PROFILE



NEDVED君 

なぜこのHNなのかは俺にもわからん。
パヴェル・ネドベドは確かに好きなプレーヤーだ。
しかし、俺の中ではファンバステンやMプラティニ程のランクではない。
世が世なら、サビチェビッチ君やカントナ君だった可能性もあった。


ベガルタ仙台

旧ブランメル仙台から早8年目のシーズンを向かえ、ついにJ1という日本最高峰ステージに参入することになりました。

俺も少しずつ年取ってきたよ。

もともと82年W杯スペイン大会のNHK中継でサッカーの面白さ(凄さ)に感銘を受け、4年に一回のW杯、毎年の日韓定期戦、
冬の日本リーグの中継、高校選手権、年一回のトヨタカップ、天皇杯決勝、深夜にやっていたダイヤモンドサッカー、
ほとんど見てたよ。っていってもサッカーがメディアに露出するってのが当時はそれぐらいしかなかったんで・・・。
トヨタカップなんてホントに一大イベントだったんだぞ(当時ホントに世界一決定戦と信じていた)。
そして時は流れ、運命のJリーグ開幕→ドーハの悲劇→大ブーム。これで毎週サッカーが見られると思って感動しました。
当時は民放でもかなりの数のJリーグ番組やってて楽しかったな〜(今ではスパサカくらいか)。

んでも、Jリーグが出来て気付いたんだよな、なんかオカシイぞって。
当時基本的なスタンスとしてはアンチ読売・日産・鹿島で、弱い浦和や名古屋、新しい清水などを応援
(というか、試合の時どっちかに肩入れしないと面白くないんで)していたんだが、
浦和や清水のゴール裏の連中が熱く応援しているところを見ながら、
なんで俺はこんな縁もゆかりもないチームに肩入れしないとダメなんだ?
”仙台にもJリーグチーム出来ね〜かな”って、せめてJFLにでも居ればな〜、試合見に行くのにって。
そんなことを思いながら社会人になりたての俺は仕事(当時:郡山)に集中してたんだが、
風の噂で仙台でも東北電力のサッカー部を強化してJFLに参戦する計画があるみたいだ、ということを聞いて
ワクワクしました。

JFL昇格を決めた刈谷でのエンリケのゴールTV(cabu宅)で見ました。
チーム名は”BRUMMEL仙台”と垂れ幕を勾当台公園で発表したニュースは忘れられません。
なんてカッコイイチーム名なんだと思いましたよ(旗とかロゴとかは田舎くさかったが・・・)。

一年目、阿部良則(Jリーグ・A・GO・GO!で仙台最高っすよって言ってくれたのは忘れません)山口貴之や
河本君(ヴェルディ)の加入でなんとかしようとしたが元々は東北電力、結果はダメダメ、福島FCよりも順位は下。
んでも愛すべきチームがあることの幸せで、武一の自由奔放サッカーでこのままじっくりと強くなってくれればな〜
と思っていた。しかし、仙スタの建設の絡みもあったと思うが2年目に一か八かの賭けに出てしまい失敗
(俺はこのあまりに急な補強が嫌になって、2年目のシーズンはあんまり見なかった)。
3年目ゾーンプレスの創始者と言われた(ホントか?)エルスナーを監督に迎え再び見てみるかと思いはじめ、
maritamaも郡山に来たことにより再び利府に足を運ぶようになった。
そして仙スタの完成。

仙台にこんなスタジアム作っていいのか?観衆約2万人。
観衆のほとんどが仙台を応援(声出すとかじゃなくて、無意識のうちに仙台に肩入れしている人の多さ)
これはスゲーと思った。

こけら落しの本田技研戦のドゥバイッチの同点ゴール&看板超は今でも忘れられない(阪倉のPKハズシも・・・)。
その後cabuや総裁も取り込みに成功。この年は天皇杯、順天堂に敗れた試合後の選手との言い合い、
虚無感も絶対忘れられない、チームが本当になくなってしまうんじゃないかと思った。
(最後まで付き合ってくれたボンバー大倉、途中まで付き合ってくれた三浦監督・・・)

