もう何も望む物は@
狂ったような夏が去った。そして、今は
秋が訪れている。ここは信州の軽井沢だ。
日があまり差し込まぬ屋内では、暖房が
欲しいほどの肌寒さだ。
旧軽の商店街はその殆どが、店を閉
めている。メインストリートを闊歩して
いた、若者たちも都会へひきあげていた。
旧軽の西北側にある三笠の高級別荘地
の中心を、カラマツ並木の通りが
貫いていた。
カジュアルウエアの販売で成功した
バーストリテイリングの会長である
柳沢正の広大な別荘は、
三笠通りの西側にあった。
そのあたりの住人たちは、ほとんどが
都会へ帰り、残っているものといえば、
引退した裕福な家庭の者たちだけだ。
かつては、有料駐車場から溢れ返り、
路上駐車で通りにくかった道も今は、
すっきりとしている。
夜である。柳沢の別荘の、歩道に面した
正面から200メートル以上奥にある
母屋の近くには、誘蛾灯が数本光り、
十数台の車が止められていた。
別荘の二万坪を越す敷地の三方は
塀に囲まれていた。コオロギや
スズムシやマツムシが鳴いている。
カラマツや赤松、白樺などの林と、
萩やヌルデやサンショウなどの潅木、
ヘビイチゴやシダやアザミなどの草が
生い茂った広大な庭を拳銃を握ったり、
M1カービンを胸に抱いた30人ぐ
らいの男たちが警戒していた。
男たちはヘルメットに、腰のバッテリーに
直結されたヘッドランプをつけていた。
二人で一組になりパトロールしている
男たちには、二通りの腕章がつけられ
ていた。
黒の腕章のほうは、大日本船舶振興
協会の終身会長である樺山一誠が
抱える暴力団山誠会の連中だ。
一方、紫色の腕章は、グラマン事件で
逮捕された金玉誉士夫が率いる
暴力団青龍組のメンバーだ。
山誠会と青龍組は互いに、
対立関係にある。なので、パトロール
中でも一触即発の雰囲気が漂っていた。
軽井沢に夜露が出てきた。冷える。
バーストリテイリングの会長である、
柳沢は1949年生まれだ。早稲田を
卒業後、シャスコに入社するが
8ヶ月で退社し、家業である紳士服店を
継いだ。1972年のことだ。
当時の紳士服業界は、丸山商事が
市場の主導権を握りつつあったこと
から、柳沢は業態転換の必要を
感じていた。
そして、1984年に、広島にカジュ
アルウエア専門のバチクロを出店する。
価格を低く抑えカラフルで派手な商品
を中心にそろえた店内は朝早くから、
夜遅くまでの営業が話題を呼び活況を
呈した。
国内で安く大量に仕入れた商品を、
叩き売る商法は、「安かろう、悪か
ろう。」といわれ、あまり収益は芳しく
なかった。
しかし、それでも90年代には店舗
数も20店に増えていた。この頃は
すでに、国内での仕入れを見限り、
人件費の安い香港や中国に委託生
産を開始していた。
「カジュアルに年齢や性別は関係ない」
だとか、「時代の流れに乗ったものより、
ベーシックなものがいい」とかを、謳い
文句に急成長を遂げた。
現在、バーストリテイリングの資本金は
32億7000万円、年間売上高は約
3000億円で、東証一部に上場している。
バーストは、会長の正とその弟で、
社長である義正のツーマン会社であり、
兄弟の気まぐれな判断で
日本に散らばるバチクロの店長に抜擢
されたり、年収が2000万を超える社員も
いれば、40歳でも年に600万に届かない
者もいる。
東京四菱信託銀行がバーストの、メイン
バンクだ。