「母系にひそみて」 *ハロウェー Harroway

「…わしの魂は、あの娘の生んだ息子たちに会わせてくれと切に願った。
わしの子孫に、わしの魂がそのなかで死なず、脈々と生き続けることの
できる息子たちに会いたいとな」 〜 アイザック・アジモフ Isaac Asimov
「四代先までも Unto the Fourth Generation (1959) より (小川隆・斎藤ひろみ訳)


日本へやってきた半兄

 名馬ダンテ Dante とサヤジラオ Sayajirao は父と母が同じ、いわゆる〈全兄弟〉ですが、この2頭には、日本に輸入されたすぐ上の〈半兄(=父の違う兄)がおりました。※
 それが、主にスターロッチの父として名高い*ハロウェー Harrowayです。
※ そういうわけで、「次男が偉い」この3頭のことを、世に〈だんて3兄弟〉と… r(^m^;;; あいててっ、石を投げないで下さぁい。
 フランスで4勝を挙げた母ローズィレジェンド Rosy Legend の4番仔として、イギリスに生を受けた*ハロウェーは、競走生活を通じてホワイトローズS(のちG3)はじめ、ラウンドタワーH、アイルハムS、ハーリーH、ストークポージズプレートと5勝を挙げ、それまでのきょうだいで最も大きな成功を収めました。
 もちろん当代随一の種牡馬フェアウェイ Fairway やその全兄ファロス Pharos と交配され続けたということは、取りも直さず繁殖牝馬として Rosy Legend が期待されていたということですが、それでも*ハロウェーの小規模な成功がなければ、後の Dante や Sayajirao の栄華はなかったのかもしれません。
 なぜなら、Rosy Legend に対し Fairway がまずまずの結果を挙げたことで、その全兄の代表産駒、ネアルコ Nearco との配合も*ハロウェーと〈3/4きょうだい〉となり、事前にある程度の成功率が見込めたはずだからです(そしてそれは最も幸福な形で実を結びました)。

 ある程度、と言ったからには、ここで*ハロウェー自身の血統構成を(弟たちとも比較しながら)見てみましょう。

*ハロウェー Harroway 1940 牡 黒鹿 / FNo. 3-n / Fairway 系
Fairway
1925 黒鹿
Phalaris
1913 黒鹿
Polymelus
1902 鹿
Cyllene
1895
Bona Vista Bend Or
Arcadia Isonomy
Maid Marian
1886 黒鹿
Hampton Lord Clifden
Quiver Toxophilite
Bromus
1905 鹿
Sainfoin
1887
Springfield St. Albans
Sanda Wenlock
Cheery
1892 黒鹿
St. Simon Galopin
Sunrise Springfield
Scapa Flow
1914
Chaucer
1900 黒鹿
St. Simon
1881 鹿
Galopin Vedette
St. Angela King Tom
Canterbury
Pilgrim
1893
Tristan Hermit
Pilgrimage The Palmer
Anchora
1905
Love Wisely
1893
Wisdom Blinkhoolie
Lovelorn Philammon
Eryholme
1898
Hazlehatch Hermit
Ayrsmoss Rattlewings
Rosy Legend
1931 黒鹿
Dark Legend
1914 黒鹿
Dark Ronald
1905 黒鹿
Bay Ronald
1893 鹿
Hampton Lord Clifden
Black Duchess Galliard
Darkie
1889
Thurio Cremorne
Insignia Blair Athol
Golden Legend
1907 鹿
Amphion
1886
Rosebery Speculum
Suicide Hermit
St. Lucre
1901 鹿
St. Serf St. Simon
Fairy Gold Bend Or
Rosy Cheeks
1919 黒鹿
St. Just
1907
St. Frusquin
1893 黒鹿
St. Simon Galopin
Isabel Plebeian
Justitia
1896 鹿
Le Sancy Atlantic
The Frisky Matron Cremorne
Purity
1903 鹿
Gallinule
1884
Isonomy Sterling
Moorhen Hermit
Sanctimony
1896 鹿
St. Serf St. Simon
Golden Iris Bend Or
SireLine for Windows Ver1.50 - Build 547 / 9代クロス血統表はこちら

