2002年2月の日記です。

オニオカアとコブリンず

かっちゃんがひっこしてしまう。
シュンタの友達のかっちゃんが春休みに引っ越してしまうそうだ。かっちゃんはペチカと同級生の男の子で、5年前、今住んでいるマンションに引っ越してきてから、ずっと、ペチカもシュンタもなかよしなのだ。5年前といえば、シュンタもほとんど赤ちゃんだった。だけど最近は、すっかりかっちゃんの舎弟状態で、心から尊敬しているみたいで、しょっちゅう、かっちゃんはね、かっちゃんはね、と話す。

かっちゃんもやさしい子で、いつもシュンタを仲間に入れて遊んでくれる。プーマンズにだって入れてくれたのだ。それからかっちゃんは、学校帰りにキャアかわいい♪と、女子高生に取り囲まれたこともあるくらいのすごい美少年なのだ(このエピソードをあとで聞いたシュンタは、「かっちゃんは、かわいいんとちがう!カッコエエんや!」と日本語をきちんと使えない女子高生に怒りを覚えていた)。

ともだちが引っ越していってしまうのはさびしい。小学生の頃のそういう気持というのはいまだによく覚えている。

となりに住んでいた同級生の女の子が引っ越してしまったときはすごく悲しかった。ある日ふわっと引っ越してきて、一年もしないうちにまた、ふわっと引っ越してしまった。

引越しの日、どうしてうちの家族はそろって、デパートになんか買い物にいったのだろう。僕としてはきちんとサヨナラをいいたかったのに。それから、その子と僕は同じクラスでもあった。だけど、その年、唯一のクラス写真は、遠足の集合写真なのだけど、どこかの山の頂上がとても狭くて、男子と女子は別々に記念撮影をした。そして担任は非常に気が利かない教師で、男子には男子の集合写真、女子には女子の集合写真しかくれなかった。だから、その子の写真は一枚もない。

なんか、思い出したら、腹立ってきたぞ。オトナはなんて無神経なんだろう。
2002年02月28日 22時30分03秒

ナゾのプーマンズ
シュンタはプーマンズというチームに入ったらしい。今日、うちに帰ると、シュンタは、プーマンズ、プーマンズとやたらうるさい。プーマンズは、プーマというスポーツ用品のブランド名からきているらしい。チームやからな、英語はな、ふたりからは、ズ、がつくねんで、とシュンタが解説してくれた。プーマの複数形、ということを言っているようだ。プーマの複数形はプーマンズ、なのか。ふうむ、勉強になった。なにをやってるかしらないけど、とにかくそういうチームに入ったらしい。

プーマンズは、はじめ、シュンタが恋い慕う近所の3年生のお兄ちゃん3人が結成したそうだ。1年生になって、シュンタはこの3人のお兄ちゃんたちに、野球にいれてもらったりしてよく遊んでもらうようになった。でも、プーマンズの正式メンバーには、なかなか入れてもらえなかった。

こないだまでは、シュンタは「とりあえずプーマンズのマネージャー」だったらしい。プーマンズにおけるマネージャーというのはなにをするのかナゾであるが、とにかく正式のメンバーではなかったようだ。でも今日、ようやくプーマンズ4人目の正式なメンバーに加えられたらしくて、シュンタはとてもうれしそうだ。

それで、プーマンズっていったい何をするチームなのだろう。ちょっと気になる・・・。
2002年02月27日 22時15分32秒

意志的にもわーっとしたメリハリな生活の考察
今夜より明日の朝にかけて雨が降るとの予報だったけど、もわーっとした曇り空が持続しているだけで、雨はどうやら降らなさそうだ。このもわあ、のあたたかさはなかなかココロが落ちつく。落ちついた気持で、今夜はだらだら起きていよう。明日は早起きをやめて、ゆっくり眠ろうと思う。

ゆっくり眠ろうと思っても、目がさめてしまったりする。朝のジョギングはなかなか持続している。僕はなんだって、熱心にキマジメに行うのである。しかし明日はゆっくり眠ろう。メリ、ハリ、が大切である。
もわーとした、春のようにゆるやかな態度で臨む日々の生活、である。

僕自身が考える僕はしかしながら、もわーとはいかず、直線的な人格の持ち主で、決めたことは、まっすぐ突き進むほうである。そのかわり、突き進んで、ある日ポキンと折れてしまう。ポキンと折れる間隔がとても短かったりする。折れたあと、いつも脱力感を覚え呆然とする。だからいつも見方によると僕は常に呆然ともわーっとしているように見えるのかもしれない。しかしそれはきっとたぶん誤解である。人間はフクザツなのである。

ともかく明日は意志的にゆっくり起きるようにしよう。早起きがイヤなわけではない。なだらかな春のようにもわーとしたメリハリが生活の中には必要なのである。
2002年02月26日 22時07分23秒

もわーっとした頭の中でばたばたと
昨日はペチカとシュンタがお母さんと一緒に寝たいというから、ひとりさびしく子供の部屋で寝た。

子供の2段ベッドの1段目で寝た。2段目で寝たいような気もしたけど、もしかして夜中に、僕のカラダの重みでベッドの底がバキっとか破れて落ちて腰の骨でも折ったらどうしようとか考えたら眠れなくなりそうなので、1段目で寝た。

狭い2段ベッドの1段目でまるまって寝ると、なんか巣箱の中にこもっているハムスターみたいな気分になった。でも本当にハムスターだったら、夜中じゅう起きて回し車でもしていなくちゃいけないなあ、なんて考えた。夜行性のハムスターなら昼間ぐっすり眠っているのだ。昼間に巣箱の中でまるまって眠るのは気持がよさそうだ、巣箱のすきまから差しこむあたたかな春の光はたまらないだろうなどと考えているうちに眠ってしまった。

