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| 初芝高校は負けてしまった。仕事中、途切れ途切れながらも、ラジオを聞いていた。残念だった。甲子園に出れば、NHKテレビで試合がはじまる前の学校紹介で、僕の住んでい |
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る地域が紹介されたのにな。そういうのって、ちょっとうれしい。高校野球なんてここ最近はあまり関心がなかったのだけど、予選でこんなに熱心になれたのは、久しぶりだ。中高生の時は雑誌まで買って、高校野球は好きだった。早稲田実業の荒木大輔投手、報徳学園の金村義明投手、名古屋電気の工藤公康投手、池田高校の畠山とか水野、僕と同学年であるPLの桑田清原とか。そこらあたりまで熱心に見ていた。それからしばらくは、関心はどんどん薄らいでいった。しかし、今年は初芝高校が甲子園に出れば、僕はシュンタを連れて、甲子園にだって行く覚悟であった。残念である。タイトルが長くなった。本題に入ろう・・・
今朝も無事6時起きる。夏休みの朝はにぎやかだ。いたるところで、子供たちがラジオ体操をしている。うちの子供たちはしないのかな、と思ったら、夏休みの後半のグループなのだそうだ。いろいろルールがあるみたいだ。夏休みの朝の子供たちは、とても楽しそうだ。きっと子供たちの世界にもいろいろ困難なことはあるのかもしれないけど、いい光景だった。でも眠いから明日は起きられそうもない。明日から8月。今月は1日も休まず日記を書けた。学校の先生にほめてもらいたいところだ。 |
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2002年07月31日 21時36分28秒
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| 僕はだらりとしているが近所の初芝高校は夏の甲子園の高校野球大阪予選決勝進出である。ここの付属の幼稚園はペチカとシュンタの母校でもあるので、ちょっとうれしい。 |
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昨日もそうだったけど、今朝も曇っていた。曇っていたけど暑かった。5時半に目がさめた。からだが重たかった。水を吸った綿みたいな肉体だった。水を吸った綿は重たいのである。イソップ物語のロバの話しに書いてあった。このまま1日がはじまってもまただるいので、30分ほどごろごろしていたが、6時に起きあがり水分をしぼり出すためにジョギングをした。半分眠っていた。曇った東の空の向こうに円い物体が浮かんでいた。雲を透かしてくっきり円かった。あれは月だろうか。太陽だろうか。未確認飛行物体なのだろうか。たぶんあれは太陽なのだと思うけど、太陽にしては見つめてもちっともまぶしくない、暑苦しい曇り空に浮かぶまんまるの光る物体。朝から汗びっしょり。念入りに水のシャワーでからだを洗う。すっきりした。 今日はそんなにだるくはない1日だった。 今夜もクーラーはつけていない。夕方、営業車もクーラーをつけずに、外のなまぬるい風にあたっていた。なまぬるさの中の夏の匂いがただよう。ここちよい。ねむたいようなねむたくないような。だらりとしたここちよさ。だらりとただよう夏の夜。 |
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2002年07月30日 21時23分55秒
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| クーラーでだるい |
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昨日大阪府枚方市では気温は38度を超えたそうだ。昨日は午後ほとんど家にいたのだが、ずっとクーラーをつけていた。夜中までつけっぱなしだった。家族5人がクーラーの部屋でひとつにかたまって眠った。何年か前まではかたまって眠ってもどうということはなかったが、子供たちはどんどん大きくなって、何年か前にはいなかったQも増えたことで、すずしくはあるが寝苦しい夜だった。そしてからだが、だるい。 6時に目がさめたが、走る気分になれず、だらだらと眠っていて、ますますだるくなった。1日クーラーで冷やしたクルマに乗って営業活動して、暑いところに出たり入ったりしたので、ますますからだの調子が悪くなった。夕方、クーラーを切って窓を開けて、渋滞の中、じわじわと汗をかいて運転した。 家に帰るとややぬるめのフロにシュンタと語りあいながらゆっくり入り、今夜はクーラーをつけていないでなまぬるい風が部屋の中をゆっくり重たくながれていく。なまぬるくても昨夜よりは風の通りはよい。だるさの中に没入する。ずぶずぶと僕のからだは暑さの只中に入る。中途半端にクーラーの中につかると、からだのバランスがくずれるのである。こういう暑くじっとり湿った夜に熱いインスタントコーヒーを飲みながら日記を書いていると、落ち着いてくる。今夜は扇風機だけで眠ろう。 |
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2002年07月29日 22時38分13秒
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| 鳥の空揚げ |
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8月になったら、ペチカとシュンタは二人旅で九州の妻の実家へ行く。新幹線の指定券を買おうと思っていつも利用している近所のスーパー4階の旅行代理店に行くと、いつのまにかそこはJRのチケットを扱わなくなっていた。そうか、ではJRのみどりの窓口で買おうと思って、近所の私鉄とJRが交差している駅に行くと、そこにはJRのみどりの窓口がなかった。JR堺市駅になら、みどりの窓口はあります、というので、堺市に住んでもう丸5年たつが、はじめてJR堺市駅というところに行った。 JRの駅で、堺市駅、という名称なのだから、堺の中の堺である土地であろうと思っていたが、駅前に非常に背の高いマンションが立っているだけで、閑散としたところだった。人通りも少なく、みどりの窓口でもすぐに切符を購入できた。背の高いマンションのはじめの4階はショッピングセンターになっていたが、日曜日だというのに、とても空いていた。日本全国どこでもこのように空いているなら、休日出歩くのも悪くないように思う。昼食にケンタッキーフライドチキンを食べた。ケンタッキーフライドチキン堺市駅前店もガラガラであった。ガラガラのケンタッキーフライドチキンに入ったことは今までなかったように思う。日本全国どこでもこのように空いていたら、ケンタッキーフライドチキンも悪くないと思った。暑くてあたりはゆらゆらとして閑散としている堺市駅は、昔のウルトラセブン、なんかに出てきそうな、近未来風の町に見えた。昔の近未来風なのである。メトロ星人なんかが背の高いマンションの一室にでも住んでいそうだ。 ケンタッキーフライドチキンは空いていても、価格についてはマクドナルドと比較して高いなあと思う。ところで、ケンタッキーフライドチキンといえば。 妻の実家の町は福沢諭吉の出身地であり駅前には福沢諭吉の銅像も立っているにもかかわらず案外全国的に有名ではないが、その町はまた日本で一番「鳥の空揚げ専門店」が多いところでもあって、やはりこれもあまり全国的に有名でもない。以前テレビで、「日本一鳥の空揚げ専門店の多い町」ということで特集されていて、妻もはじめて知ったとびっくりしていた。しかし確かに、この話しはウソではなく、妻の実家の町に昔、ケンタッキーフライドチキンが出店したことがあったが、みんな地元の鳥の空揚げ屋ばかりに行くのでさっぱり売れず、あっという間に店じまいをしてしまったらしい。地元の古老たちは、「わしらは戦争ではアメリカに負けたが、鳥の空揚げではけっして負けなかった」と非常にこのことを誇りに思っているらしい。なにごとにおいても自信を持っているのはすばらしいのである。笑ってはいけないのである。こういう冗談を書いただけで抗議されかねないくらい生真面目な誇り高い人たちばかりのいる町なのである。 ここ1週間の読書。「健康」の日本史(北澤利一著・平凡社新書)、「きみたちと現代」(宮田光雄著・岩波ジュニア新書)「キリスト教の人生観」(桑田秀延・講談社現代新書)「この世で一番の奇跡」(オグ・マンディーノ著・PHP)。短いものばかりだったので、毎晩すいすいと読めた。健康の日本史は、健康ということばのウンチクを他人に語りたくなる。あと3冊は非常に生真面目な人生論の本である。オグ・マンディーノさんの本は12番目の天使も読んだが、こちらの法が面白かった。アメリカ人の前向きさ、非常に元気がでた。 |
