プロ・ドール
‐(月曜日)‐
全身に温風を感じながらも、時折氷柱を飲み込んだような寒気が沸き上がってくる。首を動かそうとした時にだみ声が聞こえた。
「おい、無理に動かすと筋繊維がぼろぼろになるぞ」
視界の隅にぼんやりと大柄な男の姿が映っている。
「今日はパークが休みだから明日までにその身体に慣れりゃいいよ。解凍が終わったころにまた来(く)らあ、じゃあな」
そういい残し男は外へ出ていった。
(ここはどこで、あの男は誰なのか。パーク・解凍・身体に慣れる? そして私は一体誰なんだ)
混乱と同時に強烈な睡魔が襲ってきた。
都会としては精一杯澄んだ青を背景に、薄灰色の塀がそびえ立つ。その下方に目を転じると、土中に埋没していたであろう色の違う部分が私の腰の辺りにまで達し、まるで歯茎の後退で露出した歯根のように見える。これがこの地区をゴーストタウンにした元凶である。油圧ジャッキで調節する特殊な工法で建てられていたビルも、無限の沈下には抗しきれず次々と廃墟となった。
よろよろと十歩ほど歩いたところで、大きくバランスを崩してしゃがみ込んでしまった。まるで濁流に逆らって渡河しているようで、少しでも気を緩めると立っていられない。歩行訓練をしながら私はだみ声の男からえた情報を思い出していた。
試合中にタックルを受けて負傷した私は、善徳会病院に運ばれた。そこで記憶情報を無断でコピーされこの身体にペーストされたらしい。
十年前まで中堅の医療法人に過ぎなかった企業が、百二十社余りの関連企業を持つ善徳会グループにまで成長したのは、米国巨大企業ジェンツ社との唐突とも思える提携がきっかけだった。共同で設立した研究チームは、成長ホルモンと倍体技術を組合わせることで、移殖用生体の培養期間を五年から一年へと大幅に短縮した。当時の生体ビジネスは供給不足による完全な売り手市場であり、その法外な費用にも関わらず移植希望者が殺到した。
莫大な利益を手にした経営陣が次に目を向けたのが、移植後生体の活用であった。生体を潰して再利用できるのは、僅かな抽出プロテインだけで著しく効率が悪い。それならばとオープンさせたのが、パークこと善徳会ハンティングパークである。施設内では狩りに使う養殖人間のことをドールと呼んだ。
当初この悪趣味なテーマパークは大方の予想通り不振を極めたが、副都心というアクセスのよさもあり徐々に人気を博しはじめた。
皮肉なことにパークが活況を呈すと、今度は大量に余っていたドールが不足しがちになる。原因は彼らの単純すぎる逃走パターンであった。理論はもちろん経験則さえ持たないドールたちは、あっけなくサンダーライフルの餌食になる。
そこで試されたのがドールへの記憶情報の移植である。この技術の利用は法律で禁止されており、発覚しダメージを負うリスクはあるが、ドールの生存期間延長と相続型クローンの貴重な治験データ獲得のメリットが期待できる。特に後者はこの分野のシェアを押えるためには必須であり、まさに垂涎の的である。後継者のいない資産家はもとより、自らの経験とノウハウを引き継がせたい資産家たちにとっても、相続型クローンはこれ以上ない後継者なのである。世界中の資本家を顧客にできるチャンスは絶対に譲るわけにはゆかなかった。
「やあ、少しは歩けるようになったじゃねえか」
情報を整理していた私は、そのだみ声で現実に引き戻された。
笑いながらふたりの男が近づいてきた。だみ声が私のほうを指差して隣の男に何かいうと、そのコウモリの翼のごとく痩せた男は私に向かって片手を挙げた。私には、どう見てもこのふたりの関係はシャブ中と売人にしか見えない。
だみ声は歩み寄った私にコウモリ男を紹介した。
「彼は中身が印刷屋のホネカワで、俺がカタミミ、中身は不動産屋だ」
