心臓麻痺に倒れたバレースター
国家代表センタ−金炳善
宿舎で倒れた後、移送中に死亡
昨日朝・・・マルファン症候群の為
国家代表バレー選手の金炳善(22才・現代自動車サービス・2m)が21日午前8時20分頃
心臓麻痺で危篤になった。
昨日練習を終えて宿舎で睡眠を取っていた金炳善はこの日午前8時10分頃起きて台所で水を
一杯飲んだ後、急に倒れて緊急に竜山中安病院に移したが、移送途中に息を引き取ったとの
こと。
金炳善は最近心臓が弱まっていることに気づき、先週スーパーリーグ3次リーグが開かれた釜山
大会である病院の診断を受けたが、大きな異常は発見されず、「心臓鼻音(心臓で異常な音が
聞こえる症状)」という診断を受けた。
金は20日ソウル金剛病院で再診査をしたが、心臓異常が発見され、21日午前9時にソウル
中安病院の精密検査を予約してあった。
金炳善の死因は大動脈破裂による「心臓麻痺」。
金炳善は悪性貧血と皮膚癌で苦しんだ時期はあったが、心臓に異常があった事実は最近なか
ったと周囲の人達は言っている。
青年代表を経て成均館大へ進学、91年から国家代表主力センターで活躍している。金炳善は
昨年12月現代自動車サービスへ入団。この度のスーパーリーグでは可登録選手として現代の
「ベスト6」に選ばれた。
金炳善の遺体は、ソウルぷんなむどんのソウル中安病院に安置されている。
母到着して失神
現代自動車サービス側は金炳善が死亡した直後、釜山に居る金の母、ぱく・おくそんさんに衝
撃を与えないように「危篤だ」と説明した。
母、ぱくさんは午後1時40分の飛行機でソウルに来て、2時30分頃病院へ到着したが、事前に
忙しい最中来ていた母校の先輩ぱく・じょんちゃんといむ・どほんから「死亡した」と伝えられ泣き
崩れた。
霊安室に着いてすぐ息子の遺影を見たぱくさんは慟哭して失神までした。平静を保っていた同
僚と後輩達も皆崩れた。
金炳善の死亡を誰よりも悲しんだのは金南成監督
4年間彼を指導してきた金監督は「いつもそのように運動しか知らないような奴がこんなに儚く
行ってしまうなんて」と胸を打っていた。
金監督は「私の弟子の中で4年間ただの1度もひどい目に合わされなかった選手は金炳善しか
いない」と言い、「炳善は運動だけでなく全ての面で後輩の鏡になっていた」と述懐。
金炳善の成均館大の卒業式は25日だった。
同僚選手達、慰問客迎える
金炳善の遺体が安置されているソウル中安病院の霊安室は金の遺体が到着した午前11時頃
から所属チームの現代自動車サービスと母校の成均館大学の選手達が見守り慰問客を迎える。
彼らは突然訪れた病気が信じられないよ様で「昨晩までは同じように笑ったり、冗談を言ったり
しながら寝たので、それが最後になるなんて思っても見なかった。」と今にも泣き出しそうな顔を
した。
彼らは又20日の夕方、金炳善がバレンタインの時受け取ったチョコレートとキャンディを分けな
がら「コンディションは良い」という言葉が最後の言葉になるなんて思っても見なかったようで魂が
抜けた様だった。
2mの身長・・・・・高2の時から大極旗マークを付ける
金炳善はどういう人物か
明るく活発な性格・・・母膝元の末っ子
21日朝突然心臓麻痺で他界した金炳善(22・現代自動車サービス)は男子バレー国家代表の
不動のセンタ−。
金炳善最近最も燃えた大会は12日全州で開かれた2次リーグの対戦。現代が3対0で勝った
この試合で金炳善は全セットを出場し、3得点4得権でブロック1を記録した。
2mの大きい背にも関わらず身長が均等に発達していて、俗な長身者から見つかる不完全な面
が無い金炳善はブロックと攻撃だけでなく基本がとてもしっかりしているのでサーブレシーブも完
壁に近い評価を受けて来た。
釜山そんじごん高校2年生の時青年代表に選抜、始めて大極旗マークを付けた金炳善は2年後
成均館大学に1年生の時から今までずっと国家代表センターの座を守りつづけて来た。
去年2億5千万ウォンのスカウト料を受け現代自動車サービス・ユニポムに入った。
明るく活発な性格で、母、ぱく・おくそんさん(59)の2男1女中の末っ子だった。
マルファン症候群とは
大動脈破裂で急死・・・・・長身に主に発生
金炳善の直接的な死因は「マルファン症候群」と言う大動脈破裂。
マルファン症候群というのは86年この病気を初めて発見したフランスの小児科医師のアントニー・
マルファンの名前を取って命名された病気で、ばれ−やバスケ等の1m90以上の長身選手から