よく眠れた。しっかり6時に起きいて走ることができた。東の空の朝焼けはきれいだった。もわーっと、とっても春っぽかった。

しかし会社に行ったら朝からバタバタした。忙しいというわけでもない。バタバタというのは、リズム感の問題なのである。運動神経の問題なのである。受け取らなければならないボールが空からいくつもポタポタと落ちてきて、それを片っ端からとり落しているような・・・。体力は、まあ、あるとは思うんだけどな。どうも、的確な動きに欠けるなあ。
2002年02月25日 22時01分09秒

種になりたい日曜の午前の暖かな日差し
午前中はペチカとシュンタの自転車のサドルを上げた。それからシュンタと近所の公園でキャッチボールをした。日差しが暖かで、眠たくなる。そのまま地面にもぐってなにかの植物の種にでもなって眠りたくなるような、気持のよい天気だった。ペチカはQ係で、すべり台がだいすきなQといっしょに何度も何度もっすべっていた。ボールを投げてくるシュンタ、キャッキャとはしゃぎながら、すべり台をすべっているペチカとQ,ああ自分には3人もこどもがいるのだと、青空の下、しみじみ思うと、若干めまいがしてくる。

公園にはゴールデンレトリーバーを連れたおじさんがいて、おじさんがポーンとボールを投げると、ゴールデンレトリーバーは元気よくボールに向かって走っていき、パクっとくわえると、また全力疾走でおじさんのところへ戻っていった。それを何度も繰り返していた。律儀なゴールデンレトリーバーがとてもかわいらしかった。

Q、Q、と呼ぶと、すべり台のところにいたQは元気よく僕のところに走ってきた。Qの鼻先にボールを押し付けた後、「それ!」といってボールを向こうへ転がす。Qは元気よくボールを追って走って行き、拾い上げると、またとことこと戻ってきた。そして誇らしげな顔をして僕に「ダーダン、ドオッドオ」と言ってボールをくれた。おもしろいので、何度か繰り返した。「お父さん、Qはイヌちゃうで」とペチカに怒られた。
2002年02月24日 21時52分49秒

ぶちっと。
胃の調子が悪いとき、食事をしているとほっぺたの裏側を噛んでしまう。昨日の夜たいして飲んだわけではないが、だいたいアルコールを摂取した次の朝は内臓がもつれている。あたたかな朝のジョギングでは、久々にじわっと汗をかいて、もつれはいくらかはスッキリした。しかし昼食はマクドナルドのハンバーガーだった。ポテトをたくさん食べ過ぎてしまったとき、あ、これは、と予感はしていた。そして夕食は鳥のからあげだった。ぶち、と噛んでしまった。なんだかカラダが油っこい夜である。さらっとしてシャキっとした切れ味がない。集中力が減退している。今週は本もなかなか読み進まない。週末は、最近、沈没気味である。明日は日曜日だけど、出勤。夜は、食事会がある。食物摂取には注意深く、内臓をいたわろう。
2002年02月23日 20時01分22秒

ペチカ
今日もビールを飲んできた。目がくるくるまわる。うちに帰ると、ペチカとシュンタが待ち構えていた。日記を書こうと元気いっぱいだった。とてもうれしい。僕は女の子であったことがないので、よくわからないけど、女の子はいつまでお父さんを好きでいてくれるのだろう。シュンタとQは妻の子分で、まったくの「コブリン」状態であるが、比較的ペチカは現在のところ僕に味方してくれているように思う。

たとえば、いかにペチカがお父さんの味方かということで、例をあげると、僕が昔読んだ本なんかの話をして、これおもしろいんだよ、と勧めると、がんばって読んでくれるのだ。ペチカは、佐藤さとるの「誰も知らない小さな国」も読んでくれた。僕は涙がでるほどうれしかった。僕が人生のいちばんはじめに大衝撃を受けた本なのだ。あの本を読んだあと、僕は自分のポケットの中に親指くらいの小さな小人がいないかどうか、気になってしかたがなかった。そういうおなじ本における読書体験をペチカと共有できたというのがすごくうれしかった。ペチカが11歳の頃の僕と同じ衝撃をうけたかどうかは不明だが、読み終えて、おもしろいなア、なんていわれたときは、お父さん冥利に尽きたものだった。最近もペチカと図書館へいって、こんな本はどうだろう、あんな本はどうだろう、なんて話しあって借りるときはとても幸福を感じる。

でも女の子というのはいつかはお父さんをきらいになるのだろうか。いろんな話をきくと、けっこう悲惨な未来がまっているような気がして不安でもある。

妻はそういえば、義理の父から見ればかわいい女の子なのだ。ペチカができてから、僕はいかに、義理のお父さんからみて、このあほんだらあ〜っていう存在なのかというのが身にしみてよくわかるようになった。あほんだらあ、でも無理やり結婚(たぶんあらゆるお父さんにとって、娘の結婚は「無理やり奪われた」という側面が強いのではないかと思う)してしまった。やはり義理のお父さんのためにも妻はタイセツにしなければならないなあと思う。

妻は自分のお父さんのことをあんまりよく言わない。タバコを吸いすぎて、転がってテレビばかりみて、ゆうずうがきかなくてどうたらこうたら、と批判的なことばかり言う。しかし、これに僕が同調してはいけない。妻はたとえばNHKの朝のドラマの「ほんまもん」の佐藤慶演ずるガンコなお父さんを見てはしばしば、自分の父親を思い出してうるうる泣いているのだ。お父さんがだいすきなのだ。そういう妻を見るたび、僕は義理のお父さんはとても幸せな人だとうらやましくなる。ペチカも僕のことを、そうやって大人になっても好きでいてくれたらうれしい。
2002年02月22日 22時38分09秒

