10月の日記です。

陰影に富んだわたし
10月もあと2日。朝も暗いけど、日が暮れるのも早い。5時をまわるとあたりが暗くなってきて、もうそれ以上営業活動をしたくなくなる。暗い夜道にクルマを走らす。AMラジオから流れるナイターオフの懐メロ番組。心地よく疲労した一日の終わり。冬に入り始めのこの独特な暗さはいいな。僕は暗いのかな。いやいや陰影に富んでいるのである。

スナネズミの専門のホームページをみつけて、教えてもらったこと。スナネズミには頬袋がない。勉強になった。ペチカのともだちはすーちゃんを見ると、リスやリスや。と言っていたそうだ。なんとなくリスににていなくもないけど。面白い動物だ。Qの手が届かないところに置いてあるので、たまにQを抱き上げてカゴをのぞかせると、ぶきゃあぶきゃあ言って喜ぶ。カメよりもチョコマカとよく動きまわるので、気に入ったみたいだ。気をつけよう・・・。シュンタはほとんど興味を示さない。たぶんこわいのだうと思う。シュンタは生き物が苦手だ。今年ようやくセミをつかめるようになった。でもへっぴりごし。妻もあまり興味がないようだ。でもひょっとするとこわいのかもしれない。

シュンタが虫一匹にびびってしまうことが、妻にはとても許しがたいことのように思えるらしい。男のクセに!なんて、九州出身の女の人は、こういう言いまわしを今だにするのである。しかし相手が何か気に食わないように思えた場合、たいていそれは自分の気に食わないことを投影しているということが多いのである。ゆえに妻も、虫一匹にびびっている。そういうことを言うと妻はとても不機嫌になる。事実を言われても人は不機嫌になる。何気ない日常生活の中でさまざまな真理を見つけ出し、僕はこうして日々陰影に富んだ人格を磨き上げていくのである。
2001年10月30日 22時27分54秒

ゼッケンが来た。マラソン大会は近い、トイレも近い
会社から帰宅すると、今週日曜日のマラソン大会のゼッケンが、ようやく届いた。今年はゼッケンNO.の下に小さく僕の名前まで書いてある。いよいよきたな。はしるぞはしるぞと、ぶつぶつとひとりで気持ちを盛り上げる。日曜日はペチカとシュンタが子供会の集まりでどこかへ出かけるとのことで、妻もQもついていくので、残念ながら一人で孤独に応援なしに走ることとなる。もっとも、このマラソン大会は、とってもローカルな市民マラソンで、ずーっと淀川の川沿いの道を3000人弱くらいの人がずらずらと走る。川沿いの道の周りには広場が続いていて、そこではみんな野球やったり、サッカーやったり、テニスしたり、バーベキューしたり、イヌの散歩してたり、にぎやかで、あんまりそれぞれにぎやかなのでマラソンランナーが走っていても、あまりたいして注目されない。沿道の応援なんてほぼないのである。でもいいのだ。誰も応援してくれなくたって、僕はせっせと走るんだ。とても楽しみである。

スナネズミのすーちゃんは無事、2日目の夜を迎え、夜の活動をはじめた。ハムスターと比較して動きがさささっとすばしっこい。手のひらに載せて遊びたいが、どこかへ逃げてしまいそうだ。ゆっくり慣らそう。

仕事中、営業で外回りをすると、最近は涼しくなってきたので、トイレが近くなる。クルマで気軽に立ち寄るトイレはコンビニかホームセンターのトイレである。コンビニのトイレに立ち寄ると僕はいい人なのでなにか買わなければいけないような気になる。それで、以前はパンを買ってしまったりして3時のおやつでむしゃむしゃ食べていた。のどが乾いたら、清涼飲料水を躊躇なく購入していた。しかし最近は間食は完全にやめているので、コンビニにも近寄らない。

コンビニはお菓子やさんではなくて、雑誌の立ち読みもできるのだが、僕はあまりそういうことはしない。本を見たい場合は、仕事の合間に一息いれるとき、そこらじゅうにあるBOOKOFFへ行く。そこで100円コーナーで面白そうな本があるとつい買ってしまい、読まない本が増えたりする。ということで、BOOKOFFも最近近づかないようにしている。トイレもないし。

ということで国道沿いのホームセンター。ここは気楽にトイレが利用できる。広い駐車場で、仕事のメリハリをつけるための仮眠休憩もできる。

今日もホームセンターでトイレに行った。ついでにホームセンターのペット用品コーナーへ行った。小動物用の、いろいろなグッズが売っていた。こういうところを見るのはとても好きだ。すーちゃんに何か買おうかとも思ったが、いや、ここでそういうクセがつくと、今度はホームセンターでトイレ利用するたびに、買い物するはめになってしまいそうだ、と考え、やめにした。

最近は、欲望の適切なコントロールを学んでいる。
2001年10月29日 22時04分47秒

すーちゃんがきた日曜
今日は朝から曇り空。先週の日曜も曇り。涼しくなってきたし、どこか遠出しようかと思っているのだけど、曇っている日にあんまり遠くに出かける気にもなれないので、午後よりクルマに乗って家族5人で近所のペット屋さんへ行った。ペット屋さんをのぞくのは、とても好きだ。2軒、はしごした。そして、家族の同意を得て、めでたくスナネズミの子供を一匹、購入した。とてもうれしい。

名前はスナネズミなので、最近アニメではやっていて、ペチカがけっこうファンらしいハムスターのハム太郎に対抗して、スナネズミのスナ太郎という名前にした。正式名称はスナ太郎ということにしたが、呼ぶときは、すーちゃんと呼ぶようにしようと思う。すーちゃんといってもこのイントネーションは、キャンディーズのスーちゃんとは違う。矢沢永吉のエーちゃんと同じイントネーションで、すーちゃん。である。

毛に覆われた細長いシッポとタレ目がとてもかわいい。Qはすーちゃんがカゴの中で動くたびにパチパチと手をたたいていた。すーちゃんがQに食べられないように充分気をつけよう。

本だなの上を昼間のすーちゃんの住みかにしようと思う。すーちゃんを迎え入れるため、部屋を整理する。そうじというのは気持ちがいい。本だなの本もきれいにならべなおした。読んでない本がけっこうあるのである。しばらく本は買わないでおこう。これからきちんと読書記録をつけようかなと思う。

すーちゃんは、今、元気一杯せっせと回し車の中をくるくるとかけている。これからの真夜中のひとときはすーちゃんとすごせると思うと僕はとても幸福だ。なんだかとっても孤独な感じの真夜中になるだろう。しかしこの真夜中のさびしさというのはなかなか好きなのだ。
2001年10月28日 22時23分22秒

今朝は早起きできなかった。朝は眠たい。
一日、研修でカンヅメ。窓の向こうに仁徳天皇陵が見えた。こういうシチュエーション、春もあった。夕方帰宅し、40分ほどジョギング。一日、ぎゅっと押し込まれていたあと、軽く走ると、からだがほぐれて気持ちがいい。

