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NO.20 2002年 1/28(月) : 指導者
人には誰でも「良いところ」「悪いところ」がありますよね。

「良いところ」だらけの人なんかは見たことないし、その反対に「悪いところ」だらけの人、「良いところ」が一つもない人なんか見たことないです。
人に指導したり教育する立場に立ったとき、良いところを褒めてあげれるような先輩、上司が理想ですよね。

もちろん叱ることも必要だし、悪いことは悪いと注意するのは当然です。
人の粗は結構目に付きやすいのですが、良いところってのはなかなか目につきにくいんですよね。
でも、悪い所を叱るばかりじゃなく良いところもそれ以上に褒めてあげてその人を伸ばしてあげられる、またやる気にさせてあげられる、そんな先輩、上司になりたいと思います。

これを目標としている僕の考えに対して、厳しく厳しく・・・という考えの人もいることと思いますが、指導される立場の者にもよると思いますしそれはそれで悪いとは思わないのですが、ただ「ついてこない者、出来の悪い者は放っておく」という考えじゃなく、「どうすれば頑張れて、伸びるのだろう?」という、いろいろなことに気を配って、頑張っていることにも気づいてあげられる、心の広い人間でありたいと思います。

みなさんは、どう思いますか?

NO.19 2002年 1/9(月) : 誇り
新年、あけましておめでとうございます。みなさんはいいお正月を迎えれましたか?

僕は今回、元旦にお休みをいただきまして家族三人幸せに迎えることができました。これからも家族で楽しいお正月を迎えていけたらどんなに幸せだろう・・・って思いました。

今の僕にとって一番大切なもの失いたくないものはこの「家族」です。どんなことがあっても守っていきたい・・・そんな風に思います。

「失いたくないものがあると人間は強くなれる」、反対に「弱くなる」、いろいろな意見を聞いたことがありますが、少なくとも僕は弱くはなってはいません。もちろん攻撃する必要はなく、降りかかる火の粉を払えればそれでいいんですよね。だったら本当はどっちでもよく守れさえすればそれでいいんです。

このことが格好いいとか悪いとかは人それぞれ感じ方が違うでしょうが、僕自身は誇りに思います。(守れればの話ですけどね・・・。)

みなさんは感じたことがありますか?

NO.18 2001年 11/22(木) : 対話
他人の話しを十分聞き、理解したうえで自分の意見を述べ理解してもらう。そういった「対話」は、もちろん一人では出来ません。当然相手があり初めて成立するものですよね。

そういった「対話」がなければ考えが偏ったままになってしまうし、成長ってものがなくなるような気がします。他人の意見を先ず聞くことによって、今まで自分自身が考えていた事とはまた違った角度から物事を考える事が出来る新しい発見があり、自分の意見を聞いてもらいそれに対しての意見を聞かせてもらって、また違った角度からの新しい発見が生まれるような気がします。

そのためには、「素直な心」が必要なのかもしれません。他人の意見を突っぱねるような心しかもっていなければ、ただの「頑固者」にすぎません。僕の中では「こだわり」ってものと種類が違うような気がします。

自分自身を高めていくという意味で、絶対譲る事の出来ない信念とこだわりを持ちつつ他人の意見は意見で聞き、その中でもう一度自分自身が考えて行動できるような人間になれれば・・・と思っています。

柔軟な心と素直な心を持った人間に。

みなさん、どうお考えですか?

NO.17 2001年 11/10(土) : 生命
生きているものの生命(いのち)ってたった1つだけしかないんですよね。
その1つを失ってしまったら当然代わりはないんですよね。

この「生命」って、普段の日常生活の中ではあるのが当たり前の事であって、なかなか感じることの出来ないものでもあります。もし、この「生命」が無くなってしまえばこの「当たり前」ということも感じられなくなってしまうんですよね。想像も出来ませんよね。

そのたった1つの生命を簡単に自ら絶ってしまう人もいれば、そのたった1つの他人の生命を簡単に奪ってしまう人も最近では珍しくないくらい何人もいます。もちろん病気や事故でで亡くなる人もたくさんいると思います。ほとんどの人がもっと生きたいはずなのに・・・

自分の、そして他人の生命の尊さってものをほんの少しでも考える事が出来れば、身近で起こる争いから殺し合い、現在世界を騒がし怯えさせているテロ、それに対する報復戦争、そんなものが行われる事が無くなるのではないのかな〜?なんて思います。

もちろん極論だと思う人がほとんどだと思いますが、最初から無理と思えばいつまでたっても現実にはならないし、バカげた正論にしかなりません。一人一人が持つ気持ち一つ一つがこの世の中を大きく変えていく第一歩になることを、一人一人が自覚する事が大きな力になるんだと思います。

みなさん、どう思いますか?

NO.16
2001年 10/24(水) : 幸せ
最近変な事件が多い中、みなさんそれぞれ考える事が多くなっていますよね。
考える事といったらやっぱり「報復戦争」「狂牛病」。そんな暗〜い話題の中、現在白熱中のプロ野球日本シリーズ「ヤクルトvs近鉄」やマリナーズは敗れてしまったけど「アメリカ大リーグ」、その他スポーツが明るい話題を作ってくれています。

ところで「幸せ」って考えた事ありますか?大体の人が大なり小なり一度は感じたことがあると思いますが、では一体どんな事なのでしょう?
もちろん「これだ!」って言う答えはないと思いますが、食べる事に、寝る事に、目標をクリアできた事に、好きな人と一緒にいられることに、欲しいものが手に入ったときに・・・数え上げればキリが無いほど「幸せと感じる瞬間」は挙げる事が出来ます。

しかし、当然みんなそれぞれ違いますよね。「幸せ」って人から言われて思うものじゃなく、自分が「幸せ」と気付いたり感じた瞬間が本当の「幸せ」って事なんでしょうね。
その瞬間に気付くのが多ければ多いほど心は豊かになっていくような気がするのですが、みなさんはどれくらい「幸せ」って感じたことがあるのでしょうか?

よければぜひ、「幸せ話」を掲示板にてお知らせください。本当に些細な事で結構です。「幸せ話」を聞いて現在の嫌〜な世界情勢の中で心を和ませる一輪の花を教えてください。

NO.15
2001年 9/22(土) : 間違い電話
家の電話に、携帯電話にかかってくる間違い電話

別に間違えたら間違えたで全然いいんですけどそのときの対応ってのが「どうかな・・・?」って思うことが結構あります。皆さんも思ったことないですか?

「すみません、間違えました」ってひとこと言ってくれれば何とも思わないのですが、電話の向こうでクスクス笑ってたり何にも言わずに切ってみたりされるから気分が悪くなるんですよね。
誰もが一回はされた経験があると思うのですが、そこで「腹立つ」とか「おかしい」とかみんなが思ってればこんなことは無くなる様な気がするのですが一向に無くなる気配はありません。ってことは、されてもそんな思いをしない人たちがたくさんいるのでしょうか?それとも、自分は嫌だけど他人のことは別に何とも思わないのでしょうか?