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2002年07月28日 15時57分01秒
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| パーマン2号 |
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今日は午前中で仕事は終わりのはずだったのだけど、なにかと忙しく、昼食をとる時間もないまま、時間は過ぎて、4時に帰宅。すぐに妻は食事を作ってくれると言ってくれたが、中途半端な時間であったので、食べるのをやめにした。夕方5時から走り(暑かった)、それからシュンタとキャッチボールをした(とても暑かった)。昼食を食べなくても、それはそれで、空腹の苦痛をともなうこともなく、夕飯まで過ごすことができた。夕食は非常においしく食べることができた。 夏はほっておいてもまわりが暑いので、自ら体温を上げる必要がなく、体温を上げるためにたくさんのエネルギー摂取すなわちたくさんの量の食事をする必要はない。だから赤ちゃんがあまり食べなくても心配はいりませんという見解を述べている、ラジオの育児番組をこないだ聞いた。赤ちゃんでもだいじょうぶなんだから大人が夏に一食くらい抜いてもどうということはないのだ。だけど、今日はたまたま食べるひまがなかったのであって、日々は習慣的におなかがすく。たぶん僕は明日からまた朝昼晩としっかり食べるだろうが、たまには一食抜くのも内臓にはいいように思う。昼間はどうして土曜日なのに働くのだろうかと考えると、少しいらいらした気分にもなったが、夜ごはんを食べて落ち着いてみれば、今は平和な気分だ。 日記を書いているとたいてい平和な気分になる。これはちょっとした体外離脱体験なのである。日記を書いているときは、重たい肉体からすーっと離れて、今日一日を観察しているのである。ただこの離脱が、高く高く天まで届く人は、立派な詩人になれるのだろう。僕は比較的低空飛行だ。パーマン2号みたいだ。ウッキッキ。 |
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2002年07月27日 20時02分00秒
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| ありのままのあり |
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今日も暑い一日だった。朝一番に得意先を訪問しなければならなかったため、7時過ぎに家を出る。夏休みの子供たちはまだ眠っていた。セミの声だけがにぎやかな朝。ベランダの水槽の中でカメがごつんごつんと音をたてている。そういう音はふだんは気づかない。静かな家の中での朝である。カメにエサをやってから出勤した。今日は一日助手席には同じ会社の人が座って同行していろいろ仕事をしていたので、それはそれで、いろいろ話すこともあり、夕方にはすっかりくたびれた。でもあしたはお休みだ、と思ったら、交代で土曜日勤務の明日の担当の人が電話で急遽僕に変ってくれと言う。僕は親切な人なので快く引き受けたが、明日も出勤かと思うと、さらにくたっときた夕方だった。 家に帰って玄関をあけて、ただいま、というと、ペチカもシュンタもテレビを見ていて、おかえりーとうわごとのように言うだけだ。妻もなんかボソっと言っている(と僕が想像しているだけで実はなにも言っていないのかもしれない)。しかしQは子犬のように玄関まで全力疾走してきて僕に飛びついてくる。とてもいい子である。こういう時期は本当にちょっとだけだ。シュンタが幼稚園に行って、ああ、もう赤ちゃんの時代は我が家では終わったなあ、と思ったら、突如としてQが生まれた。きてくれてとてもうれしい。ということで今夜もQとフロに入った。 夏休みでペチカもシュンタもなにかとだらだらしているらしくて、妻が非常に不機嫌である。妻は非常に均整の取れたタレ目で、結婚する前はいつもにこにこ微笑んでいて、僕は世界で一番かわいいなあと常々思っていたのだけど、最近は怒ってばかりいるように思う、なんていうとまた怒るから口が裂けてもそういうことは言ってはいけない。 妻はこないだのバレーボールの練習で右手子指のじん帯を損傷してしまったらしい。今日仕事中に電話がかかってきてそういう報告を受けていたんだけど、僕はそのことをすっかり忘れていた。家に帰ると、僕は日中の緊張感から解き放たれて、限りなく注意力がなくなるのだ。妻が指に包帯を巻いているのも気づかなかった。さっき、子供もみんな寝て、フロからでてきた妻が、指にテープを巻くのを手伝ってくれといわれて、はじめて、妻の負傷を思い出した。僕は正直者なので、きちんと正直に今はじめて指の負傷について思い出したと告げたところ、またまた妻は怒ってしまった。昔は僕が正直に心のうちを告げたりしたら、とってもにこにこしていたのに、どうして最近は以前にもまして僕はいろいろな局面で正直にありのままでいるのに、そういう、ありのままに物忘れをしてありのままにぷっぷくおならをしてしまう僕に対して常に不機嫌になるのだろう。かわいいねえ。 |
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2002年07月26日 23時28分46秒
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| 月 |
| 久々にビールを飲んで帰る。帰り道、自転車に乗っていると、進行方向には、満月が浮かんでいた。適度に涼しい風も吹いていた。満月に向かって自転車をゆっくりこいで帰った。ごくまれにビールを飲むと面白いくらいに、くらくらする。月はとてもきれいだった。こうやって月が丸くて明るいと、人はそれに見とれて、事故に遭いがちになる。しかし無事、帰宅。家の中も風が通りぬけてすずしい夜。今日は以上。 |
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2002年07月25日 22時28分43秒
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| 微熱の大阪 |
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去年の今ごろ、夏の暑さに負けないよう、昼間営業車に乗っている間は、クーラーつけるのをやめてみようと思い、何日か続けたように思う。1日が終わると、すっかりぐったりしてしまったが、ぐったりの中に密かな勝利感もあったような気がしたので、久々に本日実行してみた。5分ともたなかった。本日は大阪、37.3度ほど気温があったのである。小学生が37.3度熱があったなら学校休むだろう。僕だってそれくらいの熱が出たら、大騒ぎをして会社を休むだろう。しかしこんな暑いのに世の中は動いていた。 動いていたが、さっさとうちに帰った。7時過ぎに帰ると、妻とペチカとシュンタは、ママさんバレーの練習にいってしまった。ママさんバレーは、一時的に付き合いやるだけだときいていたのだが、すきあれば、妻はママさんバレーの練習に行く。いろいろつきあいがあって、断りきれないところもあるらしい。つきあいで今夜も飲みに行かなければあかんのや、ヒックウイー、というようなおっさんみたいなところがある妻であると僕は思う。妻はどうも他人との関係を気にしすぎて家庭を犠牲にする傾向があるように思う。僕のように寛大でめったなことでは腹もたてないやさしいすばらしい包容力のある夫に出会えた妻は本当にうらやましいと思う。僕はまったく不機嫌ではないが、ただ妻に関して、実に未熟者だと思うので、僕がきちんと教育しなければならないと日々痛感する。それにしてもペチカもシュンタもなんでいっしょについていくのだろう。 ということで、今夜はQと9時半くらいまで留守番なので、今夜もふたりで行水をした。アオアオ!とフロ場で叫んだ。そしてフロからあがっていっしょに布団の上で転がって、Qに背中を向けて、読書をしていたら、Qは僕のTシャツをめくりあげ、背中をペチペチとたたいて、ぶつぶつつぶやきながら眠った。静かな家の中なのでですぐ眠る。Qの寝顔は先週土曜日のプールで日に焼けていて、赤ちゃん顔から少年顔になっている。 明日も、クーラーなしの営業車、チャレンジしてみよう。・・・6分。 |
