自分の山行記録の検索
2015/7/2
山登りを始めてからほぼ全ての山行の日にちと人数、コース、その他等々を書きとめている。
いい加減な性格にしては、かなりマメに書き込んでいるといえる。
まあ一回一回行った山登りの思い出を大切にしたい、と思って当初は始めたのかもしれない。山行回数が多くなり、かつ自分なりな研究なども始めたりしたこともありノート記入とパソコン入力とを併用することになった。
しかしパソコンを使いだしてからはデータベースソフトみたいなのを購入して使ってみたが使いこなせなかった。それでテキストエディタ入力に変更
そのうち途中からノートでは研究などのソートとか傾向が把握できないのでエクセルに入力することにした。エクセルは大げさにデータベースとは言えないけど自分としては実践的に役立っている。
言葉で説明できないことは数値的にして、それを見れば即座に思い出すことができたりする。
まあこう言ったことは他人に関係なく自分が楽しめればそれでいいので、思う存分好きなだけ追加項目を増やして色々な検索をして楽しんでいる。
ただ山行内容については思い返して懐かしむといったことはしていない。今はさらに行きたい所を探し、地図で調べて山行をすることが主目的だ。行きたい山がある場合いままでの記録蓄積から周辺とかの情報を確認したり。
だから過去の山行のことを思い出してしみじみと感慨に耽ることはしていない。
ある意味山行記録をエクセルに入力する主目的は後で検索する為となっている。
いつものごとくエクセルに今回行った山行の内容を項目別に入力をしていた。
それで行ナンバーを見ると来年の春には1000回山行になると分かった。
まあ普通の人よりもやたら若い年で始めたこともあるし、ハイキングも結構出かけているのでいつの間にかこうなったという感じだ。
回数のことよりも行っている山の内容の方が重要と考えているのでほとんど考えたことがなかった。
一応山行回数に何がしかの重要性とかは自分としては考えていなくて、ただの目印みたいなものだろう。
何といっても自分のやりたいことが回数ではなくて、いかに自分が自分の行きたい山に関わりとか自分の中での不明点を解消できたかが問題だ。それに自分がやろうと思っている関心のある傾向にそれこそ何十回も行きたいなと思っているので。
なので自分はこんだけ山に行ったぞ、ということよりも、自分の納得できる水準の気持に出来る限り近づくためなら何回でも行きたいということだ。
これだけの回数行ったのだから自分は分かったというのは正直なところ自分を欺いている。というよりそう思っている自分が情けないと思ってしまう。あくまでも自分個人の考えだけど。
その自分らしい山行のためなら単独行にならざるをえないことが多い。その時の臨場感をことばにはなかなかまとめられない。なので詳しい内容を書きとめてかつエクセルに記録したり、記録図を作成したり。
そういった一回一回行程が楽しいのだと言える。
山行回数ということで改めて山行回数分をソートしてみると色々面白いことが見つかって楽しかった訳だ。
ソートの中に人数という項目がある。単独か多数ということだ。それで単独をソートしてみたら40%弱の数値がでた。
しばし考える 要するに60%以上は他の人と一緒に行っているということだ。
登山を始めて早い時期から単独行をしてデフォルト的に単独行者なので、自分としては かなり単独で行っていると思っていた。
少なくとも半分弱くらいかなと思っていたのだれけど、かなりの回数他の人のお世話になっていたんだ。と思った。
まあ3回に1回というのもある意味かなりな回数だけど
多数で行っているということは、相手がとくに何の支障もなく再度山に行ってくれているということである。
それ以上に自分がそう言ったことを忘れているくらいみんなと自然に行けているというのが良いなと思った。
まあ総量的に4:6だけど、これが時系列に10年単位にするとその頃の単独対多数の心情とかも違ってくるだろう。
ただ言えるのは、自分がどうしてもやりたいことは単独のことが多い。近頃では理由を話して理解してもらった上でそれでも一緒に行ってくれる人がいた場合は一緒に行ってもらうという形にしている。
他の検索とかも、時系列の山行内容を追ってみると。自分がどんな思いで山に行ってたかとか、このあたりが考えの分岐点の山行だったなとか。結構深く読めたりする。
方向性を決めて山に行っていなくても、長いスパンを見てみると自分の価値観とか考え方の変化とか気持の変遷が浮かびあがってくる。
最初の頃は入力項目の検索と類推により、新しい発見とか別の登り方とかが見えたりした。それをもとに次のステップとか別のエリアへの足がかりにしたりしていた。
最近では自分の考えている思いとかの別角度からの発見とか、自分が無意識に思っているやりたいことなどを拾い集めることにも使うようになった。
深読みして自分がどういう思考で進んできたか、また深い所で、今後どこに向かおうとしているのかがかすかに見えたりする。