8月の日記です。

節制の再決意
今日も、明日もペチカと妻は習い事の関係で出かけていて男チーム留守番の週末です。夕方、シュンタとQといっしょに銭湯にいきました。久々に体重を測ったら、夏でも旺盛な食欲のせいか、春の健康診断時より4キロ増えていました。春が少なかったのかもしれません。去年の今ごろはやはりこれくらいの体重だったと思う。しかし、去年は秋口から節制をしたのです。10月の日記を読み返してみたら、僕は「ダイエットセラピー」という本を読んで、節制に励んでいました。それはかなり順調に進行していた模様でした。そして2002年には僕のわき腹から脂肪は消失しているはずであるというようなことを書いていましたが、予言は残念ながらはずれました。「ダイエットセラピー」も会社の大柄なライオンみたいな女の子にあげてしまいました。がおー、と言って喜んでくれました(がおー、はうそです)。でも彼女はあいかわらず、がおー、がおーと日々もりもり食べているようです(がおー、がおー、はうそです)。

今日は8月31日と区切りがいいので、また明日から節制人生を歩もうかと思います。なんとなく最近おなかのまわりに窮屈さを感じるのです。僕の肉体というのは安定性に欠けるような気がします。隙あらば、ひそかにやわらかく膨張していくのです。僕のおなかはとてもやわらかい。Qは僕のおなかをペチペチとたたいたり、おへそに指をつっこんだり、時々かみついてくるのです。かみつかれてもあんまりいたくないくらい僕のおなかはやわらかく脂肪に満ちています。

服を着ているとわからないのですが、脱ぐとすごいのです。こないだ僕の半裸の写真(Qを抱えて撮った水着の写真です)が、子供たちの夏休みの写真のなかにまぎれこんでいて、近所の奥さんたちの目に触れてしまったそうです。近所の奥さんたちは水着姿の僕のふくよかなおなかを見て「服を着ているときと脱いでいるときの落差の激しさ」に衝撃を受けていたと妻が申しておりました。近所の奥さんたちがそんなに衝撃を受けるということは、普段から僕のハダカの姿をだいたいこのようなものであるとか、いやいやあのようなものであるとか、でもやっぱりそのようなものであるとか、いろいろ想像していたのでしょうか。想像もしていないことに衝撃など受けないのではないのでしょうか。・・・・・・いやん、もう、エッチ!。

いずれにせよ、再び明日より節制に努めたほうがいいように思います。ここで、決心をかためるために、「スタートのおなか」として下記に僕の半裸の写真を貼りつけておいてもいいのではないかとも考えたのですが、熟慮の末、やめておきます。到達のおなかめざしてがんばります。
2002年08月31日 20時54分26秒

ジグソーパズル
月末でありますが、仕事はすみやかに終了することができて、さっさと帰宅しました。ペチカとシュンタは、今日、ジグソーパズルを買ってもらったらしく、熱心にパズルを組みたてています。シュンタのパズルはマンガの「ワンピース」のジグソーパズルです。お父さん、ワンピースのパズルは何ピースだ?とシュンタがきくから、「1(ワン)ピース」と答えたら、さすがお父さんと褒められました。でも本当は110ピースだそうです。Qは今日は昼寝をしていなかったのですぐに眠りました。あとから起きてくるかもしれません。Qがさっさと眠るとつまらないように思います。ペチカもシュンタもものすごく静かにパズルをしています。夏休みのはじめにこういうものを買ってやったらよかったかもしれません。そんなことを考えていたらペチカがもう、プーさんの小さなパズルを完成しました。目がさめたらプーさん好きのQがよろこぶだろうな。

ペチカは最近住宅の広告の間取図を見るのが好きみたいです。いろんな新築、中古のマンションや一戸建てのちらしを熱心に見て研究しています。ペチカは学校は代わりたくないけど(9月にまたペチカとシュンタの同級生の姉弟がいる家族がお父さんの転勤でマンションから引っ越してしまいます)、広いおうちに引越したいそうです。だけどそれは無理です。ぜいたくというものです。こんどおじいちゃんにでもねだってください。

「ウイーン愛憎」。読了。今週はピッピと読書が進みます。今夜より中島義道著「うるさい日本の私」(新潮文庫)。中島義道のエッセイはおもしろいと思います。
2002年08月30日 20時45分32秒

運のよさ。
今朝も晴れていた。昨日の朝も晴れていた。僕は自転車で会社に行った。会社についたら、大雨が降ってきた。昨日も今日も大雨だった。そして昨日も今日も帰るときには雨がやんでいて僕は無事に自転車に乗って帰宅することができた。こういうとき、僕は運がいいと思う。

今朝目がさめたとき、6時すぎだったが、起きて走る根性がなかった。昨日は少しくよくよして夜中遅くまで起きていたので、眠たかった。目を開けたとき、Qの顔が目の前にせまっていた。Qは目をパッチリあけて僕を見ていた。そしてにやっと笑ったので僕もにやっと笑った。心地よくもう一度眠ることができた。眠る僕のおなかをQは何度かペチペチとたたいた。Qは僕のおなかをたたくのがだいすきだ。

昨日の夜、「流しのしたの骨」を読了する。へんな家族である。それから角川文庫刊、中島義道著「ウイーン愛憎」を読み始める。いつも真剣に戦っている。中島義道氏はウイーンの劇場のキップ売りのおばちゃんとも、駅前の不法駐車自転車とも、無意味な町の騒音とも立て看板とも、私語をする学生とも、いつも真剣に戦っているへんな哲学者である。へんな人の書く本はおもしろい。人はそれぞれへんなのだ。へんであることに徹することは大変なことだと思う。尊敬する。見習いたいものだ。

夜になると涼しい。涼しい夜は好きだ。僕には好きなものがたくさんある。好きなものがたくさんあって、運もよくて、尊敬する人もたくさんいて、涼しい夜には僕はとても満たされた気分になる。それに今日は夫婦ゲンカはなかった。僕たちほどケンカする夫婦はいないんじゃないかというくらい、よくケンカをする。わたしはあなたとケンカしたつもりはないあなたが勝手にいつも腹を立てているのではないかと、そういう巧妙ないい方をしてくるのもケンカの一種ではないか。でも今日はぜんぜん腹がたたない。僕たちは仲良しである。

今夜はぐっすり眠ろう。さっきシュンタが起きてきた。去年映画を見に行った時に買った千と千尋の神隠しのパンフレットを見ていたら、怖くなって眠れないのだそうだ。ペチカもシュンタもこわがりだ。あんまり子供がこわがると、僕もこわくなる。
2002年08月29日 22時43分52秒

わかってはいるけど
3人子供いて夏休みで1日中家の中にいてどたばた暴れられていれば、イライラもするのかもしれないです。そういう気持を僕が理解して、優しく大きく包み込んであげることができれば一番いいのですが、僕はイライラをぶつけられると、それを倍にしてお返ししてしまうくらい非常に人格的に未熟なのです。わかっています。わかっているけど、やはり僕がすべて悪いというふうに認めるのはやはりどうしても納得がいかない。僕は決して怒りっぽいわけではないと思います。だけど、ああ。小さな家庭の中でも、こうやって、おまえが悪い、いいやアンタが悪いと、ゆずらない。世界は平和じゃない。・・・・・(たくさん書いたけど削除)・・・・・・だけど、平和になるよう、努力しなきゃいけないですね。そうです。いろいろ書いているうちに、気持がおさまってきました。大幅削除してすっきりして本日の日記は終了。
2002年08月28日 22時47分32秒

