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| 鉛色の月末 |
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鉛色の一日。午前中は雨はほとんど降っていなかった。しかし運動会は、プログラムの半分もやらないうちに中断してしまった。ペチカの80m走(2位だった)、シュンタのダンス(タコのように誰よりもクネクネと腰を振っていた)を見ることができた。あとは10月2日に行われるので見れなくて残念だ。生徒たちが椅子を教室に戻す中、Qは校庭をよちよちとご機嫌に歩きまわっていた。中断が決まったとたん、雨がぴたりとやんだのだ。そもそもはじめから雨はたいしたことない降りだったが。でも生徒にカゼでもひかせてしまうとなにかと問題なのだろうか。午後もおだやかにさらさらと降った程度なので、僕は夕方、小雨の中少し走った。雨の中を走るのはとても気持ち良かった。それにしても僕はいつも少しちょろっと走ってばかりだ。
テレビではベルリンマラソンで高橋Qちゃん選手が、女子選手としてはじめて2時間20分を切った世界新記録でゴール。昨年の今ごろ、そう去年もペチカの運動会9月最後の日曜日Qちゃんはシドニーで金メダルを獲った。うちのQは妻のおなかの中にいて産まれる寸前だった。僕は高橋選手がせっせと走っている姿をTVで見ながら、ヒンズースクワットをした。僕のうしろでQがニコニコしながら同じようにヒンズースクワットをしていた。赤ん坊なので、からだの中で頭の比率がでかすぎるので、まだ頭の後ろに手を組むことができずバンザイの格好で、ヘラヘラ笑いながらかくかくと屈伸していた。赤ん坊は筋肉痛になったりするんだろうか。「あらQちゃん危ない!」と母は言った。ヒンズースクワットをしながらひっくり返ったりして起こりうるさまざまなキケンについて母はいろいろ指摘をした。両親と一緒にすごすと、だんだん世界が恐怖の館になっていく・・・。 |
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2001年09月30日 19時19分35秒
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| 明日の天気は・・・? |
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今朝は、6時起床。夏の間は、5時半くらいにパッチリ目がさめてしまっていた。日が昇るのも早くて、部屋じゅうを開け放して眠っていたので、セミの声やら電車の音やら暑さで、熟睡できていなかった。しかし最近は部屋は閉め切って眠る。寝ている部屋には窓がない。ふすまを全部閉めると真っ暗になる。しめきってもすずしい。朝6時の目覚ましがリンリンリリリンと、しばらく鳴り続かなければ、目がさめない。今週はこの目覚ましを切って寝てしまった日が多かったが今朝はなんとか起きた。起きれば気持ちいいのである。朝の透き通った高い青空と凍っているような千切れ雲。短パンの足が寒い。寒くなると汗をかかないのでTシャツに乳首がこすれて、すりむけてしまう。乳首にばんそこうをはらないといけない季節になりつつあるのである。 明日は子供たちの運動会。実家より両親が泊まりに来ている。Qの面倒をみなくていいので、さっきまた少し走ってきた。「刺されないように気をつけろ」と父親に言われた。「最近はいつ刺されるかわからないぞ」。「こわいわこわいわ大阪はこわいわ」と母は言った。わたくしはこのような想像力豊かな親に育てられた。それから昼間、僕が、最近物忘れが多いような気がする、となにげなくはなしたら、母は、びっくりして、「まあ、やだ、脳の病気じゃないかしら、大丈夫?」ととても心配された。たぶん大丈夫だと思うが、僕は心配になってくる・・・・。 しかし僕は、誰にも刺されず、乳首もすりむけず、無事にジョギングを終え帰宅し、もの忘れをしないよう今この日記を書いている。 明日は雨がふらなければいいんだけどなあ。 |
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2001年09月29日 21時24分37秒
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| 夜の静かな時間 |
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朝5時過ぎに目がさめると雨が降っていた。外も暗かった。今朝は走るのはやめようと思いぐっすり眠った。目がさめたら晴れていた。おしいことをした。最近朝はとても気持ちいい。眠っているのも気持ちいい。朝から自分との戦いである。今週は昨日もおとといも飲酒をした。僕は安上がりな肉体なのでビール中ジョッキ一杯と、あとなにかもう一杯飲んだら、ぐらんぐらんになる。おとといコークハイなんてものを飲んだら、自転車でひっくりかえりそうになり、会社に引き返して、トイレで吐いた。きのうもおとといも、あたまのしんがぼやけていた。冷静にはっきりした意識で夜ひとりの時間をすごしたいのである。今日は帰ってからすこし仕事がはりついていた。それをかたずけて、ようやく終わっていまこれを書いていて、あしたはまた出勤・・・なんかやや不機嫌である。ぼくには冷静にはっきりした夜のひとりの時間が必要である。そして今日はそういう時間がもてたことを深く感謝する。不機嫌であったけど、この冷静な時間ですべてをとりもどす。修道士のような毎日だ。アーメン。 寝顔のシュンタの前歯、2本目は抜けた。なかなかユニークな顔だ。 9月2日の日記で夫婦関係で腹をたてるのはやめようと決意して、今月は一度も、険悪な関係になっていない。少なくとも僕が冷静であれば、絶対に負けないのである。いや負ける、勝つじゃないか・・・。夜の静かな時間。 |
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2001年09月28日 22時52分31秒
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| 小学校のたより |
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子供の通う小学校のたよりによると給食は、最近の狂牛病さわぎの影響で、牛肉を使った料理は出さないことになるそうだ。元食肉業界にいた後輩にきくところによるとはかなり大打撃を受けているらしい。食肉業界の人たちは大変だと思うけど、僕はかなり心配性なのでとても不安を感じる。今までの人生でいったい何頭ぶんくらいのウシを食べてきただろう。こてっちゃんの部分は食べても問題ないところだったのだろうか。ハツとかタンとかコブクロとかいろいろなところを食べた。吉野家やマクドナルドに何百回通ったことだろう。大丈夫だろうか。 役所というのはどうしてなにごとにおいても、隠そう隠そうとするのだろうか。ああいうところが何を言ってもウソばっかりじゃないかと思えてくる。狂牛病関連のニュースを見たり聞いたりすると、腹が立ってしかたがない。いろいろ自衛的に食について考えなければいけないと思う。といいながら今日は昼食にコンビニの弁当を食べてしまったりする私だった。ウシをたべずに普通にすごそうと思うと、日本ではとても困難である。僕はひそかにベジタリアンな人にあこがれる。そしていろいろ自分の主義に応じた繊細な料理をつくるような人。そのような人になりたいが、僕はかなりのズボラである。