配合技法SUS【1】 〜 〈近交 inbreeding〉

…別に驚きゃしないさ、だって僕ぁ知ってるんだ。 ... Je savais bien qu'en dehors des grosses planétes
地球や木星、火星に金星みたいな、おっきくて comme la Terre, Jupiter, Mars, Vénus, auxquelles
名前を持ってる惑星以外にも、何百と星はある on a donné des noms, il y en a des centaines d'autres
んだ、ってね。あんまり小さいもんだから望遠鏡を qui sont quelquefois si petites qu'on a beaucoup de
覗いたって見つけられないのまであるんだよ。… mal à les apercevoir au te'lescope...
〜 サン=テグジュペリ A. d. St.-Exupéry『星の王子さま Le Petit Prince』 第4章 より


インブリードは不自然!?

 鞘次郎はサラブレッドの血統に関して、どちらかと言えばクロス・ニックス論(五十嵐良治、笠雄二郎、ケネス・マクリーン、アラン・ポーターら各氏の主張と作業仮説を含む)を支持する者ですが、この立場にあって最も困惑させられるのが、次のような批判に接した時です。
自称ナチュラリストの叫ぶには:
  「近親交配は、自然の摂理を冒涜する不自然な所業だ」
  「倫理的にも動物学的にも正しくないことだから絶対に止めた方が良い」
科学の徒をもって任ずる者のいわく:
  「インブリード配合で名馬が出るなんて、非科学的な迷信だ」
  「4x4のクロスなどというものは、確率的に考えれば、ほとんど意味がない
我苦笑せば、両者そろって憤慨し:
  「何を笑うか、我らが良識/論理の一体どこがどう可笑しいというのだ」
 うーん…もちろん、父と娘の交配というような極端な例については、あるいはそのリスクの大きさから避けるべきでもあるでしょう。が、4x4のインブリードについてまで上記のごとき理屈を持ち出すのは、ほとんど疑いなくナンセンスかつ不自然 (^^; なことではないかと鞘次郎には思われるのです。
 そこで本項では、サラブレッドの交配において最も重要な概念である〈近親交配 または 近交、同系交配 inbreeding〉について、生物学的知見を踏まえつつ(といっても高校レベルですが)、その意味を考えてみたいと思います。


メンデルの法則

 生殖と遺伝に関しては、やはりメンデル Gregor J. Mendel [1822-1884] の業績を抜きには語れません。植物育種を趣味とし、修道士となった後ウィーン大学で初等統計学を学んだ彼は、エンドウマメの栽培に統計的知識を適用して、独創的な実験を行いました。

 メンデルが仕入れたエンドウは合計34種類。それぞれ、黄色/緑色の豆、丸い/皺のある豆、サヤの膨らんだもの/しぼんだもの、花が茎に沿うもの/茎の先端に咲くもの、…などと明らかな違いを持つように揃えられていました。これらの豆を用いて、メンデルは次のような実験を行います。
 黄豆と緑豆の純系種(P1)のそれぞれから育てた花の間で人口受粉を行った結果は、すべて黄色の豆となりました(雑種第1世代:F1)。しかし、この黄豆を植え、育った後自家受粉させると、意外にも同じさやの中に黄色と緑、両方の豆が出来ました(雑種第2世代:F2)。しかも、その数は黄豆がおよそ6000個であったのに対し、緑豆は約2000個と、ほぼ正確に(…ちと正確すぎたりして ^^;)3:1 の比を示したのです。
 このような実験を重ねた末、メンデルは大枠で次の推論を下しました。


〜 メンデルの第一法則(分離および顕潜の法則) 〜

1. 一般にそれぞれの形質は対をなす2つの〈因子 factor〉によって決定されており、
  〈因子〉は生物体内で同型か異型の接合体として存在する。
2. この〈因子〉は配偶子(花粉や胚珠)の形成時に分離し、配偶子は対立因子の
  一方
しか持たない。
3. どんな形質でも、子供の世代は配偶子を通じて両親から〈因子〉を片方ずつ
  受け取る。もし片方の親が異型接合で〈因子〉をもっていれば、そのどちらかを
  同じ確率で受け取ることになる。
4. 〈因子〉には、異系接合で出会ったときに、現れやすいもの現れにくいもの
  あり、現れにくい因子は、それ同士つまり同型接合で出会ったときにだけ現れる。