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2002年07月24日 21時01分09秒
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| アザラシ風 |
| 帰宅すると、火曜日は空手の日であるのでシュンタはいなかったがペチカもいなかった。ペチカはシュンタの空手の練習を見学に行ったのだ。お昼寝をしていないQが不機嫌だったので、夕飯の前にフロに入る。フロといっても、バスタブにっちょろちょろと水を流して、Qに水遊びをさせながらの、中途半端な入浴。水の中に入れるとQはごきげんになる。水をちょろちょろ流して、バスタブの中でQとちゃぷちゃぷ遊んでいると、僕たちは、水族館のラッコとか、アザラシとか、そういう動物の親子になったような気がしてくる。「アオアオ!」とオットセイみたいに一声ほえたくなる。「アオアオ」Qは両手をぱたぱたしてマネをする。水風呂はとても涼しくて、僕たちはアザラシであった。アオアオ。夕食は海洋動物である僕にふさわしくサンマだった。生ではなかった。ちゃんと焼いてあった。夕食を食べているうちにQはまたぐずぐずいいはじめ、妻がペチカとシュンタを迎えに出ていったあと、僕が抱えて眠らせた。別に自慢しているわけではない。 |
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2002年07月23日 21時05分17秒
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| 熱帯風夜 |
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とても暑い一日だった。とけてしまいそうだ。スナネズミのすーちゃんは、カゴの中でくったりしている。100円ショップで買った、陶器のカップがすーちゃんの寝床である。べたん、とカップの中ですーちゃんもとけている。しっぽがはみでている。以前ハムスターを飼育していたが、ハムスターは真夏になると仰向けにひっくり返って、大きな睾丸を丸出しにして眠っていた。スナネズミの方が、もうすこし、品よく、ばてている。窓を開けておくと夜は風の通りがいいので真夜中になるとすーちゃんは復活する。こりこりこりとサランラップのシンをかじっている。トイレットペーパーのシンと違い、サランラップのシンはなかなか噛みきれないのだ。 すーちゃんのカゴの横にはシュンタが学校から持って帰って来たザリガニの水槽がある。さっきシュンタとザリガニの水槽そうじをした。シュンタは生き物が苦手なので、なかなかザリガニをつかまえることができない。水槽の中に手を入れて、捕まえようとしたザリガニが後方に、びゅん!とはねると、ひー!と声をあげてびびっていた。ベランダには、カメがいるが、カメのそうじもした。シュンタはカメも持てない。僕の子供の頃と大違いだ。僕は子供の頃、カメとか金魚とかカニとかジュウシマツとかあまり費用のかからない動物をたくさん飼育していて、ベランダにずらりと並べていた。そういうことが非常に好きだった。今でもできたら、もう少しいろいろな動物を飼ってみたいなという気もあるが、僕以外みんなそういうことに関心がない。残念である。 図書館で借りてきた、爬虫類・両生類図鑑をパラパラとめくる。とっても幸福な気持になる。夜になってもとても暑い。ここは熱帯だ。と目を閉じて瞑想する。 |
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2002年07月22日 22時27分55秒
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| ワタシハスゴイ |
| 今朝は、9時過ぎに走った。曇っているような気がしたけど、錯覚だった。ちょっと太陽が雲の間に隠れただけで、走り始めたら、太陽はすぐに顔を出して、僕のからだから汗が流れ出て白のTシャツがぴったりとおなかや胸に貼りつき、僕の肉体はTシャツごしに透けて見えた。Tシャツ越しに透けて見える肉体はやわらかく、つまみがいがあるのである。このように汗を流すとすぐに、脂肪というのはなくなってしまいそうなのであるが、僕のおなかの脂肪というのは、ヒマラヤの氷河みたいにしっかり肉体に根を張っているのだ。そのやわらかいおなかを押すと、その先は、けっこう固いような気もするけど。昨日プールに行ったとき、さまざまな人の裸体を見た。さまざまなお父さんの肉体に比べて、しかし、僕の肉体は決して特別膨張しているわけではない。年齢からいったら、そこそこではないか。などと、考えたりもした。なによりも僕は幼少の頃はけっこうな肥満児であったのだ。その肥満児が、大人になってから現行程度の肉体であるというのは、大健闘ではないか。もうしばらく小学校時代の同級生に会う機会がないが、僕を侮辱した級友の何人かは、たぶん今の僕より膨れ上がった肉体を抱えているに違いない。悪くないのである。そう悪くない。僕がこうして無事現在まで生きていることじたい、大健闘ではないか。僕はなんてすごいんだろう。そうだボクはすごいのだ。ね、すごいんだから、あしたもがんばろうね・・・・、と自分を慰める日曜日。 |
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2002年07月21日 18時19分42秒
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| プール |
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ついに梅雨は明けたのだろうか。8時過ぎに目がさめるともう外はギラギラしていた。セミの声がにぎやかだ。とても走る気分になれなかった。昨日友達の家に泊まったペチカたちが帰ってきた。その友達とプールに行くそうだ。ふうん。と思っていたら、プールへ連れていくのは僕なのであった。ペチカ、シュンタ、Q、ペチカの友達のちーちゃんと、弟のシュンタの友達であるたっくん、計5名の子供を連れて市民プールに行った。Q以外の子供は元気いっぱいに勝手にプールで泳いで、ほとんどずっと行方不明だった。 僕はQとふたりで幼児用プールの中にいた。Qは何度も何度も、幼児用プールの1mくらいの高さのすべり台をすべっていた。Qぐらいのほかの子はみんなお父さんやお母さんが付き添って、いっしょに滑ったり、すべり台の下で抱きとめていたりしていたが、Qはひとりで黙々と、滑っていた。Qより大きい子でも水をかぶってワンワン泣いていたが、たまにこけて、プールの中にしずんでも、Qはぷるぷると頭を振って、また何事もなかったようにすべり台に向かうのだ。すべり台を滑りきって、ストン、と着地する姿は決まっていた。こけたりしないで、ストン、と立つのだ。もう何十回もくりかえしくりかえしすべり台をしていた。そして時々、すべり台の脇からぴゅっと、勢いよく噴水が出ているのだけど、くるくるからだをまわしながらその噴水を浴びて、とても恍惚とした表情をしていた。 僕は比較的鈍くて不活発な幼児であり少年であったので、このように、ものおじせず、すべり台を繰り返すQを見て、とてもうれしかった。だから、休みの日に、妻を自宅でゆっくりさせてあげて、僕がひとりで、子供5人も連れてプールに連れて行ったりしても、決して不平不満はいわない。まわりを観察しても、家族連れのところは、たいていお父さんとお母さんといっしょにきていた。お父さんまたはお母さんとだけで来ている子もさがせば全体の数%はいたかもしれないが、よその子までひきつれて計5人も面倒見ている人は、おそらく僕くらいだと思った。荷物の場所取りとか、食事の手配とか、放任しているようでいて、しっかりQ以外の子供たちのことも気にかけたりするという微妙な気遣いも、ぜんぜん僕は気にしない。僕はたぶんとてもいい人だと思う。そのことにすぐそばにいる人は気づかないものなのである。ああこんないい人だから僕は早死にしてしまうかもしれない。困ったものだ。 あまり早死にしたくないから、というわけではないが、『「健康」の日本史』(平凡社新書・北澤一利著)という本をQが昼寝の間読み始める。健康という言葉は緒方洪庵が考案し、福沢諭吉が世間に広めたそうだ。江戸時代には健康という概念がなかったのだ。また健康は国家権力とも関わっているらしい。まだ半分。面白そう。 日が暮れたら、走ろうかな。 |