たまに「すみません、間違えました」って言われると、「あ〜丁寧な人だなあ」とか「ちゃんとした人だな〜」って感じてしまうくらいです。本当は当たり前のことでなければならないのに、その当たり前のことをそんな風に感じてしまう今の現状が本当はおかしい事なのではないのでしょうか?

いずれにしても、結局は自分がされたときに「おかしい」って感じる心の欠如と、そんなことをして他人が気分が悪くすることを何とも思っていない人たちが何人もいるってことですよね。

自分がされて嫌な事は他人には出来るだけしたくないですよね。

皆さんはどう思いますか?

NO.14
2001年 9/10(月) : 三蔵法師
この前、TVの「この時歴史は動いた」で「三蔵法師」のことが放送でありました。

僕なんかは「西遊記」でしか三蔵法師って言う人を知らなかったのですが実在の人物で、しかも本当にガンダーラへお経をいただきに旅をした人なんですね。
中国から三年かけての旅で、命を落としそうになった時もあり多難な旅だったみたいです。

そもそもは、腐敗した中国を救おうっていう「自分がやらなければ・・・」っていうのがキッカケで、「国を出てはいけない」という法律を破ってまで自分の信念と中国を想う心が彼を動かしたみたいです。

そこで考えるのが、他人の為に死ぬかもしれない苦難な旅をする事が出来るのか?ってことです。
自分の事ばかりではなく他の人のことも考え、出来るだけ動こうって思ってますがなかなか・・・。言葉で言うのは簡単なのですが行動となると難しいです。
その人の為にって行動したことでも、「ありがとう」とかの言葉を期待してたりします。ってことは何らかの「見返り」みたいなものをその人に求めてるのと同じような事なのでしょうか?

そう考えたら「三蔵法師」っていう人は素晴らしい人だなぁって思いませんか?見返りを期待せず、命をかけて旅をし、他人の為に行動する。
「そういう事する人も、心の底を突き詰めれば自己満足で、自分がそうしたいからやっただけのこと」っていう意見の人もいると思いますが、結果として人民を救い、精神的な強さを人民を救う為に使ったのは事実です。
もしかしたら僕らには想像の出来ないくらい、本当に自分の身を投げ出してまで他人の為だけに行動する事の出来る人だったのかも知れません。

時代は違えど、立場は違えど同じ人間なのだから自分にも出来ない事はないって考えるのですが・・・。ん〜、少しでもその精神に近づけるよう日々精進していこうと思います。

みなさんも一緒にどうですか?

NO.13 2001年 9/5(水) : 児童虐待
最近、この事件が多いような気がしませんか?
ryomapon voiceに書かなくても、みなさん個人個人で「おかしい」って思ってることと思います。

でもこの「おかしい」って感じることが僕らの中での常識であって当たり前のことなのですが、こんなに続いて事件が起こるって事は明らかにこの「おかしい」って思う心が欠如しているのではないか?って考えます。

「人のフリ見て我がフリ直せ」って言葉があるように、現在自分がそういった行為をしてるならばそれに関する事件のNEWSをみて「あかん」とか「かわいそう」って思ったら止めれるような気がするのですが・・・。
その人たちにとってはそんな簡単な事じゃないのでしょうか?ちょっとした気の持ち方なのでしょうが・・・。

結局は弱い者いじめなのですが、「みんなで考えよう」のページで僕が書いているように、子供同士の世界ではなく大人の世界でも行われ、しかも大人が子供の世界に足を踏み入れいじめを行っているという大変な事態なのではないでしょうか?

「しつけ」と「いじめ」は似ても似つかない全く別物です。結局は気の持ち方で、相手の事を本当に思いやり愛情をもって接しているのと、腹立ち、憎しみで接しているのとは180度違いますよね。

大人が大人になりきれてないセイかも知れません・・・。

みなさんはどう感じていますか?

NO.12 2001年 8/26(日) : 横断歩道
信号が青になったので横断歩道を渡っていると、右折する車が突っ込んできました
後ろからだったので来てるのを知らなくて、真横にきたときビックリして止まると、その車の運転手はにらんで僕の前をすごい勢いで通り過ぎて行きました
「???」ボ〜っと渡っていたのでしょうが、信号は青だし・・・。
急いでいたのかも知れないのですが、そういう問題じゃなく歩行者を車で威圧して我を通そうっていう、そこがどうかな〜って考えました。

そうやって考えると、力の無い者に対して力の誇示で自分を押し通すってこと、最近の事件でも何か多くないですか?
幼児虐待、子供の誘拐、殺人。その他には集団で一人に暴行を与えるリンチ、いじめ・・・etc。

こんな時、半分は他人の事を考えてあげる事が出来る人間が増えれば・・・っていう少林寺拳法の教えである「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを」 この言葉が頭をよぎり、自分自身に対しての戒めにもなります。

もう一度、自分自身はどうであるかってところを考えてみて、明日は今日よりも一回り大きく、そして一歩前進している自分でありたいと思います。

みなさんは、どうですか?

NO.11 2001年 8/17(金) : 阿波踊り
徳島市では8月12日〜15日まで阿波踊りが開催されました。今年は昨年を上回る人出だったらしいです。

我が徳島津田支部は8月14日(火)に毎年恒例の少林寺連で阿波踊りに参加しました。(ホームページでも後日紹介予定です)
桟敷(さじき)での踊りは両国橋筋のみでしたが、輪になって踊ったりアーケード内の商店街を乱舞しました。すっごく楽しかったです。来年も再来年も踊るんで、皆さんぜひ参加してください。もちろん老若男女問いません。メール若しくは掲示板にて!

踊ったその日、阿波踊りも終わろうかという頃、通行規制で車進入禁止のはずの道路に一台の車が・・・と思いきや二台、三台とどんどんと車が通行していきました。道場の小さい子どもも引き連れての阿波踊り参加なので危ないですよね。
ヒョっと見るとパトカーが・・・。そこで一般の拳士がパトカーの中の警察に「通行禁止のはずなのに車がどんどん通行している。何かあったら、あなた方警察の責任になるんじゃないの?」と聞くと、警察は「私たちの責任じゃありません」とのお答え・・・。
ん?じゃあ何の為に警察がそんなところをパトカーでウロウロしたり規制している入口で警察(もしかしたら警備員かも?)が立ったりしてるの?

神戸の朝霧駅での将棋倒し事故にしても警察の警備体制や責任が問われているにもかかわらず、今だにそんな考えで職務に就いていると思うとちょっと首をかしげます。
阿波踊り開催前のNEWSで、徳島県警は「朝霧駅での事故を教訓として、今年の阿波踊りは警備強化に勤めたい」とのコメントが報じられていました。その言葉の通り歩道橋での足止め禁止みたいな事はやってたみたいですが・・・。それだけ?って感じですよね。一言で「事故」って言ってもいろいろなケースがあるというのに。

みなさんは、どう感じますか?

