犬たちと暮らす。−ごあいさつにかえて


初めて一緒に暮らした犬の名はポチ。
わたしが生まれる前にやってきて,保育園に行くころにはもういなかった。
だからポチのことは,ぼんやりとしか覚えていない。
男の子だったこと,わたしと同じくらいの大きさだったこと,吠えられたこと,飛びつかれたこと。
たぶんポチは元気のいい子で,ただみんなと遊びたかったんだろうと思う。
でもわたしはこわかった。とってもかなわない,おっきな”いきもの”だった。

中学1年のとき,下校途中の工場の隅にいぬの赤ちゃんが捨てられていた。まだ目も開いていなくて,ちいさく”みぃみぃ”鳴いていた。男の子だった。
みんなが周りを取り囲んで「かわいい」とか「かわいそう」と言っていたけれど,だれも「うちで飼う」とは言わなかった。
なんとなく あたしが飼おうかな と言ってしまった。
両親は共働きで,わたしはかぎっ子だったのに,だれが面倒をみるのかなんて考えもしなかった。というより,そのときは自分ができると心から思っていた。
みんな,ほっとした顔をしていたと思う。そしてわたしは自分がすごく”いいこと”をしたような気がしていた。
もちろん両親は怒った。あたりまえだ。その日の夜,父と2人で元いた場所に置きにいった。
わたしは自分がものすごくひどいことをしたことだけは,わかった。振り返ることができなかった。

翌朝,ものすごく早く母がわたしを起こした。あんまりかわいそうだから,やっぱりうちで飼ってあげよう。
子犬は,同じところで鳴いていた。
’すてこう’と名づけた。捨てられていたからという,なんともひどい理由からだった。
昼間は近くの祖母の家で,帰ってきてからはうちで,’すてこう’は哺乳瓶でミルクを与えられながらどんどんどんどん大きくなった。
でも,やっぱりムリだったのだ。
わたしにはなんの責任感もなかった。父と母は忙しすぎた。そして,わたしの住んでいたいなかでは当時,注射とか薬とか,そんなに重要視していなかった。
結局,満足に世話もしてもらえずに,’すてこう’は8年で死んでしまった。フィラリアが原因だった。
そしてわたしは,いきものを飼うことがこわくなった。

新しい土地で暮らすようになって,人とことばを交わすことが少なくなった。
知人もいなかったし,外で仕事をしていたせいもあるし,同年代の人にもあまり出会わなかった。
川沿いのうちの前の道は格好の散歩コースらしくて,朝に夕に,ほんとうにたくさんのひとや犬が通る。
ぽつぽつ,そういうお散歩途中の人と会話を交わすことがあって,だんだん犬を飼ってみようかなと思うようになってきた。
でも’すてこう’のことは,やっぱり忘れられなかった。また,ああいうかわいそうなことをしてしまいそうな気もした。
結局,やっぱり飼おうと決意するまで4年近くかかった。
自宅で仕事をするようになったということもあるし,両親が犬を飼い始めたことも大きなきっかけだった。
ある朝,母から電話があった。「子犬が捨てられてるんだけど,飼う気があるなら保護するよ」。
それがラムだった。

動物を飼うということはほんとうにたいへんだ,とよく聞く。
たしかに,昔はそう思っていた。
でもラムがやってきて,やがてコッコが生まれて・・・というこの数年間,心底たいへんだと思ったことはないような気がする。
’すてこう’のこともあったから,ラムを飼う前に,すごーくたいへんな日々を想像していた。それで現実のほうが楽だったということも大きいかもしれない。
なによりラムとコッコのおかげで,いきものと暮らすことがこわくなくなった。
そういうことが今,とってもうれしい。


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