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2002年07月20日 17時40分22秒
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| ザリガニ |
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帰宅するとペチカとシュンタはいなかった。今日から夏休みで、お昼からずっと遊んでいた同じマンションの友達の家にお泊りにいったそうだ。ペチカとシュンタのかわりにザリガニが3匹入った水槽が部屋に置いてあった。シュンタのクラスで育てているザリガニらしい。夏休みの前半はシュンタが預かり、途中から別の子の家に持っていくそうだ。3匹とも大きなザリガニだ。水槽の中を動く姿を見るのは心が休まる。 今週もくたびれた。毎日クセのあるアクの強い人たちばかりに会うような気がする。時々もう誰にも会いたくない、穴の中にもぐってじっとしていたい、という気分に、ちょっとだけなる。取引先の営業担当者の某氏は、いつのまにか挨拶もなく退職していた。ウワサによると、その人は、ある朝目がさめても、どうしても布団の中から出ることができなくなってしまったのだそうだ。なんとなくわかるような気もする。しかし、おそろしく月並みであるが、子供がニコニコ笑っていると、布団から出なくてはいけないなあと思う。そのうち、子供たちが大きくなったら、もうニコニコなんてしてくれなくなるかもしれない。そのときはそのときだ。枕元にザリガニの水槽でも置いておこう。 おねえちゃん、おにいちゃんがいないのでQはさっさと眠ってしまった。まんまるな寝顔である。僕は穴にもぐってじっとしてはいけない。布団にもぐりこんでいてはいけない。ともかく、明日とあさっては休みである。ふう。 |
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2002年07月19日 21時45分04秒
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| コンビニでトイレ |
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コンビニでときどきトイレを借りる。たいていのコンビニのトイレのドアには、「ご利用の際にはひとこと従業員に声をかけてください」という紙が貼ってある。僕は真面目な社会人だから、いつも、レジの人に、「トイレ借りていいですか」、と訊ねてから利用する。借りていいですか、と聞いて、ダメです、といわれたらどうしようといつでもドキドキしている。 いいですか?なんて弱気な言い方をするからドキドキしてしまうのだ。はじめから度胸を決めて「トイレ借ります!」と言いきってしまったほうがいいのだと思う。でもやはり僕は、繊細なのでそれができない。繊細なのでトイレが近い。このごろクルマの中を冷やして運転していると非常にトイレが近くなるのだ。今日もだからコンビニでトイレを借りた。いいですか?と店員に声をかけると、本日も無事、どうぞどうぞと言ってくれた。 そしてコンビニでトイレを借りてしまうと、僕はとても気を使ってしまう性格なので、そのまま立ち去るわけにも行かない心境になってしまう。それで、ついパンやら飲み物やらを買ってしまったりする。気を使って、お金まで使ってしまう。そして、飲み物を飲んだらまた、トイレに行きたくなる・・・。 なるべく、コンビニではなく、おおきなホームセンターなどで、トイレはすまそうと思う。ホームセンターなら、正々堂々と僕はおしっこだけして、店を出る。しかし、クルマに乗ってごちゃごちゃした大阪市内中心部などを走ると、トイレというと、コンビニくらいしかないのだ。いろいろ思い悩む今日この頃である。 アーウイン・ショー「はじまりはセントラルパークから」読了。みんな善意の人なのであった。主人公のお父さんであるストランドは、ひとりなにも知らず、家族の愛情を素朴に信じていた。だけど、その素朴に信じられる環境というのも、家族の善意からつくられたマボロシの環境だったのだ。それが、金持ちのヘイズンの物量的な善意により、小さな家庭のマボロシの向こうがあらわになる。終盤はかなりえげつなく感じて、そのため非常に引きこまれた。 |
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2002年07月18日 21時52分54秒
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| ペースの調整 |
| 昨日は人ごみの中を歩いたせいか、なかなか寝つけなかった。火曜日に休むと、ペース配分が乱れる。朝も、あまり起きたい気分ではなかった。ごろごろと7時すぎまで転がっていた。だるい。今日は木曜日のような気がしたけど、水曜日だった。明日もう一度木曜日が繰り返されるような感じがする。それはいいことではないか。一日トクをしたのではないか。なのにどうして、しばしば、一日一日を縮めようなんて思うのだろう。よくない傾向である。天気は黄色い曇り空。低空飛行である。こういうときは、スパっと眠ろう。ところがスパっとは、眠らない。夜の時間というのはとても惜しくなる。ペース配分に注意して、明日を迎えよう。 |
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2002年07月17日 22時14分34秒
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| 有給の火曜 |
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台風はいつのまにかどこかへ行ってしまった。夜明け前には閉めきった部屋は家族五人がぎゅうぎゅう詰めで、扇風機を回しても暑苦しかったので、いつのまにか妻が窓を開けていた。雨の音は聞こえたが、風の通りは悪かった。台風は知らないうちに通り過ぎた。 おなかが痛かったペチカは昨日はひたすら眠っていた。蒸し暑い夜も眠りつづけた。目がさめると、腹痛はどこかへ去って行き、朝から元気よくシュンタとつまらないことでキイキイとこぶたのようにケンカをしていた。眠ることは大切である。よかった。 天気もよくなったので、一番はじめの予定通り、家族で京都に行った。僕は仕事で週2、3回は京都市内を回っているのだが、観光はまったくしていないので、興味深かった。いろいろ歴史の本を読んだりして教養を身につけたいものだと思った。今日は祇園祭りの宵山というのだそうだが、今ニュースでみたところによると39万人の人出があったそうだ。人出のわりにそれほど、蒸し暑くはなかった。細い道にいろいろ入りこむと、人はどこもぎっしりだったけど、僕は外人みたいに京都の町並みがとても新鮮だった。 ![]() 京都でQ |
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2002年07月16日 23時14分29秒
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| 台風を待つ夜 |