私が自分の中身はフリーのスポーツライターで、クラブチームでラグビーをやっていると説明すると、カタミミは含みのある笑いを浮かべながら少し左を向いた。私は彼の横顔を見て思わず声を上げそうになった。
耳のあったであろう場所にはうつろな穴が開いており、薄い桜色の皮膚を通して外耳軟骨が透けて見える。
私のようすを見たふたりは、穴に落ちた愚か者を地上から見下ろすように、顔を見合わせて笑った。
「驚いたろう、お前さんはまだ度胸があるほうだ。大抵のやつは目をそむけるからな」
そういうと、目を細めて穴だけの耳をこりこりと掻いた。
たしかに不気味ではあるが、よく見ると顔の横に鉛筆削りをつけたようで滑稽でもある。
「ここの連中は自分の容姿にコンプレックスなんてないから、名前は見た目でつける。その伝でゆけば、差し詰めお前さんの名前は河童ってとこだな」
カタミミは自分でいった言葉に身をよじらせて笑い、ホネカワも忍び笑いをしている。
私はふたりの視線の先をたどり、自らの頭頂部に触れてみた。それはよく手入れされた革のラグビーボールのように掌に吸いついた。
「よかったらこれで彼に挨拶してみるかい」
カタミミが投げてよこしたのは、表面にセロファンが縛りつけてある平らでつやのある黒い石だった。そこに映っていたのは、締まりのない顔の上に、てらてらと光るアダムスキー型の頭皮を載せた冴えないエロおやじだった。
シャブ中と売人、それに風呂場覗きのエロおやじを加えた三人の歓談はこの日遅くまで続いた。
「あ、あそこにドールがいるよ。パパあいつを追いかけて!」
「ようし、今度は逃さんぞ」
(いかん、見つかった)
砂利をはじき飛ばして急発進したジープは、みるみる距離を詰めてきた。ジグザグに逃げているにも関わらず、林を貫く自動サーチの光に捕捉されてしまう。本当の私なら二、三度ステップを踏めば振り切れるはずだが、この身体はあきれるほどに反応が鈍い。
(ちくしょう、私の記憶をこんな"でく"に充填しやがって)
「まさひろ、今だ、撃て!」
背後で父親の声を聞いた次の瞬間、体が宙に浮き、閃光と同時に焼けるような痛みが背中を襲った。
気がつくとあぐらをかいたカタミミがいた。ジープはどこにもなく、いつの間にか閉園時間を迎えていたようだ。道の向こうでは回収車が廃ドールを運び込み、銀色のルーフを沈みかけた夕日が橙色に煌かせている。
「運が良かったな。転倒してなきゃ今ごろお前さんもあいつらのお仲間よ」
そういうと、耳の穴の周りを指で掻きながらさらに続けた。
「ジープと同じ方向には逃げない、これ基本ね。ここで九十二日も生き延びてきた俺がいうんだから間違いない。だから――」
枯れ枝を並べての講義がはじまった。内容はおおむねこうだ。ドールは仮死状態で納入されるため、解凍して間もない火曜日は思うように身体が動かず、新入りドールにとって最も危険な一日になる。そして、速度、飛距離の増す風上からの光弾には注意し、ドライバーが邪魔になり命中率が下がる道の右側を定位置にすること。パーク内の生・廃ドールの総数は常に五十体で、月曜には廃ドールと交換する補充用ドールの納入がある。さらに第一月曜の午後に当局の立ち入り検査があり、その際、自分たち違法ドールは住居洞に閉じ込められ、その日の朝に納入された正規ドールが検査用に使われること、などである。
この日私は、住居洞に戻って眠るまでカタミミにまとわりつき、パークについての質問をした。
