偉大な早熟馬たち 〜 【1】仏2歳三冠馬(後)

 こちらからの続きです。



*マイスワロー My Swallow 1968 牡 鹿 / FNo. 2-g / Djebel 系
Le Levanstell
1957 鹿
Le Lavandou
1944 青鹿
Djebel
1937 鹿
Tourbillon
1928 鹿
Ksar Bruleur
Durban Durbar
Loika
1926
Gay Crusader Bayardo
Coeur a Coeur Teddy
Lavande
1936 鹿
Rustom Pasha
1927 鹿
Son-in-Law Dark Ronald
Cos Flying Orb
Livadia
1927 鹿
Epinard Badajoz
Lady Kroon Kroonstad
Stella's Sister
1950
Ballyogan
1939
Fair Trial
1932
Fairway Phalaris
Lady Juror Son-in-Law
Serial
1932
Solario Gainsborough
Booktalk Buchan
My Aid
1933
Knight of
the Garter
1921 鹿
Son-in-Law Dark Ronald
Castelline Cyllene
Flying Aid
1918
Flying Orb Orby
Aideen Hackler
Darrigle
1960 鹿
Vilmoray
1950
Vilmorin
1943
Gold Bridge
1929
Golden Boss The Boss
Flying Diadem Diadumenos
Queen of
the Meadows
1938
Fairway Phalaris
Queen of the Blues Bachelor's Double
Iverley Way
1939 鹿
Apron
1920
Son-in-Law Dark Ronald
Aprille Chaucer
Smoke Alley
1923
Drinmore General Symons
Mella Captivation
Dollar Help
1952 鹿
Falls of Clyde
1944
Fair Trial
1932
Fairway Phalaris
Lady Juror Son-in-Law
Hyndford Bridge
1932
Beresford Friar Marcus
Portree Stefan the Great
Dollar Crisis
1946 鹿
Pink Flower
1940 鹿
Oleander Prunus
Plymstock Polymelus
Silver Loan
1940
Loaningdale Colorado
Silver Steel Silvern
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 デイヴィッド・ロビンソン氏の*マイスワロー My Swallow は、イギリスでステークスデビューから連勝、次いでフランスでG3ボワ賞、G1ロベールパパン賞、モルニー賞、サラマンドル賞、仏グランクリテリウムと、7戦全てのレースを勝利で飾って、「近年最強の2歳馬」と激賞されました。確かに2歳三冠の達成は Nirgal 以来四半世紀ぶり、四冠は史上初の快挙ではあったものの、この評価にはそれ以上に、ロベールパパン賞でハナ差ミルリーフ Mill Reef (1968 牡 鹿 by Never Bend ― この年コヴェントリーS/英G2、ジムクラックS/英G2、デューハーストS/英G1など6戦5勝。翌年は英ダービー/英G1、「キングジョージ」/英G1、凱旋門賞/仏G1の欧州近代三冠を達成。通算14戦12勝) を下したことが大きく影響しています。
 この世代には、他にもブリガディアジェラード Brigadier Gerard (1968 牡 鹿 by Queen's Hussar ― この年ミドルパークS/英G1など4戦全勝。翌年以降も中距離で快進撃を続け通算18戦17勝、史上最強馬の一頭に数えられる)*リンデントリー Linden Tree (1968 牡 栗 by Crepello / 祖母父は Dante ― この年オブザーバーGC/英G1。翌年チェスターヴァーズ/英G3、英ダービー/英G1-2着) といった強豪がいましたが、2歳シーズンが終了した時点でのフリーハンデは、*マイスワローが133ポンドでトップウェイト、以下1ポンド刻みで Mill Reef、Brigadier Gerard とされています。