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台風はやってくるのだろうか。風もなくとても静かな夜だ。蒸し暑さがじわじわと降り積もっている。会社の帰り、今日は朝が雨だったので、電車だったが、駅から家までゆっくり歩いて空を見たが、とても澄んできれいな夜空だった。今夜中に台風は近畿地方を通り過ぎて、明日はいい天気になるらしい。明日は子供たちの学校が創立記念日なのでどこかへいこうと思っていて、有給休暇を取って会社を休むことにしたのだ。しかし、きのうの夜からペチカのおなかの調子がよくない。おなかが時々とても痛いという。僕も僕の兄も父もみな盲腸炎をおこしておなかを切っている。もしかしてペチカもそうなんじゃないかと、とても心配であるが、今日病院で血液検査をしたところ、盲腸炎とは思われないが、なんの問題もないわけでもない。よくわからないが、風邪のウイルスがなにか悪さをしているという。しかし、ひとつの医者だけでは不安なので(ここの医者はいつもヤナギ風にゆらゆらどうとでもとれるようなことしか言わない)明日は別のところへ行ってもう一度検診してもらったほうがいいと思う。明日は雨降ったら、会社に行くべきではないかとの妻の提案もあったが、やはり休んでおいてよかったと思う。ペチカは今のところぐっすり眠っている。真夜中過ぎに台風が通り過ぎるはずなので、今夜は家族5人でひとつの部屋にかたまって眠る。 アーウイン・ショー「はじまりはセントラルパークから」上巻読了。ニューヨークに住む、50歳の高校教師と家族の物語、娘が大富豪の命を救ったことから、この家族の運命が変りはじめる。という話し。主人公はとても陰気である。陰気さにとても惹きつけられる。この後の展開はどうなるのだろう。台風を待ちながら下巻を読もう。アーウイン・ショーは、高校生くらいのころ、本屋にたくさん作品が並んでいたように思う。今はブックオフ100円コーナーでしか見かけない。100円コーナーを見るのはすごく楽しい。営業時間の休憩タイムに100円コーナーである。しかし今日は、休まずせっせと働いた。なにはともあれ、明日は休みだ。 |
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2002年07月15日 22時20分26秒
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| しなやかな肉体への憧れ |
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今朝は9時過ぎに走り始めたが、いつものコースを3分の2くらい走ってからすっかり暑さに負けてしまいバテバテになって歩いた。僕が歩いているか走っているか、はたからみたら、なかなか判別しがたいところかもしれないが、とにかく僕は今日は途中で歩いた。9時を過ぎたらしっかり暑い。セミの声も元気がいい。走っているうちに小さな小さな黒い点になってしまったような気がした。これからは、早朝か日没後に走るようにしよう。 日が暮れて、ここ何日かは風が強いので、窓から風が吹き込んでとても涼しい。夕方はシュンタとマンションの横の小公園でキャッチボールをした。その時も、風が吹いて、マンションの影になった公園はとても、涼しかった。シュンタはとてもにこにこしてキャッチボールをしていた。僕たちはいつもキャッチボールをしている。マンションのすぐ前には野球場があって、少年野球のチームがウエーウエーと声を出して休日は朝から晩まで練習しているが、キャッチボールをしている一般市民の親子は、われわれくらいだ。われわれはとても古典的な親子なのだ。 フロからあがると、ペチカもシュンタもいつも柔軟体操をする。Qもマネしてペタンペタンとからだを折り曲げる(小さなすもうとりみたいにQの肉体はとてもやわらかい)。僕の肉体は走っていても、キャッチボールをしていてもなんとなくかたい。ぎくしゃく、ぎくしゃく、そういうところでも、なにか僕という人間を象徴しているような・・・。一日働いていると、いつも肉体はこわばっている。見習おうと思う。マンションの掲示板に、たまに太極拳教室の案内とかが貼ってある。肉体をしなやかにしてくれそうな感じでとても興味がある。値段も1回何百円かだ。しかしそういうのはたいてい平日なのだ。僕が専業主婦だったら、そういうことにどんどん参加したいところだ。とりあえず、フロ上りはよくからだを折り曲げようと思う今日この頃である。 |
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2002年07月14日 19時35分35秒
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| 肉体のメンテナンス |
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朝目がさめると、歯のひとつのツメモノが一部はずれていたので、歯医者に電話すると、運良く9時半に予約が取れたので久々に歯医者に行く。すぐに治療してもらった。さらに歯垢もしっかり取ってもらった。口の中が血だらけになった。それから床屋さんに行って、髪を切った。スポーツ刈り、気持長め。気持。ごはん気持多め。とか使う。大きなポスターを貼るとき、貼らない人がそばに立ってそうそう、気持右を上げて、とか使う。むずかしい日本語である。ということを考えながらともかくすっきりした。 曇りの天気で朝は雨がぱらついていたので風は強いけど蒸し暑い。昼はQが寝て、ペチカとシュンタは宿題をやるというので、僕は妻に許可を取って、近所の1周3キロの公園を3周ほど走った。蒸し暑くて、汗が大量に出た。1週間のためこんださまざまなモノがすべて、流れ出たような気がする。意識するしないにかかわらずたぶん僕はいろいろためこんでいる。でも今日は朝から、歯も治して、髪も切って、全身毒素を流し去り、蒸し暑さの中、とてもすっきりする。 帰ってから、Qと散歩した。QはくまのTシャツを着てとことこ歩いた。子供の服はくまさんのイラストがか描かれたものが多い。とてもかわいらしい。くまさんといえば、僕の祖母は、くま、という名前だった。丈夫な子に育つようにとつけられたらしいその名前をとてもいやがってひた隠しにして別名を名乗っていて、フルネームを呼ばれてしまう病院などをとても嫌っていたらしいが、こうやって、QのTシャツを見るだけで、ふと祖母のことを思い出すこともあるのである。700万年前の人類の化石にしても、なんにしても本人の意図とはまったく別なところで、ふと思い出されるのである。そしてどのようなカタチであっても思い出している孫にあの世の祖母は文句はないと思う。 Qと本屋に行くと、モーニング娘が表紙の雑誌が売っていた。Qはミーミーといいながら、加護ちゃんと辻ちゃんの写真を指差していた。ミニモニが大好きなのだ。それから、Qを抱え上げ、スーパーに買い物に行った。ぶどうを買おうな、と言ったら、Qは手を叩いて、「ぶおーぶおー」とよろこんだ。 |
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2002年07月13日 19時34分05秒
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| コピーロボット |
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メンチョウは回復の傾向にある。回復の傾向が進むとメンチョウはますます赤くなる。「パーマン」に出てくるコピーロボットの鼻のように僕の鼻は赤い。コピーロボットの赤い鼻を押すと、コピーロボットは押したその人そっくりの姿になる。そしてその人の分身となって、いろいろ動いてくれる。コピーロボットに動いてもらっているあいだ、須羽ミツ夫くんはパーマンになって活動しているのだ。パーマンって知ってる?と女子社員23歳に質問したところ、知ってると言ってくれた。おお。うれしかったので、ほら、この鼻、なんかコピーロボットみたいでしょ?と僕の赤鼻をひけらかした。あははは、と笑われた。どのような観点から笑われたのであろうかと、あとになってからふと、冷静に後悔した。 金曜日。とても眠たい。今朝も6時起きで走った。すずしい朝だったから、眠っていたくもあった。でも昨夜、仕事の関係で(?)焼き肉と石焼ビビンバをたくさん食べておなかいっぱいの状態で眠ったのだ。眠っている間に根をはりつつある余分なエネルギーを燃焼させたほうがいいのではないか。きっとここで眠ると後悔するぞ。いやいやでも眠いぞ。うーん。うーん、とうなっていたが、結局走った。朝きっちり走ると昼間の暑さに立ち向かえるのだ。しかし、金曜日の夜は、くたっとくる。あしたはゆっくり寝てよう。 |
