「ダンテ系中興の祖」 デリングドゥ Derring-Do


名牝を横目に血を繋ぐ

 名馬ダンテ Dante の直仔にはすぐれた馬も多かったのですが、その内訳に多少の問題がありました。
 というのも、トップクラスのものとしては、アガ・カーン3世のディアブルレッタ Diableretta(1947 牝 栗 Dodoma ― チェリーヒントンS、クイーンメアリーS、ジュライS、モールクームS 他11戦8勝、英2歳牝馬チャンピオン。娘 Ginetta も仏1000ギニー制覇、末裔に Shergar ら)を筆頭に、ヴァルダッサ Val d'Assa(1947 牝 黒鹿 out of Lapel ― ファルマスS、ナッソーS-2着。*リンデントリーらの祖母)カーロッツァ Carrozza(1954 牝 黒鹿 out of Calash ― 英オークス、プリンセスエリザベスS、Matahawk の祖母)ディスコレア Discorea(1956 牝 鹿 out of Stella Polaris ― 愛オークス)リンゼイ Lindsay(1956 牝 out of Colombelle ― チェヴァリーパークS)などなど、牝馬ばかりがやたらに目立つ一方、牡駒ではわずか3頭ほどが名を成したに過ぎなかったのです。これは、Dante の競走能力が、母ローズィレジェンド Rosy Legend の資質に多くを負っていたこととも無縁ではありません。
 一般に、このように活躍馬が牝駒に偏る傾向を〈フィメールバイアス female bias〉、またそうした種牡馬を〈フィリーサイアー filly sire〉と呼びます。彼らが、母の父として優秀なのは当然ですね。

 が、それでも Dante の牡駒3頭は、諸縁を得て、それぞれに父系を盛り立ててゆきます。テシオの手になるトゥールーズロートレック Toulouse Lautrec(1950 牡 栗 out of Tokamura ― ミラノ大章典、イタリア大賞典 他)は故郷イタリアで成功、南アを経由して北米へと勢力を広げ、女王陛下のランドー Landau(1951 牡 黒鹿 out of Sun Chariot ― サセックスS)は輸出先のオーストラリアで成功しました。それに対し、本丸である欧州を守ったのがダライアス Dariusです。

 その名をアケメネス朝ペルシアの帝王に由来するこの鹿毛馬は、パーシー・ロレーン卿 Sir Percy Loraine の所有となり2歳時ジュライSシャンペンSを制して頭角を現わしました。
 クラシック戦線では、英2000ギニーでフランス馬*フェリオール Ferriol(1951 牡 黒鹿 by Fastnet ― ラロシェット賞 他3勝。フラワーウッド、ヒガシジョオー、ヤマニリュウらの父)以下を破って優勝。英ダービーでも直線一度は先頭に立ち、ネヴァーセイダイ Never Say Die(1951 牡 栗 by Nasrullah ― 英ダービー、英セントレジャー。*ラークスパー、*ネヴァービートなど産駒の多くが本邦輸入)の3着に入っています(Landau は4着)。
 その後 Darius は、アスコットのセントジェイムズパレスSで勝利して Landau とともに英マイル戦線を制圧しながら、半マイル距離の長いキングジョージVI世&クイーンエリザベスDSでもオリオール Aureole の3着と健闘しました。  4歳になると10ハロンのエクリプスSで勝利を飾り、中距離一流の実力を喧伝した末に、引退・種牡馬入りしています。

