イルカ先生が、結婚した初めての夜に作ってくれた晩御飯は、 全部、全部、カカシ先生の好きな食べ物でした。 温野菜のドレッシング和えサラダ。 コンソメスープ。 エビフライとハンバーグ。 そうして、白い炊きたてのほかほかご飯。 「うわぁ」 カカシ先生が、嬉しそうな悲鳴を上げて、食卓を見つめます。 「俺の好きなものばかりです」 作っている間中、まるでお子様ランチを作成している気分だったイルカ先生としては、 こんなにも喜んでくれるカカシ先生が、ほんの少しだけ意外でした。 でも、嬉しそうに笑ってくれるカカシ先生の笑顔を見て、 イルカ先生の胸の中は、ほんわりと暖かくてどうしようもありませんでした。 居間においた、小さな丸いテーブル。 ちゃぶ台といった風情のそれは、イルカ先生の家から持ってきたものでした。 イルカ先生のお父さんと、お母さんが、結婚した時に買ったものだそうで、 イルカ先生にとって家族の団欒というものは、この丸いテーブルの形そのものだったのです。 だから、イルカ先生はカカシ先生と結婚してからも、 このテーブルだけは使おうと決めていました。 永遠に二人だけの家族だろうけど、二人で素敵な家族になりたいと思ったのです。 お父さんと、お母さんのように。 だから、イルカ先生は、そのテーブルの上に暖かい料理を置きます。 一品、一品、愛情を込めた料理を。 イルカ先生の作ったご飯を、カカシ先生は 「おいしい、おいしい」と言って、残さずきれいに食べました。 その食べっぷりといったら、盛ってあるお皿まで食べてしまうんじゃないかと思った位です。 「イルカ先生、お料理上手ですねぇ」 感心したという口ぶりで、カカシ先生が目を細めます。 「料理上手なイルカ先生と結婚できて、俺、幸せですね」 食後に煎れたお茶を飲みながら、カカシ先生のしみじみといった台詞を聞いていたイルカ先生は、 恥ずかしそうに顔を伏せ、チラリと自分の左手の薬指を見つめました。 そこには幸せの銀色が光っています。 *** 二人で並んで食器を洗って。 そうして、一息ついたところです。 「カカシ先生、お風呂沸いてますよ?」 イルカ先生が箪笥からカカシ先生の浴衣と下着を取り出し、 揃えてくれながら、カカシ先生にお風呂を勧めます。 「あ。ありがとうございますっ」 イルカ先生から浴衣を受け取りながら、先にお風呂をいただくお礼を述べます。 「ゆっくり浸かって来て下さいね」 「はいっ」 本当は、結婚したのだし、一緒に入りたいなぁとカカシ先生は思ったのですが、 イルカ先生はきっと酷く恥ずかしがるに違いないと思って、黙っていました。 また、今度。一緒に入ろうとカカシ先生はこっそりと思いました。 それに、イルカ先生のお風呂に入る姿なんかを見てしまったら、 カカシ先生自身こそが冷静ではいられなくなるような気がしたのです。 考えただけで、カカシ先生は、きゅうっとイルカ先生を抱きしめたい気持ちになってしまうのです。 実は。 二人は未だ、キスさえもしたことのない関係でした。 カカシ先生はイルカ先生のことが大好きだったので、絶対に、絶対に大事にしようと決めていたのです。 イルカ先生の嫌がることはしたくなかったし、第一、嫌がる事をして嫌われたくありませんでした。 そんな自分はちょっぴりズルイなとも思ったのですけど、カカシ先生は取り合えずは我慢することで、 自分自身の誠実さをアピールしたつもりなのです。 だから。 今夜、イルカ先生を抱きしめることができるだろうという思いに、 カカシ先生は一人、胸を弾ませていました。 優しくしてあげようと、強く、強く、思いました。 イルカ先生はドキドキしていました。 