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我が家の愛犬・モモのホームページを作る事になった。
それは良しとして・・・パソコン初心者の私にとっては難しすぎるっ!ってことで、いつもの様にモモパパを頼ったのです。しかし、モモパパは『たまには自分でやってみい』と冷たい・・・うっうっ(T0T)
『それならやってやろうじゃないかっ!』と、鼻息も荒く意気込んだものの、なにやらアルファベットの羅列(HTMLっていう奴?)に頭が痛くなり、目が痛くなり・・・もう泣きたい気分。
しかーしっ!『いつの日かモモのホームページを作る為に』と、取りまくったモモちんのお写真達。これらが陽の目を見るよう、頑張るのだと誓った今日のモモママでした。 |
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『モモを飼う事になったきっかけ 1 』
モモママは結婚前に、ロボロフスキー・ハムスターを2匹(2匹はつがいで、姉んちで繁殖した子達♪)飼っており、付き合っていたモモパパも、ジャンガリアン・ハムスターの雄を飼っておりました。
モモパパとモモママの結婚後、ジャンガリアンに『お嫁さんを・・・』と、パールホワイトのジャンガリアンを迎えました。
という訳で、当時我が家には4匹のハムがいました。(夜中になると、この4匹が一斉に回し車を回すので、そりゃあもう、スゴイ音でした)
そんなハムちゃん達は病気も多く、腫瘍が出来て手術をした子がいたり、アカルス症という病気にかかって、定期的に薬浴をしていた子がいたり・・・と、動物病院には色々お世話になりました。
そして、年長のハムからほぼ順番に、次々と天国へ。
それでも、みんな2年位は生きていたかなー・・・ハムの寿命は短く、確か平均で2年から3年くらいだったと思います。
中には6年くらい生きる子もいるらしい・・・
その中で、最後に天国に行ったのは、ジャンガリアン・パールホワイトのミュウちゃんでした。
<2へ続く> |
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『モモを飼う事になったきっかけ 2 』
<1の続き>
ミュウは、前足の手の平に腫瘍(良性)があり、それが大きくなる度に病院で切除してもらっていました。
良性なのに切除してもらっていたのは、大きくなっていく腫瘍を『放っておくと破裂する』と言う、獣医さんのコワーイお話を聞いたから・・・。
『ミュウちゃんの手(正確には足)が破裂?!』。考えただけでも恐ろしい・・・。
絶対見たくないと思いました。
そんな訳で、腫瘍があるものの、すこぶる元気だったミュウですが、月日が経つにつれ老化が進んで行きました。
若い頃はプリプリだった体も、痩せてひと回り小さくなった様に見え、足腰も弱り、ほとんど歩けない状態でした。
トイレに行くのもままならないので、自分の寝ている場所で粗相をしてしまうようになりました。(ハムは綺麗好きなので、寝床でオシッコする事はめったにないです)
今まで使っていた小屋も、入り口に高さがあるため入れなくなり、屋根部分だけを使い、それがミュウの寝床でした。
また、以前はウンチをすると口でくわえて、小屋の外に飛ばしていました。(ハムを飼っている方は見たことがあると思います♪)
この『ウンチ飛ばし』が出来なくなってから、下の世話が始まりました。
<3へ続く> |
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『モモを飼う事になったきっかけ 3 』
<2の続き>
『ウンチ飛ばし』が出来なくなったミュウのお尻は、ウンチがくっついたままガビガビに固まり、肛門を塞いでしまうようになりました。
また、オシッコをチビってしまった後は、お尻が黄色く染まり、濡れて気持ち悪そうでした。
こんな状態でしたので、1日に2回くらい、下の世話みたいな事をしていました。
固まったウンチを、ぬるま湯で湿らせたガーゼでふやかしてピンセットで取り、オシッコで汚れた毛を綺麗に拭いてやる・・・という程度の事でしたが。
後は、ティシュをフワフワに敷き詰めた箱の中に入れて、暖かい所で自然乾燥させていました。
こんなに弱ったミュウですが、エサは少量ながらも毎日食べていました。
立っていられないので、エサを手で持って、寝転びながら食べていた姿が可愛くて、赤ちゃんのようでした。
そして、暖かい春の日、ミュウは天国へ行きました。
<4へ続く> |
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『モモを飼う事になったきっかけ 4 』
