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モモママの独り言

−モモとの出会いまで編−

                                            
2002年02月26日
我が家の愛犬・モモのホームページを作る事になった。
それは良しとして・・・パソコン初心者の私にとっては難しすぎるっ!ってことで、いつもの様にモモパパを頼ったのです。しかし、モモパパは『たまには自分でやってみい』と冷たい・・・うっうっ(T0T)

『それならやってやろうじゃないかっ!』と、鼻息も荒く意気込んだものの、なにやらアルファベットの羅列(HTMLっていう奴?)に頭が痛くなり、目が痛くなり・・・もう泣きたい気分。

しかーしっ!『いつの日かモモのホームページを作る為に』と、取りまくったモモちんのお写真達。これらが陽の目を見るよう、頑張るのだと誓った今日のモモママでした。



2002年02月28日
 『モモを飼う事になったきっかけ 1 』 


モモママは結婚前に、ロボロフスキー・ハムスターを2匹(2匹はつがいで、姉んちで繁殖した子達♪)飼っており、付き合っていたモモパパも、ジャンガリアン・ハムスターの雄を飼っておりました。


モモパパとモモママの結婚後、ジャンガリアンに『お嫁さんを・・・』と、パールホワイトのジャンガリアンを迎えました。


という訳で、当時我が家には4匹のハムがいました。(夜中になると、この4匹が一斉に回し車を回すので、そりゃあもう、スゴイ音でした)


そんなハムちゃん達は病気も多く、腫瘍が出来て手術をした子がいたり、アカルス症という病気にかかって、定期的に薬浴をしていた子がいたり・・・と、動物病院には色々お世話になりました。


そして、年長のハムからほぼ順番に、次々と天国へ。


それでも、みんな2年位は生きていたかなー・・・ハムの寿命は短く、確か平均で2年から3年くらいだったと思います。


中には6年くらい生きる子もいるらしい・・・


その中で、最後に天国に行ったのは、ジャンガリアン・パールホワイトのミュウちゃんでした。

<2へ続く>



2002年02月28日
 『モモを飼う事になったきっかけ 2 』
<1の続き>


ミュウは、前足の手の平に腫瘍(良性)があり、それが大きくなる度に病院で切除してもらっていました。


良性なのに切除してもらっていたのは、大きくなっていく腫瘍を『放っておくと破裂する』と言う、獣医さんのコワーイお話を聞いたから・・・。


『ミュウちゃんの手(正確には足)が破裂?!』。考えただけでも恐ろしい・・・。


絶対見たくないと思いました。


そんな訳で、腫瘍があるものの、すこぶる元気だったミュウですが、月日が経つにつれ老化が進んで行きました。


若い頃はプリプリだった体も、痩せてひと回り小さくなった様に見え、足腰も弱り、ほとんど歩けない状態でした。


トイレに行くのもままならないので、自分の寝ている場所で粗相をしてしまうようになりました。(ハムは綺麗好きなので、寝床でオシッコする事はめったにないです)


今まで使っていた小屋も、入り口に高さがあるため入れなくなり、屋根部分だけを使い、それがミュウの寝床でした。


また、以前はウンチをすると口でくわえて、小屋の外に飛ばしていました。(ハムを飼っている方は見たことがあると思います♪)


この『ウンチ飛ばし』が出来なくなってから、下の世話が始まりました。

<3へ続く>



2002年03月03日
 『モモを飼う事になったきっかけ 3 』
<2の続き>


『ウンチ飛ばし』が出来なくなったミュウのお尻は、ウンチがくっついたままガビガビに固まり、肛門を塞いでしまうようになりました。


また、オシッコをチビってしまった後は、お尻が黄色く染まり、濡れて気持ち悪そうでした。


こんな状態でしたので、1日に2回くらい、下の世話みたいな事をしていました。


固まったウンチを、ぬるま湯で湿らせたガーゼでふやかしてピンセットで取り、オシッコで汚れた毛を綺麗に拭いてやる・・・という程度の事でしたが。


後は、ティシュをフワフワに敷き詰めた箱の中に入れて、暖かい所で自然乾燥させていました。


こんなに弱ったミュウですが、エサは少量ながらも毎日食べていました。


立っていられないので、エサを手で持って、寝転びながら食べていた姿が可愛くて、赤ちゃんのようでした。


そして、暖かい春の日、ミュウは天国へ行きました。

<4へ続く>



2002年03月03日
 『モモを飼う事になったきっかけ 4 』
<3の続き>


ミュウがいなくってから、しばらくは、ボーッとしていました。ミュウのいないゲージは見たくなく、すぐに片付ける事は出来ませんでした。


世話がやけた分、いなくなってしまうと本当に寂しく、家の中が妙にシーンとしているような気がし、『モモパパと二人っきりになってしまった・・・』と、超ブルーになっていました。