今日は夕食は、同じマンションの人のお宅に招待されて、ごちそうになった。うちはマンションの2階だけど、そこのお宅は10階にある。僕はとても高いところが苦手だ。10階の通路を歩いて、そっと、手すりの向こうをのぞき見ただけでめまいがする。脚がすくむ。

チーズホンデュというのをごちそうになった。溶けたチーズ入った鍋にパンやらウインナーやらを突き刺して食べる、非常に、栄養がありそうな、食事だった。「そういえば、ご主人は、最近お顔が細くなったのではないか」と、そこの奥様にご指摘を受けた。そうやってさりげない指摘を受けると非常にうれしい。

子供たちは非常によく食べていた。うちの子供たちはかなりの大食いだと思う。ペチカとシュンタとそれぞれ同級生のそこのうちの子供たちの何倍も食べていたのではないか。僕は今日も少食だった。ペチカやシュンタよりもたべていないと思う。ビールをコップ一杯飲んだらくらくらだった。今も心地よくくらくらしている。眠ろう。
2001年10月27日 23時19分50秒

きがおもいしゅうまつ
今朝も6時に起きれた。目覚ましのベル一回でがばっと起きる。「藤竜也は酒を飲んだ次の日は必ず10キロ走るんだ」と高校生の頃同じクラスの少年が教えてくれた。彼は俳優の藤竜也の大ファンだった。僕は藤竜也のファンでもなければ、そのクラスメイトとも現在まったくなんのつながりもないし会いたいとも思わないが、お酒を飲んだ次の朝走るといつも、十数年前のそのクラスメイトのセリフを思い出す。「藤竜也は酒を飲んだ次の日は必ず10キロ走るんだ」。僕も走っている。酒を飲まなかった次の日だって、僕はたいてい走っている。だからなんだといわれると、別になんでもないけどさ。

薄暗い朝。まだ外灯がついている。寒い寒いと、震えながら走る、そうやって走ると、いつもより早く走れてしまい、カラダがすぐにあたたまる。あたたまる・・・真夏には朝からギラギラしていたのに。気がつけば、田んぼはいつのまにか稲刈りが終わっていた。カメの食欲もだいぶ落ちてきた。クサガメはレンガの上でじっと日光浴をしたまま眠っている。木も葉っぱも赤く染まりはじめているものをちらちら見かける。そして日本シリーズは終わり近鉄は大阪に戻ってこれなかった・・・・。秋であります、まったく。

明日は、またまた会社の研修。・・・・とても気が重い。宿題まである。どうしてこの年になってまで、宿題しなきゃならないのだろう。それからなんだか笑顔がうそっぽい先生の話をきくのもとてもいやだ。だんだんだんだん気が重くなる。土曜日は、あまり労働したくないのです。
2001年10月26日 23時07分44秒

暗くなる朝のさわやかさ
今朝はきちんと起きられた。朝はだんだん暗くなる。暗い朝のはじめはあたりが紫色がかっている。そして風が冷たい。すれ違った学生風の男性は、朝からどこへ行くのか知らないが(あるいは帰ってきたのか)、首にあたたかそうなマフラーを巻いていた。そこまで寒くはないのではないとも思うが・・・とTシャツ姿の僕は思う。走っているうちに徐々に太陽が昇っていく。紫色が消えていく。高速道路の高架線の向こうから、オレンジ色の大きな太陽が昇ってくる。あたりが澄み渡ってくる。こういう朝のはじまりの時間に立ち会うのは気持ちがいい。体が軽いような気がする。いくらでも走れそうな感じ、でもたぶん錯覚だろう。しかし、こういう錯覚的に走れそうだ走れるぞああ走りたいという気持ちをためこんで、本番に備えよう。こうやって、コンディションを整えているととっても運動選手な気分になってくる。でもたぶん錯覚だろう。この錯覚が破れたところから、マラソンの苦痛と快感がはじまるのである。破るための錯覚をためこむ朝。

夜は、エビスビールをジョッキ一杯と由緒正しいらしい日本酒をお猪口に1杯、それからギンナン、湯豆腐、アジのたたき、ダシマキタマゴ、シシャモ。メニューに値段の書いてないお店で、品のよい飲み会だった。いっしょにいった人は、ふたりともとても日本酒の好きな人で、日本酒のウンチクをいろいろ語っていた。酒は節度を持って飲めば、百薬の長であるから、という。しかし、そういった人はとても節度を守って飲んでいるとは思えない。僕は酒について、酒を飲むことの効用についてもよく理解できない。正直いってやはり好きではない。しかし今日はあまり酔いもまわらずすっきりした気分で帰宅した。
2001年10月25日 23時27分33秒

宿泊出張と恩田陸の小説と縮小する胃袋の火曜水曜。
久々の宿泊出張。4500円のビジネスホテルは国道沿いにあって、トラックが通るたび、振動した。そしてうるさい。それでいて、となりの部屋の人がごそごそ動いている音、つけているTVの音がよく聞こえる。反対側の部屋の人は夜の町へ出かけているのか、何度も何度も携帯がピリリリリと鳴っているのに誰も出ない。気になる。気になりながら、本を読んだ。恩田陸『三月は深き紅の淵を』(講談社文庫)。一晩で1冊読んでしまった。こういうふうにずっとだらだらと本を読むことは普段あまりない。一人の夜は、たまにはうれしい。

恩田陸はとても魅力的な作家だと思う。この本の内容は、『三月は深き紅の淵を』という名前の本にまつわる、4つの話からなる。4つの話とも、この幻の本を中心に話が展開される。別々の話なんだけど、最後まで読むと、ひとつの話であり、この小説のタイトルは『三月は深き紅の淵を』となる。こう書いているとなんだかわからないが、読むとすごく面白いです・・・面白い本の紹介というのはむずかしいと思う。この人の小説って、子供の頃、こんな話があればいいななんて空想したような物語をそのまま書いてくれる人のように思う。この小説の登場人物のひとりが語っていたみたいに、小説のなる木からもぎとってきたような物語。読み終えると、もっともっと知らない、いろいろな物語を読みたくなった。

きのうの夕食はホテルの部屋で本を読みながら、アンパンとおにぎりひとつ、それからウーロン茶。なんだか張込み中の刑事みたいな食事だった。そして、今朝は吉野家で、納豆定食を食べた。反射的に大盛、といってしまった。大盛のごはんは、最近胃袋が縮小傾向にあるため、やや多すぎた。吉野家の朝定食ははじめて食べた。かつてはいつも吉野家だったら朝でも牛丼だった。しかし、最近は胃袋が縮小傾向にあるため、またこのごろあんまり牛肉食べる気分にもなれないし、納豆定食のほうが魅力的だった。昼間もやればいいのにな。ごはんと納豆と味噌汁とのりで370円。牛丼並で280円。牛丼の方が安いんだなあ。昼はローソンの麦ご飯おにぎりと、野菜ジュース。胃袋はどんどん小さくなっていく。空腹感があまりない。僕のおなかと腰のまわりには、脂肪がたっぷりついている。まるでラクダのコブのようだ。本当は2、3日なにも食べ砂漠をてくてく歩いてもどうってことないのかもしれない。

