新世界 8




「あなたを困らせたくはないんです」

カカシ先生の、口癖が、イルカ先生の耳元で聞こえます。











イルカ先生は朝を愛していました。
朝もまた、イルカ先生を愛してくれました。

朝の気持ちよさは、いろんなとこに潜んでいます。
窓際。台所。トイレの片隅。お風呂場の床。
でも、一番の気持ちよさは暖かいお布団の中だということです。



自分以外の温度を感じて、初めて目覚めた朝でした。
布団は、二人の間に出来た小さな隙間にさえ、暖かい空気を溜め込み、
これ以上ないという、本物のぬくもりを与えてくれます。

「あったかい」

イルカ先生は、毛布を口元まで引き上げ、そぉっと、隣で眠るカカシ先生の横顔を見つめました。
くぅくぅと、寝息を立てて、カカシ先生は起きる気配も無く眠っていました。
その寝顔はまるで子供のようで、イルカ先生はぼぉっと見惚れてしまいました。



昨夜。


イルカ先生が泣きつかれて、そのままカカシ先生の腕の中で眠ってしまうまで。
恐らく、カカシ先生はずっと優しく抱きしめてくれていたのでしょう。

イルカ先生は、カカシ先生にすまないという気持ちで一杯でした。


突然灯ってしまった快感の火種は、イルカ先生を心底怯えさせるものでした。
自分の中で、淫靡な空気がムクムクと成長していき、イルカ先生を呑み込もうと、
その空気は更に、更に、大きく巨大化していったのです。

「恥ずかしい・・・」

腕を身体に絡め、まるで守るかのように、イルカ先生は自分の身体を抱きしめました。

カカシ先生が、どんなにも好きでも、自分の中の激しい羞恥が消えない限り、
カカシ先生に抱かれることはできないんじゃないかとさえ思えました。


ごめんなさい。カカシ先生。






二人で迎えた初めての朝。

イルカ先生は心の中で、カカシ先生にそっと謝りました。







***




カカシ先生の、未だよく寝ている穏やかな寝顔を眺めつつ、
イルカ先生はそっとベッドを抜け出しました。


朝ご飯を作るためです。

大好きなカカシ先生に、せめておいしいものを食べさせてあげたい。
料理をするということは、イルカ先生の愛情の指針でもあったのです。
唯一とも言える。



ご飯、お味噌汁、鮭の切り身、のり、お新香などを並べて、
イルカ先生は寝室のカカシ先生をそっと揺り起こしました。

「カカシ先生、朝ですよ?」

イルカ先生の起こす声に、カカシ先生が眉根をひそめて、眩しそうな表情を作り、
う〜んと小さく、その口から洩らしました。
どうやらカカシ先生は朝に弱い体質のようです。

「ご飯できましたよ?」

イルカ先生は、なかなか目を覚まさないカカシ先生を笑います。






「キス、してくれたら起きます」


枕に懐いていたカカシ先生が、枕に顔を埋めて言いました。


「え?」

途端、イルカ先生は林檎のように赤くなりました。

そのイルカ先生の様子を目にしたカカシ先生は、小さく笑って、

「冗談です」

と、満足そうな笑みで答えました。




イルカ先生の、少し困った顔を見れただけでも満足。
かわいい。
朝から得をしたなぁ。

カカシ先生はそんな風に思ったと言います。









カカシ先生の独り善がりな満足に、イルカ先生は少しだけ自分が取り残された気分になりました。

そうして。
気付いた時は、こう言っておりました。


「キス、します」

「目、閉じて下さい」



頬を染めて、カカシ先生をじっと睨んで。



「え?」

カカシ先生は、急なイルカ先生の言葉に、些か固まりました。





「カカシ先生」

イルカ先生が、ベッドに腰掛け、カカシ先生の顔を上から覗き込みます。


「目を、閉じて下さいね・・・」




誘われるままカカシ先生は、イルカ先生を瞳に写したまま、その視界を静かに下ろしました。



そうして。

カカシ先生の、頬とも、唇ともつかない中途半端な場所に柔らかい感触。




視界を上げると、もうそこにはイルカ先生の姿はありませんでした。

寝室の隣の居間から、お味噌汁の匂いが漂ってきました。





キスされた場所をなぞりながら、カカシ先生は口角が自然と上がる様を押さえられませんでした。






***






「イルカ先生〜!」

元気のいい声が、イルカ先生の後ろを追いかけてきました。
イルカ先生はその声の主を、誰だかすぐに理解して、微笑んだ顔で振り返りました。

「おはよう。ナルト」

はぁはぁと走り寄って来たのはナルトでした。



「おはよ!先生!」

にっこりと笑って、ナルトがイルカ先生に朝の挨拶を返します。
ナルトのその笑顔は、昔からちっとも変わりません。
いろいろと辛いこともたくさん抱えているのだけれど。
この子は強いなぁ、強くなったなぁと、イルカ先生は眩しくナルトを見つめました。


「あのさぁ」

ナルトが、イルカ先生の顔をじっと見つめながら、何かを言いかけます。

「ん?何だ?」

言葉を続けるよう言ってやります。

「先生、カカシ先生と結婚したんだって?」


ナルトのその言葉に、イルカ先生ははにかんだ笑みを浮かべると、コクリと頷きました。
恥ずかしそうに。



「・・・・・・」


ナルトがじっと、両目を眇めて、イルカ先生を見つめます。



「ナルト?」

急な様子で静かになったナルトに、イルカ先生が名を呼びます。






「先生、幸せになれそうか?」

どうなんだ?というように審判者の顔でナルトが尋ねます。






幸せに。
カカシ先生と幸せに。
幸せになれるかどうか。


「そうだな。わからないよ」

イルカ先生の素直な答えに、ナルトの目が大きく開きます。


「でもな、努力をするよ。二人で」

にっこり笑って、イルカ先生が述べたその答えに満足したのか、
ナルトが瞳の力を抜きました。




「そうだな。幸せになるにも努力がいるもんな!先生!」


ナルトの一言に、イルカ先生は、

「そうだよ。努力しなくちゃ、幸せにはなれないんだよ」

と、改めて思ったということです。





カカシ先生の笑顔が、イルカ先生の頭の中を過ぎりました。







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