『作戦名:R』


気持ちのよい朝の日差し。ロランの作ってくれるおいしい朝食。
そして食後の、香しき一杯のアールグレイ。
今日も平和で穏やかな一日が過ごせそうです。

そして、今日はかねてから熟慮し、実行に移してきた『計画』を
次なるステップに進める日でもあります。

さぁ、作戦『第二段階』開始です。
一緒に食後の紅茶を楽しんでいたロランに、わたくしは切り出しました。

「ねぇロラン。わたくし、あなたにぜひ見せたいものがありますの」
「え、いったいなんですか?」
「ちょっと部屋で準備してきますから、そのまま待ってくださいね」
「は、はぁ。わかりました、ディアナ様」

ロランったら、ティーカップ片手にポカンとした顔つきです。
そんな表情もわたくしが戻ってくるまでですよ。
戻ってきたわたくしを見て、きっとあなたは驚くことでしょうね。
思わず笑みがこぼれそうになるのを押さえながら、わたくしは
自分の部屋に小走りで駆けていきました。

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五分後。

濃紺のワンピースドレス。柔らかく大きな曲線を描くロングスカート。
かわいいフリルのついた純白のエプロン。きれいな髪飾りがついているカチューシャ。
そして胸元と腰の背中側の少し大きめのリボン。

この場所には少し不似合いかもしれないこのような衣装で、わたくしはロランの前に
姿を現しました。
ロランったら、ティーカップ片手に耳まで真っ赤っ赤になってます。

彼はあわてて手元の紅茶をゴクリと飲み干し、大きく息を吸って一言。

「い、いったい何なんですかそのメイド服はっっ!!!」

フフッ、やはりそう来ましたね、ロラン。
予想はついておりましたけど。

「あら、わたくしには似合わないでしょうか?」

スカートの際を両手で軽く持ち上げ、その場でくるりと回って見せるわたくし。

「え。  (しばしの間)  あ、いえ、いえいえいえそそそんな事は決して」
「でしょう?わたくしもこの制服はとても似合ってると思ってますの」
「は、セ、セイフク……?」

返す刀で、ロランに弐の太刀。

「わたくし、外へ働きに出ようと思っているのです」
「ええええええっっっ!!」

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「は、働きに出るって、いったいどこで働こうと考えてらっしゃるんです」
「それなんですけど、この間ロランと一緒にノックスまで買い出しに出かけたことが
あったでしょう。」
「え、ええ。たしか先週……ですね」
「買い出しが終わって、路面電車の駅の近くにある喫茶店で少し休憩して……。
その喫茶店で、わたくしは自分のものを買うのでロランに先に車で待っていてほしいと
申しましたよね」
「はい、ありましたねそんなこと」
「ロランが車へ戻ったあと、わたくしはその喫茶店のマスターに働かせてもらえるよう
頼んだのです」
「あ、そういえばそのメイド服はあそこのウエートレスが着ていた……」
「ええ。それでウエートレスの制服が今ここにあるということなのです」
「……ウエートレスをなさるおつもりなんですか。ディアナ様」
「そういうことです。ロラン」
「………」

ロランはティーポットからつぎ足した紅茶をまたゴクリと飲み干し、大きく息を吸ってから
続けました。

「……ディアナ様でしたら、働きに出るにしてももうちょっとまともな職につかれても
よろしいのに、どうしてわざわざ喫茶店のウエートレスなんか」
「ロラン」
「は、はい」
「職業に貴賤はありませんよ」
「それは重々承知しているつもりですけど、仮にも月の女王陛下としてのお立場が……」
「ここではわたくしはキエル・ハイムです」
「………」

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ロランはまたティーポットから(以下略)。

「……そ、そもそもどうして働きに出ようなんて思われたのです?」
「ああいった場所で働くことによって、街の人たちの声が直接聞くことができて
地球とムーンレィスの文化が混じり合っていく過程を肌で感じる事ができるのです。
先ほど申した事と矛盾しているのはわかるんですが、かつて月を治めていた者としては
その場には立ち会わなければならないと強く思うのです。
……それにね、ロラン」
「はい」
「ロランがいつもわたくしの身の回りの世話をして下さることには感謝しています。
ただ、正直ここで食べては寝ての生活を繰り返すばかりでは健康的とは言えないでしょう?
少しは体を動かしたほうがいいだろうと思って」
「はぁ、さすがに、そうかもしれませんね……」

