日」プラス「本日貸切」のカードとチラシが貼ってあった。道端の看板も下げられ「看板娘」の定位置もなかった。
「ちゅーっす。三上です。こんにちは店長ーっ」
カウンターの向こうから返事が聞こえた。後から入ってきた誠が「なんでいるんだ」とぼそっといった。辰平は一瞬気がつかなかった。誠の場を壊す発言でようやく、カウンターの端っこで黒のタンクトップにドックタグの男が、膝に猫を抱えてオムカレー食いながら、片手で猫を転がしていた。
「直人さん???」
「‥‥」
入り口に顔を向けて、目を細め三拍後、
「‥‥お」
と顔だけで挨拶? をした。
「なんで、いるんでスかっ」
今日定休日ですよ、と辰平。
「いやね、今日は松坂君のファンクラブのオフ会。内輪だけだけど、まだ時間早いから松坂君に夕飯をご馳走しているんだよ」
とマスター。なんでも熱狂的、かつ昔からの直人のファン、らしい。店には『うちの店に**来た』なんてサインや『**雑誌に載りました』系の張り物は一切ない。あるとしたらせいぜい、看板娘の「お嬢」のポラ写真。そのぐらいだ。
「直人がオフ会?? もつのか、それ」
誠の発言に対してカウンター越しのマスターは、露骨にむっとしている。
「あああ、あのですね、オレらっすね。ちょっと特種な知り合いでして、はい」
「知り合い、友達だったんだ」
「仲間っスね、はい」
「仲間?」
「それ以上、勘弁してください」
墓穴をドリルで掘っているが如くドツボにはまる辰平。必死になーなーで流したいが、相手はいたって一般人。しかも松坂ファンだ。
ふーんあっそーなんだー、な雰囲気で流せてしまう星の仲間たちや国防省の微妙なお偉いさんとは訳が違う。
「以前、仕事で一緒になったんです。始めまして写真家の反町です」
名刺を差し出したカレー屋店長の目がじーっと誠を見ている。
「いつも、うちのお嬢をなでなでしてますよね、よくいらっしゃいますよね」
「‥‥はい」
じーっと三人(松坂も含む)は、ずんずん俯く誠を見ている。
「常連なんじゃん」
ニヤニヤする辰平。
「‥‥顔が怖いから笑いながら、こっち見んなよ」
「そりゃないよ」
直人は食べ終わり片手に猫を抱っこしながら、洗い場まで行って皿を返し下に猫を下ろしてさも日常の家庭の風景のように皿を洗い始めた。猫も分かっているようで礼儀正しく座って待っている。終わったら終わったで、直人は前かがみなって胸をポンポンとたたくと猫が胸に飛びついてきた。直人はいつもの、気難しく厳つい顔で頭を撫でていた。
「松坂君に惚れてるんだよ、お嬢は」
「‥‥はぁ」
「いっつも、ああやって飛びついて離れないからねぇ。彼が帰ると泣くんだよあの娘」
「‥‥はぁ」
二人が発している生返事の中身は異なる。
「で店長。来年のカレンダーってどんなのにするんスか」
「松坂君とお嬢のツーショット写真。売った収益は全部ボランティアへってのが、事務所の条件だけどね」
「なんというかファン心を、くすぐるアイテムっすね」
言葉が手詰まりになり、愛想笑い浮かべて後頭部を掻きながら辰平は返事を返す。主役? の一人と一匹はというと、店の端っこで直人は片手腕立て伏せをしていた。猫はその背中に乗っていた。
「なかなか、絵になるでしょ。こういう風景」
和み系だねーと店長。
「‥‥はぁ」
生返事がふた息。
「立ち話もなんなんで、食べませんか。今日は貸切なんでいつものメニューは出ないですけど」
「あ、いいんすかっじゃ、オレ。直人さんが食ってた『ほうれん草と三種チーズのオムカレー』」
「おっオレも」
内心から『久方に食えるじゃん、いつも食えないのに、ついている』つー気配が誠から漂っている。
「すみません、さっき松坂君ので終わっちゃいました」
はははとマスター。
「直人、オマエどんだけ食ったんだ‥‥」
油切れの機械のようにカクカクと首を回した誠に背に回したほうの手で「パー」を作って見せた。
「直人ぉぉぉぉぉ」
「‥‥なんだ、誠」
「ちょっと顔貸せ」
誠が直人をつまみ出す格好で店の外に連れ出した。
「おたくら、どういう関係?」
「‥‥さぁ?」
一人置き去りにされた辰平はそう返事するしかなかったわけで。
三分もしない間に二人は戻ってきた。だれがどうみても「直人の勝ち」な図であった。たぶん初っ端直人のタンクトップを掴んだのは良かったが、その後コンマ何秒で誠に一発以上入れられたと推測される。
店内はアラスカの空気をクール宅配便で送ってきたかのように、湿り気のない空気が染み出している。
「‥‥誠」
腹に(軽く)入れられたらしく、腹を押さえながら誠は「異議あり」な顔で直人を見た。
「‥‥猫は視線を合わせてはいけない生き物なんだぞ」
と「知らないだろう」といわんばかりの口調。付け加えて、
「‥‥そこの写真家のギャラは、あのカレーだけでいいぞ」
ときっぱりと言い切った。
その後チャリティーポスターカレンダーはというと、「腹筋をしている松坂の腹の上にいるお嬢と顔をあわせている」構図のポスターが飛ぶように売れた‥‥らしい。
誠とお嬢の関係は「手を握る」そんな関係までに進行。
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