<3の続き>
ミュウがいなくってから、しばらくは、ボーッとしていました。ミュウのいないゲージは見たくなく、すぐに片付ける事は出来ませんでした。
世話がやけた分、いなくなってしまうと本当に寂しく、家の中が妙にシーンとしているような気がし、『モモパパと二人っきりになってしまった・・・』と、超ブルーになっていました。
飼っていたのはハムなので、寝食を共にしていた訳ではないのですが、共にしていた家族を無くしたような感じで、心にはポッカリと穴が空いていました。
モモパパとは『ハムは寿命が短すぎて後が辛いので、飼うのはもう止めよう』と決めました。
後が辛いのは、寿命が長くても短くても、どちらも変わりはないのですが、短いと一緒にいられる時間も短い・・・という意味もあります。
そして、寂しい気持ちのまま復活する事が出来ないモモママは、ハムよりも寿命が長いワンコを飼いたくなってしまったのです。
長くなってしまいましたが、こうして我が家は『ハムスターの死』がきっかけとなり、ワンコを家族として迎え入れる事になりました。
しかし、我が家には『子供が出来るまで犬を飼ってはいかん!』という掟があったのです。
<『アメリカン・コッカー・スパニエル』へ続く> |
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『アメリカン・コッカー・スパニエル』
我が家の掟、『子供が出来るまで犬を飼ってはいかん!』を破るのに、そう時間はかかりませんでした。
『ワンコが飼いたい♪』というモモママの話を、最初はまともに聞いてくれなかったモモパパですが、モモパパも、きっと寂しかったんでしょうな。
説得するのにさほど苦労せず、お許しが出ました(^0^)
どんな犬種にするか・・・という話では、二人の意見が一致し、『アメリカン・コッカー・スパニエル』となりました。
『飼いたい犬種はアメリカン・コッカー・スパニエル(以下:アメコカと記述)』という理由は・・・
モモパパ・・・友達の家にいたアメコカがとっても可愛かったから。(小さい頃から見ていたらしい・・・)
モモママ・・・海外に行った時、うろついていた店のワンコがめっちゃ可愛いく、日本であんまり見たことのない犬だったので気にしていた。後でアメコカと判り、憧れのワンコだった。
・・・と、二人とも『可愛かった』というのが一番の理由。
そして、色んな本で調べてみると・・・『明朗・友好的・しつけがしやすい』などと、良いことづくし♪
『飼いやすい犬なんだなー』と、やがてモモがやって来る日までは、これらの本の内容を信じてました。
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『モモとの出会い』
ワンコを飼うことが決まってから、モモママは色んなペットショップをのぞきました。
見て回った5店舗のうち、A・コッカーのいたお店は3店舗。
3つのうち2店舗は、それぞれ1匹づつしかいませんでした。
たくさんいる中から選びたかったモモママはそれらのお店はパス。モモがいたのは、A・コッカーだけでも6匹位いたお店でした。
そのお店の下見には平日だったこともあり、モモパパとではなく、ワンコ飼育歴の長いお向かいさんと行きました(ワンコのことをよく知っているので、何かと頼りにしてしまう)。
ちょうど行った時が掃除の時間だったのか、スタッフの人がワンコのケースの汚れた床材を手際よく片付けていました。
どのケースも綺麗で、「衛生的でいいな」と思ったのを覚えています。
そして、モモママは色んなA・コッカーの中から、メスで白っぽい毛色の、可愛い顔の子を探していました。
なぜ「毛色が白っぽいのコ」なのか?
・・・それは、『アメコカが飼いたい理由』に書いた『海外で見た憧れのアメコカ』がそうだったからです。ううっ、ミーハーだわっ。
後になって、それはいわゆるシルバー・バフと呼ばれる毛色だと知りました。
当時、「よい子犬の選び方」なる知識を持たないモモママは、見た目重視のお馬鹿な奴でした。
それから、「メスの方がオスより、おとなしく飼いやすい」という話を聞いていたので、メスを飼うと決めていました。
そして、体が小さく耳の大きな可愛らしい顔をしたメスのコを発見!
それがモモでした。当時のモモは耳だけが少し茶色い程度で、全体的に白っぽい毛色をしていました。
モモはウィンドウの中で元気に動き回っており、抱かせてもらった時には、顔をぺろぺろと舐めてきて、性格も良さそうに見えました。
あくまでも、良・さ・そ・う・に・・・です。
これがモモとの出会いでした。 |
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