4月の日記

木星の月末
足の裏のマメがいたい。右も左もマメができている。
会社から帰って、靴下を脱ぐと、きのう、水を抜いたはずなのに、またぷくりと膨らんでいる。ふたたび針でプスプスと穴をあける。連休明けまで、走るのは、少し休憩しよう。今日は身体が心地よく重たい。一日仕事を終えて、月末ではあるが、いつもより早く家に帰れた。そして、ごろんと転がったら、そのまま、床に身体がはりついてしまいそうだ。ぐいぐいぐいぐい重力に引きつけられている。木星にでも来たようだ。つまり、くたびれた、月末。

タケノコほりで掘ってきたタケノコで、タケノコごはんをつくってもらった。Qは手づかみでむしゃむしゃとごはんをつかんで食べていた。前世はインド人かもしれない。僕も、インドで指先をつかってごはんをたべるととても幸福な気がした。たぶんぼくらはインド人・・・ナマステ。タケノコはなかなかアクが抜けないみたいで、苦いような気がする。別に、文句を言っているわけではない。です。はい。いつもごはんをつくってくれてありがとう。ありがとう浜村淳です(というラジオ番組が大阪にはある)。眠たくなってきた。

今夜も指輪物語を読もう。今度こそ最後まで読むぞ。
2002年04月30日 20時17分55秒

堺シティマラソン
今年も無事、堺シティマラソン10キロの部、完走した。仁徳天皇陵の周りを、くるくると回った。昨年のタイムは、昨年の日記を見てみると(つけていてよかった)49分37秒だった。今年は、そんなに体調はよくなかった。足にマメがあるし、ヒザは痛いし、右足のカカトも慢性的にずきずきしていた。レースのはじまるまで、あまり気合が入っていなかった。タイムは48分48秒で、昨年よりはちょっとよかった。49分台と48分台の差などというものは、自分以外にはまったく関係のない話ではある。いずれにしてもとっても遅いタイムである。しかし、レースに出て、ばたばたと走って、ゴールする瞬間というのは、気持がいい。走り終わると、ああよかった、来年もまた走ろうと思う。

会場で、新しいランニングシューズを買った。カカトが厚めのシューズで、さっそく履いて歩いたら、右足のカカトのずきずきをよく吸収してくれる。次のレースには万全な体調で望もう。次は11月のフルマラソン・・・・しかし、同じ頃に、和歌山方面でJAZZマラソンというのがあるそうだ。そのチラシを今日もらった。12キロレースで、沿道でいろんなジャズバンドの生演奏が続いているのだそうだ。距離も12キロくらいで走りやすそうだし、こっちもいいなあ、とも思う。川のほとりをひたすら走るフルマラソンは、今現在はそれほど走りたくない気分だ。フルで走るのなら、ホノルルに行きたい。ニューヨークにも行きたい。誰かタダで招待してくれないだろうか。

同じ会社の変人Fさんは、今年は腰痛のため、完走はしたものの、いつもよりは、5分ほど遅い44分台でゴールしたそうだ。しかしいつもとおなじように、はじめからおわりまで、Fさんの姿を見ることはなかった。1度、抜いてみたいな、という気持がちょっとある。今年は、そのちょっと、をもっと、で、がんばっちゃったら、もしかすると、抜けたかもしれない。44分台なら、死ぬ気で走れば、なんとか行けるタイムである。だけど、そういうふうに、Fさんを抜かしたいという気分はちょっとなので、ちょっとであると、死ぬ気にはなれない。ゆっくり走って長生きしたほうがいい。そのうち僕より年上のFさんは徐々に老いていくだろう。最後には僕が勝つのである。ふっふっふ・・・・というような感じの本を読んだ。司馬遼太郎「豊臣家の人々」。最後には肥満にもかかわらず長生きの徳川家康が勝ってしまった。えげつない世界である。

足のマメの数が増えた。ピンでマメに穴をあけて水を抜きつつ、午後、会場の公園で転がって「豊臣家の人々」を読了した。今夜から、10年前から本だなに眠っている、「指輪物語」に再チャレンジしようと思う。ペチカとシュンタは、2.5キロ無事完走したが、ぜんぜん疲れていないようで、せっせと公園の中を走り回っていた。
2002年04月29日 16時59分05秒

タケノコ掘り
今日は、同じ会社の人で、竹林の山を持っている人がいて、その山へ、社員およびその家族30名弱で、タケノコ掘りに行った。竹林の中は日が差さず、とても涼しかった。バーベキューもした。ペチカとシュンタはせっせとタケノコ掘りに精を出し、シュンタにいわせると27個(タケノコを数える単位はこれでよかったかな?)掘ったそうだ。シュンタはすぐに数字を出すのが好きだ。お菓子をわけるときなども、とても慎重で細かくて、神経質なところがある。タケノコを掘りながら、ペチカが「あ、虫!」といった瞬間、クワを放り投げて、ペチカの背中にくっついたりするくせに、すぐ威張る。ペチカもシュンタも元気いっぱいに会社のお姉ちゃんと遊んでいた。

Qは案外、こういうたくさん人のいるところにくると、おとなしくなる。会社のお姉ちゃんにQちゃんQちゃんと、とても呼びやすい名前なので、声をかけられてばかりいたが、そうするととても困った顔してうつむいてしまう。おもしろいくらい困った顔をする。「ところでQちゃんの本当の名前はなんなんですか?」ときかれた。もちろんQはQなのである(本名はアルファベットではないけれど)。だからQである、と、いうと、「マジ!」といわれた。「え!Q!」という人もいる。その「マジ!」は、その「え!」はどういう意味なのだろう・・・。

ペチカとシュンタがせっせと掘ってくれたおかげで、ひと家族あたり7本くらいタケノコが分配された。掘ったばかりのタケノコはとても大きかった。持って帰るのに一苦労だった。だけど家に帰って、皮をむいているうちに小さく小さくなった。これを今夜あくヌキして、食べるのは明日。

明日はマラソン大会。左足の裏にマメができていて、それがつぶれて、固まってきたんだけど、掻いているうちに、ヒリヒリしてきた。・・・・。とにかく走ってこよう。
2002年04月28日 19時58分20秒

