自給自足の自転車の旅をしたい


 大学2年生の夏、ぶらりと神奈川県の三浦半島に釣りに行った。これが俺の人生観を変えた。
 三浦半島へいくには東京からのアクセスは品川から京浜急行に乗ればよい。ただ何も計画性もなく、投げ釣りでもして適当に何でもいいから魚を釣ってこようと思っただけである。
 京浜急行の終着駅の三崎口で降り、バスで城ヶ島に向かい小さな港の中で釣りをしていたのだが、ここでかなりのカルチャーショックを受けた。びっくりしたのは、漁師のガキだと思うんだが高校生が港に数人いて会話をしていたのだけど、
訛り(なまり)がひどくて何をしゃべっているのかわからなかった!一応ここは神奈川県なんだけど標準語じゃないな。まあ山国育ちの俺も人のことはいえんけど。
 さらにびっくりしたことがあった。ジモティ-(地元の人)のおじさんが海にもぐって、何をしているのかと思ったらいきなり
タコをつかまえてあがって来るではないか。これだ!!と俺は思ったのである。
 俺は、山国育ちで海への憧れはかなり強い。大人になった今でさえ海を見るとわくわくしてしまうのだ。子供のころ川と諏訪湖で魚とりをしてきて子供ながらにも淡水魚の魚とりは、いろいろやってきたつもりだ。しかし海となると、1年に1回海水浴に出かけて投げ釣りをして帰ってくるだけだった。なんか子供のときなんか1年に1度の海の為に生きてきたような気がする。それほど海への憧れがある。海水の魚介類をこの手でとりたいと思ったのは、このタコのおじさんを見てからだ。俺は幸運にも泳げるのでおじさんのマネして素潜りをしてやろうと思った。

現在の完全自給自足への展望

 今のところ海にしろ川にしろ魚介類は何とかなっているが、まだ穀物類は自分の力で得ることはできていない。米は買っているからだ。だから完全自給自足とはいっていないのだ。山イモとか掘り出す技術を身につけねばと思っている。あとキノコの判別法をマスターしたり、食える野草の研究をしていきたい(俺は山国育ちだから何とかなりそうだ)。やることがまだまだ或る。



佐渡島にはじめて行く。(自給自足への模索)

 ある友達が、佐渡島の海はきれいで、なんか魚や貝が良くとれるといったので、大学3年生の時まあいってみることにした。まあこの時は佐渡島を自転車で走りたいと思ったからだ。当時サイクルスポーツ誌が佐渡島の特集をしたというのも或る。
 まあ食料は、この時は自給自足とはいかず米とミソはスーパーで買い、野菜類は無人販売所で買った。とりあえず初めて来た場所なので魚とかつかまえる余裕がない状態だった。まず寝床をどこにしようかという問題もあった。下手なところでテント張ったら地元の人に怒られたりするとおもったのだ。佐渡島の西側(つまりロシア側)は、ほとんど公園がない。公園があっても水道がなくて米を炊けない。ちょっと不便でした。しかし東側に行くといっぱいあるんだよね。そんなかんだで初めての佐渡島は自給自足どころではなく終わった。ただし釣りはしまして、かなり釣れた。まあ佐渡島の地形と野宿の場所がつかめたので良かった。この経験を2年後の佐渡島の旅にいかすことになる。
 この旅に
時計を持ってなかった(忘れた)ことは原始的な生活を佐渡島で送れたので良かった。日が沈む前に夕食を作り大体7時には寝た。



第2回佐渡島に行く(テントなし完全野宿達成)


 1999年8月佐渡島に再びゆく。この時は高梨氏と行った。
もちろん時計と携帯は持っていかず。テントも持っていっていない。毎日空の星を見ながら寝ました。雨が降ったらいったいどうするつもりだったんだろう。本当の素野宿だ!!!
 第2回佐渡島は、海でとれたものは何でも食った。海の生物で毒のあるものはフグやゴンズイとエイだけだとおもいつつ、、岩や石にくっついている貝だか海苔だかわからんけど種類が判別できないものまで食った。形が奇妙だろうがグロデスクだろうが食った。ただ腹が減っているので食うしかないのだ。魚や貝なんて焼くか味噌汁に入れれば良いのだ。カニはつぶして味噌汁のだしにした。小さな雑魚もダシに使った。ただ米は持参した。

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