夏休みの計画 next


「最近正くんが明るくなったわね」
「私もそう思う」
「そう?小学校の時からあんな風よ。ただ最近元気がなかっただけで」
昼下がり、三人の少女の井戸端会議である。
あの日をきっかけに、正は元の明るい性格に戻った。
胸のつっかえがとれたからだろうか。
「逆にひかるがねぇ・・・」
ひかるはあの日を境に、ぼーっとすることが多くなった。
授業中、休み時間、給食の時。友達が心配するのも無理はない。
椅子に座り頬杖を付くひかるは、焦点が定まらない瞳で、時々ため息をついていた。
「ひ・か・る」
友達の呼ばれ、ひかるは顔を上げた。
自分の周りに三人の女子が群がっている。
どれも気が知れた友達だ。
「最近元気ないけどどうしたの?」
「私たちで良ければ相談に乗るよ」
心配そうに見つめる三人だが、ひかるはそれを無視してため息をつく。
一度呼ばれて三人を見たものの、またすぐに物思いモードに入ったのだ。
「ほー、私たちの心配を無視するなんて良い度胸じゃない」
「紀子、落ち着いて」
そばの二人が紀子の腕をつかむ。
顔を引きつらせた紀子が立ちはだかっているのに、ひかるは相変わらず物思いモードだ。
「う〜ん、相変わらずね」
ひかるの顔の前で手を振りながら、眼鏡を掛けた少女、麻里は言った。
「まるで恋する乙女ね」
三つ編みの少女、亜矢が言う。
「恋〜?ひかるが?」
「まさかね」
「そんなことあるわけないわよ」
「そうだよね」
自分で言ったことなのに、三人はいっせいに否定する。
なぜ三人がそこまで言うか。
それは「ひかると正がつき合っている」という既成の事実がこの学校で出来ているからだ。
ひかると正は学校の公認の仲、また暗黙の了解となっていた。
当然この三人もそれを信じていた。
ひかるも正もこれを否定しなかった。
しかしそれは否定するのがめんどくさかっただけで、決して認めたわけではない。
もちろんこの事を三人は知らない。
ぴくりとひかるの顔が引きつる。
「何よ、私が恋しちゃいけないの」
「だめ」
「だめだよ」
「だめね」
一斉に否定された。
「・・・・・・」
ひかるはこの学校でかなり人気がある。
それでも男子達が手を出さないのは、正という公認の相手がいるからだ。
今まで手を出さなかった男子達を、裏切るなと言うことだろうか。
しかしひかるにとってはどうでも良いことであった。
そもそもひかるは自分がもてるという自覚が全くない。
少し離れ、紀子、亜矢、麻里の三人は顔を寄せ合い相談を始める。
「誰かがひかるをたぶらかしたみたいね」
「そうね、この状況じゃあ」
「そいつ、成敗しないと」
なぜ三人がこうなるかというと、
「もし、ひかると正くんの公認の仲が破られたら、私の佐藤君がひかるの所に行っちゃう」
「そう、私の高野君も」
「・・・・・・・・・」
亜矢は頭をかき、呆れた顔で二人を見る。
「紀子、麻里・・・・あなた達、むなしいわよ」
「「・・・・・・」」
冷静につっこむ亜矢の言葉が、二人の胸をぐさりと貫いた。
要するに恋人を取られたくないのだ。
「じゃあ、亜矢はどうなのよ」
「私、友達と賭けをしてるの。ひかると正くんが三年間持つかどうか。
で、私は持つ方に一〇〇〇円賭けてるの。このままじゃ私が負けちゃうでしょ?」
「あんたね・・・」
見かけに寄らず、亜矢は三人の中で一番動機が不純だった。
三人は、またひかるに顔を寄せる。
「で、誰?」
いきなり顔を寄せられたじろぐひかる。
「だ、誰って?」
「あなたの好きな人は誰?」
三人とも目が据わっていた。
別にひかるは好きな人のことを考えていたわけではない。
三人が言うのでついむきになっただけで、本当はメイについて考えていた。
「い、いないわよ」
「うそつきなさい」
「だったら何悩んでるのよ」
人魚について、などと言えるわけがない。
「思春期だから、いろいろ考えることがあるのよ」
ひかるの言い訳を三人は鼻で笑った。
「思春期だって」
「思春期なんだ」
「思春期ね〜」
「何よ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」
「別に〜」

