苦い思い出
一つの方法として
 


 苦い思い出@

 ある小さな沢を三名で遡行していたことがあった。大方の滝を越え、沢のやっとゴーロらしきものが出てきた。今回は二名がかなりくたびれてしまって、大幅に時間を食ってしまった。
 時間を食ったことに対しては全然問題ないわけだ。ただ一刻も早く稜線にたどり着きたかった。でないとすでに日も傾きつつある。多分今日は麓に降りられるのは日没後だろう。しかし日のあるうちに道に出ないと、二名の行動が制限されてしまう。
 ツメ部分の二又らしきところにたどり着いた。二名はやや疲れ気味で、二言もなく座り込んで休憩している。僕の方は休憩はそっちのけで、いかに短時間で稜線にでられるか思案していた。それで時間を惜しんで様子見の行動をしていた。
 二又はやや広い感じだった。それで二又の左方向に少し上っていくと。布状のものが地面に埋まった感じだった。その布は明るいオレンジ系の色合いだった。近寄ってみると、なんとなくカッターシャツみたいな感じだ。ただ土砂に埋まっているためよく確認できない。よく見ると白い棒状のものが少し突き出ていた。直感で、アレ、と思った。
 その時背後の下から「あとどれくらいで稜線に着くのか」という声が聞こえてきた。一瞬我に返った。一名の住所は埼玉の中央あたりにある。だからここから帰った場合、普通で三時間はかかるだろう。一名は家に家族が待っている。一瞬の思案で、一刻も早く稜線に出なくては、と決断した。夜になったら行動不能だ。
 なんと言ってもこの計画を立てたのは自分である。朝の集合はみんな遠距離なため、集合時間は遅い9時ころになってしまった。それと、二名の技術力ではやや難易度の高い沢だっただけに時間もくってしまった。沢の後半は滝が減ったとはいえ急なゴーロが続く。
 仲間との会話のあと再びそのオレンジの布あたりを見回した。オレンジの布はチェックの柄になっていた。
 万一これが人であるなら、どこで事故を起こしたのか、と疑問が湧いていた。沢登りならば、すでに滝はなく、普通であれば、もっと下で事故を起こすに違いない。また沢を下ってきたのであれば、こんなところにいるはずがない。まだここは急とはいえ、転がるほどの急斜面ではない。転がるのであればもっと頂直下のあたりだろう。
 見回してみると正面の尾根はかなりな急斜面であり、それをたどっていくと稜線あたりは丁度オーバーハング状に被さっている。ということはあの稜線から落ちたのではないか、と判断した。
 下山時にその稜線を通ったのだが、稜線の尾根はかなり痩せ尾根である。しかし道の周囲はササだのヤブだのがあって、それほど危険は感じられない。それでその尾根を一歩外れれば、峻険な尾根であり、かつそこはオーバーハングした場所である訳で、一気に転落である。
 その転落も、途中で何かに引っかかるでもなく、垂直に約80mあまりを一気に落ちることになる。80mの転落と言うと致命傷の確実が高い。所謂即死に近いだろう。
 落下地点は上のハングしたところから数m離れた場所だ。状況からするとその確立は高いだろう。

 単独で山歩きしている場合、注意していれば、かなりの危険は回避できる。休憩時など常に地図を見て、現在位置の確認をとり、道を間違えたら元の場所まで戻ったり。そうれば危険回避の度合いは高い。また、事故を起こし、傷を負ったとしても、傷の手当てとか携帯電話などの処置で危険回避の可能性は高くなる。
 しかし、誰もいないところでの転落などによる致命傷あるいは即死にちかい状態だと、処置のしようがほとんどない。
 こうなってくると、行方不明が確実となる。目にみえる場所での転落などであるなら、遭難捜査などでの発見率は高い。しかし無名の沢、そのまた枝沢のツメなどに転落して致命傷を負ったら、発見率は相当低くなる。その上計画書の提出もしていないと果てしなく発見率は低くなる。
 遭難という判断にて出動を始めてそれから発見するのは何日かかるかわからない。それで発見できればいいのだが、発見もできない可能性が高いので、捜査日時は期限切れまでで終わりだ。その後は家族の手弁当のみの捜索となってしまう。
 これが山の会とかハイキング会などに入っていれば有志の捜査なども行われようが、個人である場合は捜査すらできないことになる。家族の捜査などほんとうに微々たるものだろう。

ここで状況整理をしてみると。
単独
計画書を出した−山登り−転落−見える場所での転落−死亡
計画書を出した−山登り−転落−見えない場所での転落−死亡
計画書を出さなかった−山登り−転落−見える場所での転落−死亡
計画書を出さなかった−山登り−転落−見えない場所での転落−死亡

 この最後の計画書を出さず、かつ見えない場所での即死の場合、どうすることもできない。万が一僕等のような沢屋が未知の枝沢を遡行していて、たまたま発見するという極稀な時を除いては。

こういった最悪の状態の解決方法は今のところまだない。
あるのは最低限計画書を出すことくらいだ。
単独で山登りをする時に、これが一番の問題点だ。
どの本を読んでみても、単独行において良いことは書かれていない。


今後の将来的な希望的観測について。
 現在、携帯電話のような機械で俳諧老人の居場所を確認できる装置が現在開発されつつある。これは俳諧気味の老人にその機械を持たせるものだ。万一家を出てしまい、そのまま街中にさ迷い歩き出した場合、パソコンを使用してその確認機械の居場所を察知できるものだ。察知状況は地図上にその場所が丸印となって現れるらしい。以前NHKの特集でそれをやっていた。
 ちかい将来そういった機械が小型化して個人でももてるようになればどうだろう。単独の登山者がそれを所持して、ある時思わぬ場所で事故に遭い、携帯電話の使用も出来ないくらい傷を負ったとしても、その機械によって場所の特定が可能になる。
 また最悪、遭難死したとして、その機械が有効に起動していたら、その亡骸も捜索可能になる。その捜索も短時間で可能となるだろう。そうなれば、家族のいたずらな金の消耗も精神的な消耗も軽減されるだろう。
 毎年山では行方不明者が数多く出ている。彼等は望んで行方不明になっているわけではない。そういった人達に「本人が悪い部分が多かった」かもしれないけれど、残された人達になんの罪もない。そういう状態での初期的発見ができることは、いろいろな意味で非常に良いことである。

 発信機については、現在雪崩れなどに巻き込まれた人の捜査などに使用されている。それは登山者が各自その発信機を所持していて雪などに埋まったときに、その居場所を特定できるものだ。現在は探知機を使ってその場所を捜査するものだ。
 以前は雪崩の跡をゾンデという長い鉄の棒を少しずつ移動して差込何かに棒が当たった時に、そこを掘り起こす、という行為だった。
 また、最近では盗難車の追跡のため、セコムなどが発信機のサービスをしている。車の部品のある個所にその発信機を装着し、万一盗まれた場合、探査装置でその発信機のある場所を探す、というものだ。
 最近、テレビで盗難車の特集をしていたとき、その発信機のことをやっていた。発信機を付けた車は見事に見つかった。車においてはかなり実用化されている。

 しかし、まだその発信機にしても発信時間とか、発信機の値段とかの問題がいろいろある。
 ある程度利用可能で量産も出来て売れるというのであることが前提条件となる。
 現在はICの発達とか、老人問題、防犯対策などの諸条件が揃っているので、今後はそう言ったものが、現実可能となるだろう。ただそれを使うか否かは本人の判断にもよるが。
 

 

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