ある計画により、なんとなく寸又峡から御前崎を歩くことになりました。距離にして110キロです。
その頃はなんて言うか、すごく歩きたい気持ちでいっぱいで、山でなくてもよかったようでした。過去に夜東京から鎌倉まで歩いた時は歩きながら、いろいろな空想やら、さまざまな想念が浮かんできて楽しかった。
僕の場合は山の中を夜歩くのがなんとなく好きです。月明かりの下をブラブラ歩いていると心も澄んでくるようだし、山々も昼間と違った青の夢の世界と言った感じになっています。
そう言った歩きの中では、湧き上がってくるいろいろな考えとか、問題などが、網目をとおるように明解に整理されて行き長時間あるいても飽きないです。
普通ですと夜は途中で泊まったりするわけなのですが、そう言ったわけで今回は夜中じゅうブラブラ歩き続けて到達したいな、と考えました。それと実行日は真夏なので夜のほうが快適と言うこともありました。
でもとんでもない状態になってしまいました。
19×× 8/26〜27 途中で倒れたりして…
内容は記録調になってます。
東海道線の静岡は金谷から大井川鉄道に乗り換え、途中からバスに乗り寸又峡に到着。
町はずいぶんと開けたところで観光客もたくさんいました。こちらは特に観光ではないので周囲の写真を撮りブラブラと10時45分に出発。
暑いので栗代川から川づたいに下ろうとしたが対岸に渡れず、そのまま長い峠越えをする。奥泉にて新調した軽登山靴が足になじまなくなってきた。暑さも手伝って歩行時速は4キロくらい。
15時35分千頭駅到着。かなり暑く、バテぎみ。無理に行動食を食べる。ここまでで20キロ。景色は良いとは言えず、炎天下の舗装道路を歩く。ここから川の蛇行にそって大きく迂回する。埼平で道の選択を誤まり3キロ以上遠回りをする。小井平で食料の補充。
大きく迂回し水川で18時30。ここで前から少し痛かった胃の痛みがひどくなり、思いきり吐く。歩いては吐き、歩いては吐きと言った状態になってしまった。
潰瘍でもできたかと思い、牛乳を飲んでも痛くて吐いてしまう。しかたなく全部吐いてみたら、前より痛みは少なくなり、潰瘍でも胃痙攣でもなさそうなので安心したが。
少し痛いがなんとか歩けるのでそのまま腹を押さえつつ歩く。上長尾で暗くなる。30キロ地点だ。靴の具合も良くなくて、つらくなる一方。
20時。横郷二台ほど車が止まり、乗るように言われた。この親切はすごく嬉しかったが、理由を言って断った。
横郷から長い坂をノロノロと歩くが、すごく長く感じる。トンネルを越え堀ノ内23時45分。10時間歩いた。
胃が痛くなり、緊急用の薬を飲む。それと、靴のおかげで左足首とフクラハギがかなり痛い。上と下のダブルパンチで動く気がせず長めの休みを取った。このあたりで50キロとなった。汗もひどく、喉も乾くので自動販売機のポカリスエットを飲む。こはれ胃に抵抗なく飲むことができた。どんな飲み物よりもいわゆるスポーツドリングが一番身体に抵抗がないと知りました。この日からポカリは大好きになりましたね。
しかしこの時点よりペースがガクリと落ちた。ヘッドライトは付けずにウォークマンを聞きつつ歩く。
午前1時より好きな音楽系の深夜番組がはじまった。歩きはヨレヨレでも気分はすごく良くなる。村と村の間は真っ暗。街灯すらなくて、何処らあたりかまったくわからなくなる。
タカクマ午前2時通過。ここから地蔵峠の長い登りが始まる。キツイ坂を登りきる頃峠に到着3時だ。眼下に金谷の光が見える。そう言えば昨日の朝あそこから電車に乗ったのだな。と感慨深くなる。
足を引きずりつつ歩くが、かなりな消耗で腹も足も最悪となっている。横岡にて日の出。
犬の声で自分が道路の隅で寝そべっているのに気が付いた。気を失ったのか、自然と寝てしまったのか分からないけど。