「明日から夏休みね」
「そうだな・・・・」
昼下がりの帰り道、二人は肩を並べて歩いていた。
ほとんどの日はこうやって一緒に帰っている二人だ。
終業式だったこの日、正は暗かった。
つき合いが長いだけに、正が何を考えているかひかるには想像できる。
「そんなに成績悪いの?」
正の体がよろめく。
やはり触れてはいけないことだった。
しかし、ひかるはお構いなしに続ける。
「テスト前は放課後までつき合って、勉強教えてあげたのに」
ぐさりと胸を貫くひかるの言葉。
「真一さんとは全然違うわね」
「兄ちゃんと一緒にするな」
「そうね、正と真一さんを一緒にしたら、真一さんに悪いわね」
「ひかる、おまえ喧嘩売ってる?」
むっとした正がひかるを睨む。
それを見てひかるは意地悪く笑う。
「あら、妬いてるの?」
「なんでそうなるんだよ」
「まあ、それはともかく・・」
正があまり怒らないうちに話題を変える。ひかるはそのタイミングも全てつかんでいた。
「今日も行くの?」
「当たり前だろ。毎日行くって決めたんだから」
行くというのは、もちろん龍神山の泉のことである。
あの日から1週間以上経っているが、正だけは毎日欠かさずそこに通っていた。
ひかるは3日に2回ほど。真一も似たような物だ。
メイも正達が来るのを毎日楽しみにしてるようだ。
母親が亡くなって、今は彼女一人だけ。正の存在はメイにとって大きくなっていた。
「行くのはいいんだけど、そろそろちゃんとした口実を考えた方が良いんじゃない?」
「口実か・・・」
正は毎回口実を変えて家を出ている。それは「遊びに行く」であったり、「勉強しに行く」であったりと様々だ。
確かにそのことに関しては多少のリスクが付いてくるし、また不便でもあった。
「何か良い口実は・・・・」
しばし考えたあと、正はぽんっと手を打った。
「三人でどっかに泊まりに行くというのは?それで龍神山でキャンプを」
「休みの間ずっとそれをやるつもり?」
「当たり前だろ。これで完璧」
「どこをどう見て完璧なのよ。だいたい1ヶ月間泊まりに行って、何も変に思わない親がどこにいるの?」
「そういえば・・・・」
ひかるはこめかみに手を当て、は〜とため息を付く。
なぜ正がこうなのかは永遠の謎であった。
「良い案がないなら、私の考えた『家庭教師作戦』で行きましょう」
「家庭教師??」
「そう、真一さんに私の家庭教師になってもらうの」
ひかるの説明によると、まず、ひかるが真一を家庭教師として雇う。
これで真一が家を出る理由が出来る。
正も真一と一緒についでに来る。
一緒に勉強すると言えば、成績の悪い正のこと、親は何も止める理由はない。
これでひかるの家に全員集合となる。
「でもひかるの家は病院だろ?親は1日中家にいるんじゃないのか?」
もっともな意見である。
「二人とも9時から出勤してるから、それ以降は誰もいないの」
「でも家が仕事場じゃあ、いつ帰ってくるかわからないだろう」
「そうね、暇なときは時々、一服しに戻ってくるわ」
「そうなるとまずいだろう」
「12時までは本当に勉強するのよ」
「えっ、マジで?」
集まるための口実と思ってた正は「勉強をする」という言葉を聞いて、思わず顔をしかめた。
「うそを付くには半分は本当のこと言わなきゃいけないのよ」
「でも、メイと会う時間がそれだけ減るだろ」
12時まで会えないとしても、1日はまだ長い。
それでも正には足りなかった。
正直なところ、正は一日中でもメイと一緒にいたかった。
「私と真一さんは12時まで勉強して、正は9時以降に私の家を出ればいいわ。
正は『ついで』で来てるわけだから途中で抜けても私の親は何も思わないわよ。」
「なるほど・・・」
「家庭教師は週に4〜5日ね。毎日じゃさすがに無理があるから」
「それ以外の日はどうするんだ?」
「遊びに行くでいいんじゃない?少なくとも4〜5日は勉強してることになってるわけだし。
それから、12時までっていうのは言わない方がいいわよ。
その方が親が勝手に『遅くまで勉強してたんだ』って勘違いしてくれるわ」
そこまで聞いて正は沈黙した。
なぜそこまで頭が回るのだろうか?
「ひかる、なんかやったことあるのか?」
「何が?」
「誰にもばれずに家を脱出する方法を考えたり、もっともな口実を作ったり」
「昔、いろいろあったのよ」
「昔からつき合っている俺にもわからないことなのか・・・。
しかも、おまえまだ中1だろうが」
正の性格ほどにひかるも結構謎が多かった。