ゴーヤー、他。
今日は昼食に「長崎ちゃんぽん」の、「ゴーヤーちゃんぽん」580円を食べました。ゴーヤーがたっぷり輪切りにされて、盛りつけられていました。ピリ辛風味のちゃんぽんにゴーヤーの苦味が加わり、きりりとひきしまった味でとてもおいしかったです。僕はゴーヤーが好きです。なんともいえない苦味がとてもいいです。夏休みになぜか妻の実家でゴーヤーの炒め物が昼食に出たときがあり、誰一人として箸をつけなかったので、僕がひと皿すべていただきました。先日は、僕の実家の父親が趣味で畑を借りて野菜を栽培しているのですが、そこでもゴーヤーをつくっているらしく先日キュウリみたいな小さなゴーヤーが2本ほど送られてきましたので、すべて僕がいただきました。しかしゴーヤーというのはおもしろいかたちをしていますね。

こないだ近所の人が夏休みの家族旅行で、沖縄へ行ってきたのですが、おみやげにゴーヤーマン人形のキーホルダーを買ってきてくれました。ゴーヤーマン人形は、少し前のNHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」に出てきたキャラクターです。ヒロインのお兄さんが「ゴーヤーマン人形」をたくさんつくってさっぱり売れなくて事業に失敗するのです。だけどこのドラマのおかげで、現実の世界でもゴーヤーマン人形というのが作られて、沖縄の主要おみやげのひとつとなったのでしょうか。ゴーヤーマン人形は、うちの子供へのおみやげだったんですが、そのうち僕がもらってカバンの中に入れておこうと思います。

僕はゴーヤーも好きですが、ちゅらさんのヒロインの女優も好きだったので、熱心に見ていました。昔の朝の連続テレビ小説と言えば、朝っぱらから、空襲があったり関東大震災があったりしてでもそんな中でもくじけずど根性で生きぬいた女の一代記のような話が多かったような印象がありますが(あんまり見たことないので知りませんが)、「ちゅらさん」や、今やってる「さくら」など、最近の作品は僕の記憶の中の「朝NHK連続テレビ小説」のイメージとは、ずいぶん隔たりがあります。隔たりがあったってなくったって僕の人生にはあんまり関係ないんですが。関係ないといいながら、ちゅらさん以来なぜか毎朝、衛星放送で朝の7時半から家族そろって見ています。

ところで僕はさくらのお母さんである太田裕美さんとやさくらと婚約破棄した元恋人ロビーのモノマネが得意です。太田裕美さんのとっても素朴な演技、彼女の昔のヒット曲とおなじくらい僕はひそかにファンです。
2002年08月27日 21時28分29秒

すうすうした月曜日
夜になるともうあんまり暑くない。夜中窓を開けたまま眠っていると、風が部屋の中を通り過ぎてとてもすうすうして、僕の感覚では非常に気持いい。僕は気持いいけど、妻は寒いと言って窓を知らないうちに閉めてしまうのです。朝目がさめたら、どうして眠る前に窓をしめなかったのかと怒られました。夜中寒くて目がさめたそうです。おおげさなような気もしますが、今夜は寝る前にきちんと窓を閉めようと思います。僕は窓開けて寝るのは好きです。目を閉じると、外から聞こえてくる音やすうすうした空気が身体をつつんで、僕は砂漠の岩陰かどこかに眠る放浪の旅人になったような気分になるのです。そういう想像は楽しいのですが、あまり理解してもらえません。今夜は窓を閉めて寝ようと思います。

このすうすうした夜に、江国香織さんの「流しのしたの骨」(新潮文庫)という小説を読んでいます。すーっとした夜に、非常にしっくりくる小説です。たまあに読むと、すごくいいなあと思います。
2002年08月26日 22時35分24秒

心斎橋の日曜
今日は、午前中、以前同じ会社で働いていて現在イラストレーターになっているOさんが、イラスト展をしていたので、心斎橋の某所に家族で行ってきました。Oさんはあいかわらずとても美人でした。フラダンスをすると、ますます美しくなれるみたいです。フラダンスのフランちゃんのイラストがいっぱい展示してありました。ポストカードと、Oさんがイラストを担当した本を1冊買いました。ちゃんとサインもしてもらいました。たぶん、将来値打ちがでると思います。僕は、
Oさんを勝手に応援しております

それから今日は1日心斎橋近辺をうろうろ家族で歩きました。ものすごい人でした。歩いていると、しばしばティッシュペーパーやら割り引き券やら風船やらいろいろ手渡されました。それから、見知らぬおじいさんに、食いだおれ人形のお店はどこにあるか、聞かれました。僕はおおむね正しい方向を教えたつもりだったのですが、あとで気づいたのですが、それはものすごく遠回りな道順でした。おじいさんは無事に食いだおれ人形の前までたどり着いたのでしょうか、今になって少し心配です。ごめんね、おじいちゃん。

昼食は、バイキング方式のピザ屋でピザ、パスタ食べ放題でした。家族一同アホほど食べました。しかしアホ、とか、バカ、という言葉はあんまり使ってはいけませんね。Qがこういう言葉をすぐ覚えます。ペチカとシュンタがケンカをしながら、ペチカのバカ!シュンタのアホ!などとののしりあっていると、Qはとってもごきげんになり、そのまわりで踊りながら「アッホ♪バッカ♪」と歌い出すのです。気をつけないといけないです。ペット屋さんでも九官鳥のカゴの前には、「悪い言葉は教えないでね」とよく張り紙がしてあります。QはQなんて名前ですが、九官鳥ではなく人間なので、なおさらこういう言葉使いには注意が必要です。

今日は暑さがやや戻った1日で、人ごみの中を歩くのは非常にくたびれました。いつもは、休日もクルマで移動することが多く、こういう都会には足を踏み入れないのです。さんざん歩いて、帰りについでに高島屋で買い物をしました。僕はふと、幼い頃のことを思い出しました。子供の頃は、デパートへ行くのは大イベントであったように思います。「ついでに」買い物をするところではなかったように思います。小学校の低学年くらいまで、僕はデパートに家族で出かける場合、革靴を履いて、白のワイシャツ、黒の半ズボンサスペンダーつき、の思いきりよそ行きの格好で親に連れていかれた記憶があります。革靴をはいたときの靴擦れの痛みのイヤな記憶もあります。そんなの絶対ウソだと、妻は言いますが、それはたぶん妻の実家近辺にはデパートというものが存在していなかったから、信じられないのです。都会の子供はつい最近の昔まで、みんな、そういうものだったです、確か。よそ行き、というのが最近さっぱりなくなったなあと考える今日この頃です。そしてアホほど食ったにもかかわらず、デパ地下の試食コーナーに手が伸びる・・・・。
2002年08月25日 20時11分47秒

おっじゃ、おっじゃ、ホイホーイ♪
今日は朝、ジョギングをして、家でごろごろして本を読んでいました。時々「おじゃる丸」(NHK教育TV朝7:46〜)のエンディングテーマ曲の「おっじゃ!おっじゃ!ホイホーイ♪」を歌いながら、Qを放り投げて遊びました。「おじゃ、おじゃ」のところで軽く2回抱え上げ、それから、ホイホーイのところで、思いきりQを天井すれすれまで放り上げるのです。Qは、「オジャオジャオットオットトット」(訳:もっとオジャオジャをしてください大好きなお父さん)と、大喜びでした。上半身を鍛えるよい運動になりました。