とかなんとかうまいことを言って、とにかくロランのしぶしぶながらの了承を得て
わたくしはノックスの喫茶店まで働きに行くことになりました。
週3日、昼から夕刻までの間で夜は絶対不可、とかなり限定された条件を出されましたが。

こうしてわたくしの計画の『第二段階』はなんとか突破できました。
ちなみに『第一段階』とは、喫茶店のマスターに働かせてもらえるよう頼んだこと。
最近活気づいてきたキースさんのベーカリーチェーン店との業務提携の話題を持ち出し、
事を有利に進めたのは言うまでもありません。

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さて、計画の『第三段階』です。
と言っても喫茶店で地道にこつこつとウエートレス仕事に徹する、ということなんですけれど。

今では正直、この仕事を少々甘く見ていたと思っています。
注文を受けたお茶やケーキをお客さんの所に持っていけばいいだけと考えていたのですが、
実際の仕事では、レジでは間違えないようちゃんとお釣りも出さなければならないですし
店が暇になればなったでお店のお掃除(これが苦手なんです!)もしなければなりません。
このお店にはオーナーの趣味で多くの鉢植えの花や観葉植物があって、客として来ていた頃は
その美しさに感心していたのですが、今では一従業員。美しさの陰にはこんな努力が……。

でもつらいことだけではなく、ここではむしろ楽しいことの方が多いのです。
かわいらしいメイド服を着ることができるだけでもうれしいのですが、この店自慢の
紅茶やコーヒー、ケーキの味に舌鼓を打つお客さんの満足そうな顔。
いつもひいきにして下さる常連さんとの気兼ねない世間話。
そういった何気ないことが、仕事に疲れたわたくしの心を癒してくれます。
お客さんといえば、わたくしのことを見たときにびっくりしたような様子で
時々ポカンとした顔をされる方がいらっしゃるんですが、そのようなお客さんに
何も知らない振りをして応対するのもまた面白いものです。
(ムーンレィスの方は服装を見ればだいたいわかります)

そして何よりうれしいことは、ロランがわたくしのことが心配なのか、お客さんとして
時々この喫茶店に来てくれること。
その度にマスターや他のウエートレス仲間から冷やかされます。
うれしいやら恥ずかしいやら。
……やっぱりうれしいです。(ぽっ)

喫茶店での仕事を始めてから三ヶ月。
これでようやく計画の『第三段階』が終了したと言えます。
あとは最後である『第四段階』を残すのみ。
ですが、ここに来て当初計画にはあるはずもない、不測の事態が発生しました。
この事でわたくしの計画がかなり遠回りしてしまうことになったのですが……。

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ノックスの喫茶店での仕事を終え、電動汽車に揺られること二時間。
コテージに一番近い小さな駅につくと、もうすでに日はとっぷりと暮れています。
ロランはわたくしの仕事のある日は毎日、モビールでこの駅まで迎えに来てくれます。
そこから車の中で、その日の仕事の愚痴とか楽しかったことなど、他愛のない話をしながら
三十分。車はやっとコテージに到着です。
そう、いつもでしたら、こうなのですが。

この日のわたくしは、仕事場での予想外の出来事のため、心の中でいろいろなことが渦巻き
自分でも収拾がつかない状態のなか、汽車での長い二時間を過ごしました。
おまけにこの、わたくしの手に余るほどの大きなものを抱えながらの二時間ですから、
車内で目立つこと目立つこと。わたくしはその大きな手荷物とは裏腹に、隅の方の席で
小さく縮こまっておりました。

いつものように日が沈んだ後、定刻通り汽車は郊外の小さな駅にたどり着きました。
重い足取りでわたくしが駅のホームに降り立つと、改札口の所でいつものように
ロランが待っていてくれているのが見えました。
……思い返せばこの日ぐらいでしょう、できることならロランと会いたくない、などと
考えてしまった日は。