自分で料理などしたことは、ほぼない。しかしあこがれる。よごすからとかさまざまな理由で台所はなかなか使わせてもらえない。しかし、いつ好むと好まざるとにかかわらず独立状態になってしまうかわからないのである。料理、あと、針仕事はなんとか習得しておかなければ。と思う最近である。 話しがずれてしまった。ベジタリアンなナチュラリストはいいなあと思う。あまりよくしらないが、外国ではたとえばベジタリアンの人など、もっとすごしやすいような印象をうける。日本の日常においてはあまりまわりに思想的なベジタリアンな人っていないように思う。それをつらぬくのはとても困難な感じだ。そうでもないのかな。少なくとも僕は困難だ。でもまあとにかく、何事においても注意深くはなろうと思うこのごろである。 ところで、小学校のたよりには、シュンタの書いた作文も載っていた。1年生にしては、なかなか風流な文章で僕は気に入ったので、ここに転載しようと思う(本人許可済み)。 『ひがんばな』カギ・シュンタ作 「ぼくは、きょうがっこうにいくとき、ひがんばなをみつけました。おれているのがあったり、つぼみがあったり、さいているのをみつけたけど、おれているのがかわいそうでした。 さいているのはすごくきれいでした。 |
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2001年09月27日 23時41分04秒
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| 祝 優勝 |
| 近鉄優勝!今年は大阪ドームに観戦にもいったし、私はしっかりにわかファンである。飲み屋のTVで北川選手の代打逆転サヨナラ満塁ホームランを見た。元阪神の北川選手、笑顔はかわいいけど、きっといろいろ苦労があったんだろうなあ。よかったなあ。北川選手の気持ちを想像したら、感激のあまりなんかもらい泣きしそうになった。子供の頃はスーパースターが好きだったけど、オトナになると、やっぱりス−パースターは好きだけど、地味な苦労人の選手にもとても共感を覚えてしまう。とても元気と勇気をもらうなあ。オレモガンバルゾ。 |
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2001年09月26日 23時13分08秒
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| 事務所の電気は消えていてほしい |
| どうしてみんな働き者なのだろうか。8時過ぎに営業から会社へもどると、営業担当者はまだまだみんな残って深刻な顔をして働いていた。このまま社内で席に座ると、ずるずると長い長い夜になってしまいそうだ。会社に帰ったときは、事務所の電気は消えていてほしい。少なくとも管理職はさっさと帰ってほしいものである。僕の机に女子社員が処理中の伝票の山を積上げたまま帰ってしまっていたので、事務処理もできないし、する気もないので、さっさと帰ってきた。びみょ〜おうな、人間関係というのはものすごく疲労する。そして会社の人間で集まって上司を中心に延々飲みつづけて、うなずいてばかりいると精神衛生上とてもよくないように思う。いや、その、みんながんばっているのである。でもなああああ。事務所の電気は消えていてほしい。日が暮れるのが早くなったんだから、みんなさっさと帰ろう。帰りたくないのかなあ。冗談じゃなく、本当に帰りたくない人もいるらしいけど。僕はわりとさっさと帰るの好きだけどな。今夜もQは肩車したら、さっさと寝ちゃったし、これから部屋でごそごそ活動できる。僕はひきこもり症候群なのかだろうか。時々ハムスター的に、ティッシュペーパーかなんかででいっぱいのほら穴にもぐって、ヒマワリの種でもかじりながら、本を読んで、好きなときに眠っているという状態になりたい。そして朝さわやかに目覚めて、ジョギングする。シンプルな生活はいい。シンプルな生活を維持するためにはやっぱりはたらかなくてはならない。でもさっさと帰れるときはさっさと帰りたい。いつも事務所は電気が消えていてほしい。 |
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2001年09月25日 22時14分36秒
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| わたくしのあこがれ |
| すずしくて気持ちのいい一日。秋はいいなあ。秋といえば読書の秋。インターネットで、本の感想をテーマに書いている人のページなんかを訪問すると感動する。どうしてあんなにいっぱい読めるんだろう。いろいろまわって、いろんな人の本の感想文を読むのは好きだ。時々参考にしたりする。世の中には読書家の人はたくさんいる。僕はたくさん本を読んでいる人にあこがれる。こころから尊敬する。僕もたくさんいろいろ本を読みたいと思う。本読むと子供の頃は、くっきりと目の前にストーリーが映像として浮かび上がり、読み終えた後も、しばらく目の前の現実と重なり合って存在していたように思うんだけど、最近はいろいろ読んでも、さあ〜ってすぐ忘れてしまう感じだ。子供時代の集中力の魔力が消えてしまった。それでも、読むのは楽しいな。ということで今夜も読書。かっこいい読書家目指して日々ちびちび読み進める。途中で眠ってしまいそうなくらい気持ちのいいすずしい夜。Qははやくも眠っている。今日は一日肩車して買い物。確実に重くなっているQのため、腰が・・・。よこたわると、気持ちいい。溶けて行きそうだ。ページをぱらぱらめくりながら、このところすぐに眠ってしまうんだよな。ZZZ・・・。 |
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2001年09月24日 20時30分28秒
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| 愛の努力 |
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朝からとても良く晴れていた。Tシャツと短パンで朝軽く走るが、汗が出なかった。寒いくらいだった。今年は朝よく走っているので、季節の移り変わりがとてもよくわかる。ゆっくり走ると眠れる毛細血管に血が巡り、蓄積された体脂肪を燃やしてくれる。停滞している肉体を活性化させるということと同時に、季節が微妙に変わっていくのを感じるような、細やかな精神を覚醒させる。空の青さと高さをいつもの秋よりも感じる走る朝である。でも良く眠れる秋だ。目覚めるよりも眠り続けてもいたい朝でもある。 今日は家族を連れて、近所の山を切り開いて作ったワールド牧場というところに行く。牧場風の動物園のようなところで、ウマ、ヒツジ、ブタ、といった家畜と、たくさんの種類の犬、それからなぜか山奥のこの牧場にはイルカまでいた(とてもうるさいBGMでイルカショーをやっていてイルカが気の毒そうだった)ペチカとシュンタはウシの乳絞りをした。Qはヤギやポニーにおそれることなく近寄って背中をぱんぱんたたいて大喜び。コブタのあとをつけまわし、オウムのおしゃべりに拍手をしていた。それから釣堀まであった。ペチカとシュンタをつれて混み合った釣堀で釣りをしたが、われわれのまわりの家族は次々に、コイだかフナだかを釣りあげているのにわれわれは釣果ゼロだった。斜面の牧場なので、登ったり下ったり、Qを肩車してなかなかいい運動になった。 ここにはバンジージャンプの設備もあった。高所恐怖症で、体重も重いほうなので、あまりああいうものはやりたくない。妻はもしかしてこういうのは好きなのではないかと思ったら、そうでもないらしい。金がもったいないとか、あんなののどこが楽しいのか、とか文句ばっかり言う。だからつまりそれは怖いということか、ときくと、そうではない、という。しかしよくよくきいてみたら、やっぱりこわいそうだ。しぶしぶ認めた。たまにはこわいものがあるのを知って安心した。しかしよくよくきかないとなかなか本音をいわないのである。もっと素直になればいいのになあと思う。愛情の屈折した表現を理解するため日々僕は努力している。 |
