竜之介爆誕!




それは今からさかのぼること十数年前。まだ、私がとても若い頃だった。ようやく親元を離れ自活を宣言して間もない頃。
誰しも生まれて始めて一人暮らしをした時に感じるとことだと思うのだか、結構一人暮らしも慣れるまでは寂しいものである。
「ただいまー!」と帰ってきても誰が返事をする訳でもなく、真っ暗な部屋にひとり帰るのだ。思わず自分で「お帰りー!」などと言いたくなる心境である。

そんな時私の実家で飼っていた猫に子供ができたと連絡が入った。前々から一人暮らしに多少の心細さを感じていた私は、 ぜひその生まれてくる子猫が欲しいと思い、生まれたらすぐに電話をくれと実家の者に言っておいた。 待つこと数ヶ月、実家から電話が来た。電話が来たのはいいのだけれど、ただ「生まれた」という情報しか入ってこなかった。それしか要求しなかったのだから当たり前といえば 当たり前かもしれない。

詳しい情報を得るため、仕方がないのでもう一度こちらから電話をかけ直す事になってしまった。
”電話代がかかるぅー”などと所帯じみた事を考えながらも早々、実家に電話をかけてみる。まだそのころ高校生だった弟が電話口にでた。
「生まれたんだって?」と私。
「うん。生まれたよ!」と弟。
「どんな猫?で、何匹生まれたの?」
「えっと、5匹かなー?」
「そんなに生まれたんだー?」
「どんな柄したねこ?」
「えっと、2匹は茶トラで残り3匹は汚ったない色した模様の猫だよー!」
「汚ったない模様のねこぉー? なんだそりゃ?」そう私が言うと弟は少し考えてからこう言った。
「なんかさー、白と茶色と黒が混じった変な色...。」と、言うのだった。しばらく私は考える...。そして、
「それって、ひょっとして三毛猫のことか?」と言うと、
「そーとも言うのかぁー」などと、弟は寝ぼけた事を言っていた。
あいつはどーやら三毛猫を知らないらしい...。なかなか珍しいやつである。

 ま、とりあえずは現物を見てみない事には始まらないので、次の休みの日に多少不安な気持を抱えつつ、実家に子猫を見に行った。
なにしろ、あの弟の電話での説明である。一体どんな色をした猫なのやら・・・? まったく不安である。
”本当に潰しのきかないとんでもない模様の猫だったらどーしよう?”などと、まったく生まれてきた子猫に大変失礼な事を考えながら実家に向かった。 実家に向かう途中、”肝心なのは容姿ではなく性格なのだ!”などと思い直し、実家の玄関をくぐった。まるで見合いにでも行くような状態である。

 小さな箱のなかにそれは居た。 まだとても小さかった。 ”ミィミィ”と鳴いていた。 ミィミィと鳴かなければ、まるでそれは一見すると”ねずみ”のようである。  ハツカネズミは決してミィミィなどとは鳴かない。 当たり前だが...。  よぉーく観察するとハツカネズミに猫の小さな耳がくっついているのだ。
なんと愛らしいことだろう! 5匹を両手に乗せてもまだ余りある大きさである。  親猫はどこかに我が子を連れて行かれるのではないかと実に心配顔であった。 親なら当たり前かもしれない。
しかし、こんなに可愛いと思う私でも、動物好きでない人からしたら、とっても気持ちが悪い生き物に写ったことだろう。 なにしろハツカネズミに猫の小さい耳がくっついているような 生き物なのだ。 でもその時の私は、かなりの興奮状態であった。
まだ生まれてから一週間しか経っていなかったので親から離すにはあまりにも早すぎると思われた。せめて1ヶ月は親元で育てなくては元気な猫には成長できないであろうと思い、 ”じゃぁ、1ヶ月後にもらいに来るよ!”と家人に言い残し、その時実家を後にしたのだった。

 月日の経つのは実に早いものである。 日々生活の雑務に追われていると、あっという間に一ヶ月が経った。
私はまた実家の玄関をくぐる。

 あれだけ小さかったハツカネズミもどきの子猫はかなり大きくなっていた。 姿形はもうしっかりとした一人前の猫である。 でも、とても小さい。 私の片手の平にまだ2匹は十分に乗ってしまうのだ。 でもちゃんと猫の形をしていた。 実に不思議と言えば不思議である。  こんなちっちゃいのが猫なのだから。 生命の神秘なるものをこのとき感じずにはいられなかった。
しかし、生命の神秘に酔いしれている場合ではない。 今回は見に来たのではなく、この5匹の中から1匹をもらいに来たのだ。 自分は里親になるのである。 呑気にしている場合ではない。
この子達の一生が決まってしまうのだ。 真剣に子猫達を観察しなくてはならない。

 私は子猫達全部を部屋に放してみた。 なぜかというと、一体どの子が一番元気がいいのかをみたかったのである。 なにしろ、元気が良くなくてはならないのだ。 元気がいいと言うことは、それだけ生命力があるということなのである。健康で長生きができるのだ。そこはしっかりと観察しなくてはならなかった。

確かに、弟が言うように5匹のうち2匹は見事な茶トラであった。 しっぽも長くとても綺麗で、そのしっぽの先っちょまで見事に茶色の輪っかが描かれていた。 おまけに、2匹ともオスであった。 これはほぉっておいてももらい手は着く猫である。
問題は残りの3匹である。 確かに三毛猫にしては、ちょっと配色が悪いと言えば悪い。 三色のバランスがどうひいき目に見ても、よろしくないのである。 おまけにこちらは3匹ともメス猫であった。
どうあがいても居残り組になるであろう事は簡単に予測できた。

やはり昔から言われているように、三毛猫にはオスは生まれないらしい。 茶、黒、白という三色があるだけで、ちゃんと全部メスなのだ。 なぜ三毛猫にはオスが生まれないのであろう? どなたか科学的に説明していただきたいものである。 これは長年の私の中で不思議とされてきたことだった。

今回私はぜひともメス猫と生活がしたかったので、当然汚ったないと言われた三毛猫に焦点を絞って見てみた。 なぜメス猫が良いかと言えば、子猫のうちはわかりにくいのだが、大人になってもメス猫の方がオス猫よりも顔かたちが実に可愛いのである。 それは何年経っても変わらないということを、友人宅の猫を見て知っていたのである。”いつまでも愛らしい姿でいてほしい”という願いがあったのだ。

3匹のうち2匹は黒色が多い子だった。 残りの1匹は茶色が多い子である。 この茶色の多い猫の顔をじっと見てみた。 かなりオカシな顔をしている。 子供で体がまだ小さく、顔も小さかったせいもあるのだろうが、目は顔の大変を占めるように”クリクリ”と大きく、その小さな鼻のあたまにはちょこんとシミのような ホクロのようなものがあった。 言い方は悪いが一見すると”鼻くそ”のようである。 それがまたとても味のある顔立ちにしていた。 そしてその茶色の多い子猫は5匹の中でも一番元気が良かったのである。他の兄弟猫を追いかけ回し、噛みついて押し倒しては連続猫キックを食らわすのである。他の子猫たちは逃げ回っていた。 茶トラが一番弱かったように思う。
これだけ元気のいい子がいた! なんとう巡りあわせであろうか!
即決!と、言う状態でその茶色の多い子猫をもらうことに決めたのだった。
この”元気がいい”と言うのが、後に”大問題”になると言うことをその時は知る由もない。

これがリュウの幼少の頃の姿である。




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