……ロランがわたくしを見つけたみたい。
あ、やっぱり……。
どうか、そんな不思議そうな顔をしないで……。

「お帰りなさいませ、ディアナ様……」
「ただいま、戻りました……」
「……あの、ディアナ様、そのすごく大きなバラの花束はいったい……?」
「………」

ここまで来たらもう、隠し立ても何もできません。
意を決して、わたくしは目の前の『最愛の人』に告げました。

「わたくし、ある殿方から、結婚を申し込まれてしまいました───」

ロランは口をあんぐりと開けたまま、その場で固まってしまいました。

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「け、けけけけけ結婚、って……」
「……ええ、喫茶店をいつも利用してくださる方で、お店の近くに事務所を構えてらっしゃる
弁護士の方に……。
出前でコーヒーをお持ちしたときにご挨拶したり、時々世間話をしたりして……。
でも今日お店でいきなりこのバラの花束を手渡されて、
『今まであなたのような美しく聡明な方に出会ったことはなかった、是非私と夫婦として
共に将来を添い遂げたい』と、プロポーズされてしまって……」
「そ、そうだったんですか……」

二人ともその場でうつむいたまま、しばらく沈黙が続きました。

ふと、ロランが顔を上げました。どことなく引きつった笑顔と共に。

「……おめでとうございます、ディアナ様」
「……えっ?」
「よかったじゃないですか。そのような方とでしたら、将来きっと幸せに暮らすことが
できますよ」
「ちょ、ちょっと、あの」
「正直言って、ぼくとずっと暮らしてるだけではただ時間が過ぎていくばかりで、
以前からディアナ様には申し訳ないと思っていたんです。ひょっとして、街で刺激のある
暮らしをされる方がいいんじゃないかって……」
「あの、ロラン、話はまだ」
「ほんと、ちょうどいい機会ですよ。これでぼくも安心してディアナ様をお見送りすることが
できるってもんです、あはははは……」
「………」
「……すみません、先に戻って夕食の用意してます。それじゃ」
「ロ、ロラ…」

彼の名を呼びかけたとき、彼が振り向きざまにうっすらと涙を流しているのが見えました。
わたくしにはその涙を見せたくなかったのでしょう、彼は振り返ることもなく
小走りで車の方に駆けていきました。
夜の闇に消えていったとても寂しそうなロランの後ろ姿を見て、わたくしは声を発することが
できなくなってしまいました。

わたくしが駅の停車場にむかうと、そこにはロランのモービルの姿はありませんでした。
これから先、家までは長い時間をかけて独りで歩いて帰らなければなりません。
しかしロランの心を深く傷つけてしまったことを考えれば、それくらいの報いは
受けて当然です。
わたくしは大きく重いバラの花束を抱えたまま、ゆっくりと歩き出しました。

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わたくしは月明かりだけを頼りに、重い足を引きずるようにして
コテージまでの家路を急ぎました。

家へと向かう間、わたくしの心は後悔の念で一杯でした。
どうしてこんな事になってしまったのだろう、そもそもわたくしが無理に働きに出ようなんて
考えたのがいけなかったのかも、でもそうしないとわたくしの『計画』は進まないし……。
第一ロランがはっきりしてくれないのがいけないんです、はっきりしないからわたくしは
この計画を実行に移したのだから…、でもそのことで結果的にロランを傷つけてしまって……。
これから二人でどうやって暮らしていけば……。

もう、ロランとは一緒に暮らさない方がいいのかしら……。

このまま、プロポーズしてくれた弁護士の方と結婚してしまったら……。

そのような、わたくしたちにとっては絶望的な結論に陥りそうになったとき、道の前から
まぶしい光が。
ロランが運転するモビールのヘッドライトでした。どうやら戻ってきてくれたみたいです。

「すみませんでしたディアナ様、お疲れになったでしょう。早く車へ」
「あ、ありがとう、ロラン。よしなに」

しかしそのあと、車内では互いに一言も発することなく、車は家に到着しました。

そして二人での夕食。いつもの通りおいしい食事でしたが、あまり食が進みません。
それはロランも同じようでした。二人ともうつむいたまま、会話らしい会話もなく
黙々と食事を続けました。