 Rosy Legend 内の非常に巧妙なX染色体径路上クロスについては
母自身の項に譲るとして、ここでは相加的資質の如何を考えることにします。

 まず上の5代半血統表で目立つのは、サンシモン St. Simon:4*5x5*6*6(15.6%、←ガロピン Galopin:5*6*7*8x6*7*7*7*8(10.2%))とハンプトン Hampton:5*7x5(7.0%)、次いでアイソノミー Isonomy:6x5(4.7%)、ベンドア Bend Or:6x6*6(4.7%)といったクロス。5代表では2種類だけのクロスになります。
 これは(アウトブリード寄りの血統表に慣れた)現代の我々の目にこそ並み程度の濃さと映りますが、当時としてはすっきりした部類の配合だったと思われます。
 特にメインとなる St. Simon のクロスは、父 Fairway が4x3(ダービー卿お得意の「奇跡の血量」)で持っていたものを、後方からソッとフォローした感じで、偉大な父をしっかり立てつつ、少し滑らかにマイルドに仕上げようという意図が見て取れます。

 しかも、上述4系統のクロスは、いずれもストックウェル Stockwell=ラタプラン Rataplan帥Lングトム King Tom のこれまた偉大な3兄弟(!)を共有する「同質な血脈」で、その相性の良さは言うまでもありません。
 おまけに7〜9代目にびっしりと29本(8.4%)並んだ3兄弟の母ポカホンタス Pocahontas [F3-n] のクロスなどを見ると、「あぁ、9代までのクロスで名配合がわかるというI理論は、こういう血統表を見て思い付かれたんだろうなぁ」と思えるほどの、不思議な説得力があります。
 クロスの種類を見ても、9代内で合計54種(8代内32種)と、弟たちに準じるシンプルなもの。

 以上をまとめると、要は構造としては3/4同血の弟たちとほとんど同じで、かなり完成度も高いが、一代ズレる分だけこちらが父寄り、という感じでしょうか。
 この配合から英ダービー馬が出たとしても、驚きはなかったろうと思えます。にも関わらず下の弟たちほどの成績を挙げられなかった所は、「陣営の期待が大成へと導くことも当然あるのだよ」なんてPOG処世訓を垂れてみたりして。r(^^;;


種牡馬としての*ハロウェー

 こうした配合の*ハロウェーですが、引退の後は、1945年から10年間、イギリスで種牡馬として供用されています。が、ステークス勝ち程度の実績では、きちんとした種牡馬として認められることはなかったようで、現地での産駒は、全くと言っていいほど世に出ていません

 特に当時は、クラシックか長距離金杯の類を勝って初めて一流馬である、というような堅い認識があり(何てことだ、今と逆じゃないか (- -;;)、*ハロウェーの扱いが軽くなったのも不思議ではありません。ただしその認識も、半弟のダンテ Dante が英ダービーをほぼ完璧な戦績で制覇することで、ある程度変わったことでしょう。後ヅケ的に「良血」化したこの種牡馬にも、繁殖牝馬は集まったはずです。
 …しかし、残念ながら私の粗末な調査では、日本輸入前に残した産駒を見つけ出すことができませんでした。m(_ _)ゞ
 産駒の血統さえわかれば、母方の血統的価値を計ることで、種牡馬*ハロウェーの置かれた状況もある程度推測できたのですが…。もしや大病でも患っていた(それともお忍びでインドあたりへ修行にでも行っていた)のでしょうか? A(^^;;

 日本輸入後の活躍を鑑みるに、「*ハロウェー輸入前産駒の謎」は依然大きな課題として残されています。※
※ うわぁ、とっても消化不良。r(^ ^;;; 真相をご存知の方があれば、掲示板メールにて、ご教示賜りますようお願い申し上げまする。<(. .)>
 # 折角だからこの機会にどうですか、そこの血統調査ヲタな貴方!(爆)