もうひとつの日記
最近やや気合を入れてペチカとシュンタの日記を書いている。書いている、というのか、夜、風呂に入る前の少しの時間、ペチカとシュンタとパソコンの前にすわり、本日の楽しかったこと、その他をきく。それを聞き書きの要領で、僕がパソコンの「ペチカとシュンタの部屋」日記スペースに打ち込む。親子の対話のひとときである(Qがしょっちゅう不満げにジャマしにくるが・・・)。そしてなんか、こういうことをしていると、ペチカとシュンタというユニットを売り出しているプロデューサーな気分になってくる。

ときどき、僕が話しをおもしろおかしくひろげようとすると、ふたりからクレームが入る。そんなことは言ってない勝手に書くなと怒られる。最近はペチカがローマ字入力で、キーボードをゆっくりながら打てるようになりつつある。自分で書きたがる。ここ何日かはペチカが自分のところは自分で打つようになってきている。プロデューサーとアーチストの対立である。

と勝手に自己満足にひたっている今日この頃である。ということで、この日記を見た方、ペチカとシュンタの部屋にも訪問してください(と宣伝するプロデユーサーアカオニオであった)。
2002年02月21日 22時18分43秒

健康には注意したい。
昨日はとても寒かったのに今日は目がさめたときから、あたたかかった。すうっと、起きられたので、今朝はジョギングをした。走っててきもちいい。あんまり寒いと朝から戦闘態勢で走らなければならなくなるが、今日は、少なくとも僕の現実の中では、春先のチョウのようにひらひらと舞いつつ走った。昨日ビールを飲んだからといって、ふらついていたわけではない。お酒を飲んだ次の日の朝は水をたっぷり飲んでから走らないと、脱水症状が起こり、血管の水分が不足していると、ブチリときれてしまうかもしれないのだ。今朝も、もちろんたくさんお水を飲んで、準備体操をしてから走った。健康には注意をしなければいけないと、このごろ特にそう思う。

来月は定期成人病検診がある。30歳すぎたら、バリウムを飲んで、内蔵の検査までするのだ。ヘンな台にのせられて、グルングルンまわされる。去年だったか、とちゅうでゲップをしたら、先生におこられてもう一回バリウムを飲まされた。とてもこわい。バリウムが内臓のへんなところでカチコチにかたまってしまったらどうしようかと想像しただけではらはらして、またまたゲップが出そうになる。健康診断といったら、僕は心電図もとてもこわい。おっぱいのまわりに、吸盤くっつけられて、もうおそろしくておそろしくて心電図に影響出ちゃうんじゃないかというくらい、ドキドキする。ビリビリきて心臓とまっちゃったらどうしようとか、おそろしい想像が頭をかけめぐる。

書いててだんだんこわくなってきた。健康は大事だ。知らない人とたちにカラダをいじられないように、日々、肉体を大事にしよう。すーっと長生きして煙のように静かに消えるのが理想である。しかしまだ消えない。
2002年02月20日 21時59分57秒

くるくるまわるビールの精
今日は仕事帰りにビールを飲んできた。ビールを飲むとすぐくるくるまわる。くるくるくるくるまわって、最初は大きくまわっているんだけど、そのくるくるの回転がどんどん縮まってきて、小さなカタマリになる。この小さなカタマリはもはや回転しておらず、ズキンズキンとおでこのあたりでケイレンするのである。そして真夜中トイレはとても近くなる。

雪が時々ぱらっぱらっと舞う一日だった。朝、営業車のエンジンをかけようとしたら、夕べずいぶん冷え切ったせいなのか、ぷすんぷすんと間の抜けた音がした。ほとんどバッテリーが切れかけていた。しかし、至急走りまわらなければならない一日でもあったので、なんとか、なだめすかして始動して、今日も一日無事走った。5年で17万キロほど走っている、トヨタカローラバン、はだいぶくたびれてきている。明日は無事、エンジンがかかってくれるのだろうか。バッテリーが上がって、ブースター、というものを使用して、誰かのクルマのエンジンと接続させる、というワザはわたくしのレベルとしては、かなりおそろしい行為の部類に属する。美人が使ってもブースター、というような冗談はとても好きである。しかし、このブースターを使用するにあたっては、要領悪く感電して死んだらどうしようかなどとと、いろいろ不安になるのである。

おでこのまんなかで、ビールの精がくるくるくるくるまわっている。僕はズキンズキンとしてことこまかなことに不安になるのである。僕はどうしてこういろいろ不安で心配性なのだろう。
2002年02月19日 21時58分08秒

ヒゲの重さの測り方
風がとても強い夜。明日はものすごく寒くなるそうだ。夜空はとても晴れていて、星がとてもきれいだった。風に吹かれて、自転車に乗って帰宅。一日の仕事を終えて、冷たい風に吹かれて、自転車を飛ばすと、精神が引き締まる。おなかも心地よくすいていて。すいたおなかをかかえて自転車のペダルをこぐと、おなかの脂肪がしゅうしゅう縮まってくるような感じがして、気持がいい。冷たい風の中をとぼとぼ歩くと、気持がふさいでくるんだけど、冷たい風の吹き荒れる夜道を自転車で飛ばすと、今夜はとても元気がよくなった。今日、なにかいいことがあったわけでもないのにな。気持の波、というのは、不思議だ。こうやって、僕が日記をこのあと何年も何年も書きつづけて、細かく分析してみたら、もしかすると、気持の波の法則が、見えてくるかもしれない。いろいろなことに法則はあるのである。しかし法則は、微妙である。いくらこまかく分析してもはっきりとは見えてこない。