食事のあと、今日は疲れたので、と言い残しわたくしは足早に自分の部屋に戻りました。
……いいえ、本当はその場から逃げ出したかっただけなのです。
自室でプロポーズの時いただいたバラの花束を花瓶に移し、それをしばし眺めたあと
冷たいベッドの中に自らの身を委ねました。
それまでなんとか踏み止めてきた感情が堰を切ったようにあふれだし、涙が頬をつたって
枕にこぼれ落ちるのを長い間止めることができませんでした。

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次の日。

気持ちのよい朝の日差し。ロランの作ってくれるおいしい朝食。
そして食後の、香しき一杯のアールグレイ。
今日も平和で穏やかな一日が過ごせ……る自信が、今のわたくしにはありません。

今日は喫茶店のお仕事はお休みなので、もう少し朝はゆっくりしていてもよかったのですが
ロランと家にいるのもつらく感じられて、わたくしは朝食を早々に切り上げ
気晴らしに独りで家の周りを散歩することにしました。

太陽の光の暖かさと時折吹く風の冷たさが、交互にわたくしの頬から感じられます。
すっかり葉を落としている森の木々も、よく見れば枝の先につぼみがふくらみかけています。
春はもうすぐそこまでやってきているようです。
……わたくしの心は、そんな穏やかな気候とは裏腹に凍てついたままでしたが。

何の気もなく歩いていると、いつの間にかわたくしは家の裏側の薪割り場におりました。
そこには作業台となる大きな古株があり、わたくしには持ち上げられそうにない
大きめの斧がその古株に刺さったままになっていました。
斧に目を凝らすと、かなり使い込まれているせいか、いつもロランが握っているであろう
箇所が他の部分より少し細くなっており、幾分黒ずんでいるように見えます。

思えばここでロランは毎日、柄がこんなになるほど重たい斧を振りかざしてきたのです。
そのことについて、いや家事全般に関して、ロランはわたくしに愚痴の一つでも
言ってきたことが今まであっただろうか、と、自分に問いかけてみました。

どうして、何も言ってこないんだろう。どうして、ロランはわたくしの世話を黙々と
続けてくれているのだろう……。

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そして気が付くと、わたくしはなぜか、キッチンで洗い物をしていたロランの後ろに
立っていました。

「……さて、洗い物終了、と。次は薪割りに……。  うわっ!」

わたくしも驚かすつもりはなかったのですが、こんなところで生気のない顔つきの女が
黙ったまま後ろに立っていれば、誰だって驚きます。

「どっ、どうしました、ディアナ様」
「………を、見せて………」
「……あの、なんでしょう、ディアナ様」
「……両手を、見せてください………」
「? え、ええ、わかりました」

ロランは濡れた両手の水気をエプロンでふき取って、わたくしの前に差し出しました。
思っていたとおり、ロランの手は毎日の家事のせいでガサガサに荒れていて、手のひらには
血豆が何回もつぶれたような跡が残っており、手の皮がかなり分厚くなっています。
おそらくここに越してきてから、このような手になってしまったのでしょう。

「あの、ぼくの手が何か……」

その両手を見ている内にとてもいたたまれない気持ちになって、わたくしはロランの両手を
手に取り、そのまま自分の頬に持っていきました。
先ほどまで冷え切った水にさらされていた彼の手の冷たさが、わたくしの頬に伝わってきます。

──ロランは何も言ってこなかったんじゃない、わたくしがロランの話を聞こうとしなかった
だけだったのです。
そして、先ほどわたくしが自らに問うた答えは、この両手にちゃんと書かれていたのです。

「え、ええっと、ディ、ディアナ様。あの、冷たいでしょう? どうかお手をおろして……」
「……なさい、ロラン……」
「えっ?」
「……ごめんなさい、本当にごめんなさい、ロラン」
「いえ、そんな、急に謝られても……。でも一体、どうしたんです?」

頬に当てていたロランの手を下ろしそのまましっかり握りしめたまま、わたくしは
答えました。

「……プロポーズの話ですけど、わたくし、お断りすることにします」

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「! ほ、本当ですか。それは……」

一瞬、ロランの顔がほころびかけたのですが、またすぐに少し険しい表情に戻りました。

「い、いや、でもプロポーズを断ったら、またここでただ時間が過ぎていくだけの生活に
なるんですよ。それでも……」
「いいえ、わたくしはその過ぎゆく時間を感じながら生きていく方がいいと思ったのです。
それに、手がこんなになるくらいロランが一生懸命世話してくれるのに、そんなロランを置いて
他の殿方の所に嫁ぐなんて、わたくしにはできません」
「そんな、ぼくのことでしたらお心遣い無用ですよ。ディアナ様はご自身の幸福のみ考えて
いらっしゃれば……」
「……それはあなたの本当の気持ちなのですか?ロラン」
「………。ええ、本当です」
「…ディアナ・ソレルの名においてもう一度、ロラン・セアックに問います。それはあなたの
本当の気持ちなのですか……?」
「………」