 翌年の*マイスワローはアッシャーSで復帰、これを制して8戦不敗で英2000ギニーに挑みます。同じく無敗が Brigadier Gerard、そして*マイスワロー以外には全て圧勝の Mill Reef ということで、他の馬は恐れをなして次々と回避。6頭立てとなったこのレースは、戦前から「史上に残る名勝負になるだろう」と熱い視線を注がれました。
 レースは*マイスワロー、Mill Reef、*ミンスキー、後方に Brigadier Gerard という展開。残り2ハロンあたりから前の両騎が激しく競り合う所を、Brigadier Gerard は加速しながらみるみる接近、恐るべき末脚で両ライヴァルを一気に交わすと、その差を3馬身まで広げてゴールポストを駆け抜けました。2着に Mill Reef、3/4馬身差で*マイスワロー3着。以下は大きく千切られていましたし、上位2頭のその後も考えれば、*マイスワローのこの3着には例年の勝利に近いか上回るほどの価値があると言えるでしょう。
 この後、当馬は3戦してスプリント戦ジュライCを*リアルムの2着したのみで引退しています。

 父のルルヴァンステル Le Levanstell Levmoss & Sweet Mimosa & Le Moss のステイヤー全きょうだいを出すなど、どちらかといえば重厚な種牡馬ですが、*マイスワローでは端正な Fair Trial 〜 Fairway & Son-in-Law クロス、それらを支える40本(血量9%強)もの St.Simon = Angelica ラインブリードに加えて、Flying Orb ≒ Perfection:5*6x6 に Gold Bridge を絡ませる工夫が施されていたため全く違ったタイプに出たのだと考えられます。ただ、それでも2000mくらいまではこなせたのではないかなぁ。
 引退後の同馬はアイルランドで6年供用され、ノーザンスプリング Northern Spring (1973 牡 out of Garrucha ― 伊グランクリテリウム。豪州で
Landau 牝馬との間に名繁殖 All Sold を出す)、アウターサークル Outer Circle (1973 牝 out of Saulisa ― プリンセスマーガレットS/英)アヴィアティク Aviatik (1974 牝 out of Agora ― 独1000ギニー。Astylos、Astico らの母) らを出した後、日本へ輸出されました。

 同馬を購入した早来・吉田牧場は、小規模ながらテンポイントで知られる名門牧場。*マイスワローは早速そのテンポイントの半姉オキワカに交配され、ワカテンザン (1979 牡 鹿 ― きさらぎ賞、皐月賞-2着、ダービー-2着) を出しました。
 また、同時期に購入されたアメリカの名牝*タイプキャスト Typecast (1966 牝 鹿 by Prince John ― サンセットH/米、サンタモニカH/米、マンノウォーS/米。娘プリティキャストは天皇賞逃げ切り) との仔ラッキーキャストは不出走のまま種牡馬入りし、ワカテンザンの半妹ワカスズランと交配されてフジヤマケンザン (1988 牡 鹿 ― 毎日王冠/G2、中山記念/G2、七夕賞/G3、そして香港国際C/HK-G2) を輩出しています。ご存知の通り、ケンザンが香港挑戦3回目にして勝ち取った勝利は、ハクチカラ以来36年ぶり、史上2頭目の「日本産馬による国際重賞制覇」でした。
 世界の競馬史上に残る名馬を輸入したからには、いかにしてもその血を伝え、土着の牝系と融合させよう、そしていつの日か必ず、その血を再び世界に示そう…。吉田牧場は「系統繁殖」を実践しながら、日本の馬産における最も尊い試みを、地道に続けています。