なんてこと考えながらもしっかりお仕事もいたしました・・・・。

なんだかあまり食べないのが快感になってきた。しかし、あしたは、会社で夜、飲みに行くらしい。先輩がごちそうしてくれるそうだ。キミもいろいろたまってるだろうから、ぱあっといこう、なんていうけど、僕は黙々と空腹を抱えるのにものすごい快感を覚えているのであんまりなんにもたまってないのだ。むしろ会社の人と飲むと、あとでなにかといろいろたまってきちゃったりするのだ。お酒のんでパアっとはならない。黙々と一晩じゅう恩田陸の小説読むと、パアア!とするんだけどな。しかし、せっかくのお誘いなので、ほいほいついていこう。
2001年10月24日 22時43分40秒

シナボンの月曜
今朝目を覚ますと、雨がぱらぱら降っていた。走っても支障のない程度の降りだった。どしゃぶりだろうが、本当は軽いジョギングなら、ぜんぜん問題ないのだが、布団が気持ち良かった。ぐっすり眠った。無理はしないのである。朝起きて、Qを肩において、ヒンズースクワットを10回、した。

お菓子で、シナボン、という名前のシナモンロールがある。とても有名な話題のお菓子だそうで、以前は東京のどこかのお店でしか買えなかったそうだが、最近はデパートでも売るようになったそうだ。シナボン。ボンボン太りそうな甘い甘いシロップたっぷりかかったシナモンロール。近所の人がおみやげに持ってきてくれた。せっかくなので子供が食べているのを横から少し取り上げて食べた。ぼんぼんぼん。こういう夜もある。腹筋しよう。

雨降りの夜。あしたも朝は雨だろうか。シナボンはまだ、ボン、ボン、とふたかたまりもある。しかしもう食べるのはやめよう。そしてあしたはシナボンと顔をあわせたくないので、泊りで出張にいこう。
2001年10月22日 22時12分14秒

ねちがえの日曜、なめらかなからだへのあこがれ
寝違えをした。朝目がさめると首がまわらない。昨日寝る前に、サマセット・モームの『魔術師』(ちくま文庫)というオカルト小説を読んでいた。とてもこわかった。夜中に、ひとりで読んでいたら、すぐそばに、オリヴァ・ハドウというこの小説に出てくる、悪魔的オカルティストにどこかから見られているような・・・そんなことを考えたらあんまりよく眠れなくて、朝おきたら、寝違えをしていた。なにかトリツイテいるのか?と、そんなことを気軽に書いて、あとで眠れなくなったりして、こわくなったりする・・・。

くもりの一日だった。本当は今日、よく晴れていたら、遠出しようと思っていたが、結局近所の買い物へ行ってきた。車をバックさせるとき、首がまわらないので非常に苦労した。

このところ食事を少しにしていて、とくに、間食をやめたところ、さっそく効果がでてきて、ウエストがややひっこんだような気がする。間食、は特に、いくら食べても子供3人産んでも肥満しない特異体質の妻のペースにあわせて、しょっちゅうお菓子を食べていたが、これをやめている。やめようと思うと、わりと簡単にやめられる。お菓子は、ほしいものかもしれないが、必要なものではないのである。
そして本当にほしいものなのか、よおく考えてみるのだ。・・・ん。やっぱりほしいか。いや。今週はぜんぜんほしくなかった、空腹が幸福だった。ちょうど禁煙をはじめたときのような気分だ。なかなか好調。

そして、先日ラジオできいたのだが、おへその少し下にチカラをこめて、おしりの穴をひきしめるようにして、常に緊張して歩くと、それだけで、けっこう体脂肪の燃焼効率が上がるらしい。僕はのそのそ歩くとよく指摘される。飼育している動物(カメ)に影響されているのだろうか?よくそういう話をきく。イヌ好きの人はなんとなくイヌっぽい。ネコ好きな人はなんとなくネコっぽい。カメ好きな僕はカメっぽいのだろうか。自分のことはなかなかわからない。でもカメっぽい人がいたら僕は好きだな。きっと僕がカメっぽかったら、とても僕はいい人だろう。いや、まあ、とにかくカメ的ではあっても、ひとつひとつの動作に注意深くして、歩こう。と、買い物しながら僕は僕の現実においてモデルのように歩いた。

首がまだ痛い。なめらかなからだになりたい。ヨーガとか、太極拳、合気道などに、憧れがある。からだがとてもなめらかになりそうだ。そのうち習いたいなと思う。現在の家計状況だとむずかしいと思うけど、それと僕は呑み込みが悪いのである。運動神経がすごく鈍い。なめらかでない。だから寝違えて首も痛いのか??体力はまあ、あるけど昔からなにか習っても先生やコーチにさんざんいろいろいわれてちっとも上達しない。車の教習所でも、ものすごく、呑み込みが悪くて、毎回教官にありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられていたような記憶がある。だから、いろいろなにかと消極的なところがある。でも、なめらかなからだにあこがれているから、いつか本格的に習いたいなと思う。こういうことを日々つぶやいていると、けっこう事態は良いほうに転んだりするのだ。

ところでコーチといえば・・・。夕方、シュンタと近所の小公園でキャッチボールをした。近所の星一徹みたいなお父さんがリトルリーグに入っている息子にケリをいれながら、ピッチング練習をコーチしていた。シュンタと、のほほんとキャッチボールをしているのがなんだか申し訳なくなるような感じだった。しかし、ケリはいけないと思う、ケリは。すぐけったりなぐったりする体育会系な世界はとてもきらいだ。そういう世界じゃなく、なめらかなからだ、なめらかな世界が好きなのだけど・・・。
2001年10月21日 18時31分24秒

土曜午前のジョギング
午前中、これで、3週連続だが、公園で7周、21キロ走る。今週は雨が降っていたり寝過ごしたりで、火曜日しか朝のジョギングを行っていなかったが、逆に自分のレベルとしては体は軽く、もう少しいけそうだったけど、今日は、乳首にバンドエイドをつけるのを忘れた。8周目にはいろうとしたら、Tシャツで乳首がこすれヒリヒリしてきた。少し血がにじんできた。こういう微妙な痛さはイヤなので、立ち止まって、そうしたら、もう一回走る気にもなれなくて(ま、いいか半分走ったし)、やめる。余力を残してやめるのである。そして本番で幸福に力尽きる。

先週先々週と、内股がこすれたのだが、今日は股はこすれなかった。鉄棒でできるマメみたいなもので、こすりなれれば股でも乳首でも脇の下でも強くなるのだろう。来週は土曜日、一日、会社なので、本番まで、あとは日々の朝のジョギングで体調を整える。やる気がでてきた。ところがまだ、ゼッケン引換券がこない。と思って、大会事務局にメールを送ったら、即返事がきた。来週中には届くそうだ。