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2002年07月12日 22時56分49秒
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| サヘラントロプス・チャデンシス |
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鼻のアタマがかゆい。かいてしまっては、メンチョウを刺激する。台風がかすめていったあと、昨夜はとても涼しい風が吹いていた。朝方は寒いくらいだった。寝心地がよく起きたくないような気もしたけど、雲は残っていたが雨上がりの新鮮な朝であるので走った。昼間はまた蒸し暑くなってきたが、夜、またすずしくなってきた。自転車に乗っていてとても気持がいい。気持がいいので眠くなる。 700万年前の人類の祖先の化石が発見されたらしい。サヘラントロプス・チャデンシスと命名。ほぼ完全な男性の頭骨ほか、異なる5人分の骨のかけら。700万年前とは、いったいどんな世界だったのだろう。この5人はまさか、700万年後、自分たちの歯のかけらや、あごの骨のかけら、が問題にされるとは思ってもみなかっただろうな。700万年。うーん700万年。個々の人間の寿命なんて、夢マボロシのごときである。700万年前という数字が頭に浮かんでまわる。眠たい。人類の長い長い歴史の夢を見よう。 |
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2002年07月11日 22時35分12秒
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| 台風の肩透かし |
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台風がやってくるのをどきどきしながら待っていた。朝起きたときは雨も降っていなかった。 くもった空がゆっくり動いていた。くるぞくるぞと思った。午前中、雨がぽつりぽつりと降ってきた。昼過ぎからは、しゃわしゃわしゃわと降ってきた。でも風はやってこない。台風は肩透かしで、どこかへ行ってしまった。 雨はびしゃびしゃとクルマに降り注ぐ。今日はあまりやる気のない一日だった。台風を大義名分にして働きたくなかった。そういうときはばしゃばしゃと今日の雨のようにはしたなく落下する。時間はゆっくり流れた。そういう日もそれはそれで心地よい。転んでもただでは起きない感覚を磨こう。 鼻のアタマにめんちょうができた。微妙にイタイ。間違って、手の甲が鼻先に触れてしまって、涙が出そうになった。 今日はばしゃばしゃとしまりのない雨が降り注ぐ水溜りのようだ。水溜りはよごれている。でもあしたはきっと晴れるだろう。 |
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2002年07月10日 22時20分49秒
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| 早く帰ったからさっさと日記を書く |
| 今朝も蒸し暑い朝だった。6時にはまだセミは起きていない。もうすこしギラギラしてくると、セミはとても早起きになるけどまだ奥ゆかしい。ねっとり重たい朝。朝走ってあらかじめしっかり汗をかいておく。走り終えて、最後にたらたらと歩いていたら雨が降ってきた。今日は太陽の姿は見れなかった。一日中ねっとりしている。しかし朝、すでに僕はねっとりの渦中に飛び込んだのだ。とても持久力のある肉体がこねられていくような快感がある。あしたは台風がやってくるみたいだ。遭難しないように気をつけよう。明日の朝は雨かな。今日は早く帰ってきたので、カメのそうじをして、それから読書をしよう。昨日から読み始めたのは、アーウイン・ショー「はじまりはセントラルパークから」(講談社文庫平井イサク訳)。この作家の作品は短編をはるかかなたの昔読んだことがある。これは、上下2冊の少し長い小説。僕はブックオフで100円で買った本ばかり読んでいる。長くてストーリーがはっきりしている小説をゆっくり読むのは(ゆっくりしか読めない)とても好きだ。部屋の中はじわじと蒸し暑い。こねられるこねられる。自動おもちつき機の中でこねられるもちごめのような気分だ(?)。 |
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2002年07月09日 19時14分01秒
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| セミがいつのまに |
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いつのまにかセミが鳴いている朝。シュワシュワシュワとにぎやかな並木道を自転車で通り過ぎた。今日は不思議な天気だった。朝はとてもよく晴れていた。途中で雨が強く降った。雲は勢いよく移動していた。空気は一日熱風だった。蒸し暑さの重力のようなものを感じた。歩いているとぐぐっと、おさえつけられるような暑さ。セミはますますにぎやかになるだろう。 「道は開ける」(創元社D・カーネギー著、香山晶訳)。昨夜読了。とてもキマジメな本だ。例えば、疲れの原因とその対策、などがこと細かに書かれているところなど、著者の意図と少しずれているかもしれない部分で感動した。 あなたはいつ何時でも、どこにいても、リラックスできる。しかしリラックスしようと努力してはならない。くつろぎの状態とは、あらゆる緊張や努力が消え去ることである。気持を楽にして、くつろぐことだ。まず目と顔の筋肉から休めることをはじめ、「休め・・・休め・・・くつろぐのだ」とくりかえそう。(P280より引用) 「休め・・・休め・・・・くつろぐのだ」とリラックスするのも忘れて必死に念じるカーネギー氏を想像するとなんかクスっと笑えてきてしまった。おもしろい本だった。いろいろ見習おう。 さて、眠るのだ。眠るのだ。一日のことは一日の枠の中で生きよう。あしたはセミの声の中を走ろう。 |
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2002年07月08日 22時15分03秒
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| 地域社会への貢献 |