NO.10 2001年 8/6(月) : 広島原爆記念日
今日8/6、広島に原爆が投下されて56年目を迎えました。
21世紀最初の原爆記念日。広島で行われた平和記念式典ではこの言葉が何度か使われていました。

21世紀になったからと言って特別何か状況が変わるってものではないのでしょうが、気持ちの中での新しい出発って言うか、気持ちを新たにするっていうようなことなのでしょう。
この原爆が投下された太平洋戦争は20世紀の出来事です。僕は戦争を経験したことのない世代ですが、もう二度とあんな悲惨な戦争を起こしたくないという気持ちはみんな同じでしょう。
たとえ戦争を知らなくても、過去の出来事として忘れるのではなく、隠すのではなく後世に伝え21世紀以降起こさないようにするのがこれからの日本を担う僕達の仕事であるような気がします。

しかし、「戦争」って言ったら国同士が争い、兵器を使って殺しあうことですが、人と人が憎しみあい傷つけあうことなんて、最近では日常茶飯事で皆さんもNEWSで報道されるたび「またか〜」って思ってませんか?、そのような事件に対して何となく麻痺してませんか?当然自分に直接的に関係する事じゃないし、遠い場所で起こっている事件ですから無理もないのでしょうが。でも、それを「おかしい」って思う心があれば・・・

結局きれいごとかも知れませんが、人と人が憎しみあい、ましてや殺してしまうなんてこと本当に許せませんよね。当然無くさなければなりませんよね。
「仕方がない」って思ってしまえばそれまでのような気がします。無くせるものも無くせないような・・・。
「こうやったら無くす事が出来る」なんてものがある訳ではないのですが、ほんの少しだけでも他人を思いやる気持ち・・・ってのが一人一人の心の中にあれば幸せな世の中になるような気がしませんか?

みなさんはどう思いますか?

NO.9 2001年 8/4(土) : 朝霧駅将棋倒事故
この前大阪に遊びに行ったときに、7/21の花火大会で事故があった朝霧駅に行ってきました。

花束が供えてあり、その他お菓子とか本とか机の上だけでは置ききれず、その下にまでたくさんの人たちの思いが亡くなった11人に送られてました。
「現場です。踏まないでください」と書かれてある足元を見てみると、犠牲となった妹へお姉ちゃんがそこへメッセージを書いてあり、その脇の手すりは外側へ曲がってました。
それを見て何とも言えないものがこみあげ、今は何ともない普通の通路が何日か前の悲惨な事故の現場であることを認識させられました。

子ども9人と、お年寄り2人が犠牲となったこの事故。他に怪我をした人たちの割合は、男性の数に対して女性の数の方が2.5倍多かったみたいです。

ニュースやワイドショー等で騒がれているように、警察や警備員には十分責任はあるし、彼らがもっとちゃんとした配慮と警備、誘導をしていれば死者をも出すこんな事故は起こらなかったでしょう。今回の事で今後のこういった花火大会やお祭りでの警備の配慮は見直され二度とこんな事故が起こらないような措置がとられる事と思いますし、そうでなければ絶対にいけませんよね。

しかし、今回警察のせいにして「それで終わり!」でいいのでしょうか?
自分達の事ばかりではなく、一人一人が周囲の人に少しでも気を配る事が出来たら・・・
自分より弱い者を助けようって気持ちが一人や二人だけじゃなく、みんなにあったら・・・

みなさんはどう思いますか?

NO.8 2001年 7/24(火) : ごみ
今回は「ごみ捨て」について考えてみましょう。

みんなゴミをちゃんとゴミ箱に捨てているんでしょうか?
もちろん、家や会社ではきちんとゴミ箱に捨ててるでしょうね。
では、外に出たときはどうなんでしょう?
このときがなかなかちゃんとゴミ箱に捨てれないんですよね。特にタバコ・・・。
ちょっとした小さいものですからついいけないって思っていても捨ててしまっちゃいます。

何年か前にTVで信号待ちに車のドアを開けて灰皿に入っているタバコの吸殻や灰をそのまま山積みに道路に捨てている場面のCMがありました。
実際僕が大阪で生活しているときに何度か見たことのある場面でした。

結局は誰かが拾って掃除しなければきれいになりません。捨てている人がいる限り絶対きれいにはなりませんよね。
でも、もし日本の国民一億二千六百万人全員がたった一個のゴミを一日ひとつずつ拾うと一日に一億二千六百万個のゴミが一気に日本の道路や公園などから無くなり、二個ずつだと二億五千二百万個一気に無くなる計算になります。もし、今現在一日に一個ずつみんながゴミを捨てているとするならば、それをやめて拾うだけでみるみるうちに日本がきれいになるんですよね。
すごいことです。
一人一人のちょっとした意識の改革とちょっとした行動ですごい変われるんですね

誰かが・・・っていう気持ちをちょっと抑えて、まずは自分が・・・っていう気持ち。

みなさん、どうですか?

NO.7 2001年 7/14(土) : お礼
前に「あいさつ」について書いたことがありますよね。みなさんの記憶にも新しいと思います。あいさつには「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」・・・いろいろあります。

今回は「お礼」について考えてみたいと思います。
って僕も完全に出来てるか?って言われると、「・・・」です。

お礼を言うことって結構多いですよね。
落ちた物をひらってもらった時、何か物を取ってもらったとき・・・etc
ささいな事を挙げればキリがないほどです。

日常で「してもらう」って事が多いからでしょうか?してあげた事に対してお礼はおろか、当たりまえのような顔をしているのを結構見かけたりします。

例えば、車を運転していて細い道で対向車に出くわし、こっちが車を横によせて止まり対向車を先に行かせてあげたときとか、横から出てきた車を入れてあげたときなどに当たりまえのような顔をして行かれると、お礼を言ってもらうつもりでやったわけでもないけど何か少し気分が悪くなります。

そんな事を助手席に乗っていた子に話すと「そんなん気にするくらいなら、最初からせんかったら?」って言われました。
確かにその通りかも・・・。何回かそんな事を言われ続け、今では見返り?を求めず善意の心で・・・って訳にはなかなかいきません。まだまだその域には達していないようです。

他人にそれを求めず本当に善意の心でやってればそんなことは思わないのでしょうね。いつかは達してみたいものです。
でも、自分自身いつも感謝の気持ちを忘れず、してくれた事に対して素直な心で「ありがとう」って言えるような人間でありたいと思っています。

でも今のところは「・・・」です。

みなさんはどうですか?