今回はシステムがちょっとかわるらしい。親切な大会事務職員のメールから。

「前回までは、皆さまにゼッケンと引き換えになるハガキを送らせていただき、前日・当日にゼッケンと交換という形をとっていたのですが、今回は皆さまに直接、ゼッケンを送らせていただきます。ゼッケンにバーコードがついていまして、当日にタイムがわかるシステムになっております。」

・・・どんなのだろう。なんかプロっぽい。楽しみだな。走りながら、関門ごとに、ピッ!てカウントされるのかな。だんだん楽しみになってきた。こうやって体力で足りない分、気持ちで盛り上げる。

学生の時、クラブ活動をしていたが、なんとなく、みんながやるからやってる、という感じであまり主体性がなかった。しかしこうやって、大人になってから自ら自覚的に参加しようとすると、はじめて運動することの楽しみというのを感じる。僕は、わりと、内気なところがあって、確かに、こうやって、マラソン大会へでるようになったのは、妻が、ばかみたいに、近所くるくるまわってるだけじゃなくて、大会でたら、と進められたのがきっかけだ、だから、妻には深く感謝している。僕に対してぜんぜん感謝してくれなくても、僕は常に感謝し愛し敬っている。そのうちいっしょに仲良くフルマラソンを走りたいものだ。妻は、やせ型で、とてもランナー向きの体格をしている。『転校生』という映画があったが、一度中身を入れ替わってみたいものだ。という話をしたら、ぜったいイヤダといわれた。
2001年10月20日 22時26分25秒

別に不機嫌なわけじゃないけどすこしぐらいぶつぶつつぶやきたくもなるよ、な夜
Qがなかなか寝ない。昼寝をたっぷりしたらしい。ようやく妻といっしょに布団にもぐりこむ。静かになった。僕は、比較的、子供の面倒を見る。でも、それでうぬぼれるな、といわれる。あたかも僕がとてもりっぱな父親だというようにそこらじゅうに宣伝活動をするな。といわれる。そう、僕はうちの仕事はほぼなにもしない。少しもうぬぼれてはいない。主婦業は、たしかにとても立派なことだ。充分敬おう。たとえむこうが僕を敬わなくても、充分敬おう。僕だって主婦はしていないが別にぶらぶらしてるわけじゃないけど、敬われようとは思わない。理解しあえることはあるのだろうか。理解したら、握手できるのだろうか。理解というものはできるかもしれないけど、よおくわかった、と改めて、憎みあったりしてしまうこともあるのかもしれない。そんなことは望まない。完璧な理解なんて信じない。理解を超えたところが愛なのである。うそでもいいから、やさしくしよう・・・。こんな気持ち、ぜったいわかりゃあしない。わかりゃあしないだろうけど、僕はあしたも腹をたてない、やさしくしよう。どうだまいったか。信じることさっ、必ず最後に愛は勝つ〜♪
2001年10月19日 23時57分50秒

時間厳守、天気、ウランちゃん、うなぎ弁当
出張でもなんでもそうだが、僕は時間を守るようにこころがけている。会いたい人でも会いたくない人でも、待ち合わせのときはきちんと時間を守る。今日も、昼までに東京へいかなければいけなかったので、早起きをした。新幹線自由席にきちんと座れるよう、早めに自宅を出る。早めすぎる、といつも妻よりいわれる。なにかそれが気に入らないらしい。たしかに30分は早かったりする。しかし、何が起こるかわからないじゃないか。30分早くついたとしても別に損をした気にならない。早ければ早いほど心が安らぐ。僕はそういうふうに時間を守るのが好きなのである。なにか問題があるだろうか。

そして自宅を出るとき大阪は晴れていたが、妻は傘を持っていけという。天気予報によれば、東京は雨だという。しかし東京へいってハイキングをするわけではないし、ほぼ外を出歩くことはないから、傘はいらないというが、どうしても持っていけというから折りたたみ傘を持っていく。結局使わなかった。思えば妻は天気のことはものすごくよく気にする。テレビの天気予報は必ず家事の手を止めて見ている、子供がアニメを見ていても、天気予報の時間になったら、かならずチャンネルを変えさせる。天気にかけては、僕が約束時間を守ることより、はるかにつねに気にかけているように思われる。

東京支店の某女子社員は僕に会うと、「ね、髪型かわったでしょ?」といった。主語がないから、てっきり僕の髪型が変わったということを彼女が指摘したのかと思った。たしかに僕は最近床屋へ行ったが、そんなに大きく髪型がかわったわけではない。しかし僕が床屋へいったことに彼女は気づいてくれたのだろうか、わあ、うれしいなあ、うん、こないだね、床屋さんにいってね・・・「私の髪型!」と彼女は言った。そうだ。よくみれば、違うぞ。前はもっと、なんというか、鉄腕アトムの妹のような髪型をしていた。キミはウランちゃんに似ている!と僕は言おうとした。でも彼女はウランちゃんを知っているだろうか。ウランちゃんって誰ですか?っていわれたらどうしよう。僕だって知らないんだよ。僕だってそんな昔には生まれてなかった。僕が生まれた頃は鉄腕アトムなんて、テレビでやってなかったもん。

僕は、ウランちゃんに髪型がとっても似合うよと言った。あとできいたら、このウランちゃんが髪型を変えたとき、東京支店の男性社員が「お、髪型変えたんだね」ってかわるがわる彼女の前にやってきて、巡礼したらしい。そうかあ、もてるんだな、ウランちゃん。ねえ、ウランちゃんって知ってる?ってきいたら、知ってます。と彼女は答えた。よかった。似てるっていわれない?と調子に乗ってきいたら、いわれたことありません、ときっぱり否定された。でも彼女の飼育しているロシアリクガメのはなしがきっかけでわれわれはカメ友達になれた。・・・・ところで今日は何しに東京まで行ったのだろう。

帰りの新幹線で、うなぎ弁当を買った。1300円もした。5000円出したら。4700円もおつりがきた。正直モノの私は、車内販売員にその事実を告げ、1000円を返した。ぼんやりしたままもらっときゃよかったかな。でもおなかがすいていて(今日の昼はかけそばだった)頭が妙にハッキリしていたんだ。たぶんそのうち、きっといいことがあるだろう。
2001年10月18日 23時39分44秒

電車。
雨の日は、電車通勤。カサを持って、カバン抱えて、満員の通勤電車約10分。満員電車は好きではない。たとえ約10分といえども、へんな姿勢で立っていると、腰がいたい。昔、勤務先が東京であったとき、埼玉県より東武線に乗り、北千住で日々谷線に乗り継いで、通勤していたことがある。