 この Darius の産駒にも、父ほどではないにしても〈フィメールバイアス〉が見られます(Friar's Daughter の影響か、それとも…)
 特にその名を高めたのは2頭の牝駒でした。バッチアーニ女伯によるピア Pia(1964 牝 黒鹿 out of Peseta ― 英オークス、チェリーヒントンS、ロウザーS、パークヒルS。Chief Singer らの祖母、*マザーメリーの曾祖母。全妹 Promessa は Seven Springs & Regal State の祖母)、およびフランソワ・デュプレ氏によるポラベラ Pola Bella(1965 牝 黒鹿 out of Bella Paola ― 仏1000ギニー、ムーランドロンシャン賞、仏グランクリテリウム-2着、仏オークス-2着、ヴェルメイユ賞-2着。Yashgan、*ペルセポリスらの祖母)は、いずれも華やかな競走成績を記し、繁殖入りしてからも良駒を送りました。
 母系に Darius を持つ馬は他にアブサロム Absalomアドニジャー Adonijahアルカンド Alcando*ヤマニンケイ Vrachosモンドリアン Mondrianサッチング Thatching などが挙げられます。
 他方、Darius の牡駒にはダーリングボーイ Darling Boy(1958 牡 栗 out of Shrubswood ― ジョッキークラブS、ラクープ 他11勝。オランダで種牡馬として成功)デリングドゥ Derring-Do(1961 牡 鹿 out of Sipsey Bridge ― クイーンエリザベス2世S 他)ヴェラーノ Verano(1962 牡 out of Varna ― 伊ダービー)ダートボード Dart Board(1964 牡 out of Shrubswood ― デューハーストS、英ダービー-3着。アルゼンチンで種牡馬として成功)などが出ました。
 これらの中から Derring-Do が、その特徴的な配合によって、Dante 系に新しい行き先を指し示す役割を果たします。

Derring-Do 1961 牡 鹿 / FNo. 21-a / Dante 系
Darius
1951 鹿
Dante
1942 黒鹿
Nearco
1935 黒鹿
Pharos
1920 黒鹿
Phalaris Polymelus
Scapa Flow Chaucer
Nogara
1928 鹿
Havresac Rabelais
Catnip Spearmint
Rosy Legend
1931 黒鹿
Dark Legend
1914 黒鹿
Dark Ronald Bay Ronald
Golden Legend Amphion
Rosy Cheeks
1919 黒鹿
St. Just St. Frusquin
Purity Gallinule
Yasna
1936 鹿
Dastur
1929 鹿
Solario
1922 鹿
Gainsborough Bayardo
Sun Worship Sundridge
Friar's Daughter
1921 黒鹿
Friar Marcus Cicero
Garron Lass Roseland
Ariadne
1922 鹿
Arion
1915
Valens Laveno
Post Horn Galloping Lad
Security
1912
Simon Square St. Simon
Trust Johnny Morgan
Sipsey
Bridge
1954 黒鹿
Abernant
1946
Owen Tudor
1938 黒鹿
Hyperion
1930
Gainsborough Bayardo
Selene Chaucer
Mary Tudor
1931 鹿
Pharos Phalaris
Anna Bolena Teddy
Rustom Mahal
1934
Rustom Pasha
1927 鹿
Son-in-Law Dark Ronald
Cos Flying Orb
Mumtaz Mahal
1921
The Tetrarch Roi Herode
Lady Josephine Sundridge
Claudette
1949 黒鹿
Chanteur
1942 黒鹿
Chateau
Bouscaut
1927 鹿
Kircubbin Captivation
Ramondie Neil Gow
La Diva
1937 黒鹿
Blue Skies Blandford
La Traviata Alcantara
Nearly
1940 鹿
Nearco
1935 黒鹿
Pharos Phalaris
Nogara Havresac
Lost Soul
1931 鹿
Solario Gainsborough
Orlass Orby
SireLine for Windows Ver1.50 - Build 547 / 9代クロス血統表はこちら

 Derring-Do は、イギリス・バートンアグネス牧場で生産されました。小柄で垂れ耳の、どちらかといえば見映えのしない馬であったと伝えられます。同世代には
*インディアナ Indiana(1961 牡 鹿 by Sayajirao ― 英セントレジャー、英ダービー-2着 他)などがいましたが、この馬はもっぱらマイル戦線を中心に活躍することになりました。2歳からインペリアルSおよびコーンウォリスSを勝ち、英ナショナルSは2着。フリーハンデでは3位に推されました。
 しかし、休養の間に大腸炎をわずらったため、翌年の滑り出しはひどいものとなります。英2000ギニーは見せ場なく、*ボールドリック Baldric(1961 牡 黒鹿 by Round Table ― 同年チャンピオンS勝ち。キョウエイプロミスの父)の8着。その後マイル戦線サセックスSクイーンエリザベスII世Sでは、いずれも同期の宿敵ローンロケット Roan Rocket(1961 牡 芦 by Buisson Ardent ― 他にセントジェイムズパレスSなど)、一歳上のリネカー Linacre(1960 牡 青 by Rockefella ― 他に愛2000ギニー)らの前に2着と敗れ、ハンガーフォードSを勝つにとどまりました。
 4歳になってようやく本調子を取り戻し、カヴェンディシュSに10ハロンのヴァルドーS、そして昨年敗れたクイーンエリザベス2世Sを勝って、一線級との評価を得ます。結局、ロッキンジSの3着も含め、通算14戦して 6-3-2-3 という成績でした。