胸があんまり弾むので、このまま呼吸が出来なくなって、心臓がパンクしそうな気さえしていました。 今夜のことを考えると、もう、本当にどうにかなってしまいそうでした。 カカシ先生の後、逃げるようにして浸かっているお風呂の湯船の中で、 イルカ先生は膝を抱えて小さくなっていました。 カカシ先生のことは・・・・好き。 大好き。 抱きしめられたいという、素直な感情がある一方。 気恥ずかしさと、怖いような恐れる気持ちもまたあるのです。 一生懸命、カカシ先生のことが好きなんだろ?と、自分自身に言い聞かせるのですが、 どうしても、震える心と、震える体を止めることはできませんでした。 *** ぼぉっとのぼせ気味の身体の、水滴をゆっくりと拭って、イルカ先生は脱衣所に立ちました。 ポタポタと滴る水滴が、脱衣所の床に小さな水溜りを作ります。 据え付けられた鏡の中。 裸の自分が、やっぱり裸のイルカ先生を見つめています。 何だか泣き出しそうな気持ちになって、イルカ先生はそんな自分自身の感情を叱りました。 「イルカ先生?」 脱衣所のすりガラスに、カカシ先生のシルエットが浮かびます。 あんまりにも遅いイルカ先生を心配して、声をかけに来たようです。 「か、カカシ先生っ」 バスタオルを広げ、自分の身体を覆い、イルカ先生は慌てて脱衣所の電気を消しました。 「へ!?ちょっ!ど、どうしたんですか?」 急に消えてしまった脱衣所の電気に驚いて、カカシ先生がその引き戸を思い切りよく開けようとしました。 「待って!!・・・待って下さいっ」 イルカ先生が、声と、手とでもって、必死にその戸を押さえます。 「・・・どうして?」 力無く、カカシ先生が呟くのが聞こえます。 その声があんまりにも悲しく聞こえて、イルカ先生は胸がぎゅうっと縮こまる思いがしました。 「・・・・・恥ずかしいんです・・・・」 閉められた戸に、凭れかかって、イルカ先生はカカシ先生に言いました。 「どうしようもなく、恥ずかしいんですっ」 そう、やっとの思いで呟いて、イルカ先生は腕で顔を覆いました。 恐らく、今の自分の顔は、軽い熱がある位には真っ赤だろう。 ふぅっと、カカシ先生はため息を吐き出しました。 そうして、ふふっと小さく笑いました。 何て可愛いんだろう。イルカ先生という人は。 「ねぇ、イルカ先生?」 カカシ先生がイルカ先生にゆっくりと話し掛けます。 一枚の戸を挟んで、優しく、優しく。 「俺だってね。すごく、すごく、恥ずかしいんだよ?」 「・・・・え?」 「イルカ先生が好きで、好きで、そして・・・・・・」 「イルカ先生のことが、欲しくてたまらない」 こんな風に思ってしまう、自分自身が恥ずかしいんだよ。 カカシ先生は、素直に、今の自分自身の気持ちを告げました。 イルカ先生を抱きしめたい。 イルカ先生が欲しい。 後悔するほどの恥ずかしさを、抱えているんだよ。 「ねぇ、ごめんね。こんな俺、嫌いになった?」 そっと、隔てられた戸に触れて、カカシ先生は許しを請いました。 許して、と。 ガラリと、鈍い音がして、引き戸が開きました。 「俺だって、俺だって・・・・同じ気持ちなんですっ」 バスタオルを纏っただけの姿で、カカシ先生の目の前に現れたイルカ先生が、 赤い顔を更に赤くして、カカシ先生に詰め寄ります。 「俺だって、俺だって・・・」 何だか泣き出しそうに表情を歪めて、イルカ先生が同じ台詞を繰り返します。 カカシ先生は、そのイルカ先生の様子に、一言だけ言いました。 「キスを、許してくれますか?」 と。 カカシ先生が初めて触れたイルカ先生の唇は、温かく、柔らかかったそうです。 index 新世界 7