夜明け
目が覚めた時、何所に居ても変わらない夜が明けてゆくのが見えて、
ほんの少しだけ涙が溢れた。
ここは何所だろう、と覚め切らぬ頭でコージは第一に思う。
ふかふかとしたマット、心地良いスプリングの軋み。
パプワ島にベッドなんて有っただろうかと不思議に感じたが、
微温湯のようなまどろみにこれ以上の思案は阻まれ、半覚醒のまま自然に身を任せた。
暫く空を見つめていると、目一杯に入ってくる薄暗い天井が段々と
はっきり捉えられるようになってゆくのが見てとれる。そういえばと窓を眺めた。
今は、夜明けなんか・・。
星星が影を潜めてゆくのだから当然の事だけれど、改めてそう思う。
こんな当たり前の事だったが、一つの事を思い出すとそれが糸口となり様々な記憶が思い起こされた。
自分は―――― 助かったのか。
パプワ島で起こった、出来事。
その全てが想像を絶するもので、まるで今までのアレは自分の夢だったんじゃないかとさえ感じる。
(・・・じゃが、そうもいかないらしいのぉ・・)
あれこれ考えているうちに目も覚めてきて、一時的に混乱していたらしい頭も大分すっきりした。
ベッドに片手を付くと、パリパリとした真新しいシーツの質感が手のひらに伝わってくる。
そのままゆっくりと上半身を起こし軽く首を回した。
暫く使っていなかった体はやはり鈍っていて。
本当なら今すぐにでもトレーニングしたい所だったが、至る所に仰々しく巻かれた包帯にその願いはあっさりと却下されるしかなかった。
一体後何ヶ月戦線に復帰できないのだろうと軽く溜息をついたところで周りを見渡す。
壁は薄茶けた白で、自分のベッドの両サイドには仕切り用のカーテンが掛けられていた。
「・・予想通りだったようじゃのう」
部屋の片隅に置かれた奇妙な植物を視界に捕らえて納得した。
ここは、多分ガンマ団日本支部だろう。
世話になったことはあまり無いが、ここの医務室にはドクター高松の作った「バイオフラワー」や、
兎に角奇妙な植物が夜な夜な患者達を実験台にしていると団員達の間で噂になっていた。
自分が無事なところを見ると、どうやら噂は嘘だったらしい。
・・・・・・・・まあ、あの人の戦いぶりを見ていると不安でならないが。
少しばかり体を捻ると、ばさりと音を立ててかかっていた毛布が落ちてしまった。
ありゃまあ。
仕方が無いのでベッドから抜け出して毛布を拾う。
かなり重傷のはずだが先ほどから痛みを感じないのは、鎮痛剤が効いているせいであろう。
今こんなに動くと、後でのしっぺ返しが恐ろしいのうと思いながら歩いてゆくと隣のベッドが見えた。
歳に合わない幼い顔で眠るトットリ、そしてその仕切られた向こう側には金色の髪、ミヤギが見える。
二人とも自分と共に特選部隊と戦った。やはり双方もひどい傷だったがその顔色は良い。
自分と同じように鎮痛剤と・・どうやら麻酔もかけられていたらしい。
自分よりも幼いながら必死で戦うその様は、心強かったことを覚えている。
(ミヤギと隣のベッドなんて、トットリが起きたら喜びそうじゃのう・・。
悪いがわしはこの後二度寝するんでの、もう少し寝とぉてもらったほうが嬉しいがの)
起きたら病室だという事もお構い無しに騒ぎ出しそうな自称ベストフレンドを想像し、心中では茶化す様な事を思ったが、
実際のところは早く起きていつもの元気な姿を見せて欲しいと思うのもまた本音で。
浮かぶ笑みをそのままに二人を起こさぬようそっとベッドに戻ろうとすると、ミヤギのベッドの向こう、一番窓側のベッドが目に付いた。
もしかしてと淡い期待を胸に近づくと、そこには期待通りに寝息を立てるアラシヤマの姿があった。
「アラシヤマ・・・。」
久しぶりにその名を呼ぶと、知らずトットリ達とは別に顔が緩んでゆくのが分かる。
今すぐにでもその身を抱きしめ、その口から自分の名前を聞いて安心したかったが、
自分の物よりも数段きつく巻かれている包帯を見てそれは躊躇われた。
長めだった前髪は短く散髪されていて、おそらく燃えてしまったのだろう。
空いた手で少し梳くと何時もは隠してある左目が見えた。
微動だにしない、それだけ重傷の体。
「・・・・全く、ぬしは無茶をするのぅ・・。まあ、そのお陰でわしらも生きていられたんじゃがの。」
未だ覚醒していない相手を前に殆ど独り言のように呟く。
恋人を守れなかった遣る瀬無さや、彼一人に委ねる事しか出来なかった不甲斐なさも一瞬過ぎったが、
今は無事でいてくれることが何より嬉しい。
一通り全員の無事を確かめると、つい最近まで死の瀬戸際に足をかけていた心は何故だか変な風にがらんどうで、
こうして静かに朝を迎えるのがいっそ不思議だった。
ピッ、ピッ、と規則正しく聴こえてくる何やら自分には分からない治療の音や、
皆の寝息だけが聞こえてくる本当に静かな部屋で、
今ひとつ夢の中を漂っているような感覚。
アラシヤマやミヤギ、トットリ、仲間の無事な顔は見たはずなのに。
体は十二分に疲弊していたけれど、完全に目覚めてしまった脳にもう少し付き合って、
取りあえずアラシヤマの横にあった椅子に腰掛た。
灰色の空が朝焼けの紫色に染まっていくのが見えた。
アラシヤマが命を賭けている時、自分は何もできなかった。
あの意識を失う前に一瞬目の前に広がった火炎を、只眺める事しか自分には出来なかった。
尋常でない燃え方に、ああ、コイツは命を賭けているんだとやっと実感できて、
そして
自分達は死ぬかもしれないと、初めて思った。
アラシヤマが死ぬかもしれないと、初めて恐怖した。
「・・・・ぅおっ」
指先が不意にアラシヤマの頬に触れる。
傷に触ったかと思い直ぐに退けた指にほんのりと僅かにだが残る、温もり。
夢の中を漂っていた感覚の中、その一点からじんわりとリアルに伝わってくる、生きているという現実。
すっと、曇っていた何かが晴れた。
生きているのか。自分達、は。
たったそれだけのことなのだけれども
それだけでもう、目頭が熱くなる。
「ぬくいのぉ・・・。ぬしは・・。」
震える声を抑えずに背後を振り返れば昇ってくる朝日。
もう直ぐ夜が明けて、また新しい一日が始まる。
もう直ぐ夢も覚めて、また彼らのいる時間が始まる。
―――――もう直ぐ、アラシヤマも目を覚ますだろうから
命の鼓動だけが鈴の音のように静かに、だか確かに聞こえてくる病室内が
仄かにオレンジ色に染められてゆく。
自分たちを常に照らし続ける太陽の色、
あの時アラシヤマが見せた、彼の命まるごとの炎の色、
暖かな、命の色。
どれも、とてもとても綺麗で。
ゆらゆらといつの間にか溢れ出した涙をそのままにし、アラシヤマの顔と朝日を交互に眺め、
がらんどうの心に差し込んでくる朝日と同じ暖かな光を感じる。
そういえば言い忘れていた。
「のぉアラシヤマ、ぬしに又会えて、わしゃぁ嬉しいよ」
了
乙女コージ。