一ノ倉 雨のビバーク(携帯電話の可能性)

  夕食後、茶などすすりつつ、ぼんやりと野球の巨人戦を見ていたら電話がなった。出てみると友人からで、「一ノ倉で知り合いが落石を受けて負傷し、仲間ともどもビバークしている」とのことだった。詳しい話は分からないらしい。  
 現地に向かう友人に電話すると、あと20分くらいで某地に集合して出発するとのこと。救助の要請はうけていないけど、最近一ノ倉には行っていることもあるので、僕も何か協力できれば、と合流することにした。集合時間まであと20分。超大急ぎでザックに登攀具をほうり込む。先日行ったばかりの沢登りの名残で登攀具は濡れている。  
 考えられるだけの道具をザックに入れ、着替えもそこそこに車に飛び込んで合流地に向かった。合流地にはすでにみなさん集まっていて、それで車でゴー。  
 環七から関越へとスイスイスイと行けてしまうのは平日の雨の夜からか。運転しながら友人からの詳細を聞くが、どうもみんな情報が少ないようだ。関越道途中にて後から来た友人の大型RV車が大型船のように静かに僕の車を追い越していった。  
 高崎あたりからすごい雨となる。猛烈な雨。その翌日名古屋では観測史上記録的な大雨となった。前方もぼんやりするような大雨。翌々日の新聞では群馬県の記録的な雨を報道していたくらいだから、すごい雨だとわかるだろう。  
 関越道を下り、谷川岳指導センターに着く。すでに深夜過ぎ、翌日朝5時に警察と合流すると言うことで、この日は寝ることにする。こちらでは雨はひどくなかったらしい。上の友人のことが気にかかるけど、夜だとどうすることもできない。  
 ザックには登攀用具以外なにも入っていない、そんな余裕もなかったし。友人から予備の寝袋を借りて寝る。なかなか寝付けない。岩場の上にいる数名はツェルトもなく小雨のなか雨具のみのビバークは厳しいものがあるだろうな、などと思いをめぐらしたりして頭が冴えまくりだ。実際やったものでないと分からない辛さが分かるだけに身にしみる。  


現場に向かう人々。警察はすでに森の中に
入っている。

 仲間の腕時計の目覚ましで眼が覚める。警察の救助班の人5人がセンターにやってきた。みなさんゴツゴツな良い体つきで、岩場でぶつかってもへっちゃらみたいな。 話の内容では某岩場の上から携帯電話で東京の友人に電話が通じたそうだ。短時間しか通じなかったけど、ある程度の内容は分かったらしい。携帯電話恐るべし。  
 しかし情報が不足していて、上の数名と下の1名の状態および、そこまでの経緯が掴めない。 話し合いの末、十数名がアプローチ用踏み跡をたどって下降点下まで向かい、その後の処理をする。そして僕とあと1名が本ルート登攀して上にいるビバーク者の数名のところへ向かう、ただしそれは無線連絡で要請するとのことだった。僕等2名と残りの現地連絡班は一ノ倉出合で待機することになった。
 朝がた小降りだった雨は時間を増すごとに降りかたが強くなって、本谷に流れ込む各ルンゼに白い帯びのような流れが見え始めた。もうルンゼ全体が滝と言った様相。こんなの初めてみるゼ。と思わず口に出る。  
 出合から双眼鏡で周辺を見渡すと数時間後に警察と東京の救助班らの人影が上部の岩場に見え始めた。雨のため登るのに難渋しているように見える。大岩にへばりつく、米粒くらいな人の姿、その姿を見ていると、息苦しさが伝わってくる。雨もひどい。  
 11時過ぎにセンターから車が来て、終了点の上のビバーク者から救助要請があったので、本ルート隣の別ルートから待機中の2名は救助に向かうようにとの伝言だった。 そこで、「この岩壁の状態を見てください」と指をさす。岩場の各ルンゼは沢と言うより百m以上の龍と化している。某ルートに行き着くのにそこをトラバースするのは至難の業。またこれから向かったとして、運良く登れたとしても8時間以上かかるわけで、すでに夜になってしまう。と説明した。