Qは、「オジャオジャホイホーイ♪」と長い文章をしゃべることができるようになりました。ここから僕は応用編として、同じ節回しで「ママ、オチャ、チョーダーイ(訳:お母さんお茶を下さい)♪」という文章をしゃべらせようと努力しましたが、成功にはいたりませんでした。がんばろうと思います。

読書記録。
昨日の夜、「オカルト」読了しました。本書以外にも今まで10冊くらいウイルソンの本を読んでいるので、あまりハッとするほど新鮮な感動は覚えなかったです。基本的にはどの本もけっきょく同じようなことを書いているような・・・。僕の知力に乏しい脳みそだとこういう長い評論的な本はけっこうしんどいのですが、しんどい思いをしてもウイルソンの本の読後は爽快です。訳者の解説で、「彼の特徴は常に楽観的に人類の進化を信じている点にあり、こういう楽観主義者が今ではごくわずかで、あるいはウイルソン一人かもしれない」と書いてありました。超人志向のウイルソンの実践としてあと50年くらいは彼に長生きして書きつづけてほしいと思います。以前NHKで見た立花隆との対談でニカっと笑うウイルソンの顔はとても魅力的でした。

本日は、ちくま新書から出ている小谷野敦著「もてない男」という本を読みました。一気に読んでしまいました。はじめの4章に、特に共感をおぼえました。著者がいかにもてなかったかという怨念のようなものを強く感じました。僕がいかにこの本に感動したかというのをこと細かに書くのは、とっても恥ずかしいので、略します(笑)。続いて本日は同じ著者の「バカのための読書術」を読もうと思います。

でも近所の人が魚を釣ってきて、いっしょに食べましょうと誘われているので今からいってきます。
2002年08月24日 18時07分28秒

すずしいよるのすーちゃん
金曜日です。夏休み開けの1週間は長かった感じがしましたが、あしたからまた2日間の休みです。今夜もとても涼しいです。涼しいとよく眠れます。今朝もぐっすり眠りました。7時過ぎても布団に身体がぴたりはりついている感じで、そのぴたりはなんとも心地よく、起きれないのです。今も窓からすーっと涼しい風が吹いてきてとても気持いいです。

夏の間ぐったりしていたスナネズミのすーちゃんも夜になるとカサコソと、非常に活発に動き出すようになりました。妻の実家に帰ったとき、このすーちゃんも連れていきました。うちの子と違って、甥のトモゾウは動物がだいすきで、すーちゃんにも非常に興味を持っていたので、トモゾウにプレゼントしようと思っていたのですが、諸般の事情により、その話しはとりやめとなり、結局またすーちゃんはうちでカサコソしています。勝手にカゴの中でカサコソしているだけですが、キャベツやニボシを手渡しで与えたときに、律儀に両手で抱えて受け取る姿はかわいらしい。あげなくてよかった。

あげなくてよかった・・・なんて、本当は、一番のすーちゃん養子縁組推進派は僕であったのですが。いけません。反省します。ごめんね。すーちゃん。ちょっと帰りの荷物が多かったから、すーちゃんを積むスペースがクルマになかったんだ。だから、トモゾウの家に置いていこうかなんて、僕はかなり真剣に検討していたんだ。キミが天寿をまっとうするまで大事に飼ってやるからな。

反省する僕におかまいなく、すーちゃんはカソコソと心地よさそうにすずしい夜の活動をはじめています。
2002年08月23日 22時07分23秒

めずらしくCDを買いました
今日は仕事の休憩時間中にBOOK OFFに立ち寄って、めずらしくCDコーナーに足を踏み入れ、スピッツのアルバム「空の飛び方」を買いました。「空も飛べるはず」が入ってるちょっと古いCDで、750円。お買い得、かな。今、聞きながら本日の日記を書いております。スピッツのアルバムは他に「ハヤブサ」と「ハチミツ」を持っています。この2枚こないだ九州行った時も、クルマの中で真夜中何度も聞きました。けっこう好きです。歌詞もちょっとひねった感じでセンスがいいし、ボーカルの人の声もいいなあ。僕もあんな声だったらなあ。ギターが弾けてミュージシャンだったらいいのになあ、とか思ってしまいます。そう、僕は子供の頃、オルガン教室に通っていたのです。あのころは両手使って曲を弾いて、楽譜だって少しは読めたのに、ぜんぜんおぼえてない。ペチカが祖父母(妻の両親)に買ってもらった電子ピアノがありますが、僕はさっぱり弾けません。それになにより僕はオンチの傾向があります。テレビでモーニング娘。が歌っているのにあわせて歌おうとするとペチカに怒られます。そんな僕でもスピッツがかっこいいなあと思います。いけないことなのでしょうか。なんかだんだんいけないような気になってきました。ごめんなさい・・・。あ、「青い車」!この歌知ってる!ラジオできいたことある。うれしいな♪
2002年08月22日 22時18分17秒

今夜も涼しい夜です。
今日は会社の帰りにビールとコークハイを飲んで帰ってきました。コークハイというのは、くらくらします。自転車に乗って酔いをさまして帰りました。帰るとまだみんな起きていてモーニング娘。のテレビを見ていました。いつもうちのテレビにはモーニング娘。が映っているのです。小さいモーニング娘。がうちのテレビの中に住んでいるのかもしれません。こうやって、子供たちは夜更かしの夏休みを過ごし、本来なら今週から朝、ラジオ体操に行かなければならないのに、さっぱり起きないのです。

僕は今日はきちんと6時に起きて走りました。今朝も涼しい朝でした。いつものコースを走り終え、ペチカたちが体操しているはずの公園に行くと、よその子しかみかけませんでした。うちに帰ると、すやすや眠っていました。ペチカペチカと眠っているペチカの横で僕がうるさく話しかけたら、妻が起きてきて僕を非難するのです。どうして非難されるのだろう。昨日の夜、ペチカはあしたこそ起きるといっていたのに、起きなかったから、どうして起きなかったのかということについて僕はペチカと話しあいたかったのに。・・・朝からやや理不尽さを感じました。

でも、理不尽なことに遭遇しても、僕は自分の感情をコントロールするのです。年齢を重ねると、一般的に人はこのコントロールというのがだんだんきかなくなってくるようです。ひとつの方向にかたまりやすくなるというのでしょうか。なにごとにも意固地になるといいましょうか。そういうことを僕はしばしば観察する機会があります。はたと自分の意固地さに気づいてしまうこともあります。

なるべく日々機嫌よくいきたいものです。

今夜もとても涼しい夜です。くらくらもすっかりすっきりしました。
2002年08月21日 22時28分53秒

秋?・・・風呂上りにぶるっと震える
昨日の夜は涼しかった。僕は結局、子供たちとは別に自分の部屋でひとりで眠りました。自分の部屋というか、荷物置き場みたいなところですが。寝る前に僕はコリン・ウイルソンの「オカルト」の吸血鬼伝説のエピソードを読んでいました(下巻、あと半分です)。電気を消したあと、足下の窓から吹いてくる涼しい風でぼわっとふくらむもカーテンの白い影を見たり、本棚の上に置いてあるカゴの中で活動しているすーちゃんが新聞紙をちぎったりカゴをがたがた揺らす音が聞こえて来たりすると、本のことを思い出して、ちょっとこわくなってきて、布団をかぶって眠りました。布団をかぶってもぜんぜん暑くなく、かえってちょうどいいくらいで、僕はあっという間に眠ってしまいました。ぐっすり眠っていたので、夜中の2時すぎに妻とかっちゃん母が戻ってきたのにも、まったく気がつきませんでした。たぶん窓から吸血鬼が侵入していても、まったく気がつかなかったでしょう。

