3単独登攀 一ノ倉南稜
 一ノ倉の南稜と言うと、登攀ルートグレードでは3級上です。一般的な尾根歩きの人から見ますと、困難だな、と思うもかもしれません。ハードな本番登攀を行なっている人から見ますと、「快適じゃん」「どおってことない」などと言う言葉から返ってきそうです。
 ただ困難だから良い、と言うわけでもないし、「どおってことない」から悪いと言うことでもないし、その時点で自分なりに燃焼できたな、と思えれば、どんな行為も素晴らしいと考えています。
 僕としては単独でもこのような登り方もある、と言うことを知ってもらうのも良いかなと考えて書いてみました。

 その頃は平日休みだったため岩登りに行ってくれる相手がいなかったことと、自分なりの感性と登り方で単独
でやってみたい、と言う気持があったので単独での登攀トレーニングを二十回位はやりました。
 登り方の技術的な事は、「岩と雪」のバックナンバーを古本屋で購入し研究して、ゲレンデにて、考えずにも、ザイルをスムーズに操作できるまで練習しました。
 最後に三ツ峠にて本番のための練習を1泊2日で行ない、丹沢の水無川流域の沢を1日3本登って仕上げとしました。
 単独登攀の場合、尾根歩きとかよりも選択肢が限られていて、なんとなかるだろうと言う確率は非常に低いです。ですからこの場合、慎重の上にも慎重を重ねて、練習も人の二人分はしなければならないと思っています。

19XX 6/27
 平日の場合、夜行に近い電車がないため、時刻表で確認して朝5時頃の上野発の電車を選び出発しました。
 土合には8時50分頃到着。一ノ倉出合までの舗装道路を休まず歩きました。途中に800名以上遭難者の書き込まれた遭難碑とか谷川岳登山指導センターとかがあります。指導センターで計画許可証明書を出して通過。
 この日の一ノ倉は平日のため人っ子ひとりいない状態で、シンと静まり返っていて緊張感がたかまります。
 登攀具を付けて出発。出合から雪渓を歩き出し、ヒョングリの滝知らぬ間に通過。右に張り出したテールリッジに取り付くため、ここまで使ったストックを雪面に突き刺して、岩を登り始める。全体にゆるめのスラブ状のリッジと言った感じで難しくはないが、それでもこのあたりでも滑落事故は起きている。リッジから中央稜に移るあたりのトラバースはやや悪く、ボルトにビレーを取って慎重を期した。南稜までのバンドも慎重に登る。今回はザイル2本と登攀具、食料などでいつもより重くて勝手がちがう。
 南稜テラスに着いて大休止。ここは一ノ倉全体が見渡せて素敵なところです。それに今日は人っ子一人いないため音のない世界にいるような耳が痛いような気分になってくる。
 支度して出発。
 単独登攀と言う登り方は(ノーザイルを除いて)、基本的に登り返しと言う方法をとります。下にザイルの末端を木とかハーケンに固定して登り始め、ザイルが延びきっていっぱいになったらそこでもう一方のザイルを打ったハーケンに固定。そこから懸垂下降して下のザイルまで戻り、ザイルの末端をほどいて再度同じルートを登る。と言うきわめて地味で、根気のいる登り方です。ですから南稜の場合ピッチは6回くらい切るので、合計すると12ピッチ登って6ピッチ下る、と言うことになります。
 登りはじめは直上から右上しチムニーに入る。はじめはやや被り気味で緊張する。かなりゆっくりペースでも単独で登っているので緊張感がすごい。しかし自分一人しかいない世界なので、急き立てられることもなく登りつづける。
 次のピッチは右上するのだが、舞い上がっているのか直登してしまい、かなり登って気がついた。やや悪い。しかしトレーニングを必死にやっておいたお陰でうろたえることもなく、ジワジワと登って上のテラスに着いた。
 次は二級の草付でここは悪そうなところだけザイル使用。下を見ると目もくらむような高さ。怖いと言うより感動的だ。だんだん登っている楽しさが湧いて来て、冷たい岩肌がすごい快感となってくる。背中に青空を背負っている感じだ。
 4P目はリズム良く登れた。5P目は馬ノ背リッジの右をクラック、カンテと登って最後のテラス到着。上にはかぶり気味のフェースが見える。
 6P目は最後の難関で上に行けば行くほど急になりハング気味のところを一気に登った。上に着いた時は荒い息のまま座り込んでしまった。一ノ倉は一段とすさまじい光景になって目に入ってきた。
 なにか大声で叫んだのだが覚えていない。
 いままで水をまったく飲んでいなかった。渇きとか、腹が減ると言う感覚は麻痺したような気分。でもここで水だけは飲んだ。
 長々と休んではいられない。帰路はもっと大変だ。一度下ったことのある六ルンゼに懸垂下降を開始する。2Pほど下ったころ雲行きがおかしくなりはじめる。ゼルバンの上にいそいでカッパをはおり、下降続行。あと2Pのこす所で雨が降り始める。それでも下降。雨がはげしくなる中、鎌形ハングに到着。その後、雨は激しさをましていった。中央稜手前の凹状ルンゼのスラブが滝のように水を流し始めた。綺麗だな、とぼんやり思う。雨がやまないと帰れないな。とも思う。
 座ったままぼーっとしていると、激しい雨はやみつつあり薄日も射してきた。すぐに行動開始。水の流れの中でも登攀靴は意外とすべらずほっとする。中央稜下からはすべてザイルにて懸垂下降する。テールリッジのゆるい下りだけはザイルなしで下降。最後に雪渓に辿り着いた時はほっとして力がぬけてしまった。その年は残雪が豊富で、あとは転落することもない……。もう疲れ果てたヨ。
 二本のザイルはつないだまま尻尾のようにズルズルひっぱり、日も傾いて、ヘッドランプの小さい明かりが前でゆれていているだけ。
 緊張感はまったくとれず、硬直したまま出合いに着いた。一日一人だけだったが、随分自分と話し合ったようで結構もう一人の自分も頼りになるな、などと感じつつ駅へと下りました。

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