 ここでいう〈因子〉こそ、後に〈遺伝子 gene〉として認められ、現れやすい/現れにくい因子は、それぞれ〈顕性 dominant/潜性 recessive〉の遺伝子として知られるようになったものです。ちなみに、これまで dominant/recessive の訳語としては、伝統的に〈優性/劣性〉という言葉が使われてきましたが、それ自体いかにも「優れていたり劣っていたりする」かのような勘違いを招きかねませんので、もはや新たに〈顕性/潜性〉と訳語を当てなおした方が良いかと思われます。
 メンデルの法則はつまり、ひとつの性質ごとに次の3パターンの〈遺伝子型 genotype〉があり、それは実際には2パターンの〈表現型 phenotype〉を発現する、ということを示したのでした。


第一法則の模式化

(P1) YY x yy → Yy (F1)
(F1) Yy x Yy → ?? (F2)

YY:顕性同型(ホモ)接合体 dominant homozygote
顕性の形質を発現する。両親の配偶子からそれぞれ顕性遺伝子を受け取っており、
  自らの配偶子にも顕性遺伝子を伝える。
Yy(=yY):異型(ヘテロ)接合体 heterozygote
顕性の形質を発現する。両親の配偶子からそれぞれ顕・潜性の遺伝子を1つずつ
  受け取っており、自らの配偶子には顕・潜性いずれか一方の遺伝子を伝える。
yy:潜性同型(ホモ)接合体 recessive homozygote
潜性の形質を発現する。両親の配偶子からそれぞれ潜性遺伝子を受け取っており、
  自らの配偶子にも潜性遺伝子を伝える。


よって、異型接合体同士の交配による雑種第2世代では、遺伝子型比は 1:2:1 を、
そして表現型比は 3:1 を示す。

 先ほどの黄豆と緑豆の実験で言うと、〈顕性遺伝子〉の〈表現型〉が黄色の豆、〈潜性遺伝子〉の〈表現型〉が緑色の豆であって、元の純系世代はそれぞれYYとyy、雑種第1世代はYy、雑種第2世代ではYY/Yy/yY(以上黄豆)/yy(緑豆)という〈遺伝子型〉を持っていたということになります。

 さらに、これは同時に例えば丸豆遺伝子Rと皺豆遺伝子rといった他の形質についても成り立つことから、続いて第二の法則が導かれました。


〜 メンデルの第二法則(独立の法則) 〜

 両親から雑種が作られるとき、異なる形質の対は、それぞれ独立に分離・接合し、
 他の対の形質に影響を与えない
第二法則の模式化

(P1) RRYY x rryy → RrYy (F1)
(F1) RrYy x RrYy → ???? (F2)

 2組の異なる形質を持つ純系種を掛け合わせた雑種第1世代は、すべて異系接合
 となり顕性側の形質を発現するが、次にそれら同士を交配した雑種第2世代の
 表現型比は、次の表から 9:3:3:1 を示す。


配偶子 RY Ry rY ry
RY RRYY RRYy RrYY RrYy
Ry RRYy RRyy RrYy Rryy
rY RrYY RrYy rrYY rrYy
ry RrYy Rryy rrYy rryy
遺伝子型 R*Y* = 表現型 丸黄豆 …同様に
R*yy = 丸緑 / rrY* = 皺黄 / rryy = 皺緑


 …このように、メンデルの発見(正確には予測)は驚くべき内容をもちながら、しかし当時の学会からも、おまけにダーウィン(13歳年上、すでに『種の起源』で進化論を提出)からも無視されてしまいました。論文発表から35年、メンデルの没後16年が経った1900年になってこの論文は「再発見」され、一躍注目を浴びて遺伝学の基礎と位置づけられるようになったのです。
 実際の所、遺伝子型と表現型の関係は、メンデルが扱ったエンドウほどわかり易い例ばかりではありません。遺伝子の中には連鎖的に働くため、表現型からは完全に分離できなかったり、特定の遺伝子型であっても曖昧な発現しかしなかったりと、メンデルの法則が当てはまらないものも数多く確認されています(連鎖については後ほど詳述)。それでも、法則を逸脱するケースにはそれぞれきちんとした理由・根拠があるわけで、遺伝を巡る問題の入口には、依然この法則が相応しいと思われます。

 翻ってサラブレッド血統との関係を考えると、巷に溢れる血統論の多くは、この〈メンデルの法則〉をほとんど無視していることに気付きます。それならそれで明確な論拠を示してくれれば構わないのですが、なかなかそんな記述にはお目にかかれません。
 クロス・ニックス論各種が基盤を置く〈近交〉の考え方も、辛うじて「潜性遺伝子のホモ化(同型接合化)による発現」という点からは認めうるものの、その大部分においてメンデルの法則との折り合いを付けられているとは言えません
 次にその辺りの一見矛盾する点について、遺伝学の発展を押さえながら考えてゆきましょう。