Nirgal 1943 牡 鹿 / FNo. 20-a / Tourbillon 系
Goya
1934 鹿
Tourbillon
1928 鹿
Ksar
1918
Bruleur
1910
Chouberski Gardefeu
Basse Terre Omnium
Kizil Kourgan
1899
Omnium Upas
Kasbah Vigilant
Durban
1918 鹿
Durbar
1911 鹿
Rabelais St. Simon
Armenia Meddler
Banshee
1910 鹿
Irish Lad Candlemas
Frizette Hamburg
Zariba
1919 鹿
Sardanapale
1911 鹿
Prestige
1903 鹿
Le Pompon Fripon
Orgueilleuse Reverend
Gemma
1903 黒鹿
Florizel St. Simon
Agnostic Rosicrucian
St. Lucre
1901 鹿
St. Serf
1887 黒鹿
St. Simon Galopin
Feronia [F8-d] Thormanby
Fairy Gold
1896
Bend Or Doncaster
Dame Masham Galliard
Castillane
1936
Cameronian
1928 鹿
Pharos
1920 黒鹿
Phalaris
1913 黒鹿
Polymelus Cyllene
Bromus Sainfoin
Scapa Flow
1914
Chaucer St. Simon
Anchora Love Wisely
Una Cameron
1922 鹿
Gainsborough
1915 鹿
Bayardo Bay Ronald
Rosedrop St. Frusquin
Cherimoya
1908 黒鹿
Cherry Tree Hampton
Svelte St. Simon
Castagnette
1924
Sardanapale
1911 鹿
Prestige
1903 鹿
Le Pompon Fripon
Orgueilleuse Reverend
Gemma
1903 黒鹿
Florizel St. Simon
Agnostic Rosicrucian
Casquetts
1913 鹿
Captivation
1902 鹿
Cyllene Bona Vista
Charm St. Simon
Cassis
1896 鹿
Morion Chaplet
Domiduca Isonomy
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 ちょうど
ダンテ Dante とサヤジラオ Sayajirao の間の世代、大戦末期に生まれたニルガル Nirgal は、血統からも窺い知れるように、あのマルセル・ブサック氏の自家生産馬です。
 40年代後半、ブサックは名実ともに絶頂期を迎えようとしており、自家生産馬のいずれかが常に大レースに登場し、人気の一角を構成するほどでした。その傾向はとりわけ2歳戦、クラシック、そして凱旋門賞において顕著だったと言えます。モルニー賞などは、デュルゼッタ Durzetta (1918 牝 by Durbar ― 他にフォレ賞。生産はデュリエ未亡人。姪で3/4同血の Durban とともに、1歳時ブサック購入) に始まり、セシアス Cecias (1930 牝 by Ramus ― Nirgal の母の姉) 以来は、ほとんど2年に1度のペースで我が物としています。
 その中にあって、唯一三冠を達成したのがこの Nirgal。当馬もご多分に漏れずブサック自慢の名牝系出身で、母は先の Cecias とともに、名馬ファリス Pharis (1936 牡 黒鹿 by Pharos ― ノアイユ賞、仏ダービー、パリ大賞の3戦のみ。もし中止されなければ英セントレジャー、凱旋門賞も…?) のイトコに当たります。

 2歳時は5戦して負け知らず、仏2歳三冠の達成は危なげないものだったようです。
 翌年も伝統のトライアル、グレフュール賞を2着。ところがこの後、病気に罹っていることが判明し、クラシックを断念する羽目になります。世代における主役の座は、一旦プランスシュヴァリエ Prince Chevalier (1943 牡 鹿 by Prince Rose ― この年仏ダービー、ロイヤルオーク賞-2着、凱旋門賞-2着。仏リーディングサイアー)スヴェレン Souverain (1943 牡 鹿 by Maravedis ― この年パリ大賞、ロイヤルオーク賞、翌年アスコットGC。*スコットの父) へ譲られました。
 Nirgal が復帰し4歳になった頃には、ブサックの同期馬で父の同じゴヤマ Goyama (1943 牡 栗 out of Devineress (by Finglas!) ― 2歳で古馬を破ってフォレ賞、3歳時ロイヤルオーク賞-3着。4歳時オーモンドS、コロネーションC、サンクルー大賞、翌年は凱旋門賞-2着。通算22戦11勝) も本格化しており、Nirgal の方は専ら「イギリスへの刺客」的な役割を担ってゆくことになります。
 本国のサブロン賞(※ 翌年よりガネー賞へと改称)、英ハーストパーク競馬場のウィンストンチャーチルSはともにシャンテュール Chanteur (1942 牡 黒鹿 by Chateau Bouscaut ― この後コロネーションCにも優勝。Derring-Do や*テュデナムの祖母父) の2着。
 やがて完全に復調し、華のロイヤルアスコット開催でハードウィックS、ニューマーケットではプリンセスオブウェールジズS(3着 Goyama)、ベルギーでもオステンデ大賞を制した Nigal は、その後もおよそ早熟馬らしからぬ、息の長い活躍を続けます。
 5歳時は、ボイヤール賞で僚馬 Goyama をクビ差押さえ優勝、ウィンストンチャーチルSは逃げた Sayajirao を2馬身差に切って捨て、グレートヨークシャーSでは上がり馬ハイステークス High Stakes (1942 セン by Hyperion ― ここまで5連勝。母は英オークス馬、米二冠の Pensive は3/4同血) をマッチレースの末に破りました。
 ただ、当馬は取りこぼしの多いタイプでもありました。この年も、連覇を期したハードウィックSは Sayajirao に逃げ切りを許し、クイーンエリザベスS(※ 3年後キングジョージVI世Sと合併昇華)は4着。さらに凱旋門賞では Migoli レコード駆けの2着、チャンピオンSでも2年連続の2着に留まっています。とはいえ、生涯で通算29戦14勝という戦績は立派の一言。

