2002年1月の日記です。

年末年始留守番ぐーすか

ゴジラとミズクサのはなし
とてもよく晴れた一日だった。朝焼けは美しかった。わずかに東のすみっこに浮かぶ雲がピンク色に染まっていた。このところ重たく暗い感じの朝が続いていたので今朝は、とてもすっきりした気分で朝のジョギング。日中も営業車で奈良県方面に行ったのだが、空がひろびろして、クルマに差し込んでくる日差しがあたたかくて、春のようにぽかぽかと心地よく眠くなりそうだった。クルマを運転して眠るとあぶないので、眠らなかったけど。外に出たら風はまだまだ冷たいが、春が近づいているのを感じた。春はとても好きな季節だ。冬眠中のカメも出てくる。出てくるだろうな。こないだ、冬眠中の冷たい水の中に手を突っ込んで、確認したが、無事、2匹とも生きているようだ。

うちの冬眠中のカメはクサガメとミドリガメがそれぞれ一匹づついて、クサガメはゴジラという名前だ。8年前、ペチカをつれてとある釣堀に行った時、そこで売られていたのを買った。ペチカにもカメ好きになってもらおうと思って、それにはまず親しみを増すような名前をカメにつけようと思った。すでに甲長10センチくらいのオトナだったクサガメはとっても黒光りをしてなかなかかっこよかった、怪獣っぽかった。だからゴジラ、という名前にした。ガメラ、でもよかったが、ちょっとひねりを加えたのである。少し大きくなってからペチカは、ビデオ屋さんで、「ガメラ」のビデオを見つけた。「あ、これゴジラやん」とペチカは言った。小さかった頃のペチカはガメラとゴジラについてやや混乱した理解をしていた。

ミドリガメは、その翌年、家族にナイショで、僕は、緑の日に、「ミドリ電化」という電化製品を中心に販売しているホームセンターで、劣悪な環境で売られていたミドリガメを一匹買った。500円玉くらいの大きさのかわいいカメだった。運命の出会いを感じたのだ。決して「緑の日ミドリ電化でミドリガメ」という句がつくりたかったから買ったわけではない。

その頃ベランダの水槽には、ホテイアオイを浮かべて、その中でゴジラを飼っていた。だからこっそりその水槽の中に500円玉くらいの大きさのカメを入れても、すぐホテイアオイの陰にかくれて見えなくなった。妻は動物飼育に無関心なので、しばらくばれなかった。しかし、何日かして、ペチカには、ばれた。「お父さん、カメさん、もう一匹おるで」「ちがうちがう、カメじゃない、あれは水草だよ、ミ・ズ・ク・サ」と僕は落ちついてごまかした。ペチカはミドリ色の小さなカメのことをミズクサというのだと理解した。小さかった頃のペチカは水草とミドリガメについてやや混乱した理解をしていた。

ちっちゃくてかわいいミズクサの話をお母さんにするので、ヒミツのミドリガメの存在は妻にばれてしまった。なんで2匹もカメを飼うのかと、文句を言われた。文句を言われるだけで、別に暴力を振るわれるわけではないけど、妻になんかいろいろいわれるのはとても精神的においつめられるのである。「おかあさん、カメちゃうで、ミズクサやで」とペチカは真剣に訂正してそんな僕を守ってくれた。それからずっとうちのミドリガメはミズクサという名前だ。現在では500円玉よりはるかに大きくなって、手の平にのせるとずっしりとした重みを感じる。

僕はカメが日光浴をしている姿を、春の暖かな日にベランダに座って見ていると、とても幸せな気持ちになる。うちのカメだけではなく、近所のため池にもたくさん野良ガメがいる。ミドリガメが捨てられて洗面器くらいに巨大になったヤツがいっぱいいる。そんなカメたちが、日光浴している姿を見るのがとても好きだ。ミズクサとゴジラ、近所の野良ガメ、無事に春になったら再会したい。
2002年01月31日 22時37分10秒

ただそれだけの静かな朝
今朝は久々に早朝ジョギングができた。風が吹いてなければ、多少冷えていても、あまり苦ではない。3日くらい走らないと、カラダのほうが走りたがってくる。この走りたがる気持をまた押さえてしまうと、そのうちずぶずぶとめりはりのない毎日に沈んでしまいそうだけど。張り詰めた朝は気持がいい。同じ景色がいろいろな顔を見せる。そして変わった顔と向き合う自分自身も刻々と変わり新しくなる。

日々変わっていくのは、よくないかな?自分の知らない自分の発見・・・というのか。なかなか哲学的な朝だ。そういうことをつらつら半分眠ったような頭で考えながら走るのは楽しい。クルマの通りのほとんどない、田んぼ道とため池のまわりを走る早朝ジョギングは瞑想的な心的状態になれる。それがどうしたといわれると、ただそれだけなのだ。ただそれだけな、静かな朝はとてもすてきだ。でもそんなこといいながら明日は起きられなかったりする。適度のいいかげんさが長続きのコツでなのある。そのいいかげんな持続のおかげで、今日みたいに久々の早朝ジョギングに新鮮なよろこびを覚えるのだ。
2002年01月30日 22時58分49秒

明日は早起きするぞ。
ここ最近寒さに負けがちだ。今朝も6時に目がさめたが、頭の中ですでにいろいろいい訳をして、布団の中から出ることができなかった。うむ。明日は、早起きしよう。近畿地方は今月いっぱい、とても寒くなって、2月に入ると少しづつ暖まってくるそうだ。今年は春の訪れも早いらしい。天気予報で言っていた。走るようになって、天候の変化に敏感になってきたような気がする。

いろいろなことに敏感でありたいものだ。おそらく僕をとりかこむ世界にはいろいろな事態がおきているのだ。目の前にはいつも、魔法使いの一人や二人、笑いながら通り過ぎ、日々とんでもないマジックをくりひろげているのに、さっぱり気づいていないだけかもしれない。また、たとえば、いつか未来に僕が死んで、その死んだばっかりの未来の僕は、人生を回顧している最中で、この今の瞬間の僕を舌打ちしながら見ているのかもしれない。あ、ここだよ、オマエなあ、ここが大事なとこだったのに、あーあ・・・なんて言ってたりして。いろいろ見えていない。感覚を研ぎ澄まそう。シャキン。
2002年01月29日 22時04分12秒

