YOMIURI PC 記者がうちにやって来た!
(左が筆者、右はYOMIURI PC記者 染谷さん)
何か自分のホームページをもっとたくさんの人にアピール
できる手段はないか?これが雑誌取材に応募する動機だった。
正直言って、ごく最近まで「YOMIURI PC」の存在は知らな
かった。しかし、先のHTML講座で知り合った青野さんが
YOMIURI PC 3月号に登場したので私もそれを見て、
「これだ!」と思った。私と読売新聞社との関わりは、
「気流欄」への投稿から始まり、FAXによる読者広告審査員の経験など、結構実績のあるもの
だった。そんな投稿の実績とジャーナリスティックなHPを看板にしてユーザー通信欄へ
応募したところすぐ、染谷さん(記者)は私のHPの掲示板に書き込んでくれていた。
「ぜひ取材させてください。」・・・
取材が決まってからの数週間は部屋の掃除と、パソコン周りの整理、散髪、話す内容の整理など
万全の体制をとった。1998年3月28日取材当日は大変天気良いおだやかな日だった。
染谷さんの第一印象は第一線で活躍するエリート営業マン、同行の鈴木カメラマンはいかにも
技術屋さんという感じであった。取材の当初は自分も緊張していたが、取材で話が進むうち、
だんだん緊張もとれ、口もなめらかに回るようになった。染谷さんの取材は相手から上手く
情報を引き出すよう導入してくれた。また、記者のスピリットというべきか、現状を肯定しない
思慮深さと、計算しつくされた文章を書くためにどういう風に取材すればいいか、常に考えている
ようであった。
実際の取材の中で写真を撮るにあたってカットが3枚必要であと1枚が決まらなかった。
記者とカメラマンで相談していた時、私は「考えてあります。」と事前に引っ張りだして
おいたパラグライダー用エンジンと撮影を提案したら、カメラマンも「いいですね。」と
快諾してくれた。この鈴木カメラマンはかなりパラに興味を示してくれた。私の空撮写真館
を見るなり「すごい。恐くないですか?」と声をあげ、それからパラに関するいろいろな
質問を受けた。私が、染谷さんに「私のような使えて当たり前の世代は記事にするのが難しい
のでは?」と言ったら、「橋本さんのような明確な個性のある人はやりやすい。むしろファミ
リーでパターンが決まりきっている人がどうやって記事にするか悩む。」とのことだった。
このようにして取材は楽しく行われた。後から考えると、あれも言いたかった、もう
ちょっと事前にエピソードを考えておけばよかった、などと思ってしまうが基本的なこ
とは伝えられたので満足である。染谷さんもおっしゃられていたが、YOMIURI PC の雑誌
は最後発ではあるが部数は伸びているらしい。しかもこのユーザー通信欄は一番見られ
ているところらしい。これは、パソコンと人との関わり方が初心者で迷走する中、教えて
くれる教科書としして役割を果たしてくれるからにほかならない。
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