沢の下降は限りなく厳しかった(完全免罪符のザイルがあっても無理なこともある)



 僕自身、年がら年中このような危ないことをやっている、と思われるかもしれないけど。実際はかなりたくさんの山行をしていて、その中のごく稀な出来事なわけです。それに自分が決定的にヤバかったと後で実感出来るものは本当に少ないです。
などと自己弁護してどおすんだ、ちゅー感じですがネ。

 道に迷ったとき、沢に下りて麓に至る方法はいかに無謀かつ大変な行為かを書いてみます。

道に迷ったとき、沢に下りるのは、あたかも、ギャンブルで負けた分をギャンブルで取り戻そうと言う気持に似ている。 人ここにあらずの状態に近い。 たとえ磁石と地図があろうが、ザイルを持っていようが無理な場合は無理なのだ。と言う経験を嫌と言うほど味合わされた山行だった。
 その日はかなり刺激的な沢登りを終え、長年の計画を遂行できたこともあって少し気分的に酔っていた。それに身体もかなり疲労していたので、頭の中は「あしたのジョー」みたいに「燃えたゼ、おっちゃん」みたいな白い状態だった。
 枝尾根に出て、過去の資料をポケットから見ることもなく、うる覚えの記憶で、左に行くのを右に歩きだした。いつもなら慎重である自分は要所要所にて地図及び資料の再確認を条件反射のごとく行っているのだが、今回に限って確認することはなかった。ここで思うのは自分が完全だと、思った時、かなりな自惚れと甘さが出てきたと、逆に怖く思わないといけない。 と言うことだろう。
 道は踏み跡ではあるけど、しっかりしていた。しかしそのうち下りになる。帰りは尾根に登り、そこから登山道にでることになっている。と言う事は道が違うことになる。一瞬動揺した。 どうしようか、と思案しだした。かなり疲れた気分で、それにここまでかなり下まで降りてしまった。もどるのがカッタルク感じる。はっきり言えば、気持の持ちようなわけなんだけど、気持が先行して身体がダラケている。 それ以上にずっと向こうに山小屋も見える。山小屋にこれだけ近いという事は、小屋で使っている踏み跡かな、などと自分に都合の良い考えに変えている。 それにもし間違ったとしても、年中沢で懸垂下降しているし、だめなら強引に懸垂下降して降りればイイジャン。と強引もいいところのご都合主義を貫きだした。
 こうなって来ると気持とか精神力まで万有引力からは逃れることは出来なくなる。そうなると後は野となれ山となれ状態で二人はどんどこ枝尾根を下り始めた。踏み跡もなくなり、唯一の証拠と思われた山小屋の踏み跡と言う言い訳の証明もなし崩しに踏み潰された。理性は消え、後は動物と化した尾根を降りる自分があるのみ。
 回りは夕暮れで薄暗くなってくる。そうなると焦りも募りなおさら本能のみの行動しか出来なくなる。降りるほどに尾根は急になり、いつの間にか、沢の一端に尾根は消えていた。そこをザイルを使うこともせず、飛び降りた。
 尾根から沢に降りる前に強引にでも休憩をとれば良いのに、と思うでしょう。はっきり言ってそこで休憩を取れば、最悪な事態の回避に90パーセントつながると考えます。逆にそれが出来ないから遭難が無くならないのかもしれないです。
 正気を戻すためには、ナイフを腕に突き刺すぐらいのことをやらないと。それくらい完全に自分ではないんだから。
 沢に飛び降りた後、沢では休みもせずに降り続けた。やはり日暮れ前になんとかしたい、と言う意識があったのだろう。冷静に考えれば、そんなもん無理に決まっているわけで。パチンコで5万円負けてそれを取り戻せると、あと1万円つぎ込むような雰囲気だ。 小滝をずぶ濡れになって降りて行くと水量もどんどん増え、回りは一層暗くなって行く。こうなる前にすでにビバーク体勢に入らないとかなりヤバイ。  
 降りも降りて、とある落口に着いた。もう回りは真っ暗、二人ともまさに下降機械と化していてまともな会話はかわしていない。 落口から下を覗き込んだら下が見えない。どのくらい高いかもわからないが、相当な高さだろう。しかし一瞬の躊躇のあと、どおってことないヨ、45mで一気降りだヨナ、などとお互いに安心させあったりする。
 45mザイルを2本使い、木にダブルにして僕は懸垂を始めた。右に見える水流は暗いなかすごい音をたてて落下している。降りて行く自分は奈落の底に降りていく様な気がした。 30mほど降りても滝の下に落ちる水の落下音が近づかない。ヘッドランプで下を確認すると、一瞬寒気がした。45mのザイルが滝の途中までしか届いていなくて、その先はややハング状なにっていて、ザイルの末端はそのハングの下で空中に揺れているではないか。その下はライトの光も届いていない。  
 一瞬にして何もかも悟ったような気分になった。頭から血が引いていき、今まで意識の底にあった理性が外気にさらされたような。 「ああ、やはりあの道は左に行くべきで、沢に降りないで元の道に戻ればよかった」。 懸垂下降の途中で我に返り冷静な判断の出来る自分に戻って、そこではザイル固定を行った。
 こうなった場合、今までの経験がものを言うのか、冷静にシュリンゲを2本ザイルに上下に巻きつけ、シュリンゲに足を乗せ、それを上にずらしつつ確実に落口にもどった。 冷静さを取り戻しているので、ここでジタバタすることはなかった。ここから高巻きの道はあるだろうが、それを探していると消耗することは確実なので、今日はこの付近でビバークすることに決めた。まず回りに平たいところはないか調べたが、左右は急斜面である。唯一平なのはこの狭い落口だけ。
 そこで落口から落ちないように斜面の上にある木にザイルを固定しそこから落口の自分の安全ベルトに自己確保した。今は夏なので、夜になっても凍えることはない。尻にザックとザイルの残りを敷いて座り込む。ここは二人が横になるほど、広くないのが唯一の欠点だが、座って休めるだけでも良い。
 ザックに入っている衣服を全部着込み、行動食の残りを少しずつ食べた。水は好きなだけ飲めるのはありがたいけど。 残りの行動食はかすかなもので、腹を満たすまでにはいかない。その後はとりとめもない話をしつつ時間を潰す。暖かい分、すくわれる。その内いつのまにか寝ていた。しかし何かにぶつかって目が覚めると横の友人が寝入って横に倒れてきて僕にぶつかったものだった。お互いにうつらうつらしつつ、ぶつかりあって目をさましつつ一夜をすごした。  
 空の下の方ががいくぶんか白んできた。夏とは言え、ヤヤ寒いなか出発の支度をする。落口から下を見ると、思った以上に高いではないか。一回のザイル下降では完全に無理だ。僕等は懸垂下降し適当な所にハーケンを打って2回にして懸垂下降をした。結局のところその滝は60m以上あった。  
 沢はその下からはやさしくなり、あとわずかで主流に出て、林道に辿り着くことができた。8時前にテントまで戻り、食い物を食えるだけ食い人心地がついた。  
 この思い出は前の出来事だ。しかし、これがあってからは、ザイルがあっても不用意には懸垂下降して下りようとは思わなくなった。まず、周囲の情報を把握してあり、また昼間で、滝の下が確実に確認できる状況でないと、そう言った行動はしなくなった。