びびるシュンタと図太いQ
あさっての、マラソン大会に向けて、まずひとりで走ったあと、もう一度、シュンタを連れて、近所のため池コースを1周した。1キロちょっとぐらいだろうか。シュンタの本番は2.5キロである。ペチカは2週間前に、3キロを1度走ったし、昨日は社会見学で、40分くらい歩いたそうなので、なんとかなりそうだけど、シュンタは去年の12月に学校の800m走大会を走って以来、なにもしていない。1度くらいは事前に走っておいたほうがよいのではないかと思い、たらたらとふたりで走った。

池のまわりの畑のあぜ道を走っていたら、種類はよくわからないけど、大人の親指くらいの大きさの巨大なハチ(?)がぶんぶん飛んできて、大の虫嫌いのシュンタのまわりをまわり出した。シュンタはカチコチに固まって、泣く寸前のとても情けない顔をして「おとうしゃんこわい〜」と赤ちゃんコトバになって今にもしりもちをつきそうになっていた。ハチは固まったシュンタのまわりをしばらくぐるぐるまわっていたが、やがて、ぶーんと遠くへ飛んでいった。

「泣きそうになったことはぜったい誰にも言ったらだめだよ」とシュンタは言った。でもうちに帰ると、ひとりでハチの遭遇事件についてぺちゃくちゃしゃべっていた。よくしゃべる。どうしてこんなにおしゃべりなのだろう。誰に似たのだろう。

休みの日は、少し転がると、すぐ眠くなる。今日は午前中いつもよりたくさん走ったので、心身ともに心地よくくたびれている。転がっていると、Qがよじ登って、ぼんぼん、おなかの上で跳ねる。今日は、夕方、子供の部屋の2段ベッドの下の段で転がっていたら、またQがきた。ボンボンといいながら、僕のおなかによじのぼり、跳ねあがろうとしたら、Qは上の段のベッドの底に思いきり、頭をぶつけた。ごん、と音がしたけど、知らん顔していたら、少し不機嫌な顔であたまをさすっていた。泣かない。オニのお面もまったくこわがらなくなり、こないだお面をかぶって、ばあ、といったら、とことことこと部屋のすみにいって、積み木をひろってくると、おもいきり積み木を投げつけられた。
2002年04月27日 19時46分42秒

夜道を歩いて帰った。
新入社員の歓迎会があった。ひさしぶりにビールを飲んだ。目が回った。今夜も冷たい風が吹く夜だ。夜道を歩く。雲が走っていて、その向こうの満月がとても明るかった。今日は電車通勤で、駅から家までの間の夜道をふらりふらりと歩いたら、だんだん回る目玉は落ちついて、意識が澄み渡り、心地がよい。

スナネズミのすーちゃんは春になって、毛が抜け変わったのだろうか。からだが細長くなったような気がする。毛並みもモコモコ感がなくなった。とってもしなやかな感じだ。すーちゃんは昼間、Qにおそわれないよう、本だなの上の、大人でないと手が届かない場所に、カゴを置いている。

この前、昼間、妻が近所のお母さんたちを、うちへ連れてきた時、本だなの上のほうで、何物かがごそごそ、ごそごそ、と音をたてていたので、びっくりされたらしい。イヤ、何?なんかおるの?そこで妻は、すーちゃんのカゴを本だなから、おろした。これは、スナネズミという動物で、と、解説をしようとしたら、イヤ、何これ、気持悪い、ただのネズミやん!なんでネズミなんてわざわざ飼うん!と、さんざん気持悪がられたようだ。妻も本当は動物はあまり好きではない。しかし、すーちゃんが侮辱されるのは、なんとも、腹立たしかった、と言った。たまにはいいところがある。

あいかわらず慣れないけれども、今スリムなすーちゃんはひとりで、せっせとサランラップの芯をかじっている。これは、トイレットペーパーの芯より固いので、かみごたえがあるみたいで、何日も何日もかけてゆっくりかじっている。たしかに、毛並みも月並みなノーマル茶色で、とってもふつうなネズミっぽい。でも、かわいいけどな。そうでもないかな。と、カメラを構えたら、またまた、さっと巣箱に隠れた。

今週も無事終わった。あしたから3連休だ。
2002年04月26日 23時05分29秒

ういーんと木曜
昨日は蒸し暑かったのに、朝から風の吹く、すずしい一日。昨日夜中雨が降っていたので、今朝は雨だろうと思ったら、晴れていた。晴れていたが、ぐっすり眠った。今週は火曜日だけしか走っていない。日が暮れると、肌寒いくらいだった。寒いのではなく、肌寒いくらいの風の吹く夜。心地よい。右足の裏がずっと痛い。29日の本番まで、もうあんまり走らないようにしておこう。

今日は会社の新しい営業車がきた。丸4年間で18万キロ乗っていた前の営業車とサヨナラした。今度の新車は、パワーウインドウだ。今までは、手動でくるくるまわしながら、窓をあけて高速料金を払っていたが、今度はういーんと窓を下げて、軽やかに高速料金を支払えるのだ、ういーんと窓を下げてガソリンスタンドで「レギュラー満タンね」といえるのだ。・・・小さな幸せ、である。今日は気候がすずしかったので、助手席の窓もういーんと下げて、風を入れて走った。

Qは夕方から夕飯も食わずに眠ってしまったそうだ。現在9時半だが、まだずっと眠っている。
たぶん夜中に起きてあばれだすのではないか。

今この時間、静かな夜。小さな幸せ、である。今夜は覚悟しよう。

あしたもゆっくり起きよう。
2002年04月25日 21時32分29秒

蒸し暑さのはじまりの一日
早く帰宅する。今日は、じわじわと暑い一日だった。日中、仕事をしていて、汗が出た。別に肉体労働をしたわけではないけど、じわじわと汗が出た。冷や汗ではない、と思う。暑い一日。暑さのはじまりの一日。

司馬遼太郎、「豊臣家の人々」(角川文庫)を読みはじめる。しばらく前に買って読んでない本。そういう本がいっぱいある。

このへんの時代(戦国時代〜安土桃山時代)のおおよそのスジはわかっている、わかっているけど、いろんな人がいろいろ書いていておもしろい。人間関係のこみいっているところなど、とっても会社的である。別に僕は戦国大名ではないが、身につまされるようなところもある。歴史小説を読んで、そんなふうに誇大妄想的に身につまされた気分になったりして、ふと、とてもオッサンになってしまっている自分に気づく。そして現実にオッサンなのである。といっても、そんな読んでいるわけではない。

