即席セイザー小説。かなり短い読みきり文書。 戻る

番外 三上辰平自宅 玄関

 

 駅からはだいぶ遠く、郊外な言葉以前に「ど田舎」な香り漂う二階建て一軒家。上と下を別々にし貸家にしている辰平のアパート。ちなみに現在上の部屋は空き家。周囲には何もなく(コンビニは運がいいことに家の真後ろにあったりする)せいぜい春はお花見。夏は花火大会に使える川ッペリがあるぐらい、とくにコレが凄いな名産品なんかまったくない。
 久々に土曜日が休日になった辰平は、紺色の作務衣姿、坊主頭にタオルを巻き、玄関の出っ張りのところでベビーバスと洗面器をいくつか並べ、網を片手に「金魚すくい」をしていた。
「おじちゃん、金魚ちょーだい」
「誰がおじちゃんだ、オレはまだ20歳だっ」
 近所の子供相手に、マジでガンを飛ばす辰平。単に金魚を数えながら洗面器に放っていたので途中で数が分からなくなり逆ギレである。子供のほうは、んだよと悪態をつきながら去っていく。
「‥‥その格好じゃ、ぼーさんかヤクザだと思われるぞ」
 聞き覚えのあるバイクのエンジン音。
「ちゅーす、天馬さん」
「お前似合いすぎだし」
「そーっすかね」
 ん、と顔を上げると誠と愛。クルマで来たらしい。いつもの場所に車が置いてあった。「愛、来てくれたのか」
「引っ越してから一回もいってないし、剣ちゃんと未加さんが凄いよっていうから」
素直というか直球でゴキゲン顔になってしまう辰平。相変わらず幸せは身近。ついでに不幸も身近。すぐ終わらせるから中で待っててくれと、ささどうぞと来客を入れた。
 天馬はあまり気にとめないが、愛の眉間に一瞬クレパスが走る。なにかが臭い。ああ、真夏のペットショップの匂いに似ている。そう愛は思いよく考えてみたら小さい頃から辰平の家に行くと臭気の濃度に上下があるがこれに類似した匂いがした。風の通りがいいぶん幾分マシではある。
 以前の部屋はR&B的インテリアだったのに、引っ越してからはどういう心境の変化なのか「純和風」に変身している。床は水槽の対策でフローリング。加重で床が凹まないように板が敷かれている。で二畳分の畳にあめ色のちゃぶ台。以前から凝っていたターンテーブルは変わらず部屋の隅っこにあった。近隣住人が全くいないので比較的うるさくしても苦情はないだろう。
 ならぶ水槽の中には珍しい熱帯魚。ゲージの中には前からいるイグアナ。体長60センチ見た目どおりパワーがあり、ゲージは廃材を利用した辰平の手作り。誠はそういう「毛の生えていない生物」がとことん嫌いらしく(辰平の話によればシッポでぶたれたらしい)極力みないようにしている。
「お茶入れるね」
と愛が立ち上がり、キッチンでお茶を沸かし始めた。勝手知ったる仲なのだが、全然恋愛関係までコマを進めない。というか進められない。愛が見た目に反して「一目ぼれ→玉砕」が多いタチである。『ねーねー聞いて聞いて辰平』と一方的ペースで話していたと思ったら一ヶ月もたたないうちに、グスグスと鼻を鳴らしている。そんな彼女は今はあの背高ノッポで葬式顔の外科医に夢中なのだ。辰平はお湯を沸かす愛の後姿を拝んだだけでも幸せ気分が味わえた。
「ところで、なにしてんの辰平」
「んー金魚の選別。大きさごとに分けないと」
 ハイ終わりと洗面器片手に隣の部屋に。なんかざばーっと水が流れる音がした。
「こんなに水槽あると、水道代大変だろ」
「いんえ」
 石鹸で手を洗い手についた匂いを確認してちゃぶ台についた。
「ここ、井戸水なんでタダですよ」
「マジッ」
「はい。ちゃんと水質とかチェックしてるし。今のところ問題ないっス」
「床とか抜けないかぁ?」
「ここ、ピアノOKなんす、鉄骨はいって安心っす」