私はパーク中央の大木の陰で身を潜めていた。そのすぐ左脇を絶縁ジャケット姿のにわかハンターたちが、褐色のバイソンジープを操り土煙を巻き上げ続々と北進してゆく。それぞれの唸るようなノイズが重なると、あたかも疾走する野牛の群れが出現したかのごとき錯覚にとらわれる。この合成の排気音こそがバイソンの特徴であり、平凡なモータージープでありながら抜群の人気を誇る理由でもある。特に高回転域の排気音が楽しめるこの幅広の中央林道では、大抵のドライバーがアクセルを踏み込みたがる。そのため私がいる北東の林の辺りでは速度がピークに達していて、たとえ獲物に気づいても照準を合わせるゆとりまではない。
私のすぐ北側ではホネカワが少年ハンターに地団駄を踏ませていた。彼は大胆に道端まで出てきて、薄っぺらな身体を団扇のようにひるがえしながら、とぼけた顔をして光弾を寸前でよけている。むきになった少年は助手席から身を乗り出して角を曲がるまで撃ち続けていた。私は後続のバイソンがこないのを見はからってホネカワに歩み寄った。
「いつもこんなことをしてるんですか」
彼は私の問いかけを言下に否定した。
「へぼが一台でやってきた時だけです。ああいうライフルのサーチ光だけを頼りに撃ってるやつは、サーチ光が"ここに撃ちますよ"って教えているようなものですから、あとは引き金だけ見ておけば当たりゃしません。でも腕のいいやつにあんなことしたらレンコンみたいにされますよ」
ホネカワは上機嫌で解説を続け、私は話に耳を傾けながらもあらためてその病的な痩躯を眺めていた。やがて私の興味の対象に気づいたのか彼はだぶだぶのシャツをまくりあげていった。
「この身体はね、ゼンテキなんですよ」
私は彼のいうゼンテキの意味が解らなかったが、腹の中央で左右を分断する境界線のような手術痕を見て、胃の全摘出であることが理解できた。さらにホネカワは続けた。
「あなたも見た目の欠損部分がないということは、腹じゃないですか」
そういわれて探った腹には、左のわき腹に近い部分に人差し指ぐらいの長さをした盛り上がりがあった。
「たぶん腎臓ですね。これらを採るためにお互い羊水池で培養されたわけです。いわば我々は残りかす人間ですな」
屈託なく笑うホネカワに今の境遇に対する悲惨さは微塵も感じられなかった。再びエンジン音が聞こえてきたので私は元の場所に戻った。
私が木の陰からバイソンジープの行進を見ていると、道向こうの林から甲高い悲鳴と共に少女のドールが飛び出し、それを追う若いハンターの姿が見えた。ジープを降りての追跡行為は禁止されている。助けてやりたいけれど、颯爽と飛び出してもこの"でく"では少女と枕を並べて眠るのがオチである。私の中に追跡者への怒りと何もできない自分への非難が沸き上がってきた。彼が発射した光弾が白いワンピースをかすめ地面をたたく。少女が林道を横切りこちらの林に逃げ込もうとした時、小さな身体に別のジープから発せられた弾が立て続けに命中した。
私はバイソンの一群が過ぎ去ったことを確認すると、少女の倒れた草むらに向かった。
彼女は杉の高木の根元で、手足をマリオネットのように不自然に投げ出して、道に足を向けた形でうつむいて倒れていた。右に較べて左肩が極端に下がっているのは、肺を提供したせいかもしれない。歳は私の娘と同じ五歳位だろうか、束ねた髪を赤い紐で結わいている。背中には致命傷の弾痕が布地をねじ込んで口を開け、ふちの繊維が朱を吸い込んで変色してゆく。辺りには髪が焦げたような匂いが漂い、少女を基点にして放射状に樹皮の削り傷が広がっている。
やがてホネカワも駆けつけてきた。
しゃがみこんだ私が、少女の乱れた髪に絡みついたネックレスをほどくと小さな十字架が現われた。私とホネカワは示し合わせたように胸で十字を切って彼女に捧げた。不思議と死への怖れは感じなかった。本能的な苦痛に対する嫌悪感すら今は怒りに相殺されて実感が沸いてこない。
‐(日曜日)‐
雲が厚く暗い朝だった。開園まではまだ時間がある。私は東側一面に並んだ住居洞の前を歩き、北の端までたどり着いた。