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2001年09月23日 21時31分59秒
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| 移動はしんどい |
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昨日今日と出張で、東京に行く。昨夜は春先アメリカの研修ツアーに参加した際のメンバーとの懇親会。春先、われわれは、ニューヨークの貿易センタービルの前を観光バスで通りすぎた。曇り空に覆われてビルの上部はまったく見えなかった。とてつもなく大きなビルだった。その程度でだからなんなんだ。とも思い、特別な感銘も受けなかったが。しかし、あんな大きなビルが、なくなってしまった。来年は毎年行われていた、その研修は中止になるかもしれないという。研修の主催者である業界誌出版社社長は夏バテのため、欠席。そしてわれわれは、簡単なミーティングを終えると、近所の牛しゃぶ屋で牛しゃぶを食べた。米国テロのはなし、狂牛病のはなし、さまざまな不景気の話し・・・なかなか盛り下がった。 そして都内から1時間とすこしかけて埼玉某所の実家に帰る。最近はほとんど電車にのらないので、金曜の夜の酔っ払いだらけのラッシュというのは久しぶりだった。僕は酒くさい満員電車の中で、斎藤貴男著「梶原一騎伝」(新潮文庫)を読んだ。なにか、人間というのは悲しいもののような感じになってくる。でも、それだけではないのだ。ろくでもないとこも、光り輝くところも、けっしてただそれだけではないのだ。という前向きな、僕にはなぜかとても前向きな気分になった本だった。 本日は某東京ビックサイトの見本市に僕の勤める会社が出展していたので、業務応援で出展ブース内で一日立ち仕事。「美人が入ってもブース」とかとてもくだらないことを言う。つかれていると、しつこくつまらないことを言う。僕はおっさんになってしまったのだろうか。 |
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2001年09月23日 00時22分47秒
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| ゆめをみた |
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明日から急に涼しくなるらしい。秋に本格的に突入。秋のはじめの日暮れ時、はだしにクツをはいて散歩をすると、ああ秋だなあ。としみじみ感じる。日曜日の夕方に、夕飯の材料やら調味料の不足分を近所のスーパーに買いに行くとかそんなときだ。足とクツの隙間にすうすう抜けていくひんやりした空気が秋なのだ。秋は食べ物もおいしい。良く眠れる。そして静かな夜に読書をする。腕立てをする。屈伸をする。 そうそう良く眠れると思ったけど、ゆうべはちょっとこわい夢を見た。SF的だった。僕はなぜか旅行か何かで、他の惑星へいったのだ。そこはサルの惑星だった。そこは20世紀はじめのヨーロッパ風の町並みで、しかしサルが支配している世界なのだ。僕は、サルから逃げていた。つかまった人間たちはサルに引かれて、市場のようなところで虐待されていた。サルから逃げる人間たちが隠れ住んでいる倉庫街の屋根裏部屋に逃げ込んだ。どうしてこんなところにきてしまったんだろう、僕は恐怖でいっぱいだった。そして窓から外をのぞいていたら通りを巡回するサル憲兵と目が合い、サル軍団が屋根裏になだれこんできた。僕は屋根裏部屋の洋服ダンスの中に隠れてがたがた震えていた。こわいこわいとふるえているうちに真夜中に目がさめた。僕はQの手を握り締めていた。いつ握っていたんだろう。 ・・・こう書いていると、ちっともこわくない。しかし昨夜は真夜中に目がさめて、ここが地球であることに心底ほっとしたのだ。今夜はよい夢を見よう。 今日は営業活動を終え、クルマで会社に戻るとちょうど、上司同僚が帰宅するところだった。しかし彼らはまっすぐは帰らない。道が曲がっているからではない。どこかへ寄っていくのだ。無言のサインを送られた。待ってますから、と後輩に耳元でささやかれた。でもしらないふりして帰ってしまった。実に性格がわるいと思う。後輩の携帯にメールだけいれておいた。「都合により帰宅する。キミの担当は北区だったねそういえば、がんばりたまえ。バイバイ」・・・そういう日があってもいいと思うのである。そういう日が多いような気もするが。人生は短い。時間は大切にしなくてはならない。 あしたは出張のため日記はおやすみ。 |
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2001年09月20日 22時38分31秒
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| ほそながい三日月の夜 |
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得意先をまわって会社への帰り、渋滞だった。京都から吹田まで名神高速25キロ90分の渋滞。今日は6時にもどって途中入社の新人の歓迎会があったのだ。しかし京都を出たのが6時、高速をやめて一般国道で帰って、結局8時半に会社に戻る。それから近所の居酒屋さんの扉をあけようとしたら、みんなぞろぞろと出てきた。なんだ今ごろ来たのか、とみんなの視線が冷たかった。オマエおれと飲みたくなかったんだなオイコラと首根っこをつかまれた。いやこれからつきあいますよといったけど、実は最近みんなとってもさっぱりしているので、そのまま解散となった。 僕はウルトラマンのことを考えていた。地球防衛軍(科学特捜隊だったか?)が、怪獣と戦うが埒があかず、ウルトラマンがやってくる。ウルトラマンは怪獣をやっつける。ウルトラマンバンザイ。地球防衛軍たちは大喜び。おれたちもがんばったよくやった。ウルトラマンもありがとう。おや、ハヤタはいないぞ。どこへいった?「おーい」遠くからハヤタが走ってくる。おおハヤタも無事か。よかったよかった。どこいってたんや。どこいってたんや。・・・ハヤタは誤解されなかっただろうか。本当はウルトラマンで一番がんばってはたらいてたのに、肝心なときに、人間の姿のハヤタはどこにもいなくなる。こいつ、みんなががんばっているときに、どこかでさぼっているんじゃないか。そんなふうに、ハヤタ隊員は同僚から思われたりしなかったのだろうか。なぜか、そんなことを考えた。僕はきちんと働いてきたのだ。 うちに帰ると水曜日なので、妻と子供はママさんバレーに行っていなかった。10時近くまで帰ってこない。朝、今日は食事して帰るから夕飯はいらないといっていたので、なにも食べるものがない。冷凍庫からごはんを取り出し、レンジで暖めなおし、キムチをおかずにほそぼそ食べた。少し足りなかったのでバナナも一本食べた。それから佐藤多佳子著、新潮文庫刊『しゃべれどもしゃべれども』という落語家が主人公で、しゃべることに問題を抱えた登場人物といろいろやっかいに関わる小説を読み(とても面白い、おすすめです)、バレーから帰ってきた子供たちを風呂に入れた。そして今日記を書いている。 |