 当馬の血統構成は、一見して Sardanapale:3x3 による高圧配合。ところが意外なことに、祖先へ遡っていっても、St.Simon、Bend Or、The Palmer=Rosicrucian=Chaplet などのラインブリード以外に、ほとんどクロスを見つけることはできません。両親の世代が揃っている割にクロスの数は少なく、8代内18種、ないし9代内45種と、ケルソ Kelso やシーバード Sea Bird にも比肩しうる、相当シンプルな水準にあります。またサルダナパル Sardanapale 自身6代外交馬であったことから、このクロスも効果は案外強くない、と考えられます。
 強烈な近交配合ゆえに成功し、後にはそれゆえに没落した、と単純に論評されることが多いブサックですが、当馬のように「自身は近交配合だが、父母が外交馬だったため、実は結構外交寄り」という形(例:Cillas、Arbar、Coronation、Apollonia)、あるいは「近交馬同士の組み合わせだが、結果は逆に外交」という形(例:Djebel、Caracalla、Corejada、Dankaro) ――正確には、それらの交互な繰り返し―― で、多くの活躍馬を送っている点は見逃せません。

 Nirgal は引退後アメリカに送られ、優れた早熟馬ネイル Nail (1953 牡 by Nirgal ― フューチュリティS、レムスンS。Globemaster の半兄) らを出しました。近交度の内実を映すかのように、総じて成功したとは言い難いものの、*イエラパ Yelapa (1966 牡 黒鹿 by Mossborough ― 仏グランクリテリウム。サンドピアリスの母父) や名牝トリプルファースト Triple First (1974 牝 by High Top ― ナッソーS、サンチャリオットS、メイヒルS、ミュジドラS、キャンデラブラS。Maysoon、Three Tails、Third Watch、Richard of York らの母) の母系に入って、今でも渋い働きをしています。おそらくこれには、X染色体径路上の St. Simon や Rosicrucian=Chaplet が関わっているのでしょう。



Mistress Ford 1933 牝 鹿 / FNo. 2-d / Blandford 系
Blandford
1919 黒鹿
Swynford
1907 黒鹿
John o'Gaunt
1901 鹿
Isinglass
1890 鹿
Isonomy Sterling
Dead Lock Wenlock
La Fleche
1889 黒鹿
St. Simon Galopin
Quiver [F3-e] Toxophilite
Canterbury
Pilgrim
1893
Tristan
1878
Hermit Newminster
Thrift Stockwell
Pilgrimage
1875
The Palmer Beadsman
Lady Audley Macaroni
Blanche
1912 鹿
White Eagle
1905
Gallinule
1884
Isonomy Sterling
Moorhen Hermit
Merry Gal
1897 鹿
Galopin Vedette
Mary Seaton Isonomy
Black Cherry
1892 黒鹿
Bendigo
1880 黒鹿
Ben Battle Rataplan
Hasty Girl Lord Gough
Black Duchess
1886 黒鹿
Galliard Galopin
Black Corrie [F3-o] Sterling
Polly Flinders
1924 鹿
Teddy
1913 鹿
Ajax
1901 鹿
Flying Fox
1896 鹿
Orme Angelica
Vampire Galopin
Amie
1893
Clamart Saumur
Alice Wellingtonia
Rondeau
1900 鹿
Bay Ronald
1893 鹿
Hampton Lord Clifden
Black Duchess Galliard
Doremi
1894
Bend Or Doncaster
Lady Emily Macaroni
Polloia
1910
Polymelus
1902 鹿
Cyllene
1895
Bona Vista Bend Or
Arcadia Isonomy
Maid Marian [F3-f]
1886 黒鹿
Hampton Lord Clifden
Quiver [F3-e] Toxophilite
Don's Birthday
1902
Donovan
1886 鹿
Galopin Vedette
Mowerina (F7-2) Scottish Chief
Tay
1895
Bend Or Doncaster
Buy a Broom Wisdom
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 2歳時に牝馬が牡馬と互角に渡り合うことは珍しくありませんが、仏2歳三冠を達成したのは、これまでミストレスフォード Mistress Ford ただ一頭です。
 大戦直前の馬ということもあり、残念ながら鞘次郎はこの馬について、まだ詳しく調べられていません(同期の独女王 Nereide にも謎が多いですしねぇ。1歳上の Corrida とは対戦したのかな? …何かご存知の方は是非ご教示を。)。m(_ _)m
 ただ、翌年も仏オークス、そしてヴェルメイユ賞を制し、この年の仏3歳女王に輝いたことは間違いないようです。