DNAと染色体

 メンデルが論理的に思い描き、20世紀に入ると、生物学者が本格的に追求し始めた〈遺伝子 gene〉は、その後ワトソン&クリックらの研究によって、二重螺旋構造を持つ高分子化合物〈DNA deoxyribonucleic acid〉として私たちの前に正体を現しました。その姿は、今やニュース番組にさえ登場するほどですから、もう一般常識と言って差し支えないと思いますが、ここではもう少しだけ詳しく見てみます。

 DNAは、A/G/T/Cという4種類いずれかの塩基を持つデオキシリボースとリン酸の単位が、数珠繋ぎに延々と連なった、きわめて細い「鎖」状の有機化合物です。ただし、鎖1本だけでは重要情報の保存法として不安定すぎますので、全く同じ2本の鎖が反対向きに――数字で言うと「69」のように――くっつき合い、さらにそのまま別の小さなタンパク質に巻き付いたり、クルクルと何度もねじれたりすることで、元の1000倍も太く短い形にまとまっています。この凝縮した棒状(細菌では環状)の構造体を、〈染色体 chromosome(s)〉と呼び、遺伝子の大きな単位として考えることができます。
 染色体の数は、人間では46本、家畜のウマでは64本です。この数は、ウマに寄生する回虫の2本から、ある種のサンショウウオが持つ106本まで、一般に偶数の値をとります。これは、先ほどメンデルの推論でもあったように、両親の配偶子(精子や卵子)から、それぞれ半分の染色体を受け取っているからです。つまりウマならほぼ同じ役目を担う32対の〈相同染色体 homologous chromosomes〉を持っている、という次第。またこれを、31対62本の〈常染色体 autosomes〉と1対2本の〈性染色体 sex chromosomes〉(X/Y染色体。哺乳類ではXXでオス、XYでメスになる。鳥類では逆)に分けることもできます。
 なお、染色体の長さは様々で、常染色体は普通長いものから順に番号が振られるのですが、Y染色体は常染色体のどれよりも短く、逆にX染色体は常染色体と比べてもほとんど最大の長さを誇ります。機能的にも、Y染色体に乗っているのはせいぜい「耳の毛」を司る遺伝子くらいであるのに対し、X染色体には「心臓のサイズ」からある種の「知能」といった形質までを司る、重要な遺伝子が乗っていることが判明しています。
 〈メンデルの第二法則(独立の法則)〉に当てはまらず、〈連鎖〉するように見える遺伝子があるのは、実に2つ以上の遺伝子が同じ染色体上に乗って、一緒に移動しているからなのですね。

 家畜のウマに関して言えば、染色体の本数は、サラブレッドもアラブもポニーも、輓馬に使われる重種ペルシュロンもブルトンも、基本的にはみな同じです。もともとウマ属ウマ科には、太古の原形であるヒラコテリウム Hyracotherium (子犬サイズで後脚は偶蹄)から始まって、大きく3回の放散種文化を経る中で、いくつもの野生種があったことがわかっています。現代に残っているものを見渡しても、ヤマシマウマ Equus zebra (染色体数32本)からモウコノウマ(プシバルスキーウマ) Equus przewalskii (同66本)まで、様々です。そして、紀元前3000年頃からモウコノウマをベースに品種改良が重ねられて、サラを含む家畜ウマ Equus caballus (同64本)が成立したのだと言われています。このように、染色体数は種にとって固有のものですが、不変というわけでもなく、長い時間の間には偶然の変異(特に転座)が定着することもあり、それに伴って、種が分かれたり融合したりすると考えられます。そしてウマの場合は、人為的な操作が自然淘汰をはるかに凌ぐ速度で種の改良(?)をもたらしたのでした。
 さて、遺伝の仕組みを考えるに当たって、ここまでで最も重要なのは、「両親から配偶子を通じて、それぞれ半分の染色体を受け取っている」というくだりでしょう。この〈減数分裂 meiosis〉のメカニズムこそ、メンデルの法則の正体であり、〈進化 evolution〉――生物(あるいは遺伝子そのもの)が安定性(多様性と流動性を含む)を保ち、時には複雑化しながら運営されていくシステム――の精髄に相当するものだと考えられます。
 大雑把に言えば、父親の染色体32対64本(うち1対はXとY)の中から、1対ごとに1本、合計32本が選ばれてある精子に入り、同じく母親の染色体32対64本(うち1対はXとX)中から32本が選ばれて卵子となります。それらが互いに出会って、32対64本の染色体を持つ子馬(うち1対がYとXなら牡馬、XとXなら牝馬)として産まれてくるのですね。
 農水省畜産試験場の家畜ゲノムデータベースにあるウマの染色体地図をご参照下さい。
 では、同じ両親から生まれるサラブレッド全きょうだいのDNAパターン、すなわち〈遺伝子型〉は、2の64乗=およそ1845京通りだけあると考えれば良いのでしょうか。
 これだけでも十分すぎるバリエーションに思えてしまいますが、実は違います。実際のバリエーションはもっと多いのです。


