冬山でビバーク(リングワンデリングから抜け出す方)
19XX年11下旬
冬山をやり始めたころ、その年の正月に白馬岳に登ると言う計画に参加することになりました。それで11月下旬に偵察とかいうことで下見の山行に先に参加しました。
新宿を夜行で発って、白馬に朝着。栂池方面から登りだしました。この年は11月にかなり雪が降ってもう完璧な雪山になってました。総勢は10名くらいで、途中からラッセルとなっても交代しながらだったのできつくなかった。
小蓮華手前の天狗小屋の付近で今日の行動の予定終了。設営してもまだ明るくて、時間もあるので雪上訓練なんかやって盛り上がったりしました。心地よく疲れたので、テントに帰り、夕餉の支度。
テントの周りに雪のブロックがいっぱい積んであって、ブロックを壊しつつコッヘルで水を作って、飯を盛大に炊いたりしました。
酒なんかも、ウイスキーやら日本酒やらザックの何処にしまってあったのか、と言うくらいあって、みんなガンガン飲んでましたっけ。夜も更けてきたので、早めに就寝することになり、翌日の計画の再チェックと、朝飯の下準備も整えました。それと天気図の作成、天気図上では日本海の島根の上あたりに小さい低気圧が出来かかっている。時速などを鑑みて、明日は昼までの勝負で時間を決めて下山した方が良いとリーダーは判断しました。横でなにもわからない僕はそうなんだナ、と思いました。
そんなわけで早々に消灯。
翌朝は昨日と打って変わっての曇天、曇天また曇天。
積雪のうえ、また雪が降ってくると音が吸収されてえもいわれぬ夢うつつの雰囲気になりますね。朝飯をさっさと片付けて出発。
微細な粉雪から粒の大きな雪へと変りつつあり、その頃には小蓮華の頂もぼんやり霞んでしまいました。「予想よりずいぶん早い天気の悪化だ」とリーダーがのたまう。僕としてもこのまま登るのがいいのか悪いのかわかりません。
リーダーの判断の結果、やばいのでここで登山中止。即下山とあいなりました。なんと言っても周りの景色が朦朧となって行くのは心細くなることこの上ないです。さっきまで見えていた谷側などもガスって雪の上だか、そうでないのか殆ど判断できないのですから。たよりになるのはいままで付けて来た足跡のみ。普通は見える範囲内に長い竹の棒に赤い布などを付けたものを刺してルートの確認にするのですけどネ。
テントに舞い戻り、お茶を飲んで一息付いた後撤収。後片付けも順調に終わり、あとはゆるい斜面を下り続けて行けば山行はおしまい、と言うことです。みんなも早めに山行が終わりそうなので、駅の近くの風呂に入ってビールが飲める、などとテンションがかなり上がってました。僕としても風呂に入ってからビールなんつー事を想像すると雪山の帰りだけに感慨無量な気持でした。
下山出発頃になると風もかなり吹き始め、風の息継ぎの感覚も縮まってきました。やや横殴りの風なども吹いたりして。早く栂池まで下れば後は楽勝だ。今の状態だとビールより熱燗の方がいいな、などと好き勝手に楽しんでいました。
帰り道は雪原を渡るのですが、朝から降り始めた雪の量によって踏み跡に積もり、歩みのペースもイマイチ。しかし、横から写真を写したりかなり余裕はありました。乗鞍岳から斜面に移る場所の目印である大きなケルンが眼の端に映ってあと300mくらいの距離、あそこを下ればあとは楽だ、と思った瞬間。
とんでもない風とともに猛吹雪が始まってしまいました。ドカンと言う感じで、風が吹き始め、一瞬にして雪原はホワイトアウト。その前から風の息継ぎの感覚が序々に短くなっているのはわかったのですが。その風は一段と強くなるばかり、あと300mと言うことで、全員懸命に歩きました。
歩く方向は北方向で、猛烈な風は西方向ですから左から風を食らっているので、風の抵抗で序々に右にずれたのかもしれません。いくら歩いてもそのケルンには到達できませんでした。もう300mどころか1000mも歩いたかんじです。