筋肉痛・・・。
おとといのスケートのせいと思われる筋肉痛が今日になって出てきた。太もものわきが痛い。鉛色の底冷えする一日。夜になってまたまた冷たい風がごーごー吹いている。冬だ。クマは冬ごもりをする。秋のうちにたらふくたべて、脂肪だらけにして、おしっこもしないでひたすら眠るそうだ。おしっこは体内で有効活用されるらしい。『どうぶつ奇想天外』というテレビ番組でやっていた。そしてクマのメスはおしっこはしないけど、冬眠中に子供を産むらしい。クマの子供はかわいい。お母さんはたくましい。女の人はグレイトである。昨日、「赤い天幕」を読み終わる。古代人の料理がおいしそうなだけではなく、いろいろ、深く感動した小説だった。こう書くとものすごく芸のない感想でなんか情けない・・・でもすごくよかったのだ。今日一日、仕事しながらも余韻にひたってた。大昔の出来事が昨日のように感じる。書いた人は現代のアメリカ人だけど、この人は古代にかつて生きていたディナという女の人の声をきっときくことができたんだろう。女の人はグレイトであるというのをすごく感じる。そして男である僕はとてもカサカサ枯葉のようにちょっとした寒さで吹けば飛ぶような真夜中だ。
2002年01月28日 23時35分30秒

こもる日曜
休みの日はどこかへ出かけることが多いけど、今日はほとんど家の中にいた。朝、少し走った。今日は午前中いっぱい雨との予報だったが、朝から雨はあがっていた。風が冷たい。あたりは冷たく湿っている。走り終わると、頭の芯が冷たくなって痛くなってきた。どこにも出たくない気分だったので、家にこもる。じっと室内にこもってごろごろしていると、少し妻のヒンシュクを買う。なんか手伝おうかなと思うとなにかと裏目に出る。お母さんはすぐ怒るなということをペチカにこっそり言ったら、そういうふうにカゲで人の悪口をいってはいけないとものすごく怒られた。きゅうくつだ。お屋敷に住みたい。Qはひとり散らかった部屋の中をかけまわってごきげんだった。Qを追いかけまわして遊んだ。僕のQのあやしかたはとてもバカみたいだと批判された。おもちゃにしているだけで教育的配慮がない。僕はそういう配慮の方法を知らない。

Qが昼寝してから、ペチカとシュンタといっしょに子供の部屋で読書をした。アニータ・ディアマント著「赤い天幕」(ハヤカワepi文庫)という本を読んでいる。旧約聖書時代の、いろいろ運命に翻弄される産婆の女性を主人公にした物語で、出産シーンの細かい描写にどきどき、太古のカナン人の食卓の描写におなかがすいてくる。あともうちょっと。これは月曜日からずっと読んでいる。なかなかすすまない。大昔の話だから時間もゆっくり読む時間もゆっくり流れている。けど、ゆっくりしていると僕はとてもジャマになる。しばしばトランス状態になって、QをほったらかしにしてQが妻にまとわりついていてもほおっておいて、どうしていつもそうやって自分の好きなことばかりしているのだといわれる。しかし僕は決して好きなことばかりなんてしていない。そんな人生が送れたらどんなにいいだろう。そしてお屋敷に住んで、僕はひとり屋根裏にこもってイグアナを飼育するのだ。

夕方、ペチカとシュンタと近所の公園で野球をする。知らない子がやってきて、いっしょに遊ぶ。ペチカもシュンタもぜんぜん知らない子だ。ぜんぜん知らないけどなぜかいつのまにかいっしょに遊んでいた。そういう知らない子の積極性というのに感心する。僕はいろいろなことに感心する。誰だってすばらしいところはある。たぶん僕もすばらしいだろう。
2002年01月27日 19時18分18秒

ここちよいキンキン
シラフになって考えて見ると、やはり酒を飲むというのはあまり好きではないのだ。酒そのものにはたぶん、いいもわるいもないのだと思うし酒を愛する人だって世の中にはたくさんいるのだろう。誰かが酒を好むように、僕は酒を好まない。それだけである。そしてたぶんこれからも好みもしないけどテキトウに飲むのだろう。

朝から、天気と同じようにカラダの中がどんよりくもっていた。曇り空の下、ジョギングをする。酒を飲むと、飲んだ夜のいろいろな否定的で後ろむきなモノが心身にへばりついているみたいで、とても不快だ。走って、こすり落とす。走っている途中で今朝は腹の調子も悪くなってきたので、途中、うちに戻ってトイレに行って、また走る。ようやくスッキリした。冷たい空気が頭を締め付ける。キンキン。こういうキンキンはいい。僕はまったく明晰ではない脳みその持ち主だ。この脳みそををさらにくもらすようなことは極力避けたい。真夜中ひとり、ただただじっと起きている時、そんな時の脳みそのスッキリさを愛する。人生はとても短い。

昼から、ペチカとシュンタを連れて近所のスケート場へ行った。ここでも脳みそを冷やした。心地よいキンキンだ。何周も何周もスケートリンクをまわりつづけた。僕は疑惑の運動神経の持ち主であるので、しばしば盛大にしりもちをついた。今座っていても、おしりがとてもいたい。シュンタもしばしば、コケていたが、ペチカはすいすいと、上手にすべっていた。