風が乾いた音を立てるたびに、小さな竜巻が起こり砂や枯葉を巻き上げた。南から吹きつけた幾筋もの風が合流して、勢いよく北の塀を駆け上がる。どこからか飛んできた紙切れが、強風に翻弄されながら舞い上がり外へ消えた。私はそのようすに見入っていたために、男が近づいていたことにまるで気がつかなかった。
「やあ、河童さん。何か珍しいものでもありましたか」
弾むような口調で話かけられて振り返ると、ホネカワが小枝を手にして立っていた。
「いやあ、ただなんとなく空を見ていただけです。それよりホネカワさんこそこんな早い時間にどうしたんです」
「これを替えるのが私の日課なんですよ。今日は風が強いのが気になりましてね」
そういいながら塀の前にしゃがみこむと大小取り混ぜて突き刺してあった小枝数本を抜き、長い枝を一本加えた。
「これはカレンダーです。三本と一本ですから今日は三月一日、念願の月初めです」
念願とは何のことなのか私には判らなかったが、ホネカワは梅干のようなしわくちゃな顔で、含み笑いを残して去っていった。
結局、ホネカワと話したのはこれが最後になった。
パークのコース形態は左の掌に似ている。親指以外の四本を北に向けた形をしていて、中指の右側にあたるのが今私がいる中央林道である。
南から数台のバイソンがかなりの速度で北進してきた。私はその一台から突き出た銃口が自分に向けられていることに気づき、カタミミから教わった通りに南に走ってかわした。いや、かわしたはずだった。その光弾は右側の木で角度を変えて、私の鼻先をかすめるようにして通り過ぎていった。まともなら側頭部を射抜いていたであろう正確無比な一撃であった。おそらくよほど銃の扱いになれたハンターだったのだろう。
一団がゆき過ぎて西側の道に回り込んだところで、私の北にいたホネカワが林から顔を出して覗いた。その瞬間に、西の林から糸を引くように飛び出した光弾が彼の薄い胸板を貫いた。まさかという位置からの狙撃であった。ホネカワは弾の圧力で回転ドアのように二度ほど回り倒れた。
この日のパークは凄惨を極めた。まずパーク東の小指にあたる林で、ハニワと呼ばれていた中年女のドールが、射程圏ぎりぎりの所から飛んできた光弾に頭を撃ち抜かれた。次に薬指にあたる林の西側にいた、リカちゃんという若い女のドールが、背にした密な雑木林を抜けて飛んできた光弾を浴び蜂の巣にされた。
その後ホネカワ以下六体、計八体のドールが犠牲になった。皆の話を総合するとホネカワを含む六体は、同じ男の手によって回収車送りになったことが判った。
風が止み月が出た。昼間の騒ぎが嘘のような穏やかな夜である。住居洞の前では三十人余りが車座になり、真ん中には一升瓶が並んでいる。早々に酔っ払った連中が歌いはじめた。
「第一日曜の夜には酒が出るんだ。あいつは二月の二日にきたから、今日が初めての酒の日で、朝から楽しみにしてたんだけどなあ」
カタミミは私の紙コップに酒を注ぎながら、しみじみとホネカワの思い出話をしたあと、おもむろに立ち上がると塀に歩み寄った。酔いのために少し足元がふらついている。そして、ゆっくりと立膝をつきカレンダーに小枝を一本刺し加え、ぶつぶつとつぶやいた。しばらくカタミミはそこから動かなかった。
「なあ、メモとセロファンあるかなあ。鏡石に縛りつけてあったようなやつでいいんだけど」
私は座に戻ったカタミミに尋ねた。
カタミミは上体をねじり後ろで踊っていたグループに向かって手招きをした。
「おぅい、金庫番」
金庫番と呼ばれた黒ぶちの眼鏡をかけた小柄な男が小走りでやってきた。
「メモとセロファン、それに何かペンはあるか」
