白黒

 

 

「シンタロー・・・はん・・・」

水溜りに写ったネオンには、煌びやかな色がついている。

 

 

 

薄暗い光源の世界に、

毛布から半分だけ顔を出す。

 

「ああ、起きはった?」

 

目の前には、見知らぬ青白い男。

貧血でくらくらする頭を必死で動かす。

 

「・・何故俺を助けた・・・?」

「そやかて人ン家の玄関で倒れてはったあんさんが悪いんでっしゃろ」

「コートは?」

「血まみれやったんで洗ぉた」

 

「もう暫く居ったら?わても警察に言える身分じゃぁなし」

 

にやりと気味悪く笑いながら痩せた男は言った。

仕方が無いので俺は、かび臭い毛布に又潜り込んだ。

 

 

「ガンマ団のシンタロー。有名人どすなぁ」

「名前だけが勝手に一人歩きしてるだけだ。俺の知った事じゃねえ」

右手が動かないので男に醤油を取るよう頼む。

渡された手が冷たい。

「・・・・料理上手いんやね。あんさん。以外やわぁ〜」

「これ位しか取り柄が無いんだよ。」

そう返すと男は目を丸くして嘘つき、と笑った。

 

「人を殺しはる事も、得意やろ?」

 

あまりにも家庭的な笑顔の雰囲気で、醤油を手渡しながらそういう事を言うので、今度はこちらが目を丸くした。

だから心中を悟られないように如何でもいい事を口に出した。

 

「納豆も食えよ。お前。」

「いやや」

子どものように駄々をこねる。 

 

納豆を食わないこの男は

どうしようもないお人好しかどうしようもない気狂いかのどちらかだ。

(余談だが、個人的には後者だと思う)

 

 

「わてね、こうして友達と寝るのって初めて」

「誰が友達だ」

「ええやん。助けてやった恩を忘れたとは言わせへんで」

「・・・性格悪いな。だから友達できねぇんだよ」

「うっわ。酷いお人やわ〜」

「煩ェ。俺はもう寝るぞ」

「あぁ〜・・。ちょっと待って」

「何だ

 

男が身を乗り出し、口を付ける

 

「・・・お休み」

「おう・・。友人」

 

友人という言葉綴りに反応して、暗闇の中で男の黒い目が細められた。

 

電気に付いてる紐を引っ張る。

口に残る感触は少し気色悪かったが、これが男なりの好意の示し方なんだろうかと疑問符に思う。

 

邪魔だと思われていないという事については、少し、嬉かった。

 

 

 

「何所行くんだ?」

「買い物。需要が増えたから大変や」

「ふ〜ん・・。」

 

男は毎日、どこかへ買い物に行く。

 

「早く帰って来いよ」

「ここ、わての家なんやけど・・。まぁ、へい。努力しますわ」

 

俺に人殺しと言った、それと同じような顔で男は又笑った。

こちらの笑い方の方が好きだなぁと何とは無しに思った。

 

 

男が居なくなった室内は静かだった。

隣のビルから漏れるパチンコの騒がしい音響や、

下の部屋の住人の怒鳴り声も、

男の言葉に比べれば木々のざわめき程度にしか俺の耳は捕らえない。

ふと水を飲もうかと思い腰を上げる。

真っ直ぐにシンクに向かう足。

部屋の配置を覚えるほどに、一箇所に止まったのは何年ぶりなんだろう。

「この任務が終わったら・・」

グラスを口元に付けると、思い出すのは男の唇。

あいつにとって俺は友達であっていい存在なんだろうか。

「又、一緒に寝るのもいいかもな・・」

そうしたなら今度は、こちらからお休みのキスをしてやろう。

もしかしたら又、あの笑い方が見れるかもしれない。

 

喉の奥でささやかに笑いながら、

何もかもが初めてな粗忽な未来を1人、夢想していた。

2人分の未来が、そこにはあった。

 

 

『あんお人と会ぉて、それまでモノクロオムだったわての世界にパチ屋のネオンも焦る位の色がついたんどす。

今まではわてかてあん人と同じように人ぉ殺してどす黒い血ぃ浴びて闇ン中生きてきました。

せやけどあん人と会って、一緒に飯食うて、一緒に寝て、冗談でも友達い言うてくれはった日々はホンマに楽しかったんや。

数日やったけど、何十年ぶりに日の射す世界に出たような気がしたんや。

あのお人とだったら初めて、笑って暮らせるかも知れへんって思えたんや。

せやからすんまへん、お師匠はん。

わて、やっぱりシンタロー抹殺の任務、うけられまへん。』

『そうか』

 

パアン

 

スーパーの袋から納豆のパックがこぼれて、只それを拾う腕は無かった。

 

 

男が帰ってくる前に夕食の準備をしてやろうか。奴は納豆が食えないから、玉子焼きにしてやろう。

「うし・・・。」

先に皿を出しておこうと食器棚に手を伸ばす。と、棚に小さなメモのようなものが張ってあるのに気付く。

それは何やら外国語で書かれており、自分には到底解読不可能なものである事が知れた。

自分の知り得る言語で判読できたのは、最後の一行。

 

「アラシ・・・ヤマ?」

 

「アラシヤマ・・」

 

「アラシヤマ」

 

俺は知らない。何気なく口に出したその言葉が、初めて呼んだ男の名であることを。

その響きを、幼き日々の魔法の呪文のように呼び続けながら、

俺は知らないで、2人分の皿を並べた。

 

 

 

「シンタロー・・・はん・・・」

色彩を失っていくはずの臨終の目でわては最後まで、光り輝く世界を見ていました。

白と黒の残酷なリズムで固まった世界も、再び色を得て動き出したのです。

 

シンタローはん、

あなたと居たから。

 

 

 

 

 

・・シンタローよりアラシヤマより、納豆が一番目立っている気がする。

ここで言うガンマ団は只の闇組織であり、秘石とかは関係ないです(笑)