中田有紀(日本保育サービス所属、東海デカスロンチーム理事)
21世紀の日本の女子七種競技をリードする存在として活躍を続けています!


★プロフィール

中田有紀(なかた・ゆき)
 1977年3月10日、滋賀県生まれ。167cm、55kg、A型。
 京都・長岡ニ中(92年卒)−京都・洛北高(95年卒)−中京大(99年卒)−中京大大学院(08年修了)
 東海デカスロンチーム(99〜01年)−サカツコーポレーション(02年)−さかえクリニックTC(03〜05年)
 −日本保育サービス所属(06〜現在)。
 2009年から東海学園大学の講師としても活動中。

★主な戦歴

 日本選手権8連覇中(2002〜09年)、2004年アテネ五輪代表、
 2005年世界選手権ヘルシンキ大会・2007年世界選手権大阪大会代表
 2002年アジア大会5位、2006年アジア大会4位、2010年アジア大会銀メダル
 2003年・2009年アジア選手権銀メダル

★自己最高記録=日本記録

  5962点 = 2004年6月4、5日 日本選手権(鳥取・布勢)
   100mH:13”97(-0.2) 走高跳:1m75 砲丸投:11m74 200m:25”02(+0.9)
   走幅跳:6m41(+2.9) やり投:1m75 800m:2’19”67

★年次別最高記録、おもな実績

  京都・洛北高時代 92年:3761点 93年:4559点 94年:4911点
            94年全国高校総体七種競技2位
  中京大時代 95年:4916点 96年:5014点 97年:5253点 98年:5312点
            96年・97年日本学生七種競技3位、98年同優勝
  中京大卒後 99年:5513点 00年:5642点 01年:5862点 02年:5637点
        03年:5910点 04年:5962点 05年:5905点 06年:5884点
        07年:5869点 08年:5576点

★2009年の成績

 6月27、28日に広島・ビックアーチで開かれた日本陸上競技選手権大会の女子7種競技で、5802点で大会8連覇。11月に中国・広州で開かれるアジア選手 権及び12月に香港で開催される東アジア大会の日本代表に選ばれました。アテネ五輪、2度の世界選手権に続く世界の舞台への出場に向けて挑戦中です。

★ここまでの流れ

 【2000年】 初めて日本記録を樹立したのは2000年6月。石川県松任市で開かれた日本選抜混成で5642点をマーク。従来の日本記録(5639点=95年、生方留美子)を破りました。

 【2001年】 この年の6月には佐藤さよ子選手が5713点を出し、日本記録を譲りましたが、10月に日本選抜混成(松任)で、5862点をマークし、日本記録保持者の座を奪還しました。

 【2002年】 日本選手権を制して、韓国の釜山で開かれたアジア大会に出場し、5位に入賞しています。

 【2003年】 「さかえクリニックTC」に所属が変わったこの年の6月、日本選手権(横浜国際)で日本記録を5910点に伸ばしました。その後、03年11月の国際陸連によるアテネ五輪参加標準記録の見直しにより、七種競技の参加標準記録Bが5900点に改定されたため、中田はB標準突破者ということになりました。この年のアジア選手権では銀メダルを獲得しました。

 【2004年】 五輪イヤーのこの年、6月4、5日に日本選手権(鳥取・布勢)で、日本記録をさらに52点更新する5962点で優勝。目標だった日本初の6000点とA標準(6050点)突破はなりませんでしたが、自身2度目のB標準突破を果たしました。
この実績が評価され、6月14日に日本陸連が決定・発表したアテネ五輪代表の中に、中田の名前が! 日本の混成競技の選手としては、男女を通じて64年東京五輪以来40年ぶりの五輪出場を果たしました。五輪では28位でした。

 【2005年】 6月4、5日の日本選手権(東京・国立)では、日本記録には届かなかったものの5905点で優勝。前年の日本選手権に続いて自身2度目の世界選手権参加標準記録B(5900点)を突破したのが評価され、第10回世界陸上選手権(ヘルシンキ)の代表に選ばれました。世界選手権に女子七種競技の日本選手が出場したのも初めてのことでした。世界選手権は20位でした。東アジア大会では銀メダルを獲得しました。

 【2006年】 「日本保育サービス」の所属となり、以来新たなご支援をいただきながら競技に取り組んでいます。この年はカタールのドーハで開かれたアジア大会に出場し、4位に入賞しました。

 【2007年】 日本選手権を6連覇し、日本で16年ぶりに開かれた第11回世界陸上選手権大阪大会に出場。満場の観客の皆さんの大声援を受け、23位となりました。

 【2008年】 日本選手権で7連覇したものの、惜しくも北京五輪の参加標準記録に届かず、2度目の五輪出場は次への課題に持ち越されました。
 この年から小学生への混成競技や陸上競技の普及や、スポーツの楽しさを伝えるイベント「キッズアスレティック・フェスティバル」を企画・運営。10月に第1回大会を開催しました。

 【2009年】 日本選手権では、世界選手権ベルリン大会の参加標準記録B(5900点)にはあと一歩届きませんでしたが、8連覇。11月のアジア選手権では銀メダルを獲得。03年大会に続く自己最高順をマーク。もう一度世界の舞台へ挑む手ごたえをつかみました。
 12月の東アジア大会で、さらに大きなステップとなる成果を上げようと努力しています。キッズアスレティック・フェスティバルも3月と10月の2度開催。普及活動に努めています。
 また、毎年11月に開催される幅広い年代の方々に混成競技を楽しんでいただくイベント「エブリバディ・デカスロンin愛知」の運営にも、中京大学在学中から継続して関わっています。

 【2010年】 日本選手権は圧勝で9連覇。11月に中国の広州で開かれたアジア大会に3大会連続で出場し、日本女子の混成競技では7大会(28年)ぶりのメダルとなる銀メダルを獲得しました。

★夢

 夢は“混成競技の魅力を拡めること”。
 中田には、次世代を担うこどもたちに、自らの手で目指すものを獲得して欲しいという想いがある。陸上競技選手、混成競技選手が子供たちの憧れる存在となること目指している。
 中田は、たくさんの子供たちに混成競技を楽しめる機会が提供できれば、走・跳・投のいろんな種目を体験し、そこから自分の可能性に触れ、挑戦すること、最後まであきらめないことの大切さを知ってもらえるのではないか…と考えた。
 “混成競技を陸上競技の入り口に、スポーツの入り口に”
 その想いを1つの形にしたもの、それが小学生対象の5種競技体験型イベント“キッズアスレチックスフェスティバル”である。中田を中心に現役アスリートらが企画・運営に携わり、東海デカスロンチームとタッグを組んで、2008年10月開催を実現。新しいイベントとしてスタートしている。


今後も夢にときめきながら、アスリートとして美しいパフォーマンスを目指し、世界の舞台へ挑戦してまいります。ご声援よろしくお願いいたします!

このほか、東海デカスロンチーム関係者が持つ日本トップの記録としては、

◆飯田敦彦(中京大、現・小島プレス所属)が持つ、30分十種競技の日本最高記録6239点(99年)
 (飯田は30分で競技を行いましたが、記録は「1時間十種競技」として認められています)

◆女子の30分七種競技で征矢範子さん(東京陸協、現・筑波大付高教)が99年に出した日本最高記録の4134点も、
 東海デカスロンチーム主催の「エブリバディ・デカスロン」大会でマークされたものです。