どうも真面目に行動不能の状態だ。足の痛みは仕方かないとしても胃の痛みはどうしようもない。油汗をかきつつ金谷駅まで歩いたが、それが今までの中で一番こたえた。6時10分金谷到着。
80キロを19時間かけてなんとか歩いた。このまま御前崎まで行くだけの時間はあるが身体のほうがどうしようもない。このような体調になったことは今までで一度もなかった。
足を引きずりつつ胃をおさえつつ6時20分の電車に乗り東京に戻る。その足で掛かりつけの医者に行った。
見てもらったところ「盲腸炎」とのことだった。悪い病気でなくて良かったが、それでもショック。
もし山奥であんな状態だったら下界に戻ることは不可能に近い。まして一人だったらなおさらだ。
先生は薬でチラせば切らなくてもいい、と言ってくれたが、今後の山登りのことを考えると思い切って手術してもらうことにした。
でもその前に約束の「金谷〜御前崎」まで歩かねば。
9/11〜12日 島田、金谷〜御前崎
いろいろ複雑な理由があり、乗りかかった船なので歩くことにした。たまに痛くなるので、今回は先生から抗生物質と痛み止めをもらってきた。
前回、あの昼間の暑さのために身体がボロボロになったので、今回は少し涼しい夜に歩くことにした。
東京より電車で行くと、時刻表を調べなかったおかげで金谷の手前の島田にて終点となってしまった。
12時、島田から出発となった。5キロよけいに歩くことに精神的にガタついた。
金谷を経由し登り道を歩き始めたころ、また新品の左の靴の具合が悪くなり、アキレス腱が痛みだす。前回も1日で痛みもなくなったので身体もなれたか、と思ったのに。結果としてこのままビッコを引きつつ最後まで歩いた。
悪いことに装備点検で当日朝ライトはちゃんと点灯したのに今になって全く点かない。電球が切れているわけではなく、接触不良のようだ。まあ山中ではないので道に迷うことはないが。
星のあかりをたよりに歩く。しかし八ケ原にてルートが違っていることが判明。また回り道となってしまった。気持ちもメゲそうになる。
気を取り直し相良方面に歩きだす。3時に音楽番組も終わり、持参の音楽テープを聞き始める。休憩で真っ暗のなか手探りでおにぎりを食べるのは何を食べているのか実感がわかない。手のひらさえも見えない。
途中2度の失敗のために和田にて日の出を迎える。ここまでで20キロ。あと15キロくらいだが、すでに暑い。
和田からはるか左端に御前崎が見える。その距離と足の痛みで歩く気力が薄れていく。
国道150号線は車が多く行き交い、面白くないし、危ないし、足は痛いしでこう言う時はなかなか時間がたたないものなのだ。気温も一気に30度を越えただろう。半ズボンでも猛烈に暑くて、とりあえず抗生物質と痛み止めを飲む。
海岸には日本のカルフォルニアにようこそなどと書いてある。汗を流しつつ岬の突端のサンホテルに10時20分に到着。10時間でここまで歩いた。
とりあえず約束を果たしてひと安心。あまり感動もなくすぐバスに乗り痛い胃をさすりつついつのまにか深い眠りについていた。
その後9月下旬に盲腸炎の摘出手術をうけました。原因は炎天下を長時間歩いたことと暴飲暴食が原因のようだった。真夏にいくら好きだからと言ってあんなことはするものではない、と言われた。
でも盲腸を取るいいきっかけとなったし、今後、山奥で痛くなる盲腸もないので安心だ。以前ヨットで世界一周の本を読んだ時、旅行中盲腸のことが不安でどうしようもなかった、と書かれていた。その人は下船後すく゜盲腸を取ったと書いていた。山でもおなじようなものだ。
それと新品の靴は結果的に足に合わなくて10000円もしたのに、すてました。
でも今思うと、けっこう劇的で、物語のような進行がすごく印象深く残っています。それにポカリスエットは今でもよく飲みます。なにかあの時一番身体にシンクロしていて、今でもあれを飲んでいると、おなかを押さえて飲んでいる自分を感じることがあります。