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今日はペチカが所属している子供会のポートボールチームの大会があった。ペチカは朝6時半に起きて元気に学校へ行った。僕は寝ていたので知らない。午前中は、ペチカの出場する試合、1試合だけ見た。ペチカは敵のゴールキーパーの前に立つ、ガード、という守備位置についていた。5、6年生がほとんどなので、4年生のペチカはでかいけど、少し幼く見えた。いつもはおばちゃんみたいに見えるペチカだが、まだまだ子供なのである。応援しているのはお母さんたちが多くて、お父さんの姿はほとんど見かけなかった。見かけるお父さんはたいてい子供会のスタッフをしていて、ポートボールチームのコーチをしたり、審判をしていたり、その他大会運営のこまごまとしたお仕事をしているのである。熱心に地域に貢献している立派なお父さんが多いのである。こんなところにいたら、僕も子供会のスタッフに勧誘されてしまうのではないかと、不安を感じたため、僕は妻にあとを託して帰宅した。大会の結果は、まあ、ともかく、ペチカはよくがんばったらしい。 夕方、またまたシュンタとキャッチボールをした。僕たちがキャッチボールをすると、いつも同じ少年がひとりバットとグローブを抱えてやってきて、もくもくと素振りをはじめる。そういうことが何度かあった。なんだかさびしげな少年なのだ。僕は今日、午前中の地域社会に貢献するお父さんたちを見ていたので、子供会のスタッフはイヤだが、僕なりに見習おうと思ったのだ。僕はその少年に声をかけて、3人でキャッチボールをした。少年はとてもうれしそうな顔をしていた。僕もこうして立派に地域社会に貢献しているのだと自己満足を覚えた。 ところで、今日は7月7日で11回目の結婚記念日である。そういうことに僕は比較的感慨を覚えるほうである。しかし、妻はオッサンなのであまりそういうことには、なんとも思わないみたいだ。時々新聞の人生相談に、夫に顧みられない孤独な専業主婦のお便りなんかが載っていると、僕はとても共感を覚える。ああ、僕は、きっと前世はかわいそうな専業主婦だったに違いないと思うのである。そして妻はたぶん専業主婦であった僕の配偶者であるオッサンだったのだ。いずれにせよ、たぶんわれわれの絆は深いものがあるのだろう。なんてことをいうと、前世は無理解なオッサンだったと推測される妻よりアホ扱いをされ迫害される、前世は確実に悲劇的に美しくて孤独な専業主婦だった私なのである。 |
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2002年07月07日 20時10分16秒
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| 七夕のお願い |
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台風の影響で風が強い一日だけど、風もとても暑い。空の青はくっきりしている。その青をさえぎってたくさんの大きな雲のかたまりが、流れていく。空の動きを見ながら走っていたら、地球が丸いのだということが、少し感じ取れた。うちの近所は高い建物がほとんどなく、走るコースは広いため池のまわりなので、空はとてもひろびろ見える。空を見上げていたら耳元を暑い風がごーっと吹きぬける。丸い空を見上げて少し上り坂の道を走ると、まわりの田んぼと住宅街が視野から消える。空だけが目の前に広がる。僕はふと、どこか知らない惑星で、知らないその惑星の空を見上げているような気がした。きっと同じような空をみることができる惑星がどこかにあるだろう。子供のころアニメで見た「宇宙戦艦ヤマト」が目指したイスカンダル星の空もこんなふうに、青くて円い空だった。なんてことも思い出しながら、空を見上げて走る。無事、転ばずに、走れた。 マンションのロビーには笹が飾られていて、住民が自由に短冊に願い事を書いてつるせるようになっている。テーブルがふたつ、その上に何も書いていない短冊とマジックが置いてある。シュンタがお父さん、いっしょに、書きに行こうと僕を誘ってくれた。ペチカとQはもう書いていたがシュンタはまだなのだそうだ。シュンタは元気いっぱいロビーに行ったが、ロビーでは少年野球のユニフォームを着た高学年のお兄ちゃんたちが二人、ひとつのテーブルを陣取りあしたの試合に勝ちますように、と願い事を書いていた。シュンタはもじもじして、やっぱりいいよ、お父さん、帰ろ、といった。でも、別に、遠慮することもないので、せっかくだから書こう、と僕は、お兄ちゃんたちの脇から短冊を取ってシュンタに渡した。シュンタはロビーのすみっこの別のテーブルに行って、こそこそと何か書いていた。 笹にはずいぶんたくさんの願い事の短冊が結ばれていた。「お母さんの五十肩がよくなりますように」、なんていうのもある。「みんなてんきんしませんように、わたしのうちもてんきんしませんように」、なんていうのもあった。ペチカの同級生だ。このマンションは非常に出入りが激しいのである。ペチカの同級生もこの数年でだいぶ引っ越してしまった。だからこの願い事は子供なりに切実な願いごとなのだろうなと思った。 ペチカの書いたのはどれだろう。先生になりますように、と書いたとは聞いていたが、みつからなかった。そのかわりペチカは別の願い事も結んでいたのだ。てんきんしませんようにと書いたペチカの同級生の短冊のすぐ横に、大きな汚い字で、「ペチカもみんなもてんきんは、○じゃ!」・・・・なんだかよくわからない。○じゃ・・・って、なにがマルなんじゃろ(ペチカにあとで確認すると、「○(マル)じゃ」、ではなく、「0(ゼロ)じゃ」、と書いたのだそうだ。てんきんはゼロじゃ。それにしても「じゃ」、は、ないじゃろう。はしたない)。 すみでこそこそと書いていたシュンタは、こっそり短冊を僕に手渡した。お父さん、結んできて。少し照れくさそうだ。少年野球のユニフォーム姿のお兄ちゃんたちを気にしてる。シュンタの書いた短冊には、几帳面な字で、「大きくなったら、はんしんのチームにはいれますように」、と書いてあった。僕の書いた「みんな元気ですごせますように」というおそろしく平凡な短冊といっしょに、笹に結んだ。 |
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2002年07月06日 22時33分49秒
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| マルクス・アウレリウスな金曜 |
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今朝はゆっくり眠ろうと思っていたけど、6時ぴったりに目がさめた。夢の中で誰かと口論していた。いいたいことをたっぷり言ってああスッキリした。と思ったら目がさめた。目がさめたら、ああ夢でもあんなこといわなきゃよかったと後悔した。朝から反省した。反省しながら、走る。走っていたら、背中をへんにねじってしまい一日痛かった。一日、今日もよく働いた。僕は見知らぬ人とすぐにうちとけるのが非常に苦手である。ものすごく消極的である性質を隠し持っている。しかし、苦手でありながらも人と会うのが仕事であるので、日々見知らぬ人のところに元気に突っ込んでいくのである。 古代ローマの皇帝マルクス・アウレリウスは日記にこう書いたそうである。「私が今日これから会おうとしているのは、多弁すぎる連中、利己的で自己中心的で、恩知らずの人間どもだ。だが私は別に驚きもせず、不安も感じない。そんな連中のいない世界など想像できないではないか」。(「道は開ける」からの孫引き)。 |
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2002年07月05日 23時25分51秒
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| ころがるQ |
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このごろQがなかなか眠らない。たいてい僕は早く帰るので、Qといっしょにころころ転がりながら、Qを寝かしつける。今夜は9時半から10時半までQは布団の上をころころころころ転がっていた。ぷしゅぷしゅぷしゅと意味不明なことをつぶやきながら転がる姿はかわいらしくもあるのでついかまってしまいたくなるが、かまうとますます興奮して眠らないので、Qの横で黙って本を読む。ひとりで転がらせていると起きてしまうので、そばにいなくてはならない。 電気を消して、ふすまをすこしだけ開けたあかりで本を読む。暑いので扇風機はつけている。本を読むと僕はすぐ眠くなる。僕は眠くなるのに、Qはころころころがって時々、ひとりで笑っている。となりの部屋で妻はテレビを見ている。一日子供の面倒をみていたのだから僕がいるときにはそのように休憩する当然の権利はあるのだと思う。しかし僕も一日遊んでいたわけではない。遊んでいたわけではないなら、いったい今こうして転がっているのは、働いているのだろうか。そうでもない。これくらい子育ての手伝いでもなんでもない。しかし、帰ってからずっと、転がっている。 もっとほかに有意義な時間の過ごしかたもあるかもしれないけど、転がっている。Qはかわいい。Qがこうしてころがるのも今だけである。