細かく分析する研究で、ある大学の先生が、毎朝自分のひげを電気カミソリで剃って、何年にもわたって、毎日剃ったヒゲの重さを測定しつづけたというのを聞いたことがある。すると、冬の間に剃った時の一日あたりのヒゲの重さの平均と、夏の間に剃った一日あたりのヒゲの重さの平均では、夏のほうがわずかに重かったという結果が出てきた。しかし、夏は毛穴がひろがっているぶん、ヒゲがよく剃れただけかもしれなくて、必ずしも冬より夏のほうがヒゲが伸びやすいとは証明されたわけではない云々ととても慎重なコメントをされていたようなことを又聞きで聞いたことがある。

このように、気持の波もたぶんなかなか容易には証明もされず見えてこないだろう。でもなにかこのヒゲの研究は静かな感動を呼ぶ話ではある。僕も毎日ヒゲの重さをはかるみたいに日記を書いていこうと思う今日この頃だ。

外では、風がヒュウヒュウ音を立てている。空気はどんどん冷えている。あしたは早起きができそうもない。ゆっくり眠ろう。いずれにしても今日は気分がいいので、よく眠れそうだ。
2002年02月18日 22時12分40秒

毎週日曜日の夜にTVアニメのサザエさんの主題歌をきくと憂鬱になる人もいるらしい
朝はゆっくり目を覚まし、朝食後にいつものコースを走る。走り終わったら、雨がポツポツ降ってきた。ポツポツ雨の中シュンタとふたりで床屋にいった。それから、ペチカとシュンタは遊びに出かけ、僕は今日はほとんど外に出なかった。家の中でじっとしていると、Qが微妙にまとわりついてくる。微妙にまとわりついてきて、てきとうにかまって、だらだらと時間が流れる。パソコンを時々つけて見たりすると、Qはよろこんで、キーボードをバンバン叩く。今にパソコンはこわれてしまうかもしれない。本を読もうとしても、すぐジャマをされる。

日曜日、ゆっくり豊かな時間をすごそうと思って、実際、僕は好き勝手にごろごろしていると思われているみたいだけど、でもなんか落ちつかないで時間ばかりが流れる。子供にたいする対応にしても、自分が今日これだけはしておこうとの決意にしても、どっちつかずの中途半端な感じだ。それは子供がイヤだというのでは100%ない。自分自身が気に入らないというところがあるのだ。

僕に対して、しょっちゅう批判的なものの言い方をする妻よりも、何倍も自分自身にたいして気に食わないところがあることを僕はわかっているのである。わかっていることをあらためて指摘されるとどうして腹が立つのだろう。いろいろな種類の時間がないような気がしてならない。そう考えながら、とっても自分は利己的なイヤなやつだなあ、と思う。たぶん明日が月曜日だから、こんなにうしろむきな気分になるのだろうか。僕はわかっている。

「あした世界が滅びるとしても、今日、私はリンゴの木を植える」って、誰の言葉だっただろう。いい言葉だ。そういうこともわかっている。

わかっているんだけどさ、って時もあるのである。
2002年02月17日 22時17分07秒

同じ5時間半でも違う5時間半。
埼玉の実家から、今住んでいる大阪の自宅まで新幹線といろいろ電車を乗り継いで5時間半かかった。ずっと座ったままだったけど、くたびれる。でも去年、フルマラソン走ったときは、乗り物に乗らず、5時間半近くも自分の足で走っていたのだ。とちゅう、何度も地面に寝ころんだものの、よく完走できたものだ。

行きの新幹線の中では「ペルシアの彼方へ」を読了し、帰りは、続編の「シャーマンの教え」を読みはじめる。前回は11世紀のヨーロッパおよびペルシャであったが、今回は19世紀アメリカ。「ペルシアの彼方へ」、の主人公の子孫の物語。となりの座席の人のイビキが気になってまだあんまり読んでないけど、おもしろそう。ゆっくり長い小説を読むのは好きだ。ゆっくりフルマラソンを走るのが好きなのと同じである。あわただしい移動は好きではない。まだ体がゆれている。
2002年02月16日 22時16分56秒

いつも僕は留守番をしている
昨日、新幹線に乗り、東京へ。よく晴れていたので、途中、富士山がとてもよく見えた。
僕が通った小学校の校歌には、

空の向こうに富士山が
きれいに見えます
今日もまた

という歌詞があった。教室の窓からたいがい富士山を遠くに見ることができた。だから富士山ごときで動揺しないのである。しかし妻は九州の奥地で生まれ育ったので、富士山というものを人生においてほとんど見たことがない。だから新幹線に乗るといつも大騒ぎをする。車窓に鼻をコブタみたいにおしあてるほどにして、わあ富士山おお富士山といって感激している。ほらペチカ見なさい富士山よ、こらシュンタゲームなんてしてないで富士山見なさい、と大騒ぎになる。今年の正月は曇っていて富士山は見えなかった。昨日、一緒に新幹線乗ったら、妻はコブタのように大喜びしたことだろう。僕はこのように、常に愛する妻を思い出す。しかし妻は僕の思い出し方にさえ、しばしば過大に干渉し検閲を加えるのである。たぶんこんな思い出し方も不満かもしれない。