それを聞いた男はうなずくと住居洞に走ってゆき、一抱(ひとかか)えもあるような円筒の缶を持って戻り、あぐらの膝に乗せ月明かりを頼りに物色しはじめた。
「メモはいくらでもありますよ」
男の取り出した紙の束はさまざまな色や形のものがあるが、ほとんどがこのパークの案内パンフレットで、上質で裏白のそれは、まさにメモにはうってつけである。どうやらこれらのものの多くは"代々"引き継がれた道具で、客や係員の置き忘れらしい。私がカタミミから仕入れた情報もそのひとつになるのだろう。私は金庫番が選び出したものの中から、パンフレット数枚とセロファン、ナイフ状の金属片とシャープペンの芯を借りて住居洞に戻った。
「一体どうした。思いつめた顔して」
カタミミが私の肩を軽くたたいた。道具を持って住居洞にこもったと思えば、座に戻ってからも無言なのを気づかったのだろう。
私の心はおおむね決まっていたが、それをどうカタミミに伝えるかを迷っていたのだ。私は決意を込めて尋ねた。
「たしか明日は立ち入り検査の日だったよな」
「あぁ、そうだけど、なんだよ薮から棒に……お前まさか」
カタミミの問いかけるような視線に、私は黙ってうなずいた。
「教えてくれ。通常のドール補充作業と検査用正規ドールの納入はどっちが先なんだ」
カタミミは思い出すような表情になり、そしてひどく慎重に答えた。
「過去三回はいずれも補充・回収が終わってから、俺たちが住居洞に閉じ込められて、そのあとで検査用のドールが運び込まれたようだ」
「搬入・搬出は通常何人がかりで何分で終了する?」
「搬入口はパーク内からは仕切られていて見えないが、係員と納入担当者の会話から推察すると、搬入・搬出係がふたり、トラックの見張りがひとり、最低これだけはいる。時間は約三十分」
カタミミは私の質問に答え終わると、今度は質問する側に回った。
「どういう段取りでやるつもりだ」
「一旦廃ドールとして回収されてから、隙を見て正規ドールと入れ替わりここに戻ってくるつもりだ。そのために未回収の廃ドールの存在を係員に知らせる役を頼みたい」
「分ってると思うがそれはかなり危険だぞ、それに作業中のトラックの扉が開いてなけりゃ入れ替りようがない」
カタミミの指摘はもっともで、私も一番心配している点であった。
「それは覚悟している。ここはオープンして二年以上になるから、納入担当者の警戒心が薄れていてもおかしくはない。私はそれに賭けてみるつもりだ。しかし、もしもの時にはこれを……」
私は宴会を抜けてしたためた手紙をカタミミに手渡した。
「分った」
それ以上カタミミは何も聞くことがなかった。
私は用意していたホネカワの血がついたジャケットを着て、草の上にうつぶせになった。体温を悟られぬよう長めのシャツと靴下で手足を隠してある。
やがて車が停まる音がして足音が近づいてきた。
「おっかしいなあ、夕方の回収の時はこんなやつ転がってなかったぜ」
「お前また回収順路をすっ飛ばして、縦の道から横を見るだけの手抜き確認をしたんだろう」
「たしかにそうだけど、こんなところに転がってたら気づくはずなんだけどなあ」
そういうとふたりは、それぞれが私の手と足をつかんで車のほうへ運んだ。
「おらよっと」
勢いよく放り込まれたため荷台の内側に頭をしたたかに打ちつけた。走り出した車はしばらくするとスピードを緩め、バックで建物に寄せて停車した。そして、運び込まれた時と同じように振り子の要領で別の場所に放り込まれ、再び全身を打ちつけたが、今度の相手は金属ほど硬くはなかった。係員は私の背中を蹴って奥に押し込むと乱暴に扉を閉めた。暗くて見えないが、ここには一週間ぶんの廃ドールが保管されているはずだから、いずれも私の見知った誰かに違いない。