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2001年09月19日 22時43分15秒
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| まいにちちがういちにち |
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同じ一日はないのである。今朝は早起きをして少し走る。朝はとてもすずしい。日が昇るのが遅くなってきているので、朝の6時はとても新鮮な朝日が東より斜めからさしている。8月のはじめは朝の6時からぎらぎらと熱い日も多かった、とても気持ちがいい。早朝ウオーキングをする自分より年長の人たちの姿を多くみかけるようになった。僕も、時には家族の誰かと、朝走りたいな、なんて思うのだが、誰も共感してくれない。 朝夕はすずしくなり、飼育しているクサガメは、毎年秋になると、水槽の中のレンガの上で、昼間のんびりと日光浴をして、ずっと、日が暮れても、レンガの上にいてそのまま眠ってしまう。昼間はまだ暑いが、夏の活発さが欠けてくる。11月半ばから3月半ばくらいまで、落ち葉の底で冬眠する。まだまだ冬眠には早いが、だんだんだんだん、鈍くなってくる。冬眠ってどんな気分なんだろう。は虫類の冬眠はほとんど仮死状態になるらしい。なにか夢を見るのだろうか。冬眠するなら、クマやリスみたいな冬眠がいいようにも思う。洞穴に食べ物たくさんつめこんで、ときどき、むしゃむしゃ食べて、眠って、春を待つ。洞穴はいい。日記を書いているこの場所もなかなか気にいっている洞穴なのである。 ところで今日、シュンタの乳歯の前歯が抜けた。笑うと、おかしな顔だ。日々いろいろ少しずつ変わっていく。 |
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2001年09月18日 22時23分02秒
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| おもたい |
| 足の筋肉痛が一日たつと全体的に痛くなってきた。今朝はぐっすり眠ったので朝のジョギングはおやすみ。走る以外特になにも体を鍛えていないし、仕事もクルマばかりのっているので、体力はなだらかなカーブを描いて落ちてきているのだろうか。今夜もペチカとシュンタとQをかわりばんこに肩に乗せ、屈伸運動をする。ダンベル体操を軽くする。11月のフルマラソン、今年はきちんと最後まで走れるだろうか。今までもまあ、途中でけっこう歩いていたが、リタイアだけはなんとかさけたい。腹筋運動もしよう。どうしてこんなにやわらかなおなかをしているのだろう。赤ん坊のおなかはやわらかいのに、はりがある。僕のおなかは、はりがない。イメージの中では自分自身はとても颯爽としているのに、からだもあたまも思うようにはたらかない。今夜もなまぬるい夜。重たい。あしたは早起きするぞ。 |
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2001年09月17日 22時10分17秒
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| なまぬるいくもりぞら |
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昨日、ペチカとシュンタをかわりばんこに肩に乗せて、屈伸運動をしたら、ふたりはキャアキャア大喜びしたが、今朝起きてみると、大腿部が筋肉痛になっていた。すずしくなった朝、テレテレと走る。体がだるい一日だった。眠たい気分が続いている。部屋の中で転がるとすぐ昼寝できてしまう。本を読んでいても、いつのまにか眠っている。どさっとQが乗っかってきて目がさめる。 夕食は春巻きだったので、台所にQが入りこむと油がはねてキケンであるので、そしてペチカとシュンタはちびまる子ちゃんを見ていてQの相手をしないので、いつもは放牧状態のQをつかまえて、僕の部屋でドアをしめきってQと遊んでいた。僕はあくびばかりしていた。あくびをすると口の中にQは手をつっこんでくる。それから、ボールとか、積み木なんかを押し込もうとする。ダッダアダッダアとご機嫌だった。それから、「爬虫類両生類飼育図鑑」を広げて、Qに見せた。ダッダアダッダアと気に入ったカメやトカゲやワニやカエルの写真を指差してQはにこにこしていた。くもり空のなまぬるい一日だった。 |
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2001年09月16日 21時26分15秒
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| 小心モノな土曜 |
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今夜はひさしぶりに蒸し暑い。蒸し暑いがQが早めに眠り、静かな夜だ。今日は会社の研修があり、一日、某所会議室でカンヅメ状態だった。営業マンの能力向上のための研修ということで、外部より講師を呼び8月から12月まで毎月一回、土曜日に行われる。内容は主にロールプレイングといって、実際の商談の場面を想定して、ふたりペアとなり、それぞれセールス役と客役になり、ビデオ撮影されながら模擬商談をする。規定時間内に商談を終了させたあと、撮影されたビデオを再生しながら、ここが良い悪いと全員でいろいろ意見交換する。 参加者は20名弱いるので、全員が演じるわけではない。僕はとても気が小さいのでたくさんの人の前で、ビデオ撮影されながら商談するのは、とてもおそろしく感じる。とりあえず、全員が状況設定、商談の流れについてのシナリオを書くのだが、こういうのはとても得意だ。だれにも負けないくらい綿密に書いた。ほとんどドラマのようになった。しかし、この研修の講師の先生もおっしゃっていたが、わかるのとできるのとはちがうのである。前回の研修では、僕は客役になった。これは楽しかった。セールス役の後輩はガチガチに緊張していた。僕はアドリブをたくさんいれて、とても親切で愛想よくしっかりセールスマンをコントロールして、上手にお断りするお客様を演じることができた。助演男優賞ものだった。しかし主演となると、ああどうしようと、僕はとたんに小心モノとなり、今日は、会議室の机のカゲに小さく小さくなっていた。おかげで残念ながら、本日の出演はなかった。 しかし出演者のみんなはとても上手だった。僕は喋るのが苦手でもないけど、とても下手だ。どうしてみんな、上手に話しができるんだろう。とても感動した。僕は俳優にも、モノマネ芸人にもなろうと思った。理路整然、という言葉にあこがれる。僕にはかけている。でもいやだなあ、なんて逃げていると、あと3回も研修は続くので、きっと僕にもまわってきてしまうだろう。わかっている。わかっているんだけど。うーん。そのときはそのときだ。こう考えて覚悟を決めておけばおけばきっと僕にはまわってこないぞ・・・・それにしても今日はものすごく長い一日に感じた。 |
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2001年09月15日 22時09分10秒