まだまだ、ヤング、な、私である。

「今ナウなヤングに大ウケなナイスなプレゼント用品がいっぱい」

という古い看板が近所の通りにひっそりと立てかけてある。でも看板はあってもその看板が指し示すお店がどこにあるかなぞなのだ。

蒸し暑い。季節はまわる。今夜も、ららら♪
2002年04月24日 21時32分39秒

筋肉痛が深まる火曜日
日曜日のスケートの筋肉痛が深まっていく。今朝は月曜の朝よりも腰から下が、ぎくしゃくしていた。先週の日曜日は12キロを全力で走ってやはり週のはじめはぎくしゃくとした肉体だった。ぎくしゃくジョギング。このぎくしゃくの繰り返しで、足腰は丈夫になるのだろうか。それともどんどん摩滅していくのだろうか。

昨日の朝は走らなかった。今朝のジョギングは、日曜の「スケート感」が残っている。走り出したら、ねぼけた僕の現実の中においては、道路をすいーすいーとすべるような気分で走った。筋肉痛でもすべっている。

来週の月曜は、10キロマラソン大会だ。体重はたぶん、今回4回目出場だが、一番軽いと思う。しかし、年々体力が落ちているような気もする。筋肉痛が深まっている。深まる痛みに、目覚める筋肉、である(意味不明)。とにかく来週月曜、久々に10キロマラソン大会出場。古墳のまわりをくるくるまわる。すいーすいーと走ろう。

去年の今ごろも、こんなことを書いていた。「29日はマラソン大会。子供ふたりは2.5キロ
僕は10キロ走ります。 」いつのまにか一年続いた。おめでとう。ありがとう。

そして赤ん坊は泣いていた。今夜のQも病みあがりのせいかぐずぐずと泣いていて、なかなか眠らなかった。眠れないと、布団上を寝転がりながらぐるんぐるんと大回転。一年前から比べて、かなりパワフルになった。

僕の日記もくるくるまわる。

いつかはどこかへたどりつくのでしょうか。

歌みたいだ。ららら♪
2002年04月23日 22時42分37秒

まわるQ
Qが元気になった。僕が会社から帰ってきてから、Qはずっと部屋じゅうをぶっぶうぶっぶう言いながら、走りまわっていた。Qは何か中心点を見つけるのが好きだ。おもちゃを足下に置くと、そのおもちゃのまわりをぶっぶうぶっぶうと言いながらくるくるまわる。数学が得意な子になるかもしれない。なにかというとくるくるまわっている。ときどき、壁にごちんとぶつかる。ぶつかっても、泣かない。しばらく、困った顔をしているが、すぐに復活してぶっぶうぶっぶう。さっきまで、まわってた。布団で横になった僕を中心にして、ぐるぐるごろごろまわって、いつのまにかストンと眠った。

今日はよく晴れた一日だった。朝から、いくつか、仕事場で、問題のある出来事があったが、しかし問題に対しては、正面突破に限るのでござる。無事切りぬける。昨日「ポジティブ宣言」を読み終わる。心のコントロール方法について、参考になった。週の初めも、おかげで、スッキリといけた。以前僕は「禁煙セラピー」(アレン・カー著、KKベストセラーズ)という本を読んで、タバコをすぱっとやめることができた。「ポジティブ宣言」を読んで、この本のことも思い出した。自分の心をコントロールするアイデアの書かれた本、というのは、本屋へいけば、めがまわるほどいろいろあって、ありすぎるくらいだが、たまに疲労を感じたときに読むといい。しかし、あんまりしょっちゅう他人のアドバイスばかりを読んでいると、逆に疲れてしまうが。

ところで、歌手のaiko(ファンです)も、「禁煙セラピー」を読んでタバコをやめたそうだ。あの本は名著であると思う。心理学的エッセイとして読んでもとてもおもしろい。
2002年04月22日 22時08分16秒

スケートの日曜
ペチカとシュンタを連れて、近所のスケート場へ行く。生協で買った前売り券が3枚あったのだ。この前売り券はこの前もあった。この前(2ヶ月くらい前)は、この前売り券を持って、スケートリンクへ行った時、なぜか受付が無人で素通りすることができて、貸靴カウンターでも、前売り券を見せただけで、靴を貸してくれた。だからスケートが終わったあとも、前売り券は手付かずのまま残った。

この前売り券は何度も何度も使えるパスポートのような前売り券なのだろうかと思ったら、ちがうみたいだ。近所の人が同じくこの前売り券を持ってスケートリンクへ行った時は、きちんと受付で、入場券と貸靴券と交換して、一回きりの利用をしたそうだ。僕は悪くはない。素通りできた無人の受付が悪いのだ。貸靴カウンターのいい加減なバイトくんが悪いのだ。だから、われわれは今日も同じ前売り券を持ってスケート場へ行った。

受付には今日は、きちんと女の子がすわっていて、前売り券を見せたら、残念ながら今回は、入場券と貸靴券に交換されてしまった。しかし貸靴カウンターには、バイトくんがいないのだ。5分待っても誰もいない。受付の女の子に、そのことを告げに行って、カウンターバイトくんを捜してもらったところ、バイトくんは、仕事をさぼってスケートリンクでせっせと滑っていたのだ。なんというか非常にユルいスケート場である。

スケート場は空いていた。春になって、わざわざ氷の上を滑ろうと思う人もあんまりいないのだと思う(このスケート場も、ゴールデンウイークが終わると、冬までお休みになる)。今日は曇りで時々ぽつぽつと雨が降っているような天気だったからこそ、われわれも、来たようなもので、もし晴れていたら、行こうという考えも浮かばなかっただろう。空いていたので、僕は黙々と休みなしに1時間40分ほどぐるぐる滑った。3回転んだ。しかし、靴ズレはできなかった。ペチカは57周、シュンタは54周、したそうだ。僕は数えていなかったけど、たぶんふたりよりもたくさん回ったから63周くらいまわったということにしておこう。ふとももが軽く張っている。いい運動をした。

Qは目覚めると食欲は旺盛だ。よく食べる。そして食べたら、ひたすら眠っている。Qがおとなしいと静かな週末だ。いつもこれくらい静かだったら・・・・いや、やっぱりにぎやかなほうがいいと思う。
2002年04月21日 18時28分26秒