減数分裂における交叉

 減数分裂の初期、染色体は相同な1対ごとに向かい合って配置され、この時〈交叉(または 乗換え) crossing-over〉という現象が生じます。これは乱暴に記すと、片方の染色体が、途中でプチリと切れ、その切れ端が向かいの相同染色体に近づくと、そちらも切れてしまって接近してきた切れ端と繋がってしまい(不倫状態!?)、残った切れ端同士も仕方なく繋がる(W不倫でネジレ解決!?)という出来事です。ネジレはやがて解消しますが、結果として、本来別々のものだった相同染色体が一部入れ替わり、父由来の遺伝子と母由来の遺伝子が同じ染色体上に乗ってしまうことになります。

 この交叉という厄介なイベントが起こる確率(=〈交叉頻度〉もしくは〈組替え価〉)は、種や性齢、環境によって異なります。しかし、少なくともDNAの長い部分には、単純にそれだけ交叉が起こりやすい――すなわち、交叉の頻度は遺伝子間の距離に比例する――ことは確かです。
 したがって、メンデルが発見し前提とした〈独立の法則〉は、次のように書き換えられます。
 遺伝子が互いに別の染色体上に位置する場合は完全に独立しているのに対し、同じ染色体上の遠い位置にある場合はしばしば連鎖し、近い位置にある場合はほとんどの場合連鎖し、独立しない、と。
 これらの知見を加えれば、減数分裂後の配偶子が持つバリエーションは、もう超天文学的なスケールになります。にも関わらず、全きょうだい間では遺伝子のおよそ半分が共通する、という事実は(加齢による影響を除けば)依然変わりません。むしろ、染色体の本数が多くなり、交叉の起こりうる地点が増えれば、それだけ却って遺伝的分散は小さくなり、総合的に見て平均を逸脱するような個体は少なくなるのです。
 もちろん独立に遺伝しても構わず働くような(=純粋に相加的な効果を持つ)遺伝子であれば、この結果はさして問題ではありません。2+3が4や3になってしまう、というだけです。つまり生物の性質を導く遺伝子のそれぞれが、染色体上の非常に短い部分に込められており、またそれらが互いに関係しないとすれば、〈交叉〉の結果は、単に減数分裂のバリエーションを水増しするに過ぎません。
 しかし、実際の遺伝子解析が進むにつれ、そうではないことが判ってきています。もし、同じ染色体上にあって、連鎖的に協働してきた遺伝子群が、交叉によって別れ別れになってしまったら……あるいは、特定の酵素合成を担う遺伝子が途中で切断されてしまったら……その結果、親以前の世代で十分機能した遺伝子でも、その意味をほとんど失ってしまうでしょうし、ひどい場合には子どもの生存を危うくしかねません。
 要するに、どれだけ重要な遺伝子であっても、あまりに念を入れたり欲張ったりして長々と情報を盛り込めば、それは交叉による分断を受けやすくなり、結局無駄に終わることが多くなる、と言えるのです。「遺伝子の情報工学的ジレンマ」とでも言えましょうか。

 では、交叉も潜り抜け、大切な遺伝子をより確実に子孫へ伝えるためには、どうすればよいのか。…ここにきて、ようやく〈近交 inbreeding〉にスポットライトが当たります。


