任務受付所で、イルカ先生は黙々と仕事をこなします。 受付所の仕事は、依頼主からの依頼受付に始まり、里の忍び達への任務の割り振り、 その後の任務の残務処理までを一貫して管理することにありました。 イルカ先生は、教師という仕事の傍ら、 こうして里を維持するための、重要な潤滑油的総務の仕事もこなしていました。 教師という仕事柄、イルカ先生は里の個々の忍びの能力をよく理解していましたし、 火影様もそれをご存知でしたので、この仕事を長いこと続けているのです。 里の忍び情報を握っていると言っても過言ではないイルカ先生は、 カカシ先生のこともこれ以上なく理解していました。 そう。例えば。 その左眼に、赤い三つ焔を飼っているんだとか。 その左腕に、木の葉の底辺の証が彫られているんだとか。 そういうことです。 そして。 カカシ先生はそんなことをちっとも何とも思っていなくて、 いつも、いつも、優しくて、思いやり深い人だということもです。 カカシ先生は優しいなぁ。 Dランク任務の書類に、係印を押していきながら、イルカ先生はチラリとそう考えました。 イルカ先生自身のことを、賭け弛なしで好きだと言ってくれる。 真剣に。とても真剣に。 「俺と結婚してくれてありがとう」 そんな風に言ってくれる。 誰かに必要とされることが、身を震わせる程に嬉しいものだったなんて。 「必要なんです」 と言われる度に、申し訳ないような気分になって、そうしてとても誇らしい気分になる。 イルカ先生は、カカシ先生の言葉に、いつも心と体を熱くします。 涙が出るほどに嬉しくて、感謝の気持ちで一杯になって、 愛してくれてありがとうという気持ちになって。 そうして、カカシ先生のことがやっぱり好きだと自覚するのです。 今夜は、大丈夫かな。 イルカ先生はそう思ってしまい、一人でこっそり赤くなりました。 カカシ先生に抱かれる自分を想像してしまって、うわ〜っと小さく悲鳴を上げます。 受付所の片隅で想像に頬を染めていたイルカ先生の耳に、 周囲のざわつく気配がようやく届きました。 いろいろと想像を巡らせている間中、イルカ先生は周囲の様子が目に入らなかったのです。 「イルカ先生?イルカ先生?」 受付所専任の忍び補佐官が、イルカ先生を横から肘で突付きます。 「はい?」 もしかして顔が崩れっぱなしだったかな?と思ったイルカ先生は、 顔をゴシゴシと擦りながら、横の補佐官へと顔を向けました。 「なんでしょう?」 顔を向けたイルカ先生を、些か憐れんだ目で見つめ、補佐官は言いました。 「あれ、はたけ上忍でしょ?」 補佐官が受付所からよく見える、アカデミーのグラウンドを指差します。 指の先には、マッチ棒の大きさに見えるカカシ先生がいました。 「あ。本当だ」 イルカ先生は遠くに見えるカカシ先生の姿を、嬉しく瞳に映しました。 「確か、つい先日結婚なさったんですよね?」 補佐官が、何故だか憐れんだ目のまま、イルカ先生にそう尋ねました。 どうして、結婚というおめでたい晴れ行事を、この人はこんなに辛そうに、 そして憐れんだ目で俺を見ながら言うんだろう・・・イルカ先生はそう思いながら、 「はい。先日、結婚致しました」 と、答えました。 「・・・・そうですかぁ」 補佐官が溜息交じりに呟きます。 「まさか、イルカ先生がはたけ上忍と結婚されるとは・・・。ふぅ」 何だかとても不安になる言い方に、イルカ先生は心中を無駄にかき回されます。 「カカシ先生・・・何かあるんです?」 持っていたペンを握り直しながら、イルカ先生が補佐官に聞いた途端。 周囲が一気に沸きました。 「何だ!?イルカ先生、カカシの噂を知らないのかよ!」 「おお!神よ!哀れな子羊がここに!!」 