NO.6 2001年 7/7(土) : 子どもに対する親
最近かどうかは分からないんですけど、子どもに甘い親っていうのが目立つようです。

今日僕の働く店に、女性が旦那さんと子どもと一緒にお買い物にきてくれました。
女性は自分の気に入るものを探すのに精一杯。子どものおもりを旦那さん。その子どもが
うちの店のディスプレイをいじり、あっちへやったりこっちへやったり・・・ディスプレイとして置いてあるおもちゃを壊し、本も破いてしまいました。それだけでは飽き足らず遂には商品にまで手を出しいじりまくり・・・。それでも女性は商品探しに精一杯。旦那さんはと言うと、全く注意する気配もなく放ったらかしでした。

それを見かねた店長が、注意してやめていただくよう旦那さんにお願いしたんですが止めさすような注意をする訳でもなく子どもは平然。
たまらず母親である女性にお願いしたところ、「そんなん言われるんやったら、もうこんな店で買わん!」と、怒って帰ってしまいました。

店長の言い方がきつかった訳でもなかったと思うのですが、それよりもその子の親っていう人が「子どもやから、そんなんしゃ〜ない」とか「子どもやから周りはそれくらい許すやろ〜」とでも思ってるんでしょうか・・・?

自分の子どもにくらい、悪い事は「悪い」やってはいけないことは「駄目」ってきちんと注意をし、やめさせるようにしなければって思うのですが、それを言えないのか、もしかしたら親自身そういった判断が出来ないでいるのか・・・。

みなさんはどう思いますか?

NO.5 2001年 7/1(日) : 不審者に注意
6/8、大阪教育大学付属池田小学校に男が乱入し、刃物で児童らに切りつけた事件はみんなの記憶にも新しいでしょう。
この事件をきっかけに、全国の小学校の管理体制が問われました。

ある小学校に用事で行ったときに、校内には「注意」と大きく書かれた紙が所々に張られてありました。よ〜く見ると不審者に注意・・・でした。

僕たちが通ってた頃の小学校って、そんな不安なんて全然なかったですよね。当然いじめなんかは当時からあっただろうけど、外部からの、しかも全く力の違う大人からの危機感なんか感じたことが無かったように思えます。家と学校って、すっごく安全な場所って感じだったのに・・・

それが、今では通学の時だけではなく学校内でも注意しなければいけなくなって。大変ですよ、これは!

みなさんは、どう考えますか?

NO.4 2001年 6/26(火) : あいさつ
「あいさつ」ってみなさん考えた事ありますか?
人と会ったとき、一番に交わすのが「あいさつ」ですよね。
特に、初対面の人となんかとの第一印象ってこれがすっごく重要だったりします。
ひとつの礼儀なんでしょうね。

僕の通う徳島津田道院では、先生や先輩が道場にやってくると練習を中断してでも合掌礼で「こんばんは」ってあいさつします。
拳士たちはあたりまえのこととしてあいさつをしてるんだけど、こんな「あたりまえ」って思ってることが実はみんなが出来ていない事で、学校でほめられたりするみたいです。

小さな子どもたちが出来ているのに、若い子から大人まで出来ていない人って大勢いるんでしょうね・・・。

「そんなこと、ど〜でもいい」とか「別に必要じゃない」と、もしかしたら思ってる人もいるかも知れないけど、本当にそうなんでしょうか・・・?

皆さんはどうですか?

NO.3 2001年 6/14(木) : 人間関係
かる〜い気持ちで言った言葉が人を傷つけてしまうことってありますよね。言った方は本当に冗談のつもりだったのに、そのひと言が人間関係に大きな溝をつくってしまって・・・。

一生懸命やっていることに対して中傷的な言葉を言ってみたり、喜んでいる事に対してケチをつけてみたり・・・。面白いと思って言った言葉が言われた方にしてみればすっごく傷ついていたり。
そこで怒ったら「冗談が通じない奴」だとか「面白くない奴」だとか・・・

当然僕も今まで何回もそんなことがあったと思うし、気づかない事だって数え切れないくらいあったんだろうって思います。気付く度に反省してるのに、また同じ事を繰り返してしまってその都度自己嫌悪・・・

子どもの頃によく周りの大人たちが言っていた「自分が言われて(されて)嫌な事は他人にも言う(する)な!」って言葉が今の年になって胸に響きます。

何かの番組で誰かが言ってました。「現代はモラルじゃなく乗りで行動する傾向があり、最近の事件も乗りで起こしているのが多い」

確かにそうかも知れません。「いじめ」なんかそれがほとんどじゃないのかなあ?
いけないことと頭で分かっていても、「乗り」に支配されてズルズルと続いてしまう。

みなさんはどう思いますか?そしてみなさんはどうですか?

NO.2 2001年 6/6(水) : タバコ
今回は、かった〜い大人の目から見たうっと〜しくなるようなお話をします。

昨日の朝、高校生たちが自転車で登校していました。ヒョッとみると、ある高校生の口から白くなった息が・・・左手にタバコ発見!見た目には別に普通の子。

そして今日、会社から車で帰ってくる途中、家の近所のスーパーの前で4〜5人の高校生がふざけあっていました。みんなくわえタバコに白い息・・・。堂々と大きな声でじゃれあっていました。

未成年のタバコは日本の法律としては禁止されている。しかし、世間の人たちは禁止していない。見て見ぬフリをしているのか、関係ないと思っているのか、それとも別にいいって思ってるのか・・・?

まあ、最近は(最近に始まった事かどうかはさておき・・・)いろいろな事件が起こっている。注意などして若者に殴り殺されたりしたらたまったもんじゃない・・・って思っている人も少なくはないんじゃないかな?

別に未成年がタバコ吸ってもいいじゃん!ってほとんどの人が思ってるとするのだったら、別に法律なんかで規制する事の方が間違っているのでしょうか?

あなたはどう思いますか?

NO.1 2001年 5/27(日) : これから始まる ryomapon voice!       
始まりました。管理人である私、ryomaponの言いたい放題のページ。
何が言いたいのかまだ全くわからないけど、何か言うていこうと思っております。
今、インターネットをやっている人はものすごいたくさんいます。あと何年かしたらみ〜んなやってるんじゃないか?ってくらいの勢いです。
その中で、ホームページを出してる人もいっぱいいます。少林寺拳法関連だけでもびっくりするほどたくさんあります。
そのホームページにおじゃました時、必ず掲示板をみます。そしたら、少林寺拳法をやってる人もやってない人も、み〜んなが書き込みしてるじゃないですか。感動しました。今でも感動しています。
素朴な疑問から「オッ!」ていういろいろな質問に、管理人さん以外の人たちがそれについて答えてあっつ〜いやりとりが交わされてます。いろいろな人たちのそれぞれ違った方向からの意見が聞けてすっごく勉強になります。
僕はそんなホームページに憧れ、このホームページの管理人になりました。
あっつ〜いのからさっぶ〜いのまでどんどん書き込んでいっちゃってください。
これからも、この少林寺拳法徳島津田支部ホームページをよろしく!
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2003.6. 9

