beby・beby・bluesky
少年は真新しい刃の先に何を見るのだろうか
青年は振り下ろした刃の先に、かの日の青空だけを見た。
背後からの殺気に愛刀を振り下ろす。
肉が抉れる独特の感触が手に伝わり、ワンテンポ遅れて噴出す血がむっと香った。
盛大に湧き出る他人の血。渦巻く戦火の中、力任せに斬った相手は確実に事切れているだろう。
頬にかかったそれは依然生暖かく、脈打つ鼓動が早くなるのを静かに、感じた。
「コージ!コージ!」
ばたばたと廊下を走る足音が近づいてくる。
聞き覚えのあるそれにはたと後ろを振り返れば、やはり思った通りの人物がだが予想外にタックルをかましてきた。
「ぬお!?」
思わず廊下及び教室中に響き渡りそうな騒音を立てて派手に廊下に転がると、
彗星タックルをかました挙句、
今現在ちゃっかりと自分の上に乗っている友人は「ごめんだわいや。不慮の事故だっちゃ!」
と全く悪びれずに笑う。
「・・・・・お主のその異種格闘技が事故で済ませられるんなら、この世の暴行犯は全員無罪釈放じゃのぅ」
「僕のは無邪気な子供の悪戯だっちゃわいや。いつまでも根に持つなんて、コージも案外男らしく無いっちゃねぇ!」
依然自分の上に乗っかったままで、トットリは小さな癖に案外良く回る口をすらすら開いている。
歳の離れたこの友人は体重も身長も自分より一回りも二周りも小さくて(友人は主に後者の方に腹を立てている)
このまま乗っている分には一向に構わないのだが、公共の廊下で何時までも寝転がっていては通行の邪魔だろう。
これ以上何か言っても数倍にして反論が返ってくる事はまず間違いないので、
取り合えず自分から降りて欲しいと頼むと、少年は渋々ながらも廊下へと足をつけた。
「それで、わしになんか用かのぉ?なるべく短めにして欲しいんじゃが・・。」
次の時間は物理の授業が入っている。
少しでも遅れて行ったならたちまち臨時講師のドクター高松に罰としていい実験材料にされる事請け合いだ。
「ああ!そうだったっちゃ!こげな所で遊んでる場合じゃなかったわいや!」
キンキンと良く響く声でトットリが叫ぶ。
相変わらず大声で話す友人に、いい加減隣室はまだ講義中だろうかとコージは心配になって来た。
そんな自分を尻目に隣ではよし!と不穏な気合を入れながらトットリがガッツポーズをとる。
「コージ!」
呼ばれた声に教室から視線を戻せば、目一杯に飛び込んでくる友人の破顔。
「見せたいものがあるっちゃ」
ついてくるっちゃ!とこちらの都合も聞かずに走り出したその背を、何時までも彼には甘い自分を叱咤しつつゆっくりと追いかけた。
しゅん、と僅かな音を立てて扉が開くと、初夏にしては珍しい湿り気を帯びた風とささやかな日差しが自分を出迎えた。
「泣きそうな天気じゃのぉ・・・」
ねずみ色の雲空は今にも雨が降りそうだ。前を向けばその差十メートル程の所にトットリが見える。
「何する気じゃー!?」
野外だという事で大声で問えば、
「いいから黙って見てるっちゃーー!!」
との声が返ってきた。
一体何が始まるのだろうか?まさか危険な事ではあるまいが・・。
一般常識では鼻で笑い飛ばせる仮説だが、ガンマ団に居ると百パーセント嘘だとは言い難い。(特にグンマ)
少々引き攣った笑いを浮かべ、正直な所、かなり不安だった。
「いくっちゃよーーー!!!」
悲しい程無邪気な死刑宣告の声が響き渡る。
こうなりゃあわしも男じゃ、腹ぁくくってあいつと心中覚悟しちゃるわ!!!