そんなこともあり、ますますブランメル仙台に愛着がわき、4年目(カニトップの始まり・ブランメルの終焉)、
5年目(ベガルタ元年・悪夢の連敗中はホントに勝てる気がしなかった。でもガスにアウェイで勝ったのがなによりの幸せ)
6年目(なんとなく、観客も多くなってきていい感じになりかけたシーズン)、7年目(西京極では自然と涙が出た)と、
ほとんど逝ける試合は見てきた。出来る限りの応援はこれからも続けるよ、

これからも仙台の歴史を作っていってくれ。


AS・ROMA

@俺とセリエ
それはズ〜カ〜(三浦カズ)のセリエA移籍とともに始まった。
その日、なにげに新聞のTV欄を見たら、カラーで”カズセリエ上陸!対ACミランWOWOWで生中継”
って広告載ってたんだよ。

なにっ?LIVE、しかも22:00から?今から電気屋行けばミランの試合生で見れるのか?
ホントか?うわ、スゲ〜ぞこりゃって。

イテモタッテモいられなくなってすぐ行きましたよ電気屋。
契約しましたよWOWOW.。
なんとか20:00頃まで繋いで見れるようになりました。

ほんで、待望のセリエ生中継。
ズ〜カ〜はすぐいなくなっちゃったけど・・・生で見る当時世界最高峰と言われた
セリエの選手のプレーテクニック・スピード・システムどれをとっても凄すぎる。
今までW杯とダイヤモンドサッカーでしか見たことのないワールドクラスの選手のプレーが毎週見れるのか、
しかも生で、と大変感激。
その日から日曜夜はセリエ中継観戦として俺のタイムスケジュールに組み込まれ今に至ってます。

A俺とローマ
カズが鼻折った幸運により、WOWOWの次週の放映はジェノア絡みでなくなってた。
そこで映ったのがROMAだった。

基本的にミラン(当時最強)嫌いだった俺、どこ応援しようかな〜って考えていたんだが、
ROMAのダニエル・フォンセカ、アベル・バルボの南米2トップの攻撃力を一目見てもうメロメロ。
順位的にも毎年中位、TIFOSIも熱い、覇権を握っている北部のチームじゃない、好きなエンジ系のチームカラー、
狼マーク(ロムルスとレムルスの話も知っていた)そして永遠の都っちゅうことで、
俺のフィーリングにピッタリあったんだよね。

まあ、一番の要因は南米2トップっちゅうかフォンセカの全盛期が凄かっただけなんだが。。。

そんなこんなで、ローマの試合はかかさず見てたんだよ
(WOWOW中継は基本的に週一試合のみ放映だったから年に何回かしか見れなかったんだが
→今のスカパ厨房はホントに恵まれてるよ。お前ら羨ましすぎだぞ、この野郎)

そんで、毎年出だしはイイんだよ。だけどクリスマス休暇とともに順位的にフェードアウトしちゃうんだよね〜。
勝者のメンタリティーっちゅうものを持ってなくて、ここ一番で弱いんだよ、かならず大一番で負けてた。
そんなローマがまた好きだったのよ。特にズデネク・ゼーマンが指揮してたローマは大好きだったな〜、
トッティー・デルベッキオ・モンテッラの超攻撃的3トップ最高でした(失点多かったけど)。

でもホント弱かったんだよ。

まあ、ナカ〜タ移籍した以降のローマしか知らんスカパ厨房にはわからんと思うけど・・・。
そんなROMAだが、にっくきカペッロ君が監督になっちゃって2年目でスクデット獲っちゃって、
最近は勝者のメンタリティーっちゅうのも備わってきたかなと感じております。

正直、カッペッロ君のサッカーはあんまり好きにはなれないけど、俺はROMAが好きなんだ。ただそれだけ。
選手が変わっても、監督が変わっても、いつまでも応援するよ。
やるからには目指せCL制覇、
スペインのうんこ白軍団、赤い馬鹿ゲ○マン人チーム、イングランドのしょんべん赤悪魔なんて全部ぶっ潰してね!



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