 「メイ!」
水際の岩に腰を下ろしているメイは、その声を聞き、うれしそうな顔をして振り返った。
振り向くときに腰まである長い髪がなびく。
「正!」
走ってきた正は制服姿だった。
つまり、家には帰っていないのだ。
家に帰って成績を聞かれれば、外に出れなくなる事は確実だったからである。
「正は明日から夏休みなんだよね」
「うん、そうだよ」
もともとメイには常識や一般的な知識はなかった。
生まれてずっとここを出れないのだから、そうなるのも当然だ。
それに気づいたひかるや真一は、来るたびに、こういった当たり前の知識を出来る限りメイに教えていた。
メイは頭が良く、1度聞いたことはほとんど忘れない。
「学校が休みになるなら朝から来れるの?・・・・・・あっ、でも、毎日家を出たら怪しまれるわよね。」
「それについては、ちゃんとひかるが考えたよ。」
正は先ほどの話をメイにしてやる。
やはりメイも感心すると同時に呆れた顔をした。
「ひかるって何かやったことあるの?」
自分と同じ事を言ってるメイに苦笑する。
「ひかるはメイのためにこのことを考えた訳じゃないな。絶対」
「じゃあ、誰のためなの?」
「自分のため」
「正の言ってる意味が分からないわ」
「つまり・・・」
正は頭をかく。
「ひかるは兄ちゃんと一緒にいたいんだよ」
「真一と?」
「うん、聞いても否定するだろうけど、ひかるは兄ちゃんに惚れてるんだと思う。多分この計画も半分は自分のためだと思うんだ」
「どういう意味?」
「つまり、ひかるの家に兄ちゃんを連れてきて、二人っきりになりたい・・・・」
「そうじゃなくて、惚れるって何?」
「あ・・・・」
意味を考えるのに数秒かかる。
はっきり言って、正も恋らしい恋などしたことがなかった。
「つまり好きなんだよ・・・」
「私もみんなのこと好きよ?」
「その”好き”ではないんだよ」
メイは頭にはてなマークを浮かべた。正の言ってる意味が理解できない。
「まあ、そのうち分かるよ。何なら恋愛の本とか持ってこようか?」
「本、まだ漢字読めないの」
「平仮名は?」
「それならもう覚えたよ」
正もメイの物覚えの良さは承知しているので、別にそれほど驚かない。
勉強を教えるのは専らひかるの役目だ。
勉強の内容は文字や簡単な計算、一般的な常識や知識など。
メイが勉強しているときは、正はだいたい昼寝をしている。
勉強してるとはいえ、メイは今までずっと山にいたわけだから、時々話が通じないことがある。
そんなときは正が必然的に教えることとなる。
「ねえ、今日はどうする?」
「今日は水着持ってないから泳げないな」
「水着がないと泳げないの?」
「そう、水着がないと泳げないんだ」
正はあえて断言する。
メイは水着どころか服すらも着けていない。
ひかるは必死で服を着けることを勧めたのだが、メイは泳ぎにくくなると言う理由でこれを拒否し続けていた。
「どうして服を着けないといけないの?」とメイに聞かれたが、ひかるはメイを納得させられるような理由を見つけることは出来なかった。
恥ずかしいからと言うしかないのだが、あいにくメイは羞恥心を持ち合わせていなかった。
ずっと山の中で育ったのだから、羞恥心がないのはやはりしょうがないことなのかもしれない。
しかし、正としてはこの話題が出ると非常に気まずいのである。
「ふ〜ん、わかった、じゃあ何かおしゃべりしましょう」
メイはしつこく聞いたりはしない。そんな性格はこういう時には都合がいい。