朝は寒いくらいでした。こうやって急に気候が変ると僕は鼻づまりになります。やや鼻をズルズルさせながら1日をすごしました。

夏休みの道路は混んでいて、昼間はまだ夏が残っていました。しかし帰り道、自転車に乗っていたら、半そでのシャツのすきまにすうすうと冷たい空気が入ってきて、暗い草むらからコオロギの鳴き声が知らないうちにいっぱいで、そこはかとないものがなしさをおぼえる突然の秋の1日でした。
2002年08月20日 20時41分43秒

いいんです別に。
今日からまた通常の毎日がはじまりました。でも、子供たちの夏休みはまだ続いています。今日は、この春引越しをしたシュンタの親友かっちゃん、こうちゃん兄弟と彼らのお母さん、それとかっちゃんたちより少し前に引っ越したリッチーとお母さん、が、遊びにきたみたいです。かっちゃんこうちゃん兄弟は、シュンタとQと仲良く布団に入って眠っています。まだおしゃべりしているみたいです。かっちゃんだいすきのシュンタはとってもしあわせそうです。そしてリッチーとお母さんはマンションの別の家に泊まっているので、ペチカは、そちらに泊まります。そして妻もかっちゃん母も、そのお宅へ行って、たぶん夜中まで帰ってこないんじゃないかと思います。だから僕はあらかじめ夕食は外で食べました。吉野家の並盛タダ券があったので、タダの並盛と、ちょっとぜいたくに120円のケンチン汁を注文しました。いいんです。別に気にしません。これからシュンタたちといっしょに布団にもぐりこんで寝ようと思います。僕も小さい頃、引っ越した友達が夏休みに遊びにきてくれたりしたらすごくうれしかった。シュンタがにこにこしている姿を見るのはすごくうれしいです。ペチカは会ってないので、どんな顔してるのかしりませんが、たぶん久しぶりに友達に会えて喜んでいると思います。いいんです。だから僕はさっさと寝ます。どうやって寝よう。むずかしい。おやすみなさい。
2002年08月19日 22時55分57秒

夏休みの終わりのとりとめもない想像
今日で長かった夏休みが終了です。明日から出勤です。脳みそがまだ夏休み状態です。明日のことを考えると、なんともいやな重たい気分になってしまいます。僕はたぶん、とてもなまけものなのだと思います。しかし、それゆえに。なまけものであるために、いやだという気分に巻きこまれてしまってはいけないのです。のらりくらりと、日々を乗り越えるのです。のらりくらりには、自制というものが非常に重要です。生きていく上ではそう簡単にのらりくらりとはいかないのです。すぐになにかとても小さなことにとりつかれて身動きがとれなくなる。しかし、僕は負けないのです。ドジョウのように生きていきます。

ドジョウ。昔、魚屋で祖母が生きているドジョウを袋いっぱい買ってきて、よくドジョウ鍋を作っていました。豆腐といっしょに鍋にいれて煮て食べるのですが、なんともおそろしい料理でした。豆腐を入れて煮立った鍋の中に何匹もうごめいているドジョウの袋をざーっと流し込んでフタをする。鍋の中でペチンペチンとたくさんのドジョウが跳ねる音が、横で調理を見ていた僕には聞こえました。豆腐は冷たいから豆腐の中にドジョウがもぐりこんで、おいしいドジョウ鍋ができるのであると、祖母は解説してくれました。そんなこと言いながら本人は川の魚が大嫌いで食べなかったのですが、僕は、なんておそろしい料理だと思いながらも、できあがったドジョウ鍋はとてもおいしく食べた記憶があります。祖母は他にもイナゴをつかまえてきて、イナゴの佃煮を作ったり、いろいろ野性的な料理をしていました。

話しがずれました。ドジョウのように生きたいといいながらドジョウ鍋の話しになってしまいました。ドジョウのように生きても、僕はドジョウ鍋にはなりたくないです。

小学生の頃、夏休みの登校日に、ドジョウつかみ大会というのが行われたことがありました。おおきめのビニール円形プールを校庭にいくつか作ってその中にはドジョウがいっぱい入っているのです。小学生の僕たちは水着着てみんなでプールに飛びこみドジョウをつかんで遊んだのです。あのとき捕まえたドジョウはドジョウ鍋にはしませんでした。そうそう、あの頃は、まだ祖父母と同居する前の話しです。僕は水槽にいれて大事に飼いました。ドジョウはずいぶん大きくなったし、カメのエサである乾燥イトミミズを僕が楊枝に刺して水面に突き出すと、キュっといって水面に上がってきて、その乾燥イトミミズをつっついていました。かわいかった。水槽のガラス越しに見たドジョウのくねくねとした動きは、小学生の潜在意識になにか影響を与えているのではないかと思います。でもドジョウ鍋のドジョウのペチンペチンも、同じくなにか影響を与えているのかもしれないです・・・ドジョウのように生きたいと感じる時のちょっとした憂鬱感とかそういうところなんかかもしれません。

なにを書いているのだろう・・・・。

曇り空の風の強い1日です。さっきから雨が降っています。目を閉じるとどこか見知らぬ荒地に旅しているような気がします。雨の日や、曇り空の日、暗い部屋で目をつぶって、いろいろ想像するのは好きです。風の強い火なんかは、ここは火星だ、とか考えて火星の砂嵐を想像したりするんです。
2002年08月18日 17時27分05秒

帰宅
夜中に妻の実家を出発、7時間ほどクルマに乗って帰宅しました。本当は6時間台のペースでありましたが、途中のパーキングでの給油で手間取りました。120分待ちなんて書いてあるのです。道路は混んではいないのですが、ガソリンスタンドのあるPはどこも、満員でした。結局45分ほど並んで、給油をしましたが、あとは休まず一晩走りました。朝日がまぶしかったです。クルマの運転は昔は非常に嫌いでありましたが、仕事で乗っているうちに、運転することは、けっこう好きになってしまいました。仕事でもひとりでクルマに乗ってる間は自由なので、好きなだけくよくよしたり歌をうたったりひとりごとをつぶやいたり昼寝をしたりできるのでとても好きになったのです。真夜中に家族を乗せてクルマを走らせていても、みんなぐっすり眠っているので、僕はひとりで暗やみの旅人となってギャンギャンクルマを走らせたのでありました。

そうしたら、すっかり目がさえてしまて、帰ってからくたびれているんだけど、昼寝ができません。昨日も、昼間ずっとごろごろしていたんだけど、眠れなくて、夜もあんまり眠れなくて、ずっと、起きているのです。さっきまでみんな、砂漠のらくだみたいに、すやすや静かに横たわる夏の午後を過ごしていましたが、僕はひとりでセミみたいに起きていました。みんみんじりじりとうるさいです。

日が翳ってきたら、走ってこようと思います。身体を疲れさせて、今夜はゆっくり眠るのです。昨日、子供たちがTVでドラえもんを見ていたんですが、おもしろいクスリが登場していました。飲んだら、身体が液体になっちゃうクスリなんです。横になったドラえもんは畳の上で、水溜りになって昼寝していました。僕もひんやりとした水溜りになって眠りたいと思います。