リーダーも表情は見えませんが、態度でややうろたえた様子。こちらは新人なのでただ歩くしかないし、なんたって雪山なんて初めてみたいなもんだし。「こんなのが冬山なんだ」などと疲れた身体でぼんやりと思っていました。
時間感覚は全く無くて、かれこれ30〜40分歩いた頃、サブリーダーがリーダーに駈けよってなにやら相談している様子。
そのあと、身振り手振りでここで一時テントを張って様子を見ることになりました。なんと言っても、ひどい風に痛めつけられて、身体もやや冷たくなってきたし。僕としても「助かった」と言う気持でした。そしてテントを設営に掛かろうとした時に、暴風と吹雪が爆発的に始まりました。その爆発的暴風はその息継ぎを数個飛び越えて問答無用に来ました。立っているのがもう大変で、顔に付けているゴーグルにみるみる雪が入り込んで視界を塞いでいきます。テントが風で帆のように膨らんで飛んでいきそう。テントをペシャンコにし、その中に人が入って重しになり、あと数人が風のくる方向の張り綱を張って竹ペグをスコップで埋めたり、叩いたりして雪中に埋めました。
テントの中にポールを立てたところ、直径3cmもあるポールが曲がり、数名が棒倒しのゲームような感じでそのポールを握ってポールが折れるのを必死で防ぐ。あの時のテントはウインパー型と言って、厳冬期の冬山の稜線に耐えられると言う評判の良いものでした。現在のドーム型でしたら、一気に吹き飛んでいたかもしれません。なんと言っても布地とポールを分けて運ばないと重くてしょうがない分、風とか吹雪には安心できる物でした。
しかしその時の吹雪ときたら、ほぼ全員が風の来るテントの生地側に寄りかかっていても風圧でのけぞってしまうほど。
前後のポールを支える人、風の来る生地側に重石になる人、リーダーは外に出て、張り綱が切れないか点検していました。
生地などもそこに何もないかのように風がスースーと入ってくるし、縫い目がほころんで、風がそこから強く出てきます。
僕などは、「これが普通の冬山なのか、北アルプスの冬山なのか」と感動と言うか、震えると言うか複雑な緊張感がありました。
サブリーターが後で話してくれましたが、「あのときテントの生地が切れ始めたら、スコップもあるし、雪面を掘ってビバークするつもりだった」と話してくれました。リーダーもビックリするような猛烈な吹雪だったのです。
なんと言っても雪が降るが風で雪面に積もることなく彼方に吹き飛んでしまうくらいでした。
最初の突発的暴風雨は少し収まり、「これでテントが飛ばされることはないな」と僕はホッとしました。しかしまた何時強烈な風がくるかもわからないので、ほぼ全員が風のくる側に数時間寄りかかっていました。
風も少しずつ方向が違ってきているよすうな気もします。
外も少しずつ暗くなり始め、その時リーダー曰く、「あの風でケルンから左に30度ほどずれた所だと思う。風はまだ強いし、いつ納まるかもわからないので、とりあえず、みんなの持っている食料を出して、それを長期戦に備えて食料を配給制にしたい」と言うことだった。
全員、行動食をリータ゜ーに渡し、夜の食事はビスケット8枚くらいだった。
少しずつ風も納まり、ラジオにて天気図の作成を始める。鳥取付近でノロノロしていた低気圧は近畿付近からいきなり倍のスピードで移動しはじしめ、現在は中部あたりを進行中、と言う天気図が出来あがった。
リーダーは最初の低気圧の速度を計算に入れて、あの時下山するつもりでいたようでしたが、ある時点から低気圧が倍のスピードで進み出したため、丁度乗鞍あたりで捕まってしまったようです。
これによれば、低気圧の移動スピードによると、今日中に低気圧は過ぎ去る様相だ。
風と雪は糸を引くように、いつかホワンと言う余韻を残して止まった。一人が恐る恐る外に出ると、「ワオー」と叫び声。
「なんだなんだ」と一瞬みんなビビルが、「すごい眺めだ、月が出てる」と言うことで全員外に出てみる。
一瞬息を呑むような景色。
月は深夜の天頂に煌煌と光り、周囲の山々は夜だと言うのに、白くボワンと浮んでいる。そこに陰影があって、昼と違った壮絶な眺めとなっていた。全員なんというか感動したり、よろこんだりと、しばらく外で転がっていた。