寝こむQ
Qは朝からずっと眠っている。時々、ちゃんと生きてるのかどうか心配になるくらいだ。身体を触ると暖かい。暖かいというか、ちょっと熱があって熱い。すーすーと寝息をたてている。午前中、妻が病院につれていったら、吐き気がおさまったから、こんどは熱やな、よしよし、と先生にいわれたそうだ。よしよし、だから、たぶんよしよし、なのだと思う。こないだペチカが熱を出したときも、一日ずーっと眠っていて、元気になった。Qも今晩いっぱいよく寝たら、元気になるだろう。

僕も午後ずっと眠かった、頭をはっきりさせたいのに、もやがかかっているみたいにはっきりしない。からだの輪郭がぼやけてきてしまうみたいだ。何か悪い病気にでもなったのだろうか、と心配になるが、よく考えたら、今朝はまたくしゃみと鼻水が止まらなかったので、会社からくすねてきた鼻炎のクスリを飲んだのだ。そのせいで鼻水はおさまったけど、世界がぼんやりしているのだ。原因がわかったら、急に元気になった。しかし、くもりの日にはいつも鼻炎になる。困ったものだ。

「ポジティブ宣言」続きを眠るQの横で読む。この本は、ページごとに格言みたいなのが書いてある。適当にページをめくって、その格言だけ読んでも、おもしろい。

こんなのがあった。

「いつもいうことですが、日記をつけ続けなさい。そうしたら、いつか日記のほうが、あなたを支えてくれるでしょう。(Mae West)」Mae Westさんとはいかなる人か知らないが、なかなかいいことを言う。

「心から真実にーあなた自身を笑うことができた日に、あなたは成長する。(Ethel Barrymore)」
Ethel Barrymoreさんとはいかなる人か知らないがなかなかいいことを言う。

と、ここまで書いたところで、Qが起きてきた。真っ赤な顔してトコトコ歩き出した。よかった。生きている。
2002年04月20日 17時23分13秒

少し調子の悪いQ
今日は6時に目がさめた。晴れたいい朝だった。比較的軽快に走ったように思う。そう、なにごとも、ポジティブに捉えていこう。「ポジティブ宣言」(ジョン・ロジャー&ピーター・マクウイリアムズ・著、井辻朱美・訳、VOICE刊)という本を読み始める。昨日寝る前に読みはじめて、なかなかおもしろい。僕は傾向としてものごとを悪いほうにばかり考える。小さなしょうもないことがつみかさなって、そういうしょうもないことが、なだれとなって押し寄せてくる恐怖にさいなまれている。こういう少し気恥ずかしいタイトルの本を立ち読みして、ブックオフで100円だからといって、買ってしまう僕は傾向として疲労している。しかし、まだ読み始めたばかりだけど、おもしろい本だ。元気がでてくる。僕自身の性格上の欠点を的確に述べられているみたいで、それが、第三者的に見えてきて、おかしい。アメリカ人って、前向きだなあ。日常の一見深刻めいた、こまごまとしたことは、たいてい笑い飛ばしたらいいのだ。そういうことをときどき忘れる。

Qが朝から、少し調子が悪い。ゲロをするQなんて、はじめて見た。1度口に入れたものは絶対吐き出さない子なのだ。熱はないけど、くた、っとしている。おなかをさすって、「ぽんぽん、いたいいたい、ばいばーい!」と、さすったおなかの痛みを天井にほうり投げてやった。Qもへらっと笑ってばいばーいといった。はやく元気になってほしい。
2002年04月19日 22時07分33秒

ねむいねむい
火、水、と雨のため、朝のジョギングはしなかった。昨夜に雨はやんでいたから、今朝は、6時起きして走ろうと思ったが、目覚ましを確かに6時にセットしたはずなのに、無意識のうちに目覚ましをOFFにしていたらしくて、しっかり7時起床。眠い眠い。いつも眠い。明日は起きられるだろうか。今日は、一日、会社の某氏を営業車助手席に乗せ一日同行。この人は60過ぎの嘱託社員だが、趣味はマラソン。毎朝5時起きで、1時間半くらい走っているらしい。フルマラソンやハーフマラソンのタイムを聞くと僕よりかなり早い。なんとなく、くやしい。くやしいけど、ねむい最近は、たらたらと限りなくウオーキングに近いジョギングだ。

今日は仕事中、何度も携帯電話が鳴る。電話は鳴るし、横に人を乗せてるし、ひじょうに疲労した。夕方帰社途中、某氏を最寄の駅に降ろし、ひとりになって、某所の道の駅の駐車場にクルマをとめたら、すーっと30分くらい眠ってしまった。眠い眠い。眠い時は眠るのだ。

「銃・病原菌・鉄」読了する。これを夜中おそくまで読んでいたので朝がつらかった。毎日はとてもちまちまとして、ちまちまを忘れさせるような本は好きだ。でも、ちょっと頭がくたびれた。

あしたはおきられるかな。
2002年04月18日 22時10分40秒

寝るQ
いつもたいてい、なにごともなくまっすぐ帰宅すると、Qとフロに入って、それから、ふたりで布団に転がる。上のふたりの子供たちは各自子供の部屋で眠る。妻はそのあいだ洗物などをしている。僕は子育てに貢献している。転がるうちにQはすやすやと眠る。でも最近は、いっしょに転がっていると、ごろんごろん部屋じゅうをころがって、ころがる自分がうれしいのか、ころがっているうちに、きゃっきゃとよろんでごきげんになる。ごきげんなQはおもしろいので、つい、そんなQを観察してしまい、目があってしまったりすると、今度は、ぼんぼん、と体当たりしてくる。なかなか寝ない。僕はあわてて忍者のように、気配を殺し、じっと、布団の上で布団と一体化して寝転ぶ。なにがなんでもQを無視する。そう、僕はそこにはいないのだ。何度も体当たりしても反応がないとQは、ねんねえ、ねんねえ、とうたうようにつぶやきながらまたごろごろ部屋中をころがりながら、そのうち眠る。
2002年04月17日 22時35分39秒

暗い性格
毎週火曜日の夜、シュンタは近所の公民館で空手を習っている。今日、仕事が終わったのが、ちょうどいい時間だったので、帰りにシュンタを迎えにいく。ひとりだけまだ空手着ではなくてTシャツ姿のシュンタは、ニコニコしながら、元気に、ほかの10人くらいの子供たちといっしょに、エイヤと足をけりあげていた。僕は筋金入りに運動神経が鈍いので、こうやってみんなで、同じ動作をすると、たとえ、ラジオ体操のような簡単なものでも、微妙にずれてしまう。シュンタは大丈夫だろうか。うん。なかなかカッコよかった。