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| シュンタの試練 |
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今月末に行われる運動会でペチカは3年連続クラスのリレー代表選手になった。とても僕の子供とは思えない。僕は小学校の短距離でびりより上に上がったことがない。男女いっしょで競争してもいつもびりであったような気がする。体育の授業は恐怖だった。なんだかものすごくうれしい。 1年生のシュンタは、クラスのリレー代表2名を選ぶ時に、最後の3名に残った。しかし、今日最終選考があり、残念ながらシュンタは3人中3位となり、運動会では補欠になった。シュンタはペチカと対等だと思っているので、産まれてから一度もペチカをお姉ちゃんと呼んだことはない。いつもペチカペチカと呼んでいる。ペチカがリレー選手になるのだから、自分も当然リレー選手になると思っていたようだ。 今朝も学校へ行く前、とてもはりきっていた。リレー選手になれたら、お父さんに電話しろよ、といっておいた。しかし、3時を過ぎても、電話はかかってこなかった。そこで僕から電話した。シュンタはでかけていた。妻が、シュンタは3番だったといった。けっこう落ちこんでいるので、あまりそのことはいうなと言われた。10時過ぎに帰宅した。電気の消えた子供の部屋からシュンタが「おかえりなさい」といった。どうだったか?ときいたら、ボソッと小さな声で「補欠やねん」とシュンタは答えた。そうか。「おやすみ」「おやすみ」。なんとなく、哀愁がただようシュンタだった。でもそういう経験もとても大切だと思う。 本人が希望したのである日のシュンタの日記を下記に転載します。とてもよく性格が出ている。負けず嫌いで、お母さんが大好き。 「ぼくは、きょう、ささきくんと、うらくんとあそびました。それで ゆうぎおうかーど で でゅえる をしてぼくがかちました。それで、べーぶれーど でもぼくがかちました。それでみんながかえったら、ぼくはしゅくだいをして、さんすうはむずかしかったです。ほんをよむのをおかあさんがきいてくれてうれしかったです。」 |
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2001年09月14日 23時53分42秒
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| 見せてもらえない手紙 |
| うちに帰るとペチカは針と糸を使って、きんちゃく袋を作っていた。明日担任の先生が誕生日だから、プレゼントするのだそうだ。担任の先生は今年大学を卒業したばかりのとても美人な(クラス写真に映っているより実物はずっときれいだと妻が言っていた)女の先生。ラクロスの選手だったらしい。ラクロスとはいったいどんなスポーツなのだろう。よくわからないが、体育会系の、とても熱い先生みたいだ。時々、涙を流しながら1時間説教をするらしい。そうやって説教した次の日、「昨日先生の言ったことみんなわかってくれた?」、ときいてとても反応が悪かったりするとまたまた涙の説教タイムになるらしい。「授業つぶれてラッキイだなあ」なんて冗談いうとペチカに怒られるのでいわない。ペチカは先生がとても大好きみたいだ。先生あての手紙の内容は見せてくれない。「そういうお年頃やねん」とペチカは僕に最近とてもそっけない気がする。でもペチカ。お父さんは全世界に向けて日記をかいているんだぜ。だから今日のペチカもしっかり日記に書こう。 |
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2001年09月13日 21時48分40秒
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| 留守番の水曜 |
| 寝不足で頭がぼんやりしている。今日は早めに帰宅。妻がバレーボール。留守番で子供3人を風呂に入れる。子どもたちは歌番組を見ている。モー娘。が歌っている。ようやくカゴチャンとツジちゃんの区別ができるようになったのにまた4人くらい増えるらしい。いつもテレビではモーニング娘。が歌っている。ペチカは今日、友達からゴマキとナッチの生写真をもらってきた。「いいやろー」と自慢された。「生写真やで生写真」。Qはさっきから部屋をいったりきたりしている。玄関のクツを片方抱えてあっちいたかと思うと、こんどはボールを抱えている。さっきはリンゴの切れ端をむりやり僕の口につっこんだ。今は妻のハンドクリームのチューブを自分の口にくわえて通り過ぎようとしたので取り上げる。ぶっぶう、と文句をいわれる。ぶっぶう、ぶっぶうとつぶやきながらまた歩き回っている。赤ん坊は何を考えているんだろう。シュンタの髪の毛はペタンとしている。なんとなくネコの毛に似ている。ネコっ毛シュンタはマンガばかり読んでいる。昨日夢を見たそうだ。お父さんと駅前の本屋にいってコロコロコミックの別冊を買ってもっらった夢、だそうだ。眠たい。早く寝よう。子供たちもはやく寝せよう。寝る子は育つのである。 |
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2001年09月12日 20時43分23秒
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| 前を見ること |
| すごく消極的になることがある。後ろむきで、まず拒否することから何事もはじめようとするような日。僕のこういう性格というのはどこからやってくるんだろう。いまとてもはやっていてみんなやってるから、とりあえずはそれを経験しよう、というのが身近な例でいうなら妻はそういうタイプである。僕は、新しいことをなにかしようとすると身構えてしまう。いつも落ちこぼれていたような気がする。みんなができるふつうのことがふつうにできない。なんとなくごまかしつつ、大人になったような気がする。しかしごまかしてきたことについては、かならずツケははらわなければならないと、人生においてはそんな法則が働いているような気がする。そういうことがわかってきてはいる。やせがまんでも、前を向く。時々、うじうじする。そういうとき、うちでは容赦なく批判される。そしてその批判をかわそうとしているうちは、つねにうじうじの原因はついてまわる。ものごとを受け入れる。受け入れて、にらめっこして、なんらかの結論を出す。その結論からまたいろいろなことが派生してそしてまたそういうことひとつひとつと、にらめっこする。目をみつめあうことは大切だ。日々の鍛錬。あしたも早起きしよう。 |
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2001年09月11日 22時38分33秒
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| くしゃみと鼻水の一日 |