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NO.20 2002年 1/28(月) : 指導者
人には誰でも「良いところ」「悪いところ」がありますよね。

「良いところ」だらけの人なんかは見たことないし、その反対に「悪いところ」だらけの人、「良いところ」が一つもない人なんか見たことないです。
人に指導したり教育する立場に立ったとき、良いところを褒めてあげれるような先輩、上司が理想ですよね。

もちろん叱ることも必要だし、悪いことは悪いと注意するのは当然です。
人の粗は結構目に付きやすいのですが、良いところってのはなかなか目につきにくいんですよね。
でも、悪い所を叱るばかりじゃなく良いところもそれ以上に褒めてあげてその人を伸ばしてあげられる、またやる気にさせてあげられる、そんな先輩、上司になりたいと思います。

これを目標としている僕の考えに対して、厳しく厳しく・・・という考えの人もいることと思いますが、指導される立場の者にもよると思いますしそれはそれで悪いとは思わないのですが、ただ「ついてこない者、出来の悪い者は放っておく」という考えじゃなく、「どうすれば頑張れて、伸びるのだろう?」という、いろいろなことに気を配って、頑張っていることにも気づいてあげられる、心の広い人間でありたいと思います。

みなさんは、どう思いますか?

NO.19 2002年 1/9(月) : 誇り
新年、あけましておめでとうございます。みなさんはいいお正月を迎えれましたか?

僕は今回、元旦にお休みをいただきまして家族三人幸せに迎えることができました。これからも家族で楽しいお正月を迎えていけたらどんなに幸せだろう・・・って思いました。

今の僕にとって一番大切なもの失いたくないものはこの「家族」です。どんなことがあっても守っていきたい・・・そんな風に思います。

「失いたくないものがあると人間は強くなれる」、反対に「弱くなる」、いろいろな意見を聞いたことがありますが、少なくとも僕は弱くはなってはいません。もちろん攻撃する必要はなく、降りかかる火の粉を払えればそれでいいんですよね。だったら本当はどっちでもよく守れさえすればそれでいいんです。

このことが格好いいとか悪いとかは人それぞれ感じ方が違うでしょうが、僕自身は誇りに思います。(守れればの話ですけどね・・・。)

みなさんは感じたことがありますか?

NO.18 2001年 11/22(木) : 対話
他人の話しを十分聞き、理解したうえで自分の意見を述べ理解してもらう。そういった「対話」は、もちろん一人では出来ません。当然相手があり初めて成立するものですよね。

そういった「対話」がなければ考えが偏ったままになってしまうし、成長ってものがなくなるような気がします。他人の意見を先ず聞くことによって、今まで自分自身が考えていた事とはまた違った角度から物事を考える事が出来る新しい発見があり、自分の意見を聞いてもらいそれに対しての意見を聞かせてもらって、また違った角度からの新しい発見が生まれるような気がします。

そのためには、「素直な心」が必要なのかもしれません。他人の意見を突っぱねるような心しかもっていなければ、ただの「頑固者」にすぎません。僕の中では「こだわり」ってものと種類が違うような気がします。

自分自身を高めていくという意味で、絶対譲る事の出来ない信念とこだわりを持ちつつ他人の意見は意見で聞き、その中でもう一度自分自身が考えて行動できるような人間になれれば・・・と思っています。

柔軟な心と素直な心を持った人間に。

みなさん、どうお考えですか?

NO.17 2001年 11/10(土) : 生命
生きているものの生命(いのち)ってたった1つだけしかないんですよね。
その1つを失ってしまったら当然代わりはないんですよね。

この「生命」って、普段の日常生活の中ではあるのが当たり前の事であって、なかなか感じることの出来ないものでもあります。もし、この「生命」が無くなってしまえばこの「当たり前」ということも感じられなくなってしまうんですよね。想像も出来ませんよね。

そのたった1つの生命を簡単に自ら絶ってしまう人もいれば、そのたった1つの他人の生命を簡単に奪ってしまう人も最近では珍しくないくらい何人もいます。もちろん病気や事故でで亡くなる人もたくさんいると思います。ほとんどの人がもっと生きたいはずなのに・・・

自分の、そして他人の生命の尊さってものをほんの少しでも考える事が出来れば、身近で起こる争いから殺し合い、現在世界を騒がし怯えさせているテロ、それに対する報復戦争、そんなものが行われる事が無くなるのではないのかな〜?なんて思います。

もちろん極論だと思う人がほとんどだと思いますが、最初から無理と思えばいつまでたっても現実にはならないし、バカげた正論にしかなりません。一人一人が持つ気持ち一つ一つがこの世の中を大きく変えていく第一歩になることを、一人一人が自覚する事が大きな力になるんだと思います。

みなさん、どう思いますか?

NO.16
2001年 10/24(水) : 幸せ
最近変な事件が多い中、みなさんそれぞれ考える事が多くなっていますよね。
考える事といったらやっぱり「報復戦争」「狂牛病」。そんな暗〜い話題の中、現在白熱中のプロ野球日本シリーズ「ヤクルトvs近鉄」やマリナーズは敗れてしまったけど「アメリカ大リーグ」、その他スポーツが明るい話題を作ってくれています。

ところで「幸せ」って考えた事ありますか?大体の人が大なり小なり一度は感じたことがあると思いますが、では一体どんな事なのでしょう?
もちろん「これだ!」って言う答えはないと思いますが、食べる事に、寝る事に、目標をクリアできた事に、好きな人と一緒にいられることに、欲しいものが手に入ったときに・・・数え上げればキリが無いほど「幸せと感じる瞬間」は挙げる事が出来ます。

しかし、当然みんなそれぞれ違いますよね。「幸せ」って人から言われて思うものじゃなく、自分が「幸せ」と気付いたり感じた瞬間が本当の「幸せ」って事なんでしょうね。
その瞬間に気付くのが多ければ多いほど心は豊かになっていくような気がするのですが、みなさんはどれくらい「幸せ」って感じたことがあるのでしょうか?

よければぜひ、「幸せ話」を掲示板にてお知らせください。本当に些細な事で結構です。「幸せ話」を聞いて現在の嫌〜な世界情勢の中で心を和ませる一輪の花を教えてください。

NO.15
2001年 9/22(土) : 間違い電話
家の電話に、携帯電話にかかってくる間違い電話

別に間違えたら間違えたで全然いいんですけどそのときの対応ってのが「どうかな・・・?」って思うことが結構あります。皆さんも思ったことないですか?

「すみません、間違えました」ってひとこと言ってくれれば何とも思わないのですが、電話の向こうでクスクス笑ってたり何にも言わずに切ってみたりされるから気分が悪くなるんですよね。
誰もが一回はされた経験があると思うのですが、そこで「腹立つ」とか「おかしい」とかみんなが思ってればこんなことは無くなる様な気がするのですが一向に無くなる気配はありません。ってことは、されてもそんな思いをしない人たちがたくさんいるのでしょうか?それとも、自分は嫌だけど他人のことは別に何とも思わないのでしょうか?