 Mistress Ford の血統は、Black Duchess:4x5〔伴性血縁表記では3x3〕、Bend Or:5*5〔同4*5〕、Scottish Chief:7x6〔同5x5〕を始め、X染色体径路上クロスが縦横に張り巡らされた構成となっています。Black Duchess 内の Macaroni を母父祖母からもう一本導入し、そこに祖母内の Quiver まで絡めているのは秀逸の一語に尽きますね。
 そのためか彼女は繁殖牝馬としても優秀で、直仔にミステリー Mystery (1948 牡 鹿 by Tehran ― エクリプスS)、孫にダンディドレイク Dandy Drake (1950 牡 鹿 by Admiral Drake ― リュパン賞)*バルバール Barbare (1963 牡 鹿 by Sicambre ― フォンテヌブロー賞、フォレ賞、仏2000ギニー-2着、リュパン賞-2着。仏ダービー馬 Policeman や名繁殖ネーハイビューテイの母父) を送りました。
 直牝系はその後も地道に枝を広げて活躍馬を出し、ブラジルに渡った一族の末裔には、あのリボレッタ Riboletta (1995 牝 鹿 by Roi Normand ― リオオークス/伯G1 のち渡米、5歳時には米G1を5勝の大活躍。全弟 Super Power もリオ三冠馬) が出ています。
 Blandford と Teddy による Black Duchess(+Jocose)のX染色体径路上クロスは、後にもう少しマイルドな形でフェアシェア Fair Share (1957 牝 鹿 by Tantieme ― *シリコーン、Karabas、Fair World らの母)ピクチュアパレス Picture Palace (1961 牝 鹿 by Princely Gift ― Prominent、Dominion らの母)、そしてスペシャル Special (1969 牝 鹿 by Forli ― Nureyev、Number らの母。Sadler's Wells、Fairy King、*ジェイドロバリーらの祖母。Black Duchess 以外に Isinglass:5x5*6、Kendal:5x6、St. Simon:5x6、Hampton:6x6 の伴性血縁クロス。最良の後継 Fairy Bridge では Teddy がもう一本乗ってくる) といった名繁殖を形作りました。