「いー部屋見つけたなぁ辰平」
「駅から恐ろしいほど遠いですけどね」
 折りたたみ自転車ないと、生活無理だし、と辰平。
 おぼんに乗せて不ぞろいの湯のみにお茶を入れてきた。愛は持ってきた手土産の塩豆大福を皿にもって、ちゃぶ台の真ん中においた。
「悪いなぁ愛。食わないの? スキじゃん豆大福」
「ダイエット中だから‥‥」
 濃い目に入れたお茶をすすってへへへと笑う。匂いで食べる気が起こらないのが本心。「でけーイグアナだなぁ、触っていい?」
イグアナを見つつ天馬。
「あぶないっす、慣れてないと」
 初対面の人間には、結構ひどいことをするんだと辰平。
「なに食うの」
「葉っぱ。カブとかの葉っぱとか、バナナ好きですね。春とか散歩させてタンポポとか食わせてます。結構エサ代かからないんです。ソフィアは粗食なんです」
「イグアナにしちゃ、可愛い名前じゃん」
「ソフィア・コッポラからいただきました」
「よく管理できるよなぁ、水族館でイルカとかの飼育係してて、自宅にも。大変じゃね?」
「辰平、昔っから色々飼ってたし。虫とか魚とか取ってきて‥‥」
「昔の辰平ってどんな感じ?」
 じっと辰平の顔をみつつ、
「縮小コピーって感じです」
「ひどいよぉ、愛」
 タオル頭がガクっと沈んだ。
「ところで辰平、この魚なんだ」
 全然味ッ気がないヤツと、誠は真後ろの水槽を指差した。
「それ? この間釣ったブラックバス」
「リリースだろ、普通はっ」
「ちっとどーいう生態なのか気になって」
「生態もクソもないだろう」
「知らなきゃ、釣れないだろうが。坊主で帰るのは嫌だし」
「元からボーズだろがっ」
 アホなことで激論している辰平と誠。
「‥‥普通、ペットにしないですよね」
「聞いたことねーよ、オレも」
 と遠くを見るような愛と天馬。いつもこんな感じ? と囁く天馬に、生返事を返す愛。
「ねぇ辰平。さっきの金魚はなに? 飼ってるの?」
「飼ってるっちゃ、そーなんだけど‥‥」
 気まずい顔をした辰平。
「どうしたの」
「いや、べつに‥‥」
「あっ、新しい魚入ったんだよね」
「銀ちゃんのこと?」
「うん、そう。剣ちゃんからメール貰っの。とうとう飼っちゃったんだ」
「うん」
「見ていい」
「もちろん」
 長年の辰平の野望の一つ。アジアアロアナを飼うこと。あと叶っていない野望は『ネオケラを飼うこと(*ネオケラ*オーストラリアに生息する肺魚。古代魚ファン垂涎の魚。見た目限りなく寸足らずのウナギないしはツチノコ。ワシントン条約に載っている。たまに日本で正式ルートで流通する。お値段30万から)』と『愛を嫁さんに貰うこと』
 トトトトと足音を立てて隣の部屋に走る愛。小さく悲鳴が上がった。
「どーした、愛」
「私、帰ります」
「わー、待てよ愛ぃ」
 サンダルをつっかけ外へと飛び出した。しかも都合のいいことにコンビニで油を売っていたタクシー捕まえて走り去った。
 排ガスにもまれて呆然と立ち尽くす辰平。
「一体どーして‥‥」
「わかんねーなぁ、女心ってぇヤツはよっ」
 むっちゃむっちゃと、豆大福を食らいながら天馬は窓から辰平を見た。
「オレは女心が分かるのかもしれない」
と誠。二人で愛が悲鳴を上げた『アジアアロアナの銀ちゃん』の水槽の前に立った。
 巨大魚銀ちゃんが、大喜びで先ほど玄関先で金魚すくいしていた、金魚ちゃんを追いかけてぱく付いていた。ついでに足元のタッパーにはフタを閉め忘れたらしく、変な芋虫がせっせと脱走をしている。こんなのを見たんじゃ普通の女の子は帰りたくなるなと、天馬は愛に同情した。



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