3 追記

一人で行くにしてもパーティで行くにしても基本的なことはあまり変わらないと思います。
●山登りをスポーツとして見た場合
 山登りをスポーツとして見た場合、山の中と言うのは試合に位置付けられると考えます。その場合、平地はトレーニングの場です。
 どのスポーツでもトレーニングをある程度つんで、試合に臨むわけで、試合をする場合には本人が一応のレベルを持っていないと、相手に太刀打ちできなかったり、逆に本人自体面白くもなんともないでしょう。
 山の場合、案内書などにその山のレベルが書いてあり、そのレベルを確認しつつ登るわけですが、そこで本人がトレーニング等を積んでいなければ、恐怖感とか、面白くもない状態に出会うのは目に見えています。
 また、試合と言う位置付けにしても、そこには他のスポーツのように審判もいないし、試合上のちゃんとしたルールもありません。
 一般スポーツではいいかげんな事をすればルール違反で失格になったり、審判にこっぴどく叱られたりします。逆にそうやって規則があることで、それ以上の失敗とか、行きすぎをさせないように保護している部分もあるようです。
 山登りの場合は、そのような明確なルールが確立しているわけではないので、その分、行き過ぎとか、失敗の保護はなにもなくて、初歩的ミスにもかかわらず、致命的な状態にまで行きついてしまいます。
 その辺のすさまじさは一般的スポーツの比でないです。普通のスポーツで致命傷を負うようなものはありますでしょうか。そのような場面があると予想される場合は前もって規制なり練習なりをちゃんとしていると考えます。ボクシングなり、空手なりの場合を考えますと明解です。
 その辺のところについて、登山の場合、曖昧で、のんき、なわけです。

 楽しく登るためにもそう言った事をある程度頭にいれて、今後のことも考えて、対処して行った方が、自分のために、大変プラスになると考えます。

●単独の山歩き
 スポーツとして考えた場合、これほど特殊なものは少ない、と考えます。
 試合を行うとして、そこには審判もいないし、とにくルールもない。また試合相手が自然であって、そこに勝ち負けは特にない。と言うことになります。
 僕が考えますに山の勝ち負けは、特にないと考えます。何が勝ちで、負けなのか僕にはわかりません。また山の場合、試合と言う概念は、勝負と言うより、本番、と言う意味合いのほうが良いかもしれません。
本番とは何か、と聞かれますと上手く答えられませんか、緊張感もその一種でしょうか。
 単独でのスポーツの本番と言いますと、普通の場合、観客とかいないと本番としてなりたたないかもしれません。ヨットなどで、ある距離を一人で移動する、と言うのが近いかもしれません。しかし、ヨットにはかなり高度な勉強が必要ですし、ヨット自体が高価で一般的でないです。
 ジョギングはどこからトレーニングでどこまでが本番なのかわかりません。勉強不足かもしれませんが。

 単独の山歩きが良い悪いは別にして、自然に対した場合、これほどすべての回りのものに対し、ストレートに、感覚上に受け入れることが出来るものはあまりありません。
 なんと言っても共感する相手がいないわけで、共感できる相手は自分であるわけです。その人が自然なり山なりに、どのような考えを持っているかによって面白くもあり、そうでなかったりします。
 どの辺で感動できるかについてもその人の感性の豊かさによります。
 単独で歩く場合、いろいろな要因もありますが、その本人の感性の豊かさ、自然をどのように受けてれているのかなどにより、長く続けていけるか、精神的に豊かになって行けるかが違ってくると僕は考えます。


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