配合技法SUS【2】 〜 〈外交 outbreeding〉

愛の神は翼を広げ、復讐の弓を引き絞るや、 D'une de ses fleçhes cruelles,
一筋の残酷な矢を放ち、私の心臓を貫いた。 En partant, il me blesse au coeur.
〜 ドゥ・ラ・モット A. H. de la Motte『アリエット Ariette
「寂しい森の中で Dans un bois solitaire
 (→ ※モーツァルト:K295b/308) より


アウトブリード/異系交配って何なのさ?

 〈外交配 または 外交、異系交配 outbreedingと呼ばれる概念は、〈近親交配 または 近交、同系交配 inbreedingと一対のものとして、おそらく有史以前から家畜の品種改良において伝えられてきました。
 その意義は、個体レベルにおいては〈雑種強勢 hybrid vigor = ヘテローシス heterosis効果によって、近交による適応力の低下(〈雑種強勢〉に対し〈近交弱勢 inbreeding depressionと呼ばれる)を一時的に回避できること、集団レベルにおいては1個体では原理的・確率的に保存しきれない遺伝情報でも分散して保持してゆけること(集団全体の遺伝的多様性が大きくなるとは限らない)にあります。
 ※ サラブレッドの場合、適応力は大体4つに分けられます。1:疾病に対する抵抗力、2:育成・調教によって開発されるために必要な身体・知能面での能力、3:様々な条件の下での競走能力、4:子孫を残すための繁殖能力、といった所。これらは能力検定(レースだけでなく、競りや調教、繁殖活動、子孫での後代検定も含む)によって検証され、序列付けられ、劣ると判断された個体は容赦なく淘汰されます。
 20世紀の前半には、それを人間社会にも当てはめようとする恐るべき考え方、優生学が隆盛を誇り、戦争やホロコーストといった悲劇を招きました。
 したがって外交という考え方は、しばしば誤解されているような「異なる父系に属する両親による交配」を意味するわけではありません。いわんや「ゴドルフィンアラビアン系特有の異系の活力が…云々」などという記述の信憑性をや。

 外交によって、何が可能になるのか…もう少し具体的に考えてみましょう。近縁関係にない2個体を交配させると、その子供世代では、様々な遺伝子のうち主に潜性かつ有害な遺伝子がホモで固定されていた遺伝子座について、ヘテロ化することで発現を抑えてしまうことが可能になります。このような遺伝的にヘテロな個体は、多くの遺伝病(知能・心理的なものも含む)から自由であるため、一般に健康で高い能力を示します
 ただし原理的に、この健康さは基本的に次の代では遺伝しないものです。ヘテローシスは「滑り台」や「弓矢」にも喩えられるように、以前の代にホモ化した部分がヘテロ化された今回に限り効果をもたらすものであり、その恩恵にあずかった個体は、次の代、自らの子供にもう一度恩恵を授けることはできません。言うなれば「滑り台を滑り降りたら、もう一度階段を登らない限り(あるいは以前の階段がとてつもなく長くない限り)滑ることはできない」のです。
 遺伝的にかけ離れた、例えば別種の2個体から生まれる〈雑種 hybrid〉には、この極端な例が見られます。ウマを母親、(染色体がウマより1対2本少ない)ロバを父親とするラバは、頑健で病気に強く粗食に耐え、気性もおとなしく賢いため、古くから労役に使われてきました。しかしラバは完全不妊であり、決してその子孫を産むことはできません。
 ウマを父親、ロバを母親とするヒニーは繁殖能力を持ちますが、逆に頑健ではなく実用性に欠けます。難しいものですね。
 さて、雑種を純系化する途上にあるサラブレッドの場合、話は少し入り組んできます。6代外交馬が珍しく7代外交馬はほとんど見られないように、現在全ての個体は大なり小なり近親交配状態にあります(アングロアラブも大差ありません)が、その一方で、歴史をさかのぼるとわずか400年前には雑種に近い交配が頻繁に行われていたようです。
 現代のサラブレッドは、例外なく祖先の持っていた近交によって、遺伝子に大なり小なりの偏りがあると言えます。偏りの中には、ポカホンタス Pochahontas やセントサイモン St.Simon、レディジョセフィン Lady Josephine、ノーザンダンサー Northern Dancer ら少数の偉大な種牡馬・繁殖牝馬によってサラブレッドのほとんど全てに生じている〈共通の偏り〉もあれば、それとは別に特定の地域や一族系統に見られる〈独自の偏り〉もあります。
 それらの偏りは、代を経て選抜されるほど強まり(=純系化し)、決まった条件下で望ましい効果だけを残すようになってきているはずですが、野生の種のように何百万年もかけて慎重に行われたものではないため、実際には多分に選抜の過不足があり、望ましくない効果をもつ有害遺伝子(ただし潜性とは限らない)を残しています。
 そのためサラブレッドでは、野生の状態ではままある 2 x 3 の近交くらいで、隠れていた潜性の有害遺伝子が発現し、思いもよらぬ悪さをすることがあるのです。
 したがってここでは、サラブレッドの外交配を、近親交配 inbreeding の程度が小さくなるような配合、特に4代より近い地点に1組も同一祖先が位置しないようなもの」と定義しておくことにしましょう。