よく起こる病気。
この症候群は心臓で噴出した血の道路、大動脈が破裂して急死する病気で、86年日本実業団
で活躍していたアメリカの国家代表選手、プロ・ハイマン(当時31才)と90年NBAドラフトランキ
ング1位指名された大学バスケの期待の星、ハンク・ケストも心臓麻痺で他界する。
国内でも90年3月みょんち大合同宿舎で寝ていた1年生エースのきむ・ひょんじがマルファン症
候群でこの世を去り、当時のきむ・ひょんじも金炳善と同じ症状だった。
また、現役選手中のかん・どぅてくも寝ていて心臓麻痺で死亡したが、これもまたこの症候群の為
だったとバレーボール関係者は言っている。
ところで、この病気は不治ではなく事前に発見さえすればいくらかは治療が可能な病気だが、まだ
選手達と体育関係者達の認識不足で初期治療をする場合が稀である。
金炳善選手プロフィール
生年月日:1973年1月3日生まれ
身長:200cm
体重:88kg
出身地:やんさん市
出身学校:成均館大学校体育学科→現代自動車サービス
没年:1995年2月21日(享年22歳)
炳善に関するその他の新聞記事訳
中安日報 【95年2月22日付】
96年アトランタオリンピック国家代表チームの主戦センター、金炳善(22・現代自動車サース)
選手が21日午前9時位にソウルいちょん洞、現代自動車サービスの宿舎で水を飲んでる時急に
倒れ、病院へ移送途中息絶えた。
チーム同僚のあん・そんちぇ氏は「金選手が3〜4日前から体調が悪く釜山で開かれたスーパー
リーグも出場出来なく、この日朝部屋で水を飲んだまま倒れ意識を失った」と話した。病院側は
金選手が普段、心臓が良くなく練習にもしばしば参加出来ないでいると言って来た球団側の
言葉に続き、心臓麻痺で死亡したと発表している。
金選手は身長2mの長身センターで、ブロックと速攻が得意で今年大卒出身最高額の3億ウォン
のスカウト料を受け、現代自動車サービスに入団した実業団の青少年だ。
ソウル新聞 【95年2月22日付】
バレーボール国家代表選手の金炳善(22・成均館大4年)選手が21日午前8時頃、現代自動
車サービスバレー団宿舎(ソウルよんさん区どんぶいちょん洞302−69 じょんうマンション
402号)で急に倒れ、病院に移送途中亡くなった。
ちゅんあん大よんさん病院緊急室かん・ゆんじょん担当医師は「到着した時は既に死亡してい
ました。死因は心臓麻痺(大動脈破裂)で亡くなった」と明らかにした。
世界日報 【95年2月22日付】
男子バレー国家代表選手の金炳善(22・現代自動車サービス)が21日朝、急に倒れ心臓麻痺
で亡くなった。
来る25日は成均館大学を卒業する長身センター(2m)である金炳善はこの日、朝8時45分頃
どんぶいちょん洞宿舎から現代ちゅんあん病院に心臓検査を受けように行こうと準備中に急に
倒れ、緊急にちゅうあん大付属よんさん病院に運ばれたが死亡した。
朝鮮日報 【95年2月22日】
男子バレー国家代表選手の金炳善(22)選手が、21日午前8時30分頃にソウルよんさん区
どんぶいちょん洞のじょんうマンション402号室、現代自動車サービスの宿舎で心臓大動脈
破裂で倒れ、病院へ移送途中亡くなった。
選手団チームドクターのそん・ひさん氏(33)は「日頃心臓が良くなかった金選手が病院で検査
を受ける前に水を一杯飲んだ後、急に倒れた」とし、「金選手は3〜4日前から体調が悪く、釜山
で開かれたスーパーリーグにも出場できなかった」と明らかにした。
国民日報 【95年2月21日】
国家代表バレー選手金炳善氏(23)が21日午前8時30分ソウルどんぶいちょん洞現代自動
車サービス選手団宿舎で心臓麻痺で倒れ病院へ移送したが亡くなった。
現代自動車サービスのチームドクターそん・ひさん氏(33)は「普段心臓が良くない金選手がこ
の日午前、ソウルちゅんあん病院で検査を受ける為準備中、自分の部屋で急に倒れた」と話し
た。
*注
年齢が22歳と23歳とありますが、韓国は陰暦、陽暦の両方で年齢を現す
為、異なる年齢が書かれてあります。通常、日本で使われている年齢で
炳善選手は22歳で亡くなりました。
炳善選手ゆかりの地へ行ってきた話
★炳善選手のお墓★
★炳善選手が移送された病院★
★炳善選手が倒れた宿舎★
炳善選手の死亡原因になったマルファン症候群について
卒業論文でこのマルファン症候群について研究し、まとめました。
興味がある方はご覧下さい。↓をクリックするとでます。