近交による固定=遺伝子のミラーリング

 ウマだけでなく、集団生活を営む社会的動物の多く(頂点はやっぱ昆虫かな)が採用しているのは、ある程度近親にあたる者同士で交配することで、「交叉が起こっても保存されるように情報を二重に持つ」という対策でした。そもそもDNAを二重螺旋で持つということ自体、冗長性によって置換や欠損などの変異に備える一種の対抗措置だったわけですが、減数分裂における交叉へ備えるために、同様の措置がもう一段重ねられた(…結果が社会性動物なるスタイルだった ´∀`;)と言えます。
 ※ コンピュータでも、こんな風に「フォールトトレラント」なディスクシステムがありますよね。そう、ミラーリングによるRAID(Redundant Array of Independent Disks)ってやつ。
 具体的に考えてみましょう。ある種牡馬が、ある有益な遺伝子を〈同型(ホモ接合)〉で持つ場合、1対の相同染色体上の向かい合う部分には、一定の長さだけ、同じ塩基行列が並んでいます。ですから、交叉がその遺伝子部分中のどこで起ころうと、どちらの染色体が選ばれようと、すべての精子には、この遺伝子がそのまま含まれてゆきます(厳密に言うと、転座なんかが起こっちゃえばご破算ですけども)。したがって、交叉頻度や連鎖・エピスタシスの状況にもよりますが、〈ホモ化〉すれば、遺伝の確率は〈異型〉の場合より、少なくとも2倍以上に増大するのです。


 ウマの場合のデータを示してこれを証明するのは、専門家でない拙には荷が勝ちすぎますし、ダイイチ長くて難しい説明になりそうです。ここはひとつ、想像力の翼を広げて〈思考実験〉と参りましょう。
 ごく大雑把に、ある染色体上に2つの「馬体の概要」を司る遺伝子座「A/a」と「B/b」があり、その両端間の交叉頻度が20%だと仮定します。そして「顕性遺伝子A」は小柄な馬格を与え、「潜性遺伝子a」は雄大な馬体を指示するもの、同様に「顕性遺伝子B」は華奢な骨格を、「潜性遺伝子b」は頑丈な骨格を伝えるものだ、と勝手かつ乱暴に - -; 想像してみます。
 「AB」を乗せた染色体と「ab」を乗せた染色体を持つ(二重異型接合体の)「小柄で華奢な」繁殖牝馬の場合、彼女の卵子には({100-20}/2=)40%でAB、同じく40%でab、交叉によって(20/2=)10%でAb、同じく10%でaBという遺伝子の組のいずれかが含まれることになります。
 一方、今回彼女の交配相手は「Ab」組と「ab」組の染色体を持つ(一重異型の)「小柄で頑丈な」種牡馬であるとすれば、彼の精子の(40+10=)50%にはAbが、50%にはabが含まれます。
 すると下表の1Aより、この交配からは45%の確率で母に似て「小柄で華奢な」子馬が生まれ、30%の確率で父に似て「小柄で頑丈な」子馬が生まれ、さらに20%の確率で(おそらく両親がともに「ab」遺伝子を乗せた染色体を持っていることから推測して)より以前の祖先一般に似て「雄大で頑丈な」子馬が、そして残り5%として「雄大で華奢な」子馬が生まれるだろう、と計算できます。


〜 一重異型接合体の種牡馬 × 二重異型接合体の繁殖牝馬 〜

表1A:遺伝子座A/aとB/bが同じ染色体上にあって20%の確率で交叉する場合

配偶子 AB(40%) ab(40%) Ab(10%) aB(10%)
Ab(50%) AABb(20%) Aabb(20%) AAbb(5%) AaBb(5%)
ab(50%) AaBb(20%) aabb(20%) Aabb(5%) aaBb(5%)

(表1A'=参考):A/aとB/bが同じ染色体上にあって交叉を考えない場合

配偶子 AB(50%) ab(50%)
Ab(50%) AABb(25%) Aabb(25%)
ab(50%) AaBb(25%) aabb(25%)

表1B:遺伝子座A/aとB/bが別の染色体上にある場合

配偶子 AB(25%) ab(25%) Ab(25%) aB(25%)
Ab(50%) AABb(12.5%) Aabb(12.5%) AAbb(12.5%) AaBb(12.5%)
ab(50%) AaBb(12.5%) aabb(12.5%) Aabb(12.5%) aaBb(12.5%)

