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ペペは去勢してからすっかり甘えん坊にはなったが手がかからなくなった。少し気持ちにも余裕が出てきて、私たちはそとネコにも関心をもつようになった。注意深く観察してみるとご近所にはずいぶんたくさんのそとネコがいた。その大半は人なつこく、どこかで食べるものをもらっているようだったがいつもおなかをすかせていた。
その頃近所には茶トラ白が多く、それらは皆兄弟や親子のようで、最初のうちこそどれが誰だか区別がつかなかったものの、毎日のように顔を合わせるようになってだんだん区別もつくようになっていった。もちろん新顔が加わればすぐに分かるようにもなった。
そんなとき出会ったのが、白足袋をはいた黒ネコだった。まだ1歳にはなっていない「小柄なネコ」だった。近所のそとネコとは親戚関係はなさそうで、やはりどこかで飼われた後に捨てられたものらしかった。人なつこくて呼べばすぐに寄ってくるし、おなかもすいているようなので、とりあえずつれて帰る。食べさせた後、ノミなどがいるといけないので風呂場で洗う。もちろんネコはぬれるのが大嫌いだから、大変に抵抗して大声を出したりするのだが、ペペはその様を風呂場の外から「アア、可愛そうに」といった感じで静かに観察している。ひとっ風呂浴びたネコは風呂場から出てくるとここでペペと対面することになるのだが、ペペは興味がある割にはちょっと鼻をツンツンするくらいでさっさとどこかに隠れてしまう。このネコには「クロ」と名がついた。
一段落すると、さて拾ってきたこのネコをどうするかという相談になり、やはりもらってくれる人があるならそのほうがいいのじゃないか? という結論に至った。高校の同級生や、小学校時代の友人などを中心に飼ってくれそうな人を探し、里親候補が見つかった。すでに猫が数匹いるが、1匹増えるくらい大丈夫ということで飼ってもよいということだった。早速クロを車に乗せて新しい家に出発する。住所を頼りに行ったが、大きな道から1本入った住宅街は道がわかりにくく、住所の番地の並びも不規則なのでかなり迷ってしまい、遅くにお邪魔する結果となった。時間が遅くなってしまった気兼ねから、道に迷ったのはあんたの道案内が悪かったからだと母に責められた。ちょっと不機嫌になりながら、とにかくネコを渡そうと気を取り直してお宅にお邪魔してクロを見せた。ところが、である。開口一番「えっ?子猫じゃないの?」と言われてしまった。ここで、再び私の重大なミスが発覚する。私は友人に「小さいネコ」と伝えていた。これはあくまで体の小さい小柄な猫という意味で言ったつもりだったが、友人は「子猫」と理解して家族にもそう伝えていたわけだ。うんと子猫だと思っていたら1歳近い猫が出てきた、ということであっさり里親は断られてしまった。ここでまた私は母に責められる。「子供同士の話なんてあてになりゃしない」。
仕方なくあてのなくなったクロをつれて帰ったのだが、帰りの車の中の雰囲気と言ったら険悪なんてものではなかった。元はといえば自分が悪かったのだが、思いつく限りの悪口雑言を次々に浴びせられ、おかげでこの日生まれて始めてストレスからくる胃の痛みというものを経験してしまった。
猫の行き先はまた振り出しに戻ってしまったのだが、ここであるミニコミ試に載っていた記事に目が止まった。「不要犬猫引き取ります」という獣医の広告だった。救いの手が差し伸べられたような思いで「これだ」と早速電話をかけてみると、「うちは代々獣医をしていてそのおかげでご飯を食べることができているので、少しでも不幸な子たちに手を差し伸べてあげたいと思って、半ばボランティアのような形で里親探しをしているんです。冷暖房完備のビル1つまるまるネコが自由に歩き回れるように開放して、保護活動をしています。動物愛護促進委員会が責任を持って里親を探します。ただ、保護している間の餌代や、世話をするアルバイトの給料やワクチン代まではすべて負担することができないので、お引取りするときに少々お支払いいただいています。里親さんが見つかり次第はがきで連絡しますし、それまでの面会は自由です。」ということだった。獣医さんのところなら安心して預けられる、ということでクロをお願いすることにした。すぐに引取りにきてくれて、2万円と共にクロはアルバイトのお兄ちゃんに抱かれていってしまった。その後、クロの里親が見つかったという知らせはなかなか来なかったが、時間が過ぎると共にクロは私たちの記憶から薄れつつあった。