関東地方はとても寒い。仕事を終え、用事があったので、帰宅ラッシュの満員電車に1時間ほど揺られ、さらに駅を降りた後、冷たい風の中をしばらく歩いてくたびれはてて実家へ帰る。実家も、なかなか落ち着かない。さっさと帰りたい。帰りたいけど、午前中は留守番なのだ。僕はいつも留守番ばかりしている。
2002年02月16日 09時38分09秒

大きく深呼吸。ふう。
朝から取引先関係者の葬式に出席。涙涙、であった。故人は長期療養入院であったため個人的な面識はまったくないが、残された奥さんは仕事の関係で今後も顔をあわすことも多いと思う。ひじょうにほがらかな性格の美しい人だ。そういう人がひとりでは立ってられないほど泣き崩れていた。今度お会いするとき、父親である社長と、故人の奥さんにいったいどんな顔で挨拶いったらいいのだろう。奥さんもかわいそうだし、残された親(取引先社長夫妻)もつらいだろうな。すごく愛されていた人みたいだ。友達もたくさんいて、みんな泣いていた。僕が死んでもあんなに泣いてくれる友達はいないだろう。だから死なずに出きる限り長生きしようと思う。長生きはしたいものだけど、まかりまちがっても子供には先立たれたくない。先週は、義理の姉のお父さんが亡くなった。なんかこのところ若干陰気な気分でもある。

バレンタインデー。娘のペチカから手作りクッキー&チョコ、もらう。かみさんは・・・くれない。べつにすねてはいない。あしたは早起きだけどそのまま東京へ行くので、ジョギングはおやすみ。
2002年02月14日 22時03分32秒

明日も走る。
今朝は無事起きることができた。朝の6時の空は、雲に覆われていたが、うすぼんやりと鉛色に明るい。だんだん日の出が早くなる。風は強かったが、走っていて、寒さはそれほど感じなかった。今朝は頭の中もすっきりしていて、心地よかった。

夜は、得意先の関係で不幸があり、通夜に行ってきた。明日も葬儀に参列する。僕とそう年齢の変わらない人が病気で亡くなられた。僕は生きている。まだ死なない。でもいつか死んでしまう。不思議だなあ。不思議だなあ、なんてのどかに心の中でつぶやきながら、同時に、とてもおそろしくもあり、おそろしく感じながらも、今ここに生きているということを強く感じる。お坊さんがお経を唱えている間、いろいろな思いが心の中を通り過ぎていく。

うちに帰ると子供たちはもう寝ていた。寝てしまっているととてもさびしい。ペチカとシュンタの日記も更新できない。Qが飛び跳ねている姿も見れない。とてもさびしい。

一日一日はとても大切なのだ。あしたも早起きしよう。
2002年02月13日 22時29分43秒

なんかいろいろ毎日は
忙しくばたばたしていた。落ち着きのない一日。あれもしなきゃ、これもしなきゃ、と思っていたって、できることしかできやしないのに、実にオンドリ的だった。僕はしょっちゅうじたばたして人格に深みがないのである。そのくせ、とてもとろくさくて、動作にテキパキさが欠ける、と率直によく妻に批評される。よく考えたらそうやっていろいろ率直に言ってくれるのは、かみさんぐらいなものだ。びっくりするくらい世間の人は、他人の人生になんか無関心だ。

無関心なそれぞれの人生は当事者にとっては、とってもかけがえのないものである。だから僕は、そんなありがたい妻の関心に対しても、異議申し立てをしたくなったりする。どうしてオレのことわかってくれないのだろう。でも、たいていの人は誤解もしてくれないのである。ありがたい誤解。だけど僕は好きでゆっくりしているわけではないのだ。むしろ、そのように見えるのであったら、人格もなにごとにも揺らがない、どっしりしたモノになってほしいものだ。ちょっとしたことでドキドキする。このドキドキをわかってね。あるいはこれからもずっと誤解するくらい関心を持って、また夫婦ゲンカをしようね。

こんなふうに自分のことを考えると、つくづく人は心の中で何を考えているかよくわからないと思う。見かけだけで、判断しちゃいけない。通り過ぎるその人は、ただ通り過ぎているわけではない。僕は自分自身でさえ、しばしばおおいに疑惑の目で見ている。自分自身がこんなに疑惑な存在なんだから、出会う人だってそれぞれは、ただそれだけの人じゃないだろう。いろいろ疑惑な人だろう。だからってそれが、悲しいことでもなくて、むしろ、多少は人に対して、寛容になれるようにも思う。時には誤解しながら関心だって持てるだろう。

なんかいろいろ、毎日は大変だ。週のはじめのばたばたも大変だ。そしてこのばたばたの中からでないと、何事かを見出すこともできない。それでもなんかいろいろ毎日は大変だ。今朝は起きられなかったが、明日の朝は早起きをしよう。すぱっと冷たい風の中を走ろう。ばたばたの中を鈍感につきぬける体力が必要だ。
2002年02月12日 22時28分40秒

寒さぶりかえし肉体もややぶりかえし?
寒さがぶり返し、さっきは雪が舞っていた。京都北部では雪が積もっているとテレビでやっていた。先週出張しておいてよかった。雪はもうやんだが、空が銀色に光っていて、風がとても強い。今朝は朝食を食べたあとに、少し走った。走る僕の肉体だが、一時期かなり注意深く少食をしていてためしぼんでいた体が、正月以来またふくらみつつある。

