即席セイザー小説。かなり短い読みきり文書。 戻る

番外 ××を閉めろ

 


 研究所に嬉々としてやってきた辰平は、ソファーでカメラの掃除に集中していた誠に突然右フックを食らった。
 拳が飛ぶ前に、手を大きく開いて得意満面に一言、二言語った後、いきなりグーが飛んできた。
「なにしてんの、アンタたち」
 真っ先に資料整理をしていた未加が叫ぶ。
「辰平のヤツが‥‥」
 誠が腐る。隣で辰平が、あいたたといって頬を擦っている。辰平は喧嘩腰な雰囲気がしない。辰平自身になんらかの元凶があると未加は思った。
「いやね、未加さん。オレがねアロアナ飼ったから、誠がね‥‥」
「アロアナって、なに」
「アジアアロアナって解釈でよければ、ワシントン条約で野生ものの売買が禁止されている巨大魚のことだよ。熱帯魚ショップのカテゴリーでいくと古代魚ってコーナーにいるんだ」
「剣。ホント。アンタくだらないこと知ってるわね」
「ひどいなぁ、オネェちゃん。その言いかた‥‥」
「そのおっきな魚がどうしたの」
「‥‥あの」
 辰平がいおうとした途端に誠が、
「辰平のバカがまた悪い病気が出て先輩から水槽を貰ったからって、アロアナを買ったんだ、金もないのに‥‥」
 お前、今月の食費とかどうするんだと、みちみちと説教を始める誠。
「なんで魚一匹でそう、喧嘩になるのよ」
 と未加が剣に聞いた。
「だって、魚自体の大きさが成長したら1メートル近くなって、水槽も規模が大きくなるし、生体自体がバブルは弾けたけど、平気で中古車なみの金額だし‥‥」
 これ以上いったら、反町誠の人相が一段と悪くなるので剣は口をふさいだ。
「ふーん」
 状況が読めていない未加はため息しか出なかった。

 


 名前は銀ちゃん。蒲田行進曲の『倉岡銀四郎』にちなんで命名。品種はアジアアロアナ、スーパーレッドのノーテイル。緑ががかった紅色で「尻尾のない」巨大魚がゆったりと泳いでいた。
 郊外というか駅からは相当遠いアパートの一階部分にある三上辰平の自宅。
 総フローリングの2DKの部屋は人間の住みかではなく、完全に魚の生息地と化していた。低音でずっと鳴り響くエアポンプの音、ろ過が巡回する水の音。蛍光灯で照らされた水槽内はまるで別世界だった。
「ひゃー」
 感嘆の声しかない。愛の口から出たウワサで聞いていたけど実際見るとではえらい違いだ。
「いまは大分少なくなったけど20本ぐらい水槽あります」
 巨大魚からグッピー。水槽の中の水草で作られた盆栽。などなどどれもこれも手が込んでいて写真をみるような出来栄えの水槽。
「いまでも十分いっぱい水槽あるけど」
 とアジアアロアナの銀ちゃんの水槽に指を這わせる。
「一時期、国産グッピーに凝っていたときなんか倍はあったし」
「なによ、その国産グッピーって」
 未加が、国産ってなにと質問。
「平たく言うと、淡水で飼えてかつ、姿見が固定化されているグッピーです。蘭の品種改良みたいにコンテストとかあって、アクアリストの定番の魚です。自分もコンテストで何回か賞取りましたよ」
 たしかに壁とかに色々賞状が飾ってある。辰平の自慢である。
「こいつ一時期金がないときに、こういうバイテクなコンテストで食っていたんだ」
 こいつが、新しい無駄飯ぐらいかと、アロアナの『銀ちゃん』に向かってメンチを切る誠。
「そんな江戸時代に金魚や朝顔の品種改良で生きていた浪人じゃないんだから‥‥」
「うまくいったからいいようなもの、危なっかしくて仕方がない」
「あー。誠は誠なりに気にかけているんだぁ。辰平のことっ」
 未加がニヤニヤ笑う。
「真っ先に泣き付かれるのは、どーせオレだからな」
 じっとアロアナの銀ちゃんを見ていると、尻尾で水をかけられた。
「しつけぐらいしろ辰平」
「んな。銀ちゃんは人懐っこいんだよ」
 不審人物がいると、大暴れするし立派な『番魚』だと言い切る辰平。
「前よりかはおとなしくなったほうだ、辰平は」
「ふーんどの辺が」
「出合った当初は、これにくわえて鳥とか爬虫類もいた」
「は、爬虫類ぃ」
 目を丸くする未加。
「イグアナに、トカゲ。ついでにワニ」
「わっワニぃっ」
 それってまずいいんじゃないのっと未加は剣を見た。うん不味いねと返す弟。
「たまたま水槽が空かなくて小さいから風呂桶で買ってたんスよ」
 ワニの名前は「フェラガモ」という名前だったらしい。なんという名前センス。
「熱かったから、風呂場の窓を開けていたら‥‥失敗しましてね」
「まさか、脱走‥‥ぅ」
「いえ」
 誠がぐったりした。
「風呂場からバシャバシャ音がするって、たまたま来ていた大家に風呂場覗かれて、バレちゃって‥‥で、今のアパートに引っ越して‥‥」
 はははと笑う辰平。誠はあんまりというか、青い顔をしていた。
「ワニは今働いている水族館でどーにか引き取ってもらったんだけど‥‥引越しまでの間‥‥ははは」
「笑うなバカ」
 辰平に向かって食ってかかる誠。
「一時期このイキモノどもを、宿無しのお前と一緒に預かってもらったんだ誠に。まあ不評でこれがまた‥‥」
「誰か好き好んで魚とイグアナと寝食を共にしなきゃいけないんだっ」
「ひでーなぁ。ソフィア可愛いじゃんかっ」
 辰平は水槽棚の隅にいる体長40センチを超えるイグアナを抱っこした。
 誠は声を上げることなく脱兎の勢いで部屋の隅に逃げ込む。獅堂兄弟はどこかずれていて「でっかいねー」といいながら指でつつく。
「今度お前が宿無しになっても、オレは助けないからなっ」
「リヴァイアサン呼べなくなるぞ、いいのか誠」
 ソレをいわれると、なにも言い返せない誠であった。



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