飼っていたのはハムなので、寝食を共にしていた訳ではないのですが、共にしていた家族を無くしたような感じで、心にはポッカリと穴が空いていました。


モモパパとは『ハムは寿命が短すぎて後が辛いので、飼うのはもう止めよう』と決めました。


後が辛いのは、寿命が長くても短くても、どちらも変わりはないのですが、短いと一緒にいられる時間も短い・・・という意味もあります。


そして、寂しい気持ちのまま復活する事が出来ないモモママは、ハムよりも寿命が長いワンコを飼いたくなってしまったのです。



長くなってしまいましたが、こうして我が家は『ハムスターの死』がきっかけとなり、ワンコを家族として迎え入れる事になりました。



しかし、我が家には『子供が出来るまで犬を飼ってはいかん!』という掟があったのです。

<『アメリカン・コッカー・スパニエル』へ続く>



2002年03月03日
 『アメリカン・コッカー・スパニエル』


我が家の掟、『子供が出来るまで犬を飼ってはかん!』を破るのに、そう時間はかかりませんでした。


『ワンコが飼いたい♪』というモモママの話を、最初はまともに聞いてくれなかったモモパパですが、モモパパも、きっと寂しかったんでしょうな。


説得するのにさほど苦労せず、お許しが出ました(^0^)


どんな犬種にするか・・・という話では、二人の意見が一致し、『アメリカン・コッカー・スパニエル』となりました。


『飼いたい犬種はアメリカン・コッカー・スパニエル(以下:アメコカと記述)』という理由は・・・


モモパパ・・・友達の家にいたアメコカがとっても可愛かったから。(小さい頃から見ていたらしい・・・)


モモママ・・・海外に行った時、うろついていた店のワンコがめっちゃ可愛いく、日本であんまり見たことのない犬だったので気にしていた。後でアメコカと判り、憧れのワンコだった。


・・・と、二人とも『可愛かった』というのが一番の理由。


そして、色んな本で調べてみると・・・『明朗・友好的・しつけがしやすい』などと、良いことづくし♪


『飼いやすい犬なんだなー』と、やがてモモがやって来る日までは、これらの本の内容を信じてました。




2002年03月04日
 『モモとの出会い』


ワンコを飼うことが決まってから、モモママは色んなペットショップをのぞきました。


見て回った5店舗のうち、A・コッカーのいたお店は3店舗。


3つのうち2店舗は、それぞれ1匹づつしかいませんでした。


たくさんいる中から選びたかったモモママはそれらのお店はパス。モモがいたのは、A・コッカーだけでも6匹位いたお店でした。


そのお店の下見には平日だったこともあり、モモパパとではなく、ワンコ飼育歴の長いお向かいさんと行きました(ワンコのことをよく知っているので、何かと頼りにしてしまう)。


ちょうど行った時が掃除の時間だったのか、スタッフの人がワンコのケースの汚れた床材を手際よく片付けていました。


どのケースも綺麗で、「衛生的でいいな」と思ったのを覚えています。


そして、モモママは色んなA・コッカーの中から、メスで白っぽい毛色の、可愛い顔の子を探していました。


なぜ「毛色が白っぽいのコ」なのか?


・・・それは、『アメコカが飼いたい理由』に書いた『海外で見た憧れのアメコカ』がそうだったからです。ううっ、ミーハーだわっ。


後になって、それはいわゆるシルバー・バフと呼ばれる毛色だと知りました。


当時、「よい子犬の選び方」なる知識を持たないモモママは、見た目重視のお馬鹿な奴でした。


それから、「メスの方がオスより、おとなしく飼いやすい」という話を聞いていたので、メスを飼うと決めていました。


そして、体が小さく耳の大きな可愛らしい顔をしたメスのコを発見!


それがモモでした。当時のモモは耳だけが少し茶色い程度で、全体的に白っぽい毛色をしていました。


モモはウィンドウの中で元気に動き回っており、抱かせてもらった時には、顔をぺろぺろと舐めてきて、性格も良さそうに見えました。


あくまでも、良・さ・そ・う・に・・・です。


これがモモとの出会いでした。




                                     『ガウガウ犬・モモ』へ 



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