今日はペチカとシュンタがバレンタインデーが近づいてきたので、クッキーとチョコレート菓子を作っていた。シュンタがなんで作っているのかよくわからないが。その試作品を味見したら、またまたぼんぼんと体の細胞がふくれてきたみたいだ。気をつけよう。「ボンボン!」と言いながらQが幸福そうに微笑みながら、同じく試作品のクッキーを食べていた。Qはなんでもよく食べる。ぼんぼん大きくなっている。上のふたりの時よりもよく食べるし、何事にも動じない。転んでも泣かないし、お風呂でお湯を頭からかけてもニコニコしている。立派なスモウトリになれるかもしれない。

僕はスモウトリにはなりたくない。節制に励もう。
2002年02月11日 16時10分50秒

ウエーイウエーイは嫌いだ。
久々に寒い日。さっきシュンタとキャッチボールしようとしたが、寒くて風も強いのでやめにした。しかし、うちのマンションの前のグランドでは朝からずっと少年野球の練習は続いている。ウエーイウエーイと牛的な声を出しつづけている。運動部というのはあまり好きではない。

某氏は、中学生のひとり息子をリトルリーグにいれている。「中学校のクラブ活動じゃだめなんです」と言う。リトルリーグの監督は、息子のことを後腐れなく愛情こめて殴ってくれるからいいのです、と絶賛していた。もちろんそんなこと、外にもれたら問題なのかもしれないですが、まわりでわあわあ騒ぐのがおかしいんです。選手はわかっているんです。暴力事件で、甲子園出場できない学校とかあるじゃないですか、あれはね、親が悪い、騒ぎ立てるほうがどうかしてる。と、そんな信念の持ち主の某氏だ。

また某氏自身も、ある日手を赤く腫らしていたのでどうしたのかきくと、いや、昨日息子が生意気なこと言ったので、久々になぐってやったんですわ、いやあ、アイツ石頭なんでちょっと腫れちゃいましたといいながら、いとしくてたまらないらしい息子のことを思い出しているみたいで、こぶしをさすってニコニコ快活に笑っていた。そういう世界は好きではない。全力をこめてのらりくらりと生きていきたいものである。そう思ったって、そう簡単にいけるもんじゃないかもしんないけどさ。

そして僕はのらりくらりと、なおかつとても興味深く、しばしば開陳される某氏の信念を拝聴して神妙にうなずいている。キミのマジメなところがとてもいい、と、この前、ほめられた。そういうものだ。どういうものだ??
2002年02月10日 17時20分40秒

Qとお出かけ
会社で現場作業と事務処理がちょっとだけあったので、土曜出勤。今日は別にスーツを着ていくこともないので、普段は主に自転車で行くところを、ジョギングで通勤した(片道4キロくらいか)。風は強かったが、それほど空気は冷たくなかった。空を覆うたくさんの大きな雲のカタマリが壮大に大移動をしていた。これぐらいの気温だと走って会社に到着したあとも汗もかかないし、着替えなくても冷えて寒くもならないし、頭もスッキリ気持がいい。スッキリ仕事を片付けさっさと走って帰宅。

午後はQとふたりでおでかけをする。最近ペチカもシュンタも休みの日はそれぞれ遊びにいってしまうことが多い。それで、昼飯を食べるとこてんとQは眠ってしまい、あとはなんだかいつも忙しそうな妻がいて、そうすると僕はとても自分がジャマな存在なのではないかという感じがして、そわそわしてくる。そわそわして外にでたくなるんだけど、出るんだったらQを連れていけといわれたので、Qが昼寝から起きてからクルマにのせて出かけた。クルマにのせるとQはチャイルドシートに座って、とてもおとなしい。僕が歌うと、バアバアバアと調子を合わせて手をたたいてくれた。

クルマに乗って、Qとふたりで近所の大きなペットショップに行った。イノシシの赤ちゃんが38000円で売っていた。誰が買うのだろう。食べるのだろうか。でもここはペット屋だから食用には売らないだろうな。イノシシはペットになるものなのだろうか。サルもフクロウもゼブラマウスという縞模様のある変わったネズミもいろいろいた。Qは、オウ!オウ!オウ!とそこらじゅうの水槽やカゴを指差して、新鮮な驚きに打たれ続けていた。

ペット屋で1時間くらすごし、200円のすーちゃんのエサを買った。それから古本屋へ行きQを肩にのせて30分立ち読み。Qはとても重たい。足腰の鍛錬になる。古本屋でミニモニのひなまちゅりがどうたらの曲が流れたら、Qが興奮して肩の上であばれて首が折れるかと思った。それでも、こうやって、肩にのせてコザルのように、連れて歩くのは今だけだと思う。首がみしりと音をたてても、ありがたく思わなければいけない。もうペチカもシュンタもコザルのようには肩にのせられない。ちょっとさびしくもあり、うれしくもある。
2002年02月09日 20時12分45秒

なまあたたかい丹後
京都北部はなまあたたかく、雪がまったくなかったので、チェーンを巻かずにすんだ。しかし、タイヤがパンクしてしまった。でこぼこ道に踏み込んだとき、ネジかクギかなんかがささったらしい。ガソリンスタンドで修理してもらう。僕はタイヤのとりはずしとか、チェーンを巻くとか、バッテリーがあがっちゃってブースターをつないでどうこうとか、ややこしい作業がとても苦手だ。ややこしい電話もきらいだ。ところがややこしい電話も何度かかかるのだ。とんでもなくややこしいわけではない。じわじわとややこしい電話。こういうのはじわじわときいてくる。ぷしゅう、と気分の空気が抜けてくる。気分から抜ける空気はどんな空気なのだろう。