今夜はとてもすっきりした気分だ。
2002年01月26日 22時43分58秒

続くくるくる
続くときは続く。今夜も、夕方6時から10時まで、いったい何をはなしたか覚えていないが、飲んできた。声が枯れている。微妙なカゼをひいている。かくりとつかれてきた。まあ、誘われることはいいことだ。このところ早く帰る日が続いていたので、夜子供たちがすでに寝てしまっている状態というのはとてもさみしい。さいきんの楽しみとして、「ペチカとシュンタの部屋」で、ペチカとシュンタといっしょに今日一日、どんなことがあった?なんてききながら、日記をつけるのが楽しかった。昨日今日と、ペチカとシュンタはネタがたくさんあったみたいで、さっき妻に聞いたら、ふたりは「ペチカとシュンタの部屋」に書きこみできなくて残念だというコメントを残して眠ったそうだ。あしたはちゃんと更新しよう。
2002年01月25日 23時45分49秒

便秘を防ぐために。
目が回る。今年2度目、飲みに行く。カゼ薬を飲んだら、一日、体じゅう乾燥していた。乾燥した肉体に、アルコールが染みわたる。目が回る。このごろ、調子どうか、といっしょに飲んだ相手に聞かれる。唐突に夫婦関係は問題ないか?なんてきかれる。そういうことを聞く人の多くは自分自身が夫婦関係に問題抱え込んでいるのではないか。そんな気がした。ときどき話すときに、常にさぐりを入れられているような不信感を持ってしまうような話相手というのがある。それはその相手が問題なのか、それとも、もしかすると僕自身の猜疑心の深さによるものか。自分自身に対する信頼度が同時に人に対する信頼度につながるのではないかと、このごろつくづく思う。僕は僕のケツの穴の小ささのぶんだけ、他人を信用する。なるべくケツの穴を広げようと思う。それはきっと便秘にもきくだろう。
2002年01月24日 22時40分00秒

くしゃみはなみずはなずまり
今朝走ろうとして外に出ると、雨がサラサラと降っていた。10mも走らないうちに、首筋にポタリ、ポタリと小さな雨粒が落ちてきた。小さな雨粒は効果的に冷たくて、ぶるるときたので、引き返して、また眠った。1時間だけだが、2度眠るのは気持がいい。Qは夜中にくるくると転がる。2度目に目がさめた朝には、僕とおでことおでこをくっつけた状態で目がさめた。Qはばあ、といった、それからごにょごにょいろいろおしゃべりをはじめた。僕もなかなか布団から出たくなくて、いっしょに、ごにょごにょおしゃべりをしていた。こうやって、ペチカやシュンタが小さいときにもそれぞれと僕はごにょごにょとおしゃべりをしていた。みんなどんどん大きくなり僕だけがずーっとごにょごにょオシャベリしつづけている。

2度目に起きると晴れていた。冷たい風に押されて動きが速い大きな雲の向こうに青空がひろがる冷却された朝。通勤途中、クシャミがとまらなかった。寒い朝は僕はとても弱いのである。実はいつでもとても虚弱なのだ。そして今日は一日、鼻水もとまらない。カゼではないと思うが、あんまり寒いと、鼻水が出やすくなる体質なのだ。鼻が赤くなってヒリヒリする。ご飯をよく噛んで食べることを心掛けているが、今日みたいな体調の日は、食事していると窒息しそうになる(それでもしっかり食べたが)。あたまの中がぼんやりする。営業中、暖かいクルマからと冷たい屋外に出たり入ったりで、体調がますます変調する。寒いのはあまり好きではない。あたたかいところが好きだ。去年の2月に社員旅行で行ったグアム島がなつかしい。南の島に行きたい。なまあたたかい海でクラゲのように泳ぎたい。
2002年01月23日 21時53分24秒

探求する日記
冬はどうしてこんなに冷たくて強い風の吹く日が多いのだろう。今朝は雨降りではなかった。冷たくて強い風が、雲をすみっこに追いやって、朝6時の真上の空は澄んだ夜空だった。すみっこに追いやられた雲のせいで、朝日がなかなか出て来れなくて、このところ暗い朝が多い。夕方はだんだん日が長くなってきているのに、寒さはますます深まっている。昨日の大雨にもかかわらず、一晩過ぎたららすっかり乾いた道路には、カサカサと音をたてて枯葉が転がっていた。そんな中、走った。走ればすぐにあたたかくなる。季節をしっかり受け止めよう。同じ一日は2度とこないのである。2度とこない一日である今日は特に書くことも思い浮かばない。という今日である。それでも日記を書く。一日一日は大切であるということが本日の日記のテーマである。テーマが見つかったので、今日はおしまい。見つかることはいいことである。明日もまた何か探そう。
2002年01月22日 22時28分43秒

コブリン
夜中にシュンタが起きてきて眠れないと泣き出したので、シュンタと交代してシュンタは僕の布団、僕はシュンタのベッド(2段ベッドの下の段)で眠る。シュンタは時々、夜眠れない。鼻の穴を大きくひろげて、下唇をびろんと突き出し、べそかきながら、ぬーっと、起きてくる。そんなとき、こわいお母さんは、眠れなくても死なないから勝手に起きてなさい、と冷たくつきはなす。シュンタはとても困りはてたまま回れ右をして、ベッドに戻る。シュンタの困った顔はとてもブサイクでかわいらしくもある。かわいらしくもあるので、「なにかコワイ夢見たのか?」「なんかおばけでも布団の中に入ってきたか?」と僕はやさしく声をかける。だけどこんなやさしい僕よりも、シュンタはお母さんが好きなのだ。なんだかとってもお母さんにコビヘツライやがる。前にシュンタに、「オマエはお母さんの子分みたいだな」といってやったら、「オレはお母さんの子分でもコンブでもない。コドモや」といい返された。この「子分でもコンブでもない」という、いいまわしが気に入ったようで、シュンタはしばらくしつこく使っていた。誰に似たのだろうか。