中は想像していた以上の臭気だった。鉄錆びの臭いに死臭と腐臭が入り混じった今までに経験したことのない不吉な匂いである。奥には年単位で何層にも塗り重ねられたであろう臭いが塊として澱んでいる。腐敗を進行させないために室温は低く抑えられているようだ。私は寒さと吐き気をこらえながら数時間を過ごした。
やがてあいさつをする声がして、何やら運び込む音が続いたあとに納入担当者の声が聞こえた。
「十五、十六、十七、……これで十八体っと、じゃあ回収分引き取ってゆきますね」
検品が終わると勢いのよい足音が近づいてきて扉が開かれた。閉じたまぶたを通してさえも光がまぶしい。
「ひゃぁ、保管スペース満タンじゃないっすか。何かあったんすか」
素っ頓狂な声が聞こえたと思うと、足にゴム手袋の感触を感じ、足首を強くつかまれて引っ張り出された。そして、もう一組の手袋に両手をつかまれ投網でも打つように金属の台のようなものに載せられた。
「おっそろしく射撃の腕が立つやつがきて、昨日だけで九体で合計十九体だ」
「えっ、十九体? 金山さん、昨日の連絡では十八体っていってなかったっすか。補充用は十八体しか持ってきてないっすよ」
「一体見逃してたみたいでね。ベテランのドールが教えてくれて朝方回収できたんだ。その台に乗っているやつだよ」
「あっ、そうだ、ちょっと待ってくださいね」
そういい残すと足音が遠ざかり、やがて息を弾ませながらふたりが帰ってきて床に重そうな音を立てて何かを置いた。
「こいつ膝から下を移植した残りなんで、普通は狩りに使えないからその場で潰しちゃうんですけど、飛びっきりの美人だったもんで念のために残しておいたんですよ。これでよかったら十九体ちょうどありますけど」
納入担当者の口調は係員を値踏みするように聞こえた。しばらく沈黙が続いた。どうやら係員は迷っているようだ。
「しようがないなあ、狩猟用に使えないドールは普通受け取らないことになってるんだけど、今回はうちのミスだからね」
その後しばらく小声で話していたが、それで話がついたのか私を載せた台車は勢いよく動きはじめた。当然のことだが乗り心地は最悪だった。とりわけ段差のあるところを通過する時には激しく揺れて、死体のふりをして全身の力を抜いていた私は、口の中で歯が激しくぶつかり合ってガチガチと音を立てた。
私をトラックの荷台に放り込むと足音は再び建物の中へと消えていった。私は薄目を開けてそれとなく気配を窺い、そっと這い出して周りのようすを探った。このトラックはともかく、尻を向け合って停まっているもう一台のトラックも扉は全開されたままだ。中にはさまざまな年恰好の正規ドールが膝を抱える形で整然と座っている。何も解らない彼らには逃げるという概念すら生まれないのだろう。私は用心深く隣のトラックに乗り込むと、二列目のドールをうながして廃ドール用のトラックに乗り込ませた。その際お互いの上着を取り替えて、彼を奥に向いて横になるように押し込んだ。彼らは実に従順である。そして、私は彼のいた二列目にひざを抱えて座った。
私が座るとすぐ次の廃ドールを運ぶ台車のキャスター音が聞こえてきた。次に放り込まれたのはホネカワだった。あまりに彼が軽かったためか勢いがつきすぎて奥に滑ってゆき、生きてるやつにホネカワの頭が当たった。一瞬ギョッとしたが彼は身じろぎひとつしなかった。次に私の目の前で撃たれた少女と一緒に子供が運ばれてきた。その後次々と見覚えのあるドールが投げ込まれて、やがて全ての廃ドールを積み終わったトラックは荷台の扉を閉められ錠がかけられた。
今度は正規ドールの搬入がはじまった。まず最前列の五体がうながされて建物の中に入っていった。ひとりを誘導すれば、あとはおとなしく追従するのでこの作業は楽なようだ。こんな調子では次々とサンダーライフルの餌食になり、結果、生体不足になるのもうなずける。
