01/6/3 up
ペペは特に大きな病気をすることもなく、なかなかりりしい感じの青年ネコに成長していった。
けれども、子猫のあどけなさがなくなっていくのと同時に困った問題が出てきた。
1つはマーキングである。それまで粗相などしたことがなかっただけに、これはけっこうショックだった。こちらも慣れていなかったので、いつも痛いところをつかれた。取り込んだ洗濯物の山、寝るために敷いた布団、脱ぎ捨てたパジャマ、、、、 風呂あがりにバスマットに足を乗せてヒヤッと気が付いたこともある。
最初はいちいち叱ってしまった。でもこれは大きな間違いと勘違いなのである。ネコにとってみれば、家の中は自分の縄張りであリ、たまたまそこに人間が一緒に住んでいるのである。年頃のオスネコが「ここは自分の縄張り」と主張するのは当然なのだ。そのことに気付くまで時間がかかった。
その間に、ペペはどんどんネコの本能を開花させ、完全な夜行性動物になってしまった。
昼間与えられる餌にはほとんど手をつけず、夜になってゴソゴソ起きだしてきて餌を探す。そして昼間はグーグー寝ているのだ。一方人間は、寝ているとネコが何かしている音がするのでそのたびに起きて様子を見に行く。見に行くと、何もしていなかったような顔をしてどこかに隠れてしまう。この繰り返しで、人間は寝不足となるが、ネコは昼間たっぷり寝ているので元気いっぱいである。
そのうちに人間の疲労は限界をむかえ、しかもペペはどんどんやせていった。
以前と変わらず、遊んでやれば喜ぶし、話をしていれば輪の中に入ってくるし、変わらずかわいがってはいたのだが、ペペは私たちには理解できない独自の世界に入っていくようだった。
仕方なく獣医に相談してみたが、、、、まず最初に言われたことは「たまには抱っこしてあげてね」だった。「し、し、失礼しちゃうわねぇ」と思いつつも、愛情が足りなかったのかといらぬ反省をしてしまい、更に家族は泥沼にはまっていく。健康状態には問題ないということでひとまず安心はしたが、実は何も解決してはいなかった。
夜の俳諧は続き、ハンガーストライキも続行された。
このハンガーストライキが、この後約15年も続いていく魚屋通いの発端となる。
店頭に並んでいるcat foodは片っ端から試した。しかし、どれも一口食べて「砂かけの儀式」を受ける。本当に困り果てた。が、あるとき突破口が開けた。昼食に出てきたはんぺんのバター焼きがきっかけだった。
1切れだけ残って皿の上でしょうゆをかけられた状態でテーブルの上にラップもかけずにおかれていたこのはんぺん、母が掃除機をかけて目を離した隙に(それもほんの15秒の間)、しょうゆのたれた跡を3つほど点々と残して忽然と消えた。犯人は他にはいない。それは分かっているのだが食べるのは人一倍遅いペペが、、、と信じられない一方で、どうやってどこも汚さずに食べたのかということも疑問として残った。どこかに隠してる説も有力だったが、探しても見つからず、ついに引っ越しのときにも干からびた食いかけのはんぺんは発見されなかったので、あの時早業で一気食いをしたのに違いない。
ここで、はんぺんなら食べるということが分かった。だからといってはんぺんを主食にするわけにもいかないので、もう一ひねりして、「カワハギ」という魚を煮て食べさせてみた。これはなかなかいけた。人間が食べてもおいしい食材だ。それに、薄く甘辛味をつけて、骨から身をはずしてやると喜んでがつがつ食べた。なんと言う贅沢! とは言っても他のものは全く受け付けないので、この「カワハギ」様に大感謝だった。このときからカワハギはペペの主食となってしまった。
1つ問題が解決してみると少し頭にも余裕ができ、夜間俳諧の原因は、実は発情期を迎えているからではないかと気がついた。ここで家族は決断した。「去勢しよう」
こうしてペペは1匹の子孫を残すこともなくおかまになった。そして徐々に生活パターンを人間の生活リズムにあわせるようになる。
これで問題は解決したかのように見えた。

1歳になる頃には子猫のあどけなさは面影をとどめるのみになりました。
体型もスリムで、なんとなく目がぎらぎらとあやしく輝いています