昨夜のシュンタは3回くらい子供部屋より戻ってきたので、寝る場所を僕が交代したのだ。シュンタの布団もベッドも少し小さくて体がはみでそうだったが、雨の朝はそれほど寒くなくよく眠れた。雨の朝は暗かった。Qがぽーっと僕の枕元にたっていた。起こしにきてくれたのだ。僕目が合うと「だーだん」、といった。Qはさいきんだーだんと言うようになった。僕を見てもだーだん、ペチカやシュンタを見てもだーだん、スナネズミのすーちゃんを見てもだーだん。でもお母さんにはチャーチャンといっているらしい。こいつもコブンだろうか。コブリンQ。
2002年01月21日 22時06分09秒

日曜日、読書する。
朝食を食べた後、9時からジョギング。走っていると、すれちがいざまに、ポン、と肩をたたかれた。おーい。といわれて、振りかえると、ペチカの同級生の女の子二人組みだった。なかなか尊大な挨拶である。僕はどうも軽く見られているのではないか。いや、それとももしかしたら、そういうんじゃなくて、僕のことをかっこいいお兄さんのように思っているのだろうか。だから気さくに声をかけてくれるのだ。うんきっとそうにちがいない。小学校3年生といえども、そうやって、女の子に好かれることはいいことだ。これくらいの時間に走ると、すぐ体もあたたまる。途中で手袋もいらなくなる。今日はでも冷えた一日だった。寒さはどんどん突き進む。

午前中にモームの『要約すれば』読み終える。モームが半生をふりかえり、文学、哲学、宗教についていろいろ語った本。いろいろ引き合いに出される作家や哲学者の本をほとんど読んだことがないので、ときどき混乱する。引き続きモームの小説を読んでいこうと思う。医者の学校で学び、劇作家で成功し、小説でも成功し、諜報部員にもなって、金持ちで、尊大で、シニカルで。おもしろい人。

それから今日は、もう1冊読んだ。乙一(オツイチ)という作家の「夏と花火と私の死体」(集英社文庫)。2編収録で、殺された少女が主人公のコワイ話と、人形にまつわるコワイ話(日本人形はこわい)。乙一は17歳でこの作品でデビューしたらしい。17歳で純文学ではなく、ホラーを書くところがすごいなと思う。これもなかなか好きな世界。Qがなかなか寝なかったので横で本を読んだらはかどった。

明日は月曜日。朝は雨らしいのでゆっくり寝よう。
2002年01月20日 22時52分08秒

授業参観日&Qのお兄ちゃん意識の目覚め
ペチカとシュンタの授業参観に行く。シュンタは1年生全部で、昔の遊び、というのをやっていた。多目的ホールという、たぶん昔は教室だったのだろうが、生徒数が減ったために、4つぶんの教室の廊下側の壁をとっぱらって(教室と教室の間の壁は残っている)、床にじゅうたんをひいたところで、コマ回し、ケン玉、おはじき、かるた、などで班にわかれて、かわるがわる遊んでいた。それを親は参観していた。ケン玉を一回やらせてもらった。うまくできなかった。Qはうれしそうにばたばたと走りまわっていた。シュンタは、班長になっていて、いろいろ仕切っていた。

ペチカは、算数の授業。ペチカの担任の先生はとても美人で、しかも同時にとってもおっかなそうな先生なのだが、教え方が段取りがよくとてもうまい。シュンタの方もみなくちゃならないし、Qも抱えていたので、あまりじっくり見れなかったが、先生のリードがいいのだと思うが(となりのクラスは同じ算数の授業をやっていても眠たげに静かだった)、生徒の反応がすごくあって、見ていておもしろい。ペチカも、なんだかハーマイオニー的にキマジメな顔して授業を受けていて、その顔つきがおかしかった。

夕方、会社の後輩Mくんに頼みごとがあり、うちにきてもらう。Mくんは奥さんと、生まれて3ヶ月のムスメも連れてきた。ペチカとシュンタは赤ちゃんを見て大喜び。Qはやきもちやくかな、と思ったら、とてもうれしそうにニコニコして、赤ちゃんのアタマをなぜていた。とてもオニイチャン的な笑顔だった。
2002年01月19日 22時00分54秒

初飲酒。
昨夜は夜中の1時近くまでごそごそしていた。今週はやや体力が低空気味なので、早朝ジョギングもやめておこうと思っていたが、今朝無事に6時に目がさめてしまった。せっかく起きたので、走ることにした。せっかく起きたときに、やっぱり寝ておこうというふうになってしまうと、そのうち、ずっと寝ておこうということになりそうなので、走った。冬至はとっくにすぎたのに、今朝もそうだがこのところ曇りな毎日なので、朝も夜明けがはっきりしないで、どんよりしてものすごくくらい。そしてとても寒かった。でも朝走るのはやっぱりいいな。毎日がとてもきっちりする。僕はかなりがさつな性格なので、きっちりにとてもあこがれる。

今夜は会社の帰りに久々に飲んで帰宅。そういえば、今年はじめてアルコールを口にした。ビールコップ2杯およびチューハイ一杯。くらくらしている僕はやはりきっちりにあこがれる。
2002年01月18日 22時37分57秒

1月17日
きのうカゼ薬を飲んで眠ったら、今日は昨日よりは体調がいい。いいけど、低空飛行的に安定というところか。今朝もゆっくり起きる。7年前の朝は、ものすごい揺れで目がさめた。あたりは真っ暗闇で、僕はひとりきりだった。妻はペチカをつれて、里帰り出産。シュンタがうまれたばかりで、九州の実家にいた。僕も前日まで連休だったので、九州にバブバブのシュンタを見に行った。前の夜、新幹線に乗って、遅くに新大阪に帰ってきた。満月が不思議にものすごく大きく感じられた夜だった。新大阪のマンションでも壁にヒビが入った。近所のマンションに逃亡中の犯罪者がかくれていて、地震の揺れがおさまったあと、タバコに火をつけた。ボン!ガスもれで、バクハツ、救急車にかつぎこまれ、あ、犯人!・・・で、逮捕。そんな事もあったそうだ。西宮に、高校時代の友人と、大学の時の友人がひとりづついて、かわるがわる、避難しにうちに泊まりに来た。いろいろしんみり夜中まで話したような記憶がある。ふたりともそれぞれまた転勤で関東へもどってしまった。ひとりは、結婚して、ひとりムスメを溺愛しているらしい。ひとりは、離婚して、結婚して、愛人がいるらしい。しばらく両者とも会っていない。7年たって、シュンタは一年生になった。なれなかった子もいる。
2002年01月17日 22時42分40秒