 ただこの実績は、種牡馬候補として見る限り、中の上程度。となれば相手牝馬の質から考えても、歴史の地層へと埋もれる可能性は高かったはずです。にもかかわらず、翌1966年にスタッドインした Derring-Do は、たちまち現役時代以上の重要性を獲得して行きます。


祖霊を繋ぎとめよ

 Derring-Do の血統には、競走面よりもどちらかと言えば繁殖面で、効果を発揮する仕掛けがありました。さきほどの血統表をご覧下さい。
 5代アウトクロスで、Rosy Legend と Solario の相似性に基づいていた父 Darius の配合に比べ、Derring-Do は大胆な近交に挑み、成果を得ていました。そこでは Dante に対するもうひとつのニックス相手 Owen Tudor が援用され、さらには Nearco × Solario という配合の Nearly を配することで、父や祖父の配合が二重三重に強調されています。

 *シアンモア Shian Mor(1924 牡 黒鹿 Buchan ― モールクームS)の半妹であるロストソウル Lost Soul の牝系は、Bride Elect*ネヴァービートモンテプリンス兄弟らを擁した点で知られますが、英国系ゆえ Dante・Solario・Owen Tudor あたりとの接続機会も多く、ダンバーニー Dumbarnie(1949 牡 by Dante out of Lost Soul ― 名スプリンター Lochnager の父、Abergwaun の母父)デリングドゥ Derring-Do、そしてデュンカ Dumka(1971 牝 黒鹿 by Kashmir ― 仏1000ギニー。産駒に Daylami や Manndar の父 Doyoun、直系にチアズグレイス)などを送り出しました。
 なお、Lost Soul の姉妹牝系である Orison 系からも、Darlene(1955 牝 by Dante ― ナッソーS。Homeric の母)、先に挙げた Dart Board(1964 牡 by Darius)Coup de Feu(1969 牡 by *ホワイトファイア ― エクリプスS)Peleid(1970 牡 by Derring-Do ― 英セントレジャー)らが出ています。
 もし Dante を「母系に置いて便利なフィリーサイアー(性染色体が主体)」としてではなく、「父系を成し相加的資質の源となる種牡馬(常染色体が主体)」として見るのであれば、クロス・ニックスを縦横に用いたこの Derring-Do は、ほとんど模範的な手筋だったに違いありません。そもそも Dante はアウトクロスに傾いた完成度の高い配合でしたから、これくらい大胆な配合を行って資質を固定(すなわち〈ブリードアップ〉)しておかない限り、父系としては早々に衰退する運命にあったと考えられます。


 こうした血統背景を追い風に受け、Derring-Do は初年度から*ハンターコム Huntercombe(1967 牡 黒鹿 out of Ergina ― ジュライC、ミドルパークS 他)、3年目にはハイトップ High Top(1969 牡 黒鹿 out of Camenae ― 英2000ギニー、オブザーバーGC 他)を出して、種牡馬としても大いに成功します。
 ドミニオン Dominion(1972 牡 鹿 out of Picture Palace ― ペルス賞、バーナードバルークH 他)の渡米・活躍していた1978年には、ローランドガーデンズ Roland Gardens(1975 牡 out of Katricia)が英2000ギニーを制覇、カムデンタウン Camden Town(1975 牡 out of Camenae ― ジャージーS、ロッキンジS-2着。High Top の全弟)デリリン Derrylin(1975 牡 out of Antigua ― グリーナムS、ホーリスヒルS)も重賞を勝ちました。英リーディングサイアーランキングでは、この年英愛仏のダービーを席巻した Mill Reef、量的な成功を収めていた Petingo に次ぐ、第3位に入っています。
 惜しむらくはこの年、期待の高まる中で当の Derring-Do が死亡してしまったことでした。