再びふたりの担当者が戻り、そこへ別の担当者が現われた。たばこを手にしているところを見ると近くで一服していたらしい。
「どうだった、きん公のやつ喜んでただろう」
「あぁ、相変わらずまじめくさった顔してやがったけど、女を見たとたんに小鼻は膨らむわ、瞳孔は開くわで俺たちに早く消えて欲しそうな顔してたぜ」
リーダー格の男はそういうとポケットから出した札束を三等分して両側の男たちに手渡した。
「やっこさん今日の夜まで膨らんだズボンをほかの係員に見つからないようにするのが大変だぜ、げひひひひ」
三人目の男はそういうとたばこの煙と一緒に、魚の腐ったような息を吐き出して下品に笑った。その時、急に男の笑い声が止まった。私はわざと焦点を合わせないような目つきをしているのではっきり見えないが、明らかに男はトラックの中の私を見ている。
「この左のやつ何か変じゃないか」
「そういわれりゃそんな気もするけど、おいマサお前どう思う」
ちょうどたばこに火を着けたばかりのマサと呼ばれた男は、煙がしみた目をこすりながらそのままの場所で私を一瞥した。
「別に変わりないっすよ、早く片付けちゃいましょうよ」
いい出した男も元々大した根拠もなかったのだろう。そのひと言で気のせいだということになった。保管スペースから引きずり出した時に、台車の上の私の顔を見たのは、声からはマサと呼ばれた男のはずだった。もしあいつが興味を示し近くで見ていたら見破っていたかもしれない。
私は前の四体のドールにカルガモのようについて歩いた。建物の中をかなり進み案内された部屋は、ちょうど小学校の教室ほどの広さで、そこに五十脚のいすが並んでいる。私たちは先に座っている五体の後ろに座らされた。クリーム色で統一された明るい部屋で、中はちょうどよい室温が保たれていた。万が一検査官のチェックが入ってもドールを厚遇している演出がなされているのだろう。
屹立する灰色の塀の前にひとりと四十九体が横一列に並べられた。
「次、二番。何かいってみろ」
検査官が順次質問してゆくが、この日のために用意された正規のドールたちは、焦点の合わないうつろな目をして何も答えない。
私から少し離れた斜め前には壮年の男がふたり並んでいる。右側の小太りの男は腰をかがめ、揉み手でもやりかねぬほど卑屈に、隣の大柄な男に話しかけている。それを鷹揚に聞いている男は、皮膚の薄い顔にぎょろりとした鋭い眼を持ち、下まぶたには脂肪の袋をぶら下げている。どうやらこの男が園長らしい。腕組みをして見守っていて何を考えているかは判らないが、まさかこの中に違法ドールが一匹混じっているとは思ってもいないだろう。もうすぐこのパークの不正行為を私が洗いざらいぶちまけてやる。私ひとりならともかく、住居洞に閉じ込めているほかのドールまでが見つかれば、替え玉検査のいいのがれはできるまい。
「次、八番、お前は誰だ」
私の隣のドールに質問がされたが当然彼は答えない。検査官は彼の腕をまくり登録番号を読み上げると、傍らの記録係りがその番号をバインダーに書き込む。
「よし、八番ドール異常なし」
とうとう検査官が私の前に立った。そして、彼は私を上から下まで見た。
「九番、何かいってみろ」
私は思いを込めてわめくように言葉を叩きつけた。
「こいつらは替え玉だ。このパークは私を含めた全員が記憶を移植された違法ドールなんだ」
静まった園内に叫びが木霊した。
検査官の表情が明らかに変った。
そして充実感にふるえる私の目を見た検査官は、ゆっくり振り返り園長と目配せすると向き直って宣した。
「九番ドール異常なし!」
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