朝の北千住のホームはすさまじかった。あれだけあふれかえった人ごみで、線路に落っこちる人がいないのはふしぎだった。それとも落ちた人はいるのだろうか。ラッシュアワーがおわると、いくつか靴が転がっているというのは聞いたことがある。見たことがあるような気もする。満員電車の中で、非常にみんな朝からイライラしていて、ちょっと肩に触れたくらいで、すんごい顔でにらんでいたりして、朝からケンカする人もいた。

それから電車に乗っている時間が1時間半近くもあって、途中、トイレにいきたくなったりすると、地獄の苦しみを味わった、朝早いので、自宅でゆっくり大便する時間がないのだ。なんとか下りた駅でトイレにかけこんでも、たいてい、大のトイレは満員だ。とてもきらいだった。そしてそういう状況下でしばしば、がまんしきれなくなり、朝からコンビニで新しいパンツを買う人も多いらしい。・・・ふたりくらいきいたことがある。僕ではない。

たまに東京方面に出張の際は、宿泊費を切り詰めるため、実家に帰って、行きも帰りもこの満員の通勤電車にもまれることになる。とてもキライだ。ふるさとにもどって、ああこのなつかしい満員電車、とは思えない。そう思うと、現在の境遇はとても恵まれている。へんな姿勢でたって腰が痛いなんてぜいたくな悩みだ。それでも電車通勤はきらいだ。

もっと、のんびりとした、汽車の旅、っていうのがいいな。学生の頃、埼玉県より、現在の妻(その頃は結婚していなかった。過去の妻がいるわけではない)に会いにいくのをかねて、普通電車ばかり乗り継いで、九州までいったことがある。夜10時くらいの東京発の大垣行き東海道線に乗って、それからいろいろ乗り継いで、翌日の夜11時くらいに博多についた。それから九州でもいろいろさまよって・・・ああいう、だらだらした旅というのは好きだった。そうだ、僕はけっこうな放浪者だったのだ。またそういう旅をしたいものだ。

そういう旅をしたいんだけど、明日は日帰りで東京出張・・・。
2001年10月17日 21時45分33秒

おにぎりの昼飯で考えたこと
感情が波をうったり、明るくなったり暗くなったりする多くの原因は肉体的な問題にあるのかもしれない。肉体的、というか、生活態度というのか。きっちりとした、肉体と生活のコントロール。とてもきっちりして、それでもはみだしてくる、いろいろな問題点があるとするなら、これは本物だ。その本物な問題点、時には美点もあるかもしれない、そういうところはしっかり見つめて、いろいろ考えるにあたいするような気がする。どうも、怠惰からでる、精神的感情的脂肪というようなものが自分の中に多くあるようにも思う。研ぎ澄まされた怠惰。きっちりきっちりしてもうどうしようもないところまできても、居座る怠惰。これはもはや怠惰ではないのかもしれない。もやもやのもやをはらして、それでもある、もやのもと。なにはともあれ、毎日は前向きにきっちり送るよう心掛けようと思う。
2001年10月16日 22時07分24秒

すきっぱらのくるくる
今日はおにぎり2個の昼飯だった。死ぬほど腹が減るということはない。心地よい空腹感。夕飯がおいしい。よくかんで食べる。食物の栄養素のひとつぶひとつぶが体に無駄なくシミわたるようだ。そのように幸福に満たされ、夕食を食べていた。いつも8時をまわって帰るので、ひとりで食卓について食べる。家族は好き勝手なことをしている。最近Qは、どこからか絵本を持ってきては、ソファにごろっと横たわり、ぶつぶついいながら、絵本を読んでいる。たまにはかじっている。本は食べるものではない。ソファはQに占領されたが、おなじようにシュンタも床に転がってコロコロコミック11月号を読んでいる。かじってはいないようだ。

妻は台所で、片付けをしている。冷蔵庫にはしばらく前僕が不在の時、妻が近所の主婦の人たちと酒盛り(転勤でいなくなる人の送別会)をして残りの缶チューハイがひとつ転がっていた。僕はもちろん妻も基本的にアルコールを必要としないので、そうやって、転がっている缶チューハイはほぼ永久に冷蔵庫の中に転がっている。妻によると転がっている缶チューハイは微妙に邪魔なのだそうだ。だから僕に飲んでくれという。いや飲みたくない、というのに、半分でいいから飲めという。ピンク色の液体を氷を入れたコップに注がれ、テーブルの上に置かれる。ペチカがわあなになに、ジュース!といいながら、飲もうとするから、教育的配慮から、飲まれる前に、ぐびぐびと一気飲みをした。すきっ腹には強烈だった。缶チューハイ半分で、僕はくらくらになった。それは8時すぎの出来事だったが、2時間以上たってもまだくらくらする。実に安上がりに酔っ払った。心地よい空腹を抱えていると、他にもなにかといろいろ、経済的なことがあるのではないか。あしたもおにぎり2個にしよう。
2001年10月15日 22時11分21秒

わりと単純に感化される
今日は家族で近所の大きな公園へ行き、一日をすごす。公園内ジョギングコース午前中3周。4周目にペチカとシュンタが自転車で伴走してくれたが、昨日気合がはいりすぎたのか、途中ですっかり疲れてしまい、中断。午後はみんな公園内をいろいろ遊びまわっていたようだが林の中にシートを敷いてゴロゴロしていた。

寝ころがりながらアレン・カー『ダイエット・セラピー』(KKベストセラーズ)を読む。この同じ著者の書いた禁煙セラピーで僕はタバコをやめた。ニコチン中毒で、その事実を自覚せず、タバコをおいしいと錯覚しているように、食べ物でもおいしいと感じているもので実は錯覚しているものもあるのではないか。本当はおいしくもないのに、体によくもないのに、どこかからすりこまれた先入観で、おいしいと思いこみ、食べているが、本能ではそれが本当に求めている食べ物ではない。だからいつまで食べても満腹感を覚えない。覚えないから食べつづけ、肥満する。おおいに参考になる。この著者の本は実践的だ。タバコの時も、魔法のようにやめることができた。2002年には僕の胴まわりの脂肪は姿を消すことだろう。30歳すぎてからつくおなかのまわりの脂肪はもう絶対とれない、なんてはなしをきいたことがあるが、そうやって、簡単には一般論的に納得しないのである。

午前中、すっかりくたびれていたのだが、この本を読んで元気になり、帰る前、もう1周走った。
2001年10月14日 22時08分40秒

マラソン大会に向けて気持ちをマラソンモードにするために書く日記。
午前中の公園。キロ約6分のペースで21キロ走る。2時間と少し。このペースでフルマラソンを走りきれれば僕としては大満足である。まもなく11月4日に大阪淀川を走るフルマラソン大会があるが、4時間半で走れたら、大満足である。去年は5時間20分もかかった。その前は4時間50分。別の大会で、大阪長居公園をフルマラソン分14周走るというのがあり、それは2月のみぞれの中雨合羽着て走ったが、これが1番早く4時間22分。ゴールは長居競技場トラックで、本物の陸上選手になったみたいで、気持ちよかった。本物の陸上選手は雨合羽など着て走らないが。それから初めて走ったマラソン大会は丹波笹山という山奥を走る大会で、4時間50分の制限時間、季節は2月のみぞれ交じりの雨の中、初体験で無謀だった僕はTシャツ短パンで走った。これは制限時間内どころか、途中で、マンガの氷付けのマンモスみたいにカチコチに凍ってしまい、収容バスに拾われ、途中棄権。淀川マラソンは制限時間8時間で、11月の日中はむしろ暑さのほうが問題になってくるが、まあ、今年もなんとか完走できるだろうと思う。うん大丈夫だ。大丈夫だぞ。

