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誰しも生まれて始めて一人暮らしをした時に感じるとことだと思うのだか、結構一人暮らしも慣れるまでは寂しいものである。 「ただいまー!」と帰ってきても誰が返事をする訳でもなく、真っ暗な部屋にひとり帰るのだ。思わず自分で「お帰りー!」などと言いたくなる心境である。
そんな時私の実家で飼っていた猫に子供ができたと連絡が入った。前々から一人暮らしに多少の心細さを感じていた私は、
ぜひその生まれてくる子猫が欲しいと思い、生まれたらすぐに電話をくれと実家の者に言っておいた。
待つこと数ヶ月、実家から電話が来た。電話が来たのはいいのだけれど、ただ「生まれた」という情報しか入ってこなかった。それしか要求しなかったのだから当たり前といえば
当たり前かもしれない。
詳しい情報を得るため、仕方がないのでもう一度こちらから電話をかけ直す事になってしまった。
小さな箱のなかにそれは居た。 まだとても小さかった。 ”ミィミィ”と鳴いていた。 ミィミィと鳴かなければ、まるでそれは一見すると”ねずみ”のようである。
ハツカネズミは決してミィミィなどとは鳴かない。 当たり前だが...。
よぉーく観察するとハツカネズミに猫の小さな耳がくっついているのだ。
月日の経つのは実に早いものである。 日々生活の雑務に追われていると、あっという間に一ヶ月が経った。
あれだけ小さかったハツカネズミもどきの子猫はかなり大きくなっていた。 姿形はもうしっかりとした一人前の猫である。
でも、とても小さい。 私の片手の平にまだ2匹は十分に乗ってしまうのだ。 でもちゃんと猫の形をしていた。 実に不思議と言えば不思議である。
こんなちっちゃいのが猫なのだから。 生命の神秘なるものをこのとき感じずにはいられなかった。
私は子猫達全部を部屋に放してみた。 なぜかというと、一体どの子が一番元気がいいのかをみたかったのである。
なにしろ、元気が良くなくてはならないのだ。 元気がいいと言うことは、それだけ生命力があるということなのである。健康で長生きができるのだ。そこはしっかりと観察しなくてはならなかった。
確かに、弟が言うように5匹のうち2匹は見事な茶トラであった。 しっぽも長くとても綺麗で、そのしっぽの先っちょまで見事に茶色の輪っかが描かれていた。
おまけに、2匹ともオスであった。 これはほぉっておいてももらい手は着く猫である。
やはり昔から言われているように、三毛猫にはオスは生まれないらしい。 茶、黒、白という三色があるだけで、ちゃんと全部メスなのだ。
なぜ三毛猫にはオスが生まれないのであろう? どなたか科学的に説明していただきたいものである。 これは長年の私の中で不思議とされてきたことだった。
今回私はぜひともメス猫と生活がしたかったので、当然汚ったないと言われた三毛猫に焦点を絞って見てみた。
なぜメス猫が良いかと言えば、子猫のうちはわかりにくいのだが、大人になってもメス猫の方がオス猫よりも顔かたちが実に可愛いのである。
それは何年経っても変わらないということを、友人宅の猫を見て知っていたのである。”いつまでも愛らしい姿でいてほしい”という願いがあったのだ。
3匹のうち2匹は黒色が多い子だった。 残りの1匹は茶色が多い子である。 この茶色の多い猫の顔をじっと見てみた。
かなりオカシな顔をしている。 子供で体がまだ小さく、顔も小さかったせいもあるのだろうが、目は顔の大変を占めるように”クリクリ”と大きく、その小さな鼻のあたまにはちょこんとシミのような
ホクロのようなものがあった。 言い方は悪いが一見すると”鼻くそ”のようである。 それがまたとても味のある顔立ちにしていた。
そしてその茶色の多い子猫は5匹の中でも一番元気が良かったのである。他の兄弟猫を追いかけ回し、噛みついて押し倒しては連続猫キックを食らわすのである。他の子猫たちは逃げ回っていた。
茶トラが一番弱かったように思う。
これがリュウの幼少の頃の姿である。 |