とトットリが聞いたら憤怒しそうな遺言を考えつつ彼の方に顔を上げた。
彼方に見えるトットリが足を大きく振りかぶる。例えるならサッカー選手がボールを蹴るときのような格好に似ていた。
一瞬停止したその影は、次の瞬間曇り空へ向かって振りかぶった足を目一杯上げた。
反動に耐え切れずスローモーションのように倒れてゆく少年の幼い体。
思わず駆け寄ろうとした自分を、明瞭な声が遮った。
「上っ!!!!!!!」
トットリの腕が天を指す。つられて見上げれば、視界が不思議な異物を訴える。
鳥のように飛んでいる一つの影。
「・・・・・!?」
下駄だ。
下駄が、飛んでいる。
放物線を描いて頂点まで上がった下駄は、自分の方に向かってゆっくりと加速しつつ落ちてきた。
ぽとり、案外脳天気な音を立てて眼前に現れた下駄。
何が何やら全く状況を把握出来ず、我ながら阿呆のような顔をトットリに向ければ、上半身を起こしながら只笑っている。
「いいから見てるっちゃ!」
すると。
先程まで暗かった視界が急に明度を増してくる。驚き、四方を見回すと、空一面を覆っていた雲がどんどんと消えていく様が分かる。
数分後、空は目に痛いほどの青を広げた。
晴天。
「・・・・」
「びっくりしただぁか?びっくりしただわや!!?」
あまりに奇想天外な出来事に開いた口が塞がらない自分に、背後から慌しくトットリが捲くし立てる。
よっぽど嬉しかったのだろうか、片方だけの下駄でぴょんぴょんとはしゃぎ回っている彼に、再度全身で疑問を表した。
それに気付き、小さな背が更に小さくコージの足元にしゃがんだ。
手中に見えたのは先程の下駄。・・・よくよく見たら真ん中に「快晴」と書いてあるが。
「まさか今のは・・・その下駄が?」
呆気に取られて口から洩れ出た呟きに、こっくりと元気良く肯定を示し、トットリは背伸びをしてコージの目線の位置まで下駄を掲げ言う。
「今のは‘トットリ忍法 天変地異下駄占いの術’だっちゃ!こん下駄に表しちょー天気を‘脳天気雲’で自由に実行できっ優れものだわいや!」
新しいおもちゃを買ってもらった子ども、とでも言うのだろうか。これ以上無いほどの満面の笑みを見せられながらふと思う。
「まぁ・・・難しい事はわしにゃぁよぉ分からんが・・・。要はあれじゃな。“あ〜した天気に・・・ほがっ!!」
「それは禁句だっちゃわいや♪」
「・・・そいだからっていきなしアッパーは無いじゃろう、アッパーは」
指先に付いた鼻血を服で擦りながらささやかに抗議するものの、「脳天気」な忍者は空しい事にそれを完膚なきまでにシカトした。
青、蒼、藍。そのどの色もこの空に近く、この空に遠い。
快晴になったお陰で、さらさらと風に乗りそよぎ始めた草地に、二人で腰を下ろす。
「コージぃ・・・」
先程まではしゃいでいたのが嘘かの如く、大人びてトーンを落とされた声。
「ん・・?なんじゃ?」
「・・・ミヤギくんも、もう生き字引の筆使いこなせっようになってきちょー・・。」
自分達両方の友人の名。ガンマ団士官学校の入学式以来の友人で、同い年という事もありトットリは特に仲が良かった。
「ミヤギが、どうかしたか?」
「僕達も・・・
「僕達ももう少ししたら実戦へ出られっだわや」
幼さに陰りを見せ始めた少年は、地に足を付けるようしっかりと、語る。
「コージが今度の任務から帰ってきんさったら、頼みがあるっちゃ。僕に、剣術を教えて欲しいんだわや。」
自分の目を捕え、真っ直ぐな瞳でトットリは問いかける。
ひたすら純粋な微笑みさえ浮かべる彼に、何故だかすぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。