たまに「すみません、間違えました」って言われると、「あ〜丁寧な人だなあ」とか「ちゃんとした人だな〜」って感じてしまうくらいです。本当は当たり前のことでなければならないのに、その当たり前のことをそんな風に感じてしまう今の現状が本当はおかしい事なのではないのでしょうか?

いずれにしても、結局は自分がされたときに「おかしい」って感じる心の欠如と、そんなことをして他人が気分が悪くすることを何とも思っていない人たちが何人もいるってことですよね。

自分がされて嫌な事は他人には出来るだけしたくないですよね。

皆さんはどう思いますか?

NO.14
2001年 9/10(月) : 三蔵法師
この前、TVの「この時歴史は動いた」で「三蔵法師」のことが放送でありました。

僕なんかは「西遊記」でしか三蔵法師って言う人を知らなかったのですが実在の人物で、しかも本当にガンダーラへお経をいただきに旅をした人なんですね。
中国から三年かけての旅で、命を落としそうになった時もあり多難な旅だったみたいです。

そもそもは、腐敗した中国を救おうっていう「自分がやらなければ・・・」っていうのがキッカケで、「国を出てはいけない」という法律を破ってまで自分の信念と中国を想う心が彼を動かしたみたいです。

そこで考えるのが、他人の為に死ぬかもしれない苦難な旅をする事が出来るのか?ってことです。
自分の事ばかりではなく他の人のことも考え、出来るだけ動こうって思ってますがなかなか・・・。言葉で言うのは簡単なのですが行動となると難しいです。
その人の為にって行動したことでも、「ありがとう」とかの言葉を期待してたりします。ってことは何らかの「見返り」みたいなものをその人に求めてるのと同じような事なのでしょうか?

そう考えたら「三蔵法師」っていう人は素晴らしい人だなぁって思いませんか?見返りを期待せず、命をかけて旅をし、他人の為に行動する。
「そういう事する人も、心の底を突き詰めれば自己満足で、自分がそうしたいからやっただけのこと」っていう意見の人もいると思いますが、結果として人民を救い、精神的な強さを人民を救う為に使ったのは事実です。
もしかしたら僕らには想像の出来ないくらい、本当に自分の身を投げ出してまで他人の為だけに行動する事の出来る人だったのかも知れません。

時代は違えど、立場は違えど同じ人間なのだから自分にも出来ない事はないって考えるのですが・・・。ん〜、少しでもその精神に近づけるよう日々精進していこうと思います。

みなさんも一緒にどうですか?

NO.13 2001年 9/5(水) : 児童虐待
最近、この事件が多いような気がしませんか?
ryomapon voiceに書かなくても、みなさん個人個人で「おかしい」って思ってることと思います。

でもこの「おかしい」って感じることが僕らの中での常識であって当たり前のことなのですが、こんなに続いて事件が起こるって事は明らかにこの「おかしい」って思う心が欠如しているのではないか?って考えます。

「人のフリ見て我がフリ直せ」って言葉があるように、現在自分がそういった行為をしてるならばそれに関する事件のNEWSをみて「あかん」とか「かわいそう」って思ったら止めれるような気がするのですが・・・。
その人たちにとってはそんな簡単な事じゃないのでしょうか?ちょっとした気の持ち方なのでしょうが・・・。

結局は弱い者いじめなのですが、「みんなで考えよう」のページで僕が書いているように、子供同士の世界ではなく大人の世界でも行われ、しかも大人が子供の世界に足を踏み入れいじめを行っているという大変な事態なのではないでしょうか?

「しつけ」と「いじめ」は似ても似つかない全く別物です。結局は気の持ち方で、相手の事を本当に思いやり愛情をもって接しているのと、腹立ち、憎しみで接しているのとは180度違いますよね。

大人が大人になりきれてないセイかも知れません・・・。

みなさんはどう感じていますか?

NO.12 2001年 8/26(日) : 横断歩道
信号が青になったので横断歩道を渡っていると、右折する車が突っ込んできました
後ろからだったので来てるのを知らなくて、真横にきたときビックリして止まると、その車の運転手はにらんで僕の前をすごい勢いで通り過ぎて行きました
「???」ボ〜っと渡っていたのでしょうが、信号は青だし・・・。
急いでいたのかも知れないのですが、そういう問題じゃなく歩行者を車で威圧して我を通そうっていう、そこがどうかな〜って考えました。

そうやって考えると、力の無い者に対して力の誇示で自分を押し通すってこと、最近の事件でも何か多くないですか?
幼児虐待、子供の誘拐、殺人。その他には集団で一人に暴行を与えるリンチ、いじめ・・・etc。

こんな時、半分は他人の事を考えてあげる事が出来る人間が増えれば・・・っていう少林寺拳法の教えである「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを」 この言葉が頭をよぎり、自分自身に対しての戒めにもなります。

もう一度、自分自身はどうであるかってところを考えてみて、明日は今日よりも一回り大きく、そして一歩前進している自分でありたいと思います。

みなさんは、どうですか?

NO.11 2001年 8/17(金) : 阿波踊り
徳島市では8月12日〜15日まで阿波踊りが開催されました。今年は昨年を上回る人出だったらしいです。

我が徳島津田支部は8月14日(火)に毎年恒例の少林寺連で阿波踊りに参加しました。(ホームページでも後日紹介予定です)
桟敷(さじき)での踊りは両国橋筋のみでしたが、輪になって踊ったりアーケード内の商店街を乱舞しました。すっごく楽しかったです。来年も再来年も踊るんで、皆さんぜひ参加してください。もちろん老若男女問いません。メール若しくは掲示板にて!

踊ったその日、阿波踊りも終わろうかという頃、通行規制で車進入禁止のはずの道路に一台の車が・・・と思いきや二台、三台とどんどんと車が通行していきました。道場の小さい子どもも引き連れての阿波踊り参加なので危ないですよね。
ヒョっと見るとパトカーが・・・。そこで一般の拳士がパトカーの中の警察に「通行禁止のはずなのに車がどんどん通行している。何かあったら、あなた方警察の責任になるんじゃないの?」と聞くと、警察は「私たちの責任じゃありません」とのお答え・・・。
ん?じゃあ何の為に警察がそんなところをパトカーでウロウロしたり規制している入口で警察(もしかしたら警備員かも?)が立ったりしてるの?

神戸の朝霧駅での将棋倒し事故にしても警察の警備体制や責任が問われているにもかかわらず、今だにそんな考えで職務に就いていると思うとちょっと首をかしげます。
阿波踊り開催前のNEWSで、徳島県警は「朝霧駅での事故を教訓として、今年の阿波踊りは警備強化に勤めたい」とのコメントが報じられていました。その言葉の通り歩道橋での足止め禁止みたいな事はやってたみたいですが・・・。それだけ?って感じですよね。一言で「事故」って言ってもいろいろなケースがあるというのに。

みなさんは、どう感じますか?