シュンタは顔は八の字まゆげでおもしろい顔をしているが、スタイルはなかなかいいと思う。僕もできれば子供の頃、シュンタのような体格だったら、もうすこし、人生を明るく捉えることができたのになあと思う。

僕はとってもまるまるとしていた。まるまるとしていて、なにかと、微妙にずれていた。ずれないようにいっしょうけんめい努力するつもりなのに、ずれていく。いろいろなことに自信をなくして、大人になってからも、微妙にクラい性格を引きずっている。子供たちを見ていると、時々必要以上に、いろいろ心配する。ちゃんと、学校でみんなとなかよくしてるのかな、だれかに、イヤなことされたりしてないかな。いろいろ心配する。どうしてそういうクラい傾向ばかり心配するのだろう。

そういうこと心配になったりしたことないか?と妻にきいたら、「ない」とはっきり言われた。

とてもえらいなあ、と思う。見習うところがたくさんある。えらいえらい。そういう、僕とはまったく性格のかけはなれた人だからこそ、僕のような性格の人間と結婚したのだと思う。妻も僕からきっと学ぶところがたくさんあると思うので、しっかり愛と感謝と底無し沼のような深い深い謙遜の気持をこめて、僕から学んでほしいものだ。
2002年04月16日 22時27分27秒

沈む心地よさ
昨日公園で、いつもよりペースを上げて走ったせいで、今朝は久々に筋肉痛になってしまった。それから左足の後ろにマメができている。ギクシャクしたからだで、早朝ジョギング。曇りの朝。今朝から、ウインドブレーカーをようやく脱いで、Tシャツで走る。多少、朝は肌寒い。

ため池の中に、プカプカと大きなアカミミガメ(ミドリガメ)が浮いていた。うちのアカミミガメはやはり飼育している入れ物が小さいせいなのか、飼って7年目だけど、池でプカプカ泳いでいるアカミミガメとくらべるとずっと小さい。大人の手のひらよりひとまわり小さいくらいの大きさ。でもため池のアカミミガメはみんな小さな洗面器ぐらいの大きさだ。背中も丸く盛り上がって、かっこいい。うちのももっと大きくなったらいいのにな、と思う。

昼になると天気はくもりだけどじわじわと蒸し暑かった。からだがだるく重たくて、ずぶずぶと沈む感じで落ちついて心地よい。いろいろな感覚にから心地よさを引き出すことを僕は日々学んでいるのである。
2002年04月15日 21時49分42秒

楽しい昼寝
今日は家族で自転車に乗って近所の大きな公園に行く。29日のマラソン大会に向け1周3キロのこの公園の外周コースを走る。ペチカもシュンタも2.5キロ部門に申し込みをしたので、1周だけでもいっしょに走らせようとしたが、シュンタはかかとが痛いとか、いろいろ言い訳してしまいにはベソまでかいて走らなかった。しかし、ペチカとはいっしょに1周の途中まで走った。はじめの1.5キロくらいはペチカのほうがペースが早かった。いっしょに走るのが少ししんどかった。たぶんもうすぐ僕より早くなるだろう。でも身体があたたまってきたので、ペチカと(自転車で伴走していた)妻とQを置きざりにして、ひとりで先に走って、4周計12キロ走った。まだまだペチカには負けないのだ。

公園にはペチカのともだちがいて、午後は、子供たちは勝手に遊んでいた。妻もペチカの友達のお母さんと一緒だったので、僕はQといっしょに、公園でごろごろと昼寝をした。目を閉じて春の日の下で転がる。風も気持いい。目を閉じて、目をあけたら、いままでのことがすべて夢で、子供の僕がどこかの原っぱで昼寝から目をさますのだ。そういうことをよく考える。現実がイヤなのかもしれない。しかしイヤンイヤンとはQのようには言えないのである。

目を閉じて目をあける。でも、こうやって、目をあけた僕は、本当にさっきまでの僕なのだろうか。さっきまでの僕の記憶はもちろんある。だけど、こうやって、目をあけた僕がさっきまでの僕とは限らないだろう。もしかしたら、目をあける前は、僕はずっと未来の死にかけたおじいさんで、そのおじいさんの僕が、イマワの際に30代の僕を回想して、すーっと意識が遠のいて、今、その30代の僕そのものとして、30代のその記憶全部ひっくるめたかたちで(そのかわり死にかけたおじいさんの記憶をすべてなくして)、目をさましたかもしれないではないか。

あるいは僕は、どこかの宇宙の果てで、ついさっき滅亡した星の住民のひとりなのかもしれない。ついさっき死んだその宇宙人は、気がつけば、今日この公園で昼寝する僕として、その昼寝している僕のすべての記憶をひっくるめたかたちで、(そのかわり宇宙人としての記憶をすべてなくして)、目をさましたのかもしれない。

さっきの僕が、今の僕と同じとは限らないぞ。もし僕がさっきまでずっと未来の老人だったら、どこかの滅亡した星の宇宙人だったら、こうやって、平和に昼寝する春の日曜の午後は、なんて新鮮で可能性に満ちた目覚めだろう。なにもイヤンイヤンになることはないではないか。今、こうして、僕は瞬間ごとにに新たに生まれ変わっている。ここはつねに、可能性に満ちた新鮮な世界だ。と、いろいろ空想した。昼寝は楽しい。
2002年04月14日 18時57分35秒

突進Qの小さな恐怖
先週の日曜日、見れなかった「ワンピース」の映画が、別の映画館でやっていた。今朝は休みだけど、7時過ぎに起きて(いつもはもうすこしゆっくり起きる)、29日にそなえて少し走り、朝食後シュンタとふたりで、その映画館へいく。全席指定の泉北ヴァージンシネマズ。無事上映していた。前売り券を指定席券に交換して、シュンタを映画館内に放りこんで、午前中は駐車場に止めたクルマの中で、「銃・病原菌・鉄」の続きを読む。ここ1万3000年くらいの間の人類史。「ほんの数千年で、食料生産が普及し」、とか、そういう感じの、壮大な記述がとても好きだ。それから途中昼寝。