ナゾな人間性の解明
体の節々が痛い。背中の真ん中がきりきりする。風邪だろうか。こんなこと、間違っても家庭内でつぶやいてはいけない。僕が、体調悪いなんて言おうものなら、妻より非難の雨あられである。僕が体調悪い時は、とても楽しそうだというのだ。おおげさだというのだ。なにごとも僕はおおげさだという。そうだろうか。おおげさなのは実はポーズなのである。おおげさなふりの中にあるセンサイさというものに気づいてほしいものである。そしてうそでもいいのでやさしい言葉をかけてほしいものである。やさしい言葉というのは大切である。タ・イ・セ・ツ。戦国時代、はじめて日本にやってきたキリスト教の宣教師は、「愛」という言葉をはじめ、「ゴタイセツ」という日本語に訳したそうだ。この話、なんか好きだ。ゴタイセツにしてほしいものである。しかしタイセツはお互いにタイセツにしなくてはいけない。

僕はこの前、宝くじのことを話していて、僕は、もし3億円当たったりしたら、前の晩にどんな破滅的な夫婦喧嘩をしてもなかよくなれだろうな、などという話をした。しかし、そのときの話し相手は、妙にさめた表情で、そんなの、3億当たったら、即刻手切れ金を渡して離婚すりゃええやん、なんていう。そうか、そういう考えもあるんだな。そんなのぜんぜん考えてなかったぞ。この人は、いつも、そんなふうに考えているのかな。そんなことをまったく考えない僕は、ヨメさん思いのなんていい人だろうと思った。ゴタイセツな夫なのである。

でも、もしかすると、本当にすぽんと宝くじとか当たったら、わかんないな。僕みたいなやつに限って、破滅街道一直線なのかもしれなくて、妙に覚めてたその人なんかはけっこう手堅くだれにもいわずに、適切に幸福に3億円を使うのかもしれない(もしかするとすでに年末に3億円当たったのではないか)。わからない。人間性はナゾである。ナゾな人間性の解明のためにぜひ1度そういう大金を手に入れて見たいものだ。

年賀状、切手シートが1つ、当たった。
2002年01月16日 22時03分43秒

もあっとした夜、ぐつぐつと
朝から、もわっと霧がかかっていた。雨が降っているようないないような、暗い朝。なまあたたかさむい。へんなオバケでももわあっと出てきそうなぼんやりした一日。きのうは真夜中にシュンタが眠れないと起きてきたので、子供の小さなベッドにシュンタと一緒に入って眠った。そうやって、シュンタと眠るのはひさびさだった。大きくなってきたので、すこし窮屈だったが、あたたかい。それから、シュンタはもちろん夜泣きもしないし踊り出したりもしないので、起こされることもない。あたたかくて寝心地がよいので、朝はゆっくり起きた。あしたも、こんな天気が続くようだ。暖かいので、朝、走るのにはちょうどいいのかもしれないが、眠るのにもちょうどいい。雨もふりそうだし、今日も、あしたも、走るのはお休みにする。今夜もシュンタと眠ろうかな。でも、甘やかし過ぎだといわれそうだ。しかし、1年生とはたまにはいっしょに寝てやってもいいような気もする。ペチカなんて、こちらから頼んでも、一緒に寝てくれない。頼むと寝てくれないけど、先週金曜日、真夜中トイレに行ってもどると、僕の布団にペチカが大の字になって眠ってた。ペチカでも時々、夜中に起きると、親のところへやってくることが、まだたまにある。それで、僕の布団を取ってぐーすか眠っちゃったので、朝まで僕は寒かった。

曽野綾子「心に迫るパウロの言葉」(新潮文庫)読了。こういう、人生論的なエッセイをたまに読むのはいい。曽野綾子さんはケンカ強そうだ。なんとなく。そんな感じ。パラパラとまた適当な章をひらいて、たまに読み返したくなるような本だ。ちゃぽんと無意識の中に読まれた本は沈んでいく。どんどん読んで沈めていこう。ぐつぐつぐつぐつ煮込んで行こう。今夜からは、サマセット・モームの回想録である、「要約すると」(新潮文庫)を読みはじめる。ぐつぐつぐつぐつ・・・僕は何を作ろうというのだろう・・・。
2002年01月15日 22時00分52秒

ペチカとレンタルビデオ屋へ行った。
もう3連休終わり。早い。今日も特にどこにいくこともなくすごした一日。今日もレンタルビデオ屋に行き、CDを借りる。今日は当日返しだ。ジャングルスマイルの「ジャンスマPOP」というアルバムを借りたいのだが、いつも貸出中だ。僕はジャングルスマイルの曲がとても好きだ。アルバムは、4枚中、3枚ちゃんと買って持っている。中古だけど。本当はこの「ジャンスマPOP」も買いたいところだが、今までのシングル曲を中心に収録したアルバムみたいだし、それに最近経済事情がきびしいこともあるし、今回はレンタルにしておこうと思う。ハンパなファンである。今日は、小野リサのアルバムと、ペチカといっしょだったので、「プッチベスト2」を借りた。

今、小野リサの「DREAM」というアルバムを聴きながら書いている。ボサノバ。ラジオでたまにこの人の歌が流れるので、1度じっくり聴きたかった。うーん。みんなおんなじ歌にきこえる。声がとてもすてきだ。これから毎日聴こう。脳みそをボサノバにしよう。いろんな種類の音楽を聴くようこころがけようと思う。タマシイを枯れさせてはいけないのである。