| 鼻水が止まらない。クシャミも出る。僕はアレルギー性鼻炎だそうだ。子供のころからいわれている。どういうものなのかは知らない。何に対してアレルギーなのかもよくわからない。曇りで急に涼しくなった朝、など鼻水とくしゃみの症状が激しい。今朝も雨の朝で、鼻が詰まって息苦しくて目がさめた。からだがだるく、朝からパワーがでない。雨なので満員電車で通勤。腰が痛む。朝から、やや気分的に負けていた。ということに気づいていた。会社でカゼ薬を飲み、鼻水は止まるが、ますます体じゅうぼんやりして重くなる。雨はじとじと降っている。数時間ごとに鼻水がでて、今日は合計6錠もくしゃみ鼻詰まり用のかぜ薬を飲む。気分は簡単に、体調に支配されてしまいそうになる。そういう自分に気づいていた。今日は、携帯電話を事務所においたまま、営業に出てしまった。なかなか公衆電話が見つからず、会社に連絡とれず。なにかいろいろとバランスが崩れた一日だった。貴社後チェックした携帯の留守電には7件のメッセージ。うち3件は同一のお客さんからでだんだん声が怒ってきていた。あわてて電話して、いろいろかたづけ、1日が、終わる。こういう日もある。またクスリがきれて鼻水が出てきている。でも鼻水ごときに負けない。明日はきっといい一日だろう。今日だって悪くなかった。この鼻水とくしゃみから変わりやすい気分それ自体を観察することができた。僕は一日をだいなしにはしなかった。カゼ薬は飲み過ぎだったが。 |
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2001年09月10日 21時47分20秒
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| カメを助ける |
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朝ジョギングをしていたら、道の脇の乾いた排水溝にカメがはまって身動きがとれなくなっていた。僕は立ち止まり、甲長25センチほどのカメを拾い上げた。ずっしりしと健康的で、背中が形よくドーム状に盛り上がったアカミミガメだ。すぐそばのため池から迷い出てしまったものと思われる。僕が抱えあげると、用心深く手足を甲羅に引っ込めていたが、首は鼻先だけ少し甲羅から伸ばし、シューシューと威嚇的に鼻を鳴らして僕をにらんでいた。前肢のツメの短さからするとメスと推測される。とてもかわいらしい。池育ちなのでうちで飼育しているミドリガメよりもずっとたくましい。 うちのミドリカメはもう飼育して6年たつけど、甲長は12センチ全体的に平べったい。前肢のツメはオスらしく伸びてきて、同居しているクサガメ(これもオス)の目の前で、ヒラヒラヒラヒラと求愛行動をしている。一瞬、この野良ちゃんをうちに持って帰り、お嫁さんに迎え入れようかとも思ったが、そこまでたくさんカメの面倒を見きれる自信もないので(ほかにいろいろ扶養しなくてはいけない家族がいるので)思いとどまった。ため池まで抱えてジョギングして(中学生とすれ違ったときなぜか少し恥ずかしかった)、紫色の花をところどころで咲かせているホテイアオイに前面覆われ、水面がほとんど見えなくなっているため池に放した。カメはホテイアオイの葉の隙間にずぼずぼともぐっていった。恩返ししてくれるだろうか。 昼からは、Qも復活したので、家族みんなで動物園へいった。カバの子供を見れてうれしかった。Qはまだよくわかっていないみたいだったが、ペンギンがヨチヨチと歩いているのを見ると親近感を覚えたのか手をたたいてよろこんでいた。台風が近づいているせいか、風が強い一日だった。歩き回るには少し暑かった。 |
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2001年09月09日 19時53分54秒
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| 注意深い土曜日 |
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急に涼しくなり、朝方は寒いくらいの日が続いたせいか、今朝目がさめたQは鼻水をずるずると流していた。ゆうべは断続的に夜泣きをしたため妻はほとんど眠れなかったそうだ。僕はぜんぜん知らない。いつも知らない。ぐっすり眠っている。妻はとてもえらいと思う。絶対悪口いってはいけないと思う。朝から僕が非常に元気なのが少し許しがたく感じるようだが、僕は僕を許しがたく感じるとても不機嫌な朝の妻を許そうと思う。僕は思いやりのある夫になろう。でも本当にぜんぜん気がつかないのだ。よく眠れる。最近は特によく眠れる。妻の分まで感謝をこめてよく眠ろう。でも夜中にどうしても助けが必要だったら、起こしてくれたらいいのだと思う。ぐっすり眠る僕を見ながら夜中に間違っても怨念をためこまないでもらいたい。首なんてしめないでほしい。そんなこと考えたらこわくて夜眠れなくなってしまう。 鼻水だらけのQは熱が38度近くもあった、Qの人生3回目の発熱である。しかし鼻水ズルズルながらご機嫌ではある。赤ん坊というのはふしぎな生き物だと思う。今日はひさびさに晴れているので、家族で天王寺動物園にいこうかと思ったが、中止。午前中、1時間ほど走る。部屋の中は風の通りがよく涼しいのだが、外は蒸し暑かった。汗をたくさんかく。でも走りながらでもすーっと脇を通り抜ける風が秋である。昼からペチカとシュンタをつれて、図書館へ行き、ファミレスでパフェを食べる。こんなことをするのはめったにない。めったにない2年ほど前、このファミレスでパフェを食べようとしたところペチカとシュンタが大ゲンカをはじめてしまい、キャンセルして店を出てしまった。このことをペチカとシュンタが覚えていて、ペチカは2年前のことが恥ずかしいからいきたくないといっていたが、さいわいなことに誰も覚えている人はいないようだった。当たり前か。 食べ方について。僕は自分ではそうとは思わないのだが、けっこう大食いだと各方面から指摘される。だからたぶんそうなのだろう。満腹感をえるためのみにがさつに食べているところがある。それから食べるのが早い。先週僕は、夫婦ゲンカにならないよう心のコントロールについて考えた。感情に左右されないで平静さを保つことが結果として、夫婦関係が良好になることに気づいた。そんなこと常識ではないかと思われる人もいるかもしれないが、僕だって頭ではわかっている。最近すこしずつ、頭でわかったことを実践的に生きるようにこころがけているのだ。食事。これも、注意深さが必要だなあと思った。いろいろなことを注意深く。そして人生のあらゆる側面で大きな満足感を得る。ということで今夜はQの食事担当を買って出て、Qといっしょにゆっくり食事をした。 |
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2001年09月08日 20時11分56秒
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| すっきりサバサバ雨の一日 |
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イエスはある村へやってきた。そこにはマルタとマリヤという姉妹がいた。ふたりは大喜び。しっかりもののお姉ちゃんマルタはせっせイエスをもてなそうと働く。せっせせっせああいそがしいいそがしい。なのに妹のマリヤったら、ぜんぜんはたらかない。イエスさまの足もとにすわって、おはなしにききいってしまっている。「ちょっとマリヤ、あんた少しは姉さんを手伝いなさい、イエスさまからもいってくださいよ」。とマルタは立腹する。そこでイエスは答えて言われた。「マルタ、マルタあなたはいろんなことを心配して、気を使っています。しかしどうしても必要なことは、わずかです。いやひとつだけです。マリヤはそのよい方を選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません」。ルカによる福音書10章38節−42節。この話、好きです。気持ちばかりが忙しくていらいらしてしまいそうなとき、いつもこの話を思い出す。 今日は大雨の一日だった。営業の帰り、高速のパーキングに車をとめて、車内の整理をした。いろいろキチンと整頓をすると、なかなかクルマの中も快適だ。ダンボールにいろいろいらない書類カタログを押し込んで、会社に帰ってから、ゴミ置き場に捨てた(高速パーキングのゴミ箱に捨ててはいけません)。すっきりした週末。雨降りだけど、サッパリしている。 |