シュンタはものすごくよろこんでいた。映画館から出てきたシュンタはニコニコ顔で、「おとうさん、ワンピースおもしろかったあ!」と言って、心から満足していたようだ。帰りのクルマの中で、ずっとワンピースの話ばかりしていた。これだけよろこんでもらうと、見せてやった甲斐がある。

昼からはクルマの無料1ヶ月点検。ひとりで、クルマ屋に行って、点検してもらう。待っている30分くらい、またまた読書がすすむ。クルマも黄砂で汚れていたのだが、きれいに洗車をしてもらった。

本を読むのは、とても好きだけど、読むのが遅いし、家にいると、諸般の事情で、なかなか読み進まない。スキを見ては、Qが突進してくるのだ。しかし突進Qは、きのう、おもちゃ箱の奥から出てきた鬼のお面(節分の時に買った豆まき用のマメのおまけ)がとてもこわい。

きのう、Qがおもちゃ箱をひっかきまわしていて、箱の奥から、そのお面が出たとき、Qは目をみはり、のけぞって、しりもちをついた。わりと鈍感な子なので、たいてい何があっても動じず、転んでも泣かない。ごくまれに、食べ物にまつわることで、お菓子をにいちゃんに取られたとか、そういうことで泣くことはある。そんなQでも、鬼のお面はそうとう、こわいみたいだ。ペチカがおもしろがって、そのお面をかぶって、Qを追いまわしたら、しばらくQはお面をとったあとのペチカに、近づこうとしなかった。イヤンイヤン、とオカマ的な声を出して、すみの壁にはりついていた。

その恐怖は今日も続いていて、僕は「恐怖はそれに立ち向かうことではじめて克服できるのである」という教育的信念を持って、あえて心を鬼にして鬼のお面をかぶってQを追いかけまわした。Qはイヤンイヤンと逃げ回っている。Qもまだまだ、赤ん坊、である。

僕は鬼のお面を傍らに置き、夕方のひととき静かに読書に励めた。そういうフリをしながら、Qが恐怖を克服し、父に突進してくる日を待っているのである。星一徹、な気分である。。


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2月の節分の時はちっともこわがられていなかったのに・・・少し悲しいアカオニお面
2002年04月13日 18時26分40秒

日々新しい。
昨日の雨のせいで、今日はすっきり晴れた。きのうの時点で、すでに鼻水と目のかゆみはおさまりつつあった。昨夜は出張だったので、夜ホテルにこもって、新しい本を読みはじめ(ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳、「銃・病原菌・鉄」草思社刊)、それからぐっすり眠った。今朝は目がさめたときから、すっきりしていた。世界が新しく生まれたような一日だ。

いつだって世界は新しく生まれている。それに気づいていない。こうした、目のかゆみ、といった些細なこととの格闘における、小さな勝利の中で、日々新しい世界に気づくのである。何事もムダではないのである。日々転んでもただでは起きないことを心掛けよう。

今月末の堺シティマラソン、妻が申しこみをしておいてくれた。僕は10キロの部、ペチカとシュンタは2.5キロの部に出場する。
2002年04月12日 22時35分20秒

黄砂は続く
今日は会社を半休して耳鼻科へいこうかと思ったほど朝からやはり鼻水と目のかゆみがとまらなかった。でも熱は平熱。かぜではない。くしゃみを連発しつつ早朝ジョギング。一日休むと、足腰の痛みがおさまった。結局医者には行かずに出社。医者へ行ったところで、すぐにこの体調が回復するわけでもないし。気持の悪いだけで、それをがまんすれば、死ぬわけではない。

空がぼんやりとしていた。遠くの山の輪郭がはっきりわからない。気持悪く中途半端に晴れている。砂でいっぱいの空。

僕は毎朝晴れていれば自転車に乗る。自転車で走る道路と並行に電車の線路が走っている。電車の窓から、近所のその電車を利用するはたらくお母さんが、朝空を見上げて鼻水に苦しんでいる僕を目撃していたらしい。僕はよく目撃される。僕はよくいろいろなところで目撃されているらしい。よくぺたぺた走っているすがたも見知らぬ奥さんに見られていて、そういう人たちは僕には声をかけずに、おたくのダンナさん見たでえ、と律儀に妻に報告しているらしい。・・・そういう人たちは僕のことが好きなのだろうか。うーんこまってシマウマ。好きなら好きと直接いってくれりゃあいいのにな。

明日は、出張のため、日記はお休み。
2002年04月10日 22時33分10秒

黄砂のせいなのか。
雨降りだったので電車通勤。ついに、妖星伝、読了。読んでいる途中、正直なところ、あんまりにも殺伐とした内容であったので何度も、もうやめようかな、と思ったのだけど、最後まで読み終えたのがうれしい。結局、みんな死んでしまったのである。人類も、滅亡して、なにか、違う種類に進化して。しかし宇宙の真実がどうであれ、人類の行く末を見てしまったあとを生きた一揆侍栗山定十郎のように、生きていきたいものだと思った。「だが、その卑小さを知り、宇宙の巨大であることを知ってはいても、人として生きていくより他に何のすべも持たない。・・・・命がなぜ生じ、何物の手によって育てられ、それを知ったところで、結局は他人と同じように生き、そして死ぬだけだ」「俺は判ったよ、ここは天下の、いや、宇宙の中心だったのだ。俺もお前も、世の中の片隅でひっそりと生きてきたつもりだったが、結局は俺たちが宇宙の中心だったのさ。ひとりひとりが、めいめいの宇宙のまん中にいるのだ・・・」という言葉をこころにとめる。しかし、壮大な作品だった。壮大すぎて、時々未成熟な意識のために、ときどき僕の精神は存在をやめた。肉体の反応だけで、しばしば、意識は消えている。そういう地球人類の現行の意識の限界についても第7部でのべられていた。進化した知性存在になるのはどうしたらいいのだろう。知性だけで存在するありようについて想像すると胸がときめく。しかし知性存在には胸はないだろう。そういうことを想像する、この想像の力・・・は、光よりはやい。宇宙というのは実に不思議だ。夜空のむこうに、宇宙はあるのである。それなのに、日々僕は子供とフロはいったり、阪神ー広島戦みたりしているのである。実に不思議だ。いろいまとまりなくつぶやく妖星伝、読了後、である。