月の光で人の影もクッキリ映り、夜でもちゃんと歩ける明るさだ。
その夜はみんな疲れてあっと言う間に就寝した。なんと言っても明日はまちがいなく晴れだから。
翌朝、食料をみんなに返し、朝飯を食べてテントを撤収している最中、彼方でサブリーダーが嬌声を上げた。
みんなその場所に行って見ると、その場所から下には一昨日我らが設営した場所が見えるではないか。と言うことは我らは一昨日設営した場所を出発して、あの風に吹き付けられて、もとの設営場所にリングワンデリングしていたのだった。
もしあのまま歩いて、いつかケルン又は下降路だと確信して進んでも、果てしなくリングワンデリングを繰り返していたのかもしれない。あの時リーダー達の判断でビバーク覚悟で設営せづ、無理して歩いていたら、体力の残量のどのくらいあたりまで歩き回ったか想像できない。あの時が設営のラストチャンスに近いものであって、その後もウロウロ歩いていたら、設営どころの騒ぎではなかったかもしれない。
その日は乗鞍まであっけなく到達。昨日の行動がウソのようだ。そこからシリセードの連続で下に到着し、白馬駅にて全員家と会社に電話をした。その日はみんな仕事があって会社に出勤する日だったから。
現在まで冬山にていろいろな目に合ってきているが、あの時のビバークとリングワンデリング以上のものは多くない。逆にかなり天候が荒れても、オタオタすることが少ない。
過去に薬師岳での早大山岳部の遭難事件など大変な事件があった。太郎兵平にベースを張った彼等は薬師岳を目指し、岐路に吹雪にあい、尾根を一つ間違えて下りてしまい、その後暴風雪に見舞われ、全員死亡と言う悲惨な事件だった。
冬の場合、微妙な出だしの間違いで大量遭難と言う悲惨な事件に発展しかねない場合がある。
やはり冬山に関しては経験豊富で素直で総合的な判断の出来るなリーダーと共に山に入ることが基本かもしれない。
リングワンデリングにもし陥った場合は、疲れていなくても、焦燥感とかで神経が高ぶっているので無理にでも大休止して、気持を落ち着かせるしかないでしょう。それ以外は何をやっても無理。
個人的に言えば
山の経験、と言うのは危険との背中合わせの勉強で、冷や汗をかいたことは一生忘れないものだと思う。僕の場合、冬山の出だしであのような暴風雪にあい、決死的なビーバークと不毛のリングワンデリングと言う経験をした。そのことはその後の僕の山登りにおける、考え方を随分と変えたような気がする。
机上であれこれ言って戒めてみても、自分の能力に過信など入っていたら、なかなか山では素直になれないものだ。山は怖いと心底分かっていないと、なかなか素直になれないし、自分の能力以上のことをしてしまいがちだ。
僕などは、そんなことで、山でなにかあっても、うろたえないで、「へへーッ山の神様どうもすみません、お怒りに触れましたでしょうか」と言った具合で一番安全な身の振り方を選んでさっさと実行してしまいます。
山の経験とか危険な目にあって勉強する、と言うのは短い期間ではなかなか出来ないし、危険な目にも合いたくないですね。その場合一番良い方法としては、やはり自分が自然に対して畏敬の念をもつことではないでしょうか。
標高が低く、簡単に登れる山であっても下界と違って気温差とかがかなり違うし、道を外して沢に入れば、10m以上のガケとかがそこらじゅうにあります。
よく「あんな山たいしたことはない」なんて言う人がいますが、僕のは「この人自体、山で大したことやってない人なんだな」って思います。恐ろしい目とか、山で苦労したことのある人ならあんまりそんなこと言わないと思います。
そんな訳で、山に対しては素直な気持で接するのが一番だし、山に対して「山とか自然ですごいんだ」と思うことが、事故をまぬがれる第一歩だと考えています。
具体的に言えば、自分の技術、体力以上のことは出来なくなるし、慎重さも頭の中で明晰かつするどくなります。