チキンのこと
−またねっ!−




1998年8月27日の夜、チキンはとってもとっても短い一生を終えました。ほんとに短いです。
すずめ一匹に大泣きするなんて、私は一体何歳なの?と、思ったぐらい涙がでました。
神様はこの世の中で、ふたつだけ誰にでも生きているもの全てに、平等に与えられたものがあります。 お金持ちでも貧しい人でも、才能のあるひとでもないひとでも、犬でも猫でも。生きているものみんなです。 それは”老いる”ということと”死ぬ”ということです。時期が早いか遅いかの違いこそあれ 必ずそれはみんなに訪れるものです。 チキンはそれが早かったのですね。そう思います。誰でも寿命はあります。生きているもの全てに。
チキンは果たして幸せだったのだろうか・・・?と、思いました。あのとき、捕まえていなければこうはならなかったのでは ないだろか・・・?なんて、後悔みたいな気持もありました。 その反面、あのとき保護しなかったら、どっちみち野良猫やカラスに食べられていたかもしれない...、なんて思ったりもします。 いろいろな想いが出てきます。別れは理屈なしに辛いものですね。
 翌日、チキンを土に返すことにしました。98年の夏は台風があまり来ない年だと言われていたにも関わらず、その日は台風に当たってしまい、 朝から大荒れの天気でした。
我が家はマンションなので庭がありません。仕方がないので、借りている自分の駐車場の車止めの間に埋めることにしました。 (こんなこと管理人のひとに知られたら怒られちゃうよねー) 雨が小降りになった頃を見はからってシャベルを持って傘をさし、チキンを抱いて駐車場にいきました。(ちょっと”あやしい人”みたいです) なんだかとても雨が降っていて寒かったのを覚えています。8月なのに。
ちいさな穴を掘ってそこにチキンを埋めました。思わず手を合わせます。「さよならチキン。今度生まれて来るときは、もっと元気のいいすずめに生まれておいでね...」って、 そう言ってあげました。

 今、我が家のベランダでは、毎日すずめ達が餌を食べに来ています。みんな元気がいいです。 チキンが残していってたくさんの小鳥の餌を捨てるのもなんだかイヤだったので、それならそこらに飛んでるすずめに あげてやった方がいいかな?って思いました。そんなすずめ達を見ているとチキンが戻ってきたような気がします。

おしまい。


元気だった頃のチキン

塀の上を得意の散歩...。




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