NO.10 2001年 8/6(月) : 広島原爆記念日
今日8/6、広島に原爆が投下されて56年目を迎えました。
21世紀最初の原爆記念日。広島で行われた平和記念式典ではこの言葉が何度か使われていました。

21世紀になったからと言って特別何か状況が変わるってものではないのでしょうが、気持ちの中での新しい出発って言うか、気持ちを新たにするっていうようなことなのでしょう。
この原爆が投下された太平洋戦争は20世紀の出来事です。僕は戦争を経験したことのない世代ですが、もう二度とあんな悲惨な戦争を起こしたくないという気持ちはみんな同じでしょう。
たとえ戦争を知らなくても、過去の出来事として忘れるのではなく、隠すのではなく後世に伝え21世紀以降起こさないようにするのがこれからの日本を担う僕達の仕事であるような気がします。

しかし、「戦争」って言ったら国同士が争い、兵器を使って殺しあうことですが、人と人が憎しみあい傷つけあうことなんて、最近では日常茶飯事で皆さんもNEWSで報道されるたび「またか〜」って思ってませんか?、そのような事件に対して何となく麻痺してませんか?当然自分に直接的に関係する事じゃないし、遠い場所で起こっている事件ですから無理もないのでしょうが。でも、それを「おかしい」って思う心があれば・・・

結局きれいごとかも知れませんが、人と人が憎しみあい、ましてや殺してしまうなんてこと本当に許せませんよね。当然無くさなければなりませんよね。
「仕方がない」って思ってしまえばそれまでのような気がします。無くせるものも無くせないような・・・。
「こうやったら無くす事が出来る」なんてものがある訳ではないのですが、ほんの少しだけでも他人を思いやる気持ち・・・ってのが一人一人の心の中にあれば幸せな世の中になるような気がしませんか?

みなさんはどう思いますか?

NO.9 2001年 8/4(土) : 朝霧駅将棋倒事故
この前大阪に遊びに行ったときに、7/21の花火大会で事故があった朝霧駅に行ってきました。

花束が供えてあり、その他お菓子とか本とか机の上だけでは置ききれず、その下にまでたくさんの人たちの思いが亡くなった11人に送られてました。
「現場です。踏まないでください」と書かれてある足元を見てみると、犠牲となった妹へお姉ちゃんがそこへメッセージを書いてあり、その脇の手すりは外側へ曲がってました。
それを見て何とも言えないものがこみあげ、今は何ともない普通の通路が何日か前の悲惨な事故の現場であることを認識させられました。

子ども9人と、お年寄り2人が犠牲となったこの事故。他に怪我をした人たちの割合は、男性の数に対して女性の数の方が2.5倍多かったみたいです。

ニュースやワイドショー等で騒がれているように、警察や警備員には十分責任はあるし、彼らがもっとちゃんとした配慮と警備、誘導をしていれば死者をも出すこんな事故は起こらなかったでしょう。今回の事で今後のこういった花火大会やお祭りでの警備の配慮は見直され二度とこんな事故が起こらないような措置がとられる事と思いますし、そうでなければ絶対にいけませんよね。

しかし、今回警察のせいにして「それで終わり!」でいいのでしょうか?
自分達の事ばかりではなく、一人一人が周囲の人に少しでも気を配る事が出来たら・・・
自分より弱い者を助けようって気持ちが一人や二人だけじゃなく、みんなにあったら・・・

みなさんはどう思いますか?

NO.8 2001年 7/24(火) : ごみ
今回は「ごみ捨て」について考えてみましょう。

みんなゴミをちゃんとゴミ箱に捨てているんでしょうか?
もちろん、家や会社ではきちんとゴミ箱に捨ててるでしょうね。
では、外に出たときはどうなんでしょう?
このときがなかなかちゃんとゴミ箱に捨てれないんですよね。特にタバコ・・・。
ちょっとした小さいものですからついいけないって思っていても捨ててしまっちゃいます。

何年か前にTVで信号待ちに車のドアを開けて灰皿に入っているタバコの吸殻や灰をそのまま山積みに道路に捨てている場面のCMがありました。
実際僕が大阪で生活しているときに何度か見たことのある場面でした。

結局は誰かが拾って掃除しなければきれいになりません。捨てている人がいる限り絶対きれいにはなりませんよね。
でも、もし日本の国民一億二千六百万人全員がたった一個のゴミを一日ひとつずつ拾うと一日に一億二千六百万個のゴミが一気に日本の道路や公園などから無くなり、二個ずつだと二億五千二百万個一気に無くなる計算になります。もし、今現在一日に一個ずつみんながゴミを捨てているとするならば、それをやめて拾うだけでみるみるうちに日本がきれいになるんですよね。
すごいことです。
一人一人のちょっとした意識の改革とちょっとした行動ですごい変われるんですね

誰かが・・・っていう気持ちをちょっと抑えて、まずは自分が・・・っていう気持ち。

みなさん、どうですか?

NO.7 2001年 7/14(土) : お礼
前に「あいさつ」について書いたことがありますよね。みなさんの記憶にも新しいと思います。あいさつには「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」・・・いろいろあります。

今回は「お礼」について考えてみたいと思います。
って僕も完全に出来てるか?って言われると、「・・・」です。

お礼を言うことって結構多いですよね。
落ちた物をひらってもらった時、何か物を取ってもらったとき・・・etc
ささいな事を挙げればキリがないほどです。

日常で「してもらう」って事が多いからでしょうか?してあげた事に対してお礼はおろか、当たりまえのような顔をしているのを結構見かけたりします。

例えば、車を運転していて細い道で対向車に出くわし、こっちが車を横によせて止まり対向車を先に行かせてあげたときとか、横から出てきた車を入れてあげたときなどに当たりまえのような顔をして行かれると、お礼を言ってもらうつもりでやったわけでもないけど何か少し気分が悪くなります。

そんな事を助手席に乗っていた子に話すと「そんなん気にするくらいなら、最初からせんかったら?」って言われました。
確かにその通りかも・・・。何回かそんな事を言われ続け、今では見返り?を求めず善意の心で・・・って訳にはなかなかいきません。まだまだその域には達していないようです。

他人にそれを求めず本当に善意の心でやってればそんなことは思わないのでしょうね。いつかは達してみたいものです。
でも、自分自身いつも感謝の気持ちを忘れず、してくれた事に対して素直な心で「ありがとう」って言えるような人間でありたいと思っています。

でも今のところは「・・・」です。

みなさんはどうですか?