大会前に一度でも、42.195キロを走っておいたほうがいいようにも思うが、本番のお楽しみなのである。本当のところ、練習でそこまで走る気になれない。練習で、そこまで走れる気力がない。半分走って、安心してしまう。そして結局本番で苦しむ。練習不足のトロトロランナーが直面するフルマラソン後半の地獄の苦しみを愛しているのかもしれない。けっこう被虐愛好的な性格なのかもしれない。とにかく最後まで走り抜こう(後半のかなりの時間は歩いているが)、あとひと月もない。ところが、お金は6月に振り込んでいるのに、まだゼッケン番号案内ほかの通知がこないぞ。このままこなかったらどうしよう。やめちゃおうかな。でもきっと走るんだろうな。

午後は最近よく歩くようになったQとふたりで近所を散歩した。赤ちゃんと歩くと面白い。すぐ立ち止まって、ばあとかいいながら、通りの鉢植えの花などに挨拶している。よくわからないが、歩いていてなにかに強い印象を受けると、すぐに両手をバタバタさせてよろこんでいる。Qには世界がどうみえるんだろう。
2001年10月13日 20時32分31秒

過ぎ去る時間のおそろしさに足がすくみそうになる夜
1週間がものすごく早い。あしたはもう土曜日。あしたは子供たちが学校だから、公園へ走りに行こう。時間はどんどんはやく流れていくような感じだ。なのに走るスピードはとてもゆっくりだ。ゆっくり走っているのに日々はあっというまに過ぎ去る。時々おそろしくなる。おそろしいから毎日なにか書いている。そしておそろしさに負けないようにきっちりした毎日を送ろうと思う。過ぎ去る時間のおそろしさに足がすくみそうになっても、明日も走ろう。
2001年10月12日 23時22分05秒

マイタケ他、
今日はまっすぐ帰ってきた。近所の人にもらったマイタケを使用した夕食。天ぷらにしたり、八宝菜ふうに炒めたものを食べる。とてもおししかったので日記に書く。日本の食べもののマイタケはからだによいと、外人の書いた健康に関する本に述べられていた記憶がある。まいったかアメリカ人と思いながらマイタケを食べる。どうだすごいだろうフランス人と思いながら、僕はしばしば納豆を食べる。ご飯は一膳。最近ご飯は一膳にしている。昼飯の弁当も、おにぎりふたつだけにしようかと検討中だ。ダンベル体操の本を読んだことがあるが、現代社会の成人はカロリー取りすぎなので昼飯はおにぎりひとつで十分だと書いてあった。それと一日15分のダンベル体操で体すっきり、だという。本当だろうか。でもダンベル体操を毎日少しでもすると腰は痛くならない。徐々に胃袋を小さくして、シンプルな肉体をつくるように努力する。しかし、世の中にはいくら食べても太らない体質な人がいれば、少し油断すればすぐ太ってしまう人もいる。とても不公平だ。僕はつねに太ろうとする肉体の持ち主である。困ったことである。寝る前に腕立てを10回しよう。

ペチカが、モーニング娘。の歌を歌っていた。歌詞に、夏の海わあメルヘンチック〜♪というのがあって、メルヘンの意味がわからないと質問された。メールがヘンなん?なんてなかなかおかしなことを言っていた。そこで辞書を引いて調べた。メルヘンは神話や伝説と違い、純粋につくられた話、おとぎ話や童話などのこと、だそうだ。ひとつ勉強になった。われわれが真剣に辞書を調べているあいだ、Qは、本だなの本をひっぱり出して、かじっていた。最近本だなの本がかじられて困る。
2001年10月11日 22時33分40秒

真夜中の新鮮
食事に気をつけようと思ったけど、今夜も飲んできた。飲んできたけど、そんな飲んでないぞ。中ジョッキ一杯だし、食事だってあんまりしていない。あたまははっきりしている。今朝は大雨で走れなかった。明日は早起きしよう。少しづつ積上げていくことはけっこう好きなのだ。体重をへらそう。体重をへらそうと考えることは、そのこと自体が目的ではないのだ。自分自身を適切にコントロールする。走ることも、そのこと自体が目的ではない。走ることは、自分のペースをいかに守るかということを教えてくれる。あせってはいけない。少なくとも個人的な問題においては早急に結論を出してはいけない。そういうことが最近おぼろげながらわかってきた。そしてこまごまとした日々の積み重ねがなかなか充実してくるのである。

最近季節の変わり目のせいか、Qが鼻水をつまらせている。ときどき鼻の穴が固まった鼻水でふさがれて、ふがふがと苦しそうだ。僕はよくない父親なので、夜中にQが起きても起きたことなかったが、ここ何日かQは夜中にふんがあふんがあと泣き出す。昨夜は僕は夜泣きのQを抱えて、部屋をぐるぐるまわった。そういうことをしたのは思えばQがうまれてからはじめてだ。抱いているうちに泣き止んでQは笑った。笑うと夜中でもQはとてもかわいい。とても新鮮な感動を覚えた。たまに夜中に抱いたからって、いばるな、と妻にいわれた。しかし、いつだって、本当ははじめてなのだ。くりかえしているように見えるだけで、なんだってはじめてなのである。新鮮で感動的なのだ。そういうことをわすれて、くりかえしているような気がして眠っている。真夜中に僕は新鮮だった。
2001年10月10日 23時13分48秒

ねむるまでにはめをさます
やや目が回っている。黒ビールと普通のビールをまぜあわせると、気のせいかもしれないけど、アルコールのめぐりがよくなるような気がする。そして、昨日より「こころがける毎日」を送ろうと思ったので、あまり食べずにいたせいもあるのかもしれない。ビールはそんなに飲んでいないのだ。なんだかおなかがすいてきた。しかし、おなかがすいてもここでじっとこらえる。こらえるとそれが快感になってくるはずだ。

きっちりした毎日を送ろう。日常つまらないことには腹を立てず。先日新聞広告でなんの本か忘れたが、中身の紹介で、おもしろい言葉が載っていた。「かんしゃくのくの字をとってかんしゃしよう」。なかなか説教くさいいいまわしだが、先日それを見たタイミングとしては面白かった。ユーミンの歌ではないが、目に映るすべてのことはメッセージなのだと思う。すれちがった見知らぬ人はあるいは天使なのかもしれない。