ペチカとふたりで今日はクルマにのって、レンタルビデオに行ったのだ。途中、成人式会場の近くを通ったので、振袖姿の女の子の集団をみかけた。振袖姿の女の子の後姿というのは、背筋も普段より伸びてる感じでなかなか美しいと思った。後姿だけでも美しいというのはいいことだ。なにごとも予感的に美しいのはいいことだ。後姿の向こうにはなにがあるのだろう。と思いをめぐらすぐらいで、むりして、正面まわりこんで見るのは…野暮ってもんでえ。

「今年は大丈夫やったんかなあ、成人式」と心配をしているペチカだった。ペチカペチカ、あとちょっとしたら、ペチカも振袖着たりするんだろうか。ペチカペチカ、今日、ペチカは、シュンタとケンカしていた、「8個も食べた!」ペチカは舞台女優みたいに涙を流して大げさな身振り手振りをしながら叫んだ。シュンタがチョコレートクッキーを勝手にムシャムシャ食べたことで、怒り狂って、床の上でバタバタあばれた。Qが、そんなペチカを見てばあ?といった。ペチカペチカ、ついこの前まで、ばあ?だったのに。
2002年01月14日 22時11分02秒

ビデオ屋への不満
レンタルビデオ屋にCDを借りに行き、1泊2日で借りた。CDは当日返しで190円、1泊2日で240円、1週間で300円・・・だったと思う。しかし、午前中に借りて、午後も今日は出歩かなかったので、ダビングして、当日返却することができた。当日返却するんだから、1泊2日で借りるということで前払いした240円のうち50円、2枚借りたので計100円は、僕に返却されるべきだと思うのだが、店員は返してくれなかった。返してくれないのか、ときくと、ハイそうです、とさわやかに返事をした。なんか不満だ。ここではないけど、昔、別のレンタルビデオ屋で、すっかり忘れていて、10日遅れで返却したことがある。そのときは、10日遅れ、一日300円×10日で3000円請求された。そのときも、払ったんだけど、そりゃ、返すの忘れたのはたしかに悪かったけど、なんかすごく不満だった。今日、レンタルビデオ屋が100円返却してくれなかったことで、数年前のものすごく不満だったことを思い出した。

正月から読んでいた司馬遼太郎「播磨灘物語」読み終わる。黒田官兵衛(黒田如水)という、戦国時代の武将の物語で、この人物を中心に、戦国末期の時代を描いている。正月、実家の本だなに置いてあったのをぱらぱら読んでいたら、面白くて、持って帰ってきた。なんか、こういう戦国物の歴史小説読むと、いろいろ、人間関係の機微がとっても、身にしみる・・・。
2002年01月13日 22時28分18秒

のうのうと長老
今日のQは、風呂から上がるとすぐにぶっぶうぶっぶうと言いながら無事眠った。3連休の一日目。今週はとても長く感じられた。こうやって、また3日間休めるのは、僕としてはうれしい。僕はとてもなまけものなのだ。動物は本来このように、よく休むべきなのである。うちでは2匹のカメを飼育しているが、冬の間はずっと眠っている。そして冬眠をする動物は長生きだ。カメはとても長生きな動物だ。春先の近所の池のカメが瞑想的に石の上でひなたぼっこをしている姿はとてもすてきだ。ニンゲンもカメに見習うべきところは多いように思う。

とはいってもニンゲンって、冬眠もしないし、いろいろ不健康なことしながら、平均的にはどんな動物よりも長生きしてる。ふしぎなものだ。僕は今年ええと34歳になるけど、こんなに生きたら普通の動物はもう充分だろう。なのに、僕はぜんぜん充分でなくまだまだ生きていたいと思っている。同じニンゲンでも、縄文時代とかだったら、30過ぎたら、たぶん知恵ある長老の領域に1歩踏み入れたくらいの年齢かもしれない。だけど、そんな知恵もなくのうのうと生きている。生きている以上精一杯のうのうとしよう。

今日は天気がとてもよかった。青空が気持よく、妻が美容室へ行って留守番をしていたとき、子供3人つれて、ようやく、近所の神社にきちんと参拝した。おさいふの小銭がなくなった。おみくじは吉だった。神社のしずけさはとても、のうのうとしていた。なんだか長老になった気分だった。

もうすこしテキパキ動いてほしい。と、本日妻に注意された。やだよーだ。
2002年01月12日 22時06分16秒

夜スナネズミは目を覚ます
スナネズミのすーちゃんは夜活動する。比較的、規則正しく夜活動する。夜、僕がパソコンの前に座って日記を書いていると、ごそごそと巣箱の中からでてきて活動する。エサをポリポリ食べ、カゴの中にいれた木の枝やトイレットペーパーのロールシンをかじっている。そしてしゃかしゃかうごきまわり、床に敷いた新聞紙にもぐりこんだりして遊んでいる。

昼間は静かにQにおそわれないよう、本だなの上にすーちゃんの入ったカゴを置いていて、すーちゃんは巣箱の中で静かに眠っているようだ。ペチカがたまにすーちゃん、と声をかけると、ごそごそと出てきて愛想をふりまくらしいが、基本的には昼は眠っているようだ。だから子供もあまりかまわない。それにペチカもシュンタも僕が子供の頃よりも、あまり動物好きでもない。すーちゃんも別に子供の情操教育のために飼育しているわけでもない。僕の趣味である。

夜すーちゃんが動いている姿を見ると、ココロが落ちつく。夜のすーちゃんとの信頼関係は、最近やや強まりつつある。このごろは手からエサを食べてくれるようになった。ミカンをひときれ与え、ムシャムシャ食べるすーちゃんのヒゲを軽くなぜても、最近のすーちゃは逃げない。しかし、そのまま手のひらに乗ってもらおうとすると、ヒョイヒョイと逃げる、カゴ入りネズミのすーちゃんである。でもいろいろなしぐさを観察しているだけでも、面白い。こういうのをアニマルセラピーというのだろうか。動物にしてみたら、いい迷惑かなあ。でも、こうやって、飼いはじめたから、ちゃんと天寿をまっとうさせてやりたいものだ。

スナネズミの寿命は4年くらいだそうだ。ハムスターよりもやや長生きらしい。最近は回し車に興味をなくしたようなので、カゴの中から撤去した。日々、床敷きの新聞紙をくぐったり、トイレットペーパーのロールシンやキャラメルの空箱をかじって黙々と暮らしている。そうやってかじったいろいろなものを自分の巣箱に引き入れて、あたたかそうな洞窟を作っている。なにかの本で読んだが、あまり回し車などでせっせと走りまわるほうがネズミの寿命はかえって短くなるそうだ。これは人間でもいえるらしい。はげしい運動は決して健康にはならないらしい。適切な栄養、静かな生活が長生きのヒケツらしい。僕は若干、不健康かな?

