転落の記憶 経験者とビギナーについて 2000/8/26
友人が今年の夏、沢から転落して九死に一生を得た。登山経験は多い人だ。詳しい話は聞いていないが、どうも懸垂下降中30mあまり転落したらしい。
近いうちにお見舞いに行くつもりだ。
沢とか岩とかその他、雪でも尾根でも数m以上も下界より上がるのであるから、こう言った転落というアクシデントはありうる。
どのようなベテランでさえ共通にありうることな訳だ。
だから俺はベテランだから大丈夫と高をくくっている場合など、一番危ないと言える。山から見たらそんなベテランとかビギナーとかの差なんて屁でもないわけだから。
ここで沢、岩に限って書いてみたりする。
年齢が若いこと、及び素質において沢登り、岩登りは、やり始めから格段の飛躍をする。天が与えた質な訳だから文句を言ってもしかたがないが、上手いヤツは格段に上手くなり、素質のないやつは、上手くなるのが遅いしセンスもイマイチだ。
普通の人が10かかるところを5とか4くらいで楽々クリアしてしまう。こうなると本人は有頂天だったりする。まあそうならなくても、「岩登りってどおってことないジャン」と言う気持がかなりあるだうろ。
僕なども、過去において、後輩がドンドン上手くなって行くのを驚きの眼差しで見ていた。
しかし、そう言った上手い下手を越えるものが本番にはあったりする。
まず言えるのは転落、落石、ルートミスなどと言うアクシデント。これなどは練習とか易しい山行の早いうちに遭遇して、相当の苦労をしておいた方がどれだけ良いかわからない。
まづ、岩場のゲレンデを何十回も通っているうちにそう言う事故に遭う可能性が高い。ゲレンデでアクシデントに遭った場合、搬出とか事故の処置が楽な訳で、その辺の事故のノウハウとか経験が良い意味で蓄積される。
ゲレンデと言ってもいろんな所にいろんな形態があるわけだから、そう言った岩登りトレーニングもそういう付加価値みたいなものがかなり蓄積される。
過去に友人がゲレンデで懸垂下降中、20mダイブして運よく踵の骨折だけで済んだ。その時は友人がオンブしてすぐ下の家に連絡して短時間で入院した。それを聞いた周囲の仲間連中はそれ以後、懸垂下降の準備は慎重になった。僕などもその後現場に言ってリアルな内容を聞いたので懸垂下降の処置はどんなに疲れていてもいい加減にやったことはない。
落石についても山奥のゲレンデなどは人が来ないので浮石が多い。それである時、登攀中のパティーを下で見てたら、「ブーン」と音がした途端友人の左肩から鮮血がほとばしった。コブシ大の落石が肩を直撃したようだ。もし頭だったら石がめり込んだかも。その時はちゃんとヘルメットをしていたのでそう言うことはなかったけど。それで近くにあった山小屋に行って処置したと思う。
その後落石は何度も経験しているが、ガラガラ落ちてくる石などは楽チンに回避できる。軌道を良く見て、最後にヒョイと避ければいい訳だから。その代わり「ブーン」と唸りを上げて落ちてくる落石はもう反射的に岩場に引っ付くしかない。
転落についてだけど。以前仲間で岩登りトレーニングに行った際、途中から僕は単独登攀の練習を始めた。いつもなら1人なのですごい集中力でやるので間違いはないのだけど、その時は仲間がいたため、会話などしつつの練習で気持が散漫だった。ホールド近くの残置ハーケンにシュリンゲを付けたつもりでそれを握り、下にある自己ビレー用の2m余りのローブを回収しようと姿勢を低くし、シュリンゲに頼った。そしたらシュリンゲは力なく岩場から離れ、身体からフンワリと空中に浮いた。僕は下を向いた格好で地面に転落していった。
下から見上げる友人の顔が引きつっているのが見える。その時僕は「ギャーとかワー」とか言って落ちていったようだ。転落中はすごく時間が長く感じる。
一瞬、安全ベルトがガクンとショックを受けて止まり、岩場の途中でぶら下がっている自分を自覚した。外そうと思った自己ビレーが外れずに転落を止めたのだった。
あの経験では、シュリンゲのビレー確認、自己ビレーの確認はどんなに疲れていても無意識にやっている。なんと言うか、身体が覚えているみたいな感じだ。
また、岩、沢登りを始めたころ、冬の沢で足場が崩れて転落した。その時は凄いショックで悪夢もみたけど。結局自分は岩、沢登りは上手くないので今後は慎重にやろうと骨身にしみてわかった。
そう言った諸々の経験は岩、沢登りの始めの頃に経験したか、またはゲレンデで経験したものばかりだ。どんなに易しい岩場でも落ちれば怪我をするわけで、その辺の慎重さを身体で覚えられたことはすごい財産だと思っている。もしそれが本番での経験だったら、おそらくタダでは済まないだろう。
いつも仲間には言っているけど、岩場のゲレンデで死ぬほど苦労して泣きをみたた方が本人には特だと言うことはこの辺からきている。
素質的に上手くて、トントン拍子に上手くなって、ポッと本番に行った場合、諸々の未知のアクシデントが待ち構えている。それに対処するのは本人の応用力でしかない。
本番で泣きをみた場合、ゲレンデの泣きとは天と地との差がある。と言うよりはとりかえしのつかない場合だってある。
一般に岩場のルート、沢登りのルート、尾根のルートにおいて、そのルート通りに登っていれば、どの登りにおいてもかなり安全だ。いわゆる、人が何度も通過しているので、かなりな割合で整備されている。いくら難しいルートであっても案内書に書いてある難しさ以上ではないわけで、その辺は前もって判断して行動できる。
しかし、一旦ルートを外れた場合、未知の難しさと未整備された場所に踏み入れるわけで。危険度は計り知れない。
その辺の対処の仕方がビギナーと経験者の違いに現れてくると思う。ルートを外してそのまま軌道をそれていったら生きて帰る確立がどんどん低くなる。実際問題、沢でも岩でも尾根でも遭難死する人の場合この道を外れる原因が高い。
いくら体力があったり、技術的、素質的、道具的にすぐれたものがあったとしても、山と比べたらアリンコと砂山くらいな感じだ。
どのような山登りの形態であっても下界およびゲレンデでの自分にとって辛酸を舐めるようなトレーニングは必要だと思う。死と比べてみたら、そんな練習は天国のような内容に思えてくるヨ。
そう言った下界での苦労は身体が覚えていて、自然と安全な行動をとっているもんだ。僕自身山はチョロイと思ったことはない。山は荘厳で美しいけど、いつでも恐ろしい存在だ。岩場で転落した記憶とか、辛いアクシデントが今でもまだナマナマしくよみがえってくる。そういった昔の辛い傷があるからこそ、いつでも慎重にやらなげば、とか事故は絶対起こしたくないと思っている。
諸々に苦い経験は自分が忘れたと思っていても、身体が覚えている。何かの行為の時、シックリこない場合がある。それは過去に辛い経験を伴っている行為であったという事がある。それでそのシックリこない行為を修正して安心したりする。
人生において、辛い過去を乗り越えて来た人ほど限りなくやさしく、奥深いと言われたりする。
山においても、辛い経験を積めば積むほど、奥行きのある深い山行が出来るような気がする。