「カカシはなぁ〜・・・・・」 「まさか、はたけ上忍の噂を知らないとはな」 「イルカ先生、可愛そうに」 何だか聞こえてきた声には、 「カカシ先生が何だか酷い人」だという意味合いが含まれているようでした。 「え?え?・・・・カカシ先生、何かあるんです?」 イルカ先生は不安で一杯になりながら、目を少し潤ませて、周囲に集っていた人達に聞き返します。 「はたけ上忍は・・・」 補佐官が、言いにくそうに言葉を詰まらせます。 「カカシ先生は?」 イルカ先生は言葉を詰まらせた補佐官にズイッと体を寄せました。 膝が触れる程に近寄ってきたイルカ先生に、補佐官は少しドキドキしながら、 窓の外、グランドのマッチ棒、カカシ先生を指差しました。 「?」 イルカ先生は訝しげに、その指先のカカシ先生へと目をやりました。 カカシ先生は愛読書であろう彼の本を読みながら、グランドのベンチに腰掛けています。 どうやら、迷子ペット捕獲任務についているナルト達を、そうして見守っているようです。 ナルト達が今回ついている任務の内容は、 迷子ペットがアカデミーのグランドの木に登ったまま、降りてこない。 木から無事に降ろしてやって欲しい。 そんな内容の依頼だったのです。 あくまで部下の自主性に任せる形で、カカシ先生は日々の仕事をこなしているようで、 それがあのカカシ先生の「任務中の読書」という形を珍しくないものにしていました。 イルカ先生がそんなカカシ先生の姿を、指差されるままに見ていたところ、 本を読んでいたカカシ先生の近くに、髪の長い、恐らくくの一と思われる人間が近づきました。 カカシ先生が読んでいた本から顔を上げます。 そうして、何事かを話している様子が伝わってきます。 「カカシ先生のお知り合いでしょうか・・・」 イルカ先生は、カカシ先生と女の人が何かを喋っている姿を見つめながら、 何だか胸の奥がチクチクするなぁと思いました。 差し込むように、胸がチクチク。チクチク。 その内、カカシ先生と話していた女の人は、 ヒラヒラと手を振って、カカシ先生から離れて行きました。 カカシ先生もまた、ヒラヒラと手を振り返します。 「イルカ先生」 補佐官に呼ばれて、イルカ先生は慌てて室内へと視線を戻しました。 胸は何だか痛いままでした。 「はたけ上忍はですね・・・・」 補佐官が少々言いにくいという顔つきで、顔を少し歪めて言いました。 「はたけ上忍は、何でも・・・多数の女性と一度に交際される方だそうですよ」 「え?」 イルカ先生の心の中で、火薬の匂いがしました。 ドンと火のついた、火薬の爆発音。 カカシ先生が。 一度に多数の女性と交際? 「そ、そんなことはないですよ〜」 イルカ先生は、顔の前でヒラヒラと手を振りました。否定の形に。 「カカシ先生は誠実な方です」 とても優しくて、思いやり深くて、そうして我慢強い人なんです。 イルカ先生の言葉に、周囲から嘲笑とも取れる溜息の輪が広がっていきました。 「アンタは何も知らないんだな」 上忍と思われる男が、口元を歪めて、そう吐き捨てました。 周囲が、そうだ、そうだ、と頷きます。 「・・・・・」 イルカ先生は、何だか言葉が出てきませんでした。 カカシ先生が誠実だと知っています。 カカシ先生は優しいです。 カカシ先生の素敵なところに、自分は憧れています。 でも。 何だか、不安で、不安で、不安になりました。 今すぐ、カカシ先生に真意を聞きたいと思いました。 でも。 そんな真意、確かめたくないとも思いました。 カカシ先生・・・・。 イルカ先生は、グランドのマッチ棒、カカシ先生を、じっと見つめました。 カカシ先生。 俺は、先生の過去を知りたいです。 index 新世界 10