「兄ちゃん、ひかるが家庭教師やってほしいんだって」
真一はおかずにのばした箸を止め、正を見た。
正の家族の夕食タイム。家族三人は向かい合って座っている。
と言っても今まで一言も会話がない。今の正の発言が初めてだ。
食卓は今、気まずい雰囲気が漂っていた。
その原因は正の成績。母は先ほどからずっと沈黙を保っていて、何も言わない。
真一や正も、それにつられていたのだ。
「兄ちゃんは休みの間、何か予定ある?」
「別に。特にないけど?」
「ひかるが兄ちゃんに家庭教師を頼みたいんだって。俺も一緒に勉強するんだ」
「何時からだ?」
「朝の9時から」
真一はズズッとみそ汁をすすった。
「分かった、俺は良いけど・・」
真一は母の方に目を向けた。問題はこの母だというのだ。
「いいわよ」
言葉はあっさりしてるが、声に凄みが入っている。
(ああ・・・成績のことでかなり切れてるな)
正の顔が思わず引きつっていた。
食事は箸は動かしているものの、味を感じてる暇はなかった。
その食事が終わると、正と真一は同時に2階に上がった。
ドアの前で二人は向き合う。
「ひかるとは打ち合わせしたんだな?」
「うん、兄ちゃんは説明しなくても何が言いたいか分かるだろ?」
「だいたい予想は付く」
なぜ同じ兄弟でここまで頭のできが違うのだろうかと、正も思わず考えてしまった。
「ひかるの家は知ってる?」
「たしか黄麻病院だったな、でもおまえも一緒に行くんだろ?」
「うん、まあね。でも俺は途中で抜ける」
「馬鹿なおまえが勉強しないでどうするんだ。どうせひかるはおまえより頭良いんだろ」
「き、気にしちゃいけない。」
図星を指され、たじろぐ。
(やっぱり兄ちゃんには一生かなわない・・・)

 次の日、ひかるはそわそわしながら二人が来るのを待っていた。
「部屋も片づけたし、お母さんもうまく説得したし。」
実際ひかるは、自分が何でそわそわしてるのかが分からなかった。
(やっぱり男の人を部屋に入れるからかな・・・)
ひかるは部屋を見渡した。
部屋の右端に、タンスとベットが並び、ベットの向かいには少し離れて机がある。
机は壁に向かっており、その机の隣には本棚がある。
部屋の中央には小さなテーブルが置かれており、本やノート、お菓子などが置かれていた。
このテーブルで勉強するつもりなのだろう。
部屋は綺麗に片づいており、ごみ一つ落ちていない。
また、窓際に置いてある人形は女の子らしさを感じさせた。
(うん、完璧)
ひかるは一人でガッツポーズを決めた。
その時、タイミング良くチャイムが鳴った。