異系の活力!?

 〈独自の偏り〉について、もう少し説明を加えておきましょう。これは、巷に言われる異系の活力というものと、密接な、ただし誤解を招きやすい関係にあるからです。
 俗に異系の活力を導入するには、「異父系」や「マイナー血統」を加えるべきだなどと言われます。「異父系」云々は論外として、「マイナー血統を入れれば良い」というのはいかがでしょう。実はこれには一定の条件がくっつきます。
 結論から申せば、マイナー血統自体が、マイナーな近交による〈独自の(すぐれた)偏り〉を持っていれば良いのです。

 例えば、草創期の米競馬で名馬レキシントン Lexington の近交を重ねた快速ドミノ Domino の子孫、ブサックら仏生産者の下で独自路線を歩んだトゥルビヨン Tourbillon 系の一部、あるいはAラインやSラインといったドイツ牝系などは、いずれも当時世界的に珍しい近交系を持っており、同時にその選抜方法も他国とは若干異なるものでした。つまりこれらはいずれも遺伝子に〈独自の偏り〉がある可能性が高いということであり、その後世界の主流血統と混じってからも、父母のどちらかに濃く入ることで、小規模ながら〈雑種強勢〉効果をもたらすことができました。
 血統のグローバル化が進みつつある現在、そうした偏りを持つものは少なくなってきていますが、それでも「北米の一発大物種牡馬」アンブライドルド Unbridled (Rough'n Tumble:4x5、Aspidistra:4x4) や「南米生まれの野獣」サイフォン Siphon (Irish Song≒Eridan:3x3) などが、異系の活力と騒がれるような〈雑種強勢〉効果を発揮しています。前者が現代の主流ミスタープロスペクター系であることを指摘するまでもなく、〈雑種強勢〉効果は直父系・直牝系であるなしを問うものではありません

 〈独自の偏り〉が、単に珍しい血統を雑多に取り揃えているだけでは不十分で、それらがある程度近交でホモ化されている方が好都合なのは、どうしてでしょう。
 これは案外簡単な理屈です。というのも、珍しい血統を揃えた馬の雑多な遺伝子の中には珍しいものもそうでないものも混じっているはずで、(異祖ホモ接合=アロ接合 allozygote を避けて)〈雑種強勢〉効果をもたらすためには、そのうちの珍しい遺伝子がより確実に伝えられている必要があるからです。
 料理に喩えるなら「煮詰めすぎてしょっぱくなったソースを薄めたい時、そこらの鍋から適当な液体をブチ込めば、味はかえって濃くなるかもしれない。綺麗な水か、それがなきゃ(塩の入っていないことがわかっている)ワインを入れるもんだ。場合によっちゃワインがいい香り付けになることもあるさ」ってな所かと。
 宇田一氏の提唱した〈基準交配〉、笠雄二郎氏の〈1/4異系〉理論も、ここに根拠を置くものと考えられます。


工事中この部分は現在工事中です。工事中


2002/01/06
See ― R.ウォーレス・他 著, 石川 統・他 訳:現代生物学(上・下), 1992, 東京化学同人
国立遺伝学研究所 NIG:遺伝学電子博物館
安田徳一:集団遺伝学講座 第35回, 第36回
石丸のりりん:『月刊競馬情報』「ひねくれ者の血統論」 第3回, 第4回, 第5回
John Aiscan : BRAZIL - A leading country for "Outcross" in International Breeding.


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