さっきまで起きていたQは、そんなすーちゃんのカゴをのぞきこんで「ばあ」といっていた。きのうの夜中、Qは起きてしまいとてもご機嫌だった。布団のまわりをくるくる踊りながら歩き、僕のおなかの上にまたがってはねた。僕もあまり眠れなくて、今朝は7時過ぎまで寝てた。Qはへんな時間におきたので、へんな時間に昼寝して、今夜はなかなか寝なかった。ようやく眠った。僕も寝よう。
2002年01月11日 23時55分31秒

胃袋の常態回帰
今朝は風のない、心地よくひんやりした一日。きのうとおとといは、風が強かったので、朝、これはほとんど根性で走って、それからいったんうちに戻って、朝ご飯たべて、子供ふたりが先に学校へいってしまい、Qをひざにのせて、「おじゃる丸」というテレビアニメをみて、ほーっと落ちついてしまうと、そのまま落ちつきつづけて、会社へ出勤したくなくなってしまうくらいだった。会社へは基本的には自転車でいくようにしているが(約5キロくらいか?)、あんまり風がぴーぷー吹いているので、朝から2度も根性出す気力がなくて、電車通勤にした。雨降りでない電車通勤はそんなに混み合っていないし、10分くらいの乗車時間ではあるが、読書タイムもとれる。しかし、雨も降らないのに電車に乗っている朝は、なにか、イケナイことをしているような気がしてくる。適切に朝のペダルこぎで燃焼されるはずのエネルギーがおなかのなかにとどまってじわじわぷにゃりとひろがっていく不安もある。

今朝は、雲のない澄み切った夜明けの空に立ち会った。無事自転車通勤もした。帰りには風もないので手袋も必要なかった。正月的胃袋は、平常業務にもどりつつあり、僕の肉体は精神的にだいぶすっきりしてきた。
2002年01月10日 21時40分33秒

記憶があったような記憶
今朝も風が強い朝だった。しかし目がさめてしまったので、暗い空の下走った。風はきのうよりもずっと冷たい。きのう日本海方面で見たようなネズミ色のもわんとした雲が空を覆って、朝日が見えない。朝になっても暗い朝。今朝は神社できちんと手を合わせた。しかし小銭をやはりもっていなかった。明日は5円玉持っていこう。でもあしたは起きられるかな。眠い。今週は長い感じがする。伸び縮みする時間。

時間は不思議だ。時間とはなんだろう。時間についてアウグスティヌスが「告白」という本の中でいろいろ論考していた。昔々に読んだことがある。「ではいったい時間とは何でしょうか。だれも私にたずねないとき、私は知っています。たずねられて説明しようと思うと、知らないのです」。中央公論社の世界の名著シリーズで、懇切丁寧な翻訳が出ている。古代の青春小説のようにも読めるし、行間に飛び跳ねる天使が見えてくるような本。でも僕は読んだ本もなにもかも時間の中ですらすらと忘れていく。時間のすきまを天使が横切る。天使を見かけた記憶があったような気がする記憶。時間がたつにつれて時間はくずれてくずれたすきまから永遠がしみだしてきて、幸福な記憶があったような記憶が時間を超えてによこたわる。

最近Qははやく寝る。たいてい僕とQが先にふろに入って、上がったら、布団にころがる。妻と上のふたりが風呂に入っている間に、ふとんをころころころがって、そのうち、ぶっぶうぶっぶう、つぶやきながらねてしまう。ぶっぶうぶっぶう夢の向こう側へひろがっていく。
2002年01月09日 21時59分27秒

つめたくて風が強い夜。
きのうの夜からずっと風が強い。朝目がさめて、窓の外を見ると、ぴーい!ごーお!と風の音がして、木がものすごくゆれていた。マンションを通りぬける風はいつもぴーい、ごーお、と、ヘンな音がする。とてもつめたそうで、気分が萎える。しかし、暗い重たい雲でいいっぱいの夜明け前に空の下、今年初の早朝ジョギング。風は強かったけど、そんなに寒くはなかった。

神社の前を通り過ぎる、お賽銭持ってくればよかった。今年もよろしくと、ココロの中でお参りして通り過ぎる。境内では朝から参拝しているおじさんがいた。だいたい年配の人が早朝密かに活動している。イヌの散歩をしていたり、夫婦でせっせと歩いていたり、ため池のほとりではたまに詩吟?というのか、なんかウンウン詠じていたり、ゲートボールの用意をしていたり。そして、早起きのサラリーマンがぽつりぽつりと出勤をはじめていて、たまに駅に向かって走っている人がいて、さっさと僕は抜かされる。それから走ればたいてい同じ時間に同じ場所を通り過ぎるのであるが、かなりの確率で、あるお宅の前を通り過ぎると、そこのおじいさんが玄関のポストに新聞を取りに出てくるのに遭遇する。こないだ目が合ったので、思わずお互い挨拶をした。

久しぶりの早朝は気持よかった。朝の6時台を早朝というのが正しいのかよくわからないけど、冬のこの時間帯はちょうど日の出に立ち会えて、東の雲の向こう側が、朝日でオレンジでムラサキないい色に輝き出す。もう少し詩的な言語を操れることができるなら、この景色をうまく描写できるのだけどなあ。詩的な言語。といってもっそれを操る操らない以前に僕はそんなものをそもそも知っているのだろうか。なんかいろいろな意味で教養がないなあと感じるのだ。僕は今年はカルチャーセンターなおばちゃんみたいに教養に目覚めるのだ。