ガチャ
ドアを開け、顔を半分ほど出す。
ドアの前には真一と、正が立っていた。
「おはよ」
「よっ」
二人の姿を認めると、ひかるはドアを大きく開く。
「待ってたわよ。さっ、入って」
「おじゃましま〜す」
二人は靴を脱ぎ、家に上がった。
ひかるの家は2階建てで、下が病院、上が自宅になっている。
内側からは階段がないので2階に上がることが出来ない。
外から上がるしかないのだ。
「親は?」
正が聞いた。
「もう出かけたよ」
廊下を抜けると、リビングに出た。
そこを横切り、さらにまっすぐ進むとひかるの部屋がある。
「入って」
3人はテーブルの前に座った。ひかるは真一と隣り合って座る。
「真一さん、勉強始めましょうか」
ひかるは目の前に置いてあった本を取り、ノートと共に開く。
「正、おまえはどうする?」
座ろうともしない正に、真一は答えは予想はできつつも質問した。
「もちろん抜け出す。ひかるの親がいないなら、ここにいる理由もないし」
「少しは勉強しようとする気はないのか?」
「勉強より大切なモノがある」
そう言うと、正は部屋を飛び出していった。
「今のあいつに勉強より大事なもんがあるのか・・」
「同感」
二人とも正の通知票の中身は知っていた。

 二人だけになり、真一とひかるは勉強を始めた。
「真一さん、メイのことどう思います?」
「有性生殖か、無性生殖かってこと?」
「え?」
「あ、今生物の勉強やってたから」
メイが無性生殖でも怖い。しかし、有性生殖なら父親がいると言うことだ。
中学生のひかるには、まだ無性生殖、有性生殖の意味は解らなかった。
「どう思うって?」
「これから彼女、どうなるんでしょうか。ずっとこのままってわけにもいかないですよね?」
「夏休みの間は俺達が見れるけど、学校が始まったらそうもいかなくなるだろうな」
「真一さんはどうするべきだと思ってますか?」
「それは一度考えてみたんだ。今はメイをどうするかより、彼女の出生を知ることが先決だと思う」
「と言うと?」
「メイの出生を探る。そうすればメイの今後を考えやすいだろ?」
真一は前から気になっていたのだ。
メイの泉はどことも繋がっていなかった。また、川らしきモノも探してはみたものの、存在しなかった。
つまり、あの泉は外からは完璧に遮断されていたのだ。
地下水路らしき穴もメイに聞く限りでは存在しない。また、存在する可能性は限りなく低い。
それならば、メイの親子はどこから来たのか?
誰かが龍神山に連れ込んだという可能性の方が高いのだ。
前から住んでいるのなら、他の人魚もいてもよさそうなのだが、メイは母親以外の人魚は知らないと言う。
つまり、まだここに来て間もないのだろう。
もしかしたら、人魚と人間は年の進み方が違うのかもしれない。
だとしたら、年を取るのが遅いとして、昔から住んでるとも考えられる。
「せめて母親が生きていたらな・・・・」
謎は多いうえ、それを知る手がかりもほとんどない。
「真一さん、私たちでメイの出生を探ってみましょう」
「そうだな。休みはまだたっぷりあることだし。でも、正はずっとあの泉に入り浸りそうだな」
真一は苦笑した。
「正はこの際ほっといてもいいですよ。私と真一さんとで調べましょう」
「そうだな、あいつがいても足を引っ張るだけだし」
「じゃあ、明日は図書館とか行った方がいいですね」
「パソコンがあるならインターネットでも調べてみようか」
 こうやって、ひかると真一の調査は始まったのであった。