NO.6 2001年 7/7(土) : 子どもに対する親
最近かどうかは分からないんですけど、子どもに甘い親っていうのが目立つようです。

今日僕の働く店に、女性が旦那さんと子どもと一緒にお買い物にきてくれました。
女性は自分の気に入るものを探すのに精一杯。子どものおもりを旦那さん。その子どもが
うちの店のディスプレイをいじり、あっちへやったりこっちへやったり・・・ディスプレイとして置いてあるおもちゃを壊し、本も破いてしまいました。それだけでは飽き足らず遂には商品にまで手を出しいじりまくり・・・。それでも女性は商品探しに精一杯。旦那さんはと言うと、全く注意する気配もなく放ったらかしでした。

それを見かねた店長が、注意してやめていただくよう旦那さんにお願いしたんですが止めさすような注意をする訳でもなく子どもは平然。
たまらず母親である女性にお願いしたところ、「そんなん言われるんやったら、もうこんな店で買わん!」と、怒って帰ってしまいました。

店長の言い方がきつかった訳でもなかったと思うのですが、それよりもその子の親っていう人が「子どもやから、そんなんしゃ〜ない」とか「子どもやから周りはそれくらい許すやろ〜」とでも思ってるんでしょうか・・・?

自分の子どもにくらい、悪い事は「悪い」やってはいけないことは「駄目」ってきちんと注意をし、やめさせるようにしなければって思うのですが、それを言えないのか、もしかしたら親自身そういった判断が出来ないでいるのか・・・。

みなさんはどう思いますか?

NO.5 2001年 7/1(日) : 不審者に注意
6/8、大阪教育大学付属池田小学校に男が乱入し、刃物で児童らに切りつけた事件はみんなの記憶にも新しいでしょう。
この事件をきっかけに、全国の小学校の管理体制が問われました。

ある小学校に用事で行ったときに、校内には「注意」と大きく書かれた紙が所々に張られてありました。よ〜く見ると不審者に注意・・・でした。

僕たちが通ってた頃の小学校って、そんな不安なんて全然なかったですよね。当然いじめなんかは当時からあっただろうけど、外部からの、しかも全く力の違う大人からの危機感なんか感じたことが無かったように思えます。家と学校って、すっごく安全な場所って感じだったのに・・・

それが、今では通学の時だけではなく学校内でも注意しなければいけなくなって。大変ですよ、これは!

みなさんは、どう考えますか?

NO.4 2001年 6/26(火) : あいさつ
「あいさつ」ってみなさん考えた事ありますか?
人と会ったとき、一番に交わすのが「あいさつ」ですよね。
特に、初対面の人となんかとの第一印象ってこれがすっごく重要だったりします。
ひとつの礼儀なんでしょうね。

僕の通う徳島津田道院では、先生や先輩が道場にやってくると練習を中断してでも合掌礼で「こんばんは」ってあいさつします。
拳士たちはあたりまえのこととしてあいさつをしてるんだけど、こんな「あたりまえ」って思ってることが実はみんなが出来ていない事で、学校でほめられたりするみたいです。

小さな子どもたちが出来ているのに、若い子から大人まで出来ていない人って大勢いるんでしょうね・・・。

「そんなこと、ど〜でもいい」とか「別に必要じゃない」と、もしかしたら思ってる人もいるかも知れないけど、本当にそうなんでしょうか・・・?

皆さんはどうですか?

NO.3 2001年 6/14(木) : 人間関係
かる〜い気持ちで言った言葉が人を傷つけてしまうことってありますよね。言った方は本当に冗談のつもりだったのに、そのひと言が人間関係に大きな溝をつくってしまって・・・。

一生懸命やっていることに対して中傷的な言葉を言ってみたり、喜んでいる事に対してケチをつけてみたり・・・。面白いと思って言った言葉が言われた方にしてみればすっごく傷ついていたり。
そこで怒ったら「冗談が通じない奴」だとか「面白くない奴」だとか・・・

当然僕も今まで何回もそんなことがあったと思うし、気づかない事だって数え切れないくらいあったんだろうって思います。気付く度に反省してるのに、また同じ事を繰り返してしまってその都度自己嫌悪・・・

子どもの頃によく周りの大人たちが言っていた「自分が言われて(されて)嫌な事は他人にも言う(する)な!」って言葉が今の年になって胸に響きます。

何かの番組で誰かが言ってました。「現代はモラルじゃなく乗りで行動する傾向があり、最近の事件も乗りで起こしているのが多い」

確かにそうかも知れません。「いじめ」なんかそれがほとんどじゃないのかなあ?
いけないことと頭で分かっていても、「乗り」に支配されてズルズルと続いてしまう。

みなさんはどう思いますか?そしてみなさんはどうですか?

NO.2 2001年 6/6(水) : タバコ
今回は、かった〜い大人の目から見たうっと〜しくなるようなお話をします。

昨日の朝、高校生たちが自転車で登校していました。ヒョッとみると、ある高校生の口から白くなった息が・・・左手にタバコ発見!見た目には別に普通の子。

そして今日、会社から車で帰ってくる途中、家の近所のスーパーの前で4〜5人の高校生がふざけあっていました。みんなくわえタバコに白い息・・・。堂々と大きな声でじゃれあっていました。

未成年のタバコは日本の法律としては禁止されている。しかし、世間の人たちは禁止していない。見て見ぬフリをしているのか、関係ないと思っているのか、それとも別にいいって思ってるのか・・・?

まあ、最近は(最近に始まった事かどうかはさておき・・・)いろいろな事件が起こっている。注意などして若者に殴り殺されたりしたらたまったもんじゃない・・・って思っている人も少なくはないんじゃないかな?

別に未成年がタバコ吸ってもいいじゃん!ってほとんどの人が思ってるとするのだったら、別に法律なんかで規制する事の方が間違っているのでしょうか?

あなたはどう思いますか?

NO.1 2001年 5/27(日) : これから始まる ryomapon voice!       
始まりました。管理人である私、ryomaponの言いたい放題のページ。
何が言いたいのかまだ全くわからないけど、何か言うていこうと思っております。
今、インターネットをやっている人はものすごいたくさんいます。あと何年かしたらみ〜んなやってるんじゃないか?ってくらいの勢いです。
その中で、ホームページを出してる人もいっぱいいます。少林寺拳法関連だけでもびっくりするほどたくさんあります。
そのホームページにおじゃました時、必ず掲示板をみます。そしたら、少林寺拳法をやってる人もやってない人も、み〜んなが書き込みしてるじゃないですか。感動しました。今でも感動しています。
素朴な疑問から「オッ!」ていういろいろな質問に、管理人さん以外の人たちがそれについて答えてあっつ〜いやりとりが交わされてます。いろいろな人たちのそれぞれ違った方向からの意見が聞けてすっごく勉強になります。
僕はそんなホームページに憧れ、このホームページの管理人になりました。
あっつ〜いのからさっぶ〜いのまでどんどん書き込んでいっちゃってください。
これからも、この少林寺拳法徳島津田支部ホームページをよろしく!