蜜時雨
時雨、というのはこういう雨の事を言うのだろう。
ゾロは薄い鼠色の空を見上げながら一人嘯いた。
しとしとと降る絹の様な雨は激しさを増すでもなく、
気紛れにあちらこちらを濡らして行った。
その気紛れとやらは止まる所を知らず、
この島全体を濡らす勢いで降り続けている。
ゾロがその自然の恩恵に捕まったのは、
GM号がこの島(名前は既に忘れた)に着いてからほんの数十分後の事だった。
運良く民家の軒下に避難できたものの、幸か不幸か、
普段から鍛えている逞しいガタイの御蔭で、
極々一般的なこの家の軒下は、ゾロには少々手狭なようだった。
既に雪走の柄は幾分か濡れており、
仕方なしに腕に巻いていたてぬぐいで凌がせる事にした。
この島の住民にはこんなものは日常の内なのであろう。
自分の様に雨宿りしている者は少なく、
皆色とりどりの傘を差している。
元々が何も無い島らしく、
寂れた外観のメインストリートだったが、
こうして見ると何だか華やかにすら見えた。
暫く小走りで歩いてゆく人の波を追っていたが、
何やら聞き覚えの有る足音が聞こえ、
はたと軒下から顔を出して観る。
硬質なその足音は途轍もないスピードで此方へと向かって来ている。
余ほど急いでいるのだろうか、
それとも自分の様にいきなり冷たい恵みに出くわしたのだろうか、
両手に眼一杯の荷物を抱えたその足音の主は、
自分と同じ軒下に足を落ち着かせると、閉口一番に呟いた。
「選りによっててめえかよ・・・クソマリモ・・・。」
いきなり割り込んできて罵詈雑言とは
この男はどういう神経をしているのか、
と文句の一つでも浴びせようかと思ったゾロであったが、
普段の生活で厭というほどサンジの神経の図太さを知っていたので、
自分のことは棚に上げ、和えて眉根を寄せるだけに止めて置く。
「あーあーせっかく早く船へ帰ってナミさんに
愛のプチフールでも作って差し上げようと思ったのに。
あ、おいてめえもっと左寄れ。買った食材が濡れるだろーが。」
そう言って半ば強引に押される。
雪走に続き和道一文字までもが被害に逢い、ゾロは心の中で詫びを入れると、
このまま延々と続きそうなサンジの愚痴を遮る様に問うた。
「それよりてめえ、金持って無えのかよ。そしたら傘買えんだろ。」
このままでは買った食材も駄目になってしまうことは、
その手のことに疎いゾロでも判ることだ。
だとしたらサンジは尚のこと急いだほうがいいだろう。
それに、これ以上サンジの話に付き合っていると、
正直頭の血管が持たない自信がゾロには有った。
「は?傘なら持ってるけど?」
は・・・・・・・・?今なんて言った?この男。
あからさまに目を見開いてしまったが、
隣のキチガイマユゲはそんな俺の様子など歯牙にも掛けず、
ほら、と折りたたみ式の傘を取り出す。
「今朝ナミさんが仰ってらしただろうが。午後から雨になるって。
目エ開けながら寝てたのかよ手前。」
飄々と軽口を叩くサンジに、ゾロの堪忍袋の緒が切れた。
「何だとこのアホコック・・人がさっきから黙ってりゃ言いたい放題言いやがって・・
傘が有るんならさっさと船にっ!?」
ゾロがサンジのスーツの胸倉を掴み、般若の如く睨み付けたその瞬間。
ふわりとした衝撃が唇に降りる。
開いた眼に飛び込んできたのは挑発するような藍で。
我に返ったゾロが反撃する間も与えずそれは直に離れて行った。
「・・・・どういうつもりだ?」
怒気を削がれ、ため息とともに問うが、
目の前の男は未だ心底楽しげにその目を細めている。
削がれた怒りが再来しようとした其の時、サンジがやっと口を開く。
「傘はあるけど、戻りたくねえんだよ。」
ああ。やっとの事でこいつの言わんとしたことを俺は理解した。
成る程。なんて、
青臭い俺達。
サンジが又不敵な笑みを浮かべ、
ゾロはそれに答えるべく少しばかり湿った後ろ髪へ手を伸ばす。
ふと、サンジの後ろに置いてある紙袋が眼に入り、オイあれ、と目で指し。
中の食材は大丈夫かと言外で告げると、肩口にある頭が笑いながら問いた。
「ああ・・。あれ実はな、中身は全部缶詰なんだよ。――――――――迷惑だったか?」
一瞬きょとんとしたゾロであったが、
堪らないようにくくく、と肩を震わせ笑い、
「いいや・・・・賢明な判断だ。」
ぱしゃんと音を立ててサンジの持っていた傘が水溜りに落とされる。
雨は気紛れに、もう暫く止みそうに無い。
蜜時雨 了.
サン誕なので、精一杯甘くしました・・・!
でも実際にこんなバカップル見たくないです(笑)
で、実際は時雨ってどういう天気なんでしょうね・・?(オイ)