いろいろつぶやいているが、このところの気候の変動が激しいせいか、体調がおかしい。熱はないけど、くしゃみ鼻水、目のかゆみ、それから寝起きに足腰が痛い。くしゃみ鼻水目のかゆみ、これは、なんだ。ついに花粉症になったのか。いちにちじゅう顔面がシュワシュワして、気分が悪い。中国から流れてくる黄砂のせいか。白い営業車はこのところつねに、黄色く汚れている。なにかその黄色い成分にろくでもないものがまざっていて、僕の肉体は侵されているのであろうか。今日は一日すごくつらかった。ここ3日ほどずっとしんどい。

しんどいけど、そういうことはいわずに黙って生きていくのである。充分黙っていないが。
2002年04月09日 22時43分57秒

席替え
会社で席替えがあった。
今度新人の女子社員が2名入ってくるのだ。
机を運んで、がたがたがた。
机の下にはいろいろフクザツな配線があった。
年々、いろいろな配線が増えている。
家に帰って、子供とフロに入った。
今日から新学期、いろいろ楽しくてしかたがない
みたいだ。

「おとうさんは今日、会社どうだった?」
とペチカがきいた。
「今日は席替えしたよ」、
と僕はいった。
「え?席替え〜!ええなあ。」ペチカは心からうらや
ましそうに言った。
「どうやって席替えしたん?クジ引き?」
・・・・そういうふうに決めるのもなかなか
おもしろそうだ。

だけど会社の席替えでクジを引いて誰がとなりになる
のかなあ、とかいう胸のときめきは、ない。

小学校3年生の時、へんな席替えのしかたをした
のを覚えている。
まず、男子が全員校庭に出る。
それから、しばらくして女子がわーっと出てきて、
となりの席に座ってほしい男子をつかまえる。
鬼ごっこ席替え。

だれにも追いかけられない男子はとてもかわいそうだと
思うのだけど、たしか僕は無事つかまえられた。
でもあんまし好きな子につかまったのではなかった。
それがすごく残念だったことを断片的に覚えている。
しかし今思えば、誰であれ、つかまえてもらったことに
深く感謝するべきだろう。
(もはや誰もつかまえてくれない。)

小学校ってへんなとこだ。
2002年04月08日 22時11分05秒

ワンピース、ジャンケン、栗山定十郎の運命は・・・
シュンタがワンピースというアニメが大好きなので、妻が、映画版ワンピースの前売り券を、シュンタの分一枚だけ生協で購入していた。春休みは今日で終わりなので、子供たちにその映画を見せにつれていくことになった。妻と僕の、どちらが子供たちを映画館に連れていくか、が問題になった。僕はQと留守番していたかった。長い長い小説の「妖星伝」がいよいよ7部中第6部に突入して、一揆侍栗山定十郎の運命がすごく気になっている。ごろごろとお昼寝タイムのQの横で、本を読んですごしたかった。

妻は、ペチカとシュンタを連れていったあと、2時間ほど好きに買い物でもしていればいいのではないか、と僕は思った。しかし妻もせっかくの日曜日なので、出歩かないでお昼寝タイムのQの横で、ごろごろテレビを見てすごしたいという。

「いや、わたしは決してあなたがごろごろと本を読んでいるのと同じようにテレビをみているのではない」

と妻は言った。妻が家にいるほうが、こまごまといろいろ落ちついて片付けができるから、都合がいいし、合理的であるとの見解を示した。僕はただごろごろするだけで、終わってしまう。ごろごろするだけで終わられては、外出して帰ってきたときにとても、みんながいい気持がしないというようなことを言われた。

僕は、そうじも洗濯のとりこみも、お米を洗うのも、Qのおしめも替えるのも、なんでもするので頼むから、留守番させてほしいといったけど、妻もゆずらない。

そうだ、ジャンケンをしよう。

僕たちは、日本シリーズ的ジャンケンをした。先に4回勝ったほうが、留守番するのだ。はじめは2回連続で妻が勝った。しかし、次に2回続けて僕が勝った。われわれは、きゃあきゃあいいながら、真剣にジャンケンをした。ペチカはやめて!ジャンケンくらいでケンカしちゃあかん、となにかかんちがいして、泣きそうな顔で叫んでいた。

ジャンケンは3勝3敗までもつれこみ、最終的に・・・・僕は負けた。負けたけどジャンケンはおもしろかった。なぜかとても、盛り上がった。これから夫婦でもめごとがおこったら、必ずジャンケンをしようと思った。僕はとてもさわやかな気分になって、ペチカとシュンタを連れて、ワンピースを見に行った。

ワンピースの3回目の上映時間は2時半のはずだった。しかし、映画館にいくと、ワンピースは、午前の部の、2回しか上映していなかった。3回目の時間は4月になってからは、トム・クルーズの「バニラスカイ」という映画に変わっていた。そしてワンピースは今日の第2回目の上映で終了。つまりわれわれは結局映画を見ることができなかった。シュンタはさめざめと映画館の前で泣きはじめた。

「せっかくお母さんが、ヒック(しゃくりあげている)、生協さんで、買ってくれたのに、ヒック、見れなくて、悲しい、ヒック、ヒック」

と泣いていた。なんだかとっても悲しそうな泣き方だった。べつにそんなに見たくもなくて、一応いっしょについてきたペチカが、そんなん泣いてもしゃあないやろ、いつまでもメソメソするな、とシュンタに母親そっくりな口調で言うと、ペチカに命令されるのが大嫌いなシュンタはペチカとケンカをはじめてしまった。

けっきょく、マンガのワンピースの1巻と2巻、それからペチカの少女マンガの雑誌を1冊買って、うちに帰った。今ペチカとシュンタはとてもご機嫌にマンガを読んでいる。立ち直りが早い。

ということで、妖星伝、続きを読む。
2002年04月07日 16時14分15秒

野良ガメの運命は。
午前中は、出勤。
午後から、生暖かい雨がポツポツと降っていた。
夕方にポツポツ降っている雨の中を走った。
雨にぬれた植物の匂いが走っていて心地よかった。

走るコース中にある、ため池のひとつは、去年、ため
池一面にホテイアオイがびっしりと生えた。秋口には
紫色の花が一面に咲いて、そのまま、枯れた。

枯れたまま、春が来て、枯れた葉っぱがどろりと腐って、
ため池がとてもくさくなっている。このまま暑くなって
きたら、ますますくさくなりそうだ。それとも、またホテ
イアオイが生えてくるのだろうか。