遺伝子型 A*B*表現型 「小柄で華奢な」A*bb = 「小柄で頑丈な」
aaB* = 「雄大で華奢な」aabb = 「雄大で頑丈な」



 この中で「雄大で華奢な」産駒は、大成できずに終わる可能性が高い、という意味で相対的に不利であるかもしれません。またこの産駒は、繁殖入りしたとしても50%の確率で「aB」組の染色体を孫世代に伝えるため、不利さを一層拡大してしまいます。他の形質でよほど有利なものがない限り、残念ながら繁殖するチャンスも意味も少ないと言わざるをえません。
 もちろん「aB」組の染色体は、AaBbの遺伝子型を持つ「小柄で華奢な」子馬からも伝えられる可能性がありますが、その確率は交叉頻度の半分つまり10%であるため、水準は母馬と同じです。
 ここまで書けば、それを持つ者の一部が確実に「雄大で華奢な」ために不利な個体となる「aB」組の染色体こそ、長年の選抜で淘汰されてしまったはずのものだということに気付かれたでしょう。
 つまりここでは、そうして染色体レベルでは淘汰されてしまったはずのものが、〈交叉〉によって「低いけれど馬鹿にできない確率」で再出現しているわけです。

 これを、交叉の影響が無い、別の染色体上の遺伝子座だった場合と比べてみましょう。この場合、メンデル自身の〈独立の法則〉から、上表1Bのように表せます。
 「A/a」と「B/b」が別の染色体上にあれば、その結果は37.5%と12.5%で表される 3:3:1:1 の表現型比になります。表1Aの、同一染色体上にあって交叉を考える場合と比べて「雄大で華奢な」産駒の割合が大きく、不利であることがわかります。
 関連する情報は、できるだけ同じ染色体上の近い位置にあった方が、情報の伝達が行われた際、忠実に再現されやすいわけですね。


 では、次に〈近交〉によるホモ化の効用を考えてみます。

工事中この部分は現在工事中です。工事中

 例えば、もし種牡馬の方がそうであるように、繁殖牝馬の方でも「B/b」の遺伝子座をホモ化し、「Ab」と「ab」の染色体セットを持つようにすれば……そう、交叉が起ころうと起こるまいと、その両親からは50%の確率で「小柄で頑丈な」産駒が、同じく50%で「雄大で頑丈な」産駒が生まれてくる話になりますね。おまけにその産駒のいずれもが、「aB」組の染色体を持ちえない、てなことになって、「A/a」の遺伝子座をホモ化するよりも手っ取り早くて確実です。これが染色体レベルよりも一段進んだ遺伝子レベルでの淘汰、という次第。

 子馬世代についても同じことが言えます。この子馬が、もし父親だけでなく母親からも同じ遺伝子を受け継いだ(再びホモ化した)場合、この個体が作る精子または卵子は、交叉を含む自身の減数分裂の過程によらず、両親由来の遺伝子をほぼ確実に次の世代へ伝えることができます。

 この事実は、一見漠然とマクロな「種の保存」へ向かっているように見えますが、同時にまた、淘汰の基準を生物個体ではなく遺伝子に据えるべきだとするドーキンスの〈利己的遺伝子 selfish gene〉説にしたがえば、より重要な「遺伝子の自己保存・能動的複製」への道筋を示唆していることにも注意しておきましょう。
 わかりやすくするために想定が単純すぎましたが、近交によるホモ化、資質の固定とは要するにこういった過程の集積だということがおわかりいただけたのではないかと思います。実際、品種改良とは偶然に遭遇した形質から望ましいものを〈選抜 select〉し、その都度このように〈固定 fix〉して足場を固めながら、種の進化を目指す高みへと導いてゆく行為であり、その様はロッククライミングにも喩えられます。
 ただし〈ホモ化による固定〉では、個体や集団や種にとって有益でない、場合によっては不利な遺伝子を取り出すことができてしまうのも事実。ですから今度は、個体レベルでその遺伝子の表現型を試し、適切に〈選抜〉することが、〈固定〉のやり方以上に重要となってきます。
 品種の改良は、〈選抜と固定〉の両歯車が噛み合ってはじめて効果を上げます。たまたま〈選抜〉行為そのものが競馬という産業を形作り、人工授精の許されていないサラブレッドでは、いまだに〈固定〉の方法論が確立されていませんが(逆にダビスタでは確立されすぎなのよね -o-;)、農作物や食用家畜ではすでにこの両輪がものすごい勢いで回転していることを知っておいて損はありません。その血統表タルヤー…。
 いかん、また脱線する所だった。A(^^;; この辺でまとめましょう。