丹後は細川ガラシャ夫人のゆかりの地である。ガラシャの父である明智光秀が、織田信長に謀反を起こし殺された後に、ガラシャの嫁ぎ先である細川家が秀吉の疑惑を払拭するため彼女をこの地にしばらく幽閉していたのだ。というようなことを三浦綾子の小説で読んだ記憶がある。道路の交通看板に、ガラシャと思われる昔の御姫様のイラストと、『ガシャーン!飛ばしなさるな細川ガラシャ』という標語が書かれていた。・・・「ガシャーン」と「ガラシャ」のあいだになにか深い関係があるのだろうか。奇妙な看板だった。天国のガラシャさまもびっくりだろう。僕も思わず見とれてガシャーンと行きそうだった。

ホテルでノア・ゴードン「ペルシアの彼方へ」上巻(角川文庫)を読む。とてもおもしろい。大河ドラマ。昔のアニメ「母をたずねて3千里」とか、家なき子とか、ああいう世界の大人版みたいな感じの本。じっくり読んでいこう。眠い。よく眠れた。よく眠れたけどじわじわだるい。明日もちょっと出社。
2002年02月08日 23時08分52秒

たぶんすぐそこにいつでもぴーすかが・・・
暖かい日が今週いっぱい続くようなので、明日は泊りがけで日本海側に行く。間違って雪が降ってこないことを祈る。チェーンの巻き方がよくわからないのだ。雪は苦手だ。こどもの頃は、雪が降れば、ただ単純にうれしかったのに、最近は、雪、というと、まいったなあ、どうしようか、という気持がまず先に出てきたりする。僕の住んでいるところでは、雪なんてめったに降ることはないけど。こういう感覚は後ろむきであるなあと思う。

学生の頃、この時期2年続けて、北海道旅行に行った。1年目は友人と一緒に、2年目は、ひとりで。鉄道を乗り継いで、2週間くらい、とほ、という道内に売っていた手作り民宿ガイドがあり、それをたよりにいろんな民宿に泊まりながら、北海道内をくるくるくるくるまわった。流氷を見て、スキーをはいて山道を歩いた。いろんな人と知り合い、旅行から帰ったあとも、手紙のやりとりや、たまには会って飲みに行ったり。いろいろなところをさまようのが好きだった。ああいう2月はよかった。たくさんの雪も凍りついた空気も、あたたかい思い出だ。どこへ行ったんだろう。

たぶんすぐそこにいつだって、あるんだろう。ぐーすかとぴーすかの法則、である。
ぐーすかはぴーすかをさがしていました。さがしつかれてねむりました。ぐーすかぴーすか。
あしたも働こう。日記はおやすみ。
2002年02月06日 22時41分36秒

真夜中のひそかな共感
午後から雨が降ってきたので、今日は会社に自転車を置いて電車で帰った。電車に乗ると、ドアのすぐ横に立っていた、茶パツのこざっぱりとしたなかなかオトコ前の高校生が、「ハリーポッターとアズカバンの囚人」を読んでいた。なんとなくうれしくなって、ココロの中で、その高校生と握手をした。本屋さんへいって、自分が読んだことのある本を手に取っている人がいると、とてもうれしい。買え買えおもしろいぞとさりげなく、念力を送る。インターネットで、読んでおもしろかった本のタイトルを検索して、いろんな人が、ほめていたりするサイトを見つけて、ぜんぜん会ったこともなければ、別に有名人でもない普通の人がその作品に対する思いを熱く語った文章を読んだりすると、とてもうれしい。ああ、おれはひとりではないのだ、とひそかに救われる思いがする。

本を読むのが好きだけど、あんまり、日常生活では、そんな話をすることはない。こないだ、仕事でいっしょだった取引先の人が、つい最近大学の独文科を卒業したばかりの若い人で、仕事帰りに僕の営業車に同乗したとき、雑談の中で、ちらっとドイツ人の作家の話になった。ヘッセなんかも大学の授業で原語で読みましたよなんて話が出て、でもあんまし仕事とは関係ないですねえなんていう結論で終わる話だ。僕は大学の時、第2外国語で履修(すごくなつかしい言葉)したドイツ語は破滅的にできなかったけど(ほとんどの科目も破滅的だった)、ヘルマン・ヘッセの高橋健二訳の小説はとても好きで、ヘッセはココロの中のヒーローの一人であるのだ。どんなに好きかということを、喋りたくなったんだけど、なんか、すごく照れくさかったんで、やめてしまった。やめてしまったんだけど、その日、せちがらい商談をした一日だったのだけど、帰り道ふとこの人もヘッセを読んだんだなあ、なんて思うとあたたかな気持になった。そういう気持にもなったけど、照れくさい。そういう気持は日記ぐらいにしか書けない。そして夜中にパソコンの前で見知らぬいろいろな人のつぶやきに共感している。
2002年02月05日 22時22分13秒

立春
朝までは曇り空が続いていた。風はなく、朝のジョギングは、快調だった。月曜の朝というのは、しばしば陰気になるので、起きる気力がなくなることが多いのだが、今朝は目覚めたときから調子がよかった。会社行っても、月曜日の朝というのは独特の不機嫌そうな空気があるのだが、そこにのまれてしまうことはなかった。週の滑り出しはなかなかいい。昼から、どんどん晴れてきた。昼飯時、とある公園横にクルマを止めて、おにぎりを食べたあと、食後の休憩で、エンジンを切って30分ほど横になった。外から降り注ぐ日差しでクルマの中があたためられて、とても気持よくて、そのままずっと眠っていたかった。眠らずに、午後もきちんと働いたけど。今日は立春だったのだ。なんかこのところ天気のことばかり書いている。
2002年02月04日 21時57分40秒