決定的瞬間がいまも目の前を横切っているのかもしれない。ああでもめがまわる。いつだってしらふで、意識ははっきりさせておいたほうがいい。くるくるくる。眠るまでには目を覚まそう。
2001年10月09日 21時43分30秒

エジプト
昨夜義理の妹より妻に、娘のベベカの幼稚園はどこへいかせたらいいかという内容の相談の電話があった。九州の幼稚園事情など妻はわかっているのかどうか不明であるが、きちんと相談にのっていた。きくところによるとこの義妹の夫である妻の実弟は現在出張でエジプトにいっているという。前日に急に、では、エジプトへいってくれといわれて、いっちゃったそうだ。こんな時期にそんなとこへ出張させるなんて、なんちゅう会社だろうか。

そして今朝目がさめてテレビを見たら、米軍がアフガンの空爆をはじめている。大丈夫なんだろうか。帰ってこられるのだろうか。とても心配である。もしなんだったら、エジプトから、アカオニ茶屋に現地報告をかねた書きこみをしてほしいものである。義理の弟は数少ない私の日記の愛読者らしい、これで書きこみがなければ、義理の弟はウソつきだということになる、ウソつきでも僕は寛大なので許そう。エジプトのおみやげは気をつかってくれなくてもいい。いやでも、もしなんかおもしろいものがあったらお願いします。エジプト人はなにを食べているのだろう。

義理の弟はQと同じ誕生日である。Qが生まれたとき、義理の母は、自分の息子と誕生日が同じことをまずはじめに喜んだ。これは僕としてはなかなか気い悪いが、まあ、とにかくそれだけ愛されている息子なのでみんながとても心配していると思う。幼稚園もやはり最終的には、調子ばっかりいい義理の姉の意見より、夫の意見もいれて決めなければならないと思うので、さっさと帰ってくればいいと思う。ご無事で。
2001年10月08日 20時05分36秒

とりのこされた日曜日
今日は子供たちが一日、近所のお祭りに参加のため、不在。「今日はだから30キロでも40キロでも好きなだけ一日中走ってきていい」と妻にいわれる、「うんわかった、それじゃちょっと走ってくるね」というと「こういう休みの日はめったにないんだから、絶対たくさん走れ」となんだか命令されてしまう。そうやって命令みたいに言われるとなんかやる気が出てこない。だから15キロだけ走った。それで昼前に帰ると、「なんだ15キロしか走ってないの」、なんていう。悪かったな。昼からは、妻もQもお祭りのだんじりを子供たちが引いて回るのにつきそうため、でかけてしまった。

ひとりでゴロゴロしながら、中島義道著「働くことがイヤな人のための本」(日本経済新聞社刊)を読んだ。人生は理不尽である。純粋な人が正しくて不純な人が間違っているわけではない。出世した人がずるいわけではないが、出世できなかった人が、正直者であるわけでもない。出世するひとが偉いわけでもないし、出世しない人がすべてその人の努力の不足、というわけでもない。ただただ理不尽で、理不尽を見つめることに、意義がある。そしてわれわれはやがて確実に死ぬ。死ぬ間際に、おれはこれだけのことをやったと言って仕事を振りかえり満足して死を迎えるのは欺瞞である。理不尽を見つめて思考停止に陥ることなく死そのものと向き合うという仕事。日本経済新聞社なんてところから、こんなヘンクツな本が出ていることに感動した。

僕は社会に出たくなくてたまらなかった。社会人になってからも、どうしようもなく仕事も人間関係もなにもかも非常に苦痛で、とても困ったときに、妻からどうしてみんなふつうにできることが、あなたにはできないのかといわれて、ものすごい断絶を感じた。しかし最近はゴマカシが少しうまくなってきて、なんとか生活している、生活しているなかで自分の中のうじうじした部分を暴力的に抹殺していないだろうか。うじうじした部分、どうしてはたらかなきゃならないんだろう、生きているのはどういうことなんだろう、どうしていつかは死ななきゃならないんだろう、なんて考えて、そこから、小さな小さな自己正当化のための物語をつくり出す。自分のための物語をつくり出すのは、とても大切なことだと思う。そしてそれはつねに、現実とのかかわりの中でぶっこわれていけばいいのだと思う。そしてなんどこわされても、うじうじしつづける。でもそういうことを時々わすれて、ただ漠然と生きていることもあったりする。そういうこと思い出し、はっとした気分になる本だった。
2001年10月07日 17時07分40秒

ジョギング、アン・タイラー、ケーキ
そうだ。3連休だ。昨日の夕方、ふと気がついて、とても得をした気分になった。休みだからといってなにをするわけでもない。もしかすると自宅にいるよりも外に出ているほうが、ラクかしれない。休みのたびに、なにか、こう、脅迫的に、いろいろ家族のために奉仕をしなくてはいけないような・・・。家族が負担であるというわけではない。でもそういうふうに感じることもあるのだ。そういうふうに感じるのはものすごく無責任だ、なんいもしないくせに、とかいわれそうだが、そうでもないと思う。もっと家庭にも奥さんにも無関心な男性は山のようにいると思う。比較でものいってはいけない・・・って誰に向かって書いているんだろう、いや、これはつねに私のひとりごとの日記だ。

しかし、どうであれ、休みの日のはじまりは、とてもうれしい。

午前中2時間くらい走る。ひさびさに自宅より近所の大きな公園まで走って行きそのまま外周を3周してまた自宅まで走って帰る。調子がいい。何時間かかるかはわからないが、フルマラソンもたぶん走れるだろう。

アン・タイラー『歳月のはしご』読み終える。40歳の主婦が子供たちが成長してしまって、それから、夫ともしっくりいかなくなって、夏休みに海へいったとき、ふらりと家出をしてしまう。家出をしてしまうんだけど、家族はあんまり、大騒ぎしない。私の存在っていったい・・・という感じで見知らぬ町で暮らしていくはなし。40歳のアメリカ人の主婦がいったい僕になんの関係があるのかというと、なんの関係もない。関係ないんだけど、切ないはなしだ。なんか自分が主人公の主婦になって体験しているみたいな気になる。アン・タイラーの小説はとてもおもしろいと思う。おもしろい小説を読むと、とてもしあわせな気分になる。

今日はQのバースデーケーキを近所のケーキ屋に買いに行く。ケーキに乗っているメッセージボードに「○○ちゃんおたんじょうびおめでとう」と書くところがあるが、そこのなまえはどうするのかと店員に聞かれたのでQでお願いしますといった。は?という顔をされた。「エーゴのQでおねがいします」、とペチカがいった。
2001年10月06日 20時39分36秒

Q1歳
本日10月5日で、Qは1歳になった。去年の10月5日の未明、Qはこの世に生まれてきた。陣痛が始まった妻を夜中の産院につれていった。それから産院を往復してペチカとシュンタと、それから手伝いにきてもらっていた母もつれていった。それから僕は診察室のベッドに寝かされている妻のところへいった。