 近親交配による資質の固定、すなわち遺伝子のミラーリングは、大きな量の情報を次世代へ確実に伝達してゆくことを可能にしました。が、その反面、情報の質をより厳しく吟味する必要を生じたのです。
 ウマをはじめ、社会的動物の多くが、比較的遺伝子をよく共有する分、近親集団内で互助的に振舞う一方で、(もっぱらその牡個体について)厳しい選抜システムを課しているのは、このためだと思われます。
 有史以前よりウマたちと生活を共にしてきた人間は、彼らのそうした性質を見抜き、利用してきました。選抜、近親交配、そしてまた選抜。サラブレッド一頭一頭の身体、その細胞一つ一つに込められた遺伝情報は、いまや人間の膨大な作為の記録であり、それを解きほぐす有力な鍵は、血統表内に積み上げられたインブリードが握っています。


2001/09/06


応用としての〈望遠鏡効果〉

 ここまで述べたように、近交 inbreeding とは、特定の祖先が持つ有益な遺伝子をホモ化することで固定し、すぐれた資質が継承される可能性を高めようとする、ある意味で「自然な」行為です。
 では、より効果的に有益な遺伝子をホモ化するにはどうすればよいでしょう。

 近交には様々な観点・尺度がありますが、中でも最もクリティカルなのは、近交の対象となる特定の祖先です。上の問いへの答えは、その祖先自身が近交によって生まれ、かつ健康で優秀な馬であること。つまり近交の対象馬自身が、内包する近交により有益な遺伝子をホモ接合で保持していると、その効果は倍増するのです。言ってみれば、近交という「拡大レンズ」を2枚かそれ以上重ねて使っている、そんなイメージですね。この手法を看破された血統研究家・高柳”ねこや”氏は、これを〈近交馬の近交〉と名付けられました。が、ここではより象徴的に〈望遠鏡効果 telescope effectsと呼ぶことにしたいと思います。「望遠鏡を通じて、私たちは遥か彼方の天体を、まるで目の前にあるように大きく見ることができる」というわけです。

 正確に言うと、近交の対象となる祖先において、当時の一般水準よりも近交の度合いが大きく、ホモ化された遺伝子が多ければ多いほど(=近交係数が平均よりも高いほど)、その祖先を近交した場合の効果は(良くも悪くも)比例的に大きくなります。言い換えれば、ホモ化された遺伝子が当時の一般水準よりも少なければ(=近交係数が平均よりも低ければ)、少なくとも量的には、近交はその意義を持ちえません。
 「見かけの近交が、果たしてどれほど有効な遺伝子をホモ化しているか」は後代検定で調べなければならないとしても、上記から「一般に、近交馬を近交すると、同じレベルの能力を有する外交馬を近交するよりも、大きな効果をもたらす」点は間違いのない所でしょう。以下、事例を挙げつつ考えてみます。


血統史を貫く望遠鏡

 *ノーザンテースト Northern Taste にトウショウボーイ、*トニービン Tony Bin といった種牡馬が、当初の予想を上回る成果を上げえたのは、彼らの持つハイペリオン Hyperion の近交によるとはしばしば言われることです。
 その Hyperion 自身、セントサイモン St. Simon:4x3 〜 ガロピンGalopin:4*5*6x4*6 という鮮やかな近交を持っていました。さらに、Hyperion 内に濃い Galopin はヴォルテール Voltaire:4x4 の近交馬、Voltaire はまた当時一流の多重近交馬…という具合に、連綿と近交の連鎖が続く構造が、そこにはあります。
 史上でも屈指の解像度を誇る〈望遠鏡〉、それこそ Hyperion クロスの正体なのでした。

 Hyperion に限らず、1920-40年代に生まれたネアルコ Nearco、ブルドッグ Bull Dog など「黄金時代」の大種牡馬が、それ自体を近交した際、単純な確率論から期待されるより遥かに大きな効果を挙げたのは、彼ら黄金時代の種牡馬が St. Simon やそれ以前のハーミット Hermit、ストックウェル Stockwell の近交系を色濃く持っていたことと無縁ではありません。

 5代外交馬であるはずのリボー Ribot が、種牡馬としては立派な成績を残せた事実もまた、St. Simon の近交対象としての適正を示すとともに、テシオ一流の資質の見極めと選択的なラインブリードの適切さ(+オリン・ジェントリーの配合上手)を証し立てています。
 そもそも、5代外交ながら Ribot の近交係数は、ナスルーラ Nasrullah やノーザンダンサー Northern Dancer のそれを凌駕するのです。