ペチカもシュンタももうさっさとそれぞれ寝てしまい、僕の横では転がらない。そうだこれに不平を言うのはぜいたくというものだ。「道は開ける」にも書いてある。「不足しているものを数えるな。恵まれているものを数えてみよう。」そう。まったくその通り。いい本だ。ああだけど僕はどうしてこんなところで転がっているのだろう。という気にもちょっとなる。ちょっとなりながら、眠くなる。眠くなる。どうして僕はいつも眠いのだろう。 今日は他人のクルマに乗って長距離を走った。自分で運転するとなんともないのに、自分以外の人が運転する車に乗ると、だんだん目が回って車酔いしてしまう。まだすこし目が回っている。Qはくるくるまわって目が回らないのかな。僕も夕べは眠っている間、Qといっしょに、布団の上をごろんごろんまわった。目がさめたとき、いつもと違う位置から天井を見上げたので自分がどこにいるのかわからなかった。誰か違う人の肉体で目がさめたのかと思った。そういう感じの朝はちょっぴり楽しい。そうだ今朝は楽しくはじまったのだ。だから楽しい気分で眠ろう。と思っているうちにQが寝た。眠ると転がらなくなる。おもしろい。妻にありがとう、といわれた。そう、そのひとことをつねに忘れないでいてほしい。簡単なことなのである。 |
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2002年07月04日 23時06分23秒
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| カレー。 |
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7月にはいってぐんぐんと暑い日が続く。今日も朝からよく晴れていた。せっせとジョギングしてしっかり汗を流す。こういう季節というのは決して嫌いではない。僕はどんな季節もそれぞれ好きである。昼間の街中をとぼとぼ歩いて立体感のある湿った暑い空気を吸いこむのも悪くない。暑い暑いと、思っていると、あまりほかの小さなことでくよくよ考えたりしなくなるように思う。僕は比較的くよくよする人格の持主なのだ。だから今、くよくよしないように、悩みの克服についてのハウツウものの元祖であり王道である、デル・カーネギーの「道は開ける」という本を読んでいる。ブックオフ100円コーナーにたいてい1冊くらいは置いてある。お買い得であると思う。どんなジャンルでも代表的なものは面白いと思う。僕の想像するアメリカ人というのはとても真面目なひとたちなのだと思う。ジョークとかもすごく真剣に考えているんだろうなと思う。笑ったらおこられそうな感じだ。 一日を終えるとくたびれるけど、このくたびれ方がとっても肉体的なのである。帰宅して、Qとシュンタとフロに入って念入りに肉体をごしごしと洗う。オフロからあがって、カレーを食べた。今朝の「おじゃる丸」(NHK教育)では、カレーにソースをかけるかどうかで、カズマの父母がもめていた。しかし、ほかのいろんな人たちは、醤油をかけたり、ケチャップをかけたり、なんとカズマの母はマヨネーズをかけたりして、いろいろなのだ。お互いのさまざまな価値観を認め合おうという誠に教育的な内容のおはなしだった。そのアニメを見ていたので、僕は今夜のカレーに、普段はそういう趣味はないのだけど、ソースをかけたくなった。甘口のカレーだったので、ソース味はおいしかった。では、醤油はどうだろう、と思って醤油もちょろっとかけてみた。今ひとつだった。マヨネーズは・・・やめておいた。 フロに入って食事をして、それから、扇風機の風に吹かれて布団の上でQところがる時が一番楽しい。最近ペチカもシュンタもちょっとオトナなのでいっしょに転がってくれないので、Qといっしょにいつも転がる。夏のQはとてもべたべたしている。 |
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2002年07月03日 22時56分12秒
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| 昨日見た夢 |
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昨日の夢は自分自身の人間性がよく描かれた夢であったので、せっかくなので、ここに記す。 昨日夢を見た。バスに乗っていた。バスのチケットが宝くじになっていた。バスを降りるとき、バスの出口のドアには、当選番号が電光掲示板でパッパと光っていた。6つの数字の組み合わせだ。僕のチケットはなんと大当たりだった。番号が何番か忘れたけど。金額も忘れたけど、億単位の金額なのだ。 夢の世界では金曜日だったのだ。だから月曜になったら大急ぎで銀行に行こうと思った。でも来週の月曜日は会社で会議だな、どうしよう。なんて考えた。会社やめたらいいのではないか。もうあなたは金持ちだ。と誰かがいった。うん。そうだなそれにしても、会議は心配だ。 といいつつバスを下りて、今度はなぜか僕は会社の営業車に向かうのだ。するとなんと営業車は車上荒らしにあっていた。不注意に車内に置きっぱなしにしていたハイウエイカード5万円分と阪神高速チケットが盗まれていた。ああどうしよう。盗まれた。チケットは会社もちだけど、ハイウエイカード5万円は自腹だぞ。ああ、くっそう5万円。べつにいいじゃないか、5万円くらい。誰かが言った。あんなたは金持ちだ。そうだ僕は金持ちだ。 ああだけど、このポケットの中のチケット、月曜まで、誰にも取られないようにしておかないと。心配だ心配だ。当たりくじのチケット。チケットはどんどん重くなる。ポケットがちぎれてしまうほど重くなる。ああ動けないぞ。重くて重くて動けない。くるしい・・・・ という夢でした。 |
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2002年07月02日 23時22分57秒
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| 肉体の火曜 |
| 今朝は久々に6時起きで走る。朝から天気はよく、同時に湿気もたっぷり。水分の多い空気の中、魚の気分で走る。魚としては水の密度が薄い(こういう表現は正しいのだろうか)ので、魚はこの朝の空気の中をすいすいとは泳げない。泳げないので、ぺたぺたと走る。そういう種類の魚なのである。だから着実に走るのである。この水の密度となまあたたかさは精神的に落ち着ける。朝から汗を流して一日に立ち向かう。今日一日は、晴れているけど、もわりとなまあたたかい水に包まれた一日だった。僕はしっかりと歩いた。なにかそれだけでよく働いた気がする。よく働いたことにしておこう。まずはそういう気分になることが大切だ。肉体は比較的、コントロールはしやすい。肉体的にまず、達成感をおぼえれば、あとから中身もきっとついてくるだろう。だから肉体的充実感からくる、そんな気分、というのは大切だと思う。幸せだから微笑むのではない。微笑むから幸せなのだ。という法則と同じである。 |
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2002年07月02日 22時32分49秒
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| 7月のはじまり |
| 7月のはじまり。2002年の折り返し。ついこの前、正月だったような気がしたのに。正月のディズニーシーではシュンタと僕は凍えていた。妻とペチカがギラギラしていた。寒かった。寒かった。なのに、7月1日は、とても蒸し暑い。鉛色に蒸し暑い。まんまるQがべったりしている。べたん、べたん、と貼りついてくる。暑い。今朝はそれでもぐっすり眠ってしまったのだ。あしたは起きて走ろう。こういう日こそ、蒸し暑さに自ら突進するのだ。粘り強い精神力と体力を養うにはいい季節である。 |
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2002年07月01日 22時28分57秒
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