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2001年09月07日 22時16分15秒
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| 本日の教育的指導 |
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ペチカは一重瞼であるが最近二重瞼にあこがれているのだそうだ。モーニング娘。のカゴちゃんだかツジちゃんだかでも、学校のクラスの女の子でもほとんどが二重瞼だそうだ。「だからなんなのだ。めずらしくていいじゃないか」といってもどうしても二重瞼がいいという。一重瞼であるのがイヤだという。 自分の肉体的特徴について機能的になんの問題もないのに、造作についてとやかく文句を言うのは、親に対してとんでもなく失礼ではないかと僕はペチカをしかる。それに、一重二重を基準に人を区別して見るようなそういう差別的なものの考えかたは絶対おかしい。そう言うとペチカは泣いてしまった。ギャンギャンギャンギャン泣いた。 ギャンギャン泣いて「お父さんはぜんぜんわかってないどうしてわけわからないこというのか、ペチカはただ二重瞼がいいなっていってるだけや整形したいとかいってるわけじゃないやんかギャンギャンギャン」と怒り出す。「ギャンギャン泣き喚く二重瞼の女の子と、やさしく微笑む一重瞼の女の子だったらお父さんはぜったいやさしく微笑む一重瞼の女の子が好きだ」「お父さんが誰が好きだなんてペチカには関係ない!」「今のギャンギャンのペチカが二重瞼だろうが一重瞼だろうがお父さんはそんなペチカは嫌いだ!」「いっつもニコニコなんてできへんもん!」いいかげんにしたらどうか、と妻が言う。僕がつまらないことでむきになりすぎだという。 そうかもしれない。そういうことをいいたいだけなのかもしれない。だけどね、ペチカ、容姿なんてどうごまかしたって、なんともならないよ、大切なのは心の持ちようだよ。お母さんは確かに二重だけど、お父さんはそんなことを基準にお母さんが好きになったわけじゃないんだ。お母さんの大きな鼻だって、ぜんぜん気にしない。そういうことを基準にものを考えるのはまちがっている。みんなが二重だからってそれがどうしたのだ。一重の方が国際的にはモテるぞきっと、逆立ちしたって白人みたいな凹凸の激しい顔にはなれないんだからさ。だけどそんなこと結局はどうでもいいことだよ・・・僕はしつこくぶつぶつ言っていた。我が家の女子2名にヒンシュクを買った。 |
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2001年09月06日 22時11分28秒
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| ところでいつになったら帰ってくるんだ。 |
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うちに帰ると誰もいない。ついに・・・。いや、水曜日、妻が子供ひきつれバレーボールへ行っている。僕は今日、早く帰るはずだった。今日は某氏子息の告別式に出席し、そのあとは会社の中で事務処理をしていた。会社で事務処理をしていると早く帰れそうなものだが、ありがたいことに(ということにしておこう、うん、ありがたいことだ)、帰りにちょっとどうやと諸センパイからお誘いがかかる。ただ独特の人間関係があるので、Aさんコース、Bさんコース、Cさんコースほかいろいろコースがある。比較的平均年齢の高い会社なので、僕は若い部類に入り、このややこしい人間関係にそれほど束縛はされていない。それで、僕と、時々へんな風紀上よくないメールをしょっちゅう携帯にいれてくる後輩は、いろいろコースそれぞれに誘われれば、ほいほいついていく。今日はしかし、しんどかったので、さっさとうちに帰りたかった。さいわいなことにAさんは出張で、Bさんは今日から遅い夏休み、おお、さっさと帰ろうと思っていたら、5時半になったら、Cさんがピタリと僕の背後にくっついてこられた。ありがたいことだ。それで、2時間半ほど、近所で飲んで帰ってきた。 しかしいろいろな人がいろんなことを言う。あまり調子あわせてばかりいたら、今に墓穴を掘りそうだ。いや、そういうことを考えるのは生真面目すぎるのかな。ぱあああっと飲んで発散すりゃあいいのだろうか。諸センパイは非常に都度発散しているようだ。わからん。生真面目に飲酒をすると今に体を壊しそうな気がする。しかし発散しているように見える諸センパイも体を悪くしている人が多いように見うけられる。別に毛嫌いはしないが、飲酒をする、パチンコをする、その他いろいろバクチをする。そういうことでストレスを発散する人が多いみたいだ。でもそういうことをやって、けっきょくバタリと倒れる人も僕の勤める会社は社員数のわりに多いような気もする。明日の命はわからないが、体の管理は大事だと思う。深酒もよくないし、バクチ現場は空気も悪そうで、ストレスもたまりそうだ。僕はあんまりそういうことをしないので、真面目すぎて遊びを知らないので、中年過ぎてから道を誤るかストレスで死ぬといわれたことがある。そうだろうか。なにも飲む打つ買うだけが人生のすべてではないだろうにと思う。それしか考えられない人は、想像力が貧困でとても不幸であると思う。いろいろ想像しよう。・・・・ところでいつになったら帰ってくるのだろう。 |
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2001年09月05日 21時24分48秒
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| なんていったらいいのか。 |
| とてもショックなことがあった。勤め先の関係者である某氏の息子が亡くなった。近所の祖父母の家が火事になり、逃げ送れた祖母を助けて、本人は煙に巻かれ、一酸化中毒で亡くなってしまった。23歳。3日の夕刊には関西では大きく記事がとり扱われていた。しかしまさか某氏の息子のことだなんて思いもよらなかったら、ぜんぜん注意していなくて、今朝はじめて知った。さっき通夜から帰ってきた。お焼香をしたとき、その脇にたってあいさつをする某氏は見ていられないくらい弱りきっていた。先週末には元気一杯飲んでいたのに。助けられたおばあさんもおじいさんも姿を見せていなかった。息子に先立たれた某氏、助けられたおばあさんの気持ちどんなにつらいことだろう。こういうときって、どう言葉をかけていいかわからない。自分におきかえて想像したら、想像するだけでも耐え切れない。僕は死にたくはないけど、子どもたちより前に絶対死ぬ。 |
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2001年09月04日 23時59分23秒
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| 9月の雨 |