違う、違うんだ。戦場は戦いの場じゃぁ無い。
そんなに綺麗な場所じゃない。
只、あまりにも真摯な瞳にそれを告げられる者はきっと一握りだ。
「・・・そぉじゃのぉ・・。」
「そんで、僕とミヤギくんとコージでコンビを組んだら、最強だっちゃ!!」
うきうきと未来を夢見る彼に血生臭い現実など告げなくて良いんだ。
こんな小さな身に全ての誠を伝えようとするのなら、甘やかしたって良い、どんなに残酷なシーンでも全て自分が彼の瞳を覆う。
どうか、どうか、この無邪気で悲しくてそれ故にどうしようも無くいとおしい彼をまだ大人へとさせないでほしい。
何時かは一炊の夢と化すであろうけれど純粋な願い。
叶うはずの無いそんな事だけが頭の中をくるくると回ってゆく。
トットリのその日の笑顔は彼が見せてくれた青空に似ていた
意外にも重そうな音を立てて背後の敵が倒れた。深い緑色のキャップが外れれば、中からは幼い顔が現れる。
・・・トットリと同じ位の歳だろうか。
柔らかそうな肉に包まれた表情は、刀を振り下ろした時のまま固まって動かない。
「おい!****!しっかりしろ!!おいっ!!」
土壁の向こうから又似たような年頃の少年が駆けて来て、今しがた自分の切った少年を抱きかかえる。
びくびくと不定期に痙攣を繰り返す体はまだほんのりと温かみを残していたが、
それが只の屍体だという事は虚のように口を開けた傷口が物語っていた。
コージは何の感慨も受けず只泣き叫ぶ少年の背を眺める。自分が切った少年と同じ、深緑の軍服は敵軍のシンボルカラーだ。
敵か味方か、戦場で人を殺める事の理由などそれだけで良い、それは双方に言えることであろう。
その証拠に、ゆっくりと少年はこちらを振り返ってくる。目の前で泣き崩れていた顔が自分を捕らえた途端、夜叉の様に変貌した。
「お前が殺したのか・・・!?」
「そうじゃ」
否定できる状況でもないし、する気も無いので正直に答える。少年は一層顔をきつくさせて数泊の間をおいた後、ギリギリと鳴らした歯の間から激昂する。
「・・・俺達は世界を守るんだっ・・・・!!」
「俺達は、皆が幸せになるような世界を作るために、戦って、いるんだ」
「俺も、****も正義のために戦っていたんだ、金の為に平気で人を殺すような、お前とは違う!!!」
ピッ。
「そいが、何じゃ?」
呟くと同時に少年の首が飛んだ。驚きの表情を見せたまま彼の表情も又、もう1人の少年と同じくもう動かない。
先程の少年の言葉を頭の中で反響させる。あんな持説は、子どもの夢見事だ。
正義を語りでもしないと剣一振りも出来ないなど、戦場に出るにはまだ甘すぎる。
――――トットリのように。
「確かに、わしは人を殺める。正論じゃのぉ・・。」
「すまんのぉ。わしが守りたいモンはのぉ、世界とか幸せとか、そげん大層なもんじゃ無いんじゃ」
刀に付いた血脂をひゅんと振り落とすと、勢いが良すぎたのか返り血がそこらに散らばった。
自分が斬った少年達の顔や、自分の目にも飛んできた。
冷たい其れが頬を伝って流れ落ちていくのをまるで止めるように、コージはゆっくりと天を仰ぐ。
目に入っている血のせいで赤い空には、同じく赤い雲が柔らかそうに浮かんでいる。
これから先戦場で自分が見る空は青いものじゃあないのだと、改めて知った。
只、只それでも。
『コージ!』
「そうじゃのぉ・・。」
「早ぉ帰って、剣術の稽古せんとな・・。」
「約束、したんじゃったな。」
只それでも、彼が自分に見せてくれる空だけはこれからも青いであろうから。
もう一度刀を振って鞘にしまうと、その柄を痛いほどに強く握り締めて、コージは又戦地へと入っていった。
了