液体といえば、つい昨日まで、麦茶をヌナヌナと言っていたQが突如として、オチャオチャ、と言い出しました。非常ににぎやかな環境で1週間をすごし、成長が促進されたようです。
2002年08月17日 15時48分27秒

15日から16日の出来事
昨日は昼間、ペチカとシュンタといっしょに、こうちゃんに近所の市民プールにつれていってもらいました。土曜日に行ったのとは別のところです。休みの間、僕はたくさん泳いでいます。子どもたちが狭くて浅い円形プールで泳いでいる間、こうちゃんが見張りをして、僕はとなりの大人用の50mプールで30分間休みなく往復平泳ぎをしました。となりの大人用プールは柵で囲んであり、子どもは侵入禁止になっていました。こうちゃんは、そうやってプールに柵を張っているところが非常に気に食わないと怒っていました。昔はもう少し開放的だったそうなのです。だからこうちゃんは大人用プールには行かずに子どもプールの中にすっくと立って、子どもたちの見張りをしていました。でも僕には、「せっかく義兄上殿は遠くから来てくれたのだから大人用プールで泳いでくれたまえ」と言ってくれたので、僕は「かたじけない」といって泳ぎました。夕方、みんなでバーベキューをしたので、あらかじめ一生懸命泳いで、しっかりおなかをすかせました。だからたくさん食べる事ができました。

非常によく昼寝をし、泳ぎ、よく食べ、読書にはげみ、英気を養うことのできたこの一週間でした。今夜眠って、真夜中に起きて、自宅に帰ります。
2002年08月16日 11時40分48秒

コリン・ウイルソン、川、海、マカヨケヨ、
8月12日
特にあまり活動的なことはしませんでした。コリン・ウイルソン「オカルト」(河出文庫)という本を読んでいます。上下2巻、とても分厚い本です。人間の意識の拡大の可能性としてのオカルト、魔術の歴史を述べている本です。コリン・ウイルソンの本は殺人事件について書いても、文学について書いても、いつも、同じことを述べています。たいていの人は居眠りをして一生を終えるのです。だけどそれだけではないのであると、コリン・ウイルソンは述べているのです。だけど僕は古代の魔術の歴史を読んでいると見知らぬ名前がたくさん出てきてしばしば眠くなり昼寝状態になりました。でも僕はコリン・ウイルソンが好きなのです。コリン・ウイルソンの膨大な知識の披露に目が廻ってどんなに眠くなっても、でも最後まで読もうと思います。ちょっと読めなくなったりしそうな不安もあるので、ここに最後まで読もうと書いておこうと思います。昨日までに(14日)時代は石器時代より18世紀までたどりつきました。フランス革命前後の詐欺師的傾向の魔術師、カザノバ、カリオストロ、サン・ジェルマン伯爵が登場しました。だんだん面白くなってきました。いかがわしい感じの人の評伝を書く事にかけてはコリン・ウイルソンはとてもうまいと思います。なにしろデビュー作が「アウトサイダー」です。どんなにいかがわしいことについて書いていても、コリン・ウイルソンは、少年のような明るさがあります。僕の中では、コリン・ウイルソンは魔法使いの一人です。イギリス人だし大いにありえる・・・。

8月13日
義理の父、妻ペチカシュンタQといっしょに河川プールという山の中の川の途中をプールにしたところに遊びに行きました。水がとても冷たくて、心臓によくなさそうでした。Qは下唇をプルプル震わせてモウイッカイ!モウイッカイ!といって水の中につかっていました。プールより少し下のところに、5mくらいの高さの滝があり、小さい子たちは、川の流れに身を任せ滝すべりをして滝壷にドボンドボンと沈んでいました、もう少し大きな少年たちは、滝の横の岩から、身投げをしていました。僕は高いところが怖いので、見ているだけで体が震えてきました。ペチカとシュンタもびびっていました。僕に似たのだと思います。

8月14日
義理の妹家族と海に行きました。来年小学生のケヨはQが大好きです。オネエチャンのところへおいで、といって、Qを引っ張りまわしていました。Qはケーヨ!ケーヨ!とついてまわっています。ケヨが元気いっぱい海に向かって走っていくとQもペタペタと海に向かって走っていって、こけて沈みました。でも泣きませんでした。ケヨはころころと小さい女の子で、デカQとサイズが近いので、いっしょに遊ぶのにちょうどいいみたいです。僕はとちゅうでくたびれてしまったので、先にシャワーを浴びて着替えてしまいました。義理の弟のこうちゃんに、こうちゃんももう、着替えてきたらどうかと言うと、「何が起こるかわからないけ、おれは最後までみちょる」と、水着姿でカニ腹を見せ、腰に手をあて砂浜にすっくと立って子どもたちを監視していました。海浜警備隊員みたいでかっこよかったです。そんなかっこいいこうちゃんでも、きのう僕たちが行った河川プールの滝は飛び込めないそうです。高いところがこわいそうです。僕はこうちゃんに深い共感を覚えます。

8月15日
今日は朝から日記を書いています。Qは毎朝、仏壇に行くのが大好きです。目がさめるとすぐに、イコ、イコ、ナムナムイコ、といって、僕の手をひっぱって、仏壇に言って、先日見た猿回しのサルみたいにきちんと正座して、手を合わせ目を閉じナムナムといいます。それからすぐにイコイコ、と立ち上がります。だいぶいろいろ言葉を覚えてきました。言葉といえば、ケヨの姉のマカヨ小2は、東京の人はみんな英語を話して生活しているんだよと、教えてやったら、本気にしていた。そういう素朴なマカヨでありますが、両思いの彼氏がいるそうです。そういうところは、マセヨです。

とここまで書いていたら、ケヨがひとりでやってきました。トモゾーとマセヨはお勉強だそうです。
ケヨは今からQの子守りです。
2002年08月15日 09時53分48秒

書けるときに書く日記
8月10日。妻の実家到着。少し眠ったあと、ペチカとシュンタと義理の妹家族5名といっしょに、計8名にて市民プールに行く。25mプール歩いたり泳いだり20往復する。僕は義理の兄として、甥姪たちにかき氷をごちそうする。そのかわりに義理の弟からミルクがけのかき氷をおごってもらう。義理の弟のこうちゃんはとても親切である。そして僕より年上なのにこうちゃんのおなかの筋肉はカニのようだ。尊敬する。夜カニ腹めざし走る。

8月11日。義理の母、義理の妹家族とあわせ計11名にて阿蘇山へ行く。雨降り。火口は部分は霧と噴煙の区別がよくわからないくらいだ。大雨。ほかに猿回し劇場と、クマ牧場に行く。クマ牧場は大人2100円も入場料を取るので、子ども6人を大人代表の僕が引き連れて入場。入場券は義理の母が買ってくれた。いつの日か数倍にしてお返ししようと思う。クマは曲芸をしていた、サルも曲芸をしていた。Qはおおよろこびで真似をしていた。

8月12日。朝から日記を書いている。今日も雨降り。
2002年08月12日 10時17分09秒

おっくんのお父さんのことは内緒です。ぜったい。
10日午前1時半頃、妻の実家に向かって自宅を出発しようとしていました。車は、マンションの地下立体駐車場に置いてあります。暗い階段を降りて、地下駐車場に行くと、ゲートが開いていて、一台の車が今まさに車庫入れをしようとしているところでした。しかしその車はエンジンはかかっていてゲートにおしり半分つっこんでいるところなのに、そこから動かないのです。スーツ姿の男性が、運転席で目を閉じて、じっとしているのです。僕は何度も運転手席側の窓をコンコンと叩いたのに、その男性は一向に目を覚ます気配がありません。