「あ、ひかるだ」
メイは草をかき分けて出てきたひかるに手を振った。
ひかるに続いて真一も出てくる。
ひかるの手には紙袋が握られていた。
「あ、兄ちゃん。勉強は終わったの?」
「ああ、誰かさんがいないおかげで順調にな」
真一の皮肉で顔を引きつらせている正にメイが無邪気に言った。
「正、誉められているだね」
メイに皮肉を理解させるのはまだ難しかった。
正は説明するのも面倒なので、あえて何も答えなかった。
今の正は水着姿である。
夏の真っ盛りなのと、この澄んだ綺麗な水では泳ぎたくなるのも無理はない。
「あ、私も水着持って来るんだったな」
そう言って、ひかるは頭をかいた。
「ひかる、メイを見ろ」わ。そんなに沈められたいの?」
ひかるの目は据わっていた。
「あなたが何を言いたいかはよーく分かる
「わ、わかった。今度来るときは水着もってこいよ」
「言われなくてもそうするわよ。真一さん、私の水着姿見せてあげるね」
ひかるはそばにいた真一に振り向き、据わっていた目をほほえみに変える。
「自慢できるほどの体なのかよ」
ぼそっと呟いた正は、すぐさまひかるの鉄拳をくらい、泉に落とされた。
「ほぉ、なかなか・・・」
感心して嘆息する真一。
「つき合いだけなら長いですから」
「つき合いが長いと、強くなるの?」と、メイは聞きたかったのだが、なぜかそれは聞いてはいけないような気がした。
一応、溺れるといけないので正の所まで泳ぎ、水面へと引っ張る。
ぜいぜいと息を吐きながら、正は恨めしそうな目でひかるを睨んだ。
「自業自得よ」と正の視線無視して、ひかるは近くの岩に腰掛けた。
真一も近くの岩に腰を下ろす。
正はそのまま陸に上がらず、水の中にいた。
「メイ、今日はいい物を持ってきたわよ」
「いい物?」
首を傾げるメイの前に、ひかるは紙袋に入っていた物を取り出す。
紙袋から取り出されたいい物とは、小さなラジカセと、数本のカセットテープだった。
「これ、何?」
メイの問いには答えず、ひかるはカセットをセットして再生のボタンを押した。
少し間をおいて、ラジカセから音楽が流れ出す。
「わぁ、すごーい」
メイは歓声を上げ、その音楽に熱心に耳を傾ける。
「音楽とは考えたな」
「でしょ?真一さんが考えたのよ」
ひかるは嬉しそうに顔をゆるめる。
おそらく、案を考えたのは真一で、曲を選んだのはひかるだろう。
メイは一通り曲を聴き終えると、真一を見上げた。
ラジカセを指してメイは言う。
「真一、この中に小さい人が入ってるの?」
「また、お約束のボケを・・・」

 真一は一人で龍神山の森の中をさまよっていた。
さまようというのとは少し違う。磁石も持っているし、目印も付けてきている。
では真一は一人で何をしているのか。
真一はメイの出生を知る手がかりを探しているのである。
川の跡や、何かの痕跡はないかと探しているのだが、なにせこんな山の中。道らしい道もない。
手袋や、帽子、長袖などと防御を固めてはいるモノの、かなり不快である。
額の汗を拭いながら、真一は荒く息をつき、草をかき分けている。
「やっぱ、でたらめに探してもだめだろうな・・・」
先ほどから歩き続けているにもかかわらず、手がかりらしきモノは何もない。
「図書館から探すべきかな」
明日はひかると一緒に図書館に行く予定である。
真一が何故一人で来たかというと、こういう姿を誰にも見られたくないからである。
真一は努力というのを人に見せないタイプだ。ひたすら人に隠し通すのだ。
努力は自己満足でやる物だと思ってるし、自慢するものだとも思っていない。
知らない人から見ると、何もしないように見えるのだが、そんなことはいっこうに気にしない真一であった。
がさっ
足で何かを踏んだ。
真一はしゃがみ込み、足下の草をかき分ける。
「これは・・・」
古びたリュックサックがそこにあった。

家に帰った真一は、早速そのリュックサックを開けた。
茶色い古びたリュックサックだった。
表面はボロボロで、文字なども書かれていない。
真一は戦時中の物のだと推測していた。
リュックの中には、汚れた軍服や水筒、さびた小刀などが入っていた。
さらに探っていく。
リュックの奥に紙のような物を見つけた。
取り出すと、やはりそれは小さな紙切れであった。
真一は開いて中の見る。
紙には地図が描かれていた。
どうやら龍神山の地図らしい。
驚いたことに、あの泉の場所までもが描かれていた。
「ものすごい手がかりだな」
真一のつぶやきは誰も聞くことはない。


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