ここで出産の順番をまつのだろうか。分娩室では別の妊婦が赤ちゃんを産んでいるのだろうか。ところが愛想のよい助産婦さんが「3人目ですから、すぐでてきますよ、大丈夫大丈夫」などといいながら、その診察室のベッドをガチャリガチャリと動かして、いつのまにかベッドが分娩台に変わっていた。そこは実は診察室ではなかったのだ。分娩室だったのだ。僕はなにひとつ心の準備ができていないのに、出産に立ち会うはめになった。そういうことはまったく希望していなかった。上の二人の子のときも、もちろん立会いなどしていない。できればそういう場所にいたくなかった。

妻はテレビドラマの出産シーンと同じようにヒッヒハッハとものすごい格好でいきんでいた。助産婦さんは歌うような調子で「ハイ吸って、吐いてえ、お、頭が見えてきましたよお、わあ、髪の毛ふさふさだあ、ハイがんばりましょう吸ってええ、吐いてええ」と妻に語りかけ、腹を押していた。こんなとき心の準備ができていない夫はいきむ妻の横で、なぜかくしゃみがとまらなかった。はいどうぞ、と助産婦さんにティッシュペーパーをもらった。

1時間あまりでQはちゅるりと出てきた。あんなところからこんなものがうわわわ。とても衝撃的だった。ふさふさの髪の男の子だった。ペチカは泣いてよろこんだ。シュンタは腰をくねらせおどっていた。

それからあっというまに、1年がたった。Qはにこにこ笑いながら部屋じゅうをあるきまわり、シュンタのまねをして腰をくねらせおどっている。あうあうあうとなにかしゃべっている。バイバイ、とこちらが手を振ると、反応がないが、しばらくたってから、ぜんぜん違う方向を向いてバイラ〜イ、アウアウと手をふっている。今朝Qは一番最後に起きて来て、家族全員から、おたんじょうびおめでとう、と声をかけられ、なにをいわれているのかよく理解できなかったみたいだが、とりあえず、にたあとわらって、拍手をしていた。
2001年10月05日 22時48分31秒

目が痛くなるタイプの汗が出てくる季節
朝は曇り空でくらく風が吹いていた。Tシャツだけでは寒かった。いつもより早いペースで走れた。夏は体が重くてしかたがなかったが、確かに現在も重いが、気持ちの上では非常に調子よく走れる。このところ続けている屈伸運動は、走力の向上に多少役立っているようである。走り終わると、汗がじわっとしみでてくる。目が痛くなるタイプの汗が出てくる季節だ。走っているうちに曇りの空の合間から朝日がさしてくる。朝焼けで奇妙な色に雲が染まる。しかしこれからますます朝が暗くなってくる。毎朝毎朝季節は変わっている。そういう朝を知っているのはしあわせなことだ。
2001年10月04日 21時46分14秒

おだやかに建設的な意見として私はいい夫である
今朝両親が帰り、静かな夜。水曜日なので妻がバレーボールの練習で、会社帰りに子供だけを迎えにいく。近所の中学校の体育館で練習しているのだが、子供たちが舞台の上で遊んでいた。僕が体育館に足を踏み入れたとき、Qが1.5mほどの高さの舞台から落ちそうになっていて、ペチカがQの腕をつかんでなんとか引き上げようとしているところだった。それに気づいた大人たちがきゃあきゃあ大騒ぎしていた。非常に、心配である。あまり神経質に育てるのはよくないが、おおざっぱすぎないだろうか。今週でバレーボールの練習は終わり週末は大会があり、以降は練習がなくなるというので一安心である。ペチカとシュンタとQを風呂に入れ、寝かしつけて、食事をして、10時前に妻は帰ってきて今風呂に入っている。僕はよい夫だと思う。僕に対してなにひとつ文句はいうべきではないと思う。
2001年10月03日 22時10分31秒

パンク
今日は同じ会社の人を乗せてクルマで得意先まわりをしていた。途中で、その人は別のところへ行くので、最寄の駅で別れようとしたとき、クルマがパンクした。

僕はクルマばかり乗っている現在の仕事について、4年と少したつが、それ以前はクルマの免許は持っていたものの、ペーパードライバーで、ほとんどクルマの運転などしたことがなかった。クルマについてもまったく興味がなかった。今もほとんどないので、街を走るクルマは実をいうとどれも同じに見える。走ればいいじゃないかとしか考えていないので、会社の先輩で大病をした先輩が、いつ死ぬかわからないから今のうち贅沢しておくんだといって、最近高級外車を買ったが、その価値観がさっぱりわからない。どうしてスポーツ選手やロックスターは高級車を乗りまわすのが好きなのだろう。さっぱりわからない。

さっぱりわからないといえば、パンクしたタイヤの交換の仕方もわからないのである。しかし同乗の先輩某氏は、オマエ、教習所本当にいったのか、とあきれながらも、親切にタイヤ交換してくれた。すごいなあ。困ったときはJAFを呼べばいいと考えている僕には、自分でてきぱきとタイヤ交換してしまう某氏にとても感動した。もしデートでクルマがパンクしてしまった場合、JAFに電話をする僕と、テキパキと自分でスペアタイアに交換する某氏だったら、多くの女の子は某氏に多大なる好感をもつことだろうと思った。別にその程度のことで浅はかな男性観を構成する女の子になんて興味はないがたぶん向こうも僕には興味がないだろう。なぜかとても残念である。

しかしそれにしても運がよかった。今までこの4年と少しで15万キロ以上走っているが、無事故無違反、パンクをすれば親切な同乗者が交換してくれる。そういう星の下に生まれているのである。なにごとも心配することはない。
2001年10月02日 21時55分19秒

10月のはじまり
10月になった。雨ではじまる。夕方のラジオ番組から、ナイター中継がなくなった。ナイターオフの期間、AMラジオでは、70年代から80年代くらいの、ちょっと懐かしめの歌謡曲が流れたりする番組が多くなる。日が暮れるのが早くなって、営業車で暗い道を走りながら、80年代の歌謡曲を聞いていると、秋だなあと感じる。中森明菜やチェッカーズが流れていて、別にそれほどファンではなかったが、けっこう歌えるのである。山口百恵の『いい日旅立ち』も流れていた。一日の仕事を終えて、日が暮れて、渋滞の阪神高速道路の中で、ラジオを聞きながら歌を歌う。満員電車はものすごく嫌いで自転車通勤をしているのだが、クルマの渋滞はそれほど嫌いではない。日が暮れたあとの渋滞の中、ラジオの歌番組をきいていると、とても幸せな気分になったりする。真夏だと、なかなか日が暮れない。日が暮れないうちに会社にもだったらなんだかいけないような気がしてきてしまう。それでもわりと、さっさと帰ってしまうけど。涼しい夜。雨があがり、満月が美しい。
2001年10月01日 21時59分32秒

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