僕はとてもどきどきしました。もしかしたらこの人は死んでいるのではないかと思いました。死んでいたら、警察を呼ばなくてはなりません。僕は第一発見者としていろいろ事情聴取されてしまうかもしれません。もしかしたら、容疑者になってしまうかもしれません。そうしたら、とても楽しみにしていた妻の実家にも行くこともできません。そんな事態になったらどうしようかと不安になりました。「君は、とても楽しみにしていた奥さんの実家にいきたくないために、こんなことをしでかしたんだな、な!そうだな!」とか取調べの刑事さんに尋問されたら、気の小さな僕はうっかり「ハイ全部私がやりました」とうなずいてしまうかもしれないではないですか。僕はとても不安でいっぱいになったので、ドンドンドンと窓を叩きました。それでも目を開きません。

あ。ドアの鍵が開いているではありませんか。でも開けて、僕が揺り動かしたりしたら、僕の指紋が被害者の(もう僕の中では彼は死んでいるものと確定していました)・・・。なんて考えたら心臓がもうバクバクと音を立てて喉から飛び出さんばかりでした。しかし、荷物を抱えた妻が、早く起こしなさいよ、どいてくれなきゃウチの車が出せないじゃないのまったくブツブツと、いう内容の抑圧的なテレパシーを僕の背中に向けて送ってきたので、僕は勇気をふりしぼってドアを開けてその男性をユサユサと揺り動かしました。

すると男性はパッチリと目を覚ましました。不意打ちの目覚めというのはどんなおっさんでも、とても無邪気な子どものような表情になるものだと僕は感心しました。彼は目覚めて数秒のあいだ、まったく自分の今いる場所がどこなのかわかってなかったみたいでした。それから、突然ハッと事態を認識して、すぐに40年ほど年令を重ねた顔に戻りました。これはこれは、失礼いたしました。彼はあわてて、中断していた車庫入れを再開して、とちゅう、タイヤをコツンコツンと車庫の脇にぶつけつつも、無事完了すると、冗談のひとつもいわず、大急ぎで地下駐車場を去って行きました。

なんだったのだろう。九州へ向かう真夜中のクルマの中で僕と妻は、なぜ、あの男性が車庫入れの途中で眠ってしまったのかという点について話し合いました。地下立体駐車場は、上中下3段になっていて、中段の車庫の人はボタンを押せば、ゲートが上がり車庫入れができます。しかし、上下段は、あがったりさがったり、いろいろむずかしい動きをしてから、ようやく任意の車庫がクルマの前にやってくるのです。その時間がけっこうかかってしまうので、たぶんその待ち時間に眠ってしまったのではないかと考えられます。しかし、どれくらいの時間、彼はあの状態で眠っていたのだろう。それから、彼は、はたして、あの時、はたして実際のところ車庫入れをしようとしていたのだろうか。もしかすると、「車庫出し」の途中だったのではないか。ということも考えられます。たとえば、酔っ払って帰ってきて、奥さんとケンカして、ばっきゃろー出てってやるわいとか言って、スーツ姿のまま家を飛び出し、クルマに乗り込み出発間際に眠ってしまったとか。僕たちはいろいろ想像をめぐらせながら、夜の山陽道を走りました。

「ところで、あの人、おっくんとこのお父さんよ」と妻はいいました。おっくんとはペチカの同級生の男の子です。かわいそうなおっくんパパ!盆開けには同じマンションの奥さんたちのうわさ話の中心人物となっていることでしょう。僕はよそのだんなさんの恥ずかしい話なんて口が裂けても誰にもいいません。まったく女の人というのはうわさばなしが大好きです。僕はひとり今回の小さな事件は胸に秘めておこうと思います。

・・・・・ん?
2002年08月12日 09時57分19秒

夏の上底
夏はたぶん、カタチにしたら、台形をしているのです。たぶん夏は台形の左端から登りはじめるのです。7月のはじめ頃から気がつくと台形の左端の斜めの坂をのぼりはじめるのです。7月のはじめ頃は下底の左端の一点であったのです。今、夏はすでに台形の上底に達したと感じています。暑さは最高度を維持して日々水平に進んでおります。僕は夏の上底のまっすぐな道を朝走っているのです。夏の上底の朝はこのところとても静かです。いつの間にか子供たちのラジオ体操は終わっていました。セミの鳴き声も壮年に達したように、どくとくの間合いと静けさがあります。俳句になりそうな鳴きかたです。あさってより(明日の深夜より)、妻の実家に行かせていただくのですが(僕は借りてきたネコのようにおとなしくしようと思います・・・にゃあ)、おそらく、こちらにもどってくるときぐらいから、下底の右端の点に向かって、夏は進行していくのだと思います。

ところで台形の面積は(上底+下底)×高さ÷2でした。最近の小学校の授業では、台形の面積の出し方は教えないらしいですね。僕はこの式、ちょっと複雑な感じで好きでした。平行四辺形よりやっぱ、台形だぜ、って感じです。

よくわかんない内容になりましたが、僕は夏の台形の面積について思いを寄せつつ、日々走ったりしています。

それでは、みなさん、また盆開けに・・・・。
2002年08月08日 22時21分16秒

今日は早く帰りました。
今日は早く帰りたかったのです。だから、夕方6時過ぎに、外から会社へ電話をした時、はたして本日は、上司某はすでにご帰宅なさっただろうか、ということがすごく気になっていました。もし僕が帰社した時に、まだいらっしゃったら、もしかすると、「いっしょに、ビールでも飲みに行こうではないか」と言われてしまうかもしれないからです。

電話に出たのは、今年の春入社した女子社員なっちゃん(仮名)でした。僕はなっちゃん(仮名)に、用件を頼んだ後、小声で「ところでわれわれの上司である○○部長はまだご着席なさっているのであろうか」とききました。そうしたら、新人なっちゃん(仮名)は、あまり広くない事務所全体に響き渡っていると思われる若さにあふれた元気で大きな声で、「はい!○○部長は、席につかれております。まだ帰られておりません!」と答えました。・・・なっちゃん(仮名)、声がでかいぞ。と僕は心のなかで舌打ちをしながらも「うむ、わかった、ありがとう」と言って電話を切りました。

上司某はとても繊細な方なので、たぶんなっちゃん(仮名)が、大きな声で電話を受け答えしている内容をしっかりきいていらっしゃるだろうなあと僕は思いました。そしてその電話の相手が僕であると確実に推測して、僕がこそこそと女子社員に上司某のいるいないを確認して、時間を調整して帰社しやがるのではないかと疑っているのではないだろうか、そうやって僕は上司からマイナス評価をされるのではないか、そしてこういうことがつみかさなって、そのうちに僕には暗い未来がやってくるのではないかと考えて、だんだん僕はおそろしくなってきました。猜疑心に満ちた繊細さと小心さにかけては僕はまさに取締役級であります。

ということで。小心者の僕はそれほど急ぎでもない用件を無理に作って、上司某の携帯に直に電話しました。・・・え?事務所にいらっしゃるんですか!もう帰られたかと思ったんで!でも今日中にお伝えしとかなきゃって思いまして。いや僕もすぐ帰ります、なんだいらっしゃるんなら電話することなかったですねえ・・・。