雨は降り止まず、各ルンゼは白い滝となって本谷に流れ込む。
以後その流れは見る見る太くなっていった。


 結果として下降点班が事後処理するのが最良となり、再び僕らは待機となる。初めて見る怒る一ノ倉。ここからでも白い龍の咆哮する声が聞こえる。  
 2時過ぎに双眼鏡で下降点下の1名と合流するのが見えた。その後、上のビバーク者は下の警察班により無事合流出来たと無線の連絡が入った。 その後、身柄安全確保の連絡が上の警察班から順次下の救助班に伝言されたため、救助班の各々は下山開始。
 一時間後あたりから一ノ倉の出合の河原に続々と下りてくる救助班の姿が見え始めた。ロープウェイの売店で購入した缶コーヒーを温めておいたものを、下りてくる各々に手渡す。みんなズブ濡れの状態。10時間近く、雨の中行動していたのだから当然のことだ。  
 長時間の雨の影響で本谷は水嵩が増して、渡渉不能となったが、行動可能な人と待機組の僕等2名とでザイルを渡して問題解決し、全員つつがなくセンターに戻ることができた。  
 もっと詳しく書ばいいけど、生々しすぎるので割愛した。  
今回の問題の原因は、概略として  
 某ルート終了点から懸垂下降したさい、下降地点を間違えて2P下りてしまったらしい。下りた人が登り返そうとザイル操作している内に落石を食らい、手に負傷した。残りの数名はそこから終了点まで戻って各々上と下でビバーク体制に入った。  
 発端と言うか根本原因は下降点選定ミスだったようだ。それに落石の負傷というアクシデントが重なって、行動不能となってしまった。 山の遭難とかアクシデントの発端は些細なミスからが多い。それが雪だるま式に膨らんで行く。僕自身人ごととはとても思えない。  
 また救助という生々しい出来事に立ち会うと言うのはいろんな意味で辛いものがある。
そんな状況を今回書いてみました。  
 山の遭難騒ぎについて、今後、正確な原因究明をしなければならないだろう。当人達の反省すべき点はちゃんと反省する。また周囲はただ責めるのではなく、詳細な事故原因および、それに至るまでの経緯を究明する。そして今後、登攀する人のための役立ちの貴重な資料として使われることが、一番重要なことだと考える。

 何度も言うようだけど、遭難しないためには山に登らなければ良い。逆に言えば、山に行けば遭難の可能性は間違いなくある。その辺を出発点として自分の意識の中で、そう言った遭難遭遇を現実のものとして自覚していくことが必要なのではないかと考える。
 「私は遭難なんて考えたことなんかない」とか「そんな危ないところに行くことはないので大丈夫」「そんなこと考えたことがない」とか言うのではなく、現実問題として遭難はあるわけであると自覚すること。そして、アクシデントにあった時にどう対処していけば良いか、と言うことを日頃から実践していくことが最良の安全対策だと考える。
受身的な考えでなく、先取防衛的考え方だ。
 まず単独の場合、だれをあてにすれば良いのか。遭難した場合、地元に警察の専門的機関がない場合、初動態勢はかなり遅くなる。それをあてに出来るのかなど。



 また携帯電話の凄さも実感として分かった。友人の話だと北アルプスの各峰々からの通話が可能とのこと。特に後立あたりは感度が良いとのこと。今回一ノ倉のアクシデントで展望の良い場所からなら東京に通話可能と知って驚いた。  
 アクシデント当人からダイレクトに仲間の電話に会話出来てしまうというリアルさははちょっとバァーチャル的ですらある。こちらが、涼しい部屋でビールを飲んでいる時に、突如「助けて頂戴、雨の何とか岳の上で、足を折ってて、もう死にそう」などと言われたひには、とても意識の転換が難しいだろうな。今後はそんな時にでも正しい対応が出来るように救助伝言フォーマットでも作っておいた方がよいかも。  
 それ以上に僕的には携帯電話をもつ必要性をヒシヒシと実感している。僕などは人の行かない籔山、人の行かない沢、人の行かない籔岩、人の行かないバリエーションなどに1人で行く場合が多い。そんな山行で万一のアクシデントの対応にはかなり有効な機械だと今回分かった。アクシデントが起きた時、根性で稜線とか頂に上がれば携帯で通話可能な場合もあるわけで、単独登山者には朗報と言えるだろう。
携帯電話での通信不可能な場所もあり、かならずしも万能とはいえない。その部分を考慮に入れても、かなり頼もしい機械だと言える。
 はっきり言えばビバーク三点セット(ツェルト、ローソク、非常食)プラス携帯電話。これがいまのところ最強の個人のための遭難対策用具と言えるかもしれない。

 機能的なものを考慮して購入するっきゃない、です。
 携帯電話については後日、道具欄で書きこみします。

 

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