雑記
4〜5年くらい前のこと、秀さん宅へ遊びに行くと、そこには白いワンコがいた。

もの凄い勢いで追い込まれ、猛烈に吠えまくられた。噛まれそうにもなった。

しかし、秀さんの母上がタオルをその白いワンコの目の前に垂らすとあら不思議。

もうタオルしか目に入ってないようで、(わたしは置物ぐらいにしか認識されてない)

タオルを噛み噛みしながら、ズカズカと部屋を後にしていった。

それまで吠えられていた客人のわたし、唖然呆然。

客人よりもタオル優先?

ていうか、犬って人間に対してフレンドリーなはずでは?

なんなんですか!あのワンコは!?

ペキニーズという犬種をそこで初めて知る。

その種類であるがっちゃんとのインパクトある出会いだった。

それから秀さん宅へ遊びに行くたびに、吠えられ、噛まれと苦行の連続。

噛まれるとは言っても、がっちゃんは(子供以外を)噛むのが下手なので怪我をしたことはなかったけど。

そうこうしてるうちに、わたしを人と認識したようで、吠えられることも噛まれることも無くなっていた。

そしてがっちゃんと一緒に生活をする。

 
それから間もなくした12歳の頃、子宮蓄膿症になり手術。

手術中は呼吸が止まったものの、息を吹き返し見事生還。

その翌年から変な咳をするようになり、病院で診てもらったところ

心臓がちょっと弱くなっているのと、気管が狭くなっているとのことだった。

ほとんど病院のお世話になったことのなかったがっちゃんだけど

やはり老いっていうのは必ずやってくる。

以降は心臓の薬と気管の薬を毎日飲むようになった。

その甲斐があってか特に悪くなることもなく、だからといって良くなるわけでもないけど

病気の進行はそれなりに止まっていたが、16歳の春がっちゃんの左の口元が腫れだした。

歯茎が腫れていたのではなく、口の内側に出来た腫瘍だった。

手術はあまりにもリスクが大きすぎるので、抗生物質を飲んで見守るしかなかった。

それは日を追うごとに大きくなり、シュンとして食事も口にしなくなったので病院で一日点滴。

だけど病院ではウロウロキュンキュンキャンキャン大暴れ。暴れる元気はあったけど

これでは病院で弱ってしまう一方なので、半日で自宅に連れて帰り

自宅で点滴を行うことにして、あとはがっちゃんの生命力に賭けてみる。

自分の足で歩くことも出来ず、オムツを付けたけどトイレには自力で行こうとしていたがっちゃん。

それ以外は眠ってばかりだった。

6月23日、わたしは仕事が休みで免許の書換えに行く予定にしてたけど家で一緒に過ごした。

遊ぶことは出来なかったけど、いっしょにお昼寝したりして丸一日のんびりする。

日付が変わった24日0時頃から、今まで聞いたことがないような声で突然鳴き出した。

体を撫でては鳴き声が治まり、とそれを秀さんと二人で5〜6回繰り返していた。

今思えばその時のがっちゃんの目はうつろだった気がする。もう意識がなかったのかな?

そして25分頃、キャンと一吠えしたので撫でるとまた静かになった。

でも静か過ぎた。

寝息が聞こえない。

「おーい、戻っておいでー」 と体を撫で続けていた。

だけどがっちゃんが永遠に帰ってこないことはすぐに分かった。

 
25日に火葬を済ませ、家に帰ると隙間だらけのスカスカな我が家だった。

体の小さいがっちゃん、存在はとてつもなく大きかった。

がっちゃんの居場所を目で捜すような日々が続いて、生活習慣って怖いなーなんて思ったり。

薬で生かされていたとか、手術していればとか、思うことは多々あるけど

何はともあれ、がっちゃんとの生活は楽しかった!

最後の瞬間は二度と忘れられない悲しい瞬間だけど

がっちゃんはお家で過ごせてよかったんだと思う。

あと、二人で看取れてよかったなとも。

わたしは4年ほどのお付き合いだけど、秀さんは14年間だから悲しみはひとしおだったでしょう。

でも、それ以上にわたしの知らないがっちゃんを知ってるわけで

羨ましいぞこのやろう〜と、小突いたりしてます。


と、長々と書いてみました。やっと書けた〜〜〜〜〜。苦節一ヵ月半か?

文法その他滅茶苦茶ですが気にしないでね。国語の成績悪かったし日本語苦手だし。

最後まで読んでくれてありがとう。

がっちゃんありがとう。

 

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