こうやって、時々僕は、あたふたすることもあります。

で、本日は、結局、帰社すると上司某の姿もなく、なにごともなくまっすぐ帰宅することとなりました。

おねえちゃんとおにいちゃんがいないので、Qは現在天下をとっています。部屋中かけまわって、大暴れです。
2002年08月07日 22時17分36秒

本日もビールを飲みました。
本日も会社の帰りにビールを飲んできました。ペチカとシュンタがいなくなったとたんに、2日連続で、夕食をキャンセルしてしまいました。妻は怒っていないでしょうか。心配です。僕はあらかじめ、今夜は夕食はいらない事態になると通告はしておいたのです。だから、妻は僕が帰宅すると、笑顔で、「ペチカもシュンタもいないし、夕食は余りもので済ませたし、楽やわあ」と言って喜んでいるように見えます。ソファに深々と座り心ゆくまでテレビドラマを見ています。だからたぶん妻は怒っていないと思います。Qはおりますが、それでもいつもより静かな我が家で、夫婦の会話を楽しみながら夕食をとりたかったとは、妻は思っていないと思います。でも本当のところはわかりません。もしかしたら、心の底では不機嫌なのかもしれません。僕が帰ってこなくてさびしかったのかもしれません。女の人の心はとてもむずかしいのです。僕は少なくともむずかしいのだということは知っています。知っているけど、解決にはいたらないのです。だからしばしばケンカをします。

うちの夫婦ほどケンカをする夫婦はいないんじゃないかというくらいよくケンカします。僕たちはケンカするくらい仲良しなのだ、という見解を僕が言ったりすると、またまたその観点からケンカになります。でも、修復はとても早いです。僕が子供の頃、近所のSさん夫妻はケンカとなると、短くても1週間は口をきくことがなかったそうです。そういう噂話を母がほかのおばちゃんたちとしていたのを幼い僕はしっかりきいていました。「なにしろあそこの奥さんは九州出身だから気が強い・・・」とうわさばなし好きのおばちゃんたちはもっともらしく語っていました。おさない僕にはだから九州女=気が強いという、公式がすりこまれました。九州女とケンカをしたら、最低でも1週間は口をきいてくれない。

やがて僕は大人になり、なんとまさに九州出身の女性と結婚することになりました。やっぱり九州人の妻は気が強かったです。しかし、どんなにケンカしても、口をきかなくなるという事態になったことはこの11年1度もありません。理由はいろいろあると思うんですが、たぶん僕の修復能力が優れているという点もかなり大きいと思います。こうやって、僕が飲んで帰ってきて、にこにこ笑う妻のココロの裏の裏にはいったい何があるのだろう。そうゆうことを考えながら、日々を緊張の中で過ごしているのです。夫婦関係にも一定の緊張が必要なのです。たぶん、実家の近所の夫婦はだんなさんがだらしがなかったのだと思います。おお。つまり僕はたいしたダンナちゃんなのです。

結論が出たところで。本日の日記は終了です。

ペチカとシュンタ、本日は電話一本かけてきません。
2002年08月06日 22時14分24秒

しおれません・・・。
週末は日中、気温30度をわることはなかったとは思いますがいくらか暑さはおさまっていたように感じていました。しかし、週のはじめ、また気温は体温と同じになりました。しおれそうです。朝からすっかりひからびて目がさめました。そのままくたっとしおれていたい気もしましたが、今日も1日働きました。仕事の終わりにはビールを飲んできました。目が回りました。ちょっと気持悪りいい〜という感じです。今日はペチカとシュンタが妻の実家へ行ってしまって、静かな夜です。さっきふたりから電話がかかってきて、妻が今日の「ペチカとシュンタの日記」を聞き書きしていました。ふたりとも律儀に日記を更新しております。せっかくだから夏休みの日記の宿題は、そのままペチカとシュンタの日記をプリントアウトして持っていたらどうか、というとそれは恥ずかしいのでイヤなのだそうです。人にはそれぞれ恥ずかしさの基準があるのです。

風がピタリと止まると夜でも暑い。食卓の窓際に置いてあるカネノナルキは、少々、しおれ気味です。なにか我が家の経済状態を象徴しているような感じもします。しかし、負けません。インスタントコーヒーを飲んで、頭をしゃきっとさせて、あしたも元気に目覚めようと思います(こういうふうに自分を叱咤激励するような日記を書いているときというのは、非常にしおれているのだと思います)。
2002年08月05日 22時26分40秒

野Q
今朝は曇っていました。昨夜は、ペチカが遅くに帰ってきて、そのあとシュンタもQも興奮してなかなか眠らなかったので朝はゆっくりでした。曇り空の朝、ひとり走りました。昨日は朝、走れなかった。休日の朝、こうして走ると、1日のはじまりがきっちりします。午前中は昨日と同じように、シュンタとQと3人で、プラスチックのバットとボールで野球をしました。僕が投げてシュンタが打ちます。小さな公園なので、シュンタでもジャストミートすれば柵超えになります。シュンタは柵超えしない場合は一塁二塁三塁とベースを決めて、打ったら律儀に全力で走ります。Qはシュンタと僕のまわりをいったりきたり、ぺたぺた走っていました。シュンタが二塁打を打ったりすると、二塁ベースと想定した場所に、「Q、そこに座っとけ」、とシュンタはアニキとしてQに命令します。Qはコッチ?コッチ?とわかってるんだかわかってないんだか不明ですがおとなしく二塁ベース代わりの石の上にしゃがみます。でもすぐにペタペタ歩き出すので、僕はQにタッチして、アウト!といいます。Qはもう、大喜びでアウトアウト!と走りまわります。そういうふうに、暑い午前中、遊びました。いつのまにか曇り空はどこかに行って今日もとても暑い1日です。

昼からQが昼寝をしていたので、ここ1週間かけて読んでいたパール・バック著「母の肖像」(村岡花子訳・新潮文庫)を読みおわりました。キリスト教の宣教のため夫といっしょにアメリカから中国に渡り一生を終えたパールバックのお母さんの伝記です。19世紀の終わりから、第1次世界大戦の終わりくらいまでの時代、中国で生き抜き、7人の子を産み、そのうち4人を幼くして亡くし、さまざまな悲惨な現実に直面しながら、生きた母親、ケアリについて書いてある本です。娘が書く母親の伝記というのは、湿っぽく感傷的な森昌子やら島倉千代子の母親テーマの演歌のような内容の本ではないかという恐れを感じていましたが、そういうタイプの本ではありません。また宗教的な道徳を述べている本でもないのです。あるいはキリスト教の宣伝のための本であるならば、この母親の人生をそういう角度からケアリを称えて書き記すやり方もあるのかもしれないのですが、多分、そういう本だと今読んでも面白くは感じなかったと思います。この本の表紙はモーゼスおばあさんの絵でした。グランマ・モーゼスは70代から絵を描き始め、101歳で亡くなるまでに約1600点の作品を残したというアメリカの画家です。以前テレビで特集したのを見たことがあります。素朴な昔の人が夢見た理想のようなアメリカの田舎風景画です。この本の内容と非常に合っていて、いい表紙だなあと思いました。この本もブックオフ100円コーナーで買いました。ブックオフ100円コーナーには思わぬ出会いがあるのでとても好きです。