 しかし残された Derring-Do の直仔は、(相加的遺伝に頼ったことで)繁殖成績も優秀なものが多く、Derring-Do はその後「種牡馬の父」として成功、父系をますます広げてゆきました。そのため、時代とその流行が移り変わった現在でも、Dante 系と言えば、それはかなりの割合で Derring-Do 系でもある、ということになります。
 言うなれば、フィリーサイアー Dante の系譜を、本当の意味で「父系」に変えたのが、Derring-Do だったわけです。
 誤解なきよう記しておきますと、種牡馬の父としての優秀さは、本来必ずしも牝馬の父としての優秀さを損なうものではありません。例えば、Derring-Do の牝駒スティルヴィ Stilvi(1969 牝 鹿 out of Djerella ― デュークオブヨークS、キングジョージS、英ナショナルS、スターフィリーズS、ナンソープS-2着 他。活躍馬 Tachypous、Tromos、*ターナボス、Tolmi の母)は、競走成績・繁殖成績ともに優秀でした。
 同じ意味で、かの*サンデーサイレンス Sunday Silence も常染色体の相加的な遺伝力が顕著に認められる種牡馬ですが、その牝駒は大活躍しています。問題になるのは、あくまでフィメールバイアスを有する種牡馬の産駒と比較した際の、相対的かつ統計的な優秀さに過ぎません。

東洋の砂に走る

 余談ながら現代日本にも、Derring-Do と同じ Lost Soul 一族の末裔で、かつ父方から Derring-Do の血を受けた馬がいます。

タイキヘラクレス 1996 牡 栗 / FNo. 21-a / Mill Reef 系 ― ダービーグランプリ
*イブンベイ
Ibn Bey
1984
Mill Reef
1968 鹿
Never Bend
1960 鹿
Nasrullah
1940 鹿
Nearco Pharos
Mumtaz Begum Blenheim
Lalun
1952 鹿
Djeddah Djebel
Be Faithful Bimelech
Milan Mill
1962 鹿
Princequillo
1940 鹿
Prince Rose Rose Prince
Cosquilla Papyrus
Virginia Water
1953
Count Fleet Reigh Count
Red Ray Hyperion
Rosia Bay
1977 鹿
High Top
1969 黒鹿
Derring-Do
1961 鹿
Darius Dante
Sipsey Bridge Abernant
Claudette
Camenae
1961 鹿
*ヴィミー
Vimy
Wild Risk
Madrilene Court Martial
Ouija
1971 黒鹿
Silly Season
1962 鹿
Tom Fool Menow
Double Deal Straight Deal
Samanda
1956
Alycidon Donatello
Gradisca Goya
*サウンドビューティ
Sound Beauty
1988
Be My Guest
1974
Northern Dancer
1961 鹿
Nearctic
1954 黒鹿
Nearco Pharos
Lady Angela Hyperion
Natalma
1957 鹿
Native Dancer Polynesian
Almahmoud Mahmoud
What a Treat
1962 鹿
Tudor Minstrel
1944 黒鹿
Owen Tudor Hyperion
Sansonnet Sansovino
Rare Treat
1952
Stymie Equestrian
Rare Perfume Eight Thirty
Hobe Sound
1982
Busted
1963 鹿
Crepello
1954
Donatello Blenheim
Crepuscule Mieuxce
Sans le Sou
1957 鹿
*ヴィミー
Vimy
Wild Risk
Martial Loan Court Martial
Tanella
1973
Habitat
1966 鹿
Sir Gaylord Turn-to
Little Hut Occupy
Nanette
1961
Worden Wild Risk
Claudette Chanteur
Nearly
SireLine for Windows Ver1.50 - Build 547

 ヘラクレスの血統では、
ヤマニンゼファー同様 Abernant ≒ Tudor Minstrel の〈3/4同血クロス〉を通じて Derring-Do が活かされています。おまけに、ここには Camenae ≒ Sans le Sou というもう一組の〈3/4同血クロス〉まで生じており、笠雄二郎氏の理論に触れた向きなどには、タマラない配合と言えるでしょう。
 当馬はすでに名古屋優駿(統一G3・名古屋ダート1900m)を勝っており、脚元さえ固まれば次代のスターになりえる存在、と鞘は見ます。→ その後統一G1ダービーグランプリを勝利。(^^)

1999/10/29 ― ( Revised on 2000/01/14 )
derring-do : (old use or humor) courageous action without thought of danger.(Longman Dict.)
ex. [1] Truman Capote : Music for Chameleons(1980) [2] http://www.derring-do.com


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