雲・・・。
今日は仕事で日本海方面へ行った。ノーマルタイヤで不安であった。トンネルを超えるたび、雪景色になっていった。でも空はよく晴れていた。なのに夕方になったら、あっという間に雲がもわああっと空全体をねずみ色に染めて、シャラシャラシャラとものすごい勢いで雪が降ってきた。そして山超え山超え、もわあっとした冷たいねずみ色の雲に追いかけられつつ帰ってきた。350キロ走行。ドライブに行ったわけではない。しっかりわたくしははたらいている。

つめたいよる。風はますます強くなっている。雲はだんだんだんやってくる。ぴーいごーお。ヘンな風の音が鳴り響く。明日は若干早起きしたくない。
2002年01月08日 21時35分08秒

趣味の節制生活。
今朝の夢も会社で仕事をしている夢だった。6時に目覚ましが鳴る。寒い。寒い。鼻水とくしゃみが出る。正月いた実家は一軒屋で築30年以上たっていて、いろいろすきまがあるらしくとても寒い。とても寒いから、しっかり布団を重ねてかぶって眠る。今住んでいるマンションはとても密閉性がいい。あんまり寒くない。少し寒い。少し寒いと、寝るときに、ふいを突かれる。ふいっと寒さが忍び込む、この鼻水・・・カゼひいたのか。なんだかアタマが痛いぞカゼひいたか。起きたくないや。なんだか登校拒否児みたいだな、むにゃむにゃ、とそのまま寝過ごし、今朝は走れなかった。しかし、なんとか目がさめて、出社する。一日中、あいさつまわり。一日会社に出て働いたら、気分が落ち着いた。はじまったらたいしたことないのだ。なにごとも。今夜はいい夢見れそうだ。

外は大雨。雷まで鳴っている。でも、明日も朝、雨がやんだら走るぞ。年末年始は、夕方に走っていたので、最近は早起きにちょっと遠ざかっている。節制的生活もまたまた後退気味。しかし今日は、ひさびさに少食だった。夕食は、七草がゆも食べた(七草は、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ・・・ちゃんと覚えるようここにメモしておこう)。おなかのなかが軽い。再び趣味の節制生活をはじめよう。
2002年01月07日 21時27分42秒

2001年12月29日〜2002年1月6日まで。
本日埼玉の実家より帰る(1月6日)。実家も現在住んでいるところも、ヘンピなところにあるので、新幹線と普通の電車に乗り継いで、なんだかんだいって待ち時間なんかをいれると片道6時間近くかかる。なんだかんだいわずに黙っていても6時間近くかかる。クルマでいくのとそんなに変わらないかもしれない。クルマよりも鉄道利用のほうが、疲れないようにも思うが、今回は、家族全員の一斉移動で(いつもは、僕があとからひとりで行く場合が多い)荷物をたくさん背負って、Qも抱えて、それからスナネズミのスーちゃんもケースにいれて抱えて(いろいろな人に何が入ってるの?ときかれた。スナネズミを持ち歩くと、トモダチができます)、いつもより移動だけでかなりくたびれた。

あしたからもう会社がはじまる。今年の初夢は、なぜか会社で普段と同じように、働いている夢を見た。疲れがたまったのだろうか。

ハリー・ポッターの2巻目と3巻目を読んだ(12月30日ー1月2日)。映画は見たが1巻目はまだ読んでいない。このシリーズ、面白いと思う。だんだん登場人物が知り合いみたいな気分になってくる。いろんな動物でてくるし。でもスキャバリーが実はすーちゃんだったら・・・(謎)。4巻目は今までの3倍くらいの長さになるそうだ。その前に1巻読まなければ。子供はよっぽど好きみたいで、ジジとババといっしょにまたハリーポッターを見に行っていた(1月5日)。シュンタは、やっぱりチェスのシーンのロンを尊敬していた。

映画は、Qを両親に預けて、家族4人で「シュレック」を見に行った(1月3日)。日本語吹き替え版。吹き替えの浜ちゃんの声がとてもよかったように思う。わかりやすくて、面白い。なんかお子様向な脳みそになっている最近だ。お子様的脳みそに拍車をかけるように、さらに、またまたQを預けて、「ディズニーシー」へいく(1月4日)。妻とペチカが、ものすごい冷たい風の吹く中、朝8時から夜9時まで元気一杯だった。ひとつのアトラクションに、2時間くらい並ぶ。シュンタはもう帰りたいと途中で泣き出したが、妻とペチカに黙殺された。僕も途中でこっそり泣き出したかったこともある。寒い。9時からの花火ショーは、風のため中止。でも並んでると寒かったけど、ディズニーシーのスタッフの人は、とてもにこやかで感動的だった。それに夜のディズニーシーはなかなかおとぎばなしの世界的できれいだった。

留守番Qは、置いていかれてもぐずることもなく、ご機嫌で待っていたようだ。だいぶしゃべるようになった。ぎゃぎゃ、ぶひぶひ、ばあばあ、ぼんぼん、まんまん。いろいろ。

ロト6、購入3回目にして早くも1000円当選、本日、また2週分購入。1千万円くらいぽろっと当たらないかな。僕は今までこういう賭け事をほとんどしたことないから、運はたまっていると思う。便秘気味なのである。当たったらどうしよう。当たるような気がする。当たったら、だれにも内緒♪。

休み中、少しかなり食べ過ぎたかもしれない。またひきしめていこう。ジョギングは9日の休み中、6日走った(12月29−31日、1月1、3、5日)。一日5.4キロ。中学の頃から走ってるコース。ちゃんと昔自転車で距離測った。もう20年以上たつのである。時間がすぎるのはあっというまだ。よい1年にしよう。
2002年01月06日 20時28分34秒

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