昼寝からQが起きてから、ペチカとシュンタはテレビをみていたので、Qとふたりで、近所のペットショップにいきました。Qはインコを見て、ぴー!ぴー!と、とてもうるさかったです。だいぶ言葉を覚えてきましたが、まだまだです。ゆっくり成長すればいいなと思います。夕方にはシュンタともう一回キャッチボールをしました。明日から、ペチカとシュンタは妻の実家に行ってしまいます。
2002年08月04日 18時35分18秒

まのびした土曜日でした。
今日はペチカがバレエの発表会で、妻とでかけていて、朝から晩までシュンタとQと留守番でした。今日はだらりとした土曜日です。休みの日で、朝からずっとだらりとのびていたような感じです。こうやって僕の一生は終わっていくのでしょうか。こうやって終わるのも少し悲しいような気もするし、でもいつまでもこういう調子の毎日がこれから先何年も何年も無事に続くのかという将来に対する不安もあります。将来を切り開くのは自分といえば自分なのですが、昨今の社会情勢を見てみると、こういうのびきっただらだらとした午後に極度の不安を覚えます。ただいろいろとあるがままに状況に押し流されて、下降線をたどってしまいそうな、不安があります。生きていくのは大変だなあと思います。努力はたくさんしなければならないのです、そして僕はかなりその才能に欠けるところがあります。アリとキリギリスではないですが、僕はこれまでまったくほとんど苦労というのをしたことがない。いつかとんでもない事態になるぞという、無意識からのささやきがきこえてくるような感じです。

普通に生活をまっとうするというのはなんと大変なことなのだろうと、このところつくづくそう感じます。他人事みたいにそう感じてしまうから、問題なのであると思いますが。しぶとく生きていきたいものです。こういうふうに時々こまごまと心配するくらいなら常日頃から自己の能力の向上に努めればいいのです。別に僕は国家的人物ではないので、個人でしぶとく生きるということを考えるのなら、そういう実務的な努力を図れば簡単なことなような気もします。しかしそれができれば、苦労がない(できるできない以前に僕はなにもしていないので、苦労をしていないですが)。できる人は、能力があるのです。というわけでだらだらとすごす休日です。

ま、なんとかなるかな。けっきょく、というわけで、まのびした1日が終わります。こういう態度をいつまでも貫けるものなのでしょうか・・・ねえ。
2002年08月03日 23時18分19秒

こわいことはどんなことでしょうか。
今日は午後から雨が降りました。雷もゴロゴロと鳴っていました。僕は雷が好きではないです。かなり大きくなるまで、雷が鳴るとおへそをとられてしまうと本気で心配していました。べつに雲の上にトラ皮のパンツをはいたカミナリ様がいると信じていたのではなく、なにかそういう落雷とヘソの消失に関係する科学法則があるのではないかと思っていたのです。

僕はいろいろと心配するのです。小学生の頃、「口裂け女」というのがはやりました。クラスのみんながもっともらしく口裂け女についていろいろなウワサをするものだから、僕はすっかり口裂け女の実在を信じておりましたので、すでに6年生だったと思うんですが、ひとりで風呂に入れなくなりました。風呂に入って窓から口裂け女がのぞいていたらどうしようと、想像しただけでおそろしくなったので、祖母といっしょにお風呂に入りました。

あと、夏の怪談もいやです。夏休みになると、今は見る機会がないので知りませんが、僕が子供の頃には必ず、お昼のワイドショーで、心霊特集のようなものをやっていました。視聴者から送られた心霊写真や、体験談の再現ドラマ、見なけりゃいいのに、夏休みをだらだらと過ごす子供の僕はついついそんな番組を見ては、夜眠れなくなったのでした。眠れないんだけど、その怖さというのは決して親には言えないのです。もしそういう気持を親兄弟に言ってしまったら、ますます、コワイ事態に陥ってしまうのではないかという気がしたのです。僕は本当にこわがりでした。今でも実は、こわいので、そういう番組は極力見ません。

オバケというのは実在するものなのかどうかしりません。いっそのこと実在したほうが、気が楽なのだと思います。むしろいろいろこわがる自分の心がおそろしいのです。心の中にはいったいなにがあるのでしょう。どうしていろいろ想像してしまうのでしょう。心で想像したことが逆に僕におそいかかってしまうという場合もあるのです。

今日は、雨上がりの夜で、昨日も今日も朝起きられなかったので、夕食後、走ることにしました。暗やみの神社の中を通りぬけ、真っ暗な田んぼ道を走りました。おばけはでませんでした。でもこんな暗い道で倒れたらどうしよう、とか、襲われたらどうしようか、とかいろいろ想像すると、走っていても少し涼しい夜でした。
2002年08月02日 22時47分32秒

今日から8月です。
8月になりました。今月は、日記の文体を変えてみようと思います。それにしても暑い毎日です。去年の日記を見ると、やはり暑い暑いと書いてありました。進歩がありません。少しずつ、進歩していくのはいいことだと思います。いや、いいことなのかな。よくわかりません。僕にはよくわからないことがたくさんあるのです。わからないことばかりで、同じ所を何度も回り続けているのです。しかし、回り続けるのは宇宙の法則でもあります。地球も日々太陽のまわりを少しづつ回っています。いろいろなものがいろいろまわっています。だから、僕が去年も今年も暑い暑いと日記を書くのは宇宙の法則からいうと、まっとうなことなのかもしれません。進歩というのは、錯覚みたいなものなのかもしれないのです。

今日仕事中、ラジオをきいていたら、納涼フォーク特集というのをやっていました。これをきいたら、あっというまに心の底まで涼しくなる、と、ばんばひろふみさんが語っていました。とっても涼しい2曲がフルコーラスで流れました。「呪い」山崎ハコ。「蒸留反応」森田童子。山崎ハコさんの歌はコンコンコンコン釘を打つ、畳が笑ってる〜♪という歌でした。たぶんわら人形にクギを打っている歌です。森田童子さんの歌は、冬山で心中するカップルの歌です。もう見えないヨ、白一色世界、ああきれいだネいい気持♪という歌です。暑い暑い午後4時すぎでしたが、営業車の中が凍りつきました。2曲ともとても強烈でした。

でも実は僕は以前、「高校教師」というテレビドラマを妻が熱心に見ていた時、主題歌で流れていた森田童子さんの「僕たちの失敗」という歌に魅力を感じたので、こっそり彼女のベスト盤を買っていたのです。だから森田童子さんの「蒸留反応」という歌も知っていました。こういうなんともいえない暗さの漂う歌、僕はこっそり真夜中に聞くのが好きです。僕には一部とても性格の暗いところがあるのです。そういう姿を夜中に起きてきた妻にみつかったりすると、とってもあたふたします。あたふたすることもないんですが。ええと。何をいいたいのかというと。いずれにしろ人にはいろいろな部分というのがあるのだから、ひとつの傾向だけ見て、その人はこんなやつだ、と決めつけるのはいけないのだと思います。僕はいろんなひとのいろんな側面があることを尊重します。だからだれだって、ちょっとやそっとのことであたふたする必要もないのです。でも僕はすぐにあたふたするのです。

今日は会社から帰って、家族5人でPLの花火を見に行きました。PLの花火は隣の市でやっているので、遠くから見ただけですが、いつも走っているため池コースのほとりから見ると、とてもよく見えるのです。道路には人がいっぱいでした。風がとても気持いい夜でした。
2002年08月01日 22時56分07秒

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