このくさい池の中にはたくさんの野良ガメがいたはずだが、
どこかへ移動してしまったのだろうか。ときどき、道路を
大きな野良ガメが歩いていることがある。去年はミゾに
はまって動けなくなっているのを一匹拾って、保護した。
保護して、現在くさくなっている池に放したのだ。あのカメ
はどうしただろうか。

なまあたたかい雨の中でいろいろな匂いがした。

夕食前に走ると、とてもおなかがすいて、よく食べた。
2002年04月06日 19時25分59秒

くらやみのなかで
今日は、また夜に飲み会があるという話であったが、諸般の事情で中止になった。早く帰ってきたが、ばたばたとあわただしく、Qも寝ない。さっきQと暗やみの中で転がってやっと寝かしつけた。寝かしつけたら10時過ぎだった。暗やみの中でバアというQもかわいい。しかし、おれはなにをしているのだろうと、なぜかイライラしてくる自分が心の中にもうひとり別にいる。くらやみの中でいろいろ思いをめぐらす。思いをめぐらし、めぐらす思いがうずになって縮こまり、とても不機嫌な気分になってきそうなので、深呼吸をする。僕が深呼吸をすると闇の中でQはバア?といった。オバQの弟のO次郎みたいだ、O次郎はいつでもどこでもバケラッタバケラッタといっていた。Qもいつでもどこでも、バアバアばかりだ。名前はQだけど、O次郎に似ている。Qの名前はQ次郎にすればよかったなと思った。Qはニコニコわらっている。とても感動的な笑い方をする。くらやみのなかでも笑う。ぎゅっと抱きつかれた。
2002年04月05日 22時43分17秒

鉛男の一日
きのうとおとといののアルコールがまだ残っている。きのうも今朝も朝は走った。走っても、まとわりついたアルコールの残り・・・ずうんと、からだの芯が重たい。怪人鉛男である。

昼間、ずしんとした鉛の肉体と精神を抱えて、外回り。昼休み、公園のわきにクルマをとめて、窓をあけ、すこし眠る。まどからぬわっとしたあたたかい風が吹いてきて、心地よかった。そのままぬわーっととけてどこかへ流れていきたいような心地よい昼寝だった。もし風になれるなら、こういう季節の風になりたい、ととても詩人なことを考える。鉛的に沈んだもの静かでここちよい一日。

ひさびさに早く帰宅したような気がする。ペチカとシュンタもおととい帰っていたのだが、朝もばたばたして、あまり話もしていなかったので、とてもひさしぶりに会ったような気がする。元気にふたりはケンカしていた。とてもうるさい。Qもさわぐ姉ちゃん兄ちゃんを見て手をたたいて大喜びしていた。昼間は昼寝をしていなかったらしいのに、9時過ぎまで、きゃっきゃ言って起きていた。きゃっきゃいいながら、Qはこけた。テーブルのカドに頭をぶつけた。ぶつけたけど、泣かなかった。なにごともなかったように、またひょいひょい歩いていた。そしてまたまた、こけそうになってよろよろ。「またゴチンするぞ」、というと、にこっと笑って、じぶんで、おでこをテーブルのかどにわざと頭をぶつけて、にやっと笑った。たくましい。ひさびさにとてもにぎやかな夜。
2002年04月04日 21時49分47秒

覚める夜。
とにかくひとことでも書いていたほうがいいような気がする。
きのうよりも、アルコールが脳みそにしみこんでいる。
人生は短い。脳みそはとぼしい。
そのことは、つねに考えておいたほうがいい。

「メメント・モリ」、という写真集を持っている。死ヲ思エ。
藤原新也。

くたびれた夜にぱらぱらとめくる。
2002年04月03日 23時29分29秒

不条理・理不尽・ほか。
久々に飲んで帰る。今日はペチカとシュンタが帰ってくるので、さっさと帰りたいような気もしたけど、あまり付き合い悪いのもなんなんで(どんなんで?)、たまには飲む。しかし、あまり好きではない。飲まにゃやってられんだろう、まあ、たまには飲んで、ぱあっと、発散して、と言う意味内容のことを同僚上司に同意を求められても、どちらかというと、僕は、「飲んだら」やってらんねえや、なのだ。別に酒を飲まなくても、明日から、この世に嗜好品としてのアルコールが消えてなくなってしまっても、まったく困らない。嗜好品以外のアルコールというのは、よく知らないがいろいろ用途もあるだろうから、なくなっては困るのかもしれないけど。いやたぶん問題はアルコールではないのかもしれない。

同じ会社の人間と酒を飲んで、しかも会社の序列関係そのままで飲んで、発散しようなんていわれることが気持悪いのだ。言いたいこといってぱあっと吐き出して、なんて、そんなこといわれたって、僕はゲロくらいしか出ないのだ。あまり好きではない。なんか飲んで話して腹の中さぐられてるみたいでとてもいやだ。その前提で、飲んでいる。

なぜか不機嫌である。不機嫌であるほうがいろいろ書けるものだ。と、日記を書きながら発散している夜・・・。明日もこのねばついたアルコールを拭い去るために早起きして走ろう。そしてなんとあしたも、また大義名分つきの飲み会がある。つまんない。

しかし。

今朝の、読売新聞の編集手帳に書いてあった。作家の城山三郎(読んだことない)の言葉。

「就職とは人間関係の不条理に絶えることだ・・・人生は極楽のように作られていない」。

なるほど。
2002年04月02日 22時37分24秒

4月のはじめ
4月の始まりは、目覚ましの音にも気づかずに、7時半に目がさめた。久しぶりに月曜の朝、走れなかった。よく眠れる季節。朝、ペチカとシュンタがいないと、ものすごく静かだ。明日、帰ってくるらしい。帰ってきたら帰ってきたで、それはそれで、またうるさいんだけど。

今日はクルマに乗っていて、日差しが暑いくらいだった。穏やかに1日が過ぎる。

穏やかというのはとても魅力的だ。穏やかで優しい人というのは、とてもあこがれる。そういう人に、ワタシはなりたい。ということをおだやかに考えていたら、今日は、とくに書きたいことが思い浮かばない。書きたいことが思い浮かばないというのは、おだやかでいいことなのか。精神の怠慢なのか。なんかうちの中が静か過ぎるのだ。これはイツワリなおだやかさだぞ。だまされてはいけない。悟ったような顔をしてはいけない。

明日は早起きしよう。
2002年04月01日 22時37分53秒

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