この項目の3番目の800m峰のビバークについてもこう言った過去の辛い経験があったからこそビバークした訳です。
安易にザイルに頼るのも良いことではないと現在では判断しています。

◎ザイルがあっても下降できない状況。および注意点について
●普通9ミリザイルの場合長いのもは45mで2本使えば、約45mの高さは下降できます。しかし45m以上の滝の場合、途中までしか降りられない。今回のように60mあった場合、残りの15mの処理をどうするか、と言う問題になります。
この場合、途中で持参のハーケンを打ち、下降の為の支点を作りました。しかしハーケンがなかったら、まず不可能でしょう。
●また、45m以上の滝で、滝が砂岩質で出来ている場合、ハーケンも効果がありませんので支点工作不能です。

●試しに降りた場合、途中で登り返すための実践的な練習をしていないとかなり危ない。また、滝の途中でオーバーハングしていた場合、そこから戻るのは至難の技、となってきます。

●ザイルの長さが足りなくて、残りの高さを飛び降りたりする人もいるようです。あまりお勧めできない行為です。やはり常に裏打ちされた行為で行動しく習慣をつけないと、いずれ大きな失敗に結びつきます。この場合は苦しくとも登り返して、次の対策を考えるのが良いと考えます。
●大きな滝の場合の下降について、支点を太い木に求める場合、摩擦係数が高くなって回収できなくなる場合がある。ザイルが濡れていると、木とザイル間の擦れが強くなり、下から引っ張ったくらいでは引きぬくことは不可能の場合がある。
 その場合は登り返して支点を替えるかして、再度下降、と言う悲惨な状況になる。

◎ザイル下降してもOKな状況
●知っている沢を降りる場合
●周囲の流域を把握している場合
●昼間であり、下が良く確認できること
●支点用にハーケンを何本か持っていること
●沢を把握していてザイルよりも長い滝がない場合ならばハーケンはいらないと思う


以上なわけで、長年降り慣れている人間でさえ、沢の下降には神経を使うわけです。また沢によっては降りられない場合も確実にあるわけです。それで降りられなくてビバークして尾根に戻ってそこから降りる、と言うのがほとんど正解のことが多いです。
 でありますので、ザイルとか下降用具のない人が無理して沢を降りる、と言う行為がずいぶん大変だ、と言うことが分かっていただけましたでしょうか。
 沢に降りたら、まちがいなく落口で行き詰まってしまいます。山の遭難者の発見などは、滝の落口あたりか、落口から転落して滝の下かが多いようです。
くれぐれも沢は下降しないでネ


 

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