 一方、米競馬史上屈指の強豪で「灰色の幽霊」と呼ばれたネイティヴダンサー Native Dancer も、選択的なラインブリードが見事な配合馬ですが、実はRibot よりずっと外交寄り(近交係数にして半分以下)の配合馬でした。そのためか、産駒にはあまり見るべきものがなかったようです。
 しかし、その2代前には強い近交を持つ祖先がひしめいており、それらが近交によって呼び覚まされてゆくと、俄然、血統表内で大きな影響力を発揮するようになり、ついには現代の2大主流系統を導くに至りました。一度そのような止揚を経た後、Native Dancer の近交は、変形の〈望遠鏡〉として機能しているのです。

 1990年以降、急激に効果を発揮するようになった
ノーザンダンサー Northern Dancer の近交も、似た原理に基づくものだと考えられます。
 Northern Dancer は〈望遠鏡〉効果を存分に発揮した近交馬で、素晴らしく優秀な種牡馬でした。ところが自身の近交は、初めの頃あまり成功しませんでした。
 Native Dancer がそうだったように、やがて Northern Dancer の2・3代前に潜んでいた近交馬ネアルコ Nearco、ハイペリオン Hyperion、マームード Mahmoud などがNorthern Dancer の後方でラインブリードを形成するようになると、Northern Dancer の近交もそれに相応しい成果を上げるようになります。
 いまや、「Northern Dancer の近交が明らかにマイナスである」と例証できる(しようとする)論者はいらっしゃらないだろうと思います。


サンデーサイレンスの止揚

 ここまでくれば、多くの方は「〈望遠鏡効果〉の概念を、現代の大種牡馬*サンデーサイレンス Sunday Silence に適用してみたい」とお考えになるのではないでしょうか。
 もちろん*サンデーサイレンスも、〈望遠鏡効果〉の産物です。彼は Mahmoud という近交馬の近交を持ち、Mahmoud は St. Simon などの多重近交馬です。これは*サンデーサイレンスの驚異的な成功を裏付けるものでしょう。同時に、*サンデーサイレンス自身の近交も、高い確率で成功するだろうと考えられます。

 しかし、そこにはなお幾つかの懸念があります。
 ひとつに、*サンデーサイレンス自身には、〈望遠鏡効果〉によって獲得された有益な遺伝子の他に、有害な遺伝子がホモ化している恐れも無いとは言えないこと。アメリカであれほど高い水準の能力を長い期間発揮した以上、その可能性は非常に小さい(その点、*ノーザンテーストよりずっと確実な)はずですが、*サンデーサイレンス自身においては、たまたま他の遺伝子座との関連などで、その遺伝子が働かなかった可能性もあります。
 ふたつ目は、*サンデーサイレンス近交が成功するためには、かつての Native DancerNorthern Dancer 同様、*サンデーサイレンスと一部共通の祖先を持つ「サポート血脈」が必要になるということです。現時点でそれを担いそうなのは、Almahmoud を共有する Northern Dancer 産駒群、Hail to Reason を共有する *ブライアンズタイム Brian's Time などですが、前者はいまだ中心が定まらず、後者はまだ実現機会少なく未知で、いずれも判じがたいものがあります。
 さらにこの点へは、近交のみならず、視野を広げ、外交や擬似クロスとの組み合わせで高度な止揚を図ることが求められます。いくつかのヒントはすでに提出されており、光が当るのを待っているに違いありません。
 鞘次郎は今の所、ダンスインザダークとスペシャルウィークの2頭が、次代への扉を開くのではないかと考えています。Nijinsky はサンデーに対する母父としては消化不良気味ですが、代を経てからを考えれば、なお最有力候補ではと。
 20世紀の100年間、ハクチカラやホオカノなどのわずかな例を除き、一度も欧米へ血統を還元できなかった日本が、21世紀に独自の貢献を行えるかどうかは、*サンデーサイレンスという稀有な血を、いかに止揚できるかにかかっています。*サンデーサイレンスの系統が育ち、自身の近交が花開く段階に至るまでに、この系統の中心が日本を離れてしまうようなことになれば(あるいはもっと情けないことに、その段階以前に国内で系統ごと飼い殺すような羽目にでもなれば)、再び「種牡馬の墓場」という嘲りを浴びることになりかねません。知恵を絞りましょう。


2002/01/06
See ― R.ウォーレス・他 著, 石川 統・他 訳:現代生物学(上・下), 1992, 東京化学同人
国立遺伝学研究所 NIG:遺伝学電子博物館
農林水産省畜産試験場:家畜ゲノムデータベース
安田徳一:集団遺伝学講座 第9回, 第14回
石丸のりりん:『月刊競馬情報』「ひねくれ者の血統論」 第3回, 第4回, 第5回
Anne Peters : Why Inbreeding ?


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