しばしの沈黙の後、彼は真剣な表情で、そして小さい声ながらも力強い口調で答えてくれました。

「……いいえ。本当はぼくは、この家でずっと、ディアナ様と一緒に暮らしたいです」
「ロラン……」
「どこの誰がなにを言ってきたとしても、例えこの世になにが起こったとしても、ぼくは
ディアナ様の側を一生離れるつもりなんてありません」
「ありがとう、ロラン……。わたくしはその言葉を聞きたかったのです。
わたくしも一生、あなたの側を離れたくない……」
「ディアナ様……」
「ロラン……」

両手を互いに握り合っていたわたくし達はいつしか、互いの息が頬に感じられるほど
すぐ近くまで接近し、そして互いの唇の距離がゼロになろうとした瞬間……。

ピィィィィィ──────────────────────────────────
「「!!」」

キッチンの傍らで火に掛けられていたやかんが、熱さに耐えきれず悲鳴を上げました。

「……そ、そうだ、お湯わかしてたんだった……。あの、ディアナ様、お茶入れますね」
「……え、ええ、頼みます。よしなに」

互いにゼロになろうとしていたはずのわたくし達の距離は、いつの間にやら
部屋の対角線上の最大距離にまで遠ざかっておりました。

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そしてまた次の日。

今日は喫茶店でのお仕事の日ですので急いで身支度をし、朝食もそこそこに
わたくしはロランの運転する車で近くの駅まで送ってもらいました。
しかし、このようなあわただしい朝も今日で最後です。
というのも、わたくしの立てた計画の『第四段階』のための資金が十分に貯まったため、
前々から喫茶店のマスターにはお店を辞めることを伝えてあったのです。
マスターの話ではわたくしを目当てに来て下さるお客さんがかなり増えていたとのことで
だいぶ引き留められたのですが、これも致し方ありません。

そしてプロポーズして下さった弁護士の方にも、きちんとお断りの旨を伝えました。
これはロランには内緒ですが、眉の感じが少しウィル・ゲイム様に似てらして
もう会えなくなるのが少々寂しい気もしたのですが、気さくな方ですしすぐにお似合いの女性が
現れることと思います。
そうだ、今度ソシエさんに会ったら彼のことを紹介してあげましょう。
……余計なお世話です、と一蹴されることでしょうけれど。

いつもより少しだけ早く仕事を終わらせていただき、お店のみなさんにお別れのご挨拶を
申し上げたあと、わたくしは急いでノックスの街外れにある宝石店に向かいました。
以前から注文していた品物がようやく完成し、今までのお給料ほぼ全てで代金を支払って
それはついにわたくしの手元に届きました。
あとはこれをロランに手渡すだけ。これでわたくしの『計画』は全て完了です。
思えば長い道のりでしたが、なんとかここまでたどり着けました。

ノックスから電動汽車に乗って揺られること二時間。
いつものように日が沈んだ後、定刻通り汽車は郊外の小さな駅にたどり着きました。
軽い足取りでわたくしが駅のホームに降り立つと、改札口の所でいつものように
ロランが待っていてくれています。
その姿を見つけたわたくしは、ホームから彼に向かって大きく手を振りました。

家に着いたら、以前わたくしが働きに出ると言ったときのようにこう言いましょう。

『 ねぇロラン。わたくし、あなたにぜひ見せたいものがありますの 』

そして、こちらに越してきたときロランがわたくしにくれたものと全く同じデザインの指輪を、
わたくしからロランにプレゼントするのです。
その指輪を見て、きっとあなたは驚くことでしょうね。

だって本当は、その指輪のためだけに、今まで働いてきたのですから。

ロラン、これからもずっと、よしなに。

--------

<あとがき>

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