Brantome 1931 牡 鹿 / FNo. 27-a / Blandford 系
Blandford
1919 黒鹿
Swynford
1907 黒鹿
John o'Gaunt
1901 鹿
Isinglass
1890 鹿
Isonomy Sterling
Dead Lock Wenlock
La Fleche
1889 黒鹿
St. Simon Galopin
Quiver [F3-e] Toxophilite
Canterbury
Pilgrim
1893
Tristan
1878
Hermit Newminster
Thrift Stockwell
Pilgrimage
1875
The Palmer Beadsman
Lady Audley Macaroni
Blanche
1912 鹿
White Eagle
1905
Gallinule
1884
Isonomy Sterling
Moorhen Hermit
Merry Gal
1897 鹿
Galopin Vedette
Mary Seaton Isonomy
Black Cherry
1892 黒鹿
Bendigo
1880 黒鹿
Ben Battle Rataplan
Hasty Girl Lord Gough
Black Duchess
1886 黒鹿
Galliard Galopin
Black Corrie [F3-o] Sterling
Vitamine
1924 鹿
Clarissimus
1913
Radium
1903 黒鹿
Bend Or
1877
Doncaster Stockwell
Rouge Rose [F1-k] Thormanby
Taia
1892 鹿
Donovan Galopin
Eira Kisber
Quintessence
1900 鹿
St. Frusquin
1893 黒鹿
St. Simon Galopin
Isabel Plebeian
Margarine
1887 鹿
Petrarch Lord Clifden
Margarita The Duke
Viridiflora
1912 鹿
Sans Souci
1904 鹿
Le Roi Soleil
1895
Heaume Hermit
Mlle de la Valliere Udacza
Sanctimony
1896 鹿
St. Serf St. Simon
Golden Iris Bend Or
Rose Nini
1901 黒鹿
Le Sancy
1884
Atlantic Thormanby
Gem of Gems Strathconan
Rosewood
1883 鹿
Silvester St. Albans
Rosary Knight of the Garter
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 史上初の2歳三冠馬にして、Sea Bird 同様フランス競馬史にその名を刻む存在、ブラントーム Brantome。この馬については拙稿よりも山野浩一氏の記述『伝説の名馬 PartIII』に当たっていただく方が良いでしょう。
 とは言え、ざっと足跡を辿るだけでも窺い知れるほど、Brantome の名馬ぶりは際立っています。

 ロトシルト(=ロスチャイルド)家の5代目当主エドゥアール・アルフォンス・ド・ロトシルト卿は、偉大なハーミット Hermit (1864 牡 栗 by Newminster ― 英ダービー、セントジェイムジズパレスS。7年連続英リーディングサイアー。今や直父系はクォーターホースに残るのみ) の直孫にサンスーシ Sans Souci II (1904 牡 鹿 by Le Roi Soleil ― リュパン賞、パリ大賞。仏リーディングサイアー2回。
Rosy Legend の祖母の半弟) を生産し、この名馬の姿や走りをこよなく愛しました。
 ただし、Sans Souci が伝える形質は決して強力なヘリタビリティを持たなかった(=つまり競走馬として望ましい性質だが、伝わりにくかった)上、母方が新興主流血統でアウトブリードにもなりにくかったため、卿はその配合計画に腐心することとなりました。
 最高傑作となった Brantome では、Sans Souci と同じようにヘリタビリティの弱い血脈を組み合わせ、ラインブリードを慎重に配してゆくデザイン手法が用いられています。当項で取り上げた8頭の中で、もっともインブリードが弱いのはこの馬ですね。
 逆に、半妹クルディテ Crudite (1911 牝 栗 by La Farina ― パリ大賞) では、Sans Souci:2x3 〜 St. Simon:4*5x5*6、Bend Or:5x4*6 という激しいインブリードが行われました。
 Brantome は2歳の6月にデビューし、そのまま2歳三冠をことごとく楽勝で駆け抜けました。ロベールパパン賞の勝ち時計は1.15.2のレコード。ピッチ走法で相手を寄せ付けないその走りは、一体どれだけ鮮烈な印象を与えたのでしょう。三冠の着差はどれも2馬身以内だったというのに、フリーハンデでは2位に3.5キロ差の63キロという法外な数字が付けられています。
 翌年は5月のマイル戦セーヴル賞を6馬身、仏2000ギニー(当時はまだ並の重賞扱い)ではアドミラルドレイク Admiral Drake に3馬身差の楽勝。伝統のリュパン賞でも距離不安を感じさせずに2馬身半差を付けると、もはや Brantome の評判は天井知らずでした。
 巷では「次走は英仏どちらのダービーか」「英にも9戦無敗のコロンボ Colombo がいるが、やはり Brantome が強いのではないか」「いやいや同じ Blandford 産駒の上がり馬ウィンザーラッド Windsor Lad も侮れない」…と予想談義に花が咲いていました。ところがその折も折、Brantome は厩舎に蔓延したインフルエンザにかかり、どちらのダービーも幻となってしまいます。それでも、Colombo を抑えて Windsor Lad がエプソムダービーを勝った時、あるいはその後 Admiral Drake がパリ大賞を勝った時、多くのフランス人はその前に Brantome の姿を夢見ていたのでしょう。