 さて、*ハロウェーが日本に輸入されて、当地でスタッドインしたのは1955(昭和30)年、すでに15歳の時のことでした。前年には Dante 産駒のダライアス Darius が英2000ギニーを勝っていましたから、実績のない年配種牡馬とは言え、少しは期待されての種牡馬入りだったのではないかと思われます。
 英ダービー馬を買い漁る現状からは、想像もしにくいことですが、当時の日本ではもっぱらこうした「お下がり」種牡馬を用いるのが一般的でした。*ハロウェーの1年後に導入された愛ダービー馬*ヒンドスタン Hindostan などは、あくまでごく例外的な存在に過ぎません。

 しかし果たせるかな、*ハロウェー産駒は初年度から良く走りました。セイショウ(1956 牡 黒鹿 ― 東京ダービー)オーユキ(1956 牡 鹿 ― 金杯)が先鞭を付け、2冠牝馬スウヰイスーの半弟ハローモア(1956 牡 栗)は、3歳でセントライト記念と菊花賞を続けて2着、4歳になって中山記念、5歳で毎日王冠、6歳で船橋のNTV盃を勝つなど、息の長い活躍を続けました。
 2年目の産駒からも、オークスに続き3歳で有馬記念までブッコ抜いた名牝スターロッチを筆頭に、トキノウィナー(1957 牡 鹿 ― 京都4歳特別、全弟キングダンディーもNHK杯勝ち)ショウザン(1957 牡 鹿 ― 京王杯SH、クモハタ記念)などを輩出。ちなみにここまでのうち、オーユキとショウザンを除く5頭は、すべて母父が月友、つまり3/4同血の配合でした。
 その後も*ハロウェーは、配合の幅を広げながら以下のような活躍馬を送り続け、亡くなった1964年(24歳時)に種付けした最後の世代からは、ダービー馬と中山大障害馬を出して面目を施しています。

ミスハツライ(1958 牝 鹿 ― 朝日CC、タニノハローモアの叔母で3/4同血)
シモフサホマレ(1959 牡 鹿 ― スワンS、安田記念、朝日杯3歳S-2着)
スズトップラン(1959 牡 栗 ― AJCC、目黒記念、天皇賞-3着)
ファラディバ(1959 牝 黒鹿 ― オークス-2着、皐月賞馬ファンタストの母)
アイテイオー(1960 牝 黒鹿 ― オークス、年度代表馬ヒカリデュールの祖母)
キクノスズラン(1962 牝 黒鹿 ― セントライト記念、クイーンS、桜花賞2着 他)
タニノハローモア(1965 牡 黒鹿 ―ダービー、京都新聞杯、中京記念、朝日CC 他)
ホンマルシロー(1965 牡 青 ― 中山大障害)
 こうして見ると、弟たちのように「明らかに牝駒の活躍馬の方が多い」わけではありませんが※ 牝馬クラシック絡みが目立つ(とりわけオークスは2勝2着1回)ような気はします。また、上に挙げたファンタストらの他、年度代表馬イシノヒカルに天皇賞馬カミノテシオ、快速サクライワイやスズハヤテ、グレートセイカンなどなど、母父に回っての活躍馬が多いのも特筆すべき点です。
※ 半弟たちの違いは「牝馬に対する認識や調教技術が未熟だった」日本競馬の歴史的特徴にその原因を帰することができるのではないかと。
 ですが、さらに俯瞰して見れば、リーディングサイアー争いの中での*ハロウェーは、ちょうど*ライジングフレーム(3年連続首位)から*ヒンドスタン(5年連続、7回首位)に覇権が移る時期に、これらに迫るも及ばなかった存在、というような位置づけになるでしょう。
 そういう意味では今日「一流種牡馬」として認識されることも、あまりありません。ただ、先に述べた代表産駒の面々を思い浮かべれば、つい「この評価はちょっとフェアじゃないよ」とも言いたくなります。