エホウは北北西
先日も書いたが、このところ寒さに非常に弱くなっている。昨夜はあんまりスウスウと寒さを感じるので、靴下を履いて寝た。そんなこと今までしたことがなかったのだが、思った以上によく眠れた。これから毎日靴下を履いて寝よう。こういった、新しいことを発見すると小さなしあわせを感じる。

朝は雨があがっていたので、8時から45分間ほどジョギングをする。湿っぽくて冷たい鉛色の朝。なんというか、シャバシャバ溶けかかった氷になったような気分。水っぽく冷たい。だらだらとほとんど家にこもってすごした一日。ファンヒーターの前でまるくなる。本をぱらぱらとローペースで読み、それからぼけーっとインターネットをしていたら、途中で、ペチカにパソコンを奪われる。そのうちパソコンをとられてしまうかもしれない。ADSL回線にして、いつでも好きなだけぼけーっといろいろネットサーフィンができるようになったが、なんかこの方向性のないダラダラはよくない。生活にメリハリをつけて、時間を決めて、パソコンに向かおう(なんか小学生の週間目標みたいだ・・・)。でも毎日、こうして日記を書く時間は、とても好きだ。ぜんぜん飽きない。僕はこういうおそろしく単調なことの繰り返しに喜びを見つけ出す才能があるのである。

夕飯は手巻き寿司だった。もうすでに全国的な行事なのかもしれないけど、関西では節分に、太巻きという、輪切りにする前の巻寿司をエホウに向かって願い事をしながら黙々と食べる。しゃべってはいけない。願い事がかなわなくなる。エホウとは縁起のいい方向のことらしく、今年は北北西がそのエホウだそうだ。家族一同、初めの一本目の手巻寿司を北北東に向かって黙々と食べた。へんな光景だ。みんなどんな願いごとをしたのだろう。そういうことを話し合う前に、Qがこどもイスの上にたちあがりぶぶぶうと声をあげ暴れはじめて、あわただしくにぎやかな夕食がはじまった。こういうにぎやかさが、ずっと続いたらいいなあというのは僕の願いのひとつである。

ひとつであるということは、ほかにもヒミツの願いがいろいろある。いろいろヒミツの隠し場所にヒミツの願いを隠し持ち、その多くが記憶のどこかに埋もれて、忘れ去られた。まるで春に冬眠から目がさめたばかりのリスみたいにいろいろ忘れてしまった。冬眠前のリスは、冬眠からさめた時に食べ物に困らないよう、あらかじめ秋のうちにいろいろなところに、ドングリのヒミツの隠し場所をつくってドングリを埋めるらしい。そして冬のあいだぐっすり眠って、春になって目がさめると、そういう隠し場所をすっかり忘れてしまうらしい。忘れられたドングリは芽を出しずっと未来に森を作る。たぶん多くの忘れられた願いが、未来のどこかで森をつくるだろう。だからいろいろつねにヒトは、忘れてもいいから願いをもったほうがいいと思う。

なかなかいい着地点に到達した。今から豆まきがはじまる。
2002年02月03日 19時53分43秒

冷たい雨の降る鉛色の一日
今日は午前中に出荷作業のため、土曜出勤。土曜日は基本的には、会社は休みである。なのにどうして社長および某管理職の人が出勤しているのだろう。ふたりとももくもくと机に向かって働いていた。とても圧迫感のある土曜出勤だった。会社にいるといつもとっても圧迫感を感じているので、スキあれば、いつもさっさと外に出てしまうのだけど、今日は出荷作業および電話番なのでそういうわけにもいかない。

この前、社員研修の時、社長は仕事の取り組みについて語っていた。その昔、社長は寝ても覚めても、休みの日でも仕事のことが頭から離れなくてとても苦しかったそうだ。しかし、あるとき、その苦しさをすべて受け入れ、いつでもどこでも仕事のことを考えていいのだ、と思ったときから、精神的に楽になり、それ以降仕事に邁進、社長になった今でもとても元気一杯働いている、というようなお話をされていた。だから、キミたちもがんばりなさい、と。そういうことだったかな。はい。わかりました。とても立派であります。文句は言えまへん・・・なんて茶化してしまってはいけない。必死にがんばらなければ、明日にも、女房子供を抱えて路頭に迷うかもしれない。だけど、見えない圧迫感を感じてなんだかひどくくたびれた、土曜日の午前中だった。

冷たい雨の降る鉛色の一日。子供たちはそれぞれ遊びに行っていなくなって、午後は転がりながらQと遊んだり、読書をした。「ペルシアの彼方へ」ノア・ゴードン著。角川文庫。長い話なので、しばらくかかりそうだ。1000年くらい昔の話。その時代のイギリス人の食べ物の出てくるシーンがとてもおなかがすく。歴史もののエンターテイメント小説が最近好きになってきた。現実が嫌いなのだろうか。

おなかがすいてきた。もうすぐ夕飯だ。
2002年02月02日 18時50分37秒

月はじめのゆったり
今日も天気がとてもよかったけど、明日あさってはまたくずれていくみたいだ。しかし、日々春は近づいているのだ。こういうふうに、ときどき後退しながらも、徐々に暖かさに向かって進んでいく感じは好きだ。僕は比較的ぐずぐずしている。くよくよしている。感情の上下左右がとても大きい。あまりそのように見えないらしいけど、そうなのだ。しかし、たぶん僕のたましいはどこか春のようにおめでたい。そのおめでたさは、気分の上下左右とくよくよぐずぐずにはのみこまれない。おめでたさの到着する場所はどこだろう。なんか月のはじめで、気分もゆったり。
2002年02月01日 22時58分52秒

私のホームページへ | Athlete-Olympiaのページへ | メイン | 今すぐ登録