| 9月になってからずっと曇り空で、今日は一日しとしとと雨がふっていた。ラジオからは太田裕美の『9月の雨』という昔の歌が2度も流れた。太田裕美という歌手についてはほとんど知らない。リアルタイムでは聴いていない。実家の近所のすし屋の娘らしい。あそこが太田裕美の実家だ、といろんな人から、そのすし屋の前を通るたびに何十回となく聴かされた。近所の身近な芸能人であったが、僕は若いので太田裕美の全盛時代というのを知らない。最近になって、なぜかよくラジオでよく流れていて、いいなあと思ってきた。この歌も好きだなあ。セプテンバーレインレイン〜♪なんとなく気分がいい一日だった。9月の雨ふりって情緒的でいいなあ。とってもやさしい気持ちになる。会う人がみんなとてもいい人に思えてくる。平和な一日だった。季節の変わり目というのはとてもいい。暑さでクワっと固まっていた感情がゆらゆらゆれはじめて、世界がみずみずしく生き生きしてくる。 |
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2001年09月03日 21時44分06秒
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| 今日は腹をたてていない。 |
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ペチカとシュンタはしょっちゅうケンカばかりする。きゃあきゃあ大きな声で笑いながら追いかけっこをしてふざけていたかと思うと、次の瞬間、二人してギャンギャン泣きながら取っ組み合いをしている。どちらが悪いというわけでもないけど、原因はとてもレベルの低い次元でいつもはじまっている。ペチカにシュンタがブスと言っただとかシュンタが転んだのをペチカが笑ったとか、大人からみたらどうでもいいことですぐにケンカする。ペチカもシュンタも本当はふたりともとても大好きどうしなはずであるのに。ふたりのうちどちらかが友達のうちにお泊まりにいいってしまったなどというときなど、残された方は、この世の終わりのようにさびしそうな顔して部屋のすみで座っている。そして僕と妻がケンカすると、ふたりは結束して怒る。 そう僕たちはすぐにケンカする。悪いのはほとんど僕だという。それはおかしいような気がするから、なにかいわれると、子供がいようがいまいが、僕は必ず言い返す。その言い方はおかしいのではないか。理屈以前に絶対に間違っている。「子供の前でなんでそんなに怒り出すのか、みっともない」と妻はいう。子供の前でやめてくれという、そういう言い方!すべて世間体だけで人の目ばかりきにしてものをいうそういう態度がもっともおかしい教育者の娘とはとても思えないと僕はさらに怒り出す。これがケンカの基本パターンだ。しかしそもそものケンカの原因というのはここに書くのはとってもはずかしいくらいの小さな小さなことなのである。靴下の脱ぎ方とか、クシャミの大きさとか、返事の仕方とか。ここでこう書いてみて実にばからしいことだと思う。子供たちがケンカすることのレベルを笑うことはできない。 もちろん子供たちには親がどうであれ、悪いことは悪いときちんと指導しなければならないと思うが、親というか僕と妻の関係も改善は必要だと思う。たぶん僕が悪いのだ。そういうことをまず真摯に受け止めなければならない。まずは自分自身を変えなければ。なにいってるの、当たり前じゃないの、すべてあなたが悪いんだから、かわりゃあいいのよ、といわれるとまた腹が立つが、こういわれたとしても、すべてうけいれて、僕は自分自身を変えていこうと思う。今日はおだやかな一日だったのだ。なんどか、僕はジョギングのあとに脱いだ靴下の置き方、デパートでのクルマの駐車のさせ方について、食事の食べる速度について、とやかくいわれたが、いわれた瞬間僕の中で、若干の感情のさざなみはたったが、それをそのままやりすごし、うんそうだね、と、受け入れた。そうすると、それ以上感情のこじれはおきなかった。 これはとてもいい。今日、僕は腹をたてていない。自分で自分をコントロールする。コントロールの基本は愛である。僕は少なくとも妻よりはいろいろな本を読んだ。いかに生きるべきかというようなテーマの本も何冊も読んだ。幸福に関する本もカール・ヒルティ、ヘルマン・ヘッセ、アラン他、何冊も本だなに置いてある。椎名林檎の『幸福論』というCDまである。よっぽど精神的に不安定だからこそそういう本を求めている。求めているだけでなかなか実践が伴わない。ここでこうやって書き記すことで、まずはもっとも身近な夫婦関係から日々研鑚向上を図りどんなにバカにされようと、誠実に愛をささげようと思う。 こう書くとなにか冗談なような感じになってしまうのはどうしてだろう。しかし日々、前向きな努力は必要である。 |
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2001年09月02日 19時00分29秒
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| キャッチボールの夕方 |
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ペチカとシュンタと夕方キャッチボールをする。シュンタは夏休みに鍛えられたので、投げるのはかなりうまくなったが、ボールを受けとめるのが下手だ。いわゆるひとつのへっぴり腰である。でもずいぶんまともになった。以前は3人で遊ぶとなぜかどうしても和が乱れることが多かった。ボールをうまく投げられなくてシュンタがすねはじめ、ペチカにあたりちらし、挑発されるといとも簡単にのってしまうペチカであるので、すぐきょうだいゲンカになってしまって、しかもそれを僕がうまくおさえられない。 同じマンションには男の子ばかり3兄弟のうちと、男ばかり4兄弟のうちがある。両方の家庭とも僕は(妻は知らない)つきあいないけど、両方の家庭ともお父さんは、よく休日には子供たちをひきつれ野球やバスケットのトレーニングをしている。威厳のあるコーチのように自分の子供たちを指導している。どちらの家か忘れたけど、たまに僕が会社から帰ってくる夜の8時過ぎくらいに、マンションの前の小さい公園の中で、外灯の下、お父さんが子供たちのバットの素振りの指導をしていたりする。すごいなあと思う。子どもたちはお父さんを尊敬しているんだろうなあ。なんて他人事のように思ってしまう。・・・そう、僕も父親であるのだ。見習おうと思う。 でもここ最近は3人で遊んでも、けっこう平和に楽しくキャッチボールができる。夏休みの間に、シュンタもペチカもずいぶん成長したのではないか。ふたりとも日々大きくなるなあと思いながら、三角キャッチボールをした夕方だった。 最近Qは映画『A.I.』に出ていたティディベア型のロボットみたいな感じで、とことことことこ部屋の中を歩き回っている。なにか引っ張り出してきては、両手で抱えて、オウオウとひとりごとをいいながらどこか別の場所へ運んだり、ゴミ箱に捨ててしまったりする。だからものがよくなくなる。ものがなくなるのはすべてQのせいにすると、なにかととても円満な解決方法である時もある。台所の生ゴミを捨てるゴミ箱の中には、なぜか夕方ペチカとシュンタとキャッチボールをして遊んだゴムボールがタマネギの皮にまみれて転がっていた。これはQの抗議行動か?いっしょに遊びたかったのだろうか。 |
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2001年09月01日 22時21分27秒
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