年度 首位 2位 3位 4位 5位
1959 *ライジングフレーム トサミドリ *ゲイタイム *ハロウェー シマタカ
1960 *ライジングフレーム *ハロウェー トサミドリ *ヒンドスタン *ゲイタイム
1961 *ヒンドスタン *ライジングフレーム *ハロウェー トサミドリ *ブッフラー
1962 *ヒンドスタン *ライジングフレーム トサミドリ *ゲイタイム *ハロウェー
1963 *ヒンドスタン *ライジングフレーム *ゲイタイム *ハロウェー トサミドリ
1964 *ヒンドスタン *ソロナウェー *パールダイヴァー *ライジングフレーム *ハロウェー

 *ハロウェーにとって不幸だったのは、質量ともに盤石を誇る*ライジングフレームの牙城を当初攻めあぐね、ようやく産駒の質量が揃ってきた時に、1年後発のシンザン新参者、*ヒンドスタンの産駒が大爆発を起こして「並ぶ間もなく」交わされてしまい、以来繁殖牝馬獲得の上でも決定的な差をつけられた、ということにあります。

 両者の明暗が分かれたのは、*ハロウェーの初年度産駒が5歳、*ヒンドスタンの初年度産駒が4歳になった1961(昭和36)年の春でした。この春、大レースは全て*ヒンドスタン産駒の独壇場となりました。桜花賞をスギヒメで勝ち、皐月賞はシンツバメ&イカホのワンツー、天皇賞・春は古馬ヤマニンモアーが制覇、挙げ句の果てにはダービーまでハクショウが優勝したのです。
 一方の*ハロウェー産駒はこの年、大きな所ではホマレタイコウの菊花賞3着が精一杯。特に前年有馬記念を勝っていたスターロッチが順調さを欠いて稼ぎ頭になりきれなかった(勝鞍は京王杯AHのみ)ことも、ひとつの原因ではあったでしょう。

 しかしファンや生産者は気紛れなもの (- -; 人気競走馬にならともかく、種牡馬に対してそんなに同情的に見てくれるわけがありません。かくして*ヒンドスタンと*ハロウェーとの間には、種付け相手の質量ともに大きな差が開き、両者の順位は二度と再び入れ替わることがなかったのです(それだけに、タニノハローモアのダービー制覇は余りに遅すぎたと言わざるをえません)。

 この辺り、近年にも似たケースは多々あるように思います。
 …そう、*ノーザンテーストから*サンデーサイレンスへの禅譲に伴って首位争いから後退した*リアルシャダイ、*トニービン、*ブライアンズタイムなどがそうですね。
 となれば、(*サンデーサイレンスさえいなければ首位を争うほど)個々の遺伝的資質が高いはずのこれらの種牡馬でさえも、また30年後に*ハロウェーと同じような文脈で語られるかもしれないのです。(- -;;

 勝者の実力がすべて、「勝てば官軍、負ければ賊軍」であるという(昨今流行の)ネオリベラリズム的歴史認識が、こうした空恐ろしく不気味な面を秘めていることは、決して忘れてはならないでしょう。

母系にひそむは死にあらず

 とはいえ、主流争いに敗れた種牡馬がひたすら忍従の日々を送るだけかといえば、さにあらず。
 ここで思い出していただきたいのは、母ローズィレジェンド Rosy Legend が持っていた特殊なX染色径路体上クロスの仕掛けは、トップライン(父系)よりもむしろボトムライン(牝系)にあってその力を発揮するものだったことです。
 また、*ハロウェー内に流れる「Hyperion と相性が良く、代が後退すれば Nearco とも上手くマッチする」血脈も、それほど簡単に価値を失うものではありません。

 スターロッチ、ミスナンバイチバンカブラヤオーらの祖母)をはじめ、*ハロウェーの子孫の多くが、ある程度年月が経ってから走る産駒を出すのも、こうした伏線があったからでしょう。

 そして21世紀を目前にした今、ついに*ハロウェーと*ネヴァービートをX染色体径路上でクロスした超配合牝馬から、ダイタクリーヴァというクラシック候補が出現しました。
 さしずめ、*ハロウェーの輝ける頂きは、ようやく厚い雲間からその姿を現しつつある、といった所です。(^^)

2000/01/13 ― ( Revised on 2000/01/18,03/07 )


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