 悲運な英雄の復帰戦はロイヤルオーク賞。休養前の行きっぷりが見られず後方追走するその姿に、ざわめきが悲鳴へ変わろうとする瞬間、一気に加速した Brantome は、ゴールポスト前クビ差でアストロノメル Astronomer を交わしていました。
 3歳最後の凱旋門賞では、アガカーンIII世のフェリシテイション Felicitation (1930 牡 鹿 by Colorado ― ミドルパークS、この年アスコットGCなどを勝った英最強馬) を交わし、アシュリエ Assuerus (1930 牡 by Asterus ― サンクルー大賞などを勝った仏古馬代表) の追撃も振り切って、9連勝を飾ります。この年のフリーハンデでは、Admiral Drake や Easton を5キロ近く凌ぐ、68キロという数値が与えられました。
 翌年も現役を続けた Brantome の陣営は、前哨戦から春のカドラン賞アスコットGCと4000m級の最強路線を計画します。カドラン賞で15馬身差のレコード勝ちを遂げ、連勝を11と伸ばした Brantome には、同期の英二冠馬 Windsor Lad も恐れをなし、GC回避を表明するほどでした。ところが好事魔多し、Brantome はアスコットGCの前哨戦に出走すべく移動中、車道を走り出して標識に激突、外傷を負ってしまいます。迷った末にGCへ出走させた陣営は、ティベリアス Tiberius の5着と生涯初めての敗北を喫する姿を見て、大いに後悔することとなりました。
 最後の秋はプランスドランジュ賞から凱旋門賞連覇を狙うも、本番でサモス Samos 以下牝馬3頭に先着されて4着。さすがにお疲れ気味と見えて、引退の運びとなっています。

 種牡馬としての Brantome は、初年度にモンタニャーナ Montagnana (1937 牝 鹿 out of Mauretania ― 戦後 Violoncelle、Ocarina、*ガーサント、Flute Enchantee を産み、Flute Enchantee は Luthier の母となる) などを出したものの、大戦が始まると、ユダヤ人富豪を目の敵にするナチスドイツによって、接収の憂き目に遭います。
 決して扱いは良くなかったにも関わらず、この接収期間中 Brantome が残した影響は大きく、後に母父としてカリベール Kaliber (1951 牡 by Wirbelwind ― 西独ダービー)キロメートル Kilometer (1953 牡 by Alizier ― ウニオンレネン、西独ダービー。父もロトシルト家の名種牡馬で父母相似) の兄弟ダービー馬を出しました。
 同様にベルリンの壁の向こう側でも、パーチェ Pace (1951 牡 by Airolo ― 東独ダービー、東独大賞。母父 Brantome、祖母は仏オークス馬でその母父が Sans Souci) からメールニンフェ Meernymphe (1967 牝 by Imperial ― 東独オークス&ダービー。祖母父 Brantome、父の母方に Blandford & Clarissimus。直仔に東独オークス馬や最後の東独大賞勝ち馬) まで、4頭の東ドイツダービー馬を出しています。
※ 魔春さんとwilde katzeさんによる 東独の名馬 を参照のこと。
 戦後、片目の視力を失ってロトシルト卿の元に戻ってきた Brantome は、数年後、卿の死を追うように亡くなります。6代目ギイ・ド・ロトシルト男爵の手には、その産駒 ヴューマノワール Vieux Manoir (1947 牡 鹿 out of Vieille Maison ― パリ大賞。Le Haar や Val de Loir を出し、仏リーディングサイアー)ドラゴンブラン Dragon Blanc (1950 牡 黒鹿 out of La Dame Blanche ― 仏グランクリテリウム。従兄弟に*ディクタドレークや*ダイアトム。ブラジルの名種牡馬) が遺されました。
 これらから紡ぎ出され、Blandford 系最後の栄光を支えた系譜には、いまだかすかにロトシルト家の意志が刻印されています。例えばマル地の女傑パルブライト (1992 牝 鹿 by *ペイザバトラー ― 東京3歳優駿牝馬、大井記念、新潟記念/G3、函館記念/G3) は5代アウトの血統構成でしたが、後方、特に Brantome の辺りを観察すると…。


結び:早熟名馬概説

工事中この項目は